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« 反日デモに際して---確かに朝日の記事もおかしい | Main | 本当は中国で何が起きているのか----制御しないのではなく、できないのではないのか »

April 17, 2005

反日--我らが我らであること。彼らが彼らであること。

大陸に渦巻く巨大な敵意は、黄砂とともに海を渡り、この国に、こうして日常を暮らしている小さな自分の心をざわめかせる。21世紀にあって尚、「愛国」の名のもとに、こうして巨大な敵意を浴びなければならない国と、浴びさずにはいられない国。その双方の不幸、そしてその限りない悲しさを思う。

今日の上海の反日デモは、当局の制止を超えて巨大化し、数万人規模に膨れあがり、デモ隊は日本総領事館に押しかけて投石するなど暴力行為に及んだ。付近の日本料理店など10軒以上がデモ隊の攻撃を受けた。

思えば「民主主義」などといった、私達が日常何の疑いもなく会話で使っている言葉が、私達の目と鼻の先にある中韓の2国に対しては、全くといっていいほど共通の言語として通じてはおらず、こうまで多くの群集が平然とあからさまに、私達から遙かに遠い地平で、悪意と偏見に満ちた暴力に訴えるさまを見るのは、例えようもなく、限りなく悲しい。

コンビニで昼食を買い、道をその袋を抱えて歩き、今日の夕方は雨になるだろうか。などと超日常的な暮らしを送るその時間の一瞬に、あの中国での反日デモの映像が不規則に脳裏によぎり、ここにいながら、こうして生きていながら、我らと彼らの間に横たわる巨大な不幸について思う。

なぜ、この国に生まれこの国の国民として生きることが、他国からこれほどの悪意を浴びなければならないのか。この数日、全ての日本人が、程度の差こそあれ自答し、そして心に傷を受けたと思う。さらに言えばこれは、おそらく9.11の時に全ての米国民が骨の髄まで知らされた痛みであろうし、パレスティナで日常的に綿々と繰り返されているユダヤへの怨嗟に、この世界の根本の不合理への怒りにつながるであろう。いや、あえてつなげていくべきであろう。

民族主義の悪とは「我らが我らであること」だけの理由で、彼らの全てを拒絶し侮蔑することである。そして「彼らは彼らである」というただ一点によって、彼らが彼らの立場を一方的に主張することである。

自らの国家や民族の正当性を、客観的な根拠もなく無意味にわめきたてる行為の先に、彼らにとって、そして我らにとってどんな意義のある未来があるというのか。
そんなことは100も承知していながら、幾度も幾度もこの世界の歴史はこの狂信的な民族主義の汚辱に沈められ続けてきた。

この国も無責ではない。戦時中に見られた日本一国の神国性を主張する狂信的な国家主義を、ようやく乗り切ったと思っていると、こうした局面で、相変わらず彼の国への民族の優越性を誇る----つまり「我らが我らである」という、日本人であるというそれだけの事由で、この国の主張をあからさまに通し、他国を愚弄しようとする人々がいる。

そしてかの国には、文化大革命の地獄の愚挙、そして天安門事件で、同族の間に多くの血を流した痛みの記憶に脅えながら、「愛国」の名のもとに、変わらぬ狂信的な他国排斥を煽り、敵意に顔を醜くゆがめながら、街頭に繰り出す愚かな数万の群衆と、それを利用しようとする勢力がある。彼らの言う「愛国」ほど自らの国を貶め、自らの未来を利さない言葉があろうか。

こうした我らと彼らの不幸を、悲しく、悲しく思う。

私達はいつになれば、自らの主張を、この愚かな、民族主義の自己中心的な文脈から開放し、言語と思想の体系を「互いに相手の立場を考え再構成する」という、客観的で冷徹な理性へと昇華できるのか。

領土問題にしても、歴史への総括にしろ、彼らのこの国への敵意は「彼らが彼らである=中国人である」ゆえに自らの正当性を主張するという、どうにもならない軌道を永遠に周回しているだけの、空しい営みでしかなく、それに対抗するこの国の論理も「我らが我らであること=日本人である」故の事由のみを主張することの限界を、未だ超えることができないでいる。

