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« 失われた1/2----設計図が足りない | Main | 差別するなら正しく緻密に徹底せよ2 ---判決文と少数意見 »

February 05, 2005

差別するなら正しく緻密に徹底せよ ---石原都知事と国籍条項訴訟

鄭香均さんの、「都国籍条項訴訟」における、最高裁での彼女の敗訴と、その時の
彼女のコメントが取りざたされている。
判決は「受験の拒否は法の下の平等を定めた憲法に反しない」と初の合憲判断を示し、都に40万円の支払いを命じた東京高裁判決(97年11月)を破棄して、原告の請求を棄却する逆転判決を言い渡した。原告の敗訴が確定した。

この判決にはいろいろな見方があろうが、日本国籍を有しない外国人に対して公権力を
与えることの危険性について、石原都知事がコメントしている。

平成17年1月28日の記者会見についてはここで映像が見られる。

朝日新聞の記者とのやりとり。

(記者)
「災害時の活動などを例にですね、外国人の感情でやられてはたまらないケースもある、とおっしゃいましたけど、それは想定できないともおっしゃいましたけど、例えばその、そこはいったいどういう感情なのでしょうか」

(知事)
「もっと判りやすい例があればいいんだけどね、いずれにしろ日本人と外国人は違う。
 つまり彼女がもし日本人だったら日本に対してアイデンティティーを持つでしょ。
 それはひとつの価値観って物を引き出すですね、大事な要素だと思いますよ。」

(知事)
「 彼女はやっぱり日本の国籍を持つつもりではない、しかもこんな国に、
 日本なんていう国に外国人は来るななどと裁判の後に言う人はだね、私は相当問題があると思う。
 感情的になってると思うけどね。こういったことを日本人は許容できますか?朝日新聞は許容するんですか?」

また、

「……あの、特定の意思を持った人がとの管理職に就くということについて、たまったもんじゃないと都民が思うことはたくさんあると思うんですけど、それはあの、外国人であるかということと関係がありますでしょうか?」

との記者の問いに対しては

「ありますね(即答)。大事な問題だと思いますね。 (中略) あなたは外国人の警察官に自分の治安ゆだねられるかね?」

と答えている。
いずれも朝日新聞の記者は沈黙してしまっている。
(この程度のゴタクに沈黙するな!)

敗訴が決定した衝撃からか、鄭香均さんの「日本へ来なければいい」発言は、確かに適切ではなかったが、僕はこの問題に対して、そして石原都知事に対して一つ論点をさしはさみたい。

それは、誤解を恐れずに言うなら、

「差別するなら正しく緻密に徹底しろ」

ということである。

人は平等であるとか、外国人も日本人も人間性に変わりはないとか、等しく扱うべきなどというのは幻想である。人は生まれ育った国の、家の、文化の、時代の、貧富の、遺伝子の影響を受ける。全ての人が平等であるなどというのは逆に人間性への無理解と侮辱であると僕は考えている。

だから、差別自体が無条件に悪ではない。人には適不適もあれば、能力の差もある。全ての登用試験や能力試験は、人に「差別」を行うものである。差別が良くないということであれば、競争原理の全ての否定につながり、現在の社会体制は根本から見直しを図らねばならない。
外国人公務員に対して、管理職への登用を拒むのも、一つの差別の発想であるが、差別が私達の競争原理を基本とする社会の根本を支えていることは誰でも知っている。

国籍のみならず、門地家柄にまで踏み込んだ厳然たる差別がこの社会にあることは、すでにBigBanも良く知るところである。

しかし、それを、人間たるもの平等に扱うべきだという意見には僕は組しない。

ただ問題は、その「目の粗さ」である。石原都知事は選別の目的に対して、「正しく緻密に」差別をしているか。
つまり本当に根性を入れて言っているのか?ということである。(笑)

明確に外国人の管理職就任を禁じている条文はない。従って判決によれば


最高裁は外国人が就く職務の範囲について「公権力の行使や重要施策にかかわる決定過程に参加する公務員に、外国人が就任することは、国民主権の原理に照らし、わが国の法体系で想定していない」と明示。
さらに、東京都では管理職に昇進した場合、特定職種だけを担当するのではなく、広く重要な施策にかかわるようになると指摘。「日本人職員だけを管理職に昇進させるのは、合理的な理由に基づく区別だ」と述べ、都の措置を合憲とした。
 また、職種によっては管理職ポストに外国人が就ける場合もあるとしたが、「一体的な任用制度をつくることは、自治体の判断に任されている」と述べ、行政裁量の範囲内とした。
(東京新聞より)

最高裁の判決は、都の措置を合憲=「違憲ではない」という判断を出したに過ぎない。最高裁がもう一段階踏み込んだ判断を示すべきであったという考えもあろうが、問題は「行政裁量の範囲内」と指摘されているように、自治体の裁量の判断である。

東京都知事は、知る人ぞ知る、国粋的な純日本人主義を掲げる人物である。彼の外国人嫌いは知らぬ人はいまい。彼にある差別感は明らかに

「純血の日本人」対「外国人」

の図式でのものであり、さらに言えば

「有事に信頼できる純血の日本人」対「権力を与えれば何をするかわからない外国人」

という対立構造である。

これは差別がいけないという次元ではない。「正確な差別すらできていない」のである。頭が固くて単純な頭脳のオヤジの繰言である。この単純思考がかつての日本を誤らせた。優秀な「外国人との」信頼すべき同盟関係を対外に作れず孤立し、自国民を北限の大地に放置して先に引き上げるような関東軍を「信頼」した。

多くの外国人を、「権力を与えると何をするかわからない」として片付けず、まさに最高裁が指弾するように、「一体的な任用制度をつくることは、自治体の判断に任されている」点を見据えて、「危なくない」任用制度を作って、有能な外国人を「利用」いや「活用」すればいいのである。それは国益に適うと考える。

例えば、入国管理の係官の課長に外国人が赴任したとすれば、自国の出身外国人に対して有利な取り扱いをするのではないかという懸念が生まれよう。国家機密の重要度が高い、重要な安全保障の関連業務に外国人が高い地位で関われば、機密の漏洩という問題も発生しよう。外国人警察官もあるいは場合によっては慎重さが求められるかもしれない。

だが、そうした業務のみが公的な職員に課せられているわけではない。今回の鄭香均さんの場合保健婦である。しかも、外国人といっても在日韓国人であり、日本で生まれ日本で育った人である。一定の期間真面目に職務をこなしてきた実績もある。いったい彼女が管理職につくとどのような具体的な懸念やリスクが生まれるというのか。
それを判断するのは、最高裁ではない。裁量権を持つ自治体の長たる都知事のミッションである。

もしも「正しく差別」するのであれば、ここで彼女の従事している保健婦という業務の内容、そして彼女自身の実績と姿勢。そこまで踏み込んで「差別」いや「裁量」すべき責任が、有用な人材の活用というミッションとして、自治体の長には生じていると考える。
それを配慮して外国人管理職の着き得る業務に一定の制限を加えることはやむをえないと僕は考える。というよりすべきであると思う。
ここの各論のdetailに尽力して緻密に知を絞るのが公僕のミッションである。床屋の親父談義はこの場所にふさわしくない。

重要なポストに着きたいならまず帰化しろなどという意見も見られるが、人は人なりの固有の考え方に基づいて、国籍を保持しているのである。公権力のポストを獲得するが為にのみ、国籍を選んでいるわけではない。
日本国籍以外選択肢のない多くの日本人には考えもつかないであろうが、二種類の国籍を持つことを認めている国も存在する。国籍を事由に差別するのであれば、それはここでいう「目の粗い」差別であり、不正確な差別である。
人の有能、無能、誠実不誠実を国籍を事由にすることは、ヒューマニズムに適わないというよりも、不正確で不合理な思考の行うことなのである。

