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May 31, 2005

もちつけ。真性引き篭もり氏。(3)------ちゃっかりRSSリンク集

真性引き篭もり氏が、今のところ住み慣れたゲームの世界に戻った(ように見える)こともあり、この話題関連のリンク集をつくる余裕が生まれてきたダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングであった。

※カタカナ表記の時は、「ビッグバン」でいいと思うぞ。引き篭もり氏。

転んでもただでは起きずに、このことから物事を発展的に・・見苦しいか?悪かったよ。

ともかく以下を参照のこと

驚いちゃったよ---ちゃっかりRSS(BigBan)
→言わずと知れた発端記事。いまや初動の間抜け振りを晒して存続している。あ。俺か。

[blogmap] Re:「驚いちゃったよ----ちゃっかりRSS」 (01:22) - tdiary.ishinao.net (2005-05-27)
→ishinaoさんの対応記事。blogmapに関してまとまった論評をするのは珍しいらしい。敏速対応感謝。

●JASRACブロガーBigBangは足を痙って改名しろ。(真性引き篭もり)
→孤高の天才ブロガー真性引き篭り氏(hankakueisuu )の第一弾スカッド。はてな陰謀説=はてなに雇われて1470をつぶそうとする悪のブロガー=BigBanという「電波」を巧みに散りばめて、このテーマをバーストしてくれた。変なあだ名をいただいた。

●もちつけ。真性引き篭もり氏。(BigBan)
→まあ、落ち着けよとhankakueisuに説得記事。今読み直すと甘ったるくてやだね。記事の甘さに反して実は裏では非常事態宣言?

●「JASRACブロガーBigBangは足を痙って改名しろ。」とは何か。(真性引き篭もり)
→余りにも電波と、練りに練ったテクニックを散りばめすぎた前作にコメントせざるを得なくなったか。自分で自分の電波の波及効果を畏怖したか。前作に続き徳保隆夫氏にスカッドを打ち込むことで戦線拡大。

●もちつけ。真性引き篭もり氏。(2)-------ダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングの反論 (BigBan)
→ようやく反論の体制が整ったBigBanの第2弾。「原状回復への協力」を拒絶。ハッカーには愛を、には賛同。

趣味のWebデザイン ツッコミ屋の有為転変(徳保隆夫)
→スカッドを打ち込まれた徳保隆夫氏のサイト。何だか文末が悲しい。

各方面へ怒りをぶつけ続けて2年半、これは一般人にはお勧めできない、とはつくづく思った。で、いつの間にか 2ch の
徳保スレもなくなり私は「過去の人」に。今回も現役とロートルの差を実感。勝ち目なし。爺の繰言を書けば、現役のツッコミ屋に対しては、濁さんやアルヲさんのように勝ち逃げしてほしい痛切な希望と、みんな地獄へ落ちろという気持ちがある。私は俗物だから(中略)希望を書いても嘘に見えようが、それはそれでホントの気持ちなんだな。

ARTIFACT-人工事実-RSSを収集しているサービスは個別のブログに何かを還元できないか?
→混沌の状態の中でも必ずこうした知性が現れる。ブログ界捨てたもんじゃない。

blogmap内だと、ishinaoさんのアソシエイトIDがつくけど、そのデータを利用してブログ管理人にもメリットがあるようにすれば、サイト情報のところに、ishinaoさんのアソシエイトIDがついても、不満は減らせるんじゃないかと。

大賛成である。ぜひishinaoさんの英知を。
で、以下はARTIFACTさんのところでまとめてくれたリンクを大いに利用。


はてなブックマーク - BigBang: 驚いちゃったよ----ちゃっかりRSS
→今回はじめてじっくりと、はてなのブックマークとコメント機能を見たよ。面白いねえ。「やっぱこいつはJASRACだ」などとはき捨てられると腹立つ。(笑)「バカ」とかね。

『[パソコン・インターネット] 驚いちゃったよ----ちゃっかりRSS』のネットでの評判 - blogmap
→「お父さん、自分でいちゃもんつけたくせに、blogmapをリンク集で使っている人がいます」
「気に入ったんだよ、きっと。そっとしておきなさい」

CAXの日記 - まだ微熱気味…… 驚いちゃったよ----ちゃっかりRSS
(CAX)

話は変わってしまいますがこれって、何度か話題になったことがある「ニュースサイトの情報元を表記するか?しないのか?」の問題に近いような気がします。
つまり、情報元として〔
アソシエイトID〕がキチンと付記してあれば、(データが抽出されているので、気持ち悪いかもしれないが)「ちゃっかりRSS」とタイトルを付けてまでは言われなかっただろう(笑)。
この問題の場合、「(情報元を記載されなかった為)アクセス数を掠め取られた」という印象を与えていたのが大きかった、と個人的に思っている。


ふむ。なるほど。ニュースサイトの情報元というのはユニークな例えですね。

audiofan.net: ちゃっかりRSSって面白い表現だ

→piano.jpというRSSリーダーを紹介してくれている。RSSを整形して読めるようにしたページそのものが検索エンジンにも引っかかるということだ。

smashmedia: ちゃっかりサイト


「インターネット上に公開されているリソースは無断で使われてもしょがない」という前提と、「その中でのマナーやルールを作っていきましょう」という理想論はいつも同時に語られなきゃいけないと思う。

引き篭もり氏もそうだけど、特にプログラマーやハッカーはアフィリエイトIDを「公開されたインターネットの資源の一部」と考える傾向がある。IDは「ソース」でも「リソース」でもあるまい。例えて言うなら個人の電話番号のようなものだと僕は思うが。

●はてなダイアリー---ちゃっかりRSSとは
→うわっ。はてなにキーワード登録されてる!


(番外)

スレ違いがなおのこと面白い -はてな陰謀論 第二章- (渋谷系@はてな)
→ここも面白そうなんだけど、何が言いたいのか文章読みにくい。そもそもアフィリエイトなんかすんなよ!ってことかな・・あ、ごめん。批判しちゃった・・


真性引き篭もり 俺ルール徳保隆夫の卑怯系
→徳保隆夫氏へのスカッド第2弾。

当ブログはコメメント欄もトラックバック欄もフル解放である。トップページからのリンクが消えてしまったらアンフェアだと思い、表示数も5→10→20と拡大しまくってきた。物凄いノーガードである。

へー。「アンフェア」なんて市民的な言葉を持っているんだね。(感心)

2005 05 31 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(10) | トラックバック

May 29, 2005

もちつけ。真性引き篭もり氏。(2)-------ダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングの反論

うーん。セカンドエントリーがあがったようである。

「JASRACブロガーBigBangは足を痙って改名しろ。」とは何か。

#電波系を意識的に装いながら前記事にも、マジレスも求むという姿勢のようだから、少しマジレス度のレベルを上げるよ。

この中で真性引き篭もり氏は前回のエントリーの趣旨を解説し、それは次の3つであるとしている。

>・優先度1。「個人→大衆」(僕→ハッカー)
無料のインターネットを構築している人間へ敬意を示す事。

>・優先度2。「大衆→大衆」(無料に感謝→無料に当然)
インターネットは無料が当たり前だと考えている人達への嘲笑。

>・優先度3。「個人→個人」(僕→BigBang)
対象者(BigBang)へメッセージを伝える事。

さらに、これに加え

>・優先度0。「大衆→個人」(読者→僕)
著者(真性引き篭もりhankakueisuu)は毒電波だ。

を前記事に「非常に強く被せ」ることにより、「読み流せば、これのみが伝わるように書いた」のだという。

毒電波のテクニックを使いながらも、優先度1~3の主張はマジだぜ。ということなので、最初に書いたように、こちらも少しはマジ度を上げてお答えしようと思う。

まあ、はてな陰謀説は面白い人には面白いんだろうけれど、僕はあまり関心がないし、僕が答える理由も必然もないのでスルーする。

また、優先度1-2は真性引き篭もり氏の記事内容に基本的に異議がない。本人もこのあたりは異議の入りようはないだろうという基本姿勢であろうから、それを追認してもしょうがない。もっと言えば、これはごく当たり前の内容なので、よって、これも認めつつスルーする。

BigBanは、限り有る自分の時間と資源を有効に使いたいタイプなので、上記のうち

>・優先度3。「個人→個人」(僕→BigBang)
対象者(BigBang)へメッセージを伝える事。

に該当する内容について、特に今回経緯と、特に140に対してとった自分の発言とそれに対するコメント、そして今回の真性引き篭もり氏の、自分へのメッセージに対して限定して答えることにしたい。