同じことは、米国でも、パレスティナでも、中東でも無限に繰り返された。いや今日なお、繰り返され続けてきているのである。

私達がそこを「超える知性」を持たない限り、ゆがんだ国家意識と愚かなる殺戮をこの星から消すこともまた永遠にできない。それを私達は知るべきであり、強く彼らに知らせるべきである。

上海で公使館に投げつけられたトマトの血の色に対して、同じ血の色で対抗しようとするなら、私達の顔もまた、愚かなかの地の群集と同じく醜く、醜くゆがむ結果にしかならない。子供達にそうした醜さを、愚かさを、今後100年も1000年も伝え続けるつもりか。

もちろん国家の誇りは守らなければならないし、安易な妥協は許されない。その上でなお、私達は「我らであること」も超えなければならないのである。いかにそれが苦渋であろうと。

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Comments

 紫藤です。こんにちは
 今回の記事に付きましては「世界・歴史の半分しか見ておられない」と言うのが私の感想です。
 「現在でも、日本人であるという理由だけで、この国の主張をあからさまに通し、他国を愚弄しようとする人々がいる」と書かれておりますが・・・
 
 言って置きますが、中国・韓国では「日本国旗を焼き、日本大使館に暴力デモが行われています」が、日本では「中国旗を焼き、中国大使館に投石するなどの”暴力デモ”」は”一切行われておりません!
 更に、あなたは「ブログでも中国・韓国を非難するな!」とも取れる記事を書いておられますが、そこまで”日本人が弱腰な態度”をとれば、「世界は”独裁国家・中国”のものになってしまう!」と心配するのは当然のことではないのでしょうか?!

 カリスマ美容師の”ん太郎さん”も「日本はモノをはっきり言わない国。これまでの弱腰姿勢にも原因があって”なめられた”部分もあるのでは」と言っておりますし、
 JC(日本青年会議所)の会員アンケート調査でも「中韓の反日”日本原因無い”が69%」「”中韓の主張を聞き入れるべきでない”が79%」とありますように、日本国民の良識・常識と、あなたの見解とは、かなり隔たりがあります。

 あなたは「民族主義を非難」しますが、”民族主義・ナショナリズム”を廃止すれば、「独善的なイデオロギー・宗教・カルト」が台頭してきます!
 その代表が昔は「キリスト教」、今は「共産党」「創価学会」です。
 ナチスは600万のユダヤ人を殺しましたが、
 共産主義は「全世界で1億1000万人もの人々を殺し」ました(仏人・クルトワの調査による”モスクワ放送”の情報公開による)。

 ”民族主義”よりも”怖いもの”があるのです!
 再度・言いますが、それは「(共産主義に代表される)独善的なイデオロギー・(創価学会に代表される)カルト(擬似宗教)」です。
 彼らは「民族主義を否定し、世界市民主義」を公式に唱えています。ですから「日本の良識あるナショナリズム」を不用意に排除すると”独善的・排他的な政党・宗教”に日本が支配される危険があるのです。

 もちろん、中国・韓国で行われている”古臭い・排他的なナショナリズム”を日本が採用する必要はありません。
 先進国では日本を含めて、このような”狂気の行為”はほとんど行われておりません。
  
 以上、結論として、あなたの記事は「結果として世界征服をもくろむ”独裁国家・独善的政党・独善的宗教団体”を利するのみ」でありますから、私は絶対に容認出来ません! 

そお?↑
あえて言いますけどぼくはそうは思いません

紫藤さん、こんにちは。

>「現在でも、日本人であるという理由だけで、この国の主張をあからさまに通し、他国を愚弄しようとする人々がいる」と書かれておりますが・・・

 
> 言って置きますが、中国・韓国では「日本国旗を焼き、日本大使館に暴力デモが行わ>れています」が、日本では「中国旗を焼き、中国大使館に投石するなどの”暴力デモ”>」は”一切行われておりません!

