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May 26, 2019

【ターミネーターシリーズを観てきた人だけに提供する新情報】ワーウェイの孤立化を阻止せよ。 -ターミネーターもう1つの新作

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「ターミネーター ・ニューフェイト」の公開が間近に迫り話題を呼んでいますが、水面下ではさらにもう1つの新作「ターミネーター・チャイナリボリューション」の企画も進んでいるという極秘情報を入手しました。

舞台は20xx年。何度目かのタイムワープを繰り返すうちに反乱軍はスカイネットの本当の起源は2019年に当時の大統領トランプの米国大統領令により、世界のあらゆる規格から追い出された中国のIT企業、ワーウェイにあることを突き止めます。

反乱軍はこの大統領令がワーウェイとその後ろ盾である中国を追い詰め、巨大な反人類ネットワークの構築に繋がり、ワーウェイを手負いの犬として凶暴化させ米国のIT産業への復讐へ、そしてやがては人類の根源を脅かす巨大なスカイネットの起源につながったと見て、ターミネーターT-CHINAを送り込み、大統領を暗殺し、大統領令を阻止しようと試みます。

つまりワーウェイの孤立化を阻止することが人類の未来に対して重要な意味を持つのです。

なお「ターミネーター・チャイナリボリューション」の制作に関わることに関してジェームスキャメロンは一切コメントしていません。またこの情報の入手先についてはここでは明かせませんので悪しからず。

May 02, 2019

紙の本が残るための条件と悲しいDAYS JAPAN



連休は相変わらず大量の「紙の本」との格闘が不本意にも続いている。とりあえず処分するのは1000冊目安だけど残余の山がまだまだ手強い。
こうして片付けながら考えていると紙の本として残っていくものの条件が幾つか見えてくる。逆に言えばこれらの条件外のものは電子書籍で良いと思える。むしろ電子書籍がよい。

こうして見るとレイヤーは違うが古書の存在意義と(当たり前だが)重なってくる。(が、微妙にそれと違う要素もある)あと、最近は雑誌をほとんど買わなくなっているので勢いあるものは古い雑誌ばかりだな。特集本位で残している。

(紙でありながら笑 残すもの)
●大判を必要とする美術本、画集、図録
●古い時代に出版され今後デジタル化される見込みのない本
●存在自体が稀少である本、印刷装丁含めて全体が作品となっている本
●個人の思い入れ?(誰かにもらったとかメッセージ入っているとか)


それとは別の話だけどDAYS JAPANなんか全部捨ててやると思っていたがよい特集も多くあり手を止めてしまう。悲しい話だ。

April 29, 2019

蔵書の大整理-脳内のスキャン

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何十年ぶりかの引越しを控え、蔵書の大整理をしている。目標は2/3の処分。古書店にまとめて送ってしまい、買い取ってもらうことにする。

滅多にできない断捨離のチャンス。自分の大量の積ん読も、伯母から引き継いだ大量の本も、今後読む可能性がないもの、読み返すこともないもの、資料としての価値もないものなど、このまたとない機会に大整理することにした。

自分が判定していく基準を見ているとなかなか興味深い。作家によっては全滅の作家と(特定するとナニだから名前は書かないが)、作品によって残す作家、全て残す作家、ほぼ全滅の半端に古いIT関連本、資料として残したいのは古いコンピュータ本やサイバーパンク、宗教テロ関連、風俗関連にサブカル系などなど。思い切り古典になってしまうと意外となかなか捨てられない。初読では大して面白くなかったが、読み返しのために置いておきたい本などなど。もちろん東日本大震災や原発関連は全て残す。

自分がいま何にこだわって生きていて、何についてこだわっていないかよくわかる。脳がスキャンされる。

 

基本的にコレクターではありたくない。今後買う本は出来うる限り電子書籍として、自分がいなくなると同時に消えて構わない。そう思っている自分にとってそれでも今残したい紙の本とは何なのか。諸々思う。考える。

March 03, 2019

「グリーンブック」-地獄のような60年代の南部をエンターテイメントにしている



よくこんな難しいテーマを映画にできたなと思う。白人と黒人のロードムービーということでお決まりのラインかなと思ったけれど、細かなひねりが各所に効いている。その上ここでこれまで被せてくるのかとか。何よりこんな見ようによっては救いのないシリアスなテーマをエンターテインメントにして楽しさまで演出しているのが凄い。

