SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

« オーバーチュアを、日本ビデオニュース社が提訴---試練はマーケットが加えるべきであろう。 | Main | 誰がルールを決めるのか?----オーバーチュア問題と「公共性」 »

December 30, 2005

オーバーチュアを、日本ビデオニュース社が提訴(2)---広告活動と表現の自由について

おそらく先の記事を読んで、こちらから批判的トラックバックをいただいたと思うので、この問題をもう少し論じる。

今回の問題は日本ビデオニュースが、オーバーチュア社から、検索連動型広告の掲載を拒絶されたということである。その結果、日本ビデオニュース社の検索連動広告が、最初は特定のキーワードから表示できなくなった。ついにはサイト全体に対して、「広告主として不適格」という判断をオーバーチュア社からされたことにより、終には全く検索表示広告が表示されなくなってしまった。

前のエントリーにも挙げたように、ここで僕は了見の狭いオーバーチュア社に味方をする気はない。ないが、日本ビデオニュース社の「表現の自由」が侵害されたとまでは言えないと思う。その根拠は

●トラックバック先で引用された、「交通事故により受傷した救急患者の治療を拒否しその後患者が死亡した場合において、診療拒否に正当事由がないとして市に不法行為責任が認められた事例」「公衆浴場が入場拒否して違法とされた事例」と、インターネット上における検索広告とでは明らかに公共性の度合いが違う。例示された2例はいずれも契約を拒否されることで、生存権や生活権の根本を脅かされる重大な権利侵害が生じるが、本件では広告契約を拒絶されただけであり、権利侵害の重大度が違う。これらを一緒に言及することは乱暴ではないか。
そもそも、日本ビデオニュース社は、単に検索サイトへの広告契約を拒絶されただけであって、インターネット空間に自説を発信する権利そのものはなんら侵害されていない。

→もしも日本ビデオニュース社の方針に不安を感じるプロバイダーが、同社のサイトを閉鎖したとすれば、同社はその意見表明に圧力をかけられ、発信手段を封じられたことになり、そのプロバイダを相手に「表現の自由」を事由に契約の続行を迫ることが出来ると思う。しかし、その訴訟ですら有効であるかどうかもわからない。プロバイダーの「私権としての契約の自由」と、ビデオニュース社の「表現の自由」とが均等な立場で争うことができるかどうかは疑問である。なぜなら、同社は自社サイトを作るなどして、他の手段で緊急避難を行い、インターネットに発信を続けることが可能だからだ。ただそれには費用がかかるだろうし、他のプロバイダを探しても軒並み右に並えをされたらどうなるのかという危惧は残る。その場合に「表現の自由」を論拠にプロバイダーを相手取って訴訟を行うことは、理解できる。

→ところが、本件では、「検索型広告を発信する」ことが阻害されただけであって、即同社の表現の自由が阻害されたわけではない。同社は、他の方法で宣伝活動を行うことは可能であるし、サイトの情報の発信をなんら阻害されずに続けることが出来る。有効な広告を制限されたことで不利益は生じているかもしれないが、それは広告代理業を営むオーバーチュアの方針という私権に明らかに優越するほどの重大な権利侵害が起きているようには、僕には感じられない。

このサイトではSEOの観点から、ビデオニュース社に対して重要な提言をしている。これらの施策により、ビデオニュース社は有料広告の契約を結ばずしても、自己努力でYahooあるいはGoogleで上位の検索順位を獲得できる可能性を残している。

●YahooやGoogleのような「高い公共性を持つ」企業が検索画面で特定サイトを上位に置く、あるいは下位に置くことで情報に対して実質上「恣意性」をもつことの危険について

→今回の問題はあくまでも、「検索型広告」に関してなされた扱いに関する訴訟であり検索結果において、日本ビデオニュース社が明らかに不利な扱いをされていると(思われる)いうこととは、また別の問題である。オーバーチュア社はYahooの子会社であるが、別会社であり、Yahooの検索結果表示方式と高い連関性を持つことは想像できるが、関連性に関して訴訟を見る限り、明確な立証はされていないと思う。先のSEO施策で解決する問題である可能性も残っている。

