SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

September 12, 2014

墓標の前で

夢を見た人の中で、本当にその夢を掴めた人は僅かしかいない。神の僥倖。

その人の墓標の前で僕達はつくれるはずのものもつくらず、掴めるはずのものも掴まず、互いの見つめる先ばかり気にしている。

それはかつて世界を変える武器だったのだよ。

遠くであの人の声がする。

» Continue reading

September 08, 2014

遠くから投げる石

報道ステーション「原発事故関連のニュースをきょうも放送できませんでした。時間がなくなったからです。申し訳ありませんでした」 のテロップ。

どう考えても異例。取材陣の視聴者への苦肉のアピール。支えるのは国民なのだろう。巨大組織の奥の奥にも同志はいるのであると。

缶コーヒーのBOSSのCMですらジョーンズからの秘められたメッセージじゃないかと思えてしまうからね。僕は。だんだん中国みたいになってきたね。この国。叫ぶ場合は命を気にして隠喩でしか叫べない。


まあ生活のためにやっている仕事を主義のためにやめられるか。そういうワンテーマですよね。やめることはできなくてもスポンサーへの抗議はできますけどね。


主義のために放棄した仕事は数々あれど、我慢して続けた仕事はあるかなと思うと容易に思いつかない。そういう意味では困ったちゃんを貫いてきた方だと思うけれど以前の主義とは単なるへそを曲げた程度のものが多く。

いま見えているはっきりとした圧力に抗せるのか。うーんと悩む。

まあやるだろうけど。

遠くから投げる石は相手にも当たらないかわりに相手の石もこちらに届かない。それがすぐ目の前に相手がいて隣の同僚に石が時々当たって倒れる場所でやってる人たちとの大きな違いですよね。

けれど遠くから投げる石もたまには届く。100万個くらい投げれば100個くらいは届くかもしれない。それが厳しいところにいる人たちに応援に少しでもなればね。

やはり投げるんでしょうね。


LINK
さらに福島県警でも2人の自殺者が出ていたと。// 「報道ステーション、岩路真樹ディレクター「最後の仕事」、そして、二人の警察幹部の自殺」
⇒ http://t.co/ncjP7nLdUR

» Continue reading

September 07, 2014

ひな壇

前にも見たのだけれど、今見ても背筋が。

口パク疑惑のビヨンセ。その会見後、記者全員が彼女のファンになった理由とは


で、ちょっと違うことも考えた。安倍内閣の新しい女性閣僚がひな壇を安倍さんを取り囲むように降りてくる様子だ。

一つの強烈な意志を表明する土壇場の力と勇気に男女の差も、国籍の差ももちろんない。しかしビヨンセのバックにある巨大な星条旗に僕はどうしても注目してしまう。

悪も数え切れないほどある。それはわかっているが、私たちが対峙しているのはこういう国だ。

忘れまい。

» Continue reading

June 23, 2014

欠損ではない

理屈なんかどうでもいいから、とにかくさっさと結婚して子供を産めと内心彼らは思っている。だから少子化対策と、あのような輩は水面下で実は繋がっている。

本当にこの社会に女性の力を借りたいなら、結婚しようとしまいと、子供を産もうと産むまいと、無関係に平等にその立場を尊重することだ。

世には、結婚したい人、したくない人、子供を産みたい人、産みたくない人、機会に恵まれる人、恵まれない人、父のない人、母のない人、異性を愛する人、異性を愛さない人。様々な人達が生きている。

それを「欠損」だと考えるから他人に高飛車に無神経になる。「個性」と思えば尊重できる。わからぬか。

» Continue reading

June 22, 2014

紫陽花の使者



雨の季節にいつも紫陽花は咲き色褪せてやがて散る。あの年の強烈な花はもう散ったけれど翌年になるとまた花を咲かせる。あの時、我らが立ち止まった場所に何度でも現れる使者のように。

忘れるな。

» Continue reading

June 17, 2014

かつて嫌っていたこと

僕はあの古い下北沢の駅を愛していたのだなあと夜中に写真を見ながらふいに思う。

やれやれだ。

なくしたものは帰らないし、新しいものは、なくしたところからでないと始まらない。それはわかっているけれど、前も向けず先へも進めず、うずくまって生きることが意味が無いなんて誰が言えるだろう。