はい。小さい嫌がらせはともかく、基本的には平静です。これは大変に誇りに思うべきことだと私も思います。


>更に、あなたは「ブログでも中国・韓国を非難するな!」とも取れる記事を書いておられますが、

笑。そんな記事をいつ書きましたか?
私の中国・韓国カテゴリーの記事を全部お読みになった上でのコメントでしょうか?
私の記事の表現は、

「この国も無責ではない。戦時中に見られた日本一国の神国性を主張する狂信的な国家主義を、ようやく乗り切ったと思っていると、こうした局面で、相変わらず彼の国への民族の優越性を誇る----つまり「我らが我らである」という、日本人であるというそれだけの事由で、この国の主張をあからさまに通し、他国を愚弄しようとする人々がいる。」

中華民族に対する日本民族の優越性を主張する摩訶不思議な方向から論を展開している人に対して限定で言及しています。今回の事件では、先方の違法性に抗議し、違法な行動によっては何一つ動かないし、彼らのためにもならないと、外交で展開すべきだと言っている、そのどこがあなたの抗議に当てはまるのでしょうか?
紫藤さんがそのカテゴリーに属する方=妄信的日本民族優越論者なのかどうかは知りませんが。


>そこまで”日本人が弱腰な態度”をとれば、「世界は”独裁国家・中国”のものになってしまう!」と心配するのは当然のことではないのでしょうか?!

これは紫藤さんの妄想ですか?私の「幻の記事」も含めて。
ただあなたの危機感はご自由ですから、どうぞ。ただ、私は上記の記事を書いていないし、こうした脅迫的な被害妄想には乗れないということです。


>カリスマ美容師の”ん太郎さん”も「日本はモノをはっきり言わない国。これまでの弱腰姿勢にも原因があって”なめられた”部分もあるのでは」と言っておりますし、


それは誰?知りません。笑


>JC(日本青年会議所)の会員アンケート調査でも「中韓の反日”日本原因無い”が69%」「”中韓の主張を聞き入れるべきでない”が79%」とありますように、日本国民の良識・常識と、あなたの見解とは、かなり隔たりがあります。


不思議なことを言われる。私は他の記事でも断固としてこの違法な街頭の暴力行動に対して折れるべきではないという主張をしています。ただ、あなたがブログでなされているように、「民族的優位性」を主張していないだけなのです。おわかりになりますか?

それに、あなたの論の特徴ですが、引用元不明のアンケートや世論調査をもとに、「あなたは少数派ですよ。支持されていませんよ。だから間違い」と展開する傾向がありますが、主張は、何も多数派に属していないと間違いというわけではないのですよ。人生経験が豊富でおられるなら、それはおわかりになりますよね?


>あなたは「民族主義を非難」しますが、”民族主義・ナショナリズム”を廃止すれば、「独善的なイデオロギー・宗教・カルト」が台頭してきます!

ここも正確にいきましょうよ。私の表現は

「民族主義の悪とは「我らが我らであること」だけの理由で、彼らの全てを拒絶し侮蔑することである。そして「彼らは彼らである」というただ一点によって、彼らが彼らの立場を一方的に主張することである。」

民族主義が悪いとは言っていませんよ。民族主義の悪とは、民族主義の陥りやすい過ちという意味です。解説しないといけないんでしょうか。こういうことをその都度。

>その代表が昔は「キリスト教」、今は「共産党」「創価学会」です。

突然脈略が無い言動で全く意味が分りません。ご自分のところでご自由に記事にでもしてください。当サイトのコメント欄で上記の表現のみで特定の団体や宗教について根拠の無い言説をいただくことは、削除基準に触れます。以後、類似の表現あれば削除させていただきます。


>ナチスは600万のユダヤ人を殺しましたが、
 共産主義は「全世界で1億1000万人もの人々を殺し」ました(仏人・クルトワの調査による”モスクワ放送”の情報公開による)。


「ましたが」?ナチスより共産主義の方がたくさん殺しているということ?


>”民族主義”よりも”怖いもの”があるのです!
 再度・言いますが、それは「(共産主義に代表される)独善的なイデオロギー・(創価学会に代表される)カルト(擬似宗教)」です。

> 彼らは「民族主義を否定し、世界市民主義」を公式に唱えています。ですから「日本の良識あるナショナリズム」を不用意に排除すると”独善的・排他的な政党・宗教”に日本が支配される危険があるのです。

あなたの価値観は尊重しますが、この記事のテーマと全く関係がありません。ご自分のサイトでどうぞ。


>以上、結論として、あなたの記事は「結果として世界征服をもくろむ”独裁国家・独善的政党・独善的宗教団体”を利するのみ」でありますから、私は絶対に容認出来ません!

