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September 27, 2004

アフターダーク--暴力と救いの系譜

村上春樹氏の「アフターダーク」を読み終えた。

Blogでも様々な感想が行き交っており、古くからの村上春樹読者から、
村上作品が売れているから何となく読んでみようかという新しい世代
まで、それぞれの読み込みが感じられて、この作品自体の論説とはまた
別の次元で個々の感想が興味深かった。

それと同時に、この作家へ寄せられている期待の大きさにも
いまさらながら気がつく。

自分にしても、この作品がもしも他の作家のものであれば、
雰囲気のあるいい「小品」として、そこそこに味わえたであろうと
思う。それはそうした「程度」の姿勢で読むからだ。

しかし、自分はやはり村上作品には良くも悪くも、相当大きな
期待をしていることに気づく。大げさに言えば、突き当たっている
自分の周りの世界を読み解く標(しるべ)のような役割を、知らないうちに
期待しているのである。

その世界は、日常から、暴力と欺瞞に満ちた国際政治まで含むものであるか
もしれないが、今自分が突き当たっている恋愛といった、傍から見れば
小さな小さな(しかし自分には重要な)世界を読み解く手がかりをも彼の作品
に求めているのかもしれない。

新しい作品に触れて、その読み込みがある程度かなえば満足するが、それが
中途半端だったり、心地よいと呼ぶには、あまりにもぼんやりと霧の中に
投げ出されてしまうと、言いようのない後味の悪さを覚えるのである。
思えば今まで、その繰り返しであった。

(今回の作品は後者である。)

しかし、これは考えてみると過剰というよりも、当の村上氏からも
まっぴらごめんという性質の期待かもしれないのだ。

以下はそれを前提にしての、話である。

この作品に流れる、圧倒的暴力の予感

---それは中国人の娼婦に奮われた暴力はまだその序章であり、今後には白川に
あるいはコオロギにふるわれる(た)かもしれないもの・・もしかしたらエリに
も既にふるわれたかもしれない---

は、渋谷とも思える作品世界の夜中の闇にぽっかりとその存在感を示している。

こうした暴力の存在は「ねじまき鳥クロニクル」で徹底的に浄化されたもの
であり、「海辺のカフカ」でもジョニーウォーカーによって鮮烈に描かれ
ていた。

人と人との間にある、言いようのない不安やよりどころを細やかに描き
救いを模索する一方で、それと対極にある暴力的存在を示すことによってこそ、
村上世界はここ数作独特の世界を描いてきた。

暴力の隠喩を通して描かれているそれぞれの人々の内面を、説明せず中途で
放り出す今回の作品が、果たしてこの状態で本当に出版されなければならな
かったのかは、疑問である。
ある一定の時間の節目の中で、些細な事情には縛られず作品を出し続けられる
(と思われる)村上氏であるならば、もう少し熟成したところでこの作品世界を
見せて欲しかったという気もする。
実験的な「私達の視点」の試みは、その試み自体が何度も他の表現者によっても
試されたものであり、もう少し違う方面にエネルギーを使って欲しかった。

しかしながら、こうも思う。

私達は彼の作品をそれぞれ個別に読む必要もないのではないか。
実際、多くの作者は、彼の数十年にわたる作品を一つの大きな表現世界と
とらえ、登場人物や場面立てに連続性を見出している。
してみれば、今回の作品も小品ではあるのであろうが、暴力と救いの系譜という
意味において、村上世界のジグゾーの一片として確実に必要なものだったとも
思える。
そうした意味ではこの作品を他と切り離して論じること自体、大きなところで
現実的ではない・・のかもしれない。

そして、そうしたパズルを散りばめながら、どんなときも必ず次作への大きな期待を
残していってくれる。これこそが村上春樹の小説世界の最大の魅力とも言えるのだから。

September 21, 2004

消え行く場所-昭和28年の都営住宅

004.jpg


僕の生まれた都営住宅は昭和28年に建てられた。
これも実は、ついこの間、移転のための説明会で初めて知った。

来年中には取り壊しが決まっている。後には5階建と7階建の高層棟が建てられる。

ここは、ぼくにとっては懐かしく、そして恐ろしい場所である。
それはここで過ごした時間がそのまま、そうだったからだ。

生母と離婚した父は再婚し、僕の祖父母と親権を争い、この住宅に住む祖父母は
とうとう僕を手放さなかった。
新しい母は、僕を連れにやってくる恐ろしい悪魔でしかなかった。
幼稚園も小学校も、直前までどこに通うかはっきりしなかった。
そして大人たちの争う声。それはここでなされた。