かつて嫌っていた生き方が、気を許すと部屋の傍にうずくまっている。

» Continue reading

June 07, 2014

引き受けるということ

当然ながら、何十年もの間に仕事上の酷い失敗を何度かしている。自分のせいであったり、結果としてそうなってしまった理不尽なものもある。

ある金融機関の新規出店プロジェクトに関わっていた時、こともあろうにその出店予定地の地主を激怒させた。事務所にいた女の子の電話応対が無礼だったと、たったそれだけのことだったが、地主は人の道に反すると激怒した。いま思えばナーバスな土地交渉のさなかである。彼もナーバスになっていたのだろう。
詫びたが収まらずもう土地を貸さぬというところまでこじれて、担当者の僕は震え上がった。まだ20代だった。
ついには何とその金融機関の支店長と一緒に地主を訪ね、玄関先で長時間粘り、ようやく中に入れてもらい、共に畳に頭を擦り付ける羽目になった。

「このクソジジイが」と僕は怒りに燃えていたが、横で共に頭を擦り付ける支店長は一言も僕のことも、事務所の女の子のことも責めなかった。間にたった代理店の担当者も共に黙って頭を下げてくれた。

地主の怒りはようやく収まった。電話一本の恐ろしさを知った。

「こういうこともあるよ」

と落ち込みまくる若い自分に対して、ニコリと笑った支店長の笑顔がいまでも忘れられない。彼こそ理不尽と屈辱に震えていたろうに。

そればかりかその日は、致命的とも言えるミスをした我々を飲みに誘ってくれて遅くまで盛り上がった。やがて支店は無事にオープンしたが、バブル後の混乱期を経てその金融機関は今はない。

だが。いまでもその駅に降りるたびにあの日の遠い記憶を思い出す。いま、自分のために横で頭を下げてくれる年上の人は殆どおられなくなった。それどころか、おそらく誰かのために頭を下げたり、嫌なことを引き受ける場面が増えたと思う。

理不尽だと憤るとき、誰かのために人の嫌がることをしなければならない時、あの日の支店長のことを思い出す。

どんな時も逃げるなと彼はきっと教えてくれた。そう勝手に僕は信じ込んでいる。

※昨日ちょっと厳しいシーンがあったのでそんなことをちょっと思い出して書いてみた。

» Continue reading

May 24, 2014

過酷で無慈悲で不合理な

仕事というのは多かれ少なかれ過酷で無慈悲で不合理な部分はある。過酷で無慈悲で不合理な部分を直そうとすると、大体の場合は状況よりも自分がダメージを受けるので、多くの人はそれをやり過ごして現実との間に均衡点を求める。こうして人はオトナという都合のいい生き物に成長する。

それはそれだ。

しかし現実に対して無制限の妥協を重ねると、いつかそれは私のチンケな仕事の分野にとどまらず、全てに波及する。そして社会に波及する。

各所で至る所でこの流れに抗する小さな抵抗がなされることがきっと必要で、それが合流して大きな力に知らぬうちになっていく。これはまさに選挙における投票行動とそっくりの話だと思う。

あなたや私のチンケな1票では何も変わるように見えないが、そのチンケな1票以外に社会を変える方法はない。それができなければ革命しかないのだ。

あなたは笑うけれど、それは世界においては始終起きていることだ。タイ以外でも。どこでも。どこでもだ。

投票行動は社会を変える欠かせない力だけれど、唯一絶対ではない。ほかに変えるべき手段があってそれを本当に実行できる機運と勇気があるなら試すのもいいだろうと思う。

けれどもちろん、チンケな投票ひとつも行わないただのチキンが、そんなことを唱える資格はないと思う。

» Continue reading

May 18, 2014

けもの道

集団的自衛権。国会でよく議論しろと公明党は言っているが、そもそもこれは立法ではない。内閣の「見解」で憲法解釈を変えるという掟破りだから決もとる必要がない。成立させるべき法もないのだから。適宜に時間をとって野党の反対意見を聞き、「参考になりました。じゃあこのへんで」



改憲どころか強行採決すらする必要がないのだ。まさかこんな裏道を使って集団的自衛権を正当化するとは思わなかった。

弱点は法ではないこと。解釈だから次の政権がまた解釈を変えればいいのだが、憲法をここまでないがしろにするなら、どんどん骨抜きになって行く。それが恐ろしい。

僕は改憲論者である。だから堂々と議論して直すべきところは直すべきだと考えていたが、まさかここまで非道とは。周辺の緊張があるならなおいっそう王道を歩むべきではないのか。ほとんどの事態は個別的自衛権で対応できることは、自民党さん。あなた達が一番よく知っているだろう。

