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July 18, 2015

憲法9条と自衛隊

安保法制について、自衛隊の存在や日米安保条約が既に違憲性を含みながら国民の間に受け入れられていることを持って、「集団的自衛権についてのみ厳格に違憲性を問うのはおかしい。国際情勢の変化に関して自衛隊では解釈を織り込んでいるのになぜ集団的自衛権では織り込めないのか」という論があるようだ。メディアを含め友人の中にもそうした考えを持つ人がいる。これについて思っていることをちょっと書いてみる。

まず憲法9条の条文を凝視してもらいたい。

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

9条1項で否定されているのは「国際紛争を解決する手段として」の戦争、武力による威嚇または武力の行使である。

従って「前項の目的を達するため」と始まる第2項で否定されている「陸海空の戦力」や「国の交戦権」は、「国際紛争を解決するための」手段としてのそれであり、外国の侵略行為に対して無条件に武力による自衛権まで否定しているわけではない。したがって国土防衛のための最小限の軍事力である自衛隊の存在は合憲である。---

これが長い間に自民党を中心とする戦後保守陣営が、一定の理解を国民に得られたところの自衛隊の合憲性であり、現在では共産党を含め自衛隊の違憲性をいう政党はない。国民は自衛隊の存在に対して違憲性を言わずここは「解釈の範囲」としてきた。

それでも自衛隊の存在が憲法上、曖昧性があることは事実であり、自分としては第9条に自衛権の存在を明記する必要がある。その方向で改憲が必要だと思ってきたし、今でもそう思っている。

日米安全保障条約に基づく米軍の存在を合憲とした砂川判決も、この自衛権を明確に憲法に織り込むことでより明確に担保されると思う。(日米安保条約への個人的かつ政治的思いはここではいったん置く)

ところが。安倍政権の解釈改憲は真っ向からそれを超える程度と度外れた乱暴な論理でやってきた。

長くなるから簡素に言うが、現在の政権の唱える集団的自衛権とは、この自衛権を巡る解釈とは次元の異なる概念である。国土を防衛する最小限の戦力というところまでは、国際情勢の変化の中で織り込んできた日本国民も、国土が侵略の直接的危険に至るはるか手前で、内閣の「総合的判断」で、地球の裏にまで出かけていく行為を、合憲とは織り込めない。織り込むわけにはいかない。ここで限界に至っているのであり、だからほとんど全ての憲法学者が、違憲判断を下しているのである。

従って安倍政権が行うべきことは2つにひとつ。この法案を取り下げるか、憲法を改正するかのみである。維新案に至っても自分としては改憲なしには成立させるべきではないと思う。

さらなる悲劇はこの政権が、こうした歴代の保守政治の取ってきたスタンスに準じた議論を行う意志も能力も持ち合わせていないことである。このような政権を生み出した我らの最大の過失がいま我らに牙をむいている。

改憲へ進むことで行為的整合性は保たれるが、この政権にそれをさせては絶対にならない。それを許して地獄への道を日本国民が歩むなら、言葉はないし止めようがない。

法は廃案にできるが、改憲となるとそう簡単にはいかない、そこまで我ら国民は愚かではないと思うが。

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May 30, 2015

友人へ

東京には東京の戦い方がある。福島は福島の、沖縄は沖縄の戦い方があるように。みながみな、自分の場所で、自分の時間で、自分のできることを誠実にひとつひとつやるしかない。

もちろん「まずはここに来てみろ」はどんなときにも正しいと自分は思う。行きもしないで、自分の目で直接確認しもしないで、先入観でものをいうのは避けたいと思う。これはあらゆる人が。あらゆる人がだ。あなたもそして私も。行ける場所ならそこに直接見に行くべきだ。


けれど、いつかはみな自分の場所に帰っていく。帰った後は、帰った場所で、暮らしている場所でやれることをやる。東京には「残念ながら」そして「幸福にも」、さらに「不幸なことに」壊れた原子炉はない。海上保安庁の監視艇もいない。


