SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

« 板門店に行くことにした----切手と非道者の思い出 | Main | 恢復する力----中越地震と小千谷の花火 »

October 22, 2005

心を削れ。さもなければ砕けてしまえ。

glass


畢竟。

生み出し続けていくことは、辛く厳しいことなのだ。
身を切るという言葉があるけれど、どんな言葉も、どんな思いも
どんな思想も、そしてどんな愛情も。恋愛も。

あなたのところに真っ直ぐには降りてこない。
鋭角に降り注ぎ、鋭角に空気を裂き、あなたの言葉があなたの心に切りつける。
続けるということはそういうことなのだと、思う。

終わりを意識することは、あってもいい。いやむしろ。

全ては終わるために営まれているといってもいいのだから。
にも関わらず、続けていくことにも、相応の敬意が払われてもいい。

ブログが日記だなどと誰が言ったのだろう。
いや、その言い方は違うか。

日記こそが実は命の営みを過酷に記録する、死ぬほどつらく厳しい作業だったことを。
およそ日記こそが、私とあなたの命を記録してくれる、それこそ血を吐くような、ぎりぎりの営みであったのではないか。

命を削らないなら、ここに立つべきではない。
心を削らないなら、ここで呼吸をすべきではない。。

幾千億の、心を削らない営みは断罪されるべきではないが、
さりとてあなたの心にもまた届かない、彼方の花火でしかないだろう。
花火を凡庸と呼ぶことに、もしも心がざわつくのであれば、私は全ての花火を
貫徹しつくす視線を持ちたい。眼差しを備えたい。

だから私は心を削って、心を見据えて、まだしばらくは続けていこうと思う。

何かが終わるその日まで。

代償として心など砕けてもいい。それが私の心なら。

砕けてしまえ。

« 板門店に行くことにした----切手と非道者の思い出 | Main | 恢復する力----中越地震と小千谷の花火 »

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28156/6509858

Listed below are links to weblogs that reference 心を削れ。さもなければ砕けてしまえ。:

« 板門店に行くことにした----切手と非道者の思い出 | Main | 恢復する力----中越地震と小千谷の花火 »