May 06, 2008

ビルマのサイクロン被害は死者15,000人以上の大惨事に

ビルマを襲ったサイクロンは、当初の死者350人程度という予想を大きく外れ、今日まで、10万人以上が家を追われ、少なくとも1万5千人が亡くなったという、想像を超える大災害となっている。
被害状況などを知らせる情報をまとめてみた。なお、10日に予定されていた憲法の国民投票は被害地域に関してのみは24日に延期されたということであるが、指定地域以外では予定通り投票を強行すると軍政は発表している。

サイクロン被害の状況(2008年5月6日)
http://www.burmainfo.org/relief/CyclonNargis_20080505.html

5月3日に大型サイクロンがビルマに上陸し、最大都市ラングーンやイラワジ・デルタ地域全域、バゴー(ペグー)管区、カレン州、モン州で大きな被害が出た。ラングーンでは家屋の半数近くが破壊され、屋根が吹き飛ばされた家屋も多い。特に被害が大きかったのはラングーンのフラインタヤー、シュエピタ、ダゴンミョーティッ北、ダゴンミョーティッ南の各地区。イラワディ(エーヤワディー)管区ではチャイラッ郡とラップッダ郡が壊滅的な被害を受けた。ハインジー島では10万人近くの住民が住居を失った。
ピャーポン郡ピンシー村では住民3000人のうち少なくとも2000人が行方不明とのこと。軍政は4000人が死亡したと発表したが、実際の死者数はもっと多いと見られる。(ビルマ情報ネットワークによる注(以下の注釈も同様):なお軍政のニャンウィン外相は6日、国営テレビを通して、全体の死者数は最低1万5千人であり、エーヤワディー管区ボーガレーだけで死者1万人と発表した。)
(配布元: 配布元: BurmaInfo(ビルマ情報ネットワーク)
http://www.burmainfo.org

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May 04, 2008

ビルマ、パゴダの影で-----ビルマ憲法国民投票を間近にして

Pagoda_4

ゴールデンウィークに暗い話に触れたくはない。触れたくない気持ちはわかるのだけれど、それにしてもあまりに小規模な催しだった。5月2日に「ビルマ、パゴダの影で」を上映した渋谷のApple Linkは、確かに小さな小屋だったけれど、その小さな小さなスペースですら、空席が目立ったのである。

スイスのジャーナリスト、アイリーヌ・マーティがこの映画を撮影したのは2004年である。当時、この映画で取り上げたビルマ、タイの国境付近に追いつめられた少数民族の苦境に対して、世界は全くの冷淡だった。アイリーヌは、ビルマの観光映画を撮りたいと偽ってこの国に入り、幾重もの軍事政権に対する警戒心をくぐりぬけて、特にカレン、シャン、ロヒギンジャーを中心にした少数民族の受けている、ビルマ国軍による徹底した弾圧の実態を世界に伝える役割を果たした。

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February 25, 2008

三浦和義氏拘束----疑惑の銃弾から27年

27年前にロスで起きた、いわゆる「疑惑の銃弾」と呼ばれる保険金殺人疑惑で、三浦和義氏が、サイパンで拘束されたと聞き、非常に驚いている。この事件にはロス市警はかねてからこだわりを持ち、日本での無罪確定に相当の苛立ちを持っていたというから、おそらくは入手しているだろう、新しい証拠とともに機会を狙っていたのだろうが、それにしても、被告人の母国で最高裁で最終的に無罪確定している事件を、あえて今更摘発に至ったというのは、きわめて異例の前例のない事態であるという。何がロス市警をここまで突き動かしているのだろうか。

それにしてもどこにでも、いつでも不用意なことを言う人はいるもので、黒鉄ヒロシがテレビ番組の中で、これは沖縄の米兵不良行為問題から日本の人々の目をそらすための、米国のデモンストレーションだなどと、真顔で語っているのにはあきれてしまった。黒鉄ヒロシの漫画は大好きであるが、この人はどうもワイドショーのコメンテーターになってから、しばしばこうした、苦笑してしまうような軽率なトンデモ発言をする。さすがに、他の出演者からたしなめられていたが。

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February 15, 2008

更新 セカンドライフ関連です。

インタビューを交えたセカンドライフ関連記事です。

SecondLifeで世界規模のDJネットワークを作り上げたClub Vital Staff(1)(Cnet Japan)