#平成16年3月8日の参議院決算委員会で、民主党の円より子議員の質問に対して、野沢太三法務大臣は、「二重国籍の容認は国際的な趨勢」だという趣旨の答弁をしている。

そもそも国籍を事由に、管理職への登用を許すのであれば、悪意あるテロリストが、破壊活動を目的にして帰化を装い、公的重要ポストに悪意でもぐりこむ危険についてはどう考えるのか。「目の粗い」差別によって新たなリスクが生じる責任はとれるのか。

石原都知事の偏狭な外国人排斥主義は氏の信条であろうが、この種の人種はその思い込みの強さによって、新たなリスクを招きかねないということに、私達は注意すべきである。

要するに、人が人を測ろうとすれば最後は人を見なければならないのである。
最高裁はその道程まで閉ざしたわけではない。

それにしても小泉某ののらくら国会答弁と言い、石原の居丈高な発言といい、つくづく私達はこの程度の政治家に、舐められて暮らしている悲しい国民である。裁量のレベルの低いトップはもうたくさんである。

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Comments

あのー
冒頭に「リンクや引用の無いTBって嫌い」って書いているのですが。
…_| ̄|○|||

失礼しました。見落としました。
ご不快であれば、TB削除してください。

今度の判決は差別だとの事だが私はこの判決は当然だと思います。この判決で日本国は救われました。外国人の公務員を認めてる国はお人好しな無邪気なペコペコしてる日本国だけです。鄭さんの祖国である韓国でも外国人公務員は認めておりません。それを日本国だけ認めろというのは最大の差別です。この問題は憲法とか法律とかの話しではないです。日本国は日本国籍を持ってる人間が統治するのは当然です。韓国を外国人が統治するのを鄭さんは認めるのでしょうか。どうなんでしょうか。鄭さんに聞いてみたいです。

差別という言葉を頻繁に使用されてますが、
ただ単に自国民と外国人と区別されているだけだと思います。
日本人も外国に行けば、当たり前ですが外国人と扱われ区別されます。
「私はこの国の国民、あなたは外国人」と。
当然、行った先の国の公務員になる資格、選挙権
もありません。その国の国民だけが有している権利のほとんどは与えられません。
ですが、日本には日本人だけにしか与えられない権利を有しています。
これを踏まえて外国でその国の国民だけが有する権利を与えられないからと差別だと思われますでしょうか?

そもそも、日本は日本人のことを一番に考える
日本人のための日本人による国家です。
それじゃあ外国人の方々はどうなるんだというと、アメリカ人ならアメリカという国家、フランス人ならフランス、韓国人なら韓国という風に、
外国人の方々もそれぞれ自分を一番に考えてくれ他国の国民が持てない権利を与えてくれる国を持っています。

そのような中で今回の件は、韓国が日本人に対して公務員になる権利、公務員の管理職になる権利を与えてるなら別ですが、
日本人は有してない韓国人だけの特権を有しながら日本人しか有していない特権を渡せ、二重に権利をという明らかにおかしい言い分です。
これこそ認めてしまったら日本人に対する差別になりえるかと思います。

このような事を考えると今回の判決は
至極当然の事かと思います。

#メールアドレスはスパム予防のため適当なアドレスを入れています。

コメントありがとうございます。

>今度の判決は差別だとの事だが私はこの判決は当然だと思います。

今度の判決が差別だとは私は書いておりません。石原都知事=行政の長の裁量の狭さを批判しています。
今回の記事では判決について批判する姿勢にありません。

>鄭さんの祖国である韓国でも外国人公務員は認めておりません。

いろんな方が韓国の外国人対応を引いてそうおっしゃいますが、この問題に韓国の事情は無関係だと思います。訴えを起こす外国人が出るたびに、その所属する国籍の国の事情を事由に退けるのでしょうか?それはできないことですね。

>日本国は日本国籍を持ってる人間が統治するのは当然です。韓国を外国人が統治するのを鄭さんは認めるのでしょうか。

公務員は統治などしておりません。公務員が統治をしているとお考えですか?彼らは単なる公僕です。いたずらにこの職を過大評価されておられませんでしょうか?

客観的に見て今回の最高裁の判決を支持する国民が大多数だと思います。
一部の左翼思想者が「差別、差別」と叫べば叫ぶほど、在日の皆さんや外国人に対する差別を生むように思えてなりません。
日本は法治国家であり、違憲立法審査の最終判断を下すのは最高裁しかありません。
そこで下された判決は、日本国が存在する限り決して覆るものではありませんし、右翼だ!左翼だ!なんて議論自体が無意味なように思われます。
昇進の道を閉ざされた人を可哀想と思うのは自由ですが、人(に限ったものでもないか・・)は生まれながらにして不平等な存在であり、街頭に立って「私を社長にしてくれなきゃ嫌だ!」といったところでなれませんし、小学生レベルの学力しかなくても社長の息子は社長になったりするんですよ。
鄭香均さんの言葉も我が儘としか思えませんし、私個人としては相手にすることすら馬鹿らしく思います。
せいぜい、長生きして下さい。
PS:鄭香均さん、税金を払わないのでしたら、年金の受け取り拒否も併せてお願いします。


虹色さん、コメントありがとうございます。


>差別という言葉を頻繁に使用されてますが、
>ただ単に自国民と外国人と区別されているだけだと思います。
>日本人も外国に行けば、当たり前ですが外国人と扱われ区別されます。
>「私はこの国の国民、あなたは外国人」と。

区別した結果、不利な扱いを受けることを「差別」と私は考えています。
全ての差別を「単なる区別である」ということはできますが、その表現の元に
正当化されてきた差別は沢山あるのはご存知の通り。
多くの場合「不利ではない」扱いを受けた側が、そうした表現を使います。
しかし、よく読んでいただければわかりますが、私は差別を無くすべきだという
論を展開していませんので。差別論はそのへんで。


>これを踏まえて外国でその国の国民だけが有する権利を与えられないからと差別だと思われますでしょうか?

はい。差別だと思いますが?
いや、だから即良くないなんて言いませんよ。ただ、それは差別です。
その国に生まれ、何十年も暮らし、その国家に貢献している人が国籍だけを
事由に不利な扱いを受けるならそれは差別です。
そしてくどいですが、差別を無くせというのがこのエントリーの趣旨では
ありません。読み返しをお願いします。


>そもそも、日本は日本人のことを一番に考える
日本人のための日本人による国家です。

私は純粋の日本人ですが、あなたの考え方とは意を異にします。そうした考え方自体、日本民族一血主義の偏狭な民族主義だと思えてなりません。帰化を行っていなくても有能な外国人は、業務に限定を行ったうえで、一定の裁量権を与えるのが自治体のミッションであり国益にも適うのではないかと言っているのです。最高裁の判断ははその道を閉ざしていません。判決文も読み返しください。


>そのような中で今回の件は、韓国が日本人に対して公務員になる権利、公務員の管理職になる権利を与えてるなら別ですが、
日本人は有してない韓国人だけの特権を有しながら日本人しか有していない特権を渡せ、二重に権利をという明らかにおかしい言い分です。
これこそ認めてしまったら日本人に対する差別になりえるかと思います。


先に書きましたが、有する国籍の相手国(今回は韓国)の外国人条項を事由に個別
判定することなど不可能であり不合理だと思います。韓国の事情は関係ありますまい。
では、相手国で外国人に対して大幅な権利を求めている国家が、対象であれば、
対応を変えるのでしょうか?それは不合理に尽きましょう。
相手国の事情は、この際無関係というのはおわかりいただけると思います。

はじめまして。


>客観的に見て今回の最高裁の判決を支持する国民が大多数だと思います。

それは結構です。先に書いたとおり。

>一部の左翼思想者が「差別、差別」と叫べば叫ぶほど、在日の皆さんや外国人に対する差別を生むように思えてなりません。

差別、差別と誰かが叫んでいて、それが左翼思想者なのですか?私の記事とは関係ありません。もう一度お読みください。

>日本は法治国家であり、違憲立法審査の最終判断を下すのは最高裁しかありません。

その通りですね。

>そこで下された判決は、日本国が存在する限り決して覆るものではありませんし、右翼だ!左翼だ!なんて議論自体が無意味なように思われます。

ごもっともです。ですが右翼だ!左翼だ!という「無意味な」議論はここであなたが持ち出されているのではないですか?

