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July 23, 2005

ディテールに宿るのはいつも神とは限らない-----「クオレ物語」と靖国神社

country

「ディテールに神が宿る」というのはドイツの格言なのだと言う。意味はそのままそういうことだ。この世界において、あるいは人生において大切なことは、大所高所にあるのではなくて、日常のささやかなこと。何気ない出来事の中にある。
あるいは、文学や美術にしても、細かなところに込められている細工を見逃せば、そのことの正しい価値判断はできない。そういう意味であると自分なりに捉えている。

子供の頃の愛読書に、「愛の学校 クオレ物語」という本があった。イタリアの小さな田舎町の小学生、エンリーコの学校生活の1年間を、日記形式で描いた古典名作だ。友人や先生との間におきる様々な諍いや、小さな出来事。それらをエンリーコの視点から描いた感動的な物語で、ささいな人生の中にあるとるに足りないような出来事が、生きていく上で大切な様々な教訓に満ちているという、推薦図書として一時もてはやされた本である。
僕の家になぜこの本があったのかはっきりしないが、おそらく、祖父が何かの機会に買ってきたのだろう。祖父にはそうした、ある種典型的な、「教訓的」面があった。

正月になると毎年靖国神社に僕を連れて行き、「爆弾三勇士」の像の前で、彼らの美談を繰り返し聞かせ、乃木大将の武勲を教えたのも祖父である。
祖父母に育てられた僕は、言葉の正しい意味で「年寄りっ子」であった。

爆弾三勇士(ばくだんさんゆうし)とは、上海事変中の1932年(昭和7年)2月22日、蒋介石率いる19路軍の築いた鉄条網に突撃路を築くために爆弾を投入し、自らも爆死した久留米第24旅団の工兵、江下武二、北川丞、作江伊之助の三名のことを指す。当時彼らは賞賛されたが、実際には帰還に失敗した事故死であるという。(Wikipediaより)

「愛の学校 クオレ物語」は、同じ本に「母を訪ねて三千里」という別の物語も載っていたこともあり、何度も何度も繰り返して読み、見たこともないイタリアの田舎町に暮らす「ナイーブで心温かい」エンリーコに思いを馳せたものである。
おそらく祖父が僕に伝えたかったのは、この種の感動であり、生きていくことのディテールの大切さであったろう。
そこそこに賢明な人ではあったが、とにかく地味で、何十年も毎日同じ時間にでかけ、同じ時間に帰ってくるつまらないほど、短調で堅実なサラリーマン生活、大した出世もしなかった真面目一筋の生活をおくった祖父にふさわしい、僕へのメッセージだったのだと思っている。

ところが、最近になってこの「愛の学校 クオレ物語」について、気になる情報に触れた。それは、この本が学校国家・家族国家としてのイタリアを強く意識しており、そういった示唆に満ちた文章が溢れており、ムッソリーニの国家ファシスタ党のプロパガンダに使われたという説である。

例えば、主人公のエンリーコが母に連れられて慈善活動として貧しい女性の家に下着類を持っていく場面がある。そこには片腕が不自由な級友クロッシがいた。母は最悪な環境の中でも勉強を続けようとするクロッシに感動し、あの子にこそ一等賞をあげるべきであるという。そういった生活弱者たちがこの本の中では多く扱われ、彼らはその中でもイタリアの一員として学ぼうとし、働こうとしている。だから何不自由なく育つエンリーコのような少年は自分の環境に感謝し、学び、更なる強者としてイタリアの一員となるべく、イタリアという家族国家に奉仕するべく頑張らねばならないという「説教臭さ」が、言外に読み取れるのだという。

「ここでは、貧者と富者の厳然たる存在を既成事実として認めたうえで、そうした格差を生み出した社会には目を向けることがない。 ( 中略 ) 階層分離した社会を固定化したうえで、ブルジョア階層に主導権を与えながら融和を説くのである 。」

(「『 クオーレ』の時代―近世イタリアの子供と国家」藤澤房俊著より)

今までこうした観点でクオレを考えたこともなかった僕は、思っても見なかったムッソリーニの名前が出てきたことにショックを受け、同時にあの地味で堅実一筋の毎日をおくり、それでいて年始に僕を伴って靖国神社参拝を欠かさなかった祖父のイメージが重なった。