人は必ず誰かに救われるものであり、一方的な依存関係はないんだというところの表現もいいです。ヒリヒリするようなドクの孤独とか。

しかし60年代の南部の人種差別の凄まじさに背筋が凍る。我らには人種問題に時として敏感すぎるのではないかと思われるハリウッドだけれど、むべなるかな。ここをくぐり抜けてきて彼らは今の場所に立っている。

イタリア系運転手トニーの奥さんがとてもいい。

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February 23, 2019

仕事の場で人をちゃん呼ばわりするのはやめよう

モーニングショーで、羽鳥さんがテレビが安心させるためのもので何が悪いのか的なことを言って話題になっていたが、その時テレビ報道への疑問を口にした宇賀アナウンサーのことを皆で「宇賀ちゃん」「宇賀ちゃん」と呼ぶのはもうやめないか。そもそもなぜ女子だと公の場でちゃん呼ばわりする。

男を公で「ちゃん呼ばわり」する例はなくはない。とくにテレビ関係だとよくある表現なのは知っているが、それなら「羽鳥ちゃん」「玉川ちゃん」と揃えるべきだ。「宇賀さん」と呼ぼうよと。ちゃん呼ばわりは親しみと交換にやはり本人への目線を下げる。そして女子ならちゃんでいい風潮は確かにある。

自分も気が緩むとやりかねないことではあるので、余計に戒めようと思う。飲み会だとか親しい間柄なら別かもしれないが、少なくとも仕事の場で人のことをちゃん呼ばわりするのはやめるべきだと思う。特に女子に対して多い。業界であってもテレビの中とかね。やめようよと。

宇賀さんは、報道をやりたいと思ってこの世界に来たと話していた。そして報道をするということは思うようにはいかないんだなと思っていると。そうした思いを抱えている、1人の若い有能な人を「ちゃん」などと気安く呼ぶのはもうやめよう。これは出演者もわれわれも。そういうところからじゃないのかな。ひとつひとつ。

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性の隣に

性に関わる仕事をしている人たちの中に、めちゃめちゃ文章巧者が多いということに、自分は前から気がついているのだけれど、(その人たちの性の表現がいいということではないです。それはある意味仕事柄当たり前なので)なかなかその理由がわからない。

凡な言い方になるけれど、性の隣に生と死があるその厳粛なエネルギーが、知らず知らずその人に宿るのかなとも思うのだけれど、少しこじつけめいているような気もする。

そうであれば、政治の隣には生も死もないのでありましょうか。ということになる。もっとも言葉を必要とする世界のはずなのに、荒涼たる砂漠どころか、砂にたとえるすらもったいない状況がある。


9/2。死ぬのめっちゃ怖い 戸田真琴

「わたしは死にたくないし、きみにも死んでほしくない。みんな、200年くらい、そう、生きることに本当にくたびれて、ぐだぐだに煮込み尽くされて茶色くなったおでんのはんぺんみたいになって、あと体験していない重要なことはたぶん死ぬっていうことくらいだな。とピュアな気持ちで思うことができるようになるくらいまで、いやになるほど生きて欲しい。200年生きようね、なんて一歩間違えたら怪しい宗教みたいに聞こえる言葉を、ファンのみなさんに対して言いながらちょっと泣きそうになったりする。

変なんだ、すべてのやさしい生き物、おもしろい生き物、かわいい生き物、どうしようもない生き物も、200年くらい生きてくれよ。ぜんぶしゃぶり尽くして嫌になるまで、もう顔も見たくなくなるくらいまで、そばにいようよ。そう思うことがあるんです。ほとんど、いつも。

なので、私、死ぬのがめちゃくちゃ怖いです。きみが死ぬのもめちゃくちゃ怖い、自分が死ぬのと同じくらい怖い。」

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February 17, 2019

沖縄のビートルズ

「今かかっていたのは沖縄の音楽?」とカフェにいた年配の客が出がけのレジ前でいきなり聞いた。
「?!いえ?!ビートルズですよ」とマスターが答える。

そう。誰が聴いてもアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だよ。

「A day in the Life」でちょうど高校時代のことを思い出していた時だったから、僕もその質問には驚いた。

(皆が知っているように)インド音楽のようではあるけれど、まさかの沖縄音楽かと聞かれたマスターも驚いている。でもすぐに「確かにそんな風にも聞こえますね。考えたことなかったけど(笑)」と続けた。この人はこういうところがいい。

客の方は「ビートルズなの?!こんなビートルズ聴いたことがなかった」と照れている。

沖縄音楽かあ。。ちょっと考えてみたけれどシタールが三線の音色に重なったのかな?