>昇進の道を閉ざされた人を可哀想と思うのは自由ですが、人(に限ったものでもないか・・)は生まれながらにして不平等な存在であり、街頭に立って「私を社長にしてくれなきゃ嫌だ!」といったところでなれませんし、小学生レベルの学力しかなくても社長の息子は社長になったりするんですよ。

可哀相だと誰かが言っているのですか?これも私の記事の主張とは関係がありませんね。

>鄭香均さんの言葉も我が儘としか思えませんし、私個人としては相手にすることすら馬鹿らしく思います。
せいぜい、長生きして下さい。
PS:鄭香均さん、税金を払わないのでしたら、年金の受け取り拒否も併せてお願いします。

ここは鄭香均さんへの呼びかけをするところではありませんので、別の場所に投稿をお願いします。私は彼女の考え方を代わってコメントする立場にありません。

レスありがとうございます。

まず一つお聞きしたいのですが、差別が問題ではないと何度も言われておりますが、
では石原都知事の何を持って裁量の狭い行政の長だと言われているのでしょうか?

本記事で「差別するなら正しく緻密に徹底しろ」とおっしゃっており、
それができてないから批判しているというスタンスではないのでしょうか?

また合理的な差別は区別といいます。不合理な区別が差別です。
混同して不用意に差別、差別とおっしゃらない方がいいかと思います。

それとあまりにも当たり前の事なのですが、
例えば日本国籍を持つものが外国で生まれ外国で育ちその国にいくら貢献しようとも
その国の国籍を持たなければその国の国民と同等の権利を持つことなどできません。逆もしかりです。

これは世界中の国々それぞれ制度上、多少の程度の差はあれど等しく平等な条件です。

アメリカは出生地主義なので、アメリカで生まれると国籍をもらえますが、
日本は多重国籍を基本的に認めていません。
日本国籍を選んだとして「私はアメリカの国籍を選ばず、アメリカ人だけが負うべき義務も負いませんが
アメリカで生まれ育ち貢献してきたのだから権利を与えられないのは差別だ」と言ったところで
誰が相手をしてくれるのでしょうか。

また帰化という道がきちんと準備されており、
望むならば国籍をその国に変えその国が国民に課している義務を果たす代わりに権利が与えられます。

これは誰かが強制するものではなく本人が選択するものであり、
様々な条件を考え帰化しないという結論を出したのであれば
それは外国人として扱われるのを自分で選択した結果ということになります。

簡単に言えば国籍とはどこの国の「義務」を負い権利を享受するか、どの国と運命を共にするかです。

権利だけを見て「義務」という大切なものを見失しなうのはいかがでしょうか。
その国の国籍を持たないということは与えられる権利に対しての
「義務」の全てを果たせない果たせてないということです。税金を払うだけが義務ではありません。

それと韓国は関係ないと頻繁におっしゃられてますが、
みなさんただ単に例として出されただけであり議論の本質は
韓国がどうだからというものでももちろんありません。

あと外国人が公務員の管理職になる道が閉ざされてないとおっしゃられておりますが、
正確には、道は閉ざされてもいないが道が用意されているわけではないです。
憲法第十五条というものがありますので、今認められていなくても今後認められるかもしれません。
ですがまたその後認められるなくなる可能性もあります。

外国人が公務員になれるという状況も、
今現在許されているだけでありその地位を確実に保障しているものはありません。
この辺りも変に「なれないとは書いてない」からで行政の判断がおかしいじゃないかという
議論をしても行政の批判をしているだけで問題の本質の議論にはなりえません。

それと一番気になったのが
>日本民族一血主義の偏狭な民族主義
というコメントです。

これは一体どういう意図でこのようなコメントをされたのでしょうか。

日本人のための日本人による日本という国家を偏狭な民族主義と呼ぶのであれば、
アメリカ人のためのアメリカ人によるアメリカという国家。
韓国人のための韓国人による韓国という国家
ドイツ人によるドイツ人のためのドイツという国家

世界中、偏狭な民族主義な国家だらけになってしまいますが、
自国民による他国民のための国家をご存知なのであればお教えください。

それと日本国籍を持っていれば血がどうであれ日本人です。
日本民族一血主義という言葉は一体どこの言葉なのでしょうか。

石原都知事を批判したいのは分かりますが、
単に区別しているだけなのをBigBanさんは差別が正しくないと
書き立てていらっしゃるだけで、
どこがどう「正しく緻密に徹底して差別」ができていないのか
そもそも正しい差別とはどのようなものなのかも前提からおかしなものであり、
違憲であったものを石原都知事がこのような発言をされているのならば裁量が狭いという
意見も理解できますが、合憲でありなんら問題のないことに都知事の中に
「純血の日本人」対「外国人」という勝手な差別の図式を作り上げ差別という言葉を多用し
裁量が狭いという結論を出しているBigBanさんの記事は私には理解できません。

虹色さん。
懇切な反論読ませていただきました。

まず私の論旨をもう少しわかりやすくまとめます。


●最高裁の判決は、東京都側の措置を「違憲」とは判断しなかった。

●ただし、判決には2名の少数意見が付与され、さらに多数説による判決主文内でもまた、
職種によっては管理職ポストに外国人が就ける場合もあるとしたが、「一
体的な任用制度をつくることは、自治体の判断に任されている」と述べ、
行政裁量の範囲内とした。

●つまり、最高裁は自治体が自己の裁量により、「職種によっては」
管理ポストに外国人が就ける場合もあるとした。

ここまでよろしいでしょうか?


そこで、この「自治体の裁量」が問題になる。


(1)石原知事が狭量だと判断する理由は

・最高裁の判決内の自治体の自己裁量については全く言及せず一概に
(私から見て)あからさまな外国人を疎外する感情的発言をしている。

・管理職に外国人が就いても具体的かつ目に見える危険がない職種は
多く在るのに、あえて外国人の警察官などの極端な例を出して、議論を
感情的なものにしている。

(2)正しく緻密な差別という表現

この表現は私のギミックですが

>また合理的な差別は区別といいます。不合理な区別が差別です。
混同して不用意に差別、差別とおっしゃらない方がいいかと思います。

ということですが

・虹色さんには今回の措置は合理的なのでしょうが、私は今回の都側の措置違憲ではなくても非合理的であり差別だと考えていますから、何度聞かれても「差別」といいます。

「正しく緻密にやれ」とは

・感情的に外国人を十把一絡げにして、全ての公的管理職から締め出す合理的な理由が見当たらない。
・鄭香均さんは在日韓国人であり、長期間にわたって公務員として実直に勤務していると思われる。その点を酌量するのは最高裁の主文内でも保証されている。
(自治体の裁量の範囲内である。最高裁の判決とは矛盾しない)
・保健婦あるいは、一部の職種においては、外国人に対して管理職を開放しても問題はないはずである。それを検討する姿勢はないのか。
・帰化を逆用されて悪意ある外国人が国籍の獲得を手段として、要職にもぐりこむ危険性についてはどう考えるのか。

等を理由に、国籍のみを指針として全ての外国人を対象に、全ての公的管理職を対象に、最高裁の判例の大筋のみ利用して、有能な外国人を積極登用しないのは、行政の裁量権の怠慢ではないかと私は主張しているわけです。


>それとあまりにも当たり前の事なのですが、
>例えば日本国籍を持つものが外国で生まれ外国で育ちその国にいくら貢献しようとも
>その国の国籍を持たなければその国の国民と同等の権利を持つことなどできません。逆>もしかりです。

