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March 30, 2006

Vistaを待ちながら----混迷するMSのOSリリース

Vista_2

桜の季節。

もうすぐVistaが出ますよ、出ますよと壊れた時計みたいに会議で繰り返す奴がまた大量発生していませんか?いませんか。そーですか。
XPが出てから早や5年。何もしないでじっとMSの新OSを待ってきたおバカ開発者が指折り待ち望んでいたもの。

それがWindows Vistaである。

「ウェブ進化論」で言われている「こちら側」と「あちら側」とは程遠い現実がここにはある。どっちが「あっち」でどこからが「こっち」なんだか。遠い遠い夢。

とうの昔からMSのリリースするOSの「テール」が長ーく伸びてしまい、新OSが出てもユーザーのOSチョイスの選択肢がひとつ増えた(増えてしまった) だけ。混乱の根源村祭り程度になってしまった市場への認識も危機感もない。まだユーザーが一斉にマシン買い換えて新しい環境に移行すると思っているのか ね。おめでたい。迷っている会社が出すものは迷いを深めるんだよ。煩悩が深いからね。寿限無。寿限無。主よ。彼らをお許しください。彼らは自分が何をしようとしているかわからないのです。

「先輩?先輩?なにぶつぶつ言ってるんですか?」


マイクロソフトの頭上に垂れ込めるWindows Vistaの暗雲

Windows Vistaの発売が再び先送りされたことで、Microsoftの直面する課題の大きさが改めて浮き彫りになっている。その課題とは、同社にとって最も重要な製品の最新版を理にかなったスケジュールで出す方法を見つけ出す、というものだ。
 今回の計画変更により、Windows XPが公開されてからWindows Vistaがリリースされるまでに、5年以上の間隔が空くことになる。さらにMicrosoftは、新しいオペレーティングシステム(OS)への搭載を予定していた主要な機能の多くを縮小しなければ、この投入スケジュールでさえ実現できそうになかった。
 WindowsはOS市場での独占的なシェアをほぼ維持してきているが、Microsoftが定期的に製品のアップデートを出せなくなっていることから、同社のキャッシュフローに対するリスクが高まっている。 (文:Ina Fried(CNET News.com))

【詳細レポート】Windows Vistaの機能を,製品種別ごとに一覧比較


そもそも要らないよ。こんなに。

「やっぱりソフトハウスには新OSが出るのは朗報なんですよ。来年ですよ。来年。1月に出ます。」


「インターフェースMacみたいですよ。かっこいいですよ。」

ってお前の話はわかったから。聞きたくないよ。長生きしろよ。
Vistaの後5年くらいまた遊べると思ってるだろ。世の中そんなに甘くないぜ。

ヤフー、日本でも「Yahoo! 360°」を開始してSNSに本格参入

ほれ。

「ところでウェブ進化論って流行ってますよねー。やっぱりこれからはMovableTypeですかねー」

・・・・・・・黙ってろ。アーメン。

2006 03 30 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック

March 29, 2006

オウム事件・高裁の控訴棄却決定に思う。---村井秀夫を刺した男の残像

松本被告弁護側が控訴趣意書を提出
 オウム真理教の松本智津夫被告(51)の弁護側は28日、東京高裁に控訴趣意書を提出した。
 同高裁は27日、昨年8月31日の提出期限までに趣意書が提出されなかったことを理由に裁判を打ち切り、控訴を棄却する決定をしており、同決定で「現時点で、控訴趣意書が提出されても認められない」と述べている。
 また、弁護側は、控訴棄却決定に対する同高裁への異議申し立てを30日に行う方針を明らかにした。(読売新聞) - 3月28日23時47分更新

この数週間の出来事がなくても、この男のことは考え続けていた。麻原こと松本智津夫のことである。1991年9月「朝まで生テレビ」に登場したこの人物のインパクトは今でも諸所で語られ続けているとおりである。「この人物は本物だ」心の奥で蠢く危険なざわめきが、あの時確かに胸の奥にあった。

仏教の何たるかはわからない。宗教もおそらく把握していなかった。しかし結果的には、考えられるあらゆる宗派に一度は顔を出した。そうした巡航に疲れ、そ うした巡りに疲れ、そういう中にあってチャンネルを回したとき。画面の中央になにやら大きな白い椅子に座って、この人物がいた。多くの宗教者が、浅薄な台 詞でテレビアピールに余念がない中、この男の言葉は迷いがなかった。白いクルタ(というのだと後から知った)に包まれた不機嫌そうな顔を見つめた。何か見 てはいけないものを見たような気がした。聞けば「朝まで生テレビ」の放映直後に入信した信者が多かったと、ずいぶんたってから知った。それもうなずけた。

あの時自分が感じた「この人物は本物だ」と思ったあの感覚。今思い出すと身震いのするような不思議な感覚を事件後、僕は忘れようと努めた。その「本物」感とは今思えばいったいどんな「まがいもの」だったのだろう。

そして。

拭うことのできない不快な、忘れることのできない、ざらっとした黒い感じは今でも胸の奥に留まっている。時に僕はそれを思い出して今でも身をすくめる。しかしあのとき、それだけでは済まなかったのだ。村井秀夫のことである。

真相は解明されなかった。日本社会は、真相を欲してはいなかったとすら言える。ここで急に話の位相を変える。「と」がかかって聞こえるかもしれない。が、私はオウム事件の真相の大きな一部は村井秀夫暗殺にあるのだろうと考えている。もう少し言う。村井秀夫のトンマな妄想は残酷だがお笑いを誘う。この間抜けな人間に組織化した殺戮のプロジェクトがこなせるとは私は思わない。およそ、ビジネスでプロジェクトを動かした人間ならその背後に、それなりの玉(タマ)が必要なことを知っているものだ。(極東ブログ「麻原裁判に思う」2004.02.28)

あのとき。1995年4月23日。その男は取り囲む報道陣でもみくちゃにされている村井の前に、人ごみの中から幻のように現れ、村井を刺した。村井は何か顔を少しゆがめ、崩れるように青いクルタのまま倒れた。あの瞬間。日本中が震撼し絶句した。一体何が起きたのか。

村井の----いや、ここで書こうとしているのは実は村井のことではない。

村井秀夫を刺した男。徐裕行のことである。

事件後、徐の経営していた会社名が報道されたとき、何年も忘れていたあのざらっとした黒い感じがよみがえった。オイルのように胸の奥に粘りついていた液体のような。何だろう。この不快な気持ちは。

僕はこの男を知っている。

「その年」の2年前の暮。ある酒類関連企業のクリスマスイベントの出演者の仕込みのために、僕が偶然電話をかけた先が徐の経営していたイベント会社だった。当時僕は別のイベント会社のプランナーをしていたのである。ニュースを見てから、その会社のパンフレットをあわてて引っ張り出すと、確かに代表取締役として徐の名前が記載されていた。打ち合わせでその事務所には確か1回しか行った事がない。しかし霧の中に消えそうな記憶の中で、古い雑居ビルのオフィスの奥に、ぼんやりと座っていた、がっしりとした男の映像が脳裏に蘇った。背中だけ向けてこちらには顔を見せぬ男。口をきいたことはなかった。

