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December 03, 2004

ナショナリズムも合理的かつ未来志向で願いたい。--靖国神社参拝問題に関して

靖国神社の参拝問題は、ここ数年小泉政権が引きずっている外交上の懸念問題と言っていい。

小泉首相が言う「国のために殉じた御霊(みたま)に一国の首相が頭を垂れるのが何が悪い」という論も一見するともっともなように聞こえる。

だが、忘れてはならないことがある。
それはこの政権の重要な欠点は、極めてエモーショナルな「感情的」事由を正面に立て、強引に進める傾向があり、論理的な政策の構築に弱いということである。
イラク問題然り、郵政民営化然り、そしてこの靖国の問題も然りである。

またメディアも私たちも、靖国神社の参拝問題に関して、周辺国の感情に配慮しろとか、中国がうるさいからとか言ったその場のつじつまあわせのような態度のみで対応すべきではない。
日本国内の感情と乖離があるのに、他国の世論や感情をそれに優先して図るなら、
それこそそれは「国際的誠意」に欠けるというものである。

中国のいささかエキセントリックな反応に対しては僕も時折首を傾げざるをえない部分もあるが

「そもそもなぜ、靖国でなければならないのか」

現政権は、この疑問に対して明確に答えられないはずである。

そもそも靖国神社とは何なのか。

=======================================================================
靖国神社は、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争(徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦)で斃れた人達を祀るために創建された。
初め、東京招魂社と呼ばれたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至っている。
後に嘉永6年(1853)アメリカの海将ペリーが軍艦4隻を引き連れ、浦賀に来航した時からの、国内の戦乱に殉じた人達を合わせ祀り、明治10年の西南戦争後は、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社である。
靖国神社ホームページより)
=======================================================================

靖国に関して提起されている問題は以下であると思われる。

(1)A級戦犯を他の戦没者と合祀している。
(2)強制連行された外国人を、その遺族の意志を無視して強制的に合祀している。
(3)為政者の参拝行為が、政教分離の観点から違憲の疑いがある。
(4)周辺国の感情に配慮していない。

今一度問う。なぜ靖国でなければならないのか。
靖国は、元来純粋な鎮魂の社であったとは言え、
戦後は期せずして戦前の国家神道の気風をを色濃く伝える宗教施設である。

また、この神社と密接な関係を持つ「靖国神社崇敬奉賛会」という団体は、

「靖国神社にお祀りされている英霊を奉慰顕彰するとともに、そのみこころを
受け継ぎ、健全なる国民道徳の作興と国家社会の安泰に寄与することを目的として」

会員を募っている。

そもそも神社という存在自体、明らかに宗教上の一宗派の祭事施設であり、その宗派
(とあえて言うぞ)が戦前の日本の翼賛体制と深く関わっていた以上、(3)(4)の観点
からも反発を受けるのはある種当然である。

(#それを別のものだと言うのは、アレフがオウムとは違うと主張するのと同じである)

戦時中の犠牲者に対して敬意を払い、冥福を祈るというのは
僕も非常に大切なことだと思うが、こうした一宗派の施設でそれを行う必要は
全くない。
まして、その宗教信条と無関係の外国人がいわば強引に祭られている(2)なら
なおさらである。

鎮魂を祈るなら、いわれている通り、国営の宗教的色彩の薄い共同墓地なり
祈念施設なりを作ればいいことであって、その上でそこに毎年首相が参拝することは
僕は支持したい。

こうした観点では沖縄の平和祈念公園の「平和の礎」は、日本人はもとより、あらゆる国籍の沖縄戦犠牲者を無宗教に近い形で祈念してあり、実際に訪問した印象からは、大変に好感の持てるものだった。周囲の環境も厳粛で美しい。こうした形式の国家施設をつくるべきではないか。

kinen.jpg

小泉首相は、おそらく国家神道につながる現在の神道の信者であるとしか
僕には思えない。靖国神社への参拝に格別の個人的こだわりを持っているように
思えてならないのである。
もちろんそれ自体を悪いとは言わない。個人的な信仰の自由の問題である。
公人か私人かといった議論も次元が低いと思う。