でもこの街には、国会議事堂がある。首相官邸がある。考えられないほど多くの政府機関があり、石を投げれば(投げるなよ)届く場所に最高責任者がいる。大きな声を出せば聞こえる。


あなたなら東京にいたら何をしますか?
「残念なことに」原子炉も保安庁の船もない街で。

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May 24, 2015

戦場ぬ止み -月並みな予想を裏切られるドキュメンタリー映画





「戦場ぬ止み」
※いくさばぬとぅどぅみ と読みます

単なる辺野古反対の運動映画だと思って見に行くといい意味で期待は裏切られます。ご自分の立場に関わりなく本当にみんなに見に行って欲しい映画。

僕はこれを見てちょっと辺野古の問題に対する意識が変わりました。僕たちはひとつの現象を理解するのはそんなに簡単なことではないのだと思い、同時に福島のこともずっと考えていました。何が違うのかと何が同じなのかとか、いろんなことを。浜通りの人たちにも見てもらいたい。どう感じるかな。

沖縄のおばあ、文子さんの語る沖縄戦のすさまじさ、翁長さんの出てくる高揚感。海保とのやり取り、ゲンさんという人間のこと。見るべきところがたくさんあります。

東中野のポレポレで。昨日から始まったばかりです。

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May 23, 2015

「正しい戦争」

「正しい戦争」と「間違った戦争」の区別などない。戦争は戦争である時点で全て「正しくない」。必ずしも世の人はそう考えていないのかとちょっと驚いている。

正しい戦争はないがやむを得ない戦争があることは理解している。区別するなら「必要な戦争」だったか「不要な戦争」だったかだと思う。

では勝っていれば正しい戦争だったのかということだ。正しくない理由は負けたからだと言うならわかる。その延長で米国は原爆投下を戦争を終わらせるために正しかったと言っている。

もしも日本に反撃能力があり、ニューヨークにも核が落とされていたなら、最初の核攻撃を正しかったとは言うまい。

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May 22, 2015

世界征服と弱気なマッチョ

現代に生きる全ての日本人にとってポツダム宣言が踏み絵になるならそれもまた違う。「世界征服が狙いだった」と言われてその通りだと心の底から頷く日本人が多いとは思えない。

大事なのは歴史認識であり異を唱えるなら唱えればいいのだ。読んでいないとか逃げるのが一番見苦しい。弱気なマッチョか。

その点においては「受諾したということである」以上のコメントができない官房長官には一抹の理解を示せる。バカのふりして無責任に逃げるよりましである。
#ふりか素かしらんが

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May 20, 2015

2号機の格納容器は圧力で破損?

重大なニュースなのにさらっと流すNHK。もしもこの通りであるなら放射能の大量放出は2号機のベントによるものではなく、圧力に耐えられず結局格納容器は破損(小爆発?)したことになる。

福島第一原発2号機 ベント失敗の可能性高まる (NHKニュース)

東京電力が、ベントによって水蒸気や放射性物質が通るはずの装置の周辺の汚染を調べた結果、この装置の前後の配管では高い放射線量は検出されなかったことが分かりました。
この結果は、実際には2号機でベントができていなかった可能性が高まったことを示していて、現場の状況によって裏付けられたのは今回が初めてです。
ベントができずに圧力が下がらなかった結果、格納容器が破損して放射性物質の大量放出につながったとみられることから、東京電力は今後、大量放出の具体的な状況をさらに調べることにしています。


今まで水素爆発で建屋は吹っ飛んだが格納容器は持ちこたえた(その後メルトスルーするが)というのが、堅牢性の最後の砦のように語られてきた。それも危うくなったことになり、重大な発表である。

