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January 12, 2005

生きていこうと今は思う。

新年のカウントダウンを始めたころ、バグダードでも花火があった。 2005年になる10分ぐらい前に、家からほど近いところで大きな爆発が 3回起き、家が揺れた。よりによってこの時にと、ちょっと驚いた。いとこ の娘たち二人は最初おびえたが、その後はくすくす笑いが止まらなくなった。 E.は手を打ち合わせて叫んだ。「ワオー花火だ!!グッバイ2004年!!」。 それに続いて子どもたちがでたらめなダンスを踊りだした。 (バグダードバーニング by リバーベンド)


なぜだろう。この記事を読んで村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」を思い出した。
なぜって・・理由も関連性もない。(じゃあ言うな)

僕の言いたかったことはこうだ。
人は生きていく。続いていく。
街はどんなに荒れようと破壊されようと、人が生きていく限り大丈夫。再建される。
では、街はなぜ再建されなければいけないのか。
人はなぜ続いていかなければならないのか。
人はなぜ、こうも苦しい詩篇を綴らなければならないのだろうか。

そう、そしてあなたと僕にとっての最大の謎。
-----人はなぜ生きていかなければならないのか

僕たちにとってのバグダッドは、サイゴンになるのだろうか。
そしてファルージャはソンミ村になるのだろうか。

それならそれでよい。
現実を見つめよう。全てはそこから---見つめることから始まる。

考えてもみよ。
東の世界と西の世界が覇を競った時代が終わってみれば、西の帝国が世界を支配する時代となった。
西の帝国の軍は、他のすべての国々の軍を合わせたよりも「下手をすれば」強大である。
彼らの神は、彼らを選んだごとく、彼らは語る。
それが、彼らの常套手段なのだ。

我が東の日出づる国の果たすべき役割は、この西の帝国に、言葉の正しい意味で注を
唱えることなのか。

かの壮大なる「指輪物語」(The Lord of the Rings)では、中つ国の統合までに推定数万年を費やした。
だが、私たちにそんな時間はない。エルフやホビットのような生の時間は持ち合わせないのだ。

-----人はなぜ生きていかなければならないのか

中つ国の統合を、概念としての平和な世界を実現するために、私たちは、あと
何回の転生を。輪廻転生を繰り返せねばならないのだろうか。

確信する。
私達の子供たちは、この西の帝国の覇に抗せねばならない。
大義の前に、人が人を切り刻む。毒の爆弾でゆっくりと、残酷な、緩慢な死をもたらす・・・・
小さな照準の過ちで、祝賀の席が血にまみえる。
それが当たり前の世界であっては断じてならない。

断じて。

私は、足元の生活すら、理想すら、日常すらコントロールできない一個の生き物にしか
過ぎないが、子供たち、忘れないでほしい。

できなかったことはできないかもしれないが、それは、
君たちの世代でも永遠にできないことでは断じてないのだ。

もちろん、私達も、あなたも、まだあきらめてはいない。

後30年。生きていく。

生きていこうと今は思う。

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