人生のささやかなこと。一つ一つの繊細な出来事。それを大切に暮らしていくのが、平和な庶民の日常だとするならば、そしてそれを守っていくのがそうした庶民の「役目」だとするならば、確かにそれは短絡的に批判される性質のものではないかもしれない。
だが、ディテールに宿るのは、あるいは繊細な日常を大切にし、そこにささやかな生きていく上での教訓を読み取ることは、いつも「安全な」こととは限らないのである。

教訓的な美談をそのまま受け取ることを、単純に危険視するのも、ファシズムという言葉に脊髄反射で反応するのも、また偏った態度であろうが、物事は幾つものレイヤーが輻輳的に、重層的にかさなって構成されていることを努々忘れてはならないと思う。

そう。ディテールに宿るのが、いつも神であるとは限らないのである。
そう思わないかい?

参考: 「『 クオーレ』の時代―近世イタリアの子供と国家」藤澤房俊著

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Comments

 
 なんとなく意味のない思い出話をしてもいいですか?

 今でも変わらないようなのですが、中学の国語の教科書には、かなりの確率で、魯迅の「故郷」という作品が載っているんです。僕も中学のとき国語で習いました。

 その中に、ヤンおばさんという登場人物がいるんですね。意地汚くて、自分勝手なことばかりを言って、隙があれば勝手に人の家のものを持って行ってしまったりする、ひどい人物に描かれているんです。

 先生が授業中、この人物について生徒たちに感想を求めました。みんな「むかつく」「うっとしい」みたいなことを言います。異口同音というのでしょうか。みんな似たようなことしか言いません。なのに先生はものすごい勢いでたくさんの生徒を順番に当てていきます。

 僕の順番が回ってきました。僕はみんなと違うことを言いました。半分はみんなと同じことを言うのがイヤだったから。半分は先生の執拗な態度に空気を読んだというところでしたが。

 「この女の人、当時の中国を象徴してるんとちゃうかなぁ」

 言った瞬間の空気が怖かったです(笑)。僕は当時は今以上に周囲に変人だと思われていましたし。「またおかしなこと言い出しよった、何言うとんねん、こいつは?」という空気が、空気だけでなく実際の声が、僕の周りを取り囲みました。

 先生は今までの答えには適当に相槌を打っていただけだったのに、いきなり黒板にダッシュし、僕の答えを赤のチョークでやたら大きな字で書きました。空気に圧されていた僕は、先生まで一種のイジメに加担し始めたのかと思いました(笑)。

 魯迅という作家や中国の近現代史をちょっとでも勉強すれば、僕の言ったことはむしろ陳腐な分析でしょう。教科書を隅まで読めばどこかに書いてあったでしょうしね。

 でも、多くの中学生(実は僕も含めて)にとっては、魯迅の「故郷」は、カタルシスはないけど、変な奴がいっぱい出てくる奇妙な物語として、それなりに楽しいものだったわけです。

 ヤンおばさんを罵倒していたクラスメートたちは、僕のような変人を蔑んだりしながら、どういう「ディティール」を見ていたんでしょうか。どんな「ディティール」の中で中学生活を送っていたんでしょうか。現在ではどうなんでしょうか。ふと思ったりしました。

 とりとめがない長文でごめんなさい。

 
 「戦前を無条件で悪者にするのはやめろ」

 こういう主張をする人がいます。

 彼らは、必ずしも軍国主義者というわけではなく、天皇万歳な国粋主義者というわけでもないのかもしれません。そもそも今の日本でそんなものをリアルに感じているとはちょっと考えにくいわけです。積極的にそれを口にする場合も、単に知識で語っているだけです。

 そんなことよりも、彼らにとっては、自分の曽祖父母が生活していた時代、その時代に人々が行っていた営み、彼らが信じていたもの、望んでいたものを、単に悪者として切り捨てるのが許せないというところが出発点のように思います。

 人々が生まれ家族の中で育ち生活の糧を得ながら、愛したり悩んだり笑ったり泣いたり楽しんだり悲しんだり、そういう人間の営みをしていたことは、本質的に今と変わらないはずだ、そういう思いなんじゃないかと。

 なのになぜ悪者にするのかと。なぜ間違っていたと一方的に糾弾するのかと。その「ディティールに神は宿っていないのか」と。

 でも僕は逆に怖くなります。

 今の我々と変わらない「ディティール」を持っていただけのはずの人々から、なぜあんな「結果」が起きてしまったのか。それなら、今の僕らにも簡単に起こってしまうんじゃないか。

 “彼ら”が「攻撃の対象としても仕方がない」とする相手にも、同じように「ディティール」があるはずじゃないのか。どんな独裁国家でも、どんな敵対国でも同じじゃないのか。なのになぜ「ディティール=神」同士はケンカをはじめるのか。

 自分の「ディティール」が叩かれるのを聞くのは確かに不愉快だ。外の人間から叩かれるのはもっと不愉快だ。でも「戻る」とすれば怖い。

 「神じゃないかもしれないディティール」を、僕らはどうすればいいんでしょうね?