私からは、あなたは妄信的な大和民族至上主義者にしか見えません。これについてのあなたの反論が、あなたの独自の史観により、他の民族を蔑視することでしか得られないのであればこれ以上の議論は無駄ですからお引き取りください。議論に値する論理が作れるならいつでもおいでください。

そもそも、我々の民族性を、彼らより上位に置くことは、日本人としては大変に自己満足の得られる気持のいい話ですが、その論理の延長に、世界を相手にする外交の上でどんな可能性が生まれるというのでしょうか?

今一度問います。あなたは、民族の優劣を中心におかないと今回の事象を語れないのですか?私はその不幸を嘆きます。

今のあなたのサイトのテーマが「美しい日本」である以上、仕方が無いのでしょうが、あなたは中国に生まれればきっと「美しい中国」というブログを立て、中華民族にとって都合のいい数字ばかりあげて、日本人を愚弄し続けていることでしょう。
そういう意味で、かの地の街頭の人々と、あなたの間にはそれほど大きな差は私にはあるとは思えません。
そうした意味で、私はこの記事を書いたのです。正確な理解が無理でしたら、ご自分のサイトで自由にご活動を。そこまで私は止められませんから。

ナイスなフォローありがとう。(笑)
「白紙のプラカードの話」。ちょっと興味深いですね。私も調べてみようかな。

 いやぁ、突然すみませんでした。
 中国でのデモに関する記事をぱらぱらと見ていたのですが、この人の意見、あまりにもおかしいと思ったので、つい、余計なおせっかいを。
 BigBanさんの意見は、「中国ではどんな教科書を作っているのか見せて」という発言など、怖いくらいバランスが取れていて、正に正論だと思いますね。

紫藤さんって壮大な釣りなんでしょうか。おもしろいですねえ。

こんばんは
一日考察のたかしと申します。
いつも当ブログのような稚拙な内容にTBありがとうございます。
BigBanさんのブログ拝読しました。
支那中共政府に対しての私見は当ブログにて公開しておりますのでご指摘などありましたらコメントお願いします。
民族・政治・国家観には人それぞれ様々なご意見をお持ちだと思いますので今後とも宜しくお願い致します。

たかし拝

standpoint1989さん、ご無沙汰です。訪問していただいてありがとうございます。こんな調子でのたうちながら(苦笑)やっています。今後ともよろしく。

たかしさん、コメントありがとうございます。
中共の人々を、甘く見ないほうがいいという記事、興味深く拝見しました。

この30年くらいのスパンで考えても、中国には1976年天安門事件があり、韓国には1980年光州事件があった。いずれも自国の市民の血で血を洗う惨劇だった。彼らは少なくともここを通ってきている。

街頭に出た市民の怖さを本当に知っているのは、日本ではありません。彼らです。あるいは、中共が本当に恐れているのは日本ではなく自国民なのでしょう。政情は意外と不安定であるという情報も伝わってきている。彼らにしても正念場かもしれません。


光州事件と天安門事件の傍らで、成長とバブルを享受したこの国が、手強い中共政権と、中国の群集(暴徒)という得体の知れないものに今、のっぴきならない形で向き合っているのは確かだと思います。

腹を決めて向かわなければならない。常任理事国を目指している我が国でありますから。ここは交渉の鍔迫り合いで負けてはならないと思います。

それだけに、(ここで軍事衝突はできませんでしょうから)外交的に勝利するために、足元を固め、かの国を逆に追い詰めるような交渉を、町村氏にはしてもらいたい。

かなえられるかどうかはわかりませんが。

みなさんの意見を見て、また他の報道等を見ながらふと思ったことですが、どうも中国や韓国の人達は日本人が思っているより以上にはるかに強く日本に対して深刻な警戒心を抱いているらしい。むろん反日教育や政府の対日カードや国内対策の要素は有るのでしょうが、世界で2番目の経済力をもった隣国が、海外派兵や憲法改定(改正とはいえない)の動きとか国連の常任理事国願望のこと、そして領土問題などの流れの中で過去の屈辱を想起させたとの要素は否定出来ないのではないでしょうか。過去に侵略の事実があり、いま強大な経済力を保持しているこの国のありかたを今考え直してみようと思っています。ふたたび悲しい歴史を作らないために、より正確で詳しい情報を切実に期待しています。