結構です。異議はありません。
まったく同等の権利など無理です。


>アメリカは出生地主義なので、アメリカで生まれると国籍をもらえますが、
>日本は多重国籍を基本的に認めていません。

こうした事態に対応するために、一概に住民に二者択一的に唯一の国籍取得を迫るのではなく、二重国籍を制度として認めていく論も検討すべきかもしれません。これは在日の人々に対しては融和のアプローチにつながる可能性があります。実際にドイツはじめいくつかの国そうした例があります。

虹色さんは、「異論があれば帰化しろ」という論のようですが、私はそう思わないわけです。人にはそれぞれ個別の信条や事情が存在します。制度についてまだ歩み寄る余地が遙かに残っているのに(そう私には見えます)その努力を怠り、「文句があれば帰化しろ」と主張する姿勢は、私には

>日本民族一血主義の偏狭な民族主義

と見えるのです。

そもそも


>日本人のための日本人による日本という国家

と表現されていますが
それは違いましょう?虹色さんのの定義は

>日本国籍を持つ人のための日本国籍を持つ人による日本という国家

という風に読めます。日本人の定義を国籍に一元化する主張です。それはそれで一説でしょう。

ではお聞きします。事情あり帰化を求めない人。難民等、日本国籍取得を求めても門前払いされている多くの人々、その他多くの「帰化できない」が日本に長期にわたり在住し、真面目に生活し納税している多くの人々の権利はどうなりますか?全て一律に外国人扱いして締め出すのは「目が粗い」とはお思いにならないのですか?

虹色さんはまた、外国人である限り同等の権利を享受できる国などない。
とっしゃるでしょう。それは確かにその通り。私の言葉で言うところの「差別」であり、これはいたしかたがないでしょう。

ですが、この「差別」の枠組み(あなたのいう区別)を再度検討することはできるのではないですか?白か黒かではなく、世にはグレーな領域は多くあるのはご承知の通り。
「いやなら帰化しろ」では通じないこともあるのです。先の問題についてはそれこそ権威ある最高裁が指摘したように「職種」によって門戸を開くことはできます。

それはこれらの人々に「哀れみ」と同等の権利保障をしろというのではなく、多くの外国人が日本に住むようになっている時代にこそ、有能な外国人の力を積極的に導入できる分野はあるはずだと言っているのです。
そしてそれはこれからの時代、日本にとって必要なことだと信じます。

行政にはおおざっぱな感情論ではなく、これらを鑑みた冷静で緻密な判断が求められるはずです。石原知事はその適格性に問題があります。

>それと韓国は関係ないと頻繁におっしゃられてますが、
>みなさんただ単に例として出されただけであり議論の本質は
>韓国がどうだからというものでももちろんありません。

たまたま例として出されたのではなく、彼女への反感から、彼女の在日という立場に対して攻撃的に出された、韓国内での事情をあげつらっての反撃です。
ただこれが重要なことではないというのは、同意ですね。


>あと外国人が公務員の管理職になる道が閉ざされてないとおっしゃられておりますが、
>正確には、道は閉ざされてもいないが道が用意されているわけではないです。
憲法第十五条というものがありますので、今認められていなくても今後認められるかもしれません。
>ですがまたその後認められるなくなる可能性もあります。

これは認識違いです。今回の判文でも自治体の裁量という言葉で認めています。
現に導入している自治体はありますよね?
「拒絶した場合違憲ではない」と規定しただけで、外国人を管理職に登用すること事態は現段階で自治体裁量で行えます。


>この辺りも変に「なれないとは書いてない」からで行政の判断がおかしいじゃないかという
>議論をしても行政の批判をしているだけで問題の本質の議論にはなりえません。

このあたりはちょっと意味がわかりません。かなり具体的に行政判断の問題点をしてきしているはずです。何度も。

>それと日本国籍を持っていれば血がどうであれ日本人です。
>日本民族一血主義という言葉は一体どこの言葉なのでしょうか。

日本国籍を持っていなくても、両親が日本人であればブラジル国籍を持っていても日本人ですよ。そういう見方もできますがどうでしょう。


>単に区別しているだけなのをBigBanさんは差別が正しくないと
>書き立てていらっしゃるだけで、


そんなことは書いていません。
どこにそうした記述がありますか?

「差別するなら正しく緻密に徹底せよ」という趣旨は上記でかなり説明しました。おわかりいただければ幸い。

#もちろん事由のない「偏見」や「差別」全般がこの世からなくなるなら結構ですが、それには触れません。それは別の問題です。

nobiです。TBをくださいまして、ありがとうございました。また、BigBanさんのブログを楽しく拝見しました。これからも宜しく御願いします。

こんにちは。

大変おもしろい視点ですね。

普通なら、裁判での法律論、民族問題、国家国籍の問題、特別永住者の問題、
差別問題といった論点が目に付くところです。

一つ一つが大きな問題で、しかも互いに複雑に入り組んでいるのも特徴でしょうか。
そのため、この問題を考える人は、一つの視点ばかりの偏狭な議論になるか、
逆に様々な問題を理解し整理するのに汲々となってしまう傾向がありますね。
僕は後者でした。判決もその傾向があって、判決文がやたら長いものになっていますが。

そんな中、管理人さんの提示したこの視点はすごいです。
問題をたった一つに絞りながら、偏狭に陥らず各論点をちゃんと踏まえている。
でも決して複雑にならない。

ちょっと感動してしまいました。

まあ、あんまり見事な論を見ると、自分の力量も省みず挑戦したくなるのが僕の悪い癖です。
頑張って反論、ないし別の視点を呈示してみたくなりました。

次投稿あたりで。

で、早速コメントを。

管理人さんは、該自治体首長の政治信念を引き、
その「不合理性」を追求しておられると読みました。
一定範囲外国人を登用した方が「合理的」であると。
理由は、キャリアの有効利用と、国籍依拠の危うさ。

大変説得的な議論です。

ただ、ある点では、実は該首長と同じ方向の議論
ともいえるのではないかという感想を持ちました。
それは、何らかの積極的な目的を達成するのに
「合理的」であろうとする側面です。
該首長も自らを「合理的」と考えているわけですが、
管理人さんの議論は、「いや、自分の方が合理的だよ」と。

しかし、行政とは「合理的」であるべきものなのでしょうか。
別の言い方をすれば、行政にとっての「合理的」とは
何でしょうか?

僕は、行政とは「線引き」ではないかと思っています。
運転免許の減点は15点とか、
免許証の更新は3年ごととか。
その線を越えたらいきなり権利がなくなる。
なぜそこに線が引かれたかというのは必ずしも重要でなく、
引かれている線が行政にとって使いやすいのが第一。
それが行政にとっての「合理性」であって、
「これが使いやすいんです」と言わせるのを認めるのが
「行政裁量」なのではないかと。
都知事や管理人さんの「合理性」よりもう少し消極的なんです。

もちろんその線引きで誰かが不幸になってはいけない。
不幸になったと感じた人は裁判をすることができる。
どれくらい不幸になったかと、線がどれくらい「合理的」かとを、
比較した上で前者の方が大きければ線引きが変わります。
線を変えるほど不幸ではないと言ったのが今度の判決です。
裁判所の仕事は基本的にはそれで終わり。

この人は十分不幸にされちゃってるから、
なぜそこに線が引かれているのかちゃんと証明しろと言った人、
ここに引かれている線は積極的な「合理性」がないと言った人、
この二人の人が反対意見を書いたんですけどね。
裁判所の仕事としては少し踏み込みすぎかもしれません。

別に優秀な人が線から外に出ちゃってもたいしたことないし、
悪用したい人は頑張って線を乗り越えちゃうけど仕方ない。
ただの線なんだから、良いも悪いもない。
とりあえず線をバラバラにして昇任試験なんか
したくない。

あんまり該首長みたいにこの線はすばらしいって
誉められたって困るんだけど、
管理人さんみたいに、すばらしい目的のために、
この線をグニャグニャに曲げようってのも困るのかも。
だってめんどくさいじゃん?