でも僕にとって、ちょっとそれはないなあ。確かに世界は繋がってはいるけれど。沖縄の魂とは違う。

それにしても世界にはビートルズと言えば「イエスタデイ」や「Let it be」だと思ってる人もいるんだろうなあ。そういう人にとっては試行錯誤を繰り返した禍々しいビートルズは存在していないのかもしれない。それもこの世界の不可思議だ。

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February 11, 2019

Youtubeプレミアム「ORIGIN」が凄い——こんなクリエイターたちの時代に添いたかった。

YoutubeプレミアムのSFホラー「ORIGIN」
最初はエイリアンとブレードランナー足して2で割る的な程度の印象だったのだけれど、ストーリーもしっかりしていて人間描写も丁寧でかなり深い。何より同時代進行ののサイバークリエイターがどんな未来を考えているかがリアルにわかる。VRやAIの絡ませ方も上手いなあ。いいなあと感心。

こんなものが作られる時代のクリエイターにもっと添いたかった。



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「子供は親のそばで育つのが一番」ではない- 最優先されるのは個人の人権か家族の呪縛か


詰まる所「子供は親の元で育つのが一番」「家族が一緒にいることが何より大切」という宗教に近い日本文化の思い込みが社会からも関係者すべてからも消えないのだと思う。旧民法の家族制度の概念が色濃く残っているので、子供を親から家族から引き離すためにはそれを超えるだけの正当事由を積み重ねなければならないため、親権の制限が容易ではない。そのリスクを負うくらいなら不作為が一番となっても無理はない。児相が格闘している相手は、事なかれ主義に加えてこの日本社会の呪縛ではないだろうか。





西欧では「個人の尊厳、人権が何より優先される」という最優先の価値からの距離感で判断するので親からも引き離せるのだと思うし、圧倒的な個人の人権という価値の前には親権の制限が可能なのではないか。





旧民法の家族制度を復活させようとする試み、そうした勢力のために何が崩れるのか、こう考えてくるとよく見えてくる。





※てかそんな復古主義推進政党に何とかして復帰して潜り込もうとしている御仁がこういう記事を書くとは。何とも表現し難い。










「子どもは親の持ち物ではないはずだ。2016年、わが国の親権停止は、わずかに83件に過ぎない。ドイツでは毎年1万以上、英国では毎年5万以上の親の親権が停止され、ほとんどの子どもは、新しい親と共に生活している。




親とは何か。家族とは血のつながりを言うのか。私は違うと思う。育てられない親、育てる資格のない親が現実にいる。そのようなケースでは、乳児を含めて子どもたちに、それ以外の選択肢を示すのが、社会の責任だと私は思う。多様な家族のかたちを積極的に認めるべきだ」

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January 22, 2019

1人ひとりの顔-「ヒューマン・フロー 大地漂流」



アイウェイウェイの 「ヒューマン・フロー 大地漂流」 を観てきた。

ボートから降りてくる一人ひとりの、疲弊し果てた難民の顔。一人ひとりの顔をこんなにじっと見たことはなかった。ポタポタと落ちる水滴。めくれ上がった子供の背中。尊厳という言葉。

一度難民になると世界平均でそこを脱するには26年の年月がかかるという。迫害と弾圧が荒れ狂う中で、世界の各所で必死に彼らを助けている人々もいる。もしも自分がそこにいて、一度彼らの世界を覗き込んだらこちらの世界には二度と戻ってこられない気がする。

第二次世界大戦以来の大規模民族移動。人間の生物としての大転換期であり大移動の時期なのかもしれない。その中で倒れる大量の人たち。

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December 28, 2018

家へ帰ろう-現在進行形の責任について




たまたま時間があったので銀座で観たけれどめちゃくちゃいい映画でした。ナチス迫害の時代を生き延びたユダヤ人の老人が、助けてくれた恩人の友人をアルゼンチンからポーランドまで訪ねるロードムービー。道中出会う人々との会話から70年前の出来事が次第に明らかになってくる。

ネタバレできないからこういうの語れなくて困るのだけど、中でもドイツ人の若い女性との出会いの物語が涙腺崩壊でした。この世には想像を絶する地獄というのがかつてあった。ユダヤの受難と安易に比較してはいけないかもしれないけれど、自分も含め皆が時代を背負っている。

