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June 12, 2005

「ひめゆり学徒証言は退屈」------不謹慎と表現力の微妙な関係

うーん。こういうのはどうなんだろうなあ。と考えてしまった。
この記事。

「ひめゆり学徒証言は退屈」=青山学院、入試英語で出題

 青山学院高等部が2月に実施した入学試験の英語科目で、太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された元ひめゆり学徒の証言について、沖縄を訪れた生徒が「退屈で飽きてしまった」と語る内容の英文が出題されていたことが9日、分かった。
 元ひめゆり学徒の1人は「体験を話しているのは若い世代に伝えたいから。こうした文章が入試で出るのはつらいし、許せない」と指摘している。
 設問は長文を読んで質問に答える形式で、試験用に同校の教諭が書き下ろした。3種類の入試のうち一般入試で出題され、1057人が受験した。 (時事通信) - 6月9日21時1分更新

この英文の全体を読んでいないので、何とも論評できないし、「元ひめゆり学徒」という人が不快を表明するのもわかる。確かに、入学試験の問題としては不適当といわれてもしょうがなかったかもしれない。

だが・・だがである。

「大切な話」や「重要な話」が、「退屈である」ことはこの世の中、よくある話。おそらくこの英文の原文を書いた(教師だと聞いているが)人が、ひめゆり学徒の体験談を「退屈だ」と感じてしまったのは紛れも無い事実。
「退屈だ」と感じるのがいくら不謹慎だと言ったところで、そう感じてしまった事実を覆すわけにはいかない。

思えば、こうした「不謹慎」と「退屈」の軋轢のような話は、私達の社会には少なくない。例えば葬儀の席とかで、不謹慎とは知りつつ、あるいはその故人への思いは決して軽くないにも関わらず、あまりに冗長な挨拶に退屈を感じてしまったことが、あなたにはありませんか?

思うにその話の「重要さ」とか「深刻さ」とは別の次元に「表現の力」という問題があって、全く内容のない話なのに、「表現」が絶妙なので聞き入ってしまうこともあれば、今回のひめゆり学徒の話のように、「重要」で「深刻」なのに「表現」が未熟で(おそらく)退屈と言われてしまう話もある。
これはブログなんかもそうだ。大事なテーマだと言うのはわかるんだけど、あまりに退屈で読めない記事なんて山ほどある。

まあ、そう思ってもその「退屈さ」を率直に出してしまうところが「不謹慎」と言われる所以なのだけれども、それを不謹慎とばかり言っていても始まらない、もう少し深い考察も、あるように思うのだ。少なくとも文学はそうした微妙な人の気持ちの絢のようなものを無視しては成り立ち得ないし、心を動かそうと思えば、ことの実態の力に甘えず、「表現方法」に貪欲になってもいいはずだ。

つまり、どんなに重要な話であって、限界まで「表現」を尽くせというミッションからは逃れられないのは例外ではないということか。

深いような、当たり前のような、何とも表現のし難い話である。

【同日加筆】

今、夢幻の如さん児童小銃さんのサイトで問題となっている原文を読んできた。確かに多くの方が言われている通り、報道と実際の問題文とはだいぶイメージが違う。ここで表現されているもの=つまり英文の問題自体の表現しようとしているものは決してそう低い内容のものではない。
これもまた、仮に「退屈なひめゆりの体験記」というものがあったとして、私達が如何にして「そのこと」に向かい合うべきかというテーマを、期せずして提示しているように思える。

だが、入試問題のミッションとして妥当かどうか。その疑問が最後まで残るのも事実なのであり、そこまで考えるとそもそも、「入試で出題される文章」のミッションは何なのか、というところまで考えてしまった。未整理だけれど。

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Comments

批判と批難はちょっと違うし、今回は批判しているわけでもない。
この異なる意見をどう受け止めるのかが問題だと思う。

「ひめゆり」は確かにまぎれもない事実だったし、
彼女たちは思い出したくない記憶を引きずり出して話している。
話を聞けば、戦争の悲惨さなんてものは分かる。

だけど、それは全てオール正しくて、考察を加えることも許されないのだろうか?
考察を加えると、それに「批判するとは何事だ!」とバッシングが返ってくる。

どうやら常にキャスティングボードは彼女たちが握っているようだ。
異なる思いを持つ人との相互理解こそが、
反戦を語るときには欠かせない要素だと思うのだが、
残念ながら、日本ではそうではないらしいですね。

うーん、なんだかなぁ~

こんばんは。

>どうやら常にキャスティングボードは彼女たちが握っているようだ。
>異なる思いを持つ人との相互理解こそが、反戦を語るときには欠かせない要素だと思うのだが、残念ながら、日本ではそうではないらしいですね。

いやいや、彼女達に別に問題はないと思うのですよ。やはり「浅い報道」に問題があるのではないでしょうか。問題視するならするでいいけれど、いかにも掘り下げが足りない。記者自身も原文を読んでいるかどうかも疑わしい。

その点。今回も各ブロガーのあげている評論の方が遥かに深く参考になります。

まあ、それが当然の時代になってきているのだと思いますが。

なんで,こんな話題を入試問題にしたのかが,私にはかなり疑問です.
退屈だと思うことは,個人の感情だし止められるものじゃない.またその体験から,戦争体験をどうやって語り継ぐかなどということを話あったりすることも大切なんだと思います.
でも,なんで入試問題にしたのかな?入試って議論する場ではないですよね.なのにわざわざそういう話題を選んだのか,不思議です.