→元来、システムとして如何なる方策を施しても、「平等な」検索結果表示なるものを実現することは不可能であり、そこに何らかの運営側の「恣意性」が入ることから逃れることはできない。特定のサイトの検索結果が低い、あるいは検索結果表示がされないことを批判するなら、では全てのサイトを検索表示しなければいけないのかどうか。その基準(有害性や万人に供すための的確性)は法的にどのようにあるべきと判断させるのか、その根拠は何か。

繰り返すが検索二強が恣意的に検索結果表示を調整していることは周知の事実。それは批判的言論にさらされることは構わないのであって、むしろさらされるべきであると考えている。広告契約に関しても、もしも日本ビデオニュース社の主張通りであるならば、その稚拙な企業姿勢が批判されるべきである。ここに関して異論はない。

しかしながら、これらを「表現の自由」に関連させて法廷での議論に乗せようとすることには非常に無理を感じるし、その必要もないのではないかと思う。もしも今回の事件が、広告代理店が「表現の自由」を侵害したという判例として残れば、今後問題のあるような企業の広告に対しても、判例を根拠に無条件に応じなければならないという、逆に触れた、誤った運用がなされる危険はないのだろうか。

また、「インターネットがパブリックフォーラムであるべきだ」という主張には賛成であるが、それを法の運用で実現しようとすれば、別の問題が生じる可能性があり、一概に法廷で警告を発すべき事柄であると断じるには、危険を覚える。
インターネットへの集中排除規制の運用が主眼であれば、それは「表現の自由」とは違った観点から、慎重に論議されるべきだと考える。
新規参入を拒む明らかな障壁がインターネット上に明確に存在していない現状での議論は、放送法の新規放送局の参入障壁やOSとアプリケーションを分離し難くしている、マイクロソフトの分割論議とは別個の議論が必要になる。

冷静な議論が望まれると思う。

【追記】
書き終えたところで、ビデオニュースの神保氏自身のコメントを拝見した。氏自身は非常に冷静。この姿勢は共感。
ビデオニュースがオーバーチュアを提訴 (www.jimbo.tv)


【参考リンク】
●表現の自由に無頓着な国民性~インターネットはパブリックフォーラムであるべきではないか情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士)
●オーバーチュアを、日本ビデオニュース社が提訴---試練はマーケットが加えるべきであろう。(BigBang)

« オーバーチュアを、日本ビデオニュース社が提訴---試練はマーケットが加えるべきであろう。 | Main | 誰がルールを決めるのか?----オーバーチュア問題と「公共性」 »

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28156/7899597

Listed below are links to weblogs that reference オーバーチュアを、日本ビデオニュース社が提訴(2)---広告活動と表現の自由について:

» IT企業の非公共性が中国的ネット社会をもたらす可能性はないか、というメモ~googlezon、最良の、そして最悪の時代 [踊る新聞屋-。]
 ライブドア、楽天がぞれぞれフジテレビ、TBSの買収に動いたとき、IT企業による放送事業支配に嫌悪感を示す人たちが盾としたキーワードの一つが「放送の公共性」だっ [Read More]

» 公衆浴場よりも表現の自由の場の方が公共性は高いのでは? [情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士]
BigBanさんから【「交通事故により受傷した救急患者の治療を拒否しその後患者が死亡した場合において、診療拒否に正当事由がないとして市に不法行為責任が認められた事例」や 「公衆浴場が入場拒否して違法とされた事例」と、インターネット上における検索広告とでは明らかに公共性の度合いが違う。例示された2例はいずれも契約を拒否されることで、生存権や生活権の根本を脅かされる重大な権利侵害が生じるが、本件では広告契約を拒絶されただけであり、権利侵害... [Read More]

» 仕事をうまく行かせるには [時事を考える]
年末で一息ついてフト考え込んでます、仕事をうまく行かせるにはどうしたらいいんだろ [Read More]

» 日本ビデオニュース株式会社はパフィーのファンだそうで [ワーストブログインジャパン]
ブログなんてことをやっておりますてえと「アクセス解析」を見るのが愉しみで、渋いお茶でも啜りながら、来訪者数が減ったとか、みんながどうやってここを探してきたのかとかいうことを調べられるんですが、なかでもgoogleやyahooで検索して来られた方は、検索語まで分かるの..... [Read More]

« オーバーチュアを、日本ビデオニュース社が提訴---試練はマーケットが加えるべきであろう。 | Main | 誰がルールを決めるのか?----オーバーチュア問題と「公共性」 »