沖縄で起きていることへの現在進行形の責任とか考えました。お奨め。お正月に是非。

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December 14, 2018

辺野古の未来への予感

この膨大な不条理。新しい形のファッショがこの2018年の世の中にまかり通ろうとしている。俺は辺野古は無理だと思っている。基地はできない。地盤のせいなのか、選挙で自民が大敗するのか、それ以外の要因なのか。それは知らない。けれど辺野古は無理だと思っているのだ。それは世界に対する楽観かもしれないし、もしかしたら甘さかもしれない。けれどこの感覚は予感としか思えない。どこかで膨大なエネルギーのひずみで巻き返されると思っている。巻き返さなければいけない。

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「出会い系」から進化するマッチングサービス(CNET 更新)

ちょっとこんなの書きました。


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December 12, 2018

ボヘミアンラプソディと自分のねじれた時間について


映画『ボヘミアン・ラプソディ」大ヒットも海外評論家の評価は最悪な理由~感動するファンと酷評するプロの“ねじれ現象”


こんなしっかりとしたGinko Kobayashiさんの重厚な映画評に、私なんかのコメントを実名で引用していただきました。恐縮の限りです。てか、そもそもわたしゃ何様よ感。

それはさておき自分にはあの映画はQueenの音楽含めてフレディの歌詞と音楽のメッセージムービーでしたね。映画なのかQueenなのかならQueenでありフレディ。映画の出来に感動したのではなく、やはりQueenと、そしてその時代以降に自分の過ごした時間との邂逅と自分も含めたあの時代の世界の彼への無理解の記憶に心打たれたのです。

敢えて「ねじれ」と言う言葉を用いるならそれが自分の中での映画との「ねじれ」でしょうか。

より近距離にあってこの映画を見つめた欧米メディアの容赦ない批判は、全部が全部賛同できるものではないけれど、その容赦なさぶりには敬意すら感じます。敢えてこの視点で国内では実に逆流の視点でまとめていただいた小林恭子さんにも。

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December 08, 2018

「中国人を逃がすな」

日本の農村の一部では、中国人の技能実習生の労働力がなければ、収穫作業もままならなくなっている。そのことを自分は、農家に嫁いだ親戚の者から聞いた。それは明らかに技能実習生なのだが、その地域ではただの労働力としての「中国人」である。収穫の季節には多くの中国人実習生が大量に地域にやってくる。

「中国人が逃げないようにするのが大変なの」

と彼女は当然の悩みのように言っていた。それがその辺りの地域での共通の悩みなのだそうだ。それほど彼らはよく逃げてしまう。

彼らを仕切っているのは同じ中国人の声が大きい女性であり、各農家に人を割り当てる。農家は「クライアント」だから腰が低いが、同じ同胞の実習生には極めて高圧的に当たるのだそうだ。

親族の嫁ぎ先には2人の中国人実習生が来ていたが、「逃げられたら大変だ」とそればかり口にしている彼女にとって、実習生は単なる労働力であり「中国人」でしかない。2人は畑から歩いて1時間ほどかかるところに貧弱なアパートの一室をあてがわれていたが、自転車も買えないため朝早く起きて徒歩で畑に通ってくるのだという話を聞いた。
雨の日は基本的に作業はないが、途中でやむ時もあるので、そんな日でもそれこそびしょ濡れになって朝早く歩いてやってくるのだそうだ。

それでも終始、彼女は彼らの人としての苦悩を想像するよりも、そうした待遇が原因で「逃げられたら大変だ」とそればかり口にするのだ。彼女の夫も「甘やかしたらあいつらはどこまでもサボるから厳しくしなければならないけど、逃げられたら困るし」と口にしているという。

その話の最初から最後まで、「実習生」という言葉は使わなかったので、この話を聞いた時僕も彼女の語り口を不快に思いながらも、実習生ではなく「中国人」と理解し、ああ地方の農家の労働力とはそういうものなのかと思ってしまっていた。

けれど。

それは「すぐ逃げる中国人」ではなく、外国人実習生のことだったのだ。それ以外に現在日本の農家が外国人労働力を組織的に利用する道は僕の知る限りないからだ。ピンときていなかった自分の限界である。

国会で野党が調べたところではこの3年間で69名の外国人実習生が亡くなっているそうだ。その話を聞いた時、僕は大雨の中でも畑まで1時間も歩いてびしょ濡れになって通うあの2人の中国人の若者の話。そして「逃さないようにしないと」と当然のことのように笑いながら語っていた、おそらく日本の田舎のどこにでもいるであろう彼女のことを思い出した。