私事だが、僕の祖父は毎年正月には子供の僕の手を引いて靖国に参拝するのが
習慣だった。明治以降の日本の戦没者に対して祖父は素朴で敬虔な思いを持っており、その表現として正月には靖国に詣でるのが重要な習慣だった。
祖母はそんな祖父に反発し、従わず勢い僕が祖父に同行することになった。
一国民であれば、こうした素朴な鎮魂の情にとやかく言われる必要はないし、その人の歴史観に問題があるというならば、それはそれこそ議論しあえばいいのである。

だが、小泉純一郎は僕の祖父とは立場が違う。当たり前のことである。
一国の首相としてあまりに軽挙であると思われる。
明らかに国際的に摩擦が起きている問題に関して、他に合理的な
解決策があると思われる以上、自己の信条を優先して我を通すべきではない。
個人的な信仰は信仰として、引退してからでも守り抜けばいいのだ。
それこそ(3)の観点から由々しき問題点がある。

実際そうした個人的な次元で動いているとしか思えないくらい、彼はこうした
新しい施設の発想に対して消極的で冷淡である。
それも彼が靖国に個人的にこだわっているからである。

私たちは、こうした視点から周辺国の圧力に屈したとかそういう観点ではなく
21世紀にふさわしい、鎮魂の施設を構築していくというう前向きの発想で
この問題を処理していくことを促すべきである。

僕はどちらかといえばナショナリストであると思っているが、
非合理的なエモーションで動くナショナリストの政権は、
頭の古い愚かな頑固者に見えるだけで勘弁願いたい。

それこそ国益を損なっている。

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Comments

TBありがとうございます。

こちらの記事を読ませていただいて、
「なるほど」と思う点がいくつも
ありました。

で、反戦への誓いというのであれば、
いわれているように国家規模での
施設をつくって、そこを訪問すれば
というのは、賛成です。

でも、新たに施設を作らなくても
沖縄しかり、広島しかり、長崎しかり
平和公園はあると思うのです。
また、国際的な観念ということであれば、
日本の国内の施設でなくても良いように
思うのです。

(ちなみに、以前国会演説を聴いていたときに
社会党(?)がそういった施設を訪問しないのは
なぜかという質問してたので、施設自体は
すでにあるようです。)

TBどうもありがとうございます。

まあ、靖国問題を、国内問題として国内で大いに論議する事は、私も賛成です。
それに、靖国神社に代わる施設を作ると言う案も、反対ではありません。

ただし、靖国神社を問題とする根拠が希薄である事も同時に感じるのです。
BigBanさんが取り上げられた4つの問題点でも、それほど問題にあるのかな、という疑問はあります。

(1)A級戦犯を他の戦没者と合祀している。
 「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」により、国民の合意を得て、A級戦犯などは復権を果たしている事も踏まえれば、合祀そのものの問題視は難しい。
そもそも、A級はダメでBやC級戦犯はなぜ良いのか、と言う不毛の論議となりうる、問題提起です。

(2)強制連行された外国人を、その遺族の意志を無視して強制的に合祀している。
 これまた、強制連行とはなんぞや、と言うところからの議論になりそうですね。

(3)為政者の参拝行為が、政教分離の観点から違憲の疑いがある。
 これは国内問題ですね、大いに論議するべきでしょう。
ただ、個人的には「政教分離」を持ち出すのであれば、靖国神社と伊勢神宮に明確な違いをはっきりさせる必要があると思っています、片方はOKで片方がNGでは、それは政教分離を理由にすれば、ダブルスタンダードでしょうから。

(4)周辺国の感情に配慮していない。
 これは言うまでもなく、周辺国に配慮すべき問題であるかどうか、個人的にはあくまでも国内問題であり、周辺国(と言っても、問題にしているのは中国、北朝鮮という独裁国家と、韓国という反日教育国家が騒いでいるだけ)には、日本の立場を説明する事で十分だと思っていますけど。


