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June 17, 2005

米国の下半身----MSも中国のブログ検閲に協力

何とも馬鹿げた話だ。このニュース。

中国でブログ検閲に協力 米マイクロソフト

【ニューヨーク13日共同】AP通信によると、米マイクロソフト(MS)は13日、インターネット上で自分の意見などを書き込めるブログの開設サービスの中国版「MSNスペース」で、中国政府に協力して書き込みを検閲していることを明らかにした。
AFP通信のインターネット版によると、「自由」「民主主義」「人権」「台湾独立」などの言葉を含む意見を書き込もうとすると、「それらの言葉は禁止されています。他の言葉に置き換えてください」とのメッセージが表示。中国政府にとり好ましくないテーマの書き込みはできない仕組みになっているという。

この記事で触れたのが人間の二面の邪性であるとするなら、差し詰めこれは、企業の二面の邪性とでも言える側面か。今後急拡大が予想される中国市場に向かうマイクロソフトが、中国政府に逆らうことは得策でないと判断しているのではないかということだが、何とも馬鹿げた話である。

>「自由」「民主主義」「人権」「台湾独立」などの言葉を含む意見を書き込もうとすると、「それらの言葉は禁止されています。他の言葉に置き換えてください」とのメッセージが表示。中国政府にとり好ましくないテーマの書き込みはできない仕組みになっているという。

だと?

まあ、中国がインターネット界において次元の異なる異界であり、巨大なFireWallを国中にめぐらせていることは、この記事「反日デモは鎮静化の模様だが----中国ネット検閲の実態」でも触れた。
このFireWallと検閲システムに、米国系企業では具体的にシスコシステムズやノーテルネットワークス、サンマイクロシステムズなどの名前が挙っていることもその記事中で触れたとおり。

これにマイクロソフトも加担していたと、そういうことである。言ってしまえばそれだけの話であるが、米国も「上半身」と「下半身」が分離しているということか。やりきれない話である。

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Comments

上半身と下半身という表現、上手いと思います。
ネットも影響力が増すにつれ、こういうことになってしまうんですね。
TBさせていただきます。よろしくおねがいします。

今晩は。
確かに、あなたも自ブログで言われている通り

「人は禁止されればされるほど、それを求める。」

その通りですね。

しかし、IT関連の企業にも民主や人権に関わる事項での「モラル」遵守のミッションはあってしかるべきではないでしょうか。しかも、米国企業であるのに。


そうですね。おっしゃるとおり。
もしこれと同じ事をアメリカの国内で、
政府や州から言われたからといってやったとしたら、
不買運動ならぬ「不使用運動」が起きるほどのことですよね。
なんとなく、アジア人への人種蔑視のような感じも受けますね、
アメリカの多国籍企業のやり方には・・・。

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» 「民主主義」入力禁止。米MS、ブログ検閲で中国に協力■フツーにニュース0615■ [フツーに生きてるGAYの日常]
あの~・・・かえって逆効果なのでは?(笑)。 米マイクロソフトと中国政府がつるんでブログに禁止語をもうけているらしい。 ●asahi.com2005年6月15日 まあ、日本だって60年前までは同じような政府があって国民を見事にコントロールしてたんだから人様のことは言えないけど、今この時代にこんなことをして人心を掌握しようと企んでいる政府って、マジメにあるんだなぁと、ある意味感心。 中国では最近「鉄西区」というドキュメンタリー映画を若者が作り、国際的には大変な評価を得ているのだけれど、中国... [Read More]

» テクノロジーの外側へ!(中国のネット検閲に思う) [yt's blog]
インターネットは自由な空間である。多くの人がそう信じ込んでいるだろう。それこそが、インターネットのインターネットたる所以であると。しかし、現実はそれほど単純ではないようだ。... [Read More]

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