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February 07, 2006

ミュンヘン----国家の絶対的物語と3人の女

munich

1972年9月5日にミュンヘンオリンピック会場で発生したテロ事件、いわゆる「ミュンヘンオリンピック事件」を題材にした作品。ミュンヘンオリンピック開催中にイスラエル選手団を襲ったパレスチナの武装組織「黒い九月」は、イスラエル代表チーム人質11名を全員殺害した。
オリンピック開催中の出来事というショックもさることながら、その後のイスラエルの情報機関モサドと「黒い九月」の報復合戦は世界中を舞台に多くの死者を出した。
原作は、今は本名を変えて米国に住む、元暗殺隊長の告白に基く凄絶な復讐の記録「標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録」。スティーブン・スピルバーグが映画化したもの。
全編、復讐を進行するモサドの暗殺部隊リーダー、アフナーの視点を中心に果てしない殺戮と終わりのない報復の泥沼に手を染めていく人間たちのドラマが描かれる。苦しく長い164分。

1972年、世界はテロの連鎖で騒然としていた。5月8日、パレスチナ人がベルギーの旅客機をハイジャック、イスラエル政府に対し服役中のゲリラ317人を釈放するよう要求。5月30日には「日本赤軍」の3人の武装ゲリラが、イスラエルの表玄関であるテルアビブのロッド空港で無差別乱射事件を起こし、27人を殺害する。

そして9月のこの事件。当時幼かった自分もショッキングな出来事として記憶に留めているが、その後イスラエルという国家がその首謀者たちを世界中を舞台に追い詰め、消していった過程は詳しくは知らなかった。この非情の使命を担うアフナーは凶暴でも屈強でもなく妊娠した妻の出産を気遣う、普通の男として描かれる。彼が殺人を重ねるにつれて次々と仲間を報復で殺され、おそらくその「普通さ」の故に、次第に精神的に追い詰められていく過程が息苦しい映像で描かれ、テロとその報復の連鎖の空しさが描かれている。強烈な暴力シーンが連続し、息が苦しくなる。

この映画で彼を追い詰めていくのは、忠誠を誓う国家イスラエルはもちろんのこと、実は3名の女性であったことが印象的だった。
1人目は、当時のイスラエルの首相、ゴルダ・メイヤ。アフナーの忠誠に親愛を示しつつも無慈悲な任務を有無を言わさず命じる。
2人目はホロコーストを生き延びた彼の母親。母は絶対的に息子アフナーを信じつつも、苦しむ彼の「任務の中身」には耳を貸さない。ただ彼を「信じ」彼を「愛し」そして祖国イスラエルの悲願に忠実であれと諭す。
そして3人目は彼の妻である。彼女もやはり絶対的に夫を信じ、国のために、家族のために明らかに危険な任務に彼の背中を押すように、送り出す。それも家族の平和を願うからこそであり、夫を信じるからこそである。
自らの忠誠を3人の女性から信頼され、ひたすら任務の成就に向かい、しかしアフナーの両手はおびただしい血にまみれ、精神は荒廃していく。
悲劇の歴史を刻んだイスラエルと言う国家の、絶対的物語に絡め取られた女性の愛そして自分への信頼を、アフナーは崩すことが出来ないのである。国家の怨念を、善良であるべき市民の一人ひとりの「忠節」や「使命感」へと変え、善意の人々が同じく「よき父」を最悪の殺戮へと結果的に追い込んでいく---あらゆる国家や民族の戦いに普遍の恐ろしさをアフナーを囲む人間たちにこそ感じた。
スピルバーグは、悪戯にエンターティメントに走らず、抑えた調子でこの長いつらい物語を撮っている。スピルバーグ作品には珍しいと言われるセックス描写にも、アフナーの悲劇が効果的に描かれている。

見続けるのがつらくなる映画である。

彼の「彼らしさ」は、それでも随所に見えるユーモアに。そしてニューヨークで復讐に脅えて暮らすアフナーが歩くラストシーンの彼方の空に、無限の報復の空しさを象徴させるかのように、今は亡き世界貿易センタービルの2本のビルを、合成で再現したところだろうか。

もちろん1972年当時、あの時、確かにあの建物はあの場所に建っていたのだけれど。
印象的なラストシーンだった。

【2/7追記】
世界貿易センターが竣工したのは1973年。ラストシーンの時代背景も事件の翌年の1973年だったことを後から知った。スピルバーグは竣工されたばかりの世界貿易センタービルをあえて遠景でラストに配したのである。

【参考リンク】
特別暗殺チーム「黒い九月」が起こした「ミュンヘン五輪虐殺事件」

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