いろんな意見や考え方はありますが、中国などの筋違いの圧力は、議論する余地はないと思っている人が多いのではないか、と思うのですが。

こんばんは、TBありがとうございます。

靖国神社と首相の参拝に関するご意見、まさに仰る通りだと思います。

「靖国神社参拝問題は国内問題であり、これに対して批判するのは内政干渉だ」という声があります。しかしながら、日本と中国の関係は東アジアの経済面、安全保障面での安定に関わる国際問題であり、国際社会はこれを注目しています。日本という国が世界第2位の経済大国であり、その活動は軍事面を含めて極めてグローバルです。そういった国が抱えている問題が、純粋な国内問題であることが難しくなっていると思います。日本人はもっとそのあたりを自覚する必要があるのではないでしょうか。

今後ともよろしくお願い致します。

TBありがとうございました。

国立の戦没者墓地としては、千鳥ヶ淵戦没者墓苑がすでにあるのですが、現状を見ても遺族会の意向は、靖国神社こそ英霊の御霊を祀るべき場所であるとしています。国営の宗教的色彩の薄い共同墓地なり祈念施設なりで、鎮魂の儀式ができるとは思えません。鎮魂である以上、どうしても宗教がからみます。

ただし、現在の自衛隊の戦死者用の戦没墓地は靖国神社ではなく、それこそ21世紀の日本にふさわしい新しい施設にするべきであると思います。それでも宗教は絡むと思いますが。

僕の主張は、まず靖国神社に合祀されているという「戦犯」と呼ばれる人々が本当に「戦犯」であったのか歴史学的な議論が必要であるというものです。特に広田弘毅と東郷茂徳らを「A級戦犯」扱いするのは理解できません。東條や板垣でさえ、少なくとも犯罪者と呼ぶことができるのか疑問です。もう一度、東京裁判を見直そうということです。

もうひとつは、日本と中国の共通の歴史認識を作る共同作業を行うべきだというものです。そのために、半年でも、1年でも、10年でも、国際的な場で日本と中国は議論すべきであるというものです。

僕はこのところ、ほぼ毎年8月15日には靖国神社へ行っていますが、そこで感じることは、ある意味で、ここはあの戦争の体験者とご遺族の方々がいなくなれば、はっきりいって風化するだろうなということです。つまり、あと20年か30年もすれば誰も靖国神社など意識しなくなるだろうということです。それはそもそも、この神社が明治政府の国家神道の政策として作られたものである以上、そうしたものだと思います。現在は、明治の国家神道の残存のようなものがあるから、まだ靖国神社は信仰の対象になっていますが、やがてこの信仰はなくなり、靖国神社の持つ特別な意味は消えて亡くなります。

この神社は、あの戦争を知るものにとっては意味のある神社です。その意味は意味として、僕は尊重したいと思います。しかし、あの戦争を知る人々がいなくなれば、この神社はただの歴史的な史跡になると思います。ようするに、靖国神社とはそういうものなのだということです。

この問題についてはそれぞれ色んな意見があることは承知しています。私の考えは既にakinopapaさんが述べられていることとほぼ近いので、重複する事は言いませんが、合祀される意に反して合祀させられる人がいるという店は希望者を分祀するという制度を作れば住むことだと思います。

政教分離に関しては、憲法を文面通り読み、原理主義的に履行しなくてはならないと言うならそういえなくもない一面は確かにあると思います。しかし、九条があっても自衛隊が必要なように、憲法で決めてしまえないことも世の中には存在すると思います。亡くなった方を慰めるのに、無宗教な施設では精神性がなく、全く魅力や意義を感じません。管理人さんが激賞されている平和の礎もその意味では私には単なる戦没者名簿にしかみえません。なので私は是非小泉首相にはこれからもお参り頂いて、国民の代表として慰霊の気持ちを表して欲しいと思います。

BigBanさま
akinopapaさま
mustafaさま

はじめまして認定コイズミ人のmasamicです。
※「認定コイズミ人」に関しては以下のページの過去ログを参照してください。
http://revolt.cocolog-nifty.com/love/
こちらのほうがまとまってて良いかもしれません。(w→http://www.2log.net/home/otemo2004/archives/blog183.html

最初に表明しておきますが私はかなり強硬な政教分離派といえるでしょう。

ゆえに、

akinopapaさん>靖国神社と伊勢神宮に明確な違いをはっきりさせる必要があると思っています、片方はOKで片方がNGでは、それは政教分離を理由にすれば、ダブルスタンダードでしょうから。