あれが徐だったのだ。背筋を冷たいものがよぎった。あの男が村井を刺したのだ。

徐の会社には2回仕事を出し、2回とも順調に終わった。徐の経営する会社は業界ではそこそこ知られていた会社だったのだが、事件後、徐の所属として語られることはあまりなくなり、その代わり「右翼結社構成員」という肩書が多く冠されるようになった。その後その会社がどうなったかは知らない。

徐はなぜ村井を殺したのか。

その事件とは、オウム真理教一連の事件のなかでも、もっとも不透明で謎に満ちた、村井秀夫刺殺事件のことである。村井「オウム真理教科学技術省」長官はなぜ殺されねばならなかったのか? 事件直後から噂が飛び交ったように、刺殺事件は村井にたいする口封じだったのだろうか? ただ、それだけだったのだろうか? 実行犯・徐裕行の背後には、事件直後から暴カ団関係者の介在と、北朝鮮工作組織の影が色濃く噂されてきた。
オウム真理教の一連の事件を、北朝鮮工作組織との関係のなかで再検証しようとするこの連載のなかで、この村井刺殺事件はどうしても避けて通ることのできない事件のひとつである。さらに言えば、オウム真理教の一連の事件の背後に横たわる、これまで明らかにされてこなかったもうひとつの隠された真実を解明する、重要な手がかりを与えてくれる事件であった、と言うこともできる。
事件の再検証をはじめるにあたって、あらかじめ述べておきたいのだが、一回の記事だけではそのすべてを書き尽くすことは難しい。何回かにわたって作業をつづけるが、この事件が、それだけ深い闇と陰謀に彩られているのだ、ということだけは冒頭に述べておいてもいいだろう。( -週刊現代 1999年10月15日--高沢皓司(ノンフィクション作家)「オウムと北朝鮮」の闇を解いた__9 )

徐は当初「義憤にかられて」青山のオウム総本部に来たと主張していたが、その後山口組系暴力団・羽根組(三重県伊勢市)幹部の上峯憲司に指示されたと主張。上峯が共謀共同正犯の疑いで逮捕されたが、捜査から公判段階まで一貫して事件への関わりを否定。1997年3月、東京地裁で無罪判決。1999年3月29日、東京高裁でも1審に続いて上峯は無罪判決となり確定している。
同種の村井刺殺事件を巡る噂は、他でも多く語られており、北朝鮮疑惑は有名な疑惑として疑惑のままフィックス(おかしな言い方だが)された形になっている。

果たして松本智津夫は真実を知っていたのか。

そして、オウム事件の数々の謎の中では村井の刺殺事件も、ほんの一部を占めるに過ぎないのだが、村井が刺されたことで失われた物の大きさに世間が気づいたのは、それからずっと経ってからのことである。村井がサリン事件の首謀者であったかどうかは不明であるが、オウム事件の真相を解明するキーマンの一人であったことは紛れもない事実であり、村井の死とともに永遠に失われたものは、悔いても悔いきれないほど大きい。オウム事件はまさに村井の死と、そして事件後11年を経ての、松本智津夫の不可解な沈黙、そして今回の高裁の控訴棄却処置の前に、まさに事件全体が闇に沈もうとしている。

作為か、狂気か。松本智津夫の深い沈黙が続く限り、たとえ裁判を続行しても我らの辿り着ける場所は、限られた場所なのかもしれないし、もしもそれが人知を超えた不可思議さの闇の中に沈むのであれば、我らは天を仰いで不可解さの無慈悲の前に畏怖するのみだったかもしれない。
この世には想像もできないことが起きるし、その想像もできないことの解明を、遥か後の時間になってから望むことは、輪をかけて我らの達すことのできないことなのかもしれない。
それにしてもである。その場所へ我らが進むことが、弁護団の書類提出の有無といった、いたって事務的な理由で閉ざされるというのは、なんとも割り切れない思いが残る。

弁護団は昨年8月以来2度にわたって控訴趣意書の提出を遅延しており、特に8月当時においては、50ページにも及ぶ趣意書を裁判所にまで持ち込みながら提出を拒んで再度持ち帰っている。法の厳格な運用によれば趣意書が提出されないところで控訴審を続行できないのは道理であり、いくら弁護団が松本被告の精神鑑定の内容に異議があったとしても、この大失態を法的に抗弁することは最高裁判所への異議申し立てをもってしても難しく思う。

しかし他方、今回の急展開が松本智津夫の死刑確定にまでつながり、同時に社会に事件の「急激な」清算を望む声があり、それが裁判所が無視できないほど大きいことも、裁判官の過激とも思える棄却決定に影響を与えているのではないかと思うと、オウム裁判が真に譲ってはいけないものが何であったのかあらためて考えさせられる。
「真に譲ってはいけないもの」はオウム事件の全ての真相を、可能な限り我らの前に開示することであり、松本被告にそれを限界までなさしめることだったはずである。

僕が徐の会社に依頼したのはバグパイプの演奏者だった。スコットランドの民族衣装に身を包んだ演者が独特の哀感を帯びたバグパイプのメロディを奏でながら歩くのを見るたびに僕は、村井が刺された夜のことを思い出す。そして記憶にぼんやりと霞むオフィスで見た徐の背中を思い出す。

真実に迫ることは迫る者も迫られる者も命震えることなのだ。命震える感覚を失った全ての論議には意味がないし、一片の価値もない。

「何とかならないものか。」超法規とは言わない。
断固として言わないが、「何とか」ならないものか。こんなにも無様に、こんな形で我らは不可知の闇に屈していいものなのか。

2006 03 29 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック

March 25, 2006

グーグルの「次善の策」----中国市場での長い憂鬱

「約1年間、社内で千人以上が議論した末の結論だ。最も難しい意志決定だっ たが後悔はしていない。中国市民にできる限りの情報を提供するのが次善の策と考えた。中国の法律に従わなければサービスは提供できない。グーグルを上回る 良質なサービスは中国にはない。利益追求目的で中国政府に屈したとの意見は、中国市場が小さく採算に乗らないことを知らない人間の言うことだ。」
(「米グーグルCEOに聞く」2006年3月24日 日経新聞 「中国での(グーグルの)サービスは同国の言論統制に従った。米議会は合衆国憲法に定めた表現の自由に抵触すると批判する」の指摘への回答。)


「…… 世界最大の途上国である中国は、世界の人口の22%を食べさせることに成功している。……中国はこの15年間で大きな進歩を遂げた。この進歩は政治の安 定、社会秩序、経済の発展に表されている。これは容易なことではなかった。……(中国に批判的な国は)10億の人口を持つ国が混乱するのを好むのであろ う。……(しかし)公の秩序を危うくするものは国法によって対処されるのである。……世界(人権)会議の後、他国の国内事項への干渉が止むことを望んだ。 それは会議の精神に全く反するからである。国家主権の尊重は絶対的原則であることを強調したい。」
(1993年にウィーンで開かれた国連の世界人権会議での中国の発言 「グローバル時代のアジアの人権」 堤 功一

