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November 23, 2005

なぜ僕は未だ誰も殺していないのか---少女の立っている場所

なぜ僕は未だ誰も殺していないのか。

記憶を辿っても、人に対する殺意を持ったことはない。暴力の衝動ならこれは何度もあり、人を殴りたくなったことはある。いや実際に何人かを殴ってもいる。あるいは怪我もさせたかもしれない。しかし、いくら考えても一時も誰かを殺そうと思ったことはないし、それによって何か自分が救われるのではないかとも思ったことはない。だから、彼女の殺すプロセスのディテールを想像することもついぞできないでいる。

だが、たまたま殺意が、その衝動がなかったという理由で、幸いにも、たまたま誰をも「殺すことのなかった」自分が、そのことをもってして、「たまたま母を冷酷に殺した」この少女よりも明らかに許されるのかと自問すると、それも俄かには肯定できないように思うのである。

つまり僕には偶然に殺人の欲求がないという、たったそれだけの差異なのではないか。これを自分と彼女との決定的な差異と呼べる自信がない。

自分の母親が目の前で苦しんで死んでいく、その原因を作った自分の行為が、命をこの世界に生み出してくれた母への、世間並みの愛情を遥かに超える「好奇心」であるという驚愕。それが全て、彼女の歪んだ「化学的関心」から生まれたとするなら、確かにこの行為をどのように理解したらいいのか、いや理解しようという試みそのものさえも、既に何かを踏み外しているのではないかと空しささえ覚えるのはわかる。

そうした彼女の、到底常人に理解できない殺意を(そもそも、あれは殺意だったのだろうか?)、仮に「人の闇」と呼び、認識するなら、明るい光を浴びて生きる多くの人の目には、やはり彼女の行為は「猟奇」としてしか像を結ばないのかもしれない。

まるで、洞窟をのぞき込むと、そこに、どこまでも続いているような深い暗闇だけが見えるようである。その暗闇の前で、僕はたたずむしかない。しかし、その闇がそこにあるということは忘れないでいたい。(深夜のNEWS「なぜこのようなことになったのか」より)

しかし。

思えば世界を最初に認識したときに、僕の世界もまた深い暗闇で満たされていた。人は暗闇で生まれ、暗闇で育ち、その中で少しづつ灯りを灯していくものだと思っていた。この時点で確かに僕の心象はむしろ闇に近かったのである。モノトーンは時間軸の方向に向けて微かにその色をグレーに変えていくような予感はあったが、それでもその出発が闇からであったことは否定のしようがない。

仮に漆黒の闇でこの世に生を受けるのが人であると、そういう実存が人であるのだと、この少女が世界に足を踏み入れた最初のところで思い込み、そこから出発したとすれば、果たしてどうであったか。終に自力で闇から抜け出ることができなかった彼女に私たちは何ができたのか。

生を受けてより、闇から世界に関わりを持ち始めた、つまりそういう「生き始めかた」を選ばざるを得なかった、何らかの内的なあるいは外的な要因がこの少女にあったとすれば、我らの眼差しも、不可解な闇を覗き込むという感覚とは微妙にずれるのではないか。
彼女は闇に陥ったのではなく、生まれ出でた原初の彼女の暗闇から、終に出ることが出来なかったのではないか。

というよりも

この少女が闇に沈んだのではなく、元来、人こそ闇に沈んでいる存在なのではないか。

溢れるばかりの闇の深遠を思わせる事件であることは承知しながらも、闇の一片を自分の肉体のどこか奥のほうで、まだ少女と共有しているのではないかとさえ思う自分は、どこかまだ闇に足を取られ続けているのであろうか。

「そんな事は在りえないけれども、もし、一度だけ生まれ変われるとしたら、僕は植物になりたい。大きな喜びは無いけれど、代わりに深い悲しみも無い。」

生きていることへの、生まれてきたことへの、絶望的な絶望、そして不可逆の命への悔恨がこの結果を招いたのなら、起きたことの全ての冷酷を、この少女の罪として断罪するには、あまりに彼女の心はひどく不可知であるし、闇から歩みを始めざるを得なかった者の不可解も絶望も、結局は我らには理解できないでいるように思う。

現に、あの「懐かしい」闇を思う我は、「幸いにも偶然に」未だ誰も殺してはいないのだけれど、かといって我と彼女の差異だけを理由に、少女が僕の場所から、億万光年の彼方に立っているとも、どうしても思えないでいるのである。事件とそのプロセスを、おぞましいと感じる日常感覚は彼方にあるとまで言うものではないが、だからといって自分に無縁の深遠であるとも思えない。