 ごめんなさい、ちゃんと理解できているかどうかもわからないけど、今回のエントリーにはものすごく多くのことを思わされました。連続で長文を投稿してごめんなさい。

 日々の生活のディテールにも、危険な熱狂や壮大な愚行を育み、動員されるものが潜んでいるかもしれませんね。
 これまで、先の戦争と「庶民」の関係は、「騙されていた」「駆り出された」とされ、最近は「加害責任に向き合おう」という「徳目」(嫌味っぽい?)で語られます。
 でも、そうやって丸めた理解からはみ出したところでしか、日常とテロや戦争との近さは見えない。「対テロ戦争」を利用しようとする人たちは、「安全な日常を脅かす敵」というイメージ操作を専らにするでしょうしね。

 ボクシングファンさんのコメントは、今の「保守」的心情を分析して説得力がありますね。

 
 

ボクシングファンさんに、ここまでコメント欄で書いていただくと、それに対してまた短いコメントで返す事自体が申し訳ないような気がします。

「ディテール」の世界に生きていた祖父によって僕は靖国を幼い時から、教えられて見てきた。難しいことはわからなかったけれど、そこに祖父の思いがあり、思い出があり、おそらく彼にとって親しい人も、「そこ」に祀られていたのでしょう。祖父はひたすら、「英霊」に会いに、靖国へと地道に足を運んだ。

そういう中にあって、祖父と全く同じ経験を潜り抜けた祖母は、正反対の立場でした。彼女は靖国への参拝を頑として拒み続けた。新年の参拝にもついてきたことはありません。祖母はああいう時代に日本を、というか自分達を導いていった指導者を憎み、昭和天皇への不信感も隠しませんでした。
一方で、東條英樹に罪をかぶせて、様々なことを「なかったこと」に隠蔽してしまった日本の戦後にも、祖母なりに拒絶反応を持っていました。

それが人間です。同じ経験を経ても違う場所にたどり着くことはある。

そうした中に育って、今、僕は靖国に対して非常に批判的な立場ですが、あの祖父のような人たちがこの国に、数え切れないほどいることは、感覚的にはわかるし、忘れたことはない。その人たちの考え方や思想を一概に謗っても、何も生み出さないことはわかっている。そのことに気づかせ、またこうした経験をさせてくれた祖父母には感謝しています。
だが、祖父への思いと、この神社そのものの正当性を論じることとは、やはり別です。

ささやかな暮らし、ささやかな平和。

結果的にそれらを踏みにじられたからといって批判し、それらを守れたからといって正当化できるものではない。
では、第二次世界大戦に勝利し、東京裁判も原爆も東京大空襲もなく、米国に進駐されることもなかったとすれば、歴史は正当化されたのか。あるいは違うのか。
どうだったのか。

平和であれば正当化され、災禍に破壊されたから批判されるのか。
そうではないのではないか。人は、もっと絶対的なものを志向すべきではないのか。結果の良し悪しだけではなく。そう思えてなりません。


少なくとも「平和主義」や「平和憲法」の思想がもしも成立するとすれば、日本の「ささやかなディテール」を守るに留まってはならないと思います。ディテールを守ることはそのまま何かの徳になるわけではない。一歩間違えば、壮大な独りよがり国家の出来上がりです。まさに「平和」を実現するプロセスも平和的であるとは限らない。
もちろんここが、米国のネオコンの陥っている非常に危険なところにも通じるわけですが。

そしてkuronekoさん。

> ボクシングファンさんのコメントは、今の「保守」的心情を分析して説得力がありますね。

その通りですね。

「ために情報操作をする勢力」を見逃してはならないと思う。意識せずなされる「愚かしい」情報操作も、ね。


いずれの立場を支持するにしても、どこまでの想像力をこの問題に持てるか、どこまでを通り一遍の常識論で済まさずに考えられるかということが重要だと思うのですよ。
東京大空襲の記事でも書きましたが、直接の戦争経験者が、日を追って少なくなっている現在、体験を直接聞くことのできた私たちの世代の責務は高まっていると思う。