「次善の策」が中国を理解するキーワードか。その意味においてはグーグルは中国市場に見事に「適応している」ように見える。問題は「次善の策」の寿命を、この地域でどれほど保たなければならないのかということだろう。

【関連記事】
●反日デモは鎮静化の模様だが----中国ネット検閲の実態(BigBang)

●米国の下半身----MSも中国のブログ検閲に協力(BigBang)

2006 03 25 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック

「私たちは平等に価値がない」ことを噛み締める

それで結局私は思うのです。「人間は平等に価値がないのだなあ」と。支配階級が被支配階級に向ける視線、差別するものが差別を受ける側に向ける視線というものは、結局自分に還ってきます。差別してなんとも思わない人間というのは、やっぱりその程度の人間にしか見えないのですよ。
 だからといって差別される側が偉いということもなく。ただ、人間はどこまでいっても人間である。同じ一つの秤に載せられた運命共同体である、そんな境地にまで達してしまいました。
 そしてとても愉快にこの小説を読みました。(「家畜人ヤプー」:私たちは平等に価値がない   -tracker's burrow)

最近、よく電車やバスの中で人のブログを読む。この記事も夕方、バスの中で小さな携帯電話の画面の中で読んだ。

「平等に価値がある」のではなく、「平等に価値がない」という否定話法に少し驚いて記事の小さな文字に見入った後、しばらく窓の外に流れる雨の街を見ていた。

しかし思えば「平等に」価値を否定されたほうがまだ幾分肩の力が抜けるというか、少し楽になるような気もする。あるかないかわからない、何かの「我らの中の価値」を具現化しようと、無理をして頑張るよりも、「平等に価値がない」と言われたほうが、よっぽど楽というものではないか。
「差別する人間はその程度の人間にしか見えない」が、「だからといって差別される側が偉いということも」ない。tracker's burrowさんのベースに流れているのはいつも乾いたニヒリズムのように思えるのだけれど、他方で希望に続く言葉にも読める。

元来あちらのコメント欄で書いたほうがよかったのかもしれないけれど、ここに集う我らで共有することがふさわしいようにも思えて。

長い1週間だったなあ。今週も。

2006 03 25 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

March 23, 2006

キッズは、そばに来なくていいぞ

え?なに、なに。
最近キッズgooで検索してみるのって、流行っているんですか?
というわけで「BigBang」で検索してみたけれど、一覧は表示されても中身は軒並み表示されず。ひとつも記事の本文までたどり着かん。(精神的に)若いのにっ。残念。

検索結果

有害サイトですか。そうですか。

キッズはそばに来なくていいぞ。大人になったらまた会おう。

2006 03 23 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック

March 22, 2006

「ことのは」の背負ったもの(3)----松永さんの説明に関して

「オウム/アレフの物語」で松永さんが時系列に従った吐露をしてくれたので、ようやく自民党・民主党の両懇談会と氏の行動についての詳細がだいぶ明らかになった。松永氏には感謝する。
ここに書くことはあなたと少しでも対話ができればと思って綴るものであり、お答えになりたくなければ無視していただいてもかまわない。また、私は無条件にあなたの「悪意」を前提に話をする気は毛頭ない。それを踏まえたうえで読んでもらえるとありがたい。

あなたの説明によると

(1)民主党懇談会に出席した2005年10月当時、あなたはまだ烏山のアーレフ教団施設に在住していたアーレフの現役信者であったこと。(ただし氏はそれより前2004年ごろから「仕事が入り始め、教団の仕事や修行などしなく」なっていたと述べている)

(2)2006年2月1日に烏山を出て現住所へ引っ越したこと。

(3)あなたがGripBlogの泉さんに「自分の素性」を伝えたのは「報道される直前」(
2006年3月7日のFlash掲載直前)であったこと。

※ただし、このときの「自分の素性」の説明が過去においてアーレフの信者であったという説明であったのか、民主党懇談会当時にまだ烏山に居住する現役信者であったことまでを伝えたのかがわからない。できれば補足していただきたい。


(4)2006年3月7日に自民党懇談会に出席したこと。

※自民党懇談会の出席申し込みは3月3日(金)17:00必着で締め切られている。Flash発売日当日の懇談会への出席はいかにも唐突な印象がある。ご自分でいつ自民党の懇談会に出席を申し込んだのか、それともどなたかの招待を受けたのか。これについてもできれば補足いただけないだろうか。あなたはFlashの報道があることを知ってから自民党の懇談会にも出席しようと決めたのではないのか。

私は、あなたの言うとおり、民主党の懇談会以前に泉さんがあなたの「素性」について調べるべきであったとは思わないし、民主党側でそれを実施することが妥当であったとも思わない。それは自民党についても同様であり、「どこの誰が会いに来るのか」を必要以上に神経質にチェックしてから、面談の相手を決める政党であったならば、私たちはあの時容易なことでは前原代表に会うこともできなかったであろう。「素性を調べなかったというのは、会の規模や趣旨からしてもむしろ当然のこと」というあなたの主張にも同意する。懇談会実施までの泉さんの功績に対しても現在のところ見直す考えはない。彼女の責任をFlashの記事以後はともかく、懇談会以前までに遡って不要に追求する気もない。

しかし、率直に言って上記の時系列には私は大変にショックを受けた。過去と思われていたあなたの脱会が、Flash発売の直前であったことがわかったからである。それでは民主党の懇談会にあなたは烏山からおいでになり、烏山に帰られたということなのか。あなたが私にお出しになった名刺にあった住所は架空のものだったのだろうか。
そもそもあなたは、なぜ烏山に居住する身でありながら、民主党の懇談会に出席をしようとお考えになったのだろう。その決断がある意味では、結局のところあなたと泉さんを窮地に陥れる結果となっただけに私は大変に残念かつ不思議に思う。

あなたの説明では、

完全にブロガーとしての立場ならびに思考で参加させていただきました。すなわち、単に「ちょっと違ったところでおもしろい話が聞けて、それを皆さんにお伝えする」というだけの気持ちで参加したものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

ということであるが、このころのあなたは、すでに「教団の仕事や修行に興味がなくなり」烏山を離れたくて仕方がない状態が」続いていたという。それにしても、こうした公的政党に接近することで、かえってあなたの「現在」が取りざたされ、自身に困難が生じるということはお考えにならなかったのだろうか。(それは教団側からも外の世界からもという両面の意味で。)

過去において当該教団に身をおいていたからといって、政党の懇談会に出席したり会合に出たりすることが全面的に即否定されるべきであるとは私は思わない。しかし、現役の信者であるとなれば全く話は別である。いくらそこでなされたあなたの発言や行動が教団と関係がなくとも、結びつけられて解釈されるのは当然である。まして外の仕事も軌道に乗り始め、教団に身を置いていることを公然としたくなかったであろうあなたが、その聡明をしてその危険に心をいたさなかったのだろうか。小さな会でもあり、まさかこうした事態になるとまでは予想できなかったということだろうか。順序として、「烏山を出」「教団に退会届を出し」その他身辺の整理も行った後であれば、あなたのような影響力もあり実力もあるブロガーにはいくらでもそのチャンスはあったはずである。