SecondLifeで世界規模のDJネットワークを作り上げたClub Vital Staff(2)(Cnet Japan)

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February 03, 2008

100年の孤独

その人がいなければ、おそらく今の自分はなかったし、今の自分のありようとは大きく異なっていただろう。

苛烈という言葉が、これほど似合う人もいなかった。妥協だとか、弱気だとか、まず無縁な人であったし、過去を後悔するということもなかった。実際この人の元を離れて社会に出たとき、世の人たちはこんなにも気が弱いものなのかと驚いた。それほどに、強い心の人の元に自分はいたのかと知り、驚いたものだ。社会は厳しいなどというが、ある意味ではこの人の世界のほうが、遥かに過酷で厳しく、そして混乱もしていた。

物心ついてからは、この人に対して、「社会の理(ことわり)」を説くのは僕の役割になっていた。なぜ遥かに年少の自分が、そして世の経験の少ない自分が逆の立場にならなければならないのかと、不思議だったものだ。

もしも世界が焼け野になることと、理不尽を受容することとの2つを選択せざるを得ないとすれば、迷わず彼女は、世が全て焼け滅ぶことを選んだだろう。全ての人が自分の前から立ち去ったとしても、それを彼女に迷わせるものはなかっただろう。息子である父が死んだときも、娘である伯母が死んだときも、その精神は微動だにしなかった。

おそらく父も伯母も、常にこの人を恐れていただろう。

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January 21, 2008

アウン・サン・スーチーという意志-----第2章 「写真物語Ⅱ」

Suti

(参考リンク)
アウン・サン・スーチーという意志-----第1章 「写真物語Ⅱ」

宮下さんは、ご本人も言われているとおり、ずっと美術畑を歩んでこられた。オックスフォードに行かれることになったのも美術がきっかけだし、英国でのアウン・サン・スーチーさんの親代わりになったゴーブース卿と知り合ったのも美術を学ぶ願望が因である。

私に会う前に、宮下さんは自分がビルマの政治的な状況を語る立場ではない、と気にしておられたが、スーチーさんの英国時代の話を少しでもお聞きしたいのでと、無理を聞いていただいた。おそらく宮下さん自身、スーチーさんをめぐる現在の不思議な運命の展開に戸惑っておられる面があるのだろう。

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アウン・サン・スーチーという意志-----第1章 「写真物語Ⅱ」

(参考リンク)
アウン・サン・スーチーという意志-----序章 「写真物語Ⅱ」

品川・高輪台にある宮下さんの事務所をお訪ねしたのは昨年の11月3日だったのだが、私の多忙から、その後インタビュー記事をまとめるのに、長い時間がかかってしまった。しかしながら、ビルマからの情報はほとんど入ってこなくなった現在だからこそ、これを公開する何らかの意味があると信じたい。それを言い訳にしながら、この記事を公開したい。

当日は、宮下さんが自ら車を運転して、品川の駅まで迎えに来てくださった。第一印象としては、非常にてきぱきと動く方であるという印象を受けた。海外で長い間生活をされた方であるということも影響しているのかもしれない。そして、宮下さんが語ってくださったアウン・サン・スーチーさんの印象と、どこか宮下さんのイメージも重なるところがあったような気がする。

宮下さんの事務所の周りは閑静な住宅地だけれど、周囲には大変にお寺が多い。高輪には行く機会もかなりあったけれど、いまさらながらこんなにもお寺が多い所なのかと驚いた。宮下さんのお祖父様は画家でおられたのだが、そういう関係でか、宮下さん自身も早いうちから美術に親しんでおられたらしい。アウン・サン・スーチーさんとの出会いも、この美術がきっかけだった。

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January 06, 2008

「人間の価値を賃金の多少で差別したがるのは誰か」を読んで。


        「人間の価値を賃金の多少で差別したがるのは誰か?(404 Blog Not Found)」

その後、私は合州国に留学する。そこでも目にしたのは、むしろ「下層」の人々ほどより「下層」を差別していた現実だった。人種差別意識は、低所得、低教育な人々ほど強かった。私がいた北カリフォルニアでは、露骨な人種差別は滅多にお目にかかれなかったが、それでもあるところにはあった。

