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February 27, 2005

ちょうどこんな冬の朝

朝が危ない。
ちょうどこんな冬の朝だ。

目が覚めるとそれはやはり始まっていた。

生まれてから今までに起きた全ての悲しみや、全てのいやなことが、例えると、ちょうど野球のボールくらいの大きさにぎゅっと圧縮されて、体の芯を貫く。

何度も、何度も。

その圧倒的な破壊力に晒されて何もできず、体を胎児のように丸めてうずくまる。
早くこの波が過ぎ去るようにと、それだけを念じて、うずくまった形で、ひたすら耐える。

意味のわからない涙が次々と溢れ、記憶の奥底から映像が浮かんでくる。

あれは冬の夕暮れ。

暗くなった職員室で女性の担任は、何度も、
もう死にたい、もう死にたい
と訴える子供に当惑し、じっとその顔を見つめている。
教師のやせた、細い指が「強くなれ、強くなれ」と、何度も肩をさする。

ちょっと待て。
あれは自分ではなかったか。
あの子供は自分ではなかったのだろうか。

どうしてそれを忘れていたのだろう。
どうしてそれをおまえは忘れ、何もなかったような顔をして生きてきたのか。

違う。あれは僕ではない。僕ではない。
何度もかぶりを振りながら体を丸め、息を止めてこの発作が通り過ぎるのを待つ。
そんなわけはない。全ては思い違いだ。

大丈夫。この波さえ過ぎれば、大丈夫。
ちゃんとうまくやれる。
いつだってそうだ。うまくやってきた。

これからも大丈夫。
きっと大丈夫。

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Comments

忘れていた事を思い出す。
忘れたかった事を思い出す。
思い出したくないことを思い出す。。

私もこれがやってくるのは朝方です。
えもいわれぬ、ざわざわした気分がして、
目覚めると同時にそれに囚われています。
捨てられたという想いが、それに付随するたくさんの想いが。
じっとしてるしか術がない。。のです。
早く過ぎ去るのを待つだけしか出来ないのです…

ことばに表せることが苦しみを増幅させる。
湧き出した思いが苦しませる、綴る文字列が苦しませる、綴られた文字列がまた苦しみを新たにさせる・・・。

読んでいるだけの私にさえ疼きを蘇らせてしまうのですものね。

夜、それはすべての行動を終え床に入ってからだった。
しめつける悲しみとはらはらと落ちる涙。
何年も何年も毎夜のように眠りに落ちるまで抱きしめ、その指を握らせてくれていた・・・。

そして、今も共に暮すその誠実な人を、どんなに詭弁を弄しても裏切っているのだ。
その悲しみまで一気に蘇らせたあなたの文・・・。

はじめまして。
この年になってから、一段と幼少時のフラッシュバックがひどくなりました。これとどう向き合っていったらいいものなのか、思案というか苦闘しています。

人は、過去の記憶を無意識に改竄すると言いますが、自分の場合、相当の部分を苦しい余り、自分の都合のいい様に変えてきたことに最近気がつきました。

フラッシュバックは、何かのバランスを自分にとらせようという自己本能なのかもしれないと思っています。

そんな状態の自分なのですが、ここから、白さんに「何か」が届いたようですね。

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