所詮まともな論戦では通らないと思っているから、こんなことをする。日本は獣道を歩む国に成り下がるのか。

武力の行使に絶対反対の立場じゃない。
山田洋次監督がテレビで「中国とも北朝鮮とも話せばわかるんだから」と言っていたが、僕はそこまで楽観的ではない。地獄の収容所で赤ん坊まで囚人にする国と、ウイグルに地獄の弾圧を重ねる国とまともに話せるかどうかという思いはある。


しかし我らはそれでも最後の最後、99.99999%のプロセスを外交という戦争で戦うべきなのだ。武力の行使は最終手段であり、その時も丸腰でいいとは思わない。

しかし今の政権は最初から腕まくりをしいつでもやってやるという姿勢が見え見えだ。こんな国家に誰が心を許すだろう。世界に向けても国民に向けてもウソにウソを重ね、外交よりも戦車が好きな宰相である。

何度言われればこの国の人達も気がつくのだろうと思う。強い危機感を感じている。

» Continue reading

May 12, 2014

理想主義なのかヘタレなのか

何だか現状思い切り「経済回せ側」に取り込まれそうになっており内心複雑であります。経済回せったって自分の経済がすぐに回る話ではないのでありますが、当たり前の話、ひとたびここから外に出れば出たところの力は強大であります。それを改めて痛感しています。

「清く貧しく美しい」など嫌いだと公言しています。清く美しいものが、貧しくてもいいと言っているなら、それはどこかおかしいわけです。

正しいなら、美しいなら、富むはずであり、豊かで幸福になるはず。
それが達成できないならそれはどこかその社会の仕組みがおかしい。原発もそうです。オリンピックもそうです。

けれどおかしいものを、おかしいと言い続けるだけでは何も変わらない。奇跡の革命などない。

我らはこの唾棄するような日常。それでも先人がそれ以上の唾棄する思いを重ねてバトンしてくれたリレーを、微々たるものでも唾棄しないですむようにして、後の人に引き渡す努力をしなければならない。

それは決して豊かだけれどクxな社会ではなく、昨日よりも豊かで昨日よりはほんの少しクxではない社会。

その理想主義なようなヘタレなような世界観に私のやっていることは叶っているのでありましょうか。
あなたのやっていることは、どうですか。叶っていますか。

#別に酔っておりません。

» Continue reading

May 10, 2014

消えて行く下北沢

今となってはというか、今の段階で既にというか撮っておいて良かった。最近になって思うのは写真なんて撮るんじゃなくて撮らされて、そしてその写真がいつか勝手に何か話し始めるんじゃないかな。

カメラマンを目指していた頃にはそんなこと考えたことなど、もちろん微塵もない。




消えて行く下北沢(2013年5月17日)





892321_10151496251192500_136367979_



901929_10151496246677500_1313265072



901783_10151496247977500_227434313_



902149_10151496246087500_15514845_o

明日の始発から地下駅に移行する下北沢駅周辺の町並みをパノラマを使いながら撮ってみた。。人生でもっとも忙しく疲弊していた時代に2年間住んでいた場所でもある。ゆっくり街を歩くこともあの頃はなかった。3/21から一定の時間ごとに撮影。

» Continue reading

May 06, 2014

「鼻血ごときで騒ぐ人は発狂するかも」という雁屋哲氏の「いつもの悪い癖」


「現在発売中の「スピリッツ」22・23合併号に掲載された「福島の真実篇」において、東京電力福島第1原発など福島県を取材のため訪れた主人公・山岡士郎らが鼻血を出す描写があり、これが風評被害を助長するのではないかとの指摘が相次いだもの。作中には前双葉町長の井戸川克隆氏も登場し、「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」と発言、ネットを中心に炎上状態」

自分は3月11日以降、福島には何十回も足を運んでいるが、直接「同じ症状の人」に会った事もないし、「同じ症状の人」を知っているという人にも話を聞いた事がない。けれどだからといって「そういう症状の人」はいないということにはならない。実際SNSでは「低線量被曝による鼻血などの症状」を訴える人がたくさんいることは知っているし、確かにそうした人たちもいるのだろうと思う。僕がたまたま会っていないだけかもしれない。

けれど、だからといって自分の個人的視点で見る限り「大勢いますよ。言わないだけです」などという状況になっているとは判断できない。一定の発信力を持つ人がメディアで「言わないだけです」などと言えば何も知らない人は壮大な隠蔽を想像するだろうし、「血にまみれた福島の過剰な闇」を想像するだろう。

