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October 07, 2005

一瞬の夕暮----1点を、ただその1点を。

station

突然な話かもしれませんが、たとえば、午後から急に降り出した雨が、ようやく止んだばかりの夕暮の街を思い描いてください。
まだどことなくしっとりとした、この日の空気に包まれて、郊外の駅に降り立ったあなた自身を思い描いてください。

止んだ雨の一瞬の安堵から、それぞれ家に閉じこもっていた人々が姿を見せ、街はいつもの賑わいをとり戻しつつある、そうした一瞬の夕暮に立っている、あなた自身の姿を想像してみてください。

次にあなたの胸に、あなたのその右手を添えて、茜色に染まり始めた西の空を見ながら、ゆっくりとゆっくりと息を吸い込んでみてください。あなたの体がこの空気を心ゆくまで吸い込んだら、次にゆっくりと、ゆっくりとそれを吐き出してみてください。

もしも何かの音が聞こえたら、その音がどこから来ているのか、じっと耳を澄まして欲しい。

もしも誰かの声が聞こえたら、その声を発する者たちのことを、じっくりと考えて欲しい。

喧騒の中に生きている私やあなたには、なかなかできないことです。
だからこそ、この時間。華やいだ空の色が沈み、程なく墨のような闇に沈んでいく一瞬前の、淡い夢のようなこの時間。

あなたの体中に、この大気を満たして欲しい。

私はそうやって今日を何とか生きています。
そしておそらく多くの人たちが。

こんな言葉もおそらく、あなたにとっては儚く、儚くしかなく。
私も、あなたの傍にいるその人のように、少しもあなたを救わないかもしれないけれど。

病んだあなたのその身体の絶望が、悲しみが、苦しさが、記憶が、そして混乱がせめて少しでも軽くなるように。少しでも軽くなるように。

無力の深い淵から、私はその1点を、ただその1点をひたすら祈る。

私だって、希望は未だ探せていないけれど


祈ります。

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Comments

こんなきれいな夕空を見たら、泣けてしまうではないですか…。


暁から夕暮れまでの時間を、どんな方法でやり過ごすか、
夕暮れから暁までの時間を、きょうはどんな方法でやり過ごすか、
そんなことは考えたこともないという人もいれば、
考えることでやっと先へ進める人もいるのでしょうね。

このところ、仕事やら子ども関係やらに時間と手を取られ、仕事以外でネットにつなぐ時間が激減していました。そんな中でも、いつもチェックしているブログは欠かさず読んでいたのですけれど、BigBanさんのブログへコメントするには、隙間の時間にササッ…とはできないなあと、つくづく思いました。

何度も読み返し、反芻し、考え、そして手を止め、手を止めしつつキーを打つ。でも、もう来るまいとは全然思わない。ここは、不思議な場所です。

こんにちは。


自分が無能であること、無力であること、
結局は誰にも存在を肯定されないってこと、
思い知らされて生きています。

今でもそうだし、今までがそうでした。

これからもきっとそうに違いないし、
むしろ“狭まっていく”だけでしかない。

そんな風にしか思えない自分がいます。
ずっとこのままで、もう“終わってる”んだろう。


でも、ふとした瞬間、
自分が選択したことが少しだけ良い方向に転んだり、
思いもかけないちょっとした良い出来事が起こって、
自分は“居ても良い”って思えることがあります。

僕なんかでも人の前に現れても良いのかな、って。


今日、僕の身に、ちょっとした、
“そんなこと”がありました。
実は難しい問題が深まっただけかもしれないけれど。

勝手な思い入れかもしれません。
「あなた」は僕と何の関係もないかもしれない。

だけど、そんな日に、
このエントリーに出会えたこと、
少し嬉しく思います。


今から夕暮れの空気を吸い込みに出かけて見ます。

それでは。

皆さん、どうも・・

どうも最近僕は明け方と夕方にばかりこだわっているなあと、ここしばらくのエントリーを見るとわかるんですね。
自分にとっての時間は、朝から夜まで・・ではなく、明け方と夕方が両極にある感じというか・・あれ?これじゃ普通かな。でも何かちょっと違う時間軸で見ているような気がするんだけれど、気のせいだろうか。

一つには夜更かしで真の意味での「夜」が明け方の数時間しかないというこの暮らし方にも関わりがあるのかもしれません。
自分にとっての「夜」(寝ている夜という意味)は、明け方までのほんの数時間のみであり、昼は長いけれどやはり違う時間(本来の自分ではない時間というのかな)を送っている。

朝方と夕暮時だけかもしれませんね。覚醒しながらも自分に帰れるのは。(夜は狂気だし・・w)

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