不思議なのは相変わらず今頃になってなんでこんな調査結果を出すのか。最悪。極めて重要な情報を忘れた頃にぽろっと出す技術に関してはこの国は超一流。

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May 15, 2015

絶対に巻き込まれるようなことはありません

何かに巻き込まれることを意図的にやる奴はいない。いるとしたら当たり屋かヤクザである。

人は予想もしなかった巡り合わせや時の運でトラブルや事故に巻き込まれるのであり、本当のところ、それを少しでも避けるために法規を整備して備えるのである。それでも巻き込まれたらどうするか。その悩ましさの境界におそらく未来はある。

だがその悩ましさを微塵も感じているように見えない、それも数々の大ウソつきを重ねた人物が、あなた方を揉め事に巻き込むようなことは絶対にありませんと大見得を切っている。

さらに不思議なのはこのホラ吹きの大風呂敷を信じる人々がいることである。

繰り返すけど、何かに巻き込まれようとして巻き込まれる人間はいない。いるとしたら当たり屋かヤクザくらいのものである。

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May 13, 2015

東芝、全上場子会社の決算発表延期へ 不適切会計問題で

東芝、全上場子会社の決算発表延期へ 不適切会計問題で


もはや株式市場は投機戦と化している。

予想通り不気味なほどテレビニュース等では扱われないのだけれど、「すべてのグループ会社」というのが何社あるのか調べてもよくわからない。直接の連結子会社は ここあたりで見ると、そう多くないようだけれど、これだけじゃないよな。

原因として取りざたされているのはこの件。でも「たかだか600億」 大東芝のスケールはよくわからないが、600億円程度の減損でグループ全子会社決算不能などという事態には陥らないだろうと想像する。なにが起きているんだろう。

何年も何年も「飛ばし」を重ねたあげく、まさかの突然死を遂げたのはあの時の山一證券である。「世界の東芝」の影響力、規模は山一の比ではない。

まさかとは思うけどね。

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May 09, 2015

「マスメディアは報じていない」

ニュースのコアは「それをマスコミが報じているかどうか」ではない。どんなニュースなのかという内容だ。逆転している言い方が多い。

およそ「マスメディアが報じていない」と言う前に全ての新聞、テレビ、雑誌をチェックして言っている人は少ない。まず新聞や雑誌は読んでいなくて、ほとんどはテレビ=マスメディア。

それも主要キー局から地方局までチェックなんかできるわけがないから、「おれが見ていた昨夜のニュース」次元が多い。

メディア機能の大半をマスコミが独占していた時代ではない。その気になれば一般市民がこうして情報を拡散できるのだから、それが本当に重要な情報であると確信するなら「シュクシュクと」拡散すれば良くて、メディア論は後でもいいだろう。

緊急性として。

メディア擁護じゃない。いつまでこちらを振り向きもしない相手をあてにして依存しているのかということであり、商業主義と権力に汚染されたメディアしか、仮にないのであれば、いつまでそれにすがっているのかと。

メディア批判を掲げるジャーナリストの言うこともほとんどが新聞やテレビのことばかり。ネットも含めたメディア論や批判を展開する人は本当に少ない。

#ネットにももちろんクズは多い

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May 08, 2015

読了【貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記/柳 美里】





柳美里さんには、南相馬のあるお店でたまたまお会いしたことがある。お会いというか、こちらから声をおかけした。

柳さんの本に少し出てくるある僕の友人のその後について伝えたいことがあったのたが、突然話しかけられて柳さんにはうまく伝わらなかっただろう。きっちり文に書いてお伝えすればよかったと思いながら時が経っている。

柳さんは「創」の原稿料不払事件の前後をこの本の中で落語の演目を交えながら書いている。さらけ出しながらやはり強い柳美里さんは、最近、南相馬に移り住まれたと聞いた。

http://t.co/2LnpR2KTiM

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May 07, 2015

女性向け恋愛ゲーム100億円グローバル

まあテレビネタなんだけど、「天下統一恋の乱 Love Ballad」という、いわゆる乙ゲーを出しているVoltageという企業がほとんど女性ばかり600人の陣容で年商100億円。1ゲームあたりのユーザーは3000万人ほどにも達しているという事実を知った。世界22ヶ国だかに配信。