もっとも、限定するとは言っても、今回僕がこの件でとった態度が優先度1~2に抵触するとは全く思わない。
そうした「低い」(とあえていう)次元の問題でもなければ、「古い」問題でもない。
ナーバスな、RSSフィードで収集された記事とアフィリエイト広告表示の権利の問題であり新しくナーバスな問題である。

真性引き篭もり氏は、ご自分の論旨のまとめ方のテクニックの解説にあまりに多くの言辞を費やしているためか、この問題の本質について、(理解していないわけは無いと思うが)殆ど触れずに、問題を再度私とishinao氏、あるいはハッカーへの敬意という感情論に振り替えているように思える。

ことは、そう単純ではない。

【経緯の再確認】

最初の僕の記事はこうだ。

「驚いちゃったよ----ちゃっかりRSS」

RSSリーダーがそもそもなんなのかは、わかっているつもりだし、自分も使っているから文句は言えないんだけれど、それにしても

http://1470.net/bm/siteinfo/54438


ここを見たら驚いちゃったよ。

こんな風にインデックス化されて、アマゾンのブックリストも・・それプラスサイト管理者側の広告も挿入表示されていて・・なんだかすごいねー。ちゃっかりRSSと言ったら言い過ぎかもしれないけれど。

#アフィリエイトなんて、かすめとりっぽくない?ありかあ・・?こういうの。

この記事について僕自身が認める問題点は以下の2点。

(1)1470のblogmapのサイト趣旨や利用の実態について十分確認する前に、タイトルに「ちゃっかりRSS」という、受け狙いの安直なタイトルをつけてしまったこと。

(2)同じく、諸確認を欠いた状態で、RSSフィードされてインデックス化された記事から自動抽出されて、siteinfoの下部に一覧表示されているAmazonアフィリエイトのIDが、ishinao氏のものに上書きされている状態を「かすめとりっぽい」という下品な表現で評したこと。

●この2点を指摘した記事が何らかの経緯でishinaoさんの耳に入り、結果的に議論をする前にishinao氏は、この抽出したアフィリエイトにご自分のIDを上書きすることを停止することを、自分のブログで記事として敏速にアップし、それを知らせてこられた。その主要部分は以下

あと、確かにサイト情報のところの「紹介したメディア」で、うちのアソシエイトIDを使ってリンクを張るのは、いかにもかすめとりっぽさ度が高い気がしたんで(実際には「サイト情報」ページを見る人はほとんどいないけど)、ひとまずそこからはうちのアソシエイトIDは外してみました(blogmapではISBN/ASINしかデータベースに持っていないので、元サイトのアソシエイトIDはつけられません)。

●BigBangはそれに対して元記事で、こちらの言葉使いが軽率だったことを謝罪し、上記のID機能が停止されたことに感謝をする旨、知らせた。

一件落着だと誰もが思った頃・・


●真性引き篭もり氏から、「はてなの陰謀説」などという電波記事の装いを色濃く込めた記事

「JASRACブロガーBigBangは足を痙って改名しろ。」

がアップされた。


※これには以前僕がガ島さんの件で

「もしもこれが私に向けられたものであれば、私は一時的にはショックは受けるかもしれないが、中期的にはこの執筆者に感謝すると思う。」

などと述べていたことも、やはり関係があるらしい。         余計なこと言わなきゃよかった。(笑)



●BigBanは真性引き篭もり氏の記事の電波性にとまどいながらも(笑)初期の反応が軽率だったことを再度認め、既に決着のついている問題を蒸し返す意図について、下記記事で尋ねた。

もちつけ。真性引き篭もり氏。

●そして今回の引き篭もり氏の記事

「JASRACブロガーBigBangは足を痙って改名しろ。」とは何か。

となる。

さて今回引き篭もり氏は、結果的に1470がアフィリエイトIDの上書きを停止したことについて

>もしも、その働きかけ自体がおかしいものであったとBigBangが認識していたのならば、働きかけによって修正されたものを、「いちゃもんであったから元に戻しても」という提案を成すのが当然であると僕は考える。

そして

>では、何を目的とし、どのような結果を期待したのか。
それは、1470への再修正の提案がBigBangから成される事である。
「働きかけ」→「修正」→「了解」の、働きかけに誤りがあったと認識したのならば、その時点でその働きかけによって修正されたものを取り消すように動くのが人として当然であると考える。

とも指摘している。つまり「原状回復」の主体となりえないとしても、最初のアクションが間違いなら、「原状回復をすべく」ishinaoさんに対して動くべきであるということである。

これに対してお答えするのが順当であろう。

答はNOである。

私がお詫びしたのは、初期の判断を欠いた段階で、あたかも1470が意図的に人のIDを乗っ取って自らの利得にすることを目的にサイトを構築しているような印象を与える言語表現に対してのみなされたものであるからだ。

最初に疑問に感じた、RSSからインデックス化された記事についての、アフィリエイトID抽出/書き換え行為への違和感は、撤回できない。
この話を蒸し返したくなかったのは、すでにishinaoさんが同意していただいたからであり、引き篭もり氏の言う、すでに過去になった「状態」が現在表示されていない以上、その議論を継続することに意味を見出せないと思ったからである。

しかし、引き篭もり氏は、私の「軽率な発言」からそれが生じた結果であるなら、僕のほうからishinao氏に働きかけ「原状回復」に努めろという。

実際に僕が「原状回復」すべきであると考えているなら、いくらでも協力するが、勘違いしないでほしいのだが、僕は「回復すべきでない」と考えているのだ。

引き篭もり氏はここがわかっていないようだ。

以前の記事にも書いたが、どんな商品をセレクトし、どんな記事のどんな箇所で紹介するかは、アフィリエイト広告をサイトに掲示している側の、記事編集の創意工夫に含まれるものであり、著作権に隣接する重要な知的所有権ではないかと僕は考える。だからこそ、ここが優れているサイトは多くのアフィリエイト収入を得ることができるのである。

RSSフィードで記事をインデックス化している1470は、読者にとって使いやすい便利なネット上の仕組みとして機能させるために、これら記事を収集し、インデックス化やメモ機能の追加などを行って、読者に貢献している。これには何等問題はない。またそのインデックス表示に、1470側の広告を独自に挿入することも、問題はないと思う。これを否定すれば、引き篭もり氏が言うように、gooやyahooを含め大半のネットポータルは同罪になる。

しかし、この機能を読者に提供するに当たって、個々の記事の作者のアフィリエイトIDを書き換える、いかなる必要性があるのか引き篭もり氏に何か考えがあるならお聞きしたい。僕にはこれは、読者への提供機能上はまったく必要のない行為に見える。

しかも、

siteindfoの下部には以下の断り書きがある。

※blogmapが収集したURL/ASINランキング、被リンク集のデータベース情報は、自由に二次利用してかまいません。ただし、データソースについては明記するようにお願いします(Creative Commonsのby-sa相当のつもりです)。なお、リンク先の各Webサイトの内容については、それぞれの著作者が権利を持ちます。二次利用可能なのは、データベースとしての情報のみとなります。
powered by Apache, PHP, Estraier, ...

この文言にある「二次利用可能なデータベースとしての情報」には、明らかに、このIDを上書きしたアフィリエイト広告=記事にぶらさがっている個々のアフィリエイト広告の表示形式やその方法も含まれると見るのが順当であると思う。

とすれば、原著作者は、1470に対して先のアフィリエイトの広告抽出とID書き換えを承諾した上に、さらなる二次利用者に対してもそれを許諾しなければならなくなる危惧がある。

これは非合理的であり、また明らかに1470のサイト趣旨とは異なる次元の話だと考える。これが前例となり1470以外の悪意あるサイトが現れたとき、原著作者の権利を担保できない可能性がある。

1470のユーザーからは主として次の3点から擁護論が出された。

(1)1470そしてishinaoさんはは優れてユーザーに貢献している。
(2)ボランティアで運営しているサイトであるから、このプログラムを開発し、苦労して運用しているishinaoさんに何か報酬があってもいいではないか。
(3)そもそもsiteinfoのページ自体、記事の本人以外には見ることはほとんどない。

これについては

(1)は同意する。完全に調査できるわけも無いが、現在までのサイトの評判を聞く限り、認めて然るべきであろう。

(2)についても同意する。但し、それは原著作者とishinaoさんの双方で合意をする必要があると僕は考える。理由は前述した。また、もしもこの合意が難しかったとしても、ishinaoさんへのフィードバックが何らかの意味で必要であれば、他の方法を検討すべきである。