この場所に来るとその頃の不安な日々が、懐かしさと恐ろしさの入り混じった感覚でよみがえる。
何十年も前のことなのに。

祖父母はいてくれたが、僕はこの場所で、ひとりだった。心象の意味において。

元来、納得がいかないのだろう。自分の誕生にも、去った母にも。
まだ思い出していないことがある。きっと何か忘れていることがある。
それはもっと恐ろしい何かの記憶かもしれないし、意味のないことかも
しれない。

ここに来るたびにそれを心の中で反芻している。
そうした自分が自分でわからない。何のために?

そうした場所が来年消える。

自分の心のバランスにそれがどう作用するのかわからない。
何も起きないのかもしれないし、何か起きるのかもしれない。

何一つわからないままに、僕はその時間を閉じ込めようと、アルバムに記録をした。
それ以外に今できることが思いつかないからだ。

いつも子供の声でにぎわっていた児童公園もこの場所の住民の老齢化により
今はもう遊ぶ子供の姿はない。
樹木も工事で全て切り倒されるそうだ。

現実が消える中、
デジタルに封じた時間と空間の中で、何かが見つかることはこの先あるのだろうか。

September 14, 2004

神が命じた場所に立った兄弟-9・11から3年

tero.jpg

この世には、「選ばれた人」「選ばれた時間」というようなものがあるようだ。
どんなに努力しても、自分の意思ではそうした「時間」や「場所」に立つことは
できない平凡な人と人生に対して、神(のようなもの)は時々気まぐれに、突然に「
その場所」に立つことを命じる。

2002年3月にCBSで最初に放映され、日本でもテ ロ1周年の特別番組で
日本テレビでオンエアされた

『9.11 ~N.Y.同時多発テロ衝撃の真実』
は、
圧倒的な印象を残した。

マンハッタンのデュアンストリート消防署に勤務する21歳の見習い消防士、トニー・
ベネタートスの姿を追う作品であったこの平凡な小品(になるはずだった)。
ところがこの同時多発テロという大事件の最中に、あの崩れ行くビルの中にあった唯一
のカメラと報道者という立場が、突然に、そして劇的に、取材者であるフランス人の兄
弟に与えられることになったのである。

事件から1年という時間が経過し、世界中でこのテロについて語りつくされ、悲しみも
尽くされ、怒りも尽くされたかと思われた中にあって、私たちの前に突然現れたこの映
像は、私たちが、このような異常な事態への「リアル」を感じることがどんなに困難で
あるか改めて教えてくれた。

おそらくこれは、生涯で見たもっとも恐ろしいドキュメンタリーであったことは間違い
ないのだが、中でも、事件後にビル内に断続的に響き続ける、なんとも言えない「音
」については忘れることができなかった。

その「音」は、他のカメラからは、小さい米粒でしかない、ビル上の人々が転落してい
く、大地にたたきつけられる、その衝撃音であり、本来はこの世に記録されようもない
ものだった。
ところがこの兄弟の作品には、この(おそらく未だかつて人類が聞いたこともない音で
はないか)音がはっきりと、記録されていたのである。
今でも、このなんとも言えない音が、ビル崩壊の映像を見るたびに、耳の中で聞こえて
くる。刺激的な映像も、ふんだんに出てくるが、この「音」の衝撃はそれら に勝るものだった。

言うならば悪魔の足音。でも悪魔は誰だったのだろうか?

いつも神に選ばれるわけではない立場にあって、どのようにすれば、そしてどれだけ
の手段を尽くせば、私たちは世界の「リアル」をそのまま感じることができるようにな
るのか?