昭和の頃に留学した米国社会の人種差別エピソードが、現代日本社会の「格差社会」を語るに参考になるかは別として、ここに続くレストランでのエピソードに反証するには、たった1人の「人間をその財布でしか見ることのできない差別意識の強い日本人の金満家」の例を上げれば問題なく、それはきわめて容易な作業である。低所得、低教育な人々のほうが差別的であるというのは、論拠の甘い推論でしかない。

また

   

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謹賀新年----ツラツラと年末年始を

遅ればせながら新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

脈略もなく年末年始の様子をツラツラと。

今年は昨年末から東北の某地方都市、親類の家で過ごしていたが、当然ながら空の色が東京とはまるで違う。特に今年の年末年始は荒れ模様の天候。鈍色の空から舞う雪は、本当に絵に描いたような綺麗な六角形をしていた。きっと空気が澄んでいるのだろう。肌を刺すような寒さとまではいかなかったが、空を繰り返し仰いでも、重い雲は切れず、切れず。
考えてみれば、正月を東京以外で過ごすのは初めて。この時期の東京の空は青く、どこまでも青く澄み渡っていることが普通なので、こうした新年も新鮮でもある。

身内の決して軽くない問題に気を乱されながら、予定していたビルマ関連の原稿を仕上げ、取材先にチェックをお願いしたのがやっと大晦日。大幅遅れ。相手先にお詫びをする。年賀状も結局東京で書き切れず、プリンタ含めて滞在先まで持ち込み。どちらも年を跨いでがちゃがちゃやっていた。それが終わると、恒例の年賀メールの方の原稿書き。このあたりまでやったら3日になっていた。ましょうがないか。

ストックを持つのが面倒くさいのでここ何年も専らショートスキー。一時スキーとスノボに混じって、この中途半端なツールもゲレンデに相当数見かけたように思ったが、今年はほとんどお目にかからない。1日しか滑らなかったので、調子が戻ってきたころに終わり。この前滑ったのはいつだったかな。去年か、一昨年か。例によってあまり記憶無し。しかしスピード出ないんだよね。

商店街は軒並みシャッターが降りている。それも正月だから一時的にという風情でもなく、何ヶ月も営業していないような店がほとんど。東北地方の景気は相当に悪いとも聞く。もっとも他の地方も似たりよったりかな。

紅白は長すぎてだらだら。もういいんじゃないか。合間に雪片付け。ざっくりと重い。

戻ってきて今日は恒例の高校時代の有志による同窓会。昨年行かなかったので2年ぶり。いつも集合場所になるHの家にまたまた犬が増えていて驚いた。チワワの子犬が可愛すぎる。最初はモルモットかと思った。踏みつぶしそう。気をつけないと。

お開きの頃。10人でワインのボトルを11本も空けたとわかってこれも驚いた。ミュージックビデオがかかっていたが、昔のコブクロを見てあまりの今との違いにもびっくり。話題は毎年変わり映えがしないよ。いや、緩やかに爺臭く、婆臭くなってるか。やれやれ。

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December 25, 2007

「この悲しみの意味を知ることができるなら 世田谷事件・喪失と再生の物語」------スティグマを背負って 

Setagaya


理不尽なとしか言いようのない犯罪、世田谷一家殺人事件に巻き込まれた家族の、隣の敷地に暮らしていた姉が、匿名で書いた「この悲しみの意味を知ることができるなら」は、あの日、凄まじい暴力に殺された家族は、宮澤みきおさん一家以外に、もうひとつあったのだということを知らせてくれる。そしてそれは、犯人によってのみならず、メディア、そして我々によってもなされたと言えるのだ。

ここには、今までほとんどメディアに登場してこなかった、みきおさんの妻泰子さんの姉(仮名:入江杏さん)が生きてきた軌跡がいかに厳しいものであったかが、あの日の事件現場の迫真の状況とともに、書き込まれている。

あの事件と自分との微かな関わりについては、「「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について」で書いた。宮澤さんは、私が一時籍を置いた企画会社の契約社員として、その名刺を持って動いていた時期があったのであり、捜査の対象範囲の中に当時の同僚達がいた。現場の風呂場には私たちの会社の幾人かの名刺も他に混じって投げ込まれていたという。

今回この本を手に取ったのも、何かほんの些細なことであっても、何かその中に見えるものがないかと思ったのがきっかけだった。他の全ての人たちが見落としても、自分の目に引っかかる何かがあればと。残念ながら、そうしたことには遭遇しなかったが、それでも読んでよかったと思う。