(3)については、現在は確かに見る機会は少ないが、リンクを辿れば不可能ではない。現にishinaoさんの修正記事以後、僕は自分の箇所だけではなく、他の著作者のsiteinfomのアフィリエイト広告も表示確認している。また、今後siteindfoや抽出されたアフィリエイトの表示箇所や方法、手順が変更されないという保証はないので、この次元で議論しておくべきである。

と考える。

だが、これは私的意見である。この考え方に異論があり、再度議論の場所を設置しようという積極的な提案が引き篭もり氏、ishinao氏あるいは他の方にあるなら、私は喜んで継続協議に応じる。そして、そこで出た結論が、仮に私と意見が合わなければ、私は自分の記事についてはこのindexから除外してもらいさえすればいい。

引き篭もり氏がそう考えるなら、議論を続行しよう。

また、君は最初の「電波風」記事で

>手動ちゃっかりも全部片っ端から攻撃して行くべきである。
我が国の2005年のインターネットには、アフィリエイトとアソシエイトと企業からのバックマージンで年収6000万円にも達したかとゆーを筆頭に、数百数千の手動ちゃっかりウェブサイトが犇めいている。それらも全て片っ端からきちんと攻撃してこそ統合性とういものである。

と言っているが、このような大量に蓄積された記事からの、アフィリ広告のID自動抽出→置き換えという「優れた」システムは、僕の知る限り他に無いので(これはシステムとして敬服する)他に類例を求めるのは無理があると思う。異論があれば受け付ける。

さらに

>BigBangが1470を事実上半壊させた事により、我が国のインターネットの発展は10年遅れたと言っても過言ではないだろう。もはや滅んだに等しい。正しくその罪は非常に重い。

という表現は、「電波領域」か「マジ領域」かよくわからんが、アフィリエイトのIDを上書きする機能を外したところで、なぜ1470が「事実上半壊」などという状態になるのか。そんなことはありえないことは、当のishinaoさんが一番ご存知であろう。

以上

と。。。。

書いてきたんですが、(ふう)ここでちょっとトーンを崩す。

BigBanには2側面がある。

BigBanは非常に優しい。(爆)
BigBanは非常に攻撃的である。

引き篭もり氏は、多くが認める当代急成長中のブロガーであり、たとえ電波系のいじりすぎの過剰な自己満足気味の自己演出が目に余るとしても、大変に楽しみに記事を読ませてもらっているブロガーである。
そのブロガーに対しても、また、blogmapのような優れたシステムを開発されたidhinaoさんに対しても、当方は現在「敵」として攻撃をする意志が全く無い。

仮想敵国が全く無いところで、こうして過去に遡って、あたかも闘争的にこの問題を協議することは、「優しいBigBan」にとっては苦痛である。かといって「攻撃すべき」何者も今回存在しないので、「攻撃的」にもなりえない。大いにインセンティブが落ちる。

アフィリエイト広告のデータベース化に関して、有意義な議論ができそうであれば継続の意志は十分にあるが、楽屋オチ的な「はてな陰謀説」や(面白いけどさ)、何よりも当のishinaoさんにこれ以上負担をかける形での継続は好んではいない。

と最後に書いておくよ。

2005 05 29 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(9) | トラックバック

May 28, 2005

もちつけ。真性引き篭もり氏。

JASRACブロガーBigBangは足を痙って改名しろ。だって?
この記事に驚いちゃったよ。

真性引き篭もり氏。
言ったよ。確かに言った。

君がガ島さんに関する歴史的な大批判を展開しているときに、ガ島さんは幸せだって。
もしも自分が槍玉にあげられたら、しばらくは落ち込むけれどきっと君に感謝するだろうって。

確かに言った。

でも、君みたいに才気ほとばしるブロガーが、まさか僕のために本当にこんな長文を書いてくれるとは思わなかった。これじゃあ、当分アクセスが増えちゃって、せっかくしみじみとした自分史でも書こうかと思っていたのが台無しじゃないか。

え?「自分史ブロガー」も死ねって?

大丈夫だよ。

僕は君よりも先に死ぬ。保証する。
ただし君がもう少し体を大事にして栄養をとり、ゲームは1日5時間以内にして、
たまにはジョギングでもすればの話だ

とにかく、君の才気については今朝もある著名ブロガーと、しみじみとため息をついて互いに称えたくらいだ。

だから君とは、やりたくない。やりたくないといっても変なことじゃない。論争したくない。
とにかく落ちついてくれ。

どっちかって言うと。ガ島を読み飽きた君が、今度はこっちに向かってきて、僕のブログをすべてダウンロードしてエディタでずたずたにしている想像は、僕をあまり元気にしない。改名くらいならいくらでもするけどね。

相変わらず面白いし。

だって最後なんかこうだぜ。

>我が国のインターネットはBigBangがダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングに改名した今日をもって終焉したという事であり、これはもう正しく「インターネットの終焉」と呼ぶに等しい絶望の世紀末である。

ダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングう??
どかん!

#まだ改名してないって。面白いけど。

おちゃらけてばかりいてもいけない。
本題に入る。

君が言っているのはこの記事のことだ。

>まったくもって驚いちゃったよ。
>ブログを収集して公開ブックマークしてアフィったらかすめとりか。ちゃっかりか。
>よくもまあのけのけぬうぬうとそういう思考が出来たもんだ。

あのさ、確かに「ちゃっかり」というタイトルはよくなかった。掠め取りという表現もよくなかった。認めるよ。だからすぐコメントしたでしょう?

僕としては、何もクレームつける気はなかったんだよ。
それも書いたけど。大きな声なんかぜんぜん出してないだろう?

1470さんに連絡をつけて、聞いてみたいと。そう書いただけだ。

その趣旨はこうだ。

RSSフィードは別におかしなことでもなんでもない。ぼくは1470は利用していないが、
後からコメントもらったところでは、それがユーザーの役に立っているということだから
利点があるんだろう。そこに広告を入れるのもかまわないと思う。

君ほどの人がこんなに大きな声で(そっちだよ)抗議してくるくらいだから
いいサイトなんだろうと思う。ユーザーからもそれは聞いた。

ただ、僕が個人的に「どうなんだろう」と思ったのは、自分の記事で論評する中でとりあげたアマゾンのアフィリエイトが、君いわく「自動ちゃっかり」で抽出されて、下に全部並べられ、
そのID部分だけが自動的にishinaoさんのものに書き換わっていたことだ。
僕ははっきりいって1470.netのお世話には直接にはなっていない。というかこのサイトを知らなかった。それで驚いた。
アフィリエイトにどんな商品をどう選び、どのように紹介するかは、そのサイトの作者の独自な創意の所産だと思う。記事のRSSフィードといっしょにやるなら、元のIDを残すべきだし、それができない、あるいはしたくない事由があれば、少なくとも、それは連絡して許可をとるべきだというのが僕の考えだ。

いろいろ異論もあるだろう。

それも即座に外せなんて言ってない。

1470さんにサイト趣旨を聞いてそれから判断しようと思った。
#ダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングは本来冷静なんだ。

そしたら、BigBanはメジャーブログだったので(嘘だよ)反応が早かった。
すぐにishinaoさんから丁重な趣旨のアップと、アフィリエイトIDは誤解を生むので書き換えたいとこういうTBをもらった。

議論をする暇はなかった。もちろん抗議もしていない。

僕もすぐ、「掠め取り」という失礼な表現を謝った。

やれやれというところで、今日君のこの記事だ。

>敬意が足りない。
>まったくもって敬意が足りない。
>というか、完全に抜け落ちている

ishinaoさんの所作については、敬意を持っている。
それは最初から書いている。

>日本のインターネッターのかなりの多くは、水と空気と安全と、ウェブサービスとプログラムとJPEG画像は全部無料が当然だと考えている。
>酷いのになると、ゲームもエロ動画もエロゲームまでも全部無料で当然だと考えている。
>それを誰が作ったかだとか、どのように作ったかだとか、そういう事は考えもせずに「インターネットは無料なのだ」と思いこんでいる。

そうだ!そのとおり。でもそれは僕じゃない。

>それをせずに、どころかそれらハッカー的生産物の恩恵を思う存分被っておきながら、ちょっと自分が主対象より外れた気に入らないものがあると無責任に攻撃をする。
まったくもって貧相れくあつである。