そうした功利的な部分を別としても、そしてあなたの言うとおり、そこに何の「悪意」がなかったとしても、あなたは民主党にも自民党にも出向くべきではなかったと私は考える。身辺整理が終わっていない自覚は自身にあったのだろうから、まずそれを優先して、そして十分な時間をとってからであればまた話は別であるが、この時系列を見る限りあなたはよほど「松永英明らしくなく」迂闊であったか、脱会の過程について何かまだ恣意的な説明をしているのかのいずれかであるとしか私には思えない。

(この件、懇談会の経緯についてこれ以上長々と追求する気もないのだが)いかがだろうか。

注)コメント欄になされる発言は、このサイトのポリシーにそぐわないものは削除させていただきます。この原則はこの件に関しても全く変わりはありません。コメントされる方はその点もう一度目を通してからお願いします。


以下「オウム/アレフの物語」より

■民主党・自民党の懇談会への参加について

# 私を誘ってくださった泉さんには事前に自分の素性は伝えていませんでした。今回、報道される直前に伝えたものです。
#泉さんにしろ、主催者側の政党にしろ、素性を調べなかったというのは、会の規模や趣旨からしてもむしろ当然のことで、特段の手落ちとはいえないと思います。泉さん、民主党、自民党には責任を負わせないでいただければと思います。

■オウム以降の経歴

# 2005年10月31日:民主党のブロガー懇談会に出席。
# 2006年正月:教団を離脱するための物件探しを発作的に開始。
# 2006年1月15日:「きっこの日記」通読開始。

    * このあと、物件が見つかる。契約は2月1日から。

# 2006年1月31日:きっこの日記について通読した結果についてのエントリーをアップ。後にこれがきっかけとなって「きっこ=松永」あるいは「きっこの黒幕/情報提供者=松永」という妄説が登場(以前の河上=CIA説に匹敵するトンデモ妄想)。しかし、この記事が野田の疑惑を招いてしまい、調査を開始されてしまう。
# 2006年2月1日:現住所へ引っ越し。ワンルームマンションで一人暮らし(これは出家修行者にはありえない)。
    * その後体調を崩しまくる。座骨神経痛・大腿神経痛で体力がなくなっているので病院に行ったら、検査の結果、肺炎再発→結核の懸念があるといわれる。
# 2006年2月末:espioで野田が松永=河上=きっこ説を公開。外に出たとたんに仕事を奪われるのかと絶望。
# 2006年3月7日:Flash掲載。自民党の懇談会に出席。
# 2006年3月13日:カミングアウト。


■2003年からのこと

# 教団内の上祐派と主流派の対立の中で、私は代表派に対する消極的抵抗を示していましたが、積極的に行動することは特にありませんでした。
# そういったもろもろの状況で、ついに「キレた」と言いますか、もう完全に飛び出してしまおうと思って衝動的に行動したのが2006年1月はじめ(あるいは年末)、まず自分の通帳・カード・印鑑を確保した上で物件を探し始めました。両親がいないので保証人制度を使える場所で、今の仕事に行きやすい場所、なおかつ回線が使えないと仕事にならないのですぐに引けるところ、という条件を満たす物件が幸運にも見つかり、2月1日からの契約を結びました。
# 2月1日、単に書籍資料やPCを倉庫かどこかに運び出すかのようなふりをして、烏山の教団施設(というかアパート)から自分の仕事・生活に必要な最小限のものを運び出しました。この時点では周囲の出家信者も、単に大掃除をしているだけだと思っていたはずです。住民票移転手続きは2月6日に行いました。免許証の住所変更だけはまだです(書き換えにいくとその警察署の公安担当者と話をしなければならないのですが、その時間がとりづらくて)
# ですから、教団から「飛び出した」ということになります。
# 自分のお金を自分で勝手に使い、ワンルームマンションで一人で住んでいるという段階で、出家修行者ではありえません。また、会費も納めていませんので、自動的に除名となります。教団を離れるのに脱会届は必要とされていません。脱会届はむしろ社会に対して示すためのものとなります。
# 公安調査庁への報告は2月1日現在の状況となりますので、現時点での報告では信者として報告されていると思います(教団法務部は上祐派なのでいちいち連絡も取りたくなかったというのもあります。個人的には友人ですが)。ただし、次回の5月1日の報告ではきちんと現状にあったものになるはずです。とはいえ、誰が信者かというような情報は一般には開示されませんが。

2006 03 22 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(55) | トラックバック

March 20, 2006

あの起き上がり小法師で検証----前原代表の不運は1/50の確率で発生した?

休みを利用して会津に来ているので、せっかくだから今話題になっている例の「起きあがらなかった」起き上がり小法師を、買いにいってみた。
渡部恒三代議士が持ち込んだのはいいけれど、前原代表のものだけが起き上がらなかったアレ。

七転び八起きのはずが…前原代表の小法師、転んだまま(読売新聞)

俗に「小法師」と言われて会津では広く知られているもので市などがたった時中心に、縁起物として売られるのだそうだ。
全国的に有名になった「小法師」。全国から注文や問い合わせが殺到しているそうで
売り切れではないかと心配しましたがそんなことは全然ありませんでした。

で、調べたかったこと。

民主党の運の悪さを検証する。

起き上がらない起き上がり小法師は、どのくらいの確率で存在するのか?

台の上に置いてあるのはおよそ50くらいの、まさにあの「小法師」。
で、手でばーっと倒しては実験。引っかかって起き上がらないだけの物は除外ね。

で、結果。

約50の「小法師」のうち(大雑把)、起き上がらなかったのは1つだけ。
で、証拠写真。

中央の黄色いやつね。(奥に映っている赤いのは、単に他のこぼしにひっかかっているだけ。)

060320_152701

おー意外とみんな起き上がるじゃん。
つまり確率1/50(大雑把)。でも、この黄色いやつも2回に1回くらいは起き上がる。
うーん。そうなると前原代表のところには1/50-1/100の不運がたまたま訪れたというわけか。どうも最近何十分の一とか、何百分の一みたいな確率に相次いで引っかかりますね。民主党。

060320_165101

記念に買った。(1つ105円)

お店の人の話では、時々起き上がらないものもあるので、ころがして確かめてから買っていくのが一般的なんだって。そりゃそうだ。縁起物だからね。起き上がらなかったらいかにもまずい。渡部代議士は支援者からいただいたと言われていたが、

→支援者の人ダメじゃん。

(付録情報)

SN330006

(袋に入っていてわかりにくいが)
大きなものもあった。(210円)

おわり。

2006 03 20 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック

March 17, 2006

境界の人

おそらく異界と「こちら側」との境界線は、人が思うほど明確ではないのだろう。

異界にいる人には「こちら側」が異界であろうし、境界線上にいる人にはいずれの世界もが異界なのかもしれない。
「こちら側」の人間の居心地としては、こうした曖昧茫漠な領域が、私たちの住む世界のすぐ隣にあることは、あまり気持ちの安らぐことではないことだけは確かである。しかも、ひとたび「異界」であると認識されてしまえば、そこから境界を越えて「こちら側」に戻るのは容易ではない。「境界に立つ」人にとっては、はなからどこが「異界」であり、どこからが「こちら側」なのかさえ、わからなくなってしまっているのかもしれない。あなたは自分の立っている場所の位置がもはやつかめないでいるのではないか。

