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December 31, 2004

2004年の終末に---冒険的年賀状のススメ

4年ほど前から、主要な知己や取引先等への年賀状を、メールに切り替えている。
親戚や友人に出す、家族単位の郵送年賀状が、それこそ当たり障りのない
お気楽なものになってしまっていることに、どこかバランスをとる必要があった。

そこで、別に年賀メールを出すことにしたのだけれど、新年にふさわしいかどうかの
微妙なところをテーマにすることにした。
微妙なところ?つまりこのブログに書いているようなことです。(笑)

ただし、これがとても難しい。

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December 30, 2004

戦うことの嫌いなあなたへ。

戦うことがいやだと、あなたが思ったとき、
すでにあなたの戦いは始まっている。

傷つけることがいやだと、あなたが思ったとき、
すでにあなたのどこかは傷ついている。

別れることがいやだと、あなたが思ったとき、
すでにあなたのどこかは、別れようとしている。

いつも、いつも。

あなたは、あなた自身に、
僕は僕自身に、置いていかれる。

夜空を見上げる時間さえ、与えられずに。

December 29, 2004

精神の在り場所-石垣りん逝く

不明ながら先日亡くなった石垣りんという人を知らなかったのだけれど
友人から教えられて、数編読んでみた。
H氏賞をとった「表札など」の、収録詩がとても気に入った。

高等小学校を卒業して日本興業銀行に入り、75年の定年まで勤務。 戦後は職場の労働組合で文化活動に携わり、組合の壁新聞や機関誌 などに精力的に詩を発表して、銀行員詩人と呼ばれた。 (12/26朝日新聞サイトより)

ということだけど、この世代の方としては強烈な言語感覚。
名前どおりの凛とした誇りの感じられる詩風。
詩集も一時絶版だったが復刊されているということ。
友人は高校の教科書で知ったとのことだった。


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December 26, 2004

小田和正という存在-クリスマスの約束の衝撃

今夜はちょっと驚いた。
番組や楽曲そのものは、ほとんどが「月曜組曲」の再放送だったので、
あらためて、聴き逃した歌詞とか、曲に集中して聴きなおすことができた
のだけれど(実際番組も1回だけ見そびれて飛ばしているのだ。僕の場合)

その合間に小田和正のコメント。

「テレビはこれで最後にしたい。年齢的にも限界にきている」

とか

「終わったということを、終わりましたとはっきり言わずに、”あいつら”に
伝えてやりたい。オフコースはもう終わってるんだと。」

短いけれど、重く重くさしはさまれていたからだ。

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December 23, 2004

バグダードバーニングからのクリスマス

もうすぐクリスマス。

24歳のイラク女性リバーベンドのブログ、、バグダードバーニング(Baghdad Burning)からのクリスマスコメントだ。
せいいっぱいののユーモアを、どう受け止めようか。
せめて笑って読みたいけれど。

この夜も深い。

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(前略)
サンタが贈り物を配るとき、必ず防弾チョッキを着てヘルメットをかぶるようにしてね。
それに、丁重にドア・ベルを押すかノックするかしなければいけないわ。
こっそり入り込んだら、カラシニコフ銃を構えた人と鉢合わせなんてこともありよ。目下の燃料不足を考えると、トナカイとそりは大正解。
だけど、赤鼻トナカイ、ルドルフは、お留守番がいいわ。
赤いお鼻が光ると、爆弾かと怖がる人がいるかもしれないから(私たち、このところちょっとこわがり)。

(バグダードバーニング by リバーベンド
2004年12月18日(土)  クリスマスにほしいもの・・・より)

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December 22, 2004

どんな人が羨ましい?

041210_173701.jpg

逃げない人
心の柔らかい人
季節の変化を知っている人
日沈と日の出を愛せる人
草花の名前をたくさん知っている人
怒るべきときしっかり怒れる人
自分だけ不幸だと思わない人
自分だけ幸せだと思わない人

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December 21, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異(最終回)

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5
小田和正という存在-月曜組曲での驚異6
小田和正という存在-月曜組曲での驚異7
小田和正という存在-月曜組曲での驚異8

今夜はいよいよ最終回。


毎週月曜日深夜の放送が終わったころ、あるいは
翌日に、書いてきたこの一連のエントリーも今夜で終わる。

思えば、僕がこのエントリーでつけたタイトル
「小田和正という存在ー月曜組曲の驚異」とは
最初に書いたように、通常の小田和正やオフコースのファンとは
違って、むしろ違和感を持ってこの人とこの人の音楽に接していた
自分の中で、何かが変わる予感を感じたからだった。

その「違和感が壊れる予感への違和感」を感じて「驚異」とつけた。

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December 19, 2004

権威と常識の顔をかぶったオトナの、底の知れない非常識の不気味--堤義明と渡辺恒雄

いわゆる誰でも認める「オトナ」というものがある。
「オトナ」は私たちに常識を説き、規律への忠誠を求める。
新しき知恵を拒み、年功への敬意と穏便な継承を強いる。

そこでは年長と経験はそのまま、尊敬に値する価値とされ、若さは
そのまま無計画と不見識、未熟の象徴と、当然のように軽く遇され
揶揄される。

私たちは世に出てから、この「オトナ」の仕打ちに幾度も
打たれ、幾度もその志を曲げさせられ、気がつけばいつの間にか
不見識な若者を糾弾する側=オトナになっていく。

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December 16, 2004

相対化を超えて。ココログも超えて。

僕はこの時代。2003-2004年にブログを始めておられる人たちは表現、知識を駆使して何かを伝えてくれる方が本当にたくさんいるということを実感しており、後になったらきっと一つの時代として、記憶にとどめられるのではないかとまで思っているのだが、(一部我田引水か)
それにつけても