恋愛相手の理想キャラ設定はいまだに日本は俺様男子(けれど裏ではナイーブ)が人気でHシーンはソフトだが必須。アメリカになると当然ながらまったく違う。自己主張の強いヒロインがスパイものなど非日常の激しい(いろんな意味で)設定で活躍する恋愛が受けると。

絵のタッチなどが米ではリアルなもの、胸毛ムキムキのマッチョ男子が受け、日本のようなソフトなイケメンは理解されないというのはまあ、予想の範囲内として注目したのは恋愛の相手。

米国においては乙ゲーの恋愛相手は異性とは限らない。同性との恋愛設定を必ず入れておくのがデフォになりつつあるそうだ。(あくまでもVoltageの言う話)

へーとしか言えないが、女性向け恋愛ゲーム100億円グローバルで決め手は同性との恋愛とか言葉を拾っていくと現代てこれかとか思ってしまうのも確か。


#ステマではない。

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May 02, 2015

刹那のスパーク

人は皆生まれるときも1人、死ぬときも1人だと言われて育ったが、その間のことを教えてくれる人はいなかった。おそらく1人の時間がデフォルトで、時折誰かと出会うのだろうと思っている。してみれば稀なる機会である、出会うことの僥倖を喜ぶ理由こそあれ、人と交われない不幸を悲しむ理由はない。

その視点に立てば職場に理解者がいないことなど当たり前だし、友人がてんでに違う方向を見ていることなど当たり前。

バラバラで身勝手な人間が時折何かで連帯のスパークを見せる。花火は時々上がるから美しいのだ。そのスパークの時をじっと待つ。

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April 18, 2015

数えること

歳を重ねるということは、自分の幼い日や若い日のことを知っている人たちがどんどんいなくなっていくことだ。

それは言い方を変えれば、自分が若い日に知っていた人が次々と消えていくことでもある。身の回りからも、メディアの舞台からも。

そういったことが何もわかっていなかった頃には、それらの死を一つ一つ嘆き悲しんで数えていたが、いつか数えることをやめるようになる。切りがないし、数える行為が自分にとって過酷だからだろう。

鈍感という安全地帯はこうして作られるのだろうな。

愛川欽也さん、どうか安らかに。十分にあなたの死を数えられないけれど、数えることはしないけれど、どうか安らかに。

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April 14, 2015

卑しきものを見て

SNSなどいっそやめてしまおうかなと時々思うようになったのは、よく言われるような、他人と自分との関係性のこととかではなくて、言葉を投げ捨てている暇があったら、この大事な時期にしっかりブログでも書いているほうがどれだけマシではないかと思うことがあるからだ。

切れ切れの、日々投げ捨てる短い刹那の言葉の応酬によって、確かに自分はある種の満たされる感覚を味わうのだけれど、これは果たしてどうなのか。

その偽りのような、まやかしのような錯覚に近い充足によって、本来書き記すべき多くのことが書けずに自分も人も、言葉が空に昇華されてしまっているのではないかと。ここで小さな満足の平穏など必要なのか。

いや。記すべきことなど、そもそもあるのか。

それもまた錯覚のなせる技でしかないのかもしれないのだけれど。

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March 28, 2015

創る人たちを信じる

NHKで放送された「LIVE!LOVE!SING!」というドラマの録画見てた。奴らはクリエイティブに弱いから。直接的ではない間接的な表現を評価できない。現場を僕は今でも信頼している。
———-

放射能はないつもり
 爆発なんてないつもり
 強い絆があるつもり
 だから心配ないつもり
 311はなかったつもり
 地震も津波もないつもり
 日本はひとつであるつもり
 それで安心なつもり
 地球はつもりで回ってる
 みんなはつもりで歩いてく
 そういうつもりで眺めてみれば
 僕らはみんな生きている
 (劇中歌「ギグつもり」より)