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December 16, 2007

王様の耳がロバの耳であるなら

はてな界隈で話題になっているなら、最近は、かえってなるべくコメントしないようにしているのだけれど。

ドリコム退職にあたり-宮崎謙介⇒加藤謙介(@ドリコム)の誰にも見せないつもりの日記

「王様の耳はロバの耳」とブログで言うなかれ(404 Blog Not Found)

ちょっとへえな話。(finalventの日記)


退職後に自分の所属している会社のことを悪く言わないのは不文律であり、ましてやブログで言うべきことか、自分は何をしてきたのかと問うのが弾さんのエントリー。立派に普通に仕事をしてきた、年相応の人間であれば誰でも思うことであり、それについては異議はないが、この件で思ったことが3つばかり。気になるから書いておく。

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December 02, 2007

スポーツジムとネルソン・マンデラとMTV

MTVを見ながら、しばしばジムで、だらだらマシンをやったりしているんだけれど、今日のMTVはいつもと様子が違っていた。

どうも↓これをやっていたらしく

[字]Staying Alive: Meeting N.マンデラ◇<MTV THINK LOUD:HIV/AIDS 2007 世界 エイズデー 24時間SP>南アフリカ共和国全大統領ネルソン・マンデラとビヨンセがホストを務めHIV/AIDSの正しい知識を伝える特別番組。 1日 (土)16:00~17:00<初回放送> 12/1はHIV/AIDS問題への意識向上を目指して全世界的にキャンペーンが展開される、世界エイズ デー。今年もMTVでは、世界中のMTVでこれまでに制作されたHIV/AIDS問題に関する番組を集め、1日午前6時~翌2日午前6時迄、24時間にわ たる世界エイズデー・SPを放送。 MTV Mobile & PC >>> http://mtvjapan.com

僕が見ていたときには、世界で「悩みを抱える」4人の若者が、ネルソン・マンデラに教えを請いに行くというようなコーナーをやっていて、その内容に引き込まれてしまった。

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November 26, 2007

アウン・サン・スーチーという意志-----序章 「写真物語Ⅱ」

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アウン・サン・スーチー氏とビルマ軍政とは、幾度となく会談を行っているようだが、依然として軍政の言う「民主化へのロードマップ」は明確ではなく、彼女の解放も実現されていない。国内のビルマ関連報道も最近は、少々低調になってきたような気がする。
過去、この軍政は幾度となく同種の虚偽的な時間稼ぎをして、事態を先延ばしにしてきた経緯がある。1988年の民主化デモの直後、そして1990年の総選挙、NLDの勝利の直後にも直下の独裁体制は民主化へ移行するための、緊急避難的措置であると言明し、そのたびに国際世論を惑わし、反対勢力を無力化してきた。アウン・サン・スーチー氏に関する度重なる監禁と開放、彼女の自宅前のロックアウトの解除と再配備。同じような手口はビルマのこれまでの歴史の中で繰り返し使われてきた手法である。

今回の一見軟化した姿勢の裏で、またこうした意図的な時間稼ぎがなされないことを切に望むし、それを国際社会は騙されることなく見続けていくべきだろう。

ところで。

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November 24, 2007

更新

更新しました。


Second Lifeは本当に「閑散として」いるのか。---ネガ報道の裏側と「時間の問題」(CNET Japan IT'sBig Bang!)

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November 11, 2007

更新

更新です。


VOCALOIDは電通の夢を見たのか----初音ミクと電通の噂に感じたこと(CNET Japan IT'sBig Bang!)

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November 10, 2007

メメント・モリ

Shibuya

僕はなぜいつも、渋谷のスクランブル交差点まで差し掛かると死について考えるのだろうか。

その源は何なのだろうと不思議に思うのだけれど、自分でもその理由がわからない。あるいはこの交差点が、深い谷の中でもいちばん低いところ、かつて水底の街であったからなのだろうか。

それとも原色に飛び交う光の中、これでもかとばかりに年々数だけ増えていく大型モニターのどぎつい光の照らす中をを歩いていく男女の群れが、死後の世界の霊魂にみえるからなのだろうか。あるいは自分はもうどこか、この空間の時相とずれ始めているのだろうか。

そう考えると死に近いのはどちらのほうかわからなくなる。(いや自分なのだ。それはわかっている)

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November 05, 2007

更新

というわけで、新システムでの最初の更新ですが・・書きづらい・・。

アイピーモバイルの自己破産に関して感じる疑問-----総務省はなぜこの企業に免許を与えたのか(CNET Japan IT'sBig Bang!)