境界にいるあなたが、「こちら側」にいるのだ、あなたと同じ世界にいるのだと英知を尽くして説得しようとすればするほど、益々その「異界ぶり」が浮き彫りになるのはどういうことだろうか。

部分の説明ができても全体が説明できない。
全体を説明しようとすると部分がずれる。

あるいは誰の心にも異界というものがあるのかもしれないのであり、我と彼との違いは、その異界が牙を剥いた過去があるのか、ないのか、それだけの差異なのだろうか。
それだけの差異--その差異がなした至上の残虐に比べて、その差異はほんのささいなことなのかもしれないとは確かに思う。

とすればあなたと私たちは、ここからどこへ向かって歩けばいいのだろうか?
どこへ向かって進むことが私たちやあなたの「救い」になるのだろうか。

一番わからないのは、そのことについてなぜ自分がいつまでもこだわり、考え続けているのかということである。

少々疲れてもいる。

2006 03 17 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(14) | トラックバック

ここまで行くと開いた口がふさがらない。----ガ島に世俗は無縁と見える。

もうしばらくお休みになっていてもよかったのではないか。これが3月16日の記事である。

自民党が開いた「メルマガ・ブログ作者との懇談会」なのですが、お誘い頂いていたのに当日キャンセルしてしまいました(事務局の方にはお伝えしたところ丁重なお返事をいただきました)。今回は憲法問題がテーマで、参加された方のブログを読んでも充実していたようなので、残念です。懇談会の模様は絵文録ことのはの松永さんの詳しいリポートがありますのでそちらをご覧ください。 [お知らせ]久しぶりのブログ更新です。憲法改正と自衛隊について少し(ガ島通信)

【同日追記】
考えてみれば海外におられたのでインターネットが届かず(爆)事情をご存知ない可能性もあるし、引用してはいけないという民法も刑法もない。失礼の段がありましたら失礼な奴だとそのまま受け止めてください。

 

2006 03 17 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(18) | トラックバック

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【理由】

特定の個人に関する根拠なき誹謗中傷と判断するため。なおこの件に関する議論はいたしません。

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March 16, 2006

「ことのは」の背負ったもの(2)----GripBlogのことなど

GripBlogが非常に残念な結果になってきている。正直心中穏やかではないが、下記にいただいた同様の指摘が友人からもあったのでお答えしようと思う。したがってこの記事はJunさん一人に答えるものではない。(もちろんこうしたコメントを出してくる人たちが悪意ではなく「独立した善意の」言論者であるという大前提のもとに、である。)

>私は多分BigBangさんの主張は理解できます。
>しかし、なんでこんな騒ぎを起こすのかが理解できません。
>泉さんか松永さんに連絡を取る方策は、本当に全て尽くしたのでしょうか。これで泉さんの人生はかなりの方向修正を迫られるでしょう。このような騒ぎに発展することが予想出来なかったという事もないでしょう。
>にも関わらず敢えて踏み切る理由がわかりません。オウム事件は確かに大事だと私も認識しています。しかし、とりあえずは終わったオウム事件より大事な問題が世の中には腐るほど転がってるでしょう。それが見えたら、とてもじゃないですがこんなことやっている暇はありませんよ。とりあえず自分の手に負えそうな問題があるからそれをやるというのは、受験生の論理ですよ。受験生は、それはその人個人の閉じた世界だから許されるんです。他人には決して迷惑を掛けないから。でも、社会的な問題はそんな容易な取り組み方は許されない。すぐ他人に迷惑を掛けてしまうから。だから、警察があり法律があり国家があるんです。
>「他人に迷惑をかけても是正しなければならないことがあるんだ。」それはオウムの論理そのものです。(Junさんのコメント)

●GripBlogへのコンタクト

すでにこのエントリーで触れたように、この件に関するコメントはまずGripBlogが行うべきであろうと思った。この時点で泉さんを疑う気持ちなど微塵もない。民主党でお会いして以来、泉さんは私にも事業計画のご相談をしに来られていたので、その1ケ月ほど前に親しくお会いしたばかりであり、すぐにメールを出せる気安さもあったと思う。
従って泉さんに期待したのは「私は全くその件については知らなかった」というはっきりした意志表明だけだった。ところが、泉さんの返信はそれに対して消極的だった。
となれば、最悪Gripblogからはそれ以後もコメントが出ないこともあり得ると考えた私は再度それを促す踏み込んだ内容のメールを送った。その後電話もいただいたようだが、残念ながらその電話には深夜だったこともあり、出ることができなかった。その後アップされたエントリーがいただいたメールと同様の内容であることを見て、やむを得ずこのエントリーをアップした。


【3/16加筆】
赤文字部分

●懇談会出席者として

>しかし、とりあえずは終わったオウム事件より大事な問題が世の中には腐るほど転がってるでしょう。それが見えたら、とてもじゃないですがこんなことやっている暇はありませんよ。とりあえず自分の手に負えそうな問題があるからそれをやるというのは、受験生の論理ですよ。(同上)

このコメントの筆者は大事な点を忘れている。それは私が完全な部外者ではないということである。問題の懇談会に出席し、松永氏と会話を交わしている。
想像してもらいたい。あなたならどうするか。GripBlogから「明確なコメントが出ず」、「全ての懇談会の出席者が何も発言せず」日ばかりが経過していく。さあ、想像してもらいたい。その状態を「あなたがたは」許したか?
懇談会の出席者はたったの10名。当事者である松永氏を除けば泉さんを含めて9名である。この9名が全て曖昧な回答を繰り返したらそれを許容していただけたか?私はそうは思わない。その先にもう1つの混乱の未来があったはずだ。

私は全員が発言すべきであったというのではない。ただ、結果的に最初の発言者が私であったということであるが、私である必然性は全くない。「私が」それをやる必要性があったかと言われればそんなものはない。他の考え方で沈黙された方もおられよう。それについてとやかく言う気もない。後に出た弾さんの言論も全否定はしない。

ただ、私が選択したのはエントリを出すことである。(もしかしたら)その波及効果が不幸を生んでいるとすればは非常に残念だけれど、沈黙することで生んだ不幸もあったはずだ。
私はもう一度あの場面に立ち会えばやはり何度でも同じことをする。そう言わざるをえない。

「もっと大事な」問題はそれぞれにある。ある人はイラク問題であり、ある人は就職問題であろう。ある人は恋愛問題であろうし、ある人は経済問題だろう。どれもがその人にとって「大事な問題」である。その問題について優劣をつける考え方は私にはない。それぞれの方が、ご自分の問題意識に従って動けばよかろう。今直面している問題が、あなたにとって一番なのである。それを卑小化する資格は誰にもない。
所詮私たちは全ての問題を背負い込むことなど出来ないのである。オウム問題が「あなたという主観にとって」遥か昔の「終わった」問題が重要でない遥か昔の「終わった問題」であることは否定できないが、上記の立場にいた「私という主観にとって」は「終わった」問題ではなかった。それだけのことである。