>それはまるでJASRACそれである。それだJASRACだ。
>自分は何もせず恩恵を被っているままでありながら、自分が気に入らないものに対して片っ端からいちゃもんをつけ滅ぼしに
かかる。
>たとえば、インターネット上でユーザーが手動で丹念に時間をかけて打ち込んだMIDIファイルを片っ端から刈って行ったり、
>マッキントッシュのI Transの日本上陸を全力で阻止したりといった、傲慢で横暴で自己中心な行いを行う。まんまJASRACである。

そうだ!そのとおり。でもそれも僕じゃない。

http://www.block.jp/)に対しても
>同様の圧力をかけて閉鎖に追い込んだという話も伝わってきており、今回の件についても非常に信憑性が高いというか、真実であると断言してもよいだろう。

>株式会社はてなが競合する1470を潰そうと躍起になって各方面からの圧力を加えてい>るというのは事情通の間では既に周知の事実であり、その一端として株式会社はてなが>リスクコンサルタントを通じてダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバングに「1470にいち>ゃもんをつけてくれ」と大金を握らせ頼んだという情報を入手した。

>これだけであれば「本当かな?」と疑ってしまう所であるが、
>はてなは以前に応用通信電業株式会社が運営していたソーシャルブックマークサービスの「ブロック!」(

また才気あふれる面白すぎる冗談はやめてくれ。(笑)
面白ければ何でもいいと思ってるだろ?
本気にする本物の馬鹿が押し寄せてきたら困る。

とにかく、今回の僕のミスは、初期の段階でよく調べもしないで、「ちゃっかりRSS 」などというあまりに受けるタイトルをつけすぎたことだ。
そのタイトルが一人歩きし、いつの間にか、僕が1470に猛抗議をしてアフィリエイトのIDをやめさせたような話になってしまった。

違うからな。違うからな。
違うからな。違うからな。
違うからな。違うからな。
違うからな。違うからな。

>BigBangが1470を事実上半壊させた事により、我が国のインターネットの発展は10年遅れたと言っても過言ではないだろう。もはや滅んだに等しい。正しくその罪は非常に重い。>インターネットは全部無料だと思っている糞ブロガーBigBangは今すぐ足を痙って死ね。その上で、改名しろ。
>「ダイナマイト "THE JASRAC" ビッグバング」に改名しろ。

細木数子じゃないんだから。改名しろ改名しろばかり言うな。
アフィリエイトIDに関して議論を復活させたいなら、作者のishinaoさんが納得している話を
どのように再燃させるのか、部屋から出てきてマネージメントしてくれ。

>平成の世に舞い降りたその人それこそ、JASRACブロガーBigBangである。

なんだか凄い人になったみたいだ。少しうれしい。困った。

#ishinaoさん。もう一回蒸し返しになったらごめん。半分は僕も悪いが、ガ島後、暇をしているらしい真性引き篭もり氏も悪い。何かあったらコメント請う。

2005 05 28 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック

Time is on my side(1)-----時は今でも味方しているのか

確かにネットには、かなりのめり込んでいるかもしれない。

以前に比べて、とにかく席についている=机の端末に向かっていることが感謝されるような職場環境に変化したこともあり、ブログを読んだり書いたりする時間が、じわじわと増えている。ブログも始めて1年余り。アクセスやコメントもずいぶん増えた。いかん、これでは早いうちに引退しなければならないかもしれない。人のことをあれこれ言っているうちに自分が先に「終焉」してしまうと危惧する。

かといって、現在あちこちで展開されているブログvsオールドメディアのような対立二元論には、あらゆる意味であまり関心がない。なぜなら、この世のあらゆる出来事は、先に伝達する媒体を決めてから生じるわけではない。
いわば星雲のように、自分達の世界に混沌と浮かび散っているのが現象であり出来事であり、それを一つ一つ、雲を掴むように思念で捉えることが、伝える必死の試みがあればいい。その手段など本来どうでもいい。

と言いながら、こんな記事も書いてしまったが、これは個人の乏しい小さな経験を(小さなと敢えて言わせてもらう)、状況に乱暴に昇華しようとすることを、見るに見かねたからだ。きっと僕は彼の若さを見かねたのかもしれない。

それというのも。

それというのも、と考え始めると、重ね、重ねてきた個人的な時間にどうしても思い当たる。

若い時から年長者に、つまらないくらいに言われ続けた「まだ経験が足りない」「苦労が足りない」という言葉の意味が、その重さが、最近起きたネットでの様々な経験を説明するときにも、ことのほかあてはまってしまうような気がしているからだ。

今、僕は非常につまらないことを言おうとしているのかもしれないが、事の本質が面白くなければいけない理由はない。神はいつもイベントを、そしてドラマを求めて宿るわけではない。そう、神はディテールに宿ると言った人も確かいたではないか。

この世の全てのことは、味加減を変えた出来事が、手を変え品を変え繰り返しているだけだ。元来くだらない事どもが形を変えてぐるぐる回っているだけだ。

そう思うとき、否が応でも、あの若い日に猛反発した陳腐な年寄りの繰言の数々(と思っていた)が、すんなり入ってきている-----それも最近の自分の変化を抜きにしては語れない。

認めたくないが、僕は年を重ねたのだろう。

それは事実だ。宇宙の構造に反する話が、この世界には何も残されていないように。

----では、あの歌はどうなった。
あのフレーズはどうなった。

Time is on my side.

20代の頃、苦しい時に、事あるごとに、小さな声でこの歌を口ずさんでいた。ローリングストーンズの、というよりミックジャガーの

Time is on my side.
時は、今我にあり。

訳は僕の勝手な解釈だ。

馬鹿な上司に会うたび、馬鹿なクライアントに会うたび、そしてつまらない大人に会うたびに、会社を辞めるたびに、僕はそっとこの歌を、このフレーズを口ずさんだ。そして、次にこの地獄のような言葉で毒づくのだ。

おまえが先に死ぬ。最後に勝つのはこっちだ。

でも今はどうだろう。
時は、今でも自分に味方しているのか。時は本当に自分の味方だといえるのか。蓄積や経験を武器に戦うべき世代になった僕に、まだ時間は味方しているのか。

気がつけば、大人に悪態をつく年齢ではなくなった。自分自身がどう考えても大人の年代になってしまったのだからしょうがない。この言葉はむしろ、自分に味方しなくなったのではないか。昔の自分のような生意気な若者が今頃どこかできっとつぶやいている。

Time is on my side.
おまえが先に死ぬ。最後に勝つのはこっちだ。

このフレーズを、初めてつぶやき始めたのは苦しい時代だった。

就職試験は、全滅だった。中でも大手の広告代理店の最終面接と、ある新聞社の最終面接をほぼ同時期に終え、両社ともに健康診断まで受け、気が早い周囲の合格前祝まで受けたのに、その後にに興信所の徹底身辺調査がされた末、揃って不合格になったときには、さすがに、心底落ち込むと共に、幾らなんでもこれはおかしいと思い始めた。どちらの企業も、健康診断後の不合格など、いくら友人に聞いても例がない。

気がついたのが遅すぎたのだ。考えてみれば、面接はどこも最悪だった。それでなくても少ない面接時間の大半、面接官は、繰り返し、繰り返し我が家の複雑な家族構成について、同じような質問を繰り返し、手元の複雑怪奇な履歴書の家族構成をにらみつけ、僕の顔と書類とを見比べているうちに、そして多くの兄弟達について説明しているうちに時間切れになった。

世間知らずの若者の、せいいっぱいのはったりや絵空事のような夢に耳を傾けている時間は彼らにはなかった。この不可思議な生まれの世間知らずをどうすべきなのか、きっとそれで頭が一杯だったのだ。

そもそも最終面接まで残れたこと自体、奇跡だったのである。

自分のような人間は、身元を保証するしっかりとした紹介者やコネを十分に用意しておくべきでったのである。それなのに、これほどのハンデに気がつかず、僕はそれまでの多少の成績のよさや卒業した学校の名前の重みによりかかり、意味も無い自信を持ち、それを怠った。夏休みに受講したマスコミ志望者向けのセミナーでの成績が格段に良かったことも僕を油断させ、おごらせていた。馬鹿な話だ。

祖母はどうしていいのかわからず、ひたすら毎日嘆き、泣き、そうした環境を作った父を呪う言葉を繰り返した。それがまた僕を痛めつけた。

クソみたいな社会だが、当然の洗礼をその社会から受けたことを悟ったのである。僕は自分を信じた自分を卑下し、社会を信じた自分を卑下した。中でも、わざわざ父の在籍した新聞社を避けてまで受けた(もちろん父への反発からだ)、何のコネもない、業界でもトップではないが良識あると評判の新聞社が、もっとも執拗に身元を調査した末、断りを入れてきた事実は僕を深く傷つけた。若者のつまらない純真さで、それまでその会社を意味もなく信奉していたのである。