この問題に関して両論は両論とも不完全であり、慎重な見方をとりながらも「わからない」というのが現在のもっとも誠実な対応だと思う。注意しながらも気を配る。こういう慎重でまだるっこしくも思える対応の継続にしか真実はないように思う。

一方で「3年経っても死んだ人が誰もいない」から放射線への脅威論の化けの皮がはげたなどという論陣を張る人がいてそれに賛同する人がいる。安全論の根拠として「放射能で死んだ人が誰もいない」などとたった3年で主張する事もおかしい。そもそも本当に誰も死んでいないのか。この3年間で吉田所長含め癌でこの世を去ったコアな関係者は多くいる。亡くなっている方達の死を即放射能被曝に結びつける事には慎重であらねばならないだろうが、即「死んだ人は誰もいない」などと判断するのもまた違う。
さらにチェルノブイリでは20年以上たってからも相次いで甲状腺がんの発症や心臓の異常が続いていることはもう周知の事実だと言ってもいいだろう。

不幸すぎる未来を喧伝して人を惑わすのはもちろん慎むべきだが、現状に漂っている不透明な部分を見てみないふりをするのもまた違う。

いずれにしても

「鼻血ごときで騒ぐ人は発狂するかも」

という不要な挑発的台詞を吐く雁屋哲氏の「いつもの悪い癖」には眉をひそめざるを得ない。それは誠実な態度だろうか。福島に対して。そして我ら全てに対して。

» Continue reading

May 04, 2014

gの文字の方向

IEの脆弱性を修正する緊急アップデート公開、XPにも「特例」で提供

今回のIEの騒ぎは一体何だったのか。おそらく裏事情があるだろうしいつか明らかになることがあるのだろう。明確に過去のMSには起こらないことが起きていた。

大規模なセキュリティホールは過去にも何度もあったのに、米日の政府関係筋が使用そのものを禁止するなどといったことは過去になかった。

ではそれほどの危険だったのかというと、どうもそうとは思えない。陰謀論に組みしたくないが水面下で何か攻撃的なことが起きているのだろう。gの文字の方向を横目で睨みながらそう思う。

» Continue reading

May 03, 2014

『ラストデイズ 忌野清志郎×太田光』


『ラストデイズ 忌野清志郎×太田光』

夕べ録画を見ていて、彼について知らないことがたくさんあったことに気がついた。そして少し驚いた。

思ったことは他にも色々あるが、その一つは、人が何かに拘ることにはきっと理由があるということだ。誰でも。そしてキヨシローでも。

本当は何の理由もなくても、この星に生きているものとして、呼吸をしているものとして、特殊な理由がなくてもいま起きていることに、今の生活を崩すこともなく生活者の1人として息をするように平然と立ち向かうべきなのだと思っている。それがきっと理想であり自然だ。

だが現実はそうはできていない。こだわる人にはこだわるだけの理由がある。それが現実であってそこで理想を振りかざしても仕方がないのかもしれない。

降りてくるものには降りてくる理由がある。物理の法則のように。

» Continue reading

April 16, 2014

日常

長いこと仕事に待ち伏せされていたらしく、毎朝誘拐されて監禁され、夕方解放されるような状態になりました。

人生で一番難しいのはバランスだとつくづく思わされます。と、「バランス」という言葉から一番遠い生き方をしてきた私が思います。思ったからと言って何もどうにもならないんですけどね。

人は所詮未来の予想はできない。精一杯予想して、当然に裏切られて、それを折り込んでいたような顔をして精一杯生きて行くのだと思っています。
でも多忙にまかせて、2011以降に味わった悔しさや怨念、この国の手の届かないスケールの矛盾、2011年の5月に入った南相馬の原町の駅前など忘れないで、もうしばらくは生きていきたいと思っているという感じです。

この国は素晴らしいし地力もある。本当にそう思うのだけれど、当然ながら完璧ではない。あの年に天命を知るための大きなショックを与えられてそれから個々がどう生きるか、日常との折り合いをそれぞれがどうつけるか。そこなのかなと思うわけです。
我らは日常を忘れず、一方で天命を意識して。