【3/16加筆】
意味不明なため。

●松永氏からのメール

エントリーをあげた直後に松永さんからメールをいただいた。内容としては、個別に尋ねてくれればよいのに、なぜエントリーで騒ぎを広げるのかというものだった。この時期松永氏は、松永=河上疑惑に個別に答えていこうというスタンスだった。その後すぐに方向を転換されて、あのカミングアウトになったわけだけれど、私はこのメールに返事を出さなかった。その理由は、ひとつは頂いたアドレスが携帯宛のものだったので不信感を持ったこと(これは全く私の間抜けな勘違いだった。松永氏には再度お詫びする)。そして、松永氏ほどのアルファブロガーが自分のサイトで表明すればたちどころにネットに広がるものを、わざわざ個別に釈明しようという姿勢そのものが理解できなかったこと。
私たちはブロガーである。GripBlogやことのはほどではなくても、私にはこのBigBangという場がある。万一個別にメールをやりとりして話し合った結果を発表すれば、ネットはどのように判断するか。これは旧体制の自民党の密室政治のようなものである。そこで曖昧なコミュニケーションをとれば、最悪出席者全体に対して不信感が生まれる結果を呼ばないか。私はそう思い、泉さんはともかく疑惑の渦中にある松永氏との個別の接触を避けた。

この後の結果で予想できなかったのは、松永氏がそのメールを下さった当日、翌日方針を変えてカミングアウトされたことと、泉さんがおそらく私の問いにも答える形で出されたエントリーがさらに混乱を広げ、GripBlogの混乱→ume氏問題への波及となったことである。(今回このume氏問題に言及すると、話が広がりすぎるのでここでは触れない。)

●もう1つ

もう1つ、コメントが忘れている視点がある。それは私はこのサイトでは匿名であるが、民主党の懇談会で泉さんと松永さんには、リアル世界の名刺を渡し、すべての個人情報を公開していることである。もしも松永氏が悪意の工作者であれば、この問題にこだわる私のエントリーは、甚だしい厄介を自分に呼び込むことになるかもしれない。正直怖かった部分がある。
しかし、私はこの問題を不問に付すことはできなかった。因果な性格も一因であるが、「絵文禄ことのは」の松永氏に対する最低限の信頼を持っていたことも事実である。今でもその信頼は保っているが、しかし100%ではない。私の持っているような、その「信頼できない」部分に代表される1つ1つの部分を具体的に解きほぐしていくことが、聡明なるあなたの今後のミッションだと思う。あなたはあなたの「説明責任」を持っている。それは私のものなどと比較が出来ないほどに重要である。その気の遠くなるような説明責任を100%とは言わなくても、クリアしていくあなたの姿勢があれば、今度こそ「河上イチロー」ではなく優秀なライター松永英明さんとして世間は認知するだろう。(具体的な不明点は、敢えてここでは提示しない。すでにリストアップはご自身で行われているであろうから。)

問題とされるのはあなたの過去と現在の「不連続線」の透明さである。それが完全なものであることを証明するのは確かにあなたの言うとおり困難だが、その困難な作業を為すことにしかあなたの今後の生はない。そしてそれは社会的にも極めて意義のあることである。それもおわかりだと思う。

今思っているのはそういったところである。

【追記3/16】
Junさんのコメント中の
「他人に迷惑をかけても是正しなければならないことがあるんだ。」それはオウムの論理そのものです。」
できればこの部分は撤回願いたい。

2006 03 16 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(29) | トラックバック

March 13, 2006

「ことのは」の背負ったもの----許さなければならないこと。許してはならないこと。

私としては、その人の素性に関して言えば、「かつてなんだったか」はもうどうでもいいことであって、「今なんなのか」ということしか気にならない。もちろん、「かつてなんだったのか」という情報は、「今どうしてこうなのか」を知る手がかりとはなりうる。しかし、本人の意向を無視してまで「知らねばならない」情報ではない。少なくとも私にとっては。(「オウム憎けりゃことのはまで」404 Blog Not Found)

個人が過去の経験、記憶によって苦しめられるように社会もまた過去によって苦しめられる。社会にオウム事件が残した傷の深さは例えようもなく深い。人間・松永氏がどんなに真剣に今を生きようと、どれだけ松永氏の才能が飛び抜けていても、あのとき社会が受けた傷は、およそあらゆる比較の対象を拒絶するほどに深いのである。

この場合の「社会」とは、何かそういう抽象的な塊があるのではない。「社会」とは無数のあなたの集合であり、私の集合である。あなたの父の集合であり母の集合である。あなたの恋人の集合であり、あなたの兄弟姉妹の集合である。

11年前、その「社会」に対して「ある団体」は凶刃を振るった。

1989年11月に起きた坂本堤弁護士一家失踪事件や1994年6月に起きた松本サリン事件、1995年2月28日に起きた目黒公証人役場の仮谷清志さん拉致監禁事件。・・・・1995年3月に、警察の全国教団施設の一斉捜査の内部情報を入手した松本(麻原)は、警察の目を逸らす為に東京で大事件を起こす事を思い付き、地下鉄サリン事件を起こしたとされている。(Wikipediaより)

1995年3月20日午前8時ごろ、東京都内の営団地下鉄(現:東京メトロ)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら12人が死亡、5,510人が重軽傷を負った無差別殺人事件である(有機リン系解毒剤のプラリドキシムヨウ化メチル (PAM) が届かなかったら死者はさらに600人増えていたと言われる)。松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与えた。
(同上)

地下鉄サリン事件の際に車両内で被曝した男性。サリンが発生してすぐに走って逃げ、地上に出たところで気絶し、その後2週間入院した。目の前で倒れて苦しんでいた二人が、後に犠牲者として新聞に載っていた。退院後は後遺症もなく、もう大丈夫だと思っていたが、事件から3年後に症状が現れ始めた。毎年、地下鉄サリン事件の時期が近づくと、違った症状が出る。今年2月には、肩甲骨に激痛があり、脂汗が出て息も出来ない状態になったという。
 この症状は何なのか、という質問に、聖路加国際病院精神科ナースの川名典子さんが応えた。詳しく問診する必要があるが、話を聞く限りでは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の典型で、「記念日反応」だと思われる。記念日が近づくことで、なんらかの症状が現れるケースだ。(下村健一の眼のツケドコロ

私たちが許してはならないものは何か。それは二度とこうした惨事を私たちの社会に引き起こすあらゆる可能性を排除することである。残念ながら当時の思想をほとんどそのまま残しながらこの団体の趣旨を引き継ぎ活動している者の数は十人や二十人ではない。
私たちの社会の安全は、現在保たれている(ように見える)平穏は、努力なしで保障された永遠ではない。1995年、ワイドショーの実に65%がオウム事件の報道であったともいわれている。

あれから11年。

私たちの社会の受けた傷は深い。繰り返すが社会とは抽象的な塊ではないのである。1人1人の無限の苦しみが積み重なって今もどこかの病院で、後遺症の深さに苦しむ人たちがいる。この社会の傷を考えると、事件が再発するあらゆる可能性を「許してはならない」のだ。