「変えちゃいけないんだ」というのも、
「もっとよくしようぞ」というのも、
実は距離があるんですね。
「変えなくてもいいんじゃん?」とは。

ちなみに、明らかに線のこちら側にいる僕が
こんなことを言うのは、まあ、差別です。
でも僕は自ら選んで線のこちら側にいるんじゃないで。
どうしようもないということでは被差別側と変わりません。
ひどい目に遭うことは圧倒的に少ないんでしょうけど。

自分が差別者じゃなくなるためには、
差別だって言ってる人の向こう側に線を伸ばすしかないよ。
僕は線の内側から物を言うしかないんだから。
こう言わないとお前は差別者だってんだから、
まあ、逆差別かどうか知らんけど、
一種の脅迫ではあるわな。

>そもそも国籍を事由に、管理職への登用を許すのであれば

ってこの仮定自体が間違っているので、その後の結論には意味がありません。

BigBanです。私は2チャンライクな1行突っ込みコメントがだらだら増えるのはいやなので、wowowさんの発言まとめましたよ。あしからず。(内容はまた別にして。)
できるだけコメントはまとめて投稿してくださいな。


>人が人を測ろうとすれば最後は人を見なければならないのである。

1 日本人だけでも大変なのに、外国人のためにわざわざ負担を増やす必要はない。

2 ある程度の規模をもった組織が人を一人一人みているほど暇はない。はっきり言って平社員のたわごとにすぎない。

投稿者: wowow (February 7, 2005 02:38 PM)

>そうした考え方自体、日本民族一血主義の偏狭な民族主義だと思えてなりません。

民族と国籍さえ区別できないんじゃちょっと恥ずかしいですね。

投稿者: wowow (February 7, 2005 02:40 PM)



ボクシングファンさん。
コメントありがとう。
返信遅くなってしまいすみません。

最初は「ほめ殺し」じゃないかと身構えちゃいましたよ。
そうではないらしい。(笑)

>ただ、ある点では、実は該首長と同じ方向の議論
>ともいえるのではないかという感想を持ちました。
>それは、何らかの積極的な目的を達成するのに
>合理的」であろうとする側面です。
>該首長も自らを「合理的」と考えているわけですが、
>管理人さんの議論は、「いや、自分の方が合理的だよ」と。

あの人に「合理的たらん」なんて視点ありますかね?
錯誤な情念しか僕は感じられませんが。

>僕は、行政とは「線引き」ではないかと思っています。

>「これが使いやすいんです」と言わせるのを認めるのが
>「行政裁量」なのではないかと。
>都知事や管理人さんの「合理性」よりもう少し消極的なんです。

「効率的」という考え方もあって、無駄を排するのも行政の
一側面です。「線引き」という考え方は大変によくわかります。
目の前でたまたま線が引かれちゃったからといって、
そのたびに「差別だ!」と騒ぐわけにはいきますまい。

>線を変えるほど不幸ではないと言ったのが今度の判決です。
>裁判所の仕事は基本的にはそれで終わり。

憲法に照らした結果、線を変えるほどの明確な人権侵害は
起きていないと判断していますね。確かに管理職になど
ならなくても生きてはいけます。国籍を変える自由も残ります。
最高裁の判断については、さもありなんと思う点もあるのです。

>この人は十分不幸にされちゃってるから、
>なぜそこに線が引かれているのかちゃんと証明しろと言った人、
>ここに引かれている線は積極的な「合理性」がないと言った人、

「納得ができない」んだと思いますよ。日本で生まれ日本で育った。
何年間も、純粋の日本人とまったく変わらず仕事をしてきた。
それなりに地域に貢献してきた自負もある。
管理職登用試験の前には国籍を変えようと思っていたそうです。
そろそろ帰化しようかと。

それが、思いもかけず管理職試験で「国籍を理由に!」
拒絶された。返って、絶対に国籍を変えまいと、決めたそうです。
ある種の人には風変わりな行動でしょうが、私はわかります。
その気持ち。

僕でも変えませんよ。絶対。意地でも。(笑)

そちらのルールを説明せよ。ルールブックには書いてないではないか。
と迫ると思う。迫らないでどうしますか?

>この二人の人が反対意見を書いたんですけどね。
>裁判所の仕事としては少し踏み込みすぎかもしれません。

そんなことはないと思いますよ。下級裁判所と最高裁は違います。
少数意見であっても、きちんと付与された意見は後世に残るし、
判例の一部として参考にもされます。

>とりあえず線をバラバラにして昇任試験なんか
>したくない。

>あんまり該首長みたいにこの線はすばらしいって
>誉められたって困るんだけど、
>管理人さんみたいに、すばらしい目的のために、
>この線をグニャグニャに曲げようってのも困るのかも。
>だってめんどくさいじゃん?

いや、ボクシングファンさん。私は何もぐにゃぐにゃにしようというのでは
ないんですよ。例えば

・公務員における管理職就任の条件は日本国籍を持つことを必要(原則)とする。

という一文があったとする。
#ちなみに今は、一文すらないんですよ?この文章が都の条例で明確化されていたら
また最高裁の判断も微妙に異なったかもしれませんね。逆に。

次に別則として、こういうものを設ける

-------------------------------------------------------------------
・ただし特例として次の場合、例外的に外国人の管理職就任を許可する。

〔職種〕
次にあげる職種
XXXXX,XXXXX,XXXXXX,XXXXX,XXXXXXX,XXXX

〔例外を認める条件〕
・日本国内にXXXX年以上居住し、安定して居を構えていること
・地方公務員としてのXXXXX年以上勤務し、職能において優秀な実績を持っていること。
・直属の上司他、同職場よりXX人以上の推薦があること。

以上を鑑みて人品含め総合的に判断し、外国籍であっても一定の職種への
管理職就任を許可する場合がある。
---------------------------------------------------------------------

これでも一定の線を引かれちゃう人は残りますよ。もちろん。
ですが線をぐにやぐにゃにまではしてないはずです。
拙文で行き届きませんが、こうした発想がほしいといっているのです。

>自分が差別者じゃなくなるためには、
>差別だって言ってる人の向こう側に線を伸ばすしかないよ。
>僕は線の内側から物を言うしかないんだから。
>こう言わないとお前は差別者だってんだから、
>まあ、逆差別かどうか知らんけど、
>一種の脅迫ではあるわな。

脅迫でもなんでもないですよ。
ボクシングファンさん。

安定して差別されるものも、安定して差別されないものも
いません。一瞬にしてボクシングファンさんでも
「向こう側」に立つことがあるかもしれない。

一生「線のこちら側に立つ」ことが保障されている人なんて
いません。

レスありがとうございます。


>最初は「ほめ殺し」じゃないかと

 いえいえ、当然本気です。


>あの人に「合理的たらん」なんて視点?

 あまり「論理的」というのではないでしょうね。ただ、「感情的」というのも含めて、一定の目的があるんだと思うんです。一言で言えば、「一体感の醸成」のような感覚。他の例で言えば、夫婦別姓問題でも語られる視点です。

 「そんなものが何の役に立つ?」という反論が当然寄せられます。科学的論理的に存在や利益が必ずしも証明できるものではない。でも、「そんなものはいらない」と踏み切ることができない。

 「線の内側にいる人間」、いえ、「線の内側にいると信じないと不安になる人間」にとっては。そういう気持ち自体はちっとも「論理的」ではないんですが、多数決で集合してくるそういう感情を集積して政治を行おうという発想は、やはり「合理的」の範囲なんだと思います。

 誰かを極端に「不幸」にしないことが条件(のはず)なんですけどね。


>これでも一定の線を引かれちゃう人は残りますよ

 ああ、やっぱりここの管理人さんはわかってくれるんだなと思いました。まあ、僕に誉められても何にも出ないんですが。そうなんです。「線引き」という面からすれば、どうしてもそうなるんです。