TBありがとうございました。・・・あとの言葉が続きません。あんなに、混乱している文にタイミングよくTBくださり、助かりました。

こんばんは。

>どうも中国や韓国の人達は日本人が思っているより以上にはるかに強く日本に対して深刻な警戒心を抱いているらしい。むろん反日教育や政府の対日カードや国内対策の要素は有るのでしょうが、世界で2番目の経済力をもった隣国が、海外派兵や憲法改定(改正とはいえない)の動きとか国連の常任理事国願望のこと、そして領土問題などの流れの中で過去の屈辱を想起させたとの要素は否定出来ないのではないでしょうか。

確かにそういう要素はあると思いますが、日本も何もやらないで、「おとなしく」謝罪し続けてこの世紀も過ごすわけにはいかない。果たして責任を果たせる能力があるかどうかは別として、常任理事国入りを目指すこと自体は私は支持します。問題はこうしたことの一つ一つが、中韓の過去の教育体制と相まって、非常にいやな雰囲気でこの終戦60年といういやな時期に集結してきていることですね。

ただ別記事でも書きましたが、これは中国自体をも無傷ではおかないように思います。

お久しぶりです。Salieriさん。
途中で言葉の出なくなってしまったSalieriさんを、やはり僕は信頼していますし、微細な差はもちろんあっても、大きな考え方は近いところにいるのではないかなあ、と勝手に想像しています。

書き始めたことを、最後まで書き抜いてしまう。反論されると、それに対して反論しつくしてしまう。それも自分の一面ですが、沈黙や逡巡の重さもそれなりにしっているつもりなんですよ。これでも。

とにかく思想はともかく、感性として、今回のことはつらいです。そればかりも言っていられないので、前へ進む言説を行おうと思うんですが・・少しでも。


こんばんは。
さきのコメントの補足になるのでしょうか。
私は日本の常任理事国いりを否定していないし、謝罪を続けることが必要かつ有効だとも思っている訳ではありません。相互の認識のズレをもっと修正してゆかないと、自分達の将来にとって好まない状態に陥りそうだと懸念しているのです。今回の事態での日本での反応は”なぜ??”ではなかったでしょうか。謝罪の言葉も重ね、経済援助も続け、相互に抜き差しならぬほどの深い経済関係があり、人の交流も積み重ねているではないか。なのにどうして?でありませんか。
しかし現実は反日教育を受ける前の世代の人達も、現に日本に留学している人達も、行動の乱暴さは否定しても、心情については共有しているコメントを聞きます。その因を中国の政治政策にのみ求めることにはいささか無理がありませんか。ここまでIT通信が発達してもなをこうです。
当然日本は主権国家として主張すべきことは言うべきです。
しかし近隣諸国との信頼を育てていくには、相互認識の違いを確認するだけでは前に進めないし、自国の安全保障や経済活動の拡大にもつながらないでしょう。この後中国が無傷ですまないどころか、私達の現状にさえ無傷ではすまないだろうに、はてさて・・・一緒に考えさせて下さい。
やはり、どこかに基本認識を取り落としているようでね。

こんばんわ。yusukokoこと普通の主婦です。とても興味深いブログを拝見させて頂きました。今日初めてブログというものを読んで、初めてこういうコメントをします。

ただ、言いたかったのは、読んで、すごく勇気づけられて嬉しくなったということ。

最近の反日報道をTVで見るたびに、なんとなく煽られているような気がしています。。でも、日本人はその痛みに耳を傾けず、このデモの狂気ばかりを取り上げて、なぜ彼らがそうしているか、を考えてないような。

第二次世界大戦中、私の祖父は、日本兵に殺されました。日本兵は大戦中ここ沖縄で、多くの民間人を暴行し、食べ物を略奪し、そして殺しています。だから彼らの気持ちは、とてもよくわかります。最初反日デモをしたとき、拍手をおくりたいくらいでした。

。。。話が広がってうまくまとまりませんが。

もう戦争はしたくありません。
ただそれだけです。

すみません。コメントするのも恥ずかしい内容です。

BIGBANさん、これからもブログ読むのを楽しみにしています。頑張ってください。


こんばんは。

ちょっとそれたことを書きますが、ここでも記事を書いたのですけれど、私はどんなことも一つ一つつぶしていくしかないと思っているのですよ。

教科書については一緒に研究会でもやればいい。一ついえることは、日本の教科書は確かに自国に都合の悪いことを間引いて書いてあるかもしれないが、少なくとも他国を貶めるような記述もない(はずです。全部読んではいないけど)