【3/14 加筆】
目的語が不明確だと誤解を与えるようなので赤文字加筆します。「松永氏を」ではありません。
thanks to Ichigensan

その一方で私は、ブロガー懇談会でお会いした松永氏の繊細そうで理知的な表情を思い出す。氏は静かな雰囲気の中に並ではない知性を、醸し出している方だった。確か帰りの地下鉄のホームまでご一緒し、※1当時立ち上げ直前だった「女子十二楽坊」の話をしていただいたことも思い出す。松永氏が告白された今だから言おう。私は松永氏の顔をはっきり覚えている。河上イチローの写真が公開されたとき、それはあのとき女子十二楽坊の話をしてくれた松永氏の写真以外の何者でもなかった。小飼さん、あなただって知っていたはずだ。あなたは「ことのは」のためにそれを沈黙していたのか。

しかし私も万一の錯誤に備えてそれを保留した。全てを語ることはできなかった。そしてそれは今もそうだ。

【3/14加筆】
※1 松永さんからこれはもう立ち上げ済のサイトであった。その話をしたと訂正をいただいた。私はここで立ち上げ「前」であったのか「後」であったのか記憶が定かでない。(このことの重要性の認識もないが、切込隊長・・・)
【3/14加筆2】
おそらく2005年11月に立ち上がった女子十二楽坊ブログのことだと思われる。

「絵文禄ことのは」はあれ以来ずっとブックマークしていた。私はあるときはそれを感動して読み耽り、あるときは驚嘆しながら読んだ。アルファブロガーなどというどこか軽薄な言葉を冠された人たちの中でも氏は本物だった。松永氏が今後の著作活動が継続できないような事態が起きたら私は心の底から残念に思う。

だが、小飼さん。聞いてほしい。現在は過去と切り離しては存在しないのである。現在という空間が過去と別個にそこにあるわけでもない。過去は現在にその境目を失わずに連続しているのである。賢明なあなたは十分に知っているはずである。あなたの賢明な知性をこのことの前に安直に閉じないでほしい。

民主党懇談に松永氏が参加したのは、本人が言うようにちょっとした好奇心だったかもしれない。私はそれを信じたい。もしかしたらあなた以上に信じたいかもしれない。

しかし。

底知れない傷を受けた私たちの社会は、11年前。どんなことがあってもそれを繰り返さないと誓ったのではなかったか。オウム事件を通じて一瞬の間に人生の運命を破壊された6000名以上の人々。命を絶たれた27名の人々。その再現を許さないと誓った至上の命題の前にあのときあなたはいたのか。いなかったのか。

松永氏の能力が相応のものであるならば(そしてそれは世評の通り相応以上のものではある)氏が社会的に活動されることに何の異存もないし、氏の経歴によって松永英明という傑出したライターが全否定されることが万が一あるとすれば、その時は僕は松永氏の側に立とう。僕にいかほどのことが出来るか、我ながら心もとないが、その時は僕は言論で、あるいはそれ以外の手段で抗いたい。
一方で過去から生じた懸念、それを持つことも不当であるとは僕は思わない。実際に過去に膨大な犠牲があったことに留意するに、「信じる」という美しい言葉を身代わりとして、検証を怠るのは僕は無責任だと思う。
両者は二者択一ではなく、「それはそれ」として「」でくくることが共存のためには是非とも必要だと思う。(History Enough For Love

「絵文禄ことのは」を続けていく彼の才を守りたい、過去を問わないというなら、一方でどんなことがあってもあのときの大惨事を繰り返さないための決心も同時に語られなければならないのではないか。そこにいささかでも疑惑が残る限り、私たちは簡単に納得してはならない。簡単に過去を水に流してはならない。

もしも松永氏の決心が本物であったとしても、そこにいささかでも疑問が残る限り、簡単に過ぎたこととして過去を不問に付すことはできない。なぜなら彼においてまだ過去と現在、そして未来の連続線も不連続線も不明快なままであるからである。

許せないことは決して許してはならない。
そして一方で「許さなければならないこと」もあるのである。

この話も「許さなければならないこと」として決着することが望ましい。松永氏のためにも我らのためにも。それを私は心から望むけれど、残念ながら、まだその時期は来ていないと思う。

まだ私は納得ができないのである。同時に松永氏がすべてを語り尽くしたともまだ、到底思うことができない。

教えてほしい。それでもあなたはまだ
「今なんなのか」ということしか気にならない
と言えるのか。

2006 03 13 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(46) | トラックバック

民主党ブロガー懇談会・アーレフ関与問題----勇気に敬意を表す

一連の疑惑について(備忘録ことのはインフォーマル)

松永さん、あなたの書かれていることの全てを無条件に今すぐ諒とすることはできないけれど、個別にコンタクトをとり理解を求めていこうという初期の方針を変更され、自ら一連の疑惑や騒動に対して、統一的な回答を出された決断に賛意を表し、その勇気に心から敬意を表します。

今日のところはまずそこまで。

#なお、関連コメント1件を削除します。理由はこのサイトのポリシーの下記に触れると判断したためです。

●元記事の内容に関連性がないと思われたとき、あるいは特定の個人の人格を著しく傷つける書き込み、さらには特定の民族や団体、宗教に対して、合理的と信じるに足る根拠も示さず、誹謗中傷する書き込み、あるいはこのサイトにとって明らかに不適当であると判断したとき。

【3/13 加筆訂正】
本記事中の松永氏の記事における一部主張に「得心」し、本サイトの記事から氏の本名に関わる記述を削除します。

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March 12, 2006

民主党ブロガー懇談会・アーレフ関与問題----GripBlogと松永氏に問う

3月6日に書かれたこの記事「民主党本部を直撃」を読んだときには驚いた。民主党のブロガー懇談会でご一緒した「絵文禄ことのは」の松永英明氏が、元アーレフの河上イチロー氏と同一人物であることを、フリーライターの野田敬生氏が民主党に取材して確信を得たこと、そしてそれがFlashに掲載されるという。
 

かつてよりきっこ=松永氏説があることは知っていたが、まあ面白い見方があるものだなどと気楽に眺めていた。まさかその見方と、アーレフという宗教団体が結びつくということは考えてもいなかった。もちろん、あの懇談会にその疑いをかけられている人物と一緒に出席したなどと思いつきもしなかった。

この件に関するエントリーをアップするのに時間がかかったのは理由がある。

●3月8日から今までのこと

※私は民主党のブロガー懇談会に出席することを希望してGripBlogの泉さんに選抜していただいた。貴重な機会をいただいたことを今でも感謝しているし、その後何度か実際にもお会いもしている。全般的にはあなたの支持者の一人であったと思っている。それだけに直接コミュニケーションすることで大半の問題は解決できると思っていたが、現在までの全体的な経過と今回のことの重要性を踏まえて、事実経過を公表する。こうした手法は心苦しいが、私信の細かい部分はもちろん割愛するので、どうかご了解いただきたい。参加者の1人としてこれが最低限のミッションであると私は思っている。そしてGripBlog「泉あい」の現在の置かれている立場の重要性を再度認識してあなたの持っておられる情報をぜひ公開していただきたい。