ごめん。ちょっと勢いで書きました。

» Continue reading

April 05, 2014

淡々と

特に才気の走る文章ではない。ただ日常の一コマ一コマ。それはパソコンが壊れて買いに行っただとか、一人旅を初めてした話だとか、ケレンもテクニックもなく、淡々と日常を綴っているある人のブログをもう何年も読んでいる。人柄なのだろうか。惹きつけるものがある。

彼女のブログにただひとつ、どこにでもあるわけではない要素があるとすれば、それはかつて彼女が癌によって命が脅かされ、今もそこからの快復過程にあるということだけである。

だけであるって。

何だそれは。どこが「淡々とした日常」なのだと思われるかもしれない。
けれど、そのことがなお、いやそのことがあるから余計に彼女の日常の起伏のあまりない、当たり前のエピソードの一つ一つが印象に残るのだろうか。

いや。そうではない。例え病気のことがなくても、自分はこの人の毎日を読み続けているだろうな。そこにあるはずの何かを自分はうまく表現できないし、何か綺麗な、もっともらしい言葉でまとめる気もない。

その人も一度もコメントもしたことのないこんな読者のことを意識などしないで書いていることだろう。他人の人生の覗き見と言ってしまえば詮無い話だが、元来ブログとは日記であり、こういうものだった。

波乱万丈でケレンだらけの日常がより人を惹きつけるとは限らないし、平凡な顔をした深い日常というのがこの世界にはある。

残念ながらこの領域もTwitterやFacebookでは味わうことの難しいゾーンなのである。

» Continue reading

March 29, 2014

台湾の件は人ごとではないが

以下の記事が当意即妙な翻訳まとめとあいまって現在台湾で起きていることを理解するのに非常にわかりやすかった。

【台湾速報】抗議で揺れる台湾で「とある社長の独り言」にコメント殺到 台湾の反応「感動した!!」「シェアするべき」
http://taiwansokuhou.blog.jp/archives/4670333.html

このあたりを読んでいて思い出したのはなぜかアヘン戦争。アヘン戦争で欧米列強の脅威をまざまざとした日本がその後明治維新に向かっていく原動力の一つになったと言われている。

今回の脅威は中国であるが、いま起きている台湾の件は人ごとではない。欧米列強ではなくて巨大化する中国。確かに脅威を感じる。台湾が飲み込まれたら直接対峙感ハンパない。

そこに安倍政権の富国?強兵策が乗っかってくるのだろうと思うが、富国はともかく、強兵に関しては僕は疑問視している。台湾の事例を見てもわかるように軍事侵攻よりも恐ろしいのは経済侵攻なのだ。そういう意味でいたずらに軍事チキンレースに参加する時代ではない。平和主義云々ではなく戦略として疑問。

幸か不幸か日本の経済力は台湾よりも遥かに強大だ。むしろ経済外交戦争に本腰を入れるべきで、くだらぬ孤島争奪戦を利用して強兵策に挑むなどそれこそ現実的ではない。

明治維新に学ぶは良いがより富国(経済成長オンリーではなく他国との協調経済で存在感を確保する)戦争で勝利すべきなのが現代のパワーバランス。中南海以外の中国内の親日勢力とはどんどん連携を深めるべきだと思う。

戦略的に。

» Continue reading

March 28, 2014

無為の問い

もう少し待っていれば今年の桜だって見ることができたのに。急ぎすぎだ。

斎場の蕾を見上げて息が苦しい。

あの遠い昔。15歳のその人は15歳の自分に声をかけた。それはおそらく今日とそう変わりのない春の日だったが、校庭にはもう桜が咲いていたな。日の光が明るかった。かすかに朧げに、あの日の人懐こい笑顔が浮かぶ。

あれから今日まで幾年も生きてきた。長い時間が過ぎてみたら、その人は今夜白木の箱に眠っている。人の壁をよけて覗き込んで顔を見ると穏やかな表情で眠るその人がいた。

人生を生きてきた大人が、ひとり自分の意志で選んでこの世を去るのであれば我らにできることはおそらく何もない。

でも、もしも。
でも、もしも。

仮定の悔いは無為の問いとなって我らの胸の中をぐるぐる回っている。

でも、もしも。

これが逆になっていたならばなどと愚かなことを考える。ほんの数ミリの運命のずれがあったなら。逆になっていたならと。

その人は白木の箱に横たわる自分を見て、何と言ったろうか。バカ野郎とそしっただろうか。子供のように泣き濡れたろうか。それとも何も言わずうなだれたろうか。

なあ。聞いているか。
想像できるか。お前ならどうした。

お前はもうちょっとした大声では届かないところを今夜歩いているのだろうけれど、逆になったときにお前ならどうする。どんな風に俺の顔を覗き込むんだ。いつかそれだけは聞いてみたい。