病は、こんな話をせせら笑って聞く自民党だけではない。我らの隅々に染み込んでいる。


●参考

農業分野における外国人の受入れについて(農林水産省)

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November 28, 2018

「AnotherB」を「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に引っ越しました。

Forwardされるようになってるので、特に読者諸氏には関係ないかなと思うのですが、ご存知のように「はてなダイアリー」が終了してしまうということで、長く放置していた「AnotherB」を、はてなブログに引っ越しました。 一応お知らせまでに。

AnotherBは大変に自分が苦しい状況だった時に始めたもので、そのころ生々しく殺伐としていたこのブログで扱いにくいテーマや表現についての逃げ場的につくったものでありまして、はてなに格別の思いもないので、やめちゃうならやめちゃうでもいいかなとも思ったんですが、覗いてみたらそこにも500本くらい記事があるので(苦笑)、まあ引っ越しておくことにしました。
かなり頭がおかしいときに書いたものがずいぶんあって、ラリッてんのかよとか、読み返してみると自分で背中が寒くなるような「これ、俺かよ!?」なんてのもけっこうあるんですけど、思い切り悪く残しておきます。
まあ時間があって気が向いたら、たまにはご笑覧ください。たまには更新します。苦笑

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November 24, 2018

1973年を知っていて良かった-「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話


映画「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話

素晴らしい記事。クイーンをよく知る人も、映画で出会った人も、長いけれど読みやすい文体なのでぜひ読んでほしい。彼らの全活動期における代表曲へのリンクや、フレディ死後の活動にも触れていて永久保存版。単なるリンク集というわけでもなく、記事も読み応えがあります。

自分の知らなかったクイーンをリンク先の楽曲で色々知ってしまいました。ロックの歴史においてこのバンドがいかに唯一無比の存在だったのかもよくわかります。

それでもこの記事の作者がクイーンにハマった時にはもうフレディはいなかったと残念がっている。僕はクイーンのデビューの瞬間。1973年を肌で知っている。この記憶は大事にしたいと思ったのでした。早くに生まれてよかったと思うことも、たまにはあるわけです。

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November 10, 2018

俺が何者なのかは俺が決める




I decide who I am.
俺が何者なのかは俺が決める。
-フレディマーキュリー

公開2日目。IMAXで見て良かった。

自分達は多くの人の死をルーズにスルーし続けて来てここに立っているけれど、この人のこともその例外ではなかったと思う。ゲイもエイズもゾロアスター教も、まだ魔物の屋敷のように恐ろしかった時代のスターだ。自分は、何を彼が歌っているのかも、ルーズに聞き流してきたのだとわかった。そんなことばかりまだまだ多く、亡くなってもまだ追いかけないと人のメッセージはわからない。

この映画を娘の世代と共に見ることができたことは幸福だと思う。

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October 22, 2018

異様な映像

プリンセス駅伝。本人がやりたいと言えば、あれほどのことになってもこの国のスポーツ関係者は止めないのか。タスキを繋ぐという集団的価値の実現の前には、個人の安全や健康は犠牲になってもやむを得ないという日の丸主義の片鱗があるのではないか。

何よりも映像が異様である。これを讃えることが、いまスポーツ界で起きているあらゆる問題の下支えになっていないか。

やりたいって言ってるんならやらせてやればいい。の裏にやらざるをえない不可視の拘束があって、それが解き放たれないと自由意志とは言えない。本人すら気がついていない。

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October 18, 2018

「常識」を疑う

医学部で問題になっている男女合格率格差問題だけど、他学部や文系ではどうなんだろう。

自分の学部では当時クラス45人くらいに対して女子は3人だった。今では女子は半数を超える勢いだとか。それを自分たちは大学から「女子が優秀になった」とか「女子も政治経済を目指すようになった」とか説明を受けてきた。実は、そんなものかなあと深く疑問を覚えることもなかった。今回のことで本当はどうだったんだろうと疑念を持っている。

もう一つ。受験者の男女比率があまり公開されていないように思う。(医学部含め)その辺りの数字も見てみたいところだが。。

社会が「常識」としてきたことに対して、日常的に疑問を持ち続けるのは難しい。他ならぬ自分への洗脳や既成概念を解く段階から入らなければならないからだ。

性差ではなく縁故採用に至っては余計に感じる。私立の縁故重視などある意味「常識」ではなかったか。国家試験のある医学部だから問題なのか。なら法学部はどう?公正?事前に公式発表すべきなのか。

就職差別はどうか。性差はダメで(現実は違う。みんな知ってるでしょ)学歴や家庭差別、縁故採用はありなのか?

