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December 16, 2004

相対化を超えて。ココログも超えて。

僕はこの時代。2003-2004年にブログを始めておられる人たちは表現、知識を駆使して何かを伝えてくれる方が本当にたくさんいるということを実感しており、後になったらきっと一つの時代として、記憶にとどめられるのではないかとまで思っているのだが、(一部我田引水か)
それにつけても

ここ一連の社会で起きているいろんなこと。
いろんな自分の中の迷いの試行錯誤に対して、とても明確に整理していただき解をいただいたような気がする。

「小さな目で見る大きな世界」の「ただ相対化するのではなく」。

幾度も拝読させていただきました。こういう素晴らしい示唆に会えると、この時期ブログをやっていてよかったと思いますね。

ちなみにこのサイトの

「ココログ!しっかりしなさい 」

からのリンクをたどって、どうして僕の「Yへのメール・・シリーズ(?)」の記事ファイル名だけが他の記事と異なってしまうのか、素朴な疑問の解もいただきました。まあ、知ってどうなるというわけでもないのですが、気持悪かったんですよ。感謝。

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Comments

たびたびTBをつけてくださってありがとうございます。
また、読んでくださってありがとうございます。
私はこれまで何度かイデオロギーに潜む絶対化を批判的に書いてきましたが、あるイデオロギーを批判する立場が、また別のイデオロギーに乗っかっているということってよくあるんですね。
そこから生じる問題について、「それは大したことではない」とする態度って、どちらにもありますね。
確かこちらだったと思うんですが以前、医学生の方が香田さんの件でコメントをつけていらっしゃいましたね。
それについては今日書いた、「現実」という記事で書いたようなことを感じたのですが、もう、私たちはいい加減、一方の立場を否定して自らの立場を絶対視するというようなことは越えていかないといけないように感じています。
もちろん、その中からでも「選び取っていくもの」は生じるのですが、それはただ無批判に選び取るよりはよほど弊害の少ないものではないでしょうか。

こんにちは。masamicです。

まず何々ありき。からはじめるよりも、今どうあるのか?そしてどう行くべきか(当然それぞれ方向性は違うでしょうが)論じるほうが議論としてはやりやすいですね。双方が歩み寄りをしない限り現実的な回答を得るのは難しいのだと痛感しています。そうでなければ、一方は無条件降伏しかないのだから。

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