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CNETブログの、いささか半端な「フラット革命」

11月になったら、CNET読者ブログが、「CNETブログ」という名になり、「プロブロガー」と混然一体化されていて驚いた。最初は一体何が起きたのか、さっぱりわからなかったのだが、何でも両者を均一に読者評価の「フラット地獄」の中に、放り込み、それで掲載順位を変えるのが狙いだとか。

これで、CNETのプロブロガーである佐々木俊尚さんと読者ブロガーであった私も、フラットの地平に並び立ったことになる。うへへ・・と言いたい所だが、従来の「プロブロガー」にはαという頭文字がついている。つまり「αブロガー」・・・・・・・・。さすがにそこだけはフラットではないらしい。

まーしょうがないか。

エンジニアリング的にちょっと知ってることを書くと、従来はCNETの本体はMovavbleTypeの自社システム(たぶん)で運用されていたんだけれど、読者ブログだけは、TypePadのASPサービスだったんですね。それが本体に吸収されて、MT上で運用されるようになった。その結果の「フラット革命」だったというのが実体かと。

ちゃんちゃん、ですが。

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October 29, 2007

更新

更新しました。

ミャンマー(ビルマ)とNOVA問題におけるFacebookの力(CNET Japan IT'sBig Bang!)

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雨と名画座と歌姫

風の強い日には傘を壊す。それならいっそささなければいいのに、人はそれでも傘をさし、強い風にあおられて、これも予想通りに傘を壊す。

飯田橋の名画座に行ったのは台風が近づく風の強い日だったのだけれど、学生時代に確か何度か来ているはずの、その外観のたたずまいは、すっかり記憶の中で薄れていた。ただ、こんなに入口は狭かっただろうかと思っただけだ。どんな映画をここで見たのか、それも忘れてしまった。実際飯田橋の界隈の変わり方といったらどうだろうか。表通りにあったもうひとつの名画座は、とうの昔になくなってしまった。
仕事できたはずなのに、そこの名画座の社長の話が多岐に渡り、いつか話は映画と戦後文化とかそういうところにまで広がっていき、次第に時間を忘れていった。

で、社長がふいにこの秋始まったドラマの題名を口にした。

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October 15, 2007

「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(JVJA主催)出席報告(3)

出席報告の3回目である。急いでまとめなければと思いながら、なかなか時間が取れず、少し間があいてしまったが、引き続きお読みいただきたい。


●ビデオ映像:「遠く祖国を離れて--在日ビルマ人・ティンチの旅--」 土井敏邦制作

ここで、次に土井敏邦氏が2000年10月に制作した「遠く祖国を離れて--在日ビルマ人・ティンチの旅」が上映された。ティンチ氏はビルマを亡命した後、「ビルマ青年ボランティア協会」という在日の抵抗組織に属して、抵抗運動をしてきたが、入国すると逮捕されるために本国には入れない。ティンチ氏が目と鼻の先のタイ国境から祖国を眺め、さらに大量に発生した難民の元を訪ねて、涙するシーンが上映された。尚、ティンチ氏は2003年に米国に拠点を移してそこで活動しているという。

【参考 土井敏邦氏の経歴 BigBang調】

1953年佐賀県生まれ。1985年以来、パレスチナをはじめ各地を取材。1993年よりビデオ・ジャーナリストとしての活動も開始し、テレビ各局でパレスチナやアジアに関するドキュメンタリーを放映。著書多数。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)正会員。広島大学総合科学部卒業後、中東専門雑誌記者を経て、現在フリージャーナリスト。1991年より1年間、週刊誌『朝日ジャーナル』の嘱託記者。1985年以来、断続的に延べ5年以上、イスラエルとその占領地(パレスチナ)の難民キャンプや村に滞在して取材を続けている。また1986年からのべ12カ月間、アメリカ各地でユダヤ人、パレスチナ人を取材し『占領と民衆──パレスチナ』『アメリカのユダヤ人』『アメリカのパレスチナ人』の三部作を完成。