そもそもそれまで、メディアは正義のはずだった。人を、その身分や出生、学歴で差別してはいけない。人をその先天的な形質で差別してはならない。毎日毎日、彼らはそうした記事を書いているではないか。

僕はそのとき、確か初めてつぶやいたのだと思う。

Time is on my side.
おまえが先に死ぬ。最後に勝つのはこっちだ。

やむを得ず方向を180度変え、通常の就職をあきらめた僕が選んだのは、スタジオマンとしてこの黄色いビルに通うことだった。ここまで社会にコケにされるなら、そうした選別をする会社で社畜になるようりも、小さい頃から興味を持っていたカメラマンになろうと決めたのである。広告代理店への就職を、前祝してくれた知り合いのカメラマンに頼み込んで、僕はこのスタジオのスタジオマンになった。

あそこまで愚弄されて、今更「通常の世界」に戻れるものか。そうも思った。

ところがそこは、すさまじい職場だった。そもそも大学から新卒で入ってきたのは僕が始めて。アルバイト雑誌に、学歴経験不問で募集すると、毎日のように何か勘違いした若者が、面接にやってくるが、半日スリッパばかり磨かされると、昼を食べに行ったまま、逃走した。そんなことが日常的に繰り返されている職場だった。

悪いことに、そのスタジオの親会社の専務は、僕の大学の学部の先輩だった。

ペンキだらけのぼろぼろのシャツで、スタジオのステレオのボリュームを一杯にして、1人でホリゾントを、ペンキ塗りしていた僕は、ある朝その専務に呼び出された。ネクタイとスーツの営業職が行きかう、その会社はスタジオに隣接していた。

場違いの格好で、専務室に現れた僕の全身を見回したその専務の台詞は、明日から営業をやれというものだった。

「カメラマンなど低脳のやることだ」

彼の言葉に、思わず息を呑んだ。

「それに、俺の後輩がそんな惨めな格好でペンキ塗りをしているのはたまらん。」

眉をひそめて居丈高に、僕の足元を見つめた。さっきまでペンキを塗っていた軍足をはいた足元は、煤とペンキでぐしゃぐしゃになっている。専務室の絨毯を汚さないだろうか、と僕はつまらないことを気にした。

迷わないことはなかったが、結局僕はその話を断った。それで首になるなら、それでもいいと思ったのである。だいたい、変な話だがプライドが許さなかったのだ。僕は本来なら大手の新聞社か、業界でも第二位の広告代理店で働いているはずだった。

「いまさらこんなちっぽけな会社の営業になんかなれるか。」

僕にとっての誇りの最終ラインが、不思議なことに、スタジオマンという、将来も全くわからない混沌の職だったのである。その考え方もかなり不思議だったろうが、こんな陳腐な専務のもとで貧乏臭い営業をやるよりましだ。そう思った。そう信じていたのだ。

このときも専務室のドアを閉めたときつぶやいた。

Time is on my side.
おまえが先に死ぬ。最後に勝つのはこっちだ。

お前が関心があるのは、俺じゃない。
自分の卒業した大学の後輩が惨めな様子なのがいやなだけだ。結局自分のプライドで、僕を営業に持っていこうとしているだけだろう。いやなこった。

警戒心と猜疑心で全身と全神経が張り詰めていた。人間の手負いというのはああいう状態を言うのだろう。

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2005 05 28 [自分のこと] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

May 26, 2005

終焉を言う者から順に終焉が訪れる2-----あさっての方向へ5段飛び

ネットで反響を呼んだ記事「ブログの終焉」を書いたものの、「やはり終わらない」ガ島さんが、こう述べて日経BPへ誘導しておられる。

詳細は日経BPの「ブログの終わりと始まり ブログはオルタナティブなマスメディアになり得るのか」をご覧ください。このところ盛り上がっていた実名、匿名論争にも少し触れています。キーワードは「リアル」です。
ちょうど日経BPの原稿を書き終えたときに、Japan Media Reviewの記者から「日本のブログは数が増えているのに、なぜ政治やマスコミに対して影響力がないのか」「日本のブロガーは社会に対してどのような役割を果たせるのか」という質問がメールで届きました。日経BPの原稿はこの質問に対するひとつの回答であり、議論の出発点になるのではないかと考えています。


そして・・

日経BPの「このような質問に対する一つの回答であり、議論の出発点になるのではないか」とまで書かれている原稿は、これ。

正直言って失望以外何も感じられません。書き出しからして

「ブログの終焉」というエントリーをガ島通信でアップしたところ、いくつかの反響を頂きました。もちろん、ブログが本当に終わったのではありません。黎明期が終わり、ユーザーが飛躍的に増え、誰でもブログを知っている普及期が始まろうとしているという意味です。今後、ブログが定着し、社会の中での存在感を増していくのかどうかは、リアルなコミュニケーション・ツールとしてブログが成長するかどうかにかかっていると考えています。

反響の中の1つには私のこの記事もあるだろう。

でもガ島さん、上記の程度の話であれば、あなたは最初に書いた記事「ブログの終焉」で、しっかりと書くべきだったのではないか。言い訳で始まる記事が全て悪いとは言わないけれど、いつものように軽くスルーしてニュアンスを操作し、やっと「本題」に移行するかと思えば、

話の展開は、
・サイバーなコミュニティで、言葉遊びや知の共有を行っていた
       ↓
・メジャー化して「分かっていない」人たちが押し寄せてくる
       ↓
・コミュニティが崩壊(場が荒れる)
       ↓
・抜け殻に。そして「昔は良かった…」
となります。、

とここ最近あなたのブログが陥っている「ガ島的状況」について、あたかも全体的な状況のように、そして人事のように語り、その後の


初期ブログ界は、サロン的な雰囲気で行われている仮面舞踏会のようなものです。仮面をつけて別のペルソナで楽しいひと時をすごす「場」です。仮面は、真の匿名ではありません(なので、実名であってもそう変わらない)。ブロガーはダンスをする参加者、コメント欄への書き込みは見物人です。見物人は「ダンス(文章)が下手だ」などと注文をつけますが、楽しい雰囲気を維持するためのギリギリのラインは認識しています。しかし、舞踏会の面白さが徐々に知れ渡り、参加者が増えてくると「お約束」が共有されなくなっていきます。

新しくやってきた人は、「仮面をつけていること」が普通であると認識します。「正体が分からないのだから、面白ければ何をやってもいい」と、参加者同士の非難(炎上)や素顔暴き(晒し)が行われ、だんだんと場が荒れていきます。「要は面白ければいいのだ!」と。

ここで重要なことは、舞踏会への参加者は誰もが自分がつけている仮面がはずされる可能性があるのに、大半の人が忘れているということです。個人的には、インターネットはシステムとその特性から、実名と匿名の区分はあまり意味がないと考えています。実名、匿名、固定ハンドルネーム、匿名ハンドルネーム(捨てハン、@名無しさん)などの分け方をしても、例えばどこかのコメント欄に私ではない人が「藤代裕之」と書き込むかもしれません。藤代裕之を名乗ったブロガーがブログを開設するかもしれません。成りすましは非常に容易です。
(太字修飾はBigBanが付与)

に至っては、悲惨な論旨展開だ。

ガ島さん、本当に書きたいことを書いているかな?言いたいことを書いているかな?自分の鼻で、しっかりと息をしているかな?

このあたりのあなたの、何が言いたいのかわからない内容の文章に、稚拙な「仮面舞踏会」などというギミックをつけさらに混乱した論説を、日経BPというメディア上で聞かされるのは、正直つらい。

初期の頃にサロン的に行われていた仮面舞踏会が、どうしたって?その後やってきた新しい人でそのサロンはどうなった?で・・匿名実名論がどうなった?

