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April 03, 2005

なぜ君が代を歌わないと処罰されるのか(2)----東京都教育委員会の違憲行動

前記事に続き、東京都教育委員会の10.23通達。正確には「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」の着目すべき問題点に触れる。

●職務命令の範囲の問題

通達では

>3 国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること。

として教職員の服務責任に言及している。
ここで、責任追求の根拠とされるのは「教職員が本通達に基づく校長の職務命令」に従わない場合である。職務命令の中身は、当然「憲法違反となる内容」を命令したのであれば無効であるから、(当然であるが)合憲の範囲に留まるのが自然である。

そうしてみれば、生徒や同僚に対して、「国旗掲揚や国歌斉唱に従わないように」指導活動し、実際に通達に即した儀式を妨害した場合に、職務命令違反を言うのは100歩譲って仮に認めたとしても、「国旗掲揚や国歌の斉唱」に際して「立席しない」行為を処罰するのは、「職務命令の範囲」を逸脱するのではないか。なぜならこの場合の「立席しない」という行為は「個人の信条の自由」の発露であり、立たないことが、自動的に「国旗の掲揚や国歌斉唱」を積極的かつ組織的に妨害する行為とは言えないからである。

先の記事にあげた憲法19条

(第19条)
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

及び公務員の憲法遵守義務を定めた

(第98条)
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

に矛盾する可能性のある通達内容であるなら、はなから「憲法の最高法規性」により職務命令も自動的に無効である。東京都教育委員会は、それに異があるのであれば、理の通った説明をするべき責任がある。


●入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針について

別紙では細かく国旗の掲揚方法、国歌の斉唱の方法に関して細かく定めているが、これらは「実施指針」である。実施指針は強制力を持つのか否か。
通常に考えれば「指針」という言葉を使うならば、「実施にあたっての一定の基準」であるに過ぎず、これに100%即して行うべき強制力はないはずである。しかるに、実は「「立席」や「発声」の義務はこの「指針」の部分に盛り込まれている。指針があるがゆえに、着席したままでいることができないのである。
これらの実施指針に従わない場合、先の「服務命令」に違反したとみなされるならば、これは「指針」ではなく「通達の命令内容そのもの」である。
然るに教職員及び生徒が、現行の儀式における国旗掲揚と国歌斉唱を妨害しなかったとしても、憲法に保障された「内心の自由」を保つために、着席もしくは斉唱をしなかった場合、それが個人的行為であるにも関わらず、教職員処罰の事由となるというのであれば、やはりこれは憲法19条、98条に違反している疑いがある。


●政府見解との関係

先の記事で見たように、政府は再三にわたって、「国旗国歌法」における、教職員及び生徒に対する強制を否定している。然るに、明らかに国旗掲揚と国歌斉唱を強制し、実質的に身分に関わる処罰を合理化する東京都教育委員会の10.23通達は、どのような根拠に基づいて、どのような権限で発令されたのかが不明確である。

各自治体は、条例や通達を出す権限を持つことは勿論であるが、当然ながら最高法規たる憲法に違反する疑いのある条例や通達命令は無効である。


●公務員としての教職員の遵法義務

公立学校の教職員が公務員である以上、通達に対して従う義務があるとされ、服務命令違反の処罰の正当化に使われているが、公務員にはまず最高法規としての憲法を遵守する義務が、何者にも優先する。当然自治体の条例や通達が憲法違反の可能性がある場合、しかるべき判断が確定するまで、この通達に従う必要はないのではないか。

以上が、ここまでの経緯に基づいて、僕が検討した通達の問題点であるが、法解釈に関して素人的解釈の謗りや不備もあろう。

そこで東京都弁護士会が2004年9月7日に表明した「「国旗・国歌実施指針」に基づく教職員処分等に関する意見」も目を通してもらいたい。
ここでは

「東京弁護士会は、東京都教育委員会の2003年10月23日付「通達」による学校行事等における「国旗・国歌実施指針」に基づき教職員の処分ないし厳重注意などの不利益扱いを行うことは、教職員及び子どもの思想良心の自由を侵害し、子どもの教育を受ける権利を侵害する事態を招くため、かかる処分等を行わないよう強く要望する。」

として10.23通達の基づいた東京都の処分に関しての重大な問題点として

「生徒に対して、思想良心の自由の説明をした教師に対して「厳重注意」がなされている点である。思想良心の自由に関する説明を許さず、国旗に向かっての「起立」や「国歌斉唱」の指導に従うのが当然と、心理的に強制する指導方法が強要され、生徒から思想良心の自由の行使の機会を奪うことが適切な指導とされているからである。」