1990年の湾岸危機ではアメリカのユダヤ人社会とアラブ人社会の反応を、また翌年1月の湾岸戦争ではイスラエルで占領地のパレスチナ人とイスラエル国民の反応を取材し『朝日ジャーナル』に連載。3月から2カ月間、NHKスペシャル「アメリカのパレスチナ人」制作をコーディネイト。
1993年の「中東和平合意」を機に再びパレスチナ・ガザ地区の難民キャンプやイスラエル国内に長期滞在し取材、ETV特集「失業と解放の1年── パレスチナ難民エルアグラ家の場合」(94年)「パレスチナ和平の陰で──ある家族の6年」(99年)、また「ニュースステーション」の特集で6回にわたって現地報告。

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October 12, 2007

更新

更新しました。

仮想世界が一気に地球規模で出現!?---Google Earthの地形を取り込むMultiverse Networkの新ツールは衝撃的だ(CNET Japan IT'sBig Bang!)

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October 09, 2007

長井健司氏の葬儀にて----英雄ということ

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青山葬儀場で行われた、故長井健司さんの葬儀に出席してきた。折悪しく雨。会場に到着すると、少し遅れたこともあり、既に式は始まっていた。外には会場に入れなかった一般参列者が雨の中、黙って並んでいた。後から主催者が発表したところでは、1000人が訪れたという。会場入り口には、多くの遺影と花で祭壇が作られていた。

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○待機する一般参加者

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○在日ビルマ人の方が100人出席したという。オレンジ色の服を着ている人たちだ。他にも式場の各所に、民族服を着た姿が見られた。

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October 06, 2007

「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(JVJA主催)出席報告(2)

続いて上智大学の根本敬教授の報告。根本教授の専門は専門はビルマ近・現代史である。これまでのビルマの歴史を解説しつつ、民主化運動と僧たちのデモとの関係や、民衆の心理の機微に重点をおいて話をされた。最初は学者らしく、メモを見ながら冷静なトーンで始まったと思われた報告は、しかし次第に熱を帯び、後半は叫ぶような口調に変わり、圧倒されるものがあった。

経済制裁や、僧の運動については様々な異論があるであろうが、先入観を持たず、根本教授の熱のこもったプレゼンテーションを、ともあれ最後まで読んでいただきたい。

●ビルマ情勢の解説「僧侶たちはなぜ立ち上がったのか?逼迫した市民生活。今後の経済制裁の必要性。88年の民主化運動との比較など」

報告:根本敬氏

【根本敬氏のプロフィール】
1957年、米国ワシントンD.C.で生まれ。上智大学教授、専門はビルマ近・現代史。62年から64年まで、ビルマの首都ラングーンで生活を送る。85 -87年の2年間、かつての民族運動関係者や抗日農民ゲリラ参加者から精力的に聞き取り調査を行う。現在はビルマ近現代史におけるナショナリズムの形成と展開をテーマとし、ビルマという一国の枠を超えた地域的な比較研究や、幅広い角度からの歴史研究をおこなう。
 著書に『アウン・サン―封印された独立ビルマの夢 現代アジアの肖像』(岩波書店)、共著に『ビルマ軍事政権とアウンサンスーチー』(角川書店)、『ビルマ (暮らしがわかるアジア読本) 』(河出書房新社)などがある。

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October 05, 2007

「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(JVJA主催)出席報告(1)

Burma2

http://www.jvja.net/Birma-Myammer.htm

10月3日。会場は明治大学のリバティタワー。定員が130名限定と聞いていたので、時間がぎりぎりになったことを気にしながら行く。11階の会場まで行くと、場所が変更になって地下になったという張り紙が。さては定員が予定に満たなかったかと勝手に想像しながら行くと、満員。予定を上回る参加者に急遽広い教室に変更になったそうだ。確かに朝日新聞にも事前に報道されていたし。どうも失礼しました。

来場者は若い。明治大学ということもあって8割は学生か。若い女の子も多く、始まるまで履修している授業の噂話などしている。賑やか。私のような世代の参加者は開始前から厳しい顔をしている人が多い。手元に資料がバラバラと配られる。報道と思われるカメラも多く来ている。参加費は1000円。収入はミャンマーで倒れた長井さんの遺族に届けられるという。

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