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January 19, 2015

ラインの厳しさー沖縄

《Cさんへの手紙》

今回はお会いできません。残念ですが皆さんによろしくお伝えください。

DefTechは沖縄のイメージがとても強いのですが、Microは東京出身なんだなあといま適宜な動画を探しながら思っている次第。あなたはあまり関心がなかったようだけれど、こんなグループですよ。下に貼っときます。

沖縄は、いま大変なことになっていて、考えれば考えるほど胸が痛みます。最近のサザンのこととかみんなどう思ったかななどと気になっていますが、これはそのうち機会があったら話しましょう。

この世の中に対して自分が引くラインの厳しさのようなものは、きっとそれぞれが、それぞれの高さで持っているのだと思います。世界に対しての期待のようなものです。

そのラインが自分の世界よりも高ければ人は悲しみ、反対に最初から低いラインを引いていれば絶望しないですみますが、いつまでたっても、いくつになってもそのラインと現実とのギャップに苦しむというのも、困ったものです。

そういう人は、開発途上国や戦場などほっつき歩いてくればいいという人もいるでしょうが、それも結局はここよりもひどい世界があるのだから、まだここはましだと思うだけのようにも思います。

自分より不幸な人が、酷い世界があるのだから、自分はまだマシ。そんな風に折り合いをつけていく。そういうラインの下げ方も好きになれません。

とりとめがなくなりました。

ではでは。ほんとうに、また次の機会に。

 

My Way from Def Tech OKINAWA LIVE

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December 29, 2014

小さな「戦争と平和論」

石破さんが公共の場で「集団的自衛権を行使する」と言うべきところで「戦争をする」と言ってしまい、慌てて言い直して話題になっていますが、これに驚いている人結構いるんですが、今更何で驚くんだろうと思いますよ。

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「集団的自衛権を行使する」というのが、何か事務的な手続きだなんて思っている人いるんでしょうか。「集団的自衛権を行使する」とは紛れもなく「戦争をすること」で正しいのであって、そういう意味では石破さんは正直に言ってしまっただけ。驚くなら集団的自衛権を閣議決定した時に、「戦争することを閣議決定した」ことに驚き反対すべきであって、今頃ネット的驚愕なんか表明しても遅いです。ようやく気がつきましたてなもんです。いや遅いは言い過ぎですか。まあいいですけど。

それにしても、つくづく言葉の置き換えというのは恐ろしいものだと思います。売春を「援助交際」なんて言ってたのはまだまだ「可愛い」もので、「合法ドラッグ」やら武器を「防衛装備品」だとか、「大本営」(政府のことです)は時代が変わっても同じ手口を刻んできて、我らは父祖の代からつくづく同じ手に引っかかるものです。

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December 12, 2014

大好きな大好きな美しい日本

いつ起きるかわからない、起きないかもしれない原発事故や数百年かかるかもしれない廃炉のことなんか争点にならない、それよりも今日明日のメシのことがみんな気になるんだろう。という見切りで動いている政治家たち。

そしてまんざらそれが見当違いでもない有権者の地獄のような無関心。あの大事故で国の真髄が問われて、あなたたちの大好きな大好きな、美しい日本が根こそぎ失われてもおかしくなかったまでのことだったのに。たった3年でここまで我らは忘れてしまい、なかったことにしていくのか。

10万を超える人たちが今でも故郷に帰れない。この人たちの窮状を考えると胸が苦しくなるが、もっと恐ろしいことはこの人たちと今後同じ運命を共有するかもしれないのがほとんどすべての地域の日本人であるということ。

騙されていない。みんなわかっている。本当に大災害が原発の立地で起きたら、逃げられない。放射能なんか閉じ込められるわけがない。けれど、それはきっと「起きない」 きっと「今すぐは起きない」 それより明日のメシだ!