とめどない。女子の問題だけではない。

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October 07, 2018

100エイカーの森の生産性とか。大人になった僕とプー。




仕事するなって2時間言われ続ける映画と聞いてたけどそんなことなかった。

100エイカーの森に住んでいた動物たちは実生活では本当に「生産性」がなくて、敢えてそれを動物にかぶせたのかなと思ったのが1つ。でも彼らは絶対に人を責めない。説教もしないんだ。

家庭を持って働く人には(男子とは言わない)辛く切ない内容なんだけど、辞めてしまえではなくて仕事しても良いけど、発想を変えようねと教えてくれる映画でもあった。

戦争に行ったクリストファーロビンてのもアウトオブイマジネーションだったかな。あと寄宿舎とか。お薦め。

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September 28, 2018

7年が経って

今週の「半分、青い」を見ていたら2011年のことを色々思い出した。

暗い東京。

生きていることを確かめ合った異様な1日。

歩いて帰った道と月。

泥と遠くにある海とランドセルとスニーカー。

いなくなった人たち。

怒り。怒り。

悲しみよりも怒り。誰に対してではなく、多分自分に対しても。

何か色々なことを決心したはずだったのだが、人の記憶は危うい。

7年が経った地点にいて。


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【今日の悟り】人の世についてのこと

歳を重ねるとある程度人間界の近未来の展開が予想できるようになる。それをやるとトラブるぞとか、ほら思ってた通りだとか。昔から言われてきた年寄りの言うことは聞くもんだというのは、人間界のおよそ8割くらいには当てはまるかもしれない。

ところが話はここで終わらない。

年寄りが予想できない残りの2割だか1割だかが厳然として存在していて、実は年寄りが予想する8割よりも人間進化のキーはこの2割の方にきっと存在している。

2割だか1割だかのこの領域は誰にとっても辛く厳しくしかしときめく領域だ。8割の人生訓がたとえ正しくても、若い人はあえて2割に賭けていくことで人の世は前に進む。いや若くなくても生を実感できるのはそっちだ。そっち。断然そっちだと思うのだ。

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September 20, 2018

67億円の無衝撃

‪ザイフが67億円抜かれたって聞いても大して衝撃がないのだから慣れとは恐ろしい。その昔、ニセ白バイ警官にたった3億円盗まれただけで日本全国がこの世も終わりかのように大騒ぎになった時代があったなんてウソのようだ。‬

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September 19, 2018

「痛い人」への祝福-樹木希林さん逝く

カーテンコールをしたいくらいのカッコいい人生だったように讃えられつつ逝った樹木希林さんだけれど、そう言えば最初は悠木千帆と名乗っていたのだと思い出した。

あの頃の樹木希林さんのイメージはムー一族の林檎殺人事件を踊るおかしなおばさん。フジカラーの「それなりに」のおばさん。そして蹴られても払いのけられても長年夫と頑として別れようとしない、どちらかというと「痛い女」だったと思う。メデイアもそんな風に取り上げていた。「痛い女」は、いつのまにか芸歴を重ね、歳を重ね、凄みさえ感じられる「ありがたい人」に変わっていった。

今でこそ最初からみんな樹木希林はああいう人だったような錯覚を持っているかもしれないが、そんなことはない。結構わけわからん人だったのである。

樹木希林さんを思うと僕は瀬戸内寂聴さんのことを思い出す。あの人も男女の修羅場の只中にある「痛い女」瀬戸内晴美から、仏のような(いやもう生き仏であろう)瀬戸内寂聴さんに変身を遂げた。

こうして考えると思う。「ありがたいと思われる人」になるための条件は、一時期「痛い人」になることなのではないか。ヤンキーの方が人生に成功するというあれだろうか。これは違うか。

人間が人間のことを考えるにあたり、そもそもそんなに大きな差は無いように思うのだが、樹木希林さんの変貌の歴史を思うと、「痛い人」と世間から思われることも、長い生の歴史の中では、マイナスだけどマイナスではないのかもしれない。あ、これはご本人も言っていた。

我々の人生はそもそも、いつもカッコいいものではない。時折痛くなってしまう誰もの人生に祝福を与えていった人でもあったのかもしれない。心から冥福をお祈りします。

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