答は遠い。

September 13, 2004

【お知らせ】一部記事を非公開にしました。

諸事情あり、一部のカテゴリーに所属する記事を、非公開にしました。過去にいただいたコメントで、それに伴って記事と一緒に非公開になってしまったものが若干あります。
コメントを書いてくださった方には申し訳ありませんが、私の手元には残してありますので、どうかご了解ください。
(2005年3月13日)


September 09, 2004

苦悩の創作ー水上勉氏死去

kiga.jpg


もう何年前になるだろうか。
水上氏の創作の場を映像で紹介する番組があった。
氏は、ちょうど重度のスランプに陥って悩んでいた。カメラを意識することもなく
髪をかき上げながらうつむき、疲れきった表情で

「書けない・・まったく書けないんですよ、今・・」

とうめくように語っていた姿が忘れられない。
僕にとって、作家という職業のすさまじさ,
厳しさに、震撼した体験だった。

そんなにもこの番組が印象的であったのには理由がある。

氏と自分の家とは不思議な縁がある。
貧しく無名であった時代、氏は僕の祖母や伯母の住んでいた家の
近くに暮らしていた時代があった。
水上勉として名を成したことに、家族は驚き、昔の水上氏の思い出を
子供であった僕に語ってくれたことがあった。
そのときの氏に関するエピソードは、プライベートなことだから省くけれど
僕はこの、不思議な縁のある作家をどこか(変な話だが)誇りに思ってきた。

その「誇り」を、その真剣な氏の映像は裏切らなかったのだ。

今でもあの日の、髪をかきあげてうつむくしぐさと、
そして、どこか怖い闇の中を覗き込んでしまったような自分自身の
身震いするような感覚を思い出す。

テレビドラマ「飢餓海峡」の暗い衝撃も忘れられない。

荒れる津軽海峡。嵐の海。

あの厳しい風景は氏の創作の姿勢の厳しさとあわせて、僕は忘れることはないだろう。

安らかに眠られることを。
お疲れ様でした。

September 06, 2004

この星を呪う前に--チェチェン人が残虐なのではない

今回のロシア学校占拠事件のすさまじい惨禍を見ると、この星に生まれたことさえ
後悔したくなる。

だが、忘れてはならないと思うのは、このことをもってチェチェン人全般を、テロリストで
あるとか、残虐な人々であるという風にひとくくりにしてはならないということだ。


chechnya.jpeg

私たちは、人や物を属性でグループ化することを好む。特に国際社会のようなスケールで物事を語るときに、国家や民族でグルーピングしたほうが、語りやすいのだ。
しかし、今度のような場合、いや今度のような場合こそ、これをこらえようではないか。
国家や民族で人を語ることは私たちの歴史に、豊かな彩りを与えてくれた。しかし反面、それは私たちの心を悪魔にも引き渡してきた。

ヒットラーのユダヤ人虐殺、ポルポトの大虐殺、ルアンダのツチ族とフツ族の対立による内戦、そしてボスニアヘルツェゴビナ。枚挙に暇がない。

人は人を目で見、言葉で会話し、心を諮る。人には様々な性質を持つものがいて、残虐
な性質を持つ者、邪気を放つ人々がいる。

しかし、「残虐な民族」「邪悪な民族」などというものは、本来存在しないのだ。

筆舌に尽くしがたい、ロシアの学校の廃墟と流血に触れて、もう一度それを確認しようではないか。

苦しくとも。解は他にない。

残虐な今回の一味にも決して組しないことを自戒しながら、チェチェンで何が起きているのか知る必要がある。

実際チェチェンは無視されつづけ、苦しんできた。この世界の情報は、人の数や真実の
性質によって左右されるのではない。国力や戦略によって情報は操作され、調整されるのだ。
そうだ、世界には大国が発する情報が、嘔吐するほど満ち溢れ、小さな国家や、
発展途上の国で何が起きているか、どんな苦しみがあるのか、私たちの耳に入ることはめったにない。

情報は発する国の国力に比例して世界に伝播するのだ。それも悲しい現実である。

September 04, 2004

夜明けまでには、まだずい分時間がある。・・村上春樹「アフターダーク」発売へ。

after.jpg

村上春樹の2年ぶりの新作「アフターダーク」が9月7日に発売になるという。
前回の「海辺のカフカ」は自分と母の原像を探してさすらう旅であったといえるのではないかと思っているのだが、
今回の作品のキャッチは

「夜明けまでには、まだずい分時間がある。」

この言葉に秘められている物語はどんな息吹を伝えてくれるか。

村上春樹の「時代を感じる」感覚的気分に自分の羅針盤を据えている人は多いはず。
中でもやはり「羊をめぐる冒険」のころが、心身ともにどっぷりとつかっていた。

あの、現実を離れる浮遊感とスピード感は最近の作品ではやや影を薄めたが、沈思する深さはさすが。

期待する。


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