隣国の振る舞いには歯をむき出しにするくせに、あの悪魔のような惨状を引き起こした原発に対しては「許す」のか。忘れるのか。僕は忘れない。無人の街の真ん中で幾度も泣いたことを。しょせんは通り過ぎるよそ者であっても、あんな風景は2度と耐えられない。わからないなら行ってみろ。カラスと一緒にあの無人の静寂の街で、ネズミに荒らされた民家の前で、草むした庭で立ち尽くしてみろ。

人はここまで愚かで、この火山列島、地震列島で次々と再稼動してもう1回か2回同じような事故が起きないと動けるようにならないのか。「天罰」という言葉を使って大ひんしゅくをかった政治家がいたが、為政を行うものの上に、、天罰を与えるのは有権者のはず。その有権者が全てを水に流すなら、一体誰が彼らに天罰を与えるのか。

日本が大好きなんじゃないのか。みんな。

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November 23, 2014

ミッション

TOWER RECORDS渋谷の石井麻木さん写真展へ。



大勢の若い来場者でごった返していた。なぜTOWER RECORDSで?と一瞬思ったけれど、震災前から石井さんはライブハウスやミュージシャンの写真を撮っている方だったのだと思い出す。各地を巡回してきたこの写真展が、東京でTOWER RECORDSを会場に開催されるのは理由があるのだ。写真展も半分くらいは東北LIVEHOUSE 大作戦に連動してライブの写真とビデオ。





ヘリから撮影したあの夜。決壊しそうになった国会議事堂前デモの写真がいちばんぐっときた。

で、ちょっと違うことを書くけれど、他者の表現は絶対に自分の表現とは相容れない。それは当然の自明のこととして物心ついた最初から思い込んできた。けれど、日本の学校教育というのは、皆さんも知っての通り、そういう子供の原始的な違和感を矯正していく面がある。必ずしもそういう感性は歓迎されなかった。絆を最初から違うでしょとか言って切りにかかるんだからね。何しろ。めんどくさいやつだ。









まして半分戦時体験のような経験を経て小学校に入学してきた子供の見る風景は、他の子供とどこか違っていたかもしれないのは仕方がないように思うし、そこで何らかの軋轢(さらっと書き流すがそれは当然当事者にとっては大変なことだった)があるのは当然だったろう。

でも、この「当然」と流せるようになるまでには相当の年月がかかる。その闇と暴力はもちろん比べようもないが、ベトナムやイラクの帰還兵が長く故郷になじめず、ついには次の戦場へ回帰するところに追い込まれていくようなドキュメンタリーを見たことがある。


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November 15, 2014

黒く危険な「ダイヤモンド」

浜通りの建設屋さんから聞いてきた話。

大量にたまっていく仮仮置場(浜通り、中通り始め栃木も。そこらの軒先)の黒い除染袋。これを仮置場(まだほとんど決まっていない)に運び、さらに中間貯蔵施設(大熊になるかまだ目処立たず)に運ばなければならない。

膨大な量の除染袋を運ぶには大量の車が必要だが、運搬コストは想像もつかない。通常の人件費、車代では誰もやらない。しかも除染袋を運んだ車はほかの荷物は運べない。その後はおそらく廃車。そのコストも織り込んで考えるとコストは天井知らず。

おまけに沿線住民の猛反発が予想され見通しがまったく立たない。だれが自分の家の前を四六時中除染袋トラックが行き交うことを許容するか。

一方でカネを無限に生む小槌のような仕事なので大手ゼネコンは特殊車両の開発を検討しているというが。。

混沌は続く。
黒く危険な「ダイヤモンド」。

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November 08, 2014

幼い頃、夜が嫌いだった。なぜ人は夜になると「死んで」いくのだろう。

「死んでいく」んじゃないよ。眠ってるだけだよ。明日になればみんなまた起きてくる。あなたも早く寝なさい。

それはわかっているけれど、もしも人が眠らずに生きられるなら、もっと色んなことができるじゃないか。本も読めるし、誰かにも会える。会えなくても手紙くらい書けるかもしれない。

だいたい何もできないなら死んでるのと眠ってるのとはどう違うのさ。夢を見るくらい?でも死者だって夢くらい見ているかもしれないだろ。

神様も眠るのかい?何か都合が悪いことがあって人や生き物をみんな眠らせてしまうんじゃないか?