「都議会での東京都教育長の答弁で、「卒業式で多数の子どもが『国歌』を歌わない、起立しない教師の指導力不足であるか、学習指導要領に反する恣意的な指導があったと考えざるを得ないから、そういった場合は処分の対象になる」旨が述べられている点である。生徒の「国歌」斉唱の際の「不起立」について教師に結果責任を問い、生徒に対する強制的指導を適切な指導であるとして、教師への処分を介して間接的に、子ども達への強制を示唆しているからである。
この点は、生徒に対し「起立して『国歌』を歌わないと教師が処分されることになるから、起立するように」といった生徒の思想良心の自由を無視した指導がなされ始めているとも伝えられており、憂慮すべき事態となっている。」

の2点を挙げている。特に問題となるのは、教職員への処罰の形式をとることが間接的に生徒への心理的圧力となり、間接的に生徒の思想良心の自由をも侵す結果となることに強く警告を行っている点である。

さらに

「本会は、東京都教育委員会の行っている、学校行事に関する10.23通達及び「国旗・国歌実施指針」に基づく上記一連の処分等の運用は、教職員及び児童生徒の思想良心の自由を侵害し、教育を受ける権利を侵害するものとなることから、これを深く憂慮し、今後、同通達に基づく教職員に対する処分ないし厳重注意等の不利益扱いを行わないよう意見表明するものである。」

として10.23通達に対して教職員及び児童生徒の思想良心の自由を侵害するものとして強く警告を行っている。


繰り返しになるが、この記事が問題としているのは、国旗や国歌の正当性ではないし、天皇制に関する思想の問題でもない。現行憲法に明らかに違反するとしか思えない、東京都教育委員会の一通達が、権威化され、あたかも確定法のように扱われて、実際に今日も現場の教職員や生徒に不利益と精神的苦痛を与えている実態を問題にしている。

なお、これに関して日教組の偏向教育を事由にして反論する向きがあるが、当サイトではそれはこの問題とは切り離して考えるべきであると考える。

東京都教育委員会は、一刻も早くこの通達に関して、明確な説明を行うか、あるいは直ちに通達を取り消すべきである。もしも現行の石原都知事の体制下、教職員や生徒に対して高圧的な越権行為が許されると考えているならば、大きな過ちであると言わざるを得ない。

現行の違憲訴訟等の進行に関して詳しいデータを今持ち得ないが、違憲訴訟以外、これを制止する手段がないのであれば、粛々と対抗すべきであろう。そう考える。

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Comments

とりいそぎ、挨拶もそこそこに失礼します
憲法の話は12条を併せて出さないと片手落ちになると思います
折角、他の粗製濫造君が代反対エントリとは違う、論拠をしっかり述べたエントリなのでそれは惜しい気がします。
--------------------------------------------
憲法第12条

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。
--------------------------------------------

これがなければ、たとえば、「思想良心に反すること」が万能の免罪符になってしまうためです。

ワーカホリックさん、アドバイスありがとう。全くその通りです。
憲法に保障されている思想や信条の自由は、公共の福祉のためには制限を受けることを押さえておかないといけませんね。記事中に加筆させていただきますね。

いえ、こちらこそダミーメアドでいきなり失礼しました

またもやダミーメアドで書いてますが、こればっかりはご寛恕ください、メアド一つしかないんで通りすがりの閲覧者が確認できる場所には晒したくないんです。

口出ししといてなんですが、私は現在、職場が修羅場状態なんでお話には参加できないんですが、たまに見にきてみようと思います。

それでは、失礼しました。

bigbanさん、ワーカホリックさん、こんにちは。
いきなりですが、「公共の福祉」という文言をひどく誤解されているようです。

この文言の適用がありうるのは、経済活動にたいしてのみであって、けっして思想信条の自由を制約するということはありません。
ばかりでなく、近代市民社会の原則は、いかなる規定をもってしても、精神の自由を直接侵すことを赦しません。

そのうえに、これは『緊急避難』の論理であって、制約一般を正当化する論理でもありません。
噛みくだいた表現をするならば「社会全体の利益のためには、どうしても個人の利益を害さねばならない場合もある」
「その場合はコミュニティの一員なのだから受忍せよ」ということです。
当然、その適用にあたっては個別具体的に厳密な基準でもって検討されるもので、
この抽象的な言葉を直接の根拠とすることも認められていません。

公共の福祉を理由に思想信条が制約できるなどと言うのは、失礼ですが、高校生以下の大間違いです。
なによりも、法体系を土台からひっくり返すような非常に危険な考えですので、よく注意して反省してください。