またどこか桜の咲く場所で待ってろよ。

きっとまた会うだろうから。


» Continue reading

March 25, 2014

春日狂想

人が旅立つと電話の着信一つでわかる。いつからこんな風になったのだろうか。

この詩人の前には物心ついて以来、いつもあなたが立っていたので、あなたのことなのだか、詩人のことだか僕にはよくわからない時があった。

いま、あなたがそこを去ったので、僕は改めてあなたではなく、この詩人の辞世のような詩を読んでいる。

まこと世は酷く信じられないことが起きる。あなたのこのような退場を思い切り僕は誹るべきなのだろうが、そこにとうの昔からいるはずのない、あなたが遮っていた詩人しか残っていないようで、謗りの言葉も吐けないでいる。

こんな自分を見て、あなたがどこかまだその辺でにやりとしているなら、誠にそれも酷い話だ。

あまりのことに悔やみも言えない状況がこの世にはあるのだと知る。

春日狂想(中原中也)

   1

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業〈ごう〉(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

   2

奉仕の気持になりにはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前〈せん〉より、本なら熟読。
そこで以前〈せん〉より、人には丁寧。

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田〈ばくかんさなだ〉を敬虔〈(けいけん)〉に編み ――

まるでこれでは、玩具〈(おもちゃ)〉の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇〈(あ)〉へば、につこり致し、

飴売爺々〈(あめうりじじい)〉と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

まぶしくなつたら、日蔭に這入〈(はい)〉り、
そこで地面や草木を見直す。

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

   ((まことに人生、一瞬の夢、
     ゴム風船の、美しさかな。))

空に昇つて、光つて、消えて ――
やあ、今日は、御機嫌いかが。

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処〈(どこ)〉かで、お茶でも飲みましよ。

勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、 ――

戸外〈そと〉はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、

外国〈あつち〉に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

まぶしく、美〈は〉しく、はた俯〈(うつむ)〉いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

それでも心をポーツとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮

   3

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に ――
テムポ正しく、握手をしませう。

» Continue reading

March 11, 2014

あの夜の「平和」

2011年の今日。自分の大きな勘違いのひとつは、みんなきっと北へ向かうだろうと思い込んだことだ。大惨事。きっと日常をいったん棚上げにして、ほとんどの人が東北へ向かうと思った。自分はいつ行こうどこへ行こうと考えた。抗うことはできなかった。他の選択肢もなかった。思い込んで3年だ。

こんな思い込みはきっと何かの勘違いだったのだろうと思う。世界はそんな風にできていない。個々の事情の最大値で。。いや違うな。風の吹かない人には永遠に風は吹かない。そのことは何も罪でも何でもない。自分とて3年間おろおろ歩き回っているだけだ。足元の世界すら変えられない。

自宅に帰り着いた3月11日の夜は、立ち往生した高校生のカップルを迎えに車を近くに走らせた。娘の友人だ。彼と彼女は比較的呑気な顔で現れた。やむなく家に泊めることになった2人にどれだけあの時救われたかと、今でも振り返る。身震いするのはその時かの地で何が起きていたか知らなかったことだ。

僕の頭の中ではあの夜の呑気な高校生のカップルと自分達、その同じ時間に原発で起きていたこと、南相馬で起きていたこと(ずっと後まで知らなかった)が頭で重なり後ろめたい気分になる。写真展に来てあの地獄のような彼の地の数日間を語ってくれる人がいた。問わず語りに言葉が口をついてでる。そして止まらない。

どうしようもないことなのに、あの日に彼の地がどんなことになっていたか。それを知らずに過ごしていた自分の「平和」とのギャップに身震いする。それは結局今でも埋まらない。どちらがどちらではないし、おそらく仕方が無いことなのだろうけれど、3年経ってもそこに行き着けない。

» Continue reading

February 19, 2014

グループ写真展「南相馬の今と昔」開催のお知らせ。

縁もゆかりもない南相馬に2011年の初夏に初めて足を踏み入れてから3年。出会う前から尊敬していたカメラマンの Katsuo Takahashiさんと、この3年ずっと僕たちと南相馬を繋いでくれていた 佐藤 喜彦さんと一緒にグループ写真展を開かせていただくことになりました。