中国韓国の教科書は、自国に都合の悪いことを書かないだけでなく、他国=日本の攻撃に相当量を使っている。

彼らの教科書に書いてある史実が事実ORNOTは別として、何十年も前の史実に、こうまで攻撃的な感情を植えつける教育の先に何があるのか。こういう姿勢でいったいどこに国際的な結路を見つけようとできるのかがわかりません。

自国の過ちを書きたくないという消極的な「偏り」の方がまだ心情的に理解できるような気もするが、他国を攻撃する教科書というのはどうなんだろう。
教科書のことを言われると日本で感情的になるのはどちらかというとナショナリズムの要素が強い人だけれど、この際向こうの教科書も改めてもらう方向に持っていくやり方もあるのではないだろうか。逃げずに。

というようなことを考えます。

こうして一つ一つ、向かい合っていくしかないのではないかなあ。あっちの話ももちろん心を込めて聞きながら、駄目は駄目とね。

暴力的行為に対して屈した形ではいかなる譲歩をすることも、私は反対ですが・・

かみあいましたかね?話・・不安。
ではでは。

こんばんは。kokomamaさん。
来ていただいて、コメントも残していただいて大変にうれしく思います。

>第二次世界大戦中、私の祖父は、日本兵に殺されました。日本兵は大戦中ここ沖縄で、多くの民間人を暴行し、食べ物を略奪し、そして殺しています。だから彼らの気持ちは、とてもよくわかります。最初反日デモをしたとき、拍手をおくりたいくらいでした。

>。。。話が広がってうまくまとまりませんが。

>もう戦争はしたくありません。
>ただそれだけです。

子供の頃、戦争は頭のおかしい人が起こしたのだと信じていました。人を殺すことを国が命じる、許す。それも大量にということがどうしても理解できなかったのです。
今では、いろいろなことを調べ、学んで(しかできないのですが)戦争は普通の人が普通の生活をしているうちに起こすのだとわかってきました。

そういう意味では一瞬も油断ができないような状況というのがある。細かいことを許していると、(例えば狂信的な国粋主義とか理由もない他民族への偏見とか)とんでもない方向に、普通の人が流れていってしまう。
それがわかってきました。

このブログも、ずいぶんたくさんの人が来てくれるようになってきたので、少しでも気持のどこかに何か残していければと思って、結構のたうちながら書いています。微力ですけれどね。こういう力も集まれば何かを動かせるのではないかと思います。

長くなりますが、僕は、戦争は本当に最後の最後の手段だと思いますが、戦争そのものの廃絶には懐疑的です。世界の国家の全てが外交で、あらゆる問題を解決できるようになるには、深く人間の限界というか人間性に思いをいたし、そうしたことが私達に可能なのか考えると、現状を見る限り、あらゆる力の放棄はできないという思いを強くします。

ただ、日本人はその最後の力、それを使うかどうかのぎりぎりの真剣さを他国、米国にゆだねている。どうにかなれば戦うのは他国の兵士であると思うから、外交にもぎりぎりの真剣さが足りないように思うのです。

長くなりました。こうしたことはまた別の機会に。

とにかく、今後ともよろしくお願いいたします。


僕はなぜ教科書なのかと思います。歴史は、科学ではなく物語や文学に近いものです。歴史教育の内容が国によって異なるのは当然のことであって、これを異なる国家間の共通認識にしようというのはものすごくむずかしいです。例えば、沖縄は日本領土か中国領土かという問題まで引っ張り出すことになります。竹島はどう考えても日本領ですが、沖縄は「歴史」的に考えると、かなりやっかいなことになります。中国の伝統的な歴史観と西欧で生まれた国民国家という概念にはズレがあって、今の中国のああした行為は、そのズレによるものではないかなと思います。

教科書にはああ書いているけど、実際はまあこうだったじゃあないですかという感覚というか信頼を日本人と中国人の間でお互い持つことができるようになれば、学校の教科書などどうでもよくなるのではないでしょうか。まあ、それができないから、こうやってもめているわけですが。