>問題視するならするでいいけれど、いかにも掘り下げが足りない
↑記者さんにも言えるけど,この問題を作った先生にもいえるような気がします.問題提起の気持ちがあるなら,謝るだけでなく自分の気持ちを話せばいいのにと思います.そこまで考えていなかったのかな.

TBありがとうございました。
僕も、この英文の作者は掘り下げが足りないと思います。ひめゆり学徒の話を退屈と感じたのは事実だとして、「どんなに良い話でも、聞き手がそれを理解しなくては、ただの言葉の羅列になる」と書いてあって、それじゃあ、ひめゆり学徒の人はどうせいちゅーのかと思いました。

僕だったら、この英文の後の設問の「なぜ作者はその話しを好きになれなかったのか」の選択肢の中に、「そもそも作者はその話を理解しようと思っていなかった」とか「作者は、その前の防空壕での体験から、言葉だけの伝達方法は無意味であるという偏見を持っていた」とか「作者は学校行事で無理矢理来たのでおもしろくなかった」とか「作者は太平洋戦争での沖縄戦の知識がなかった」とかをいれます。そうした解釈だってできたはずです。しかしながら、そうした解釈は入れなかったというところに、この英文の作成者がどの程度考えて試験問題を考えたのかがわかります。

てゆーか、そうなるとこれを入学試験の問題としていいのかという話になります。中間とか期末テストならいいかも。

こんばんは。

>でも,なんで入試問題にしたのかな?入試って議論する場ではないですよね.なのにわざわざそういう話題を選んだのか,不思議です.

入試問題において、先生自身が「表現しようと」したのかもしれませんね。その結果はこういうことになってしまったのですが。そのあたり書いてみたい気がしています。


今晩は。真魚さん。

>僕だったら、この英文の後の設問の「なぜ作者はその話しを好きになれなかったのか」の選択肢の中に、「そもそも作者はその話を理解しようと思っていなかった」とか「作者は、その前の防空壕での体験から、言葉だけの伝達方法は無意味であるという偏見を持っていた」とか「作者は学校行事で無理矢理来たのでおもしろくなかった」とか「作者は太平洋戦争での沖縄戦の知識がなかった」とかをいれます。


少し笑ってしまいました。さすが真魚さん。笑

「何かを表現しようとする場において、学校の入試試験は適当かどうか」

そんなところに突き当たるような気がするんですよね。どうも僕にはこれは戦争体験評価に関する話というよりも、入試という非日常の、何というかな、ありかたのようなものに気持ちが引き寄せられてしまっています。

中学英語の範囲であるのに、かなり微妙なところを突いてくるなあと、これは本論からずれた感想ですが、そういう意味ではよく練られた試験問題だなという感想を持ちました。
あくまでテスト問題として見れば、戦後60年、平和というものを類型的に描き出して見せるかのように見せかけて、ころっと反転していますよね。
英文読解用の文章も、あくまで文章ですから、文章の背後にある「常識」に沿ってまずは読み解こうと受験生は当たりをつけるわけで、そこを「裏切る」。“リテラシー”を利用したひっかけの意図があったんじゃないかなと思いました。
あくまでテクニカルに言えば、むしろよく出来た問題だと私は思います。

こんばんは。

>英文読解用の文章も、あくまで文章ですから、文章の背後にある「常識」に沿ってまずは読み解こうと受験生は当たりをつけるわけで、そこを「裏切る」。“リテラシー”を利用したひっかけの意図があったんじゃないかなと思いました。
>あくまでテクニカルに言えば、むしろよく出来た問題だと私は思います。

私も同意です。素直にというより単純に「レベルの低い」先入観でいい加減に読み取ろうとすると裏切られる、入試問題としてのある種の「資質」も兼ね備えているわけです。
にも関わらず、批判されるとすれば、その「テーマ」が、ここにふさわしかったか、という、ある意味での入試問題の「特殊性」という観点(それがあるとしての話です)から見て、適切な問題であるかどうかですね。

ここのところが、どうも自分の考えがすんなりまとまらないでいるので、総合的な評価ができ得ないでいるのです。

別次元で言えば、入試問題に採用される問題文は、英語であれ、日本語であれ、その思想も社会的に穏当な範囲(様々な意味で)になければならないのか、そうだとすればその判定は誰が行うのか、という疑問につながります。

言論や思想が保証されているという社会の規範は、入試問題に関しては、別段の配慮で運用されなければならないのかどうか。

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