どちらもNGです。神社であろうと、教会であろうと、仏閣であろうと、モスクであろうと、特定の宗教を利する行為に、政治的権限のある政府、立法、司法、行政機関に属する人々は「公人」として参拝などを行うことをしてはなりません。

mustafaさん>この問題についてはそれぞれ色んな意見があることは承知しています。

いろんな意見があることを理解することは大事なことですからね。

mustafaさん>管理人さんが激賞されている平和の礎もその意味では私には単なる戦没者名簿にしかみえません。

では、広島の原爆死没者慰霊碑、長崎の平和祈念像(とその前に置いてある奉安箱)はどのような扱いにすればよいのでしょうか?どちらも宗教色はほとんどありません(少なくとも宗教施設ではない)が、mustafaさんの考え方だと、あそこにあるのはただの原爆死没者名簿ですよ。毎年大規模な慰霊祭が行われていますが、それともほかに原爆神社でも建てたいのですか?

以上拙文失礼いたしました。

BigBanです。皆様コメントありがとうございます。
いろんな視点があると思うのですが、3点ばかり補足しておきます。

(1)A級戦犯あるいは戦犯について

既にご存知かと思いますがインド代表として東京裁判に臨んだパール判事は、この裁判が裁判という名に価せず、「儀式化された復讐」に過ぎないことを立証して、全員無罪を主張したただ一人の判事とされています。
私は東京裁判についてはずいぶんと文献も読みましたが、広田弘毅と東郷茂徳だけでなく東條であっても戦犯として裁いたことに何等正当性があるとは思っていません。
あれは戦勝国の茶番だと思っています。

ただ、本件の場合、戦犯の概念がどうという歴史的議論ではなく、妥当性の議論を踏まえることなく結果として戦犯も一般人も外国人も全てごった煮のような祀り方をしている靖国に問題があると思っています。


(2)中国のこと

中国の主張は政治的です。それは明らかであり、彼らの唱える主張にいちいちナーバスになる必要はありませんし、正義が全て戦争の「被害国」にあると考えることも間違いだと思います。しかし、これはいわば「外交戦争」なのです。したたかな相手に対してレベルの低い議論で「責めどころ」を与えてはいけません。
そうした意味での靖国問題論です。もちろん被害妄想が先にたつ報道や議論は無用です。

(3)政教分離

私も頑としてこれは分けるべきだと考えます。遺族会の主張はそれはそれでわかりますが、国家行事に対してそれを持ち込もうとするのは間違っています。そもそも政治と宗教をなぜ分離しようとしているかを理解すべきです。キリスト者はキリスト者の。イスラム者はイスラム者の。そして創価学会は創価学会なりの「死者の弔いの仕方」があります。
そのどれか一つといえども、国家は国家行事でそれを公式に行うべきではありません。理由は自明です。不平等と混迷の元凶になるからです。
国民がそれぞれの信仰を持つのは当然で、その団体の行事として靖国なり、伊勢神宮なり、教会なりで私的にその思いを表明すればいいのです。
神道の信仰者が、単なる無宗教での慰霊塔では味気ないと感じるのは自由ですが、それが多くの信条や信仰を保証する国家の持つべき最低の矜持というものです。これを崩しては自由な国家は成立しません。

千鳥ヶ淵戦没者墓苑では、こうした議論を踏まえての施設ではありませんので、やはり新しい国営の施設を新設し、靖国との差異を国際的にも国内的にも表明すべきでしょう。遺族会の皆様は今までどおり靖国に詣でられればいいでしょう。それにより死者の尊厳は何ほども低められはしません。

問題なのは天皇制を始めとする残存帝国主義が未だに国民を欺こうとしている点だと思いますね
靖国はその総本山、諸外国はそういう懸念を感じているから抗議をしていると思う
今日本に必要な物は平和主義なのか、それともファシズム天皇制なのか?
それを小泉さんには考えて行動して欲しいですね。

遅れてすみません。
コメントありがとうございました。
天皇制は天皇制でそう悪くはないのかもしれないけれど、皇族自体が搾取差別の対象になってしまっていますよね。
そういう点では、システムとしていかがなものかと思います。

そして、その周りにいる人々。利用しようとする勢力。
それが問題ですね。

皇族の方々それ自体よりも。

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