 もしかしたら、むしろ不満が大きくなるかもしれない。なら最初から避けておこう、という気持ちがあるんじゃないでしょうか。


>私は何もぐにゃぐにゃにしようというのではない

 ああ、そうですね。ちょっと言い過ぎました。ごめんなさい。まあ、めんどくさい、と思うくらいには変えないといけないんだなとは想像します。


>日本で生まれ日本で育った
>純粋の日本人とまったく変わらず仕事をしてきた

 それだけに、最後に自分を指して「外国人」と叫んだことは寂しい限りですね。裁判での争点も「特別永住者」だったし、いつからか、彼女は完全に自分を外国人として政治的な争いを法廷に持ち込んできました。

 まあ、都知事の言い分を完全否定できない僕には寂しがる資格などないんですけどね。


 ちなみに、少数意見というのは、「在日」というものを正面から法的議論に組み込んできたという意味で、とても積極的な判断です。この問題の本当の争点は「外国人の公務就任権」ではなく、「在日の~」だと僕も思いますから。

 ただ、法的論理構成としては、少し飛躍があるように感じます。そのように述べた補足意見がありますよね。

 とりあえず僕が言いたい「踏み込みすぎ」とは、「下級裁と最高裁の違い」とは必ずしも違う問題でした。別に下級裁判所で同じことを言ってもいいと思いますよ。現に高等裁判所は反対意見と結論が同じです。下級裁判所が最高裁の判断に逆らったとしても、単に上訴理由になるだけです。裁判所法は判例に一定の拘束力を認めていますが、下級裁判所の裁判官の良心を縛っているわけではないので。

BigBanさんらしからぬ、感情的な部分が散見するコメントのやりとりだなあと思って拝見しました。TBよりコメントが遅くなって失礼しました。

わたしのTBは、「外国人に権利を与えられないことによって、回避される義務や責任もあるわけで、逆に権利を与えよ、という外国人はそこまで責任をとる覚悟があるのか?」という結論でしめました。

石原都知事は「文学者とは思えないほど言葉が乱暴だよ!(言葉を虐待しているごとくだ、とすら思ったことがあります)」と日々思っていますが、彼が口に出したこと=彼が考えていること、ではない「かもしれない」ことも想像してみてください。
もしも彼が「外国人差別」をしている人間であるなら、開いた門戸を閉じる事もできたのではないでしょうか?アレだけの実行力のある人間です。不可能ではなかったでしょう?
(ただし、一旦公務員になってしまった原告をクビにはできませんが)
ただ、知事の思想のなかに、「いい加減韓国に対して負け犬的な態度をとるのはやめよう」という思いがあったかもしれない、ということは否定できません。日本とは戦争をしていないのに、日本は韓国に対し多大な賠償をし続けてきました。エンドレスといっていいほどに。「特別永住者」という制度が在日韓国・朝鮮人に限って認められているのも、この遺産のためだとわたしは考えています。おそらく、知事はこういう制度そのものに対して疑念をもっているのではないかと思います。ただし、このことは知事個人の問題であって、今回の裁判や都の行政との関連はないので措いておきます。

大きな問題としては、わたしは日本に「憲法裁判所」がないことだと思います。もしも「永住外国人を公務員にするか否か」「公務員にした場合、どの職種や地位まで許可するのか」という問題は、本来は女性一人の原告がする裁判ではなくて、法律と憲法との間でなされるべきだったと思います。

最後に、原告女性について。
「日本に帰化しようとしていた」とのことですが、それは本人の談話だったのでしょうか?
わたしがTBした記事にリンクしたように、彼女は地方公務員法すれすれの政治活動をしています。そしてその内容は「永住外国人」に関するものもあります。
こういう女性が「帰化」を考えていたとはわたしには思えません。記者会見でのあの暴言の数々は、彼女の馬脚が現れてしまった瞬間かな、と今は思っています。

おそらくぶんだばさんから、コメントが来るだろうなあと、思っていました。ぶんだばさんのサイトも読んであります。
この問題は微妙に考え方が分かれているのかな?わかりませんが・・

後でしっかりコメントしますね。

ボクシングファンさん。
どうもです。

>あまり「論理的」というのではないでしょうね。ただ、「感情的」というのも含めて、一定の目的があるんだと思うんです。一言で言えば、「一体感の醸成」のような感覚。他の例で言えば、夫婦別姓問題でも語られる視点です。

そういう表現なら良くわかります。
いわゆる保守思想なんですよね。(ここでは悪い意味ではないですよ)

>もしかしたら、むしろ不満が大きくなるかもしれない。なら最初から避けておこう、という気持ちがあるんじゃないでしょうか。

あるでしょうね。おそらく
これはわかった上で、僕の提案はおそらく挑戦的だろうと思っています。そうした意味では(産業)社会の「安心気分」を僕は求めないところに発想の特徴があります。そしてそういう意味では挑戦的であるつもりです。

「避けないでください」

と。そういうことです。

>それだけに、最後に自分を指して「外国人」と叫んだことは寂しい限りですね。

その通りです。残念でした。この後コメントしようと思っているぶんだばさんも、「保守の優れた論客」だと(ぶんだばさん、違ったらごめんなさい)僕は思っていますが、多くの心ある人々を、あのコメントで敵に回してしまいました。これについては、某新聞社の「札幌から  ニュースの現場で考えること から」の「哀れな国の意味」で、現場のジャーナリストならではの視点からコメントをしていらっしゃいますので、このブログのリンクから参照していただければと思いますが、とにかく残念なことでした。


>ちなみに、少数意見というのは、「在日」というものを正面から法的議論に組み込んできたという意味で、とても積極的な判断です。この問題の本当の争点は「外国人の公務就任権」ではなく、「在日の~」だと僕も思いますから。

確かにおっしゃる通りです。杓子定規な「外国人」と「在日」とは区別して論じるべきだと僕も思います。少なくとも日本においては。
ただ、在日の問題は非常に深く大きい問題ですから、あえてこの記事では論点を避けています。
「特別永住者」という表現で論じていますね。少数意見では。


>別に下級裁判所で同じことを言ってもいいと思いますよ。現に高等裁判所は反対意見と結論が同じです。下級裁判所が最高裁の判断に逆らったとしても、単に上訴理由になるだけです。裁判所法は判例に一定の拘束力を認めていますが、下級裁判所の裁判官の良心を縛っているわけではないので。

私が理解しているところでは、重大判例として参照されるのは多くの場合最高裁の判決だけです。そうした意味で最高裁の使命の重大さについて言いたかった訳です。一歩踏み込むだけのミッションは期待されているのではないかと。もちろん下級裁判所の役割を軽んじるものではありません。

ぶんだばさん、どうも。

(ちょっと知っている同士だとこういう問題はやりにくいですね。笑)

>BigBanさんらしからぬ、感情的な部分が散見するコメントのやりとりだなあと思って拝見しました。

そうですかね?一部のコメントに対して若干感情的に反応た印象?
概して一貫した主張(=行政裁量の責任)をこの問題に関しては行っているつもりなんですが。


>わたしのTBは、「外国人に権利を与えられないことによって、回避される義務や責任もあるわけで、逆に権利を与えよ、という外国人はそこまで責任をとる覚悟があるのか?」という結論でしめました。

はい。トラックバックしていただいた段階ですぐに目を通させていただきました。

>石原都知事は「文学者とは思えないほど言葉が乱暴だよ!(言葉を虐待しているごとくだ、とすら思ったことがあります)」と日々思っていますが、彼が口に出したこと=彼が考えていること、ではない「かもしれない」ことも想像してみてください。

あのですね・・ここで初めて白状しますが、僕は彼に投票しました。都知事選で。(笑)時として左に間違えられるBigBanですが、実は改憲論者であり武装論者です。(しっかりここで書いたことはありませんが)
ですが、ちょっと後悔しています。彼は文学者の悪い面が出ていると思うのですよ。政策というより言葉が情念的に過ぎます。いろんな意味で真意が伝わらないと思います。(真意が別のところにあるとしての話ですが)

>もしも彼が「外国人差別」をしている人間であるなら、開いた門戸を閉じる事もできたのではないでしょうか?アレだけの実行力のある人間です。不可能ではなかったでしょう?