一つ一つ追っていくと、あなたに最近ネット上でなされている批判が、そのまま当てはまるとしか思えなくて悲しい気持ちになる。

このような川に並んだ石を、あさってのほうに五段飛びしていくような論説は、間違っても、今の状況の中で人前に出すべきものではない。

このへんはあなたにもわかっていると思う。

結局最後には、

新しい「お約束」探しが始まったとも言えます。そして、そのキーワードが「リアル」であるような気がしています。「ブログなんて2ちゃんと同じだ」と思っているネットワーカーにとっては、このような議論は無意味かもしれませんが…。

論点が十分にまとまっているとは言いがたいかもしれません。議論の出発点になればいいと思っていますので、ご意見やTBよろしくお願いいたします

と放り出す始末。

申し訳ないが、これでは「議論の出発点」以前の問題である。あなたは、忙しい自分の時間の中で、幾何級数的な批判や圧力と自意識にはさまれて、混乱状態にあるのかもしれないが、しばらく他のブログでなされている、あなた自身への論説を、じっくり目を通し、何があなたに欠けているか、自問して欲しい。

その上で、また新しいガ島さん、いや藤代 裕之さんとして、私達の前に現れて欲しい。そういう意味では、あなたがブログでおっしゃった「ブログへの関心」の衰退という、自分自身に聞こえた「声」に、むしろ素直に従ってしばらく執筆はお休みをされたらいかがか。

最後に、もうお読みになったかどうかわからないが、そして大変に厳しい内容だが、あなたへの壮絶な批判が1人のブロガーによって掲載されている。執筆者自身にもコメントしたが、もしもこれが私に向けられたものであれば、私は一時的にはショックは受けるかもしれないが、中期的にはこの執筆者に感謝すると思う。
もしこの批判が的外れであれば、今、あなたは全力でこれに反論すべきだと僕は思う。

なぜなら彼は、あなたのように、あさっての方向へ5段飛びしていないからだ。
なぜなら彼は、真っ直ぐに、ガ島さん。
あなたの存在に対して真っ直ぐに向き合おうとしているからだ。

この記事へも形式的なTBはいらないから、少し耳を傾けて、休まれることを切に希望する。

【前記事】
終焉を言う者から順に終焉が訪れる----「ガ島通信」のタイトルに思う。

2005 05 26 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック

May 24, 2005

驟雨の中で

すさまじい雨と風。

「驟雨」という言葉を思い出す。どんな字だったろう。
いや、そんな場合ではない。

ああ、もう少し早くバスに乗っていればよかった、
などと思いながらずぶぬれになって走る。
なんていじましく、つまらないことを考えているんだろう。
雨ぐらいで。

やっとたどり着いた店の軒先で、空を仰ぐ。
気がつけばそこかしこで、不安そうに人が
急に暗く荒れ狂い始めた空を見上げている。

今頃どこに、どうしているんだろう。
この雨でずぶ濡れになっていないだろうか。と泣き顔がよぎる。

電話をするけれど、出ない。

何をしているんだろう、と自分に苦笑する。

それは、
雨に閉じ込められている自分なのか
しなくていい心配をしている自分なのか

あるいは
何かに痛めつけられている自分なのか
わからなくなる。

雨はいつか、必ず上がるのだけれど。

今、遠くで稲妻が光った。見た?

2005 05 24 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック

May 22, 2005

驚いちゃったよ----ちゃっかりRSS

RSSリーダーがそもそもなんなのかは、わかっているつもりだし、自分も使っているから文句は言えないんだけれど、それにしても

http://1470.net/bm/siteinfo/54438


ここを見たら驚いちゃったよ。

こんな風にインデックス化されて、アマゾンのブックリストも・・それプラスサイト管理者側の広告も挿入表示されていて・・なんだかすごいねー。ちゃっかりRSSと言ったら言い過ぎかもしれないけれど。

#アフィリエイトなんて、かすめとりっぽくない?ありかあ・・?こういうの。

《5/27加筆》
この記事に対して、当該サイトblogmapのishinaoさんからTBをいただき、サイト趣旨の説明をいただきました。blogmapのユーザーの方からも擁護論をいただきました。
また、私が問題にしていたアフィリエイトのID書き換えについてはishinaoさんが早くも対処していただいたということです。確認しましたので
報告します。ishinaoさん、すばやい対応、感謝です。
元来、クレームをつけるというよりも、趣旨を聞いてみたいという希望でしたから、ishinaoさんとも連絡をとってから記事を書くべきだったのかもしれません。それ以前に「かすめとり」という表現を安直に使ったことをお詫びします。
この件についての考え方はまたどこかで書きたいと思いますが、blogmapのユーザーの方もずいぶんここを見ているようですから、急ぎコメントしておきます。

《5/31加筆修正》
この件だけれど、当初のこちらの軽い気持ちを越えて、何だかそこここで、大きな広がりになってしまった。ブログの電波力・・じゃなかった伝播力を甘く見ていた自分の初動ミスだと受け止めているが、そんなことを今更言ってもしょうがない。その後の経緯をまとめるリンク集を作ったので、参照して欲しい。

2005 05 22 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(12) | トラックバック

May 21, 2005

終焉を言う者から順に終焉が訪れる----「ガ島通信」のタイトルに思う。

「ガ島通信」さんは、その生き様(古いね。表現が)が魅力的であったことと、そのブログの語り口が、メディアの中に生きるものとして、ある種の「誠実さと率直さ」が溢れるもものであったということで、多くの人の関心を集め支持された。と僕は考えている。

ガ島さんが、会社を退職され、日経BPに執筆されるようになってから、ある種の「客離れ」が起き、こうした批判も見受けられるようになった。コメント欄にも、彼の才能の枯渇を言い立てる発言も増えた。皮肉にもガ島さんの社会的認知度が上がるにつれて、こうした批判的な状況はネットではむしろ増えていった。 これも有名税。大変だね・・ などと「遠景から」見ていたが、今回のこの「ブログの終焉」という記事の表題を見て、この言葉が頭にぽんと降りてきてしまった。

終焉を言う者から順に終焉が訪れる

以下は敬愛してきたブログからこそ言う。少々厳しいかもしれないが、そう思って読んで欲しい。

ブログへの情熱が醒めてきたことを、批判する気持ちはもちろんない。僕もいつかそうしたことを言い出して、突然ここを閉めるかもしれない。今までにも、敬愛するブロガーが何人もそう宣言して、(表面上)ネット界から一時的にあるいは悠久に去っていった。だが、ガ島さんはその記事に「ブログの終焉」という言葉を、安易に使っている。

その記事の内容は、むしろ、コメントへの対応が大変になったとか、仕事が忙しいとかいう個人的な状況の説明であり、いわば「ガ島通信の終焉」を予測させる内容にしかなっていない。いや、それもそれでよい。

率直に自分のブログへの情熱が醒めてきていることを語っているガ島さんが、少し大仰な「ブログの終焉」などという「ミスリードした」タイトルをつけてしまったことは、理解できなくもない。

しかし、しかしである。

その文章には、ブログの草創期から活躍してきた自意識が垣間見え、同時にブログから「次のステージに進みつつある」自分への自負と魑魅魍魎のコメンターへの、軽侮が垣間見える。

私達の社会にも、こうした発言は歴史上頻繁に見られてきた。

少々流行に疎い人間が「109に行ってきたよ!」というと「もう109は終わってるでしょ」

インターネットブームを耳にし、ようやくパソコンを恐る恐る買ってきた人の話を聞くと「もうインターネットは終わったでしょ」

ホリエが騒ぐと「新聞は終わったでしょ」

一般紙にブログの記事がのると「もうブログは終わったでしょ」

こうしたことを言う人はいつの時代にも、どんなテーマにも存在する。そうした人の共通点は、強い自意識と、自分の後塵を拝していると思われる人間への、不遜な思い上がりである。いや、ガ島さんがそうだというわけではない。だが、そのソフトな語り口の諸処に、ブログの草創期をリードしてきたという自負が見え隠れしていることは事実。

でも、ガ島さん。あなたは単に、「ブログへの情熱が醒めた」あるいは「ガ島通信の終焉」を言えばいいのだ。

「ブログの終焉」などというタイトルは、記事の内容にも沿ぐわないし適切ではない。あなたはおそらく勤めておられた会社を去るときにも、そうした言葉「マスコミは終わった」的な整理の仕方をされて、環境を変えられたのだと思う。それは僕にはすごく理解できるし、そうした決心の仕方は、ある決断をするときにエネルギーとして必要なのもわかる。自分も経験してきたからね。今まで何度も。

でも繰り返す。

去るときには、自分の終わりの物語のみを語って、そこから去ればいい。解釈は後の人間がする。

「109にはもう興味が無い」
「インターネットにはもう興味が無い」
「ブログは飽きた」

などと言って去ればいい。

少し話題を変える。
パーソナルコンピュータを誰が作ったかといえば、様々な人間の名前が挙がると思うけれど最初に「ダイナブック」という概念を提唱し、パロアルト研究所でAltoをつくり、後のMacintoshの登場に貢献したアラン・ケイは「パーソナルコンピュータの父」とされ、疑いもなく、その中の1人に数えられる人物だろう。そのアラン・ケイの講演に行った時、彼が発した印象的な一言があった。

