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October 12, 2005

だって神は死んだのだもの。

god_is_dead


14歳になったとき、神を探しに出かけた。混乱して情けなくて苦しくてぼろぼろで惨めで、人生は早くもショートし始めていた。どうも僕の世界は作り違えられてしまったに違いない。あるいは僕が何もわかっていないだけなのか。ガキだしさ。

で、責任者よ出て来いみたいなノリでカトリックの教会へ行ったんだよ。とことこと。

責任者よ出て来い。

でもそこにはステンドグラスと賛美歌はあったけれど、神はいなかった。
責任者はいなかったんです。

16歳になったとき、もう一度神を探しに出かけた。今度は彼女と一緒。彼女が招いてくれたのはプロテスタントの教会だった。僕はそこで優しい彼女と、神の歌を一緒に合奏した。彼女の愛する人は、信仰のある人の中から神が選ぶ。彼女はそう言った。僕は彼女の横顔にさようならを言った。

責任者よ、出て来い。

そこには音楽と魂(ソウル)はあったけれど、神はいなかった。
責任者はいなかったんです。

17歳になったとき、また神を探しに出かけた。今度は立川の中央線沿線にある民家が教会だった。この頃、ひとりで、孤独で、さびしくて、一人でひとりだった。民家で「神の存在を証明します」と言われ、「世界の第一原理」というものを何時間も聞かされた。美しい女の人たちが、笑顔で迎えてくれた。美味しい飯も食べさせてくれた。

責任者よ出て来い。

そこには、誘惑と原理(のようなもの)と癒しはあったけれど、神はいなかった。
責任者はいなかったんです。

18歳になったとき、「神は死んだ」と叫ぶ哲学者を知った。実習生の割には態度の大きい鋭い目をした顔色の悪い女子大生が、煙草をふかしながら教えてくれた。毎日放課後になると彼女のところに行き、「死んだ神」についての話を聞いた。

責任者よ出て来い。

そこには哲学者と不良はいたけれど、神はいなかった。
責任者はいなかったんです。




僕はそのとき、僕の人生に責任者などいないことが、やっとわかった。
で、神を探すことをやめることにした。

で、それからもう何十年も探していないし、これから先もきっと探さないだろう。

だって神は死んだのだもの。
だって神は死んだのだもの。



僕とあなたの人生に責任者はいない。
いないんだよ。

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Comments

こんにちは。

世間的には「責任者」は
親ってことになるんでしょうか。

少なくとも若いときには、
人生について親に文句を言いたくなったりします。

別に、親だって責任を取れるほど
人間として完成しているわけではなく、
むしろ、子どもは何でこんななんだ、
責任者出て来いって気持ちかもしれません。

そもそも、親が全ての人に健在である保障もない。


責任者は不在なら、
僕はどこから来てどこへ行くのか。
こんなどうしようもない僕が、
何ゆえ今こうして呼吸していられるのか。
世界のあちこちで、日本のあちこちで、
いろんな理由で人の命はどんどんなくなっているのに。

じゃあ、僕の命も、今後、
一切まともに使われることもなく、
ただダメになっていくだけなのだろうか。

何て「無責任」な話なんだろうと。


うん、無責任ですね。
僕が。

こんばんは。ボクシングファンさん。

>世間的には「責任者」は
親ってことになるんでしょうか。

>少なくとも若いときには、
人生について親に文句を言いたくなったりします。

そうなんですか。例によって親のことは露ほども浮かびませんでした。どこから来てどこへ行くのか、そういう儚い不安が、儚い迷いが本当の強さの源泉かもしれないなあ。

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