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May 26, 2005

終焉を言う者から順に終焉が訪れる2-----あさっての方向へ5段飛び

ネットで反響を呼んだ記事「ブログの終焉」を書いたものの、「やはり終わらない」ガ島さんが、こう述べて日経BPへ誘導しておられる。

詳細は日経BPの「ブログの終わりと始まり ブログはオルタナティブなマスメディアになり得るのか」をご覧ください。このところ盛り上がっていた実名、匿名論争にも少し触れています。キーワードは「リアル」です。
ちょうど日経BPの原稿を書き終えたときに、Japan Media Reviewの記者から「日本のブログは数が増えているのに、なぜ政治やマスコミに対して影響力がないのか」「日本のブロガーは社会に対してどのような役割を果たせるのか」という質問がメールで届きました。日経BPの原稿はこの質問に対するひとつの回答であり、議論の出発点になるのではないかと考えています。


そして・・

日経BPの「このような質問に対する一つの回答であり、議論の出発点になるのではないか」とまで書かれている原稿は、これ。

正直言って失望以外何も感じられません。書き出しからして

「ブログの終焉」というエントリーをガ島通信でアップしたところ、いくつかの反響を頂きました。もちろん、ブログが本当に終わったのではありません。黎明期が終わり、ユーザーが飛躍的に増え、誰でもブログを知っている普及期が始まろうとしているという意味です。今後、ブログが定着し、社会の中での存在感を増していくのかどうかは、リアルなコミュニケーション・ツールとしてブログが成長するかどうかにかかっていると考えています。

反響の中の1つには私のこの記事もあるだろう。

でもガ島さん、上記の程度の話であれば、あなたは最初に書いた記事「ブログの終焉」で、しっかりと書くべきだったのではないか。言い訳で始まる記事が全て悪いとは言わないけれど、いつものように軽くスルーしてニュアンスを操作し、やっと「本題」に移行するかと思えば、

話の展開は、
・サイバーなコミュニティで、言葉遊びや知の共有を行っていた
       ↓
・メジャー化して「分かっていない」人たちが押し寄せてくる
       ↓
・コミュニティが崩壊(場が荒れる)
       ↓
・抜け殻に。そして「昔は良かった…」
となります。、

とここ最近あなたのブログが陥っている「ガ島的状況」について、あたかも全体的な状況のように、そして人事のように語り、その後の


初期ブログ界は、サロン的な雰囲気で行われている仮面舞踏会のようなものです。仮面をつけて別のペルソナで楽しいひと時をすごす「場」です。仮面は、真の匿名ではありません(なので、実名であってもそう変わらない)。ブロガーはダンスをする参加者、コメント欄への書き込みは見物人です。見物人は「ダンス(文章)が下手だ」などと注文をつけますが、楽しい雰囲気を維持するためのギリギリのラインは認識しています。しかし、舞踏会の面白さが徐々に知れ渡り、参加者が増えてくると「お約束」が共有されなくなっていきます。

新しくやってきた人は、「仮面をつけていること」が普通であると認識します。「正体が分からないのだから、面白ければ何をやってもいい」と、参加者同士の非難(炎上)や素顔暴き(晒し)が行われ、だんだんと場が荒れていきます。「要は面白ければいいのだ!」と。

ここで重要なことは、舞踏会への参加者は誰もが自分がつけている仮面がはずされる可能性があるのに、大半の人が忘れているということです。個人的には、インターネットはシステムとその特性から、実名と匿名の区分はあまり意味がないと考えています。実名、匿名、固定ハンドルネーム、匿名ハンドルネーム(捨てハン、@名無しさん)などの分け方をしても、例えばどこかのコメント欄に私ではない人が「藤代裕之」と書き込むかもしれません。藤代裕之を名乗ったブロガーがブログを開設するかもしれません。成りすましは非常に容易です。
(太字修飾はBigBanが付与)

に至っては、悲惨な論旨展開だ。

ガ島さん、本当に書きたいことを書いているかな?言いたいことを書いているかな?自分の鼻で、しっかりと息をしているかな?

このあたりのあなたの、何が言いたいのかわからない内容の文章に、稚拙な「仮面舞踏会」などというギミックをつけさらに混乱した論説を、日経BPというメディア上で聞かされるのは、正直つらい。

初期の頃にサロン的に行われていた仮面舞踏会が、どうしたって?その後やってきた新しい人でそのサロンはどうなった?で・・匿名実名論がどうなった?