「コンピュータはまだ始まっていない」

彼はその根拠として

・活版印刷が人類に根付くまでに400年を費やした。コンピュータは登場してまだ数十年しか経過していない。私達はその使い方をまだ試行錯誤している状態である。

・自転車が発明される前の夜に、自転車のことを説明しても理解できる人は誰もいなかっただろう。今のコンピュータは、その自転車が発明された日の朝の状況を思い浮かべればいい。

・(<あなたの取り組むプログラム言語Squeakに関して>それはOSなのか、アプリなのか?という会場の質問に」

コンピュータを動かすソフトウェアがOSとアプリケーションに分かれているという概念は、誰があなたに植え付けたのか?あなた自身か?違うだろう。私はその人物の名前を知っている。パソコンは、この20年この人物のその率いる会社の製品のおかげで不幸な幼少時期をおくった。

・(「インターネットの登場は大きな事件だったが、どのようにとらえるか?」に対してインターネットはネットワークでしょう?それがなにか?(会場爆笑)

パソコンをいじりはじめて、およそ18年が経つ。インターネットに触れてからもおよそ11年だ。そうした日々の中にあって「もうパソコンは終わりだ」「もうインターネットは終わった」・・・

言いたくなった時が何度あったかわからない。でも、僕はそうした自分の半端な自意識を感じるたびに、この時のアランケイの言葉を思い出すことにしている。

人間は限界がある。1人の人間の中で、情熱や関心はめまぐるしく動いていく。疲れるときもある。飽きるときもある。それが人間だ。ただ、考えよう。

メディアは終わったと言う前に。
新聞が死んだという前に。

そしてブログが終わったという前に。

たかがタイトル。されどタイトルだ。それはあなたの頭の中の写し鏡なのだ。そこから誰も逃げることはできない。

2005 05 21 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(14) | トラックバック

May 19, 2005

核のような言の葉-----憂国の夜

小説「終戦のローレライ」を全身でのめりこんで読んだ。ただ事ではないその重量感。たぶんこの本のことは別に記事で書くけれど、パウラと征人の人生に打ちのめされ、すっかり頭は憂国ムードである。結局BigBanは単純なのだろうか。いや、そんなことはない。この時節に憂国を感じないものがあるものか。(一杯いるか)

昨日のエントリーでは、国家の最高指導者に向かって無礼千万、バカ呼ばわり。その上あろうことか、賢くも陛下まで引きずり出したけれど、確かに日本も周辺国に対しては苦労している。靖国や反日デモの例を引くまでもなく、多くの人のエントリーに、日に日に苛立ちの色が濃くなってきていることは事実。ネットでは、親愛なる隣人国家に向かって極東3・・国家などと大変に失礼なことを書いている手合いがいるけれど、そんなことは言うものじゃない。彼らをこんな風にしてしまった責任は、やはり日本にもあるのだ。それに人だって、国だって生まれてくる場所は選べない。(・・・と僕が言うと洒落にならない)

それはともかく、その極東3・・国家の中でも一番の世間で評判の変わり者、天然パーマのドラ息子が、核を持つ、核を持つと騒いでいる。また始まったと受け流す向きから、今度は本気だと厳戒モードになる国までいろんな観測があるけれど、下手をすれば、日本の目と鼻の先、日本海の波打ち際で核実験という、空前絶後の事態になる危険性がある。靖国に毎年詣でていた僕の祖父も、板門店まで何度も行きながら、一度も僕に土産の韓国の記念切手を買ってこなかった、火宅のジャーナリストであったバカ父も、今日の事態を知りせば、目をむくであろう。

「XXXX!何をやってるんだ。お前は!」

「・・・・・・・・」

じいちゃん、とうちゃん。天然パーマの言動は僕の責任の範囲ではない。

知っているかい?そこなギャル。昔むかし、僕がまだ生まれていないくらいの大昔に(嘘だ)キューバ危機というものがあったのだ。知らない人はここから勉強するように。
いま、日本に平和憲法があって本当によかった。(これも嘘・・じゃなかった皮肉)本当は弱いくせに向こうっ気ばかりが強かった、かつての日本。青年将校闊歩するかつての日本であったなら、米国に頼むまでもなく、日本海に石垣と竹槍を・・じゃなかった日本海に負けじとミサイル台を、今頃は、ずるずると持ち出していたことだろう。世界に例を見ない不思議な憲法、第9条のおかげで、我ら早々たる対応はできない。

しかし世界は、事態は、あなたや私、人の考えていることを裏切って、時にずずいと進む。ずずいと進むその数秒前には、美しい星が静寂の中に煌き、あなたも大切な人と海辺で愛を語り合っているかもしれない。僕は君と夜のトラックを走っているかもしれない。
しかし、その数秒後に事態は、忽然と動くのである。たった数秒間。でもその数秒は取り返しがつかない、二度と元には戻れない数秒間である。まさにBigBangが起きるポイントが来る瞬間というのが歴史には確かにある。いつでもそうやってこの星は動いてきたのだ。

改憲か護憲かなどという、これもまた世界に例を見ない「平和で特殊な議論」をしているうちに、(そもそも「護憲」とは「論」なののだろうか?不思議でならない)ここでもまた日本人はかつてのABC包囲網にがつんとやられたように、状況に巻き込まれて、「然るべき」方向に動いていってしまうのかもしれない。それはかつて来た道ではないかと言われれば、誠、その通り。中韓朝そして台の4ケ国に米(コメではない)を混ぜたとき、日本の新しい黙示録が静かに始まらないと、誰が言えるだろう。そもそも、およそ、日本人が何かを主体的に決めることができたことなどあったのだろうか。いや、それは日本だけではなかったというほうが正確かもしれない。

災禍は悪意だけが起こすものではない。

国民は平和ボケしていると言われるが、この緊迫した事態に、幾千万敵に回すといえども英霊への誠を貫くと頑張るお人も、これもまた平和ボケ。実は、北一輝の東アジア構想に密かに共感の心を持つ僕としては、2・26の時代状況に生きた青年将校に思いを重ね、この政治家達に向けて、現代にふさわしいテロのかたちはないものかなどとまで、時に思いつめるのである。

而して

226の青年将校今生きて在りせば、この日本にあって何をするであろうか?

と。

少し話題を変えて、「核のような言の葉」である。(少しどころではないな)

多くの人が驚嘆していると思われる「真性引き篭もり」さんの「下手な考え」や「竹島は韓国領土」といった一連のエントリーの、底の知れない力に感心して読み耽りながら、ブログが「日記のようなものです」などと評された時代の終わりを感じている。「真性引き篭もり」さんのブログに至っては、「引き篭もりオタクの日記」などという次元をとうに超えている。まさに「核のような」言葉の力。こもっておられるという部屋の隅からそっと出された、言の葉の破壊力は半端ではない。凡百の言葉を蹴散らして一瞬に廃墟と化する力を持つ。

ブログの利用者が、今年3月末の時点で延べ約335万人を数え、少なくとも月に1度はブログを見る閲覧者も1651万人に達しているという今日のニュース。その中にあってようやくメディアも、僕達も「ブログの力」というのがどこにあるのかということに、単なる日記ツールではないということに、気がつき始めている。そうだ。これは「日記ツール」ではない。いやむしろ、ツール自体の性格がどうではなく、どだい人が発する日々の言葉を「日記」などという明治の私小説のような範疇に納めて表現すること事態が、違ったのかもしれない。対象の誤認か。

きっと、生きているあなたや私達の日常の言葉にこもったエネルギーは、そう甘いものではないんだよ。フツーの人たちを侮るべからず。鬱々たる今を生きることに苦労すればするほど、その言葉は「核」となるのだ。甘く見るな。甘く見るな。

再び話題を戻す。

226の青年将校今生きて在りせば、この日本にあって何をするであろうか?