こんにちは。

>この文言の適用がありうるのは、経済活動にたいしてのみであって、けっして思想信条の自由を制約するということはありません。


>なによりも、法体系を土台からひっくり返すような非常に危険な考えですので、よく注意して反省してください。

反省を求められてしまいました。(苦笑)

憲法12条をベースに、(緊急避難であれどうであれ)無制限な自由の濫用を防ぐために公共の福祉という概念を「ストッパー」に使っていると解釈するのが、そんな「危険な考え」であるとは思えませんが。

私もワークホリックさんも議論の前提として12条を抑えておかなければならないということで、この条文のみをベースに主張を組み立てているわけではありませんし。

例えば「思想信条の自由」が内心の自由にとどまっている限り、これを制約することはできないのは無論です。ですがこれが外部に現れたときに無制限の濫用をする(例えばアナーキズムを信奉するために一切の法規を無視するorフリーセックス論者なので無差別に女性に襲い掛かる..例が悪いか)ことは、公共の福祉の観点から制限されますよという解釈でよろしいのではないのですか?

今回ケースで言えば、「立席しない」「斉唱しない」が内面の自由であると認められれば、通達の違憲性は明確なわけですが、これを政治的活動として公務員の政治活動を禁じた条項と対比させる主張もあるわけです。
いろいろな角度からこの問題を検証する上で12条もおさえておくべきであろうということです。

それに

>この文言の適用がありうるのは、経済活動にたいしてのみであって、けっして思想信条の自由を制約するということはありません。

という解釈はいかなるものでしょうか?何か参照できる場所がありますか?私も少し調べてみますが。

それと具体的な国旗国歌問題に関してAin't Nobody さんの憲法解釈ですと、どのようになりますか?

立席ゃ斉唱は行為であり、すでに「内面」ではないでしょう。思想信条にもとずく行為にたいして、指導や強制がどこまで認められるものなのかが問題なのでは?。「公共の福祉」という言葉に注目がいくのは、権力を持ったものがこの部分について都合のいい解釈をするのではないかという不安が現実の政治状況を見ていて払拭できないからです。
東京都の国旗国歌問題については違憲だとおもうが、愛国心を政府や行政によって教育であっても強制されることも許容出来ません。国民にたいしておよそ信頼も敬意らしささえも感じさせない政治家や官僚の傾向にこそ、愛国心を阻害する要因を認めるから。BB氏の論説の専門性からは沿わないコメントかも。

tamonさん、こんにちは。

>立席や斉唱は行為であり、すでに「内面」ではないでしょう。

行為であるのはわかりますが「政治的行為」とまで言えるかどうかということだと思います。

>思想信条にもとずく行為にたいして、指導や強制がどこまで認められるものなのかが問題なのでは?。「公共の福祉」という言葉に注目がいくのは、権力を持ったものがこの部分について都合のいい解釈をするのではないかという不安が現実の政治状況を見ていて払拭できないからです。

その通りです。

>東京都の国旗国歌問題については違憲だとおもうが、愛国心を政府や行政によって教育であっても強制されることも許容出来ません。

ここでは法的な議論に絞っており、直接扱っていませんが、私も同意見です。真の愛国心(定義が難しいですが)とは何なのか、思索の深みの足りない人たちがいます。
そうした人たちによっていったん法令化されてしまったものに、私達はどう立ち向かうか、そういう話ではないでしょうか。

おお、コメントが増えてますね

別に自分のブログではないですが、妙に嬉しいものです
なにやら反省を求められてしまいましたが、どうしよう。

Ain't Nobody さん
なんと言えばよろしいのか、穿ちすぎです
そもそもごく簡単に、思想・良心を直接侵すことなど洗脳でもしない限り不可能ですし。

それと、公共の福祉というタームの解釈については、逆に訊きたいのですが、いったいどのようなソース(論文?)によるものでしょうか?この単語の解釈についてはいまだ研究中であり、法体系の土台もなにも、比較的新しい日本国憲法においてさえその解釈は年代に応じて変化しているのですが…。

区切りが良かったのでつい送信してしまいました、一応、追記を

Ain't Nobody さん

公共の福祉の解釈ですが、なにか最新の流れについて資料をお持ちでしたら、もしネット上で確認できるようなものであればURLを教えていただけないでしょうか?私の知識は5、6年前のものなので些か古いものであることは否めません。

私用に使うようで心苦しいですが、申し訳ない>管理人様

いえいえ。

>私用に使うようで心苦しいですが、申し訳ない>管理人様

私もAin't Nobody さんの再来を待っている。
おそらく何か根拠があるに違いないと信じます。

Ain't Nobody さん。呼ばれてますよ。


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