一つ一つ追っていくと、あなたに最近ネット上でなされている批判が、そのまま当てはまるとしか思えなくて悲しい気持ちになる。

このような川に並んだ石を、あさってのほうに五段飛びしていくような論説は、間違っても、今の状況の中で人前に出すべきものではない。

このへんはあなたにもわかっていると思う。

結局最後には、

新しい「お約束」探しが始まったとも言えます。そして、そのキーワードが「リアル」であるような気がしています。「ブログなんて2ちゃんと同じだ」と思っているネットワーカーにとっては、このような議論は無意味かもしれませんが…。

論点が十分にまとまっているとは言いがたいかもしれません。議論の出発点になればいいと思っていますので、ご意見やTBよろしくお願いいたします

と放り出す始末。

申し訳ないが、これでは「議論の出発点」以前の問題である。あなたは、忙しい自分の時間の中で、幾何級数的な批判や圧力と自意識にはさまれて、混乱状態にあるのかもしれないが、しばらく他のブログでなされている、あなた自身への論説を、じっくり目を通し、何があなたに欠けているか、自問して欲しい。

その上で、また新しいガ島さん、いや藤代 裕之さんとして、私達の前に現れて欲しい。そういう意味では、あなたがブログでおっしゃった「ブログへの関心」の衰退という、自分自身に聞こえた「声」に、むしろ素直に従ってしばらく執筆はお休みをされたらいかがか。

最後に、もうお読みになったかどうかわからないが、そして大変に厳しい内容だが、あなたへの壮絶な批判が1人のブロガーによって掲載されている。執筆者自身にもコメントしたが、もしもこれが私に向けられたものであれば、私は一時的にはショックは受けるかもしれないが、中期的にはこの執筆者に感謝すると思う。
もしこの批判が的外れであれば、今、あなたは全力でこれに反論すべきだと僕は思う。

なぜなら彼は、あなたのように、あさっての方向へ5段飛びしていないからだ。
なぜなら彼は、真っ直ぐに、ガ島さん。
あなたの存在に対して真っ直ぐに向き合おうとしているからだ。

この記事へも形式的なTBはいらないから、少し耳を傾けて、休まれることを切に希望する。

【前記事】
終焉を言う者から順に終焉が訪れる----「ガ島通信」のタイトルに思う。

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Comments

これは以前、私も自分のブログで書いたことがあり、むなぐるまさんも取り上げられていたのですが、エントロピーの増大に対してブログオーナーがどう対処するかということですよね。
ガ島さんに違和感を感じるとすれば、今、これを汎ブログ的な問題として取り上げているというところです。
なぜならばこれは昨日今日始まった問題ではなく、インターネットそのものに伴う問題だからです。
簡単に言っちゃえばアラシの問題ですよね。あるいは管理者にとってのアラシの問題ですね。
「小さな目で見る大きな世界」は大きく荒れはしなかったけど、管理者側に注意ある言動を強いるコメント自体は稀にありました。Big Bang さんでも稀にそういうものはありますよね。
PVが増えればそうしたエントロピーが増大するのは避けることが出来ず、仮に悪意がなくとも、例えばコメントが1日に10以上つくとそれに丁寧に対応するのは時間的に厳しくなります。
それはブログ、というかコメント欄を開放している以上、起こり得ることで、ブログ自体の特性とは何の関係もないことです。
つまりこの意味においては、ブログは「終わり」もしないし「続き」もしない。
ブログが終わった、あるいは新しい始まりを迎えたとするガ島さんの言い分がおかしいと思うと同時に、終わっていない、とする言い分もおかしいと感じる所以です。
今までウェブサイトの「炎上」は数限りなくあり、問題にするならばブログ界的には大ニュースだった記者ブログ炎上や小倉先生に対してコメントスクラムが行われた時に問題提起すべきだった、と私は思います。
自分がやられないと分からないものですかねえ。

こんにちは。

>「小さな目で見る大きな世界」は大きく荒れはしなかったけど、管理者側に注意ある言動を強いるコメント自体は稀にありました。Big Bang さんでも稀にそういうものはありますよね。

standpointさんの「そういう事態」への対応の苛烈さは、「稀にありました」というようなレベルではなかったようにも思いますが。(笑)

巨大ブログの苦労はなかなかわかりませんが、ここも確かにおっしゃるように、そういう状態になったことはありました。
アクセスが増えれば、一定数そうした(「注意に値する」)書き込みが増えるのはいわば宿命でしょう。

「炎上」などという表現は好きではありませんが、批判的なあるいは中傷的なコメントが大挙して押し寄せ、管理できなくなる事態は、こうしたツールを使うかぎりは、危険性として誰にでもあることです。

ここで言えば・・

そうだなあ・・

あまりにもアクセス数が激増しないように多少コントロールはしているかもしれない。

自分で対応するのにストレスがたまり過ぎない程度にですね。

インターネットの歴史上の話をすれば、長くなるので記事にでも書こうかなと思いますが、歴史は繰り返しているだけです。そうした経験の有無についていろいろ思うことはありますね。

それにしてもstandpoint1989さん。
そろそろ自分のブログ復活したくありません?コメント欄では、あなたにはもったいない・・・笑

>standpoint1989さん
私もサイト復活を楽しみにしております。

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