歴史は解釈に拠る部分が大きいですね。専門的な歴史家が細かい事実関係にのみ言及しがちなのは、大きな物語に言及すると、学問的共通言語が失われてしまうからですが、教科書問題で浮かび上がっているのはまさしくこの「大きな物語」の部分ですね。
私もこの点、共通理解はむずかしいだろうと思います。
私はしませんが、もしやろうと思えば、学問的には一分の誤りもなく、大日本帝国を全面的に肯定的に書くことも可能ではあるのです(あるいは全否定することも)。
事実に対してどのように評価するかということですね。
もし共通理解の教科書を作るのであれば、両者の基本的な思想信条をすりあわせる必要があります。それを価値の起点として、そこから自国の歴史を批判すると言うことは、日本人には可能でも中国人・韓国人にはそういう用意は出来ていないのではないでしょうか。

こんにちは。

>僕はなぜ教科書なのかと思います。歴史は、科学ではなく物語や文学に近いものです。歴史教育の内容が国によって異なるのは当然のことであって、これを異なる国家間の共通認識にしようというのはものすごくむずかしいです。例えば、沖縄は日本領土か中国領土かという問題まで引っ張り出すことになります。竹島はどう考えても日本領ですが、沖縄は「歴史」的に考えると、かなりやっかいなことになります。中国の伝統的な歴史観と西欧で生まれた国民国家という概念にはズレがあって、今の中国のああした行為は、そのズレによるものではないかなと思います。

そうですね。私はこの際先方の教科書にも口を挟めるような「戦闘的教科書協議」(苦笑)を主張しているのですが、実際のところ、協議の先行きを考えれば空しさも感じますし、おっしゃるとおり、歴史とは諸民族の数だけある物語であるということも、全く賛成です。
その上、国定教科書を使っている中韓とは違い、この国の教科書検定は、批判こそあれ、民間の多様な考えをある程度保証しているものであり、かの2国とは根本的に違いがあるということが理解されていません。

そうであれば、確かに協議の前途に空しさを感じるのも事実ですが、中共が、天安門以後展開した、偏った反日教育が、あの街頭の群衆を生んだかと思うと、教科書問題を放置できないのは実は日本の側なのではないかなどという思いにもかられるのです。

おそらくそのような試みを始めれば紛糾に紛糾を極めるでしょうが、「都合の悪い歴史的事実に日本が一方的に逃げ回っている」絵を描かれている今よりもましではないかと思うのですが。もっとも、そのことで傷を受けるのは中韓の2国かもしれず、そう簡単に自国の教育体制も俎上にあげてくることに同意するとも思えませんが。


>教科書にはああ書いているけど、実際はまあこうだったじゃあないですかという感覚というか信頼を日本人と中国人の間でお互い持つことができるようになれば、学校の教科書などどうでもよくなるのではないでしょうか。まあ、それができないから、こうやってもめているわけですが。

その通りです。


>もし共通理解の教科書を作るのであれば、両者の基本的な思想信条をすりあわせる必要があります。それを価値の起点として、そこから自国の歴史を批判すると言うことは、日本人には可能でも中国人・韓国人にはそういう用意は出来ていないのではないでしょうか。

真魚さんへのコメントにも書きましたが、実際に自国の教科書まで含めて共通の俎上にあげようとすれば、かの2国は猛反発するでありましょう。そうした意味で、そしてお二方がおっしゃる歴史論としても、現実性がないように思われます。
まあ、こうした冷静な客観的議論に乗るような国民性とは思えませんしね。かの国も。

そういう意味で、私の提起は、実現性がないことを知った上で、あえて相手の主張の不合理を知らしめようという、少し「いやらしい計算」があるといってもいいかもしれません。これを認めるのはいやですけれど。

当国のみが歴史認識から一方的に逃げ回っているのだと国際社会に受け止められるよりはましなのではないかと思いますがどうでしょうね。


こんなおもしろい釣り師がいらしてたんですね(笑)終わっちゃってつまんない。
というアタマはおいといて。

私もStandpoint1989さんと同意見です。
歴史、なんてものは、

あるわけのわからない物体が暗闇の中に置かれている。
一方から光をあてると球体に見える。
別の方向から光をあてると立方体に見える。

みたいなもので、見方によってどうにでもなるものだと思います。したがって「共同研究」は合意を得る事はありえない、と思います。だって見ている形が全然違うんだもの!
まして日本人と中国人では国民性もまったく異なりますし。

ただ
>当国のみが歴史認識から一方的に逃げ回っているのだと国際社会に受け止められるよりはましなのではないかと思いますがどうでしょうね。

こう思われちゃうんでしょうかね?
だいたい、国定教科書でもない教科書に文句をいうこと自体が余計なお世話なのに、なぜ「歴史認識から逃げ回っている」と「国際社会」に受け止められてしまうんでしょう?