それは具体的にどういう風にですか?何をどのように閉じる?法規的にも世論的にも権限的にもそれは難しくないですか?いや、どんな意味かわからないので何ともいえませんが。

>ただ、知事の思想のなかに、「いい加減韓国に対して負け犬的な態度をとるのはやめよう」という思いがあったかもしれない、ということは否定できません。日本とは戦争をしていないのに、日本は韓国に対し多大な賠償をし続けてきました。エンドレスといっていいほどに。「特別永住者」という制度が在日韓国・朝鮮人に限って認められているのも、この遺産のためだとわたしは考えています。おそらく、知事はこういう制度そのものに対して疑念をもっているのではないかと思います。

実は僕も彼の国の「謝れ攻撃」にはうんざりしている1人です。ですが「在日」の問題は韓国や北朝鮮の姿勢に関わらず、これからは「国内問題」として日本が取り組むべき問題だと思うのですよ。
ちょっと話題がそれますが、今回の北朝鮮チームとのサッカーを見るにつけても、そしてアンヨンハのような在日朝鮮人の存在。北との間にこういう人が入ってくれることで、ミーハーな日本語の受け応えをしてくれることで、どれだけ救われているかわからないと思うんですよ。彼の国との関係において。今夜の報道ステーションにも出ていましたが本当に気持のよい青年です。

私達は、本格的に「在日」との融和を図らねばならない。「韓国」「北朝鮮」のわからずや、そして日本のわからずや(僕にとっては石原もそうです)の発言を超えて、です。
謝罪とか、優遇とかそういうことではない。彼らと腹を割って話す時代になっているとお思いになりませんか。

>大きな問題としては、わたしは日本に「憲法裁判所」がないことだと思います。もしも「永住外国人を公務員にするか否か」「公務員にした場合、どの職種や地位まで許可するのか」という問題は、本来は女性一人の原告がする裁判ではなくて、法律と憲法との間でなされるべきだったと思います。

同意します。実際問題として現在の最高裁で違憲判断というのはよほどのことがないとなされません。過去に違憲判断をした裁判官はその後決まって不遇な待遇を受けています。これも日本の抱える病理です。
#もっとも僕は自民党の改憲案にはそう簡単には同意できませんが。それは別です。


>最後に、原告女性について。
「日本に帰化しようとしていた」とのことですが、それは本人の談話だったのでしょうか?
わたしがTBした記事にリンクしたように、彼女は地方公務員法すれすれの政治活動をしています。そしてその内容は「永住外国人」に関するものもあります。
こういう女性が「帰化」を考えていたとはわたしには思えません。記者会見でのあの暴言の数々は、彼女の馬脚が現れてしまった瞬間かな、と今は思っています。

政治運動をしていることは僕はそれほど重要なことには思えませんが違いますかね?仮にこのBigBanが何か政治運動をしていたとして、私の数々の発言は色あせますか?どうなんでしょうか。「彼女の馬脚」かどうかわかりませんが、確かにいただけませんでした。あの一連のコメントは。

でもこれは、先のボクシングファンさんへのコメントもあわせてご参照ください。あの発言を報道するメディアの問題もあります。

最後ですが、これほどの目にあいながら、そしてこれほどの罵倒にあいながら、北朝鮮チームをきっちり取材し、いいプレーに拍手を送り(あ、サッカーの話)、アンヨンハを暖かく見守る日本人の「お人よしさ加減」は時々苛立ちますが、嫌いではありません。

最後にぶちかましますが、僕はこの国に生まれてよかったと思うこともあります。韓国や北朝鮮に生まれるよりも。そしてその「気持」を守りたいと思います。何とか。

実はここ数日、こちらのブログが開けないので「メンテ中?」と思っていたのです。
この記事の反響のせいで、重かったのかもしれませんね。

ところで、わたしは「保守のすぐれた論客」なんかじゃありませんよ~~
そう思ってブログにいらっしゃると、ヘタレなことばっかり書いてあってがっかりされると思いますので、先んじて書いておきます(^○^)

実は私も石原都知事に投票したんですが、彼のあの言葉の遣い方は本当に問題がありますね。小泉さんとは別に。
いらぬトラブルを巻き起こすからやめとけ、と思うんですけど、まあしょうがないですね、ああやって育ってしまったし。

開いた門戸を閉じるという件ですが(これ、何の根拠もないので大嘘だったらごめんなさい)門戸を開いたというのは、都の裁量(すなわち条例や公務員としての登用の際の条件づけ)で決められたと思うのです。時期的にみて、もちろん石原さんが知事になる前ですが。で、もし閉じる意志が彼にあるなら、同様の処置で「外国籍は都の職員に応募できない」とかという風にできるのではないかと考えたのです。(もちろん、そんなことしたら裁判起こるでしょうけれど)

北朝鮮の代表になったJリーガー、私もとても好感をもって見ていました。向こうでの合宿でどんどん表情が暗くなっていって「携帯がほしい…」と嘆いたのも「日本の若者らしい!」って思いましたし、どういうことで国籍がそのままなのかよくわからないんですけれど、すっかり日本人感覚、でしたね。バッジもそうそうに外してたし(笑)逆にまわりの「朝鮮総連うざいよあんたら」な感じ(^_^;)
在日三世のかたの有名なブログ「コリアン・ザ・サード」というのをご存知だと思いますが、あの方のような感じなのかな、と勝手に思っていました。

原告女性について。
「外国人の公務員管理職への拒否」というのが裁判の争点であったわけですので、別に在日云々に限ったことではなかったはずなんです。けれど、彼女の思想として、在日のまま地方参政権を得たいという運動をしている、ということは、やはり「自分が在日だから」という被差別意識のようなものを持っていて、管理職への任用試験を拒否されたことで、あの言葉となって出てしまったのかな、と推測したのです。

私も在日ではないので、例えば帰化したら保護団体から非難されるとか、逆に帰国したら差別されるとか、いろいろあるらしいのは存じていますが、日本が好きで住み着いたような白人は簡単に帰化してしまうのに、在日の方たちは頑な、と感じるほどに国籍を守り、そしてそのままの状態で「権利を寄越せ!」というのは私にはよくわかりません。日本について考えてくれるのか?最後まで責任をもつか?と問いたいのです(上の記事と同じですね。ごめんなさい)

そして実はブログ記事の「追記」で書いたように、あのリンク先を知るまで、私は彼女はもっと純粋に裁判を起こした方だと思っていたんです。
でも、バウネットジャパンの方やらソウソウたるメンバーと一緒に政治活動をしている、となると、ちょっとこちらのメガネに色がついてしまいます。しかも「在日外国人に地方参政権を」という運動です。それで、改めてあの記者会見を思い出して「ああそういうことかな」となんとなく腑に落ちる部分があったんです。
BigBanさんが政治活動をしていて、何か発言してどうの、というのとは根本的に違うと思います。上手くいえませんが、彼女の裁判自体が、彼女の思想をかけたものであり、純粋に「管理職になれないのはおかしい!」というものではないように思えてきたから、ということなのです。

ちなみに、幼児をかかえ、かつ病気である私は、保健婦さんと大変縁が深いです。いい保健婦さんもいらっしゃいますが、保健婦さんの一言に傷つくママも大勢いるんです(簡単に「発達障害の恐れあり」みたいなことを言っちゃうとかね)。彼女は、保健婦(あ、保健師だった!)としてどうだったんだろう?本人は「一生懸命仕事した」といっていても、果たして本当はどうだったんだろう?とちょっと思っています。


私も海外在住経験がありますが、有色人種ですから思い切り差別されました。差別されるという経験はいいことです。自分の母国がどこで、自分を保護してくれる国はどこか、ということを再確認することができますから。そして、私も日本が大好きです。日本人として生まれてよかったし、日本人で死にたいですね。(たぶん今のところはそうできると思いますが…)

