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November 12, 2005

板門店レポート(4)----軍事境界領域の村、大成洞(自由の村)

●板門店レポート(1)----変り始める空気
●板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります
●板門店レポート(3)----JSA内へ

今回の僕の「ひそかな」目的の一つに、板門店でブログをモバイルから更新できないかという、わかるようなわからないような目的があった。ここに来る間にも何度か携帯で撮った写真を、auの携帯電話でブログに送り「実況」めいた試みをしていたのだが、写真を撮るのにも相当のプレッシャーがある上に音が響く。さすがにJSA内に入ってしばらくすると、携帯電話は通じなくなった。あきらめて携帯をしまいこむ。

【参考】

  • ソウル三夜――板門店でブログは更新できるのか?
  • ソウル三夜――板門店4
  • ソウル三夜――板門店3
  • ソウル三夜――板門店2
  • ソウル三夜―――板門店へ
  • 驚くべきことに、DMZの韓国側内には村(自由の村)があり、JSAに駐留する兵士により24時間監視体制ながら「普通の」生活をしている。休戦合意以来50念異常にわたって、数年前まではけたたましい「宣伝放送」に悩まされながらも、軍事領域内での、異色の生活を続けてきた。大成洞である。

    ___066

    (これは、遠く北の宣伝村を撮った。
    形だけのマンションを林立させた見せ掛けだけの村だと
    いう。世界最大の国旗掲揚棟に北朝鮮国旗がたなびいている
    のが見える。北側の旗掲揚塔の高さ160m。その掲揚塔
    に掲揚されている北の旗は日本の一般的な民家ほどの
    大きさがある。
    これに対して韓国側も100mの国旗掲揚棟を大成洞に立
    てている。)
    ※いずれも写真はクリックすると拡大されます。

    北がDMZ内につくった村が「宣伝村」として、実際には住民がいない形式だけの村であるのに対し、大成洞の住民は、南北分断前からそこに住み着いている住民であるという。軍事境界線ぎりぎりのこの地に、今でも異常な緊張状態の中暮らしている人々の心は知れないが、昼間は田畑に出て働き、夜8時には必ず家に戻らなければならない。村の内外の境には兵士が常駐しており、検問がある。夜間は一切外出できない。
    そうした生活の「見返り」として、韓国政府は1戸あたりの14-17エーカーもの耕作地を与え(通常は韓国他地域では戸あたりは2-4エーカーだという)その上、農作物の買取保障を行っている。そのため、平均収入は軽く1,000万円を超えるというから、かなりの収入である。
    だが、この村で家族を増やし暮らしていくことは許されない。村に残れるのは長男とその嫁のみであり、他の兄弟は一定の年齢になると村を出て行かなければならないという。

    形としては「原住民」であるが、北の宣伝村に対抗するために維持されている南の「拠点」のひとつであるように思われた。取材はかなわないであろうが、大成洞の住民は何を考え、何を思いながら、この世界屈指の軍事緊張地域に暮らしているのであろうか。
    (大成洞の写真は撮れなかった)

    国連軍のブリーフィングルームに入り、南北分断の歴史を再度レクチャーを受ける。通常は軍人が行うが、軍人が日本語ができないために、私が代行します・・というガイドの説明であった。
    ここで解説を受けて初めて知ったのだが、板門店は最初から今のような板門店であったのではなく、休戦合意後は、南北の軍がそれぞれ交互に監視所を設けて共同監視体制を作っていた時代があったという。その頃の板門店(旧板門店)は現在のものから、数百メートルはなれた場所にあった。

    ___050

    (国連軍のブリーフィングルーム
    韓国戦争と南北分断の歴史を聞かされる
    →韓国では朝鮮戦争といわず韓国戦争と

    呼んでいる。)

    軍事緊張下とはいえ、それほど厳しい対立状況ではなく、交互に立つ数棟の監視所の南北兵士が互いに言葉を交わすという光景も見られたという。

    この「融和状態」を破壊したのが、1976年8月16日に発生した「おの殺害事件」(またはポプラ事件)である。共同管理区域内の1本のポプラの木を、監視の妨げになるとして切ろうとした国連軍に北側が反発し、国連軍側将校の殺害事件に発展した。この事件が軍事境界線の管理を見直させる結果となり、両軍の兵士が接触することを極力避けるために、今の板門店のあの独特の管理方式が成立したのである。

    ___157

    (おの殺害事件の現場)

    10分ほどのブリーフィングが終わり、いよいよ軍事境界領域(板門店)へ移動することになった。

    「板門店には北からの観光客も来ています。こちらからの見学者と北からの見学者は交互に会議場に入りますが、どんなことがあっても兵士や北からの観光客と接触したり口をきいたりすることはしないでください。また、見学の順番でよくもめるので(!)しばらく建物の外で待っていただく場合があります。それから急に情勢が変化したりした場合には(!!!)直ちに退去していただく場合があります。この場合見学は出来ませんがご承知ください」というような説明があった。

    さあ、行こう。
    ツアー客はみな緊張している。

    ●板門店レポート(5)----奥の軍人の背後には へ

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