それは日本がアピール能力なさすぎるから。
中国はうまいです。写真の捏造もやりました。記念館も作りました。ないことも、作ってしまえば「事実」になっちゃいます。
デモだって、アピールの一つ。

それが日本は土下座外交、と昔から言われていますが、日本としての「矜持」がない。
どうしてこんな国になったのか、ってアメリカのおかげですけど(笑)それこそ日本人の間で、歴史認識をすり合わせたほうがいいかもしれませんね。土下座しないでいられるように。
日本人は誇りがなさすぎる。それが私は「なにより」イヤです。ええ、戦争をするよりも。

でもこういうのって結局憲法を変えて軍事力をもって、ってところから始めないとダメそうな予感がして、気が遠くなりそうです。私が生きている間に「誇り高き伝統ある日本」は戻ってくるのでしょうか?

あ、コメントに対してのみコメントしてしまったので、最後に記事に対して。
私は、あのデモをみて、少しの心の痛みも覚えませんでした。領事館を汚したのは腹が立ちましたけれど。
だって「何も悪い事をしていない」のですから。報道すら、ネットで言う「壮大な釣り」に見えました。釣られたくなかったものですから。
そして結果的には「華麗にスルー」した一般日本人が、私は好きです。
自問自答した方ももちろんいらっしゃると思います。
ただ、9.11のアメリカ人の反応はネットで言うと「脊髄反射」(結果的に失敗だったし)であり、アレはよくなかったと思います。亡くなった方はもちろん気の毒ですが、ことほど左様に国民性はそれぞれ違うのです。
特にアメリカは世界の中心だと思ってますしね。中国もか。

>それは日本がアピール能力なさすぎるから。
中国はうまいです。写真の捏造もやりました。記念館も作りました。ないことも、作ってしまえば「事実」になっちゃいます。
デモだって、アピールの一つ。


いろいろありますが、この点は全くその通りです。外交力が足りない。中国のような露骨さを、日本人の美意識が許さないと言えば、それまでですが、国際社会を向こうに回して渡り合っていく外交力は、宣伝活動も含めまだまだです。

全体的に、(一部おばかさんが日本にも出ていますが)総じて日本人は平静を保っているようで、その点に関しては嬉しい限りですが、これがまた中国の愚か者達の、温度をあげるのでしょうね。

一部では出ていますが、今回のデモを指揮しているのは米国在住の華僑であり、その真意は反体制であり反日ではないと聞いています。

どういう展開になるでしょうか。予断を許さないところがあります。

日本としての矜持は、僕も示してもらいたいのです。教科書で言えば、相手に「表に出ろ」と言われて、「いや当方は検定が・・反省が・・表に出るのは今はちょっと・・」などと言わず、堂々と表に出てもらいたいという気持が(笑)あるのかもしれない。

いったいどこがどう、おかしいというのか、十分相手にしゃべらせれば、結構相手も馬脚を現すのではないかと思いますし、数々の歴史に口をつぐみ、近代史を専ら日本の所作にかぶせている中国の歴史認識も、国際的な俎上にあげてもらいたいと思います。


>でもこういうのって結局憲法を変えて軍事力をもって、ってところから始めないとダメそうな予感がして、気が遠くなりそうです。私が生きている間に「誇り高き伝統ある日本」は戻ってくるのでしょうか?


とかく申す私ですが、日本の軍備は支持しますし、憲法も9条に関しては改正すべきだと考えています。集団安全保障は別ですが。
軍を持つ持たないではないと思うんですよ。議論の核が、平和論としても違っていると思います。自分の国だけの一国平和主義が今まで世界に何をもたらしたのか・・
・・って長くなるし自分でテーマ外しているので、これはまた。

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