僕は未だ誰も殺していない。

差異は、たったそれだけのことのように思えてならない。宇宙の時間の中では、瞬きのような差異でしかないように思えてならないのだ。

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Comments

ご指摘ありがとうございます。
なるほど、いい訳をするつもりはありませんが、決して「不可解な闇を覗き込む」という態度で、この子をほおっておこうとしたわけではなく、まずわからないものは、わからないと明確に言おう。それからアプローチしていこうというつもりがあったのですが、あの文章ではそうしたアプローチは見えないですね。

彼女の闇を「生まれ出でた原初の暗闇」とイコールとしえるのかどうか。これは想像ですが、ある年齢までは彼女はごく普通の子と同じだったのではないか。むしろ、思春期に現れる自己の内面と現実とのあまりの大きなギャップが、他者との絶対的なディスコミニュケーションという暗闇を生んでしまったのではないかと思います。不可解な闇を、自分もまたその闇を持つものとして受け入れるのではなく、むしろ不可解な闇は不可解な闇として、受け入れる道はないものかと思います。例えばオウム信者への今の社会の対応を見て、そう感じています。オウム真理教は、市民社会から見て絶対に理解できないものでしょうし、オウム信者と自分たちに共通点があるなんて思うことはないと思います。そうであっても、共存する道はないものか。不可解な闇を「不可解な闇を覗き込む」のままでいいから許容し、受け入れることができないものかと思います。もちろん、その一方で、その闇に光を灯すこともしていかなくてはならないわけですが。

今晩は。TBしていただいた先がちょっとなぜかエラーになってしまうのですが、続編も読ませていただきました。(もう一回TBしていただいたほうがいいかも)

そちらに書こうかとも思ったのですが、とりあえずこちらにしました。

私の最初の記事の引用は、特に真魚さんの記事を批判的に引用したわけではなかったのですが、読みようによってはそういう印象を与えてしまったでしょうか。
僕はこの少女の前に立ったときの、真魚さんの最初の記事に見える戸惑いや逡巡がよくわかりますし、決してそれを

>思うに、不可解な闇を覗き込み、深遠なる暗闇がここにある、以上オワリ、なんて安易なことを書いていないで、しっかり考察せよとのBigBangさんからのお叱りなのであろう。
(なぜ、このようなことになったのか その2)

という観点で「叱る」などという意志はなかったのですよ。むしろ「不可解」を提示していただいた真魚さんの記事にインスパイヤされて、その「不可解な闇」について自分の観点から、書いて見たかったというのが正確なところです。
ですが、続編も書いていただいた今、私の記事こそ何やら自分の思い込みのようなものに引き寄せて書いているのではないかという自己反省があります。
確かに少ない情報の中でこの問題に迫ることが出来るのかどうかは難しいところがありますし。

ただ私「も」言い訳をすると、究極人は自分の経験や自分の世界という狭い場所から、異界を覗くことしかできないのではないかとも思います。客観的な事実やデータはできるだけ正視すべきでしょうが、オウムにしても最後は自分の身に引き寄せて、ほんの小さな視野からしか批判も評論もできない。これはおそらく真魚さんの言う「共感」というものであるし、他者への想像力ということだと思います。共感や想像力という言葉は、とかく主観的で甘い言葉と取られる傾向もあるのだけれど、実は凄く深く困難な行為ですね。

そういう意味で、真魚さんの続編の

>共感とは、自己と相手の類似点をもって共感することもあるが、それ以上に、自己と相手との相違点をもって、なおかつ共感する方が、はるかに深い共感なのではないだろうか。今の社会に欠落しているのは、この異質なものへの共感する力である。

に深く「共感」します。

TBを再度送りました。
申し訳ありません。前回のTBは削除して下さい。お手数をおかけします。

そうですね。自分の立脚点は自分ですね。その通りだと思います。僕も、主義・思想・立場がどうであれ、まず自分はどう感じるのかから思考を始めようと思っています。自分もまた、過去を振り返れば、他人から見れば不可解な闇の中に留まってしまったかもしれない分岐点がいくつもあったと思います。結果として、自分はそれを選択せず、とりあえず今のところ犯罪者にならないのはなぜなのか。自分でもよくわかりません。洞窟の中をのぞき込み、不可解な闇を目をこらしてよく見てみたら、そこにあったのは一枚の鏡でした。映っていたのは、自分だったようです。

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