こんばんは。ぶんだばさん。
ちょっと東京を離れていたのでコメントが遅れました。


>「外国人の公務員管理職への拒否」というのが裁判の争点であったわけですので、別に在日云々に限ったことではなかったはずなんです。けれど、彼女の思想として、在日のまま地方参政権を得たいという運動をしている、ということは、やはり「自分が在日だから」という被差別意識のようなものを持っていて、管理職への任用試験を拒否されたことで、あの言葉となって出てしまったのかな、と推測したのです。

私もそう思います。単なる外国人への任用拒否ではなく、「在日への拒否」として、きっと彼女は受け止めたのでしょう。それで、必要以上に強い発言をしてしまった。


>私も在日ではないので、例えば帰化したら保護団体から非難されるとか、逆に帰国したら差別されるとか、いろいろあるらしいのは存じていますが、日本が好きで住み着いたような白人は簡単に帰化してしまうのに、在日の方たちは頑な、と感じるほどに国籍を守り、そしてそのままの状態で「権利を寄越せ!」というのは私にはよくわかりません。日本について考えてくれるのか?最後まで責任をもつか?と問いたいのです(上の記事と同じですね。ごめんなさい)

日本について考えてくれるか、責任を持ってくれるかはわかりませんが、これだけ日本社会に根付き、定着しながら、国籍の変更を拒む。ここに、私達の社会が抱える「在日」の問題があると思います。それは彼らが国籍を変えない、帰化しないというその一点を以って、批判するというのではなく、総括的にこの社会として背負っていかなければならないと思います。これは自虐史観ではありません。問題を問題としているのは双方に因があると思います。民族への誇りやこだわりと、現実的な問題との間で身動きがつかなくなっている部分が在日の方の中にもあるのではないでしょうか。
しかし一方で、まったく問題の原点を認めず、歩み寄らずに、帰化しないなら帰れという極端論者も多く私達の社会にはいるだけに、それこそアンヨンンハのような新しい在日の世代とそれに拍手を送るこの国の新しい世代に期待します。もしかしたら、件の彼女は、そうした意味では「古い世代」なのかもしれません。

>そして実はブログ記事の「追記」で書いたように、あのリンク先を知るまで、私は彼女はもっと純粋に裁判を起こした方だと思っていたんです。
でも、バウネットジャパンの方やらソウソウたるメンバーと一緒に政治活動をしている、となると、ちょっとこちらのメガネに色がついてしまいます。しかも「在日外国人に地方参政権を」という運動です。それで、改めてあの記者会見を思い出して「ああそういうことかな」となんとなく腑に落ちる部分があったんです。

このことですが、「純粋に裁判を起こす」という範疇の中に、まったく連帯せず組織を頼らず一人で異議申し立てをする人というようなイメージがこめられているように思うのですが、私は彼女が自分の信念を通すために、支持者と連携し、組織的な運動をすることに抵抗感は持ちません。(これはこの問題だけではなく、一般的に感じることです)
最初に裁判を起こした時は、1人だったかもしれない。裁判の過程を通じてそうした組織と連携したかもしれない。あるいは、ぶんだばさんが気にかけるように、その逆なのかもしれない。
ですが、それはどちらでもいいことではないでしょうか?肝心なのはその「個人」なり「組織」なりの主張に正当性があるか、説得力があるかということなのではないでしょうか?

まあ、こういう私も主張に賛同できてもデモにも参加できない人間です。ですが、そうした自分の中のある種の生理的な「アレルギー」のようなものは、大きな流れの中では克服していかなければならない場合もあるのではないかと思っているのです。
本当に、その「闘い」に勝とうと思えば、あらゆる手段をあらかじめ消却すべきではありませんし、そのことを以って、その運動自体の動機を疑う必要もまたない。全てはしかるべき局面では戦略化されるでありましょう。大きなものを相手にするときには。そうではないでしょうか?


>ちなみに、幼児をかかえ、かつ病気である私は、保健婦さんと大変縁が深いです。いい保健婦さんもいらっしゃいますが、保健婦さんの一言に傷つくママも大勢いるんです(簡単に「発達障害の恐れあり」みたいなことを言っちゃうとかね)。彼女は、保健婦(あ、保健師だった!)としてどうだったんだろう?本人は「一生懸命仕事した」といっていても、果たして本当はどうだったんだろう?とちょっと思っています。

これは、あるいはそうだったかもしれません。ですが、そうではなかったかもしれません。彼女とその仕事ぶりを評価する材料を持たないので、何ともコメントできません。
繰り返しますが、残念なことでした。あのトーンで発言したことは。


>私も海外在住経験がありますが、有色人種ですから思い切り差別されました。差別されるという経験はいいことです。自分の母国がどこで、自分を保護してくれる国はどこか、ということを再確認することができますから。そして、私も日本が大好きです。日本人として生まれてよかったし、日本人で死にたいですね。(たぶん今のところはそうできると思いますが…)

僕は、かかる私の問題のために、この国で差別され、自由な就職もできませんでした。そのあと、自分なりの仕事を見つけ、かかる記憶は遠くなっていますが、決して忘れてはいません。忘れるべきではないとも思っています。
自分の存在意義の中に、かかる問題を無視せず、取り上げ、同様の思いを持つ人たちに対して何かを残したいと思っています。この意味では被差別者であり、全く別の事由で差別を受けている人に対して心情的に、共感しがちなのは拭うことのできない事実です。
そうしたことを全て踏まえても、踏まえても、希望は多くこの国にあるとまだ考えています。国の根本に希望を失ってはいません。

外国人を公務員にしていいかどうか、いろいろ議論がなされておりますが、これは既にOKと答えが出ております。

皆さん、「天長節」とか云う歌をご存じでしょうか。わが天皇を讃える歌で戦前の教科書に載せられておりました
作曲したのは宮内庁の楽師、奥好義(よしいさ)と云う人です。我がの国歌「君が代」は、一般には林守広が作曲者とされておりますが、実はそうではなく、実際の作曲者はこの奥好義実とも云われており、今でも奥家の人は、好義が作曲者であると主張しておられます。私もそうではないかと思っております。

さて、話は少しそれますが、管楽器奏者専門の雑誌としてパイパーズと云う雑誌が㈱杉原書店から毎月発行されております。http://www.pipers.co.jp/
この雑誌の古いバックナンバーですが、87年10月号にそのお孫さんの奥好寛氏が、自分たちの家ルーツは、約850年前に高麗から日本に雅楽を伝えに来た朝鮮系の血を引いていると明言しておられます。恐らく家系図があるのでしょう。つまり「在日高麗人」が宮内庁の国家公務員となり、雅楽を演奏し、天皇を讃える歌、さらに国歌まで作った実績がここに見られるではありませんか。純血主義と云うのは我が国の伝統と思われるならそれは大いなる誤解です。
「君が代」の歴史的背景とはここにある。一体誰のお陰「君が代」が歌えるのか、それを考えた場合鄭香均さんの「都国籍条項訴訟」における、最高裁での敗訴は、全く納得できない。しかしそうはいうものの判決後の彼女の発言は公務員としてふさわしくないと思う。

>東京都知事は、知る人ぞ知る、国粋的な純日本人主義を掲げる人物である。
>彼の外国人嫌いは知らぬ人はいまい。彼にある差別感は明らかに

>「純血の日本人」対「外国人」


ここで事実誤認を指摘します。
「日本人は最も雑多な人種である。
つまり、世界中の人間が東の端である日本に流れ着き生活を営んだ結果が、われわれの先祖である。」
と石原はいってるので、民族主義者では有りません。ただ、オリンピックやサッカーのように国と国とのぶつかりあいに対しては「熱狂的に日本がんばれ!」と檄を飛ばす熱い親父ではあると思いますが・・・。

あなた自身が「粗い差別主義者」だということがブログを呼んでよくわかりました。

こんばんは。

ほう。

>・・・・と石原はいってるので、民族主義者では有りません。

ですか。民族主義の解釈もずいぶんといろいろあるものだと感銘しております。

>粗い差別主義者

の意味はよくわかりませんでした。

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