僕は、たぶん、この答をもう書いたと思う。

2005 05 19 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

May 18, 2005

横丁のオヤジの繰言は聞きたくない--靖国神社参拝問題に関して

「横丁のオヤジ」を軽んじるわけじゃないが、「横丁のオヤジ」が日本国の内閣総理大臣だったら大問題だ。

首相の靖国参拝の問題点については、ここですでに長々と書いた。
これでも非力な者なりに、ずいぶん力を入れて書いたつもりであり、主たる論点も織り込んだつもりなので、もう同じことは繰り返したくは無い。少なくとも、わが国の総理の国会答弁よりは、数百パーセントは、私のほうが真面目に論じているつもりである。
それほどかように、衆院予算委員会における小泉氏の靖国参拝に関する答弁は、無残、無意味、無教養、無誠意としか言いようがない。

腹が立つので書き捨てる。書き捨てでない記事を読んでくれる人は上のリンクを辿ってくれ。

「他国が干渉すべきではない。戦没者に心からの追悼の誠を捧げることがなぜいけないのか、理解できない」

その通り、他国が干渉すべきではない。その通りだ。これは日本国民の問題だ。しかし外交問題なのだ。そして外交上の問題にしてしまったのは、内外にまともな説明もできないのに参拝に固執するあなただ。
そもそも他国に干渉される前に、あなたは靖国参拝をやめるべきだったのだ。あなたのその意味不明の頑迷さが、「中韓の干渉」を増長させている。国難は空気の読めないあなたが招いているのだ。干渉を招いているのはあなたの失策だ。
案の定、「他国に干渉されるから」やめる間もつかめない困った事態を招いている。それともこの期に及んでも、中韓との外交交渉キーとし得ると考えているのだろうか?今の東アジアの情勢を考えれば、そんな悠長なことをしている余裕はないはずだ。

「戦没者に心からの追悼の誠を捧げることがなぜいけないのか」?

問題点をすりかえないで欲しい。追悼を捧げることがいけないなどと言っている論はない。あるならその論を引いてくれ。聞かれもしないことに答え、聞いたことにはスルーするあなたの姿勢に誠意が感じられない。
問題は、国家の「政治的機関」である「首相としてのあなた」が憲法20条3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」に明らかに背いてもなお、そうして皮相的な心情論=横丁のオヤジ論で参拝することに固執することで招く、国家利益の損失にあるのだ。

現在の中国との異常な関係に言及した福田元官房長官の方が、はるかに政治家としてのバランス感覚を持っている。

国民は(少なくとも冷静な国民は)、祭司宜しく靖国の死者に哀悼の意を捧げ、あまた東アジア諸国を敵に回しても、「誠」に殉じる役割を首相に期待しているのではない。海千山千の諸外国を相手にして、日本の国益を守り、あらゆる意味で国家の安全を最大限に守る「機関」としてのあなたに期待しているのだ。国会の場は、あなたの思想信条を聞く場ではない。現実政治の政策を論じる、高度な政治判断を行う場である。
「誠を捧げる」という意味不明なやまとことばを使うなら、国連の常任理事国になろうなどという、謎の自己矛盾行為との折り合いをどうつけるのか。おそらくあなたのようなタイプの指導者が、狡猾な他国に付け入る隙を山ほど与え、かつての日本を「大和心の美学」の名のもとに、壊滅へと追いやったのだ。滅ぶときには1人で滅んでくれ。

少なくとも、あなたは国家の最高指導者である。中国の孔子の言葉まで持ち出して、「罪を憎んで人を憎まず」などと、横丁のオヤジのようなごまかしをしているが、あなたは、そんな貧弱かつオヤジくさいセンテンスでしかあなたの行動を説明できないのか。それがあなたの知性か。

あなたが、日本国の首相として、靖国参拝が国家利益に沿うという信念があるのであれば、それほど優秀ではないあなたに単独で作文しろとは言わないから、その立場を最大限に利用してブレーンを総動員し、国民も、東アジア全ての人々も、納得のできるような、靖国参拝論を堂々と展開してくれ。

#NHKの国会中継で時間が足りないのであれば、ライブドアTVに出演するのはどうか?ホリエ氏も喜ぶと思う。どうでもいいけど。

もう一段階踏み込む。小泉氏の靖国参拝を、横丁のオヤジの勇断を称えるように支持している人たちは、それならいっそ、賢くも天皇陛下に参拝していただくように奏上されたらいかがか。政教の分離を説く憲法に照らして、司法の場で首相の公式参拝を合憲とする司法判断は一度も出ていない。しかし、天皇は、現憲法下では現実的な政治権力を持たない上に、最高の宗教上の祭祀としてその地位は歴史的に疑いはない。それこそ「国の誠」の象徴的存在である。天皇の靖国参拝は、かつて昭和天皇の名のもとに殉じた「罪も無い」A級戦犯や、占領下の人々、そして名もない多くの御魂を慰めるのに、これ以上の癒しはあるまい。そのかわり首相は参拝を即時止めるのだ。

そもそも、首相に期待するのは、英霊に対する拝礼の役割ではない。現実に生きている私達日本国民の明日と国家利益を考える責務は、なによりも優先されるべきである。国連の常任理事国入りを目指すその姿勢と、靖国参拝という個人的な思想信条の統一的な説明をしてくれ。あなたにできないなら、誰かに説明を委託してくれ。それでも許すから。

まさか国連よりも靖国参拝を優先するつもりではないだろうね。そんなゆがんだ愛があるなら、首相を引退し、当該神社の神職にでも就いたらいかがか。

それなら、小泉純一郎氏の個人的自由だ。僕は止めない。

2005 05 18 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(14) | トラックバック

May 17, 2005

BigBang----君に会うための時

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そのことが起きる前には、この世界には何もなかったという。
時間も、空間も、音も、匂いも、命も、愛情も。
宇宙すらなく。

ただ、真っ暗な闇が広がっていたけれど、
それを見ている目も記憶もないわけだから、闇も闇とはわからず
ただ、そこにはのっぺりとした「無」というものがあったんだろう。
「無」が広がっていたんだろうね。

「無」はもうまったくの「無」であって
というか「無」という言葉だってなかったんだから
これはどうしようもない。

僕はそのとき、どこにいたんだろう。
そして君は、どこにいたんだろうね。

そのことは、「無」のある一点で突然始まって、静寂を粉々にした。
そこから、悩みや苦しみや命や愛情や・・この世界のあらゆることが始まった。

時間も始まった。
何十億年後かに君に会うための時間も、そのとき動き始めたんだよ。

そのことが起きたために、僕たちはこんなに苦しんでいるけれど
そのことが起きたために、こんなに広い世界でこうして呼吸をして
互いを恋しく思いながらこうして生きている。

そのことが始まったこと。
ある「無」の一点で始まって、「無」が終わり、全てが始まったこと。

それはきっと、いいことだったんだ。
僕達にとっても。世界にとっても。
たとえどんなに
生きていくことがつらくても。

そう思うでしょう?

2005 05 17 [恋愛] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

May 16, 2005

北朝鮮があなたのブログを狙っている?2----北朝鮮市民との電子メール交換

(前記事) 北朝鮮があなたのブログを狙っている?----kpドメイン接続事情

このテーマについて前回何とも中途半端な記事を書いてしまったが、いろいろ調べてみたところ、ちょっと面白いものをみつけた。
北朝鮮市民と海外との電子メールを仲介するサービス「実利銀行」が、2001年10月8日からサービスを開始しているという。ここから日本語サイトが用意されており、

サイトに行くと

実利銀行は朝鮮民主主義人民共和国との通信において実利を保障してあげるでしょう。
(ハア?)

という大書された珍妙なコピーが目につく。

この「実利銀行」は、外国人が北朝鮮現地の人々と電子メールをやり取りすることができる最初のインターネットサイトだそうで、

実利銀行は、チョソンピョンヤンで運営し、2機のメールサービス機の間にメールを中継します.。実利銀行にご加入なさると実利銀行にメールアドレスを持っているチョソンの方々とのメール交換が可能です.
実利銀行電子メール中継システムは、実利銀行にご加入した方々のメールだけを中継することになっています.
だから、実利銀行のメール中継サービスがご希望ならば必ず実利銀行に加入しなければなりません.

実利銀行では 10分おきに チョソンピョンヤンのメールserverと中国沈陽のメールserverの間にメールを交換すます(原文ママ)
これからは通信時間を短縮するため24時間常時接続を計画しています.


(実利銀行サイトより)、


むー。電子メールの仲介サービスなんて物自体が成立するところが、北朝鮮の北朝鮮たるところだ。しかも10分に一回メールを交換するバッチシステム・・

「ハッカー・ジャパン」(白夜書房)の過去記事によれば、

実利銀行は先月初めから会員加入者に限り「アカウント@silibank.com」という形式の標準的な電子メールアドレス体系を持った北朝鮮の人々と、電子メール交換を可能にする「電子メール中継体系」サービスを試