ちょっと広がりすぎたかな。早急にまとめられるものでもないのですが。

確かにクオレを巡る逸話は、示唆が深く、(この情報を最初に僕にもたらしてくれたのは、TBもされている「たゆたえど沈まず」のStandpoint1989さんのパイロット記事だったと、記事を書いた後でわかったのですが)投げかけているテーマは決して浅くないと思っています。

standpoint1989さんに感謝します。

こんにちは。

MY LISTで僕のページに触れていただけたこと、
本当に嬉しいです。
ありがとうございました。
BigBangさんに存在を認識してもらえたことが、
ものすごく嬉しいです(^^)

そして、僕のとりとめのないコメントに、
とても緻密なレスをいただけたことも嬉しいです。
ありがとうございました。


>祖父と全く同じ経験を潜り抜けた祖母は、正反対の立場

 とても興味深い事実だと思いました。同じディティールの中に存在しながら、結果的に逆の結果を生じさせる力も存在するのですね。本来は、そうやって、暴走は抑止されるものなのかもしれません。

 ヤンおばさんが疎まれても生存でき、僕が変態だと後ろ指指されても決定的に存在を否定されることなく生きてこられたのは、そこに自然な抑止力が働いたということなのかもしれません。暴走し、ある種類の人間を徹底的に弾圧してしまうような状態というのは、その抑止が何かの事情で効かなくなったということなのでしょう。

 抑止をなくしてしまった状態には、「ディティール」を超えた何かが働いたのでしょうか。少なくとも、「ディティール」を神として敬っているだけでは、それを抑止することは必ずしもできず。結果として、暴走に加担することになってしまうかもしれない。

 「日本のささやかなディテール」を守るだけではすまない何かがあるのかもしれません。そこに踏み込む勇気を持つことは、なかなか難しいものだと言うと、臆病に過ぎるでしょうか。

こんばんは。

>BigBangさんに存在を認識してもらえたことが、ものすごく嬉しいです(^^)

何をおっしゃいますか。ボクシングファンさんの存在感はこのサイトの大事な財産です。あなたのサイトも拝見しているのですが、コメントってかけないんですよね。ブログに変更するご予定とかはないのでしょうか。

実はロースクールは、予備校の説明会まで行ったのですが「諸事情で」見送っています。それだけに羨ましい限り。頑張ってください。

>ヤンおばさんが疎まれても生存でき、僕が変態だと後ろ指指されても決定的に存在を否定されることなく生きてこられたのは、そこに自然な抑止力が働いたということなのかもしれません。

魯迅の「故郷」。確かに一度読んでいますが、どのくらい昔かわかりません。ですが、ヤンおばさんのことは覚えています。
中国の近代へ向けての矛盾と苦悩とか何とか。もっともらしい解説を授業で聞いたような気がしますが、この年になって読み返してみたら、どんなことを感じるのかなと興味があります。

ところでボクシングファンさん!

相変わらず誉めすぎですよ。なんですか。あの記事は!誰のこと?!

って感じでした。(笑)

 ありがとうございます。感激です。とりあえず、いろいろ頑張りますね。何せいいかげんな僕のことなので、全然自信がないんですが。

 ヤンおばさんの件は、僕の個人的思い入れで語り込んでしまってすいません。わかりにくいですよね。

 ブログですか…。確かにコメント以外にも便利な機能が色々ありますし、せっかく仲間に加えてもらったのですから、それが礼儀のような気がしています。

 ただ、実はあの日記、昔ある人に紹介してもらって(もう音信はないのですが)、少なからず思い入れがあるんです。とりあえずこのままでお願いできないでしょうか。すいません。

今晩は。

>ブログですか…。確かにコメント以外にも便利な機能が色々ありますし、せっかく仲間に加えてもらったのですから、それが礼儀のような気がしています。

いえいえ。そんな「礼儀」への配慮は必要ないと思います。


>ただ、実はあの日記、昔ある人に紹介してもらって(もう音信はないのですが)、少なからず思い入れがあるんです。とりあえずこのままでお願いできないでしょうか。すいません。


勿論です。ボクシングファンさんの一番やりやすい形で続けられればいいし、それが当たり前です。
僕もちょっと興味を持って聞いてみただけですから、気にしないで下さい。

ではでは。

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