ここ一連の社会で起きているいろんなこと。
いろんな自分の中の迷いの試行錯誤に対して、とても明確に整理していただき解をいただいたような気がする。

「小さな目で見る大きな世界」の「ただ相対化するのではなく」。

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December 15, 2004

流星群-歩道橋の上から

star

ふたご座流星群は見逃してしまったが
何年か前、しし座流星群を見るために、1人で朝早く起きて
近所の歩道橋の上から、空を睨みつけていたことがあった。
その時も雲が空一面に広がっていて、それでも雲の隙間から沢山の
流星が飛び交うのを見ることができた。

しし座流星群はかなり話題になっていたので、歩道橋には何人か
人が集まってきて、みんな雲間の空を、僕と同じように一心に
睨みつけていた。飛び交う流星に時折歓声があがる。

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December 14, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異8

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5
小田和正という存在-月曜組曲での驚異6
小田和正という存在-月曜組曲での驚異7

今夜のゲストは鈴木雅之。

小田和正が始めて他のアーティストに曲を提供したのが
この鈴木雅之で、その曲が「別れの街」だということを初めて知った。
できるだけ「女々しい」曲を頼みたいと言われて
なに?とか思いながら創ったのだそうだ。


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December 11, 2004

少し落ち着こう--北朝鮮というカルマをどうするか

遺骨に深い執着と愛着を持つのは、日本で特有の心情文化である。
他の国において、全て死者の遺骨に日本人と同様の深いこだわりを持ち
これを祭る習慣があるわけではない。
だが、日本人なら皆わかるように、この故人の骨に対する深い敬虔で真摯な
思いこそが私たちが世代を超えて共有している、もっともナイーブな感情であ
ることは疑いない。

だからこそ、今回の横田めぐみさんの「遺骨」とされた骨に関する鑑定結果は、
おそらくここ数年で最悪の北朝鮮に対する嫌悪と怒りの感情を国内に引き起こしている。

自民党の政治家、拉致議連の委員は言うに及ばず、知識人やブログで普段冷静な論
陣をはっている一般の人たちの中にも、経済制裁にとどまらず、最悪の事態も考えるべ
きだという強硬論がここ数日渦巻いている。

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December 07, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異7

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5
小田和正という存在-月曜組曲での驚異6

年内で終わるという「月曜組曲」を見続けてきた。
僕がこの番組に惹かれたのは、決してオフコースや小田和正の
ファンだったからではない。
むしろ好ましく思っていなかったことは予想外の連作になってしまった
この記事の初回に書いた。

僕がこの番組に惹かれたのはおそらく、人が率直に自分とその歩みを
語る時に溢れ出る不思議な魅力を、この番組そして小田和正から感じたからだ。

正面から、自分の人生や辿ってきたことを語るのは勇気がいるし、恥ずかしい。
この「恥ずかしさ」をもう少し掘り下げて考えてみれば、人は記憶の中で
自分を美化し、正当化し、甘い自己愛に陥りがちだからだ。
そしてそれを一番知っているのは自分なのである。

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December 06, 2004

強風の去った後に--激しい風を知らずに眠っていた。

sky.jpg

今朝方、東京は強風が吹き荒れたそうだ。目を覚ましてから聞いた。
観測史上でも最大の40メートルからの風だったというから、僕の家も
相当あおられて大きな音を立てていたらしい。

朝方眠る頃には確かに雨の音が激しく聞こえていたが、
その後眠ってしまった。
寝入りばなは眠りが深いようで、まったく気がつかなかった。
がっかりしたような、ほっとしたような気分である。
激しいものを知らずにやり過ごしてしまった。
期せずして。

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December 03, 2004

ナショナリズムも合理的かつ未来志向で願いたい。--靖国神社参拝問題に関して

靖国神社の参拝問題は、ここ数年小泉政権が引きずっている外交上の懸念問題と言っていい。

小泉首相が言う「国のために殉じた御霊(みたま)に一国の首相が頭を垂れるのが何が悪い」という論も一見するともっともなように聞こえる。

だが、忘れてはならないことがある。
それはこの政権の重要な欠点は、極めてエモーショナルな「感情的」事由を正面に立て、強引に進める傾向があり、論理的な政策の構築に弱いということである。
イラク問題然り、郵政民営化然り、そしてこの靖国の問題も然りである。

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December 01, 2004

不幸に敏感で幸福に鈍感であることの不幸2

不幸に敏感で幸福に鈍感であることの不幸

#少し世界に背を向けるかもしれないが、もうしばらくの内省を許してほしい。

そうだ。

僕に見える、僕を取り巻く世界は中心に行くほど、つまり自分に近づくほどおぼろげで
ぼんやりとしている。存在が見えない。像はシャープな映像を結ばない。

そして、その中心から外へ向かうにつれて、世界の輪郭がはっきりしてくる。
そうしたところ、つまり自分から離れた幾ばくかの距離にいる人たちの、吐息や
幸福、不幸を感じないことには、僕のこの中心部の空虚は埋まらないし
生きていることへの実感がつかめない。
勢い僕はそうした人々のことばかり気にして過ごすようになる。

銃声は僕に感応し、夜の世田谷まで轟き渡る。
これはヒューマニズムではない。これを意識することは、だ。
そして思いやりでも優しさでもない。僕の抱える「病理」なのだ。
僕はそう思っている。

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