当初ボランティアで入った南相馬の街に最初は満足にカメラも向ける事ができず、何を話したら誰と話したらいいのかもわからない状態でした。3年の年月がたち、グループ展の声をかけていただいたお2人に感謝です。

311以後。東京では散々震災の事を喋っている自分ですが、まだ現地では写真の公開もトークもしたことはありません。正直写真を撮る事以外には、街をうろうろしていただけであり、じっと街の人の話を聞いていただけです。自分の両手が南相馬に対してできたことは本当に何一つありません。

この3人の共通点はきっとパンフレットの高橋さんのリード文(記事末に引用)に的確に表現されていると思います。それは「怖さ」ということです。こんな怖いイベントは正直ないのです。何で引き受けたんだろうと今でも時折思いやめたくなります。苦笑

でも3人は3人のそれぞれの立場から、それぞれの理由で一番恐れている事をよいしょと力を振り絞って実行することになりました。こんなこだわりは人から見ればそれぞれ大したことがない小さなことなのでしょうが、それぞれの目からは大きく見えるのだと思います。人から見ると大した事ではない事でも、本人にとってはそれを超えるのが途方もなく難しいことというのはよくあることです。それをひとつひとつ超えて行く小さな努力もきっと復興には必要なことなのだろうと思い、足を踏み出そうとおもいます。

この街とのたった3年のおつきあいの中で、貴重な友人と尊敬する仲間を失いました。その人たちにも何もできていなかったことも悔いています。その悔いも繰り返さないためにも。

お近くの方はどうか足をお運びください。

(以下は パンフレットから高橋かつおさんのリード文です)

きっかけは佐藤がツイッター呼びかけた原町でのオフ会だった。

時は2011年7月某日。当時佐藤は震災後に気を揉んでいた故郷原町に数年ぶりに戻って来ていた。その折に殿岡は震災後初のボランテシアとして南相馬に来ており、高橋は4月から始めた撮影で南相馬に入っていた。

偶然集った3人は生まれ、年齢、仕事など立ち位置や背景は全く違い、原発に関しても今後の南相馬についても意見を異にするが、以降3人で何かできたらと話しており、気付けば3年の時が経った。タイミングの問題もあったと思うが正直、みな怖かったのだと思う。自分のフィールドで、しかも地元の方々に見てもらってその反応を見るのが。「よそ者の自分が」という後ろめたさもあったと思う。

それでも「あれから」3年を迎える今回発表することにしたのは世間の風化と、そして我々自身の中で風化することの危機感からだ。行政からもメディアからも半ば放棄され(=Abandoned)、文字通り「行き止まり」の地となった南相馬が3年を経ても何も始まっていない閉塞した現状とそれに対して何もできていない3人。その現状を少しでも打破できればと願い写真展開催に踏み切った。過去と現在の写真を通じてそれぞれの南相馬の未来を想起してもらえれば嬉しい。

最後に、今回の展示では地元出身の佐藤が南相馬の過去を、殿岡が野馬追を中心とした南相馬の現在を、そして高橋が震災以降の人々のポートレートを担当した。

文責 : 高橋かつお

1780916_650790394976776_550561232_n

1779863_650790431643439_1332082943_

» Continue reading

February 16, 2014

甚大な大雪被害--- 甲府の友人からの手紙

空前の大雪で陸の孤島となっている山梨県。甲府にいる高校時代の友人から現在の状況を伝えるメールと写真をいただいたので、アップさせていただいた。

(ここから)

皆様。ご心配いただき、ありがとうございます。
XXXXX@陸の孤島・甲府、です。
こちらの状況報告をします(長文)。

【2月15日(土)雪のち曇ときどき晴れ間】
まだ降っている朝方、試しにちょっと外に出てみました。
この時点での積雪が110cm超。
(甲府駅から武田神社に向かうメインストリートの)武田通りにはクルマの轍が残っており、
そこを歩いているひとがちらほら。クルマは皆無。
しかし、自宅からそこへ行くのが大変でした。
人が歩いたあとがあればまだいいのですが、全く歩いていないところは腰まで埋まります。
ラッセルをしなければならないので、少しの距離でも非常に疲れます。
こどもや小柄な女性ではとても無理でしょう。
吹き溜まりだと、場所によっては胸あるいは頭くらいまでの高さがあります。
ときおりサイレンが聞こえますが、幹線道路から一本内側の道へクルマは入れません。