馬鹿だねこの子は。笑。
そんな変なことを考えるんじゃない。早く寝なさい。

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September 12, 2014

墓標の前で

夢を見た人の中で、本当にその夢を掴めた人は僅かしかいない。神の僥倖。

その人の墓標の前で僕達はつくれるはずのものもつくらず、掴めるはずのものも掴まず、互いの見つめる先ばかり気にしている。

それはかつて世界を変える武器だったのだよ。

遠くであの人の声がする。

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September 08, 2014

遠くから投げる石

報道ステーション「原発事故関連のニュースをきょうも放送できませんでした。時間がなくなったからです。申し訳ありませんでした」 のテロップ。

どう考えても異例。取材陣の視聴者への苦肉のアピール。支えるのは国民なのだろう。巨大組織の奥の奥にも同志はいるのであると。

缶コーヒーのBOSSのCMですらジョーンズからの秘められたメッセージじゃないかと思えてしまうからね。僕は。だんだん中国みたいになってきたね。この国。叫ぶ場合は命を気にして隠喩でしか叫べない。


まあ生活のためにやっている仕事を主義のためにやめられるか。そういうワンテーマですよね。やめることはできなくてもスポンサーへの抗議はできますけどね。


主義のために放棄した仕事は数々あれど、我慢して続けた仕事はあるかなと思うと容易に思いつかない。そういう意味では困ったちゃんを貫いてきた方だと思うけれど以前の主義とは単なるへそを曲げた程度のものが多く。

いま見えているはっきりとした圧力に抗せるのか。うーんと悩む。

まあやるだろうけど。

遠くから投げる石は相手にも当たらないかわりに相手の石もこちらに届かない。それがすぐ目の前に相手がいて隣の同僚に石が時々当たって倒れる場所でやってる人たちとの大きな違いですよね。

けれど遠くから投げる石もたまには届く。100万個くらい投げれば100個くらいは届くかもしれない。それが厳しいところにいる人たちに応援に少しでもなればね。

やはり投げるんでしょうね。


LINK
さらに福島県警でも2人の自殺者が出ていたと。// 「報道ステーション、岩路真樹ディレクター「最後の仕事」、そして、二人の警察幹部の自殺」
⇒ http://t.co/ncjP7nLdUR

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September 07, 2014

ひな壇

前にも見たのだけれど、今見ても背筋が。

口パク疑惑のビヨンセ。その会見後、記者全員が彼女のファンになった理由とは


で、ちょっと違うことも考えた。安倍内閣の新しい女性閣僚がひな壇を安倍さんを取り囲むように降りてくる様子だ。

一つの強烈な意志を表明する土壇場の力と勇気に男女の差も、国籍の差ももちろんない。しかしビヨンセのバックにある巨大な星条旗に僕はどうしても注目してしまう。

悪も数え切れないほどある。それはわかっているが、私たちが対峙しているのはこういう国だ。

忘れまい。

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June 23, 2014

欠損ではない

理屈なんかどうでもいいから、とにかくさっさと結婚して子供を産めと内心彼らは思っている。だから少子化対策と、あのような輩は水面下で実は繋がっている。

本当にこの社会に女性の力を借りたいなら、結婚しようとしまいと、子供を産もうと産むまいと、無関係に平等にその立場を尊重することだ。

世には、結婚したい人、したくない人、子供を産みたい人、産みたくない人、機会に恵まれる人、恵まれない人、父のない人、母のない人、異性を愛する人、異性を愛さない人。様々な人達が生きている。

それを「欠損」だと考えるから他人に高飛車に無神経になる。「個性」と思えば尊重できる。わからぬか。

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