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January 04, 2006

謹賀新年---冒険的年賀状で修行する

謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。

ちょうどおよそ1年前にもエントリーにしたんだけれど、何年か前から「冒険的年賀状」と勝手に称して、仕事相手や親しい友達に「実名で」面倒くさい長文の年賀メールを送っている。これは相当に恥ずかしく勇気の要る行為で、何度もやめようと思いながらもう4-5年目になるかな。

で、毎年12月も終わりになると、その年のメールをどうしようかと死ぬほど(ほんとに)悩む。匿名で書くブログの記事とは段違いの念の入れよう。
今年はその「何か」を探すのがいつになく大変で、あまりに何度も書き直し、あまりに何度も読む人間の顔が浮かびすぎて、本当にやめようかもうと思いながら書いていたら、根を詰めすぎて肩がこりすぎて、今日は首が痛くて回らない。年なんだからしょうがねーなあなどと思いながら、肝心の「冒険的年賀状」は今年も僕の恥を満載して、3日の朝方、数百通が世に飛んでいった。ぎゃあと騒ごうと、わーとわめこうと、ぶきゃおとぶちきれようと、もう後の祭りである。

さあ今年も原則は例年通り。次の項を守ること。

●政治や思想・生死など、年賀状にふさわしくないテーマを選ぶ。
(今年は景気回復と自殺(!))
●特定の思想や政党、宗教の主張に偏らない
●実名で出す(当たり前。でもこれが結構大変)
●相手によって出す内容を編集したり改竄したりしない。
●仕事相手にも友人にも同じ文章で出す。

毎年こんな迷惑なものをもらっている、大半の知人は今年も読まずに捨てるか、あるいは苦笑してひょいと捨てるかだろうけれど、初めてもらう人の困惑を考えると心が痛む。自分なら、「正月早々うぜー」と思うだろうか?思うよね?思わないとき。思わば。思え。
自分的には、もはや1年に1回恥を晒すことで、修行をしているようなノリであり、例えば新入社員を、ほら駅前でゴミ拾いさせたりとか、でっかい声で叫ばせたりするような、どこぞの会社があるでしょう?あんな感じである。(あんな感じ?どんな感じだ?)

正月から暗いメールをもらった皆さん、本当にごめんなさい。
#本当は、出した内容について後からごちゃごちゃ言わないというのもルール・・・である。のにこれはここでひっそりと(?)破っている。

ぽつぽつ返事が来はじめていて、これがまた身のすくむ思いではあるのだ。
何やってるのかね。全く。

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Comments

あけまして おめでとうございます。

「2004年の終末に」のエントリー読みました。
友人はともかく仕事上の付き合いの人に出すというのは、なかなか大変そうとも思いますが、普段から交流があるとだんな人となりかの判断はつくから、冒険的ではあっても無謀ではないかもしれませんね。

平談俗語の範囲を超えて何かを論じることに付きまとう自己満足や虚栄を、(完全に払拭できないまでも)抑えきる見切り(見切り発車の見切りでなく、チャンバラ小説の見切り)が必要で、誰にもできるこっちゃない、とも思いました。

でも、これはBigBanさんの青年客気というより、散文的な実利があるかなとも思います。つまりお正月休みぐらいしか、まとまった休みが取れなくて旅行ができないって話はいくらもあるでしょ。気合を入れたレターを出すのには年末休みは使えるな、ということです。
片付けや大掃除はかえってパーソナルかもしれないけど、忘年会とかその他の浮世の正月の準備に身をおくと、普段よりなお日常的煩雑さに追われたりするから、そこを「エイヤッ」と非日常的文章執筆に費やすというのは、なかなか戦略かも。
今は正月に宗教性や民俗的習俗の意味合いが薄れて商業化していますからね。それに流されない工夫とも読めました。

新年おめでとうございます。

>でも、これはBigBanさんの青年客気というより、散文的な実利があるかなとも思います。

「青年客気」を思わず辞書で調べてしまいました。(笑)確かに、異色のモノが飛んでくることで、かえって心象に響くということはありますね。
それと年末年始は、どんな人であっても(たぶん)来し方行く末を思う季節だと思うのですが、テレビなどメディアはその自然の人情に逆行していますね。(つまり何も考えるなと・・同じアホなら・・状態)
そういう風に考えれば、タイミングとしては悪くないのかもしれないなあと、勝手に思います。

今年もよろしくお願いします。

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