» Continue reading

January 29, 2014

勇気と決断

311以後の論旨をここまでなめらかに理路整然と元首相(2人)が語ってくれる都知事選になったことをまず喜んでいる。彼らの戦略ありきという人もあるだろうし、国政への野望という人もある。

確かにそれはその通りだろうが、ご本人も言うとおり、首相まで務めた悠々自適の70を超えた「老人」があえて寒空に立ち、東京とは言え地方自治体の首長に立候補することに「悪意」を見ることは難しいものがある。勇気と決断には最大の尊敬を払いたい。

若い世代がというなら、若い世代がどんどん名乗りをあげていけばいいのだが、残念ながら投票所に足を運んでもらうことすら困難な状況である。三宅洋平さんのような人は多くはない。その厳しさは受け止めるべきだ。

細川さんの「足りないところ」「危ういところ」は皆で補うべきところだろう。

※ちなみに今回は投票前日に宇都宮さんと細川さんのどちらか「有利と思われるほう」に票を投じることにした。選択も公開しないのが自分の決断である。


【政見放送 NHK 2014都知事選 無所属 細川護煕】
http://www.youtube.com/watch?v=hb2oxZJbXvc&feature=share

» Continue reading

January 28, 2014

覚醒を

東京都知事の候補者として資質や人間性が飛び抜けているのは間違いなく宇都宮さんだと思います。だから頭が痛いのです。悩ましい。我らが東京をどう思っているのか。東京だけの選挙なのか、そうではないのかということです。

国を思うなど高尚なふりかざしをしなくても、一人ひとりが日々の生活を幸福に送ることは大事なことで、それを咎める権利など誰にもありません。けれど、東京もそれでいいのだろうか。実際311前、多くの東京人は福一のことも知らずに繁栄を享受していたのではないのかな。それで良かったのか。

人間性に優れた人はピュアです。妥協しない。だからこそピュア。そう思えば一本化などあり得なかったのです。でも政治はどうだろう。誰もが認めるいつも正しいことを言っているけれどいつも野党でいる政党があるとして、それはピュア度が足りないのではなく、寛容や柔軟、そして戦略が足りなかったのではないか。正しいことを言い続ければ必ずみんなにわかる時がくる。本当にそうだろうか。

こう考えてくると、特権意識ということではなく、東京の責務は重大なのだと気づく、それに比してこの数年やってきたバカげた騒ぎは余計に罪が深い。世界一どころじゃない。一からやり直さなければならない。選挙結果を憂慮すればキリがないが。

ここで書いても届かない顔のない「組織」へ。

覚醒を。

» Continue reading

January 23, 2014

「回虫」の死

かつてネットで「回虫」とまで言われた有名なネットストーカーが亡くなった。

このブログの古い読者であれば、彼の名前は知っているはずだ。あらゆる揉め事に顔を出し、よけいな事をし、当事者にからみまくった。

僕も数年前にやっかいなネットトラブルに関わる事になり、彼とは反対陣営になった。彼は僕の自宅や本名をつきとめ、職場や取引先に電話をし、ある宗教団体の関係者とともに、脅迫的な振る舞いを行った。そのことで自分は警察にも被害届を出す事になった。忌々しいといってあれ以上の忌々しさはない。

ところがその人が最近急死した。

東京から原発被害を免れるために熊本に移住し、なにか店を開いたようなことまではおぼろげに知っていたが関わるのも忌々しいので無視していた。

熊本に行った彼は九州への避難者の面倒を見ながらその店を拠点とし、いつか頼られる存在になったようだ。Twitterに彼の死を惜しみ、感謝を述べる人が後を立たず、正直僕はあんぐり口をあけて見ている。

人の一生はわからない。僕たちにとっては「回虫」のような存在であっても、その過去を知らない人にとっては、彼は熱心で親切な兄貴分だったようだ。死を惜しむ人たちに対して何も言う事はない。人の生涯は死ぬまでわからないし、あそこまで非業の限りを尽くした彼が、その「晩年」に少なくない人の尊敬を集めて亡くなったことに、僕は戸惑うとともに、どこかほっとしている。

紆余曲折があっても、人の一生は棺桶にはいるまでわからないという。

そういう意味では「回虫」は人になって旅立った。いや。人どころか、立派に最後を締めくくったのだと思う。

その点だけはこれからの人生の中で僕も近づければいいと素直に思う。

月並みな弔辞は述べたくない。これが僕の感じる全てだ。




» Continue reading

«諦めない

-