(1)3月8日に発売されたFlashを読んだ段階で、私はすぐに泉さんにメールを出した。この件に関して泉氏が認識しているかどうかを確認することと、あのときブロガーを集めた泉氏自身の見解を聞くことが目的だった。なんらかのコメントをGripBlogで出すべきではないかということも添えた。私としては、軽々しくこの問題に自分のところでコメントするよりも、まず中心になっていた泉氏の公式なコメントが聞きたかったのである。それを確認してから自分のサイトでコメントを行おうと思った。

(2)3月8-9日にかけて、親しい友人にも手伝ってもらい、ブログやネット上でこの件に関する情報収集をした。野田氏の書いた他の記事や河上イチロー氏の経歴、写真等を確認した。

(3)3月10日になって泉氏から返信をいただいた。その内容は心配をかけて申し訳ないということ、ご自分のやりかたに問題があったかもしれないということ、そしてコメントについては時期を見て検討してみるということだった。

(4)私は泉氏に再度メールを出した。そして次の3点についてお答え願えないかということを書いた。近く民主党の某議員とのパネルディスカッションがあるので、その前にできるだけ事実を確認したいという趣旨も書いた。

◎あの懇談会に松永氏を呼んだのは、泉さんからお声をおかけになったのですか?それとも向こうから出席の意向が寄せられたのですか?

◎この件に関し民主党から確認は入ったのですか

◎泉さんは結局、野田氏の取材に応じられたのですか?

いずれもすぐにお答えいただける簡単な質問であると思っていた。

●ところが3月11日10日に泉さんから再度ご返信をいただいたが、残念ながら3つともお答はいただけなかった。「ジャーナリスト」として軽々しくその問題にお答えできないというのが氏の答えであった。ご自分のことはコメントできても他の方のことは軽々しくコメントできないという下りもあった。

●私は納得できなかったので3月12日10日夜中にメールを出した。泉さんがジャーナリストを名乗る以上、この問題をネットに対しても、当時の参加者に対しても説明する必要があるのではないかという内容である。直接回答いただけなくてもブログでコメントするのにもう少し時間がかかるならそれを待つということも添えた。

●その後まもなく12日11日の深夜にGripBlogで泉さんのエントリー「ネットジャーナリズムの弱点に直面しています~取材再開へ向けて」がアップされた。この少し前にご説明のための電話もいただいたようだが、私はたまたまその電話に出ることができなかった。

※【3/12 加筆訂正】一部日時が不正確だったので訂正しました。

アップされたこのエントリーは私を失望させた。内容は私にいただいたメールの内容とほとんど変化がない。私にとっても、ネットの人たちにとっても最大の関心事であると思われる点については、まったく言及がない。泉さん自身の信用に関わる部分にも言及がない。ただフラットに「反省」しているだけである。しかも「ネットジャーナリズムの限界」という、別のフレームにフォーカスがいってしまっており、すぐに他の話題にシフトし、耐震偽装の取材の打ち切り理由もこれでは明確ではない。泉氏はこのエントリーで問題を終わらせようとしているのだろうか、と感じられた。

泉さん、あなたの目指すジャーナリズムというのは何なのだろうか。このような重大な節目に遭遇して、事実を事実として取材して伝える努力をしないところに、ネットジャーナリズムも何もない。ジャーナリズムとはフレームや仕掛けではなく、こうした重大な局面にどこまで勇気を持ってディテールにこだわるかということにあると思う。そういう意味でGripBlogのコメント欄に書かれたいくつかの指摘は私もまったく同感であるし、これではいくら憶測を呼んでも仕方がない。これはあの時参加したすべてのブロガーにとっても非常に不本意なことであると思う。

私たちは、公党を囲む陰謀論のコアとなる工作の可能性のある人物をあの場に招きいれてしまったのであろうか。もしもそうであればいくら民主党のチェックが甘かったとは言え、信頼して胸襟を開いてくれた民主党に対しても多大なる迷惑をかけ、そして他のすべての人に対しても重大な問題を発生させることに立ち会ってしまったことになる。同時にもしも松永氏がきっこであった場合、政局に与える影響は計り知れないほど重い。もちろんすべてが冤罪であった場合、あなたの、松永氏の、そしてあの場を利用して発言を行った私たち参加者の名誉も回復されなければならない。
その重みに比べて、あなたの処理の仕方はあまりに軽すぎると私は思う。あえて言う。それでもあなたはジャーナリストを志す人であると言えるだろうか。

しかも理解に苦しむのは、3月8日に自民党の懇談会に出席した後、あなたは他の3人の出席者と、松永氏と5人で二次会にまで行かれている。通常であれば、これほどの問題が起きているときである。GripBlogとしてはそこで松永氏にまず「取材」を行い、事の真偽を確認し公開すべきではないのか。

それを抜きにして、これほど重要な局面で

そして今回、実際にそのような場面に直面したのだと思います。
(誤解されたくないので念のために言っておきますが、雑誌『FLASH』に書かれているM氏のことだけをここで問題にはしているわけではなく、どんな人でも入り込むことが可能だと言いたい)
インターネット上の書き込みには、悪意を持った人も確かにいるでしょう。でも、「だからインターネットはだめなんだ」という思考にはなりくはない。
「誰がものを言っているかわからないから、やっぱり今まで通り大学教授や有名人に語ってもらおう」と、ネットジャーナリズムまでもが、既存のマスメディアのように声の大きい人たちに牛耳られてしまっていいのだろうかと思うのです。
ネットジャーナリズムの弱点に直面しています~取材再開へ向けて)

などと問題を丸め込むのでは、ジャーナリストしてのあなたの将来も名誉も今後の取材の展望もない。どうかもう一度よく考えていただきたい。


●松永氏=河上氏なのか

私自身も責任としてこの件について触れておかざるを得ない。
言うまでもなく、去る10月31日のブロガー懇談会で確かに私は松永氏と同席した。で、Flashに掲載された写真および
http://web.archive.org/web/20020201224538/http://deva.aleph.to/index.shtml
にある写真をみた印象で言えば、「よく似ている」。しかし100%同一人物であるという確証もない。あくまで私はあそこで初対面であったのであり、半年の間に記憶もぼやけている。ただし、似ているのは確かであり、この写真をまったくの別人であり両者が「似ても似つかない」と断言する、いくつかのサイトには賛同できない。

しかし誤解をしないでいただきたいが、過去においてたとえ松永=河上氏がアーレフに所属していたからといって、それですべての彼のそれ以外の実績が否定されるわけではない。ただご本人もそれを明確に説明されない以上、懐疑的な見方がされるのは当然である。
松永氏はじぶんがきっこであるということは否定しているが、河上イチローとの関係については曖昧な説明しかされていない。容易にこの点を説明するのはし難いことなのかもしれないが、ことがここまで大きくなっている以上、肯定なり否定なりを明確に松永氏はすべきであると思う。

奇しくも3月3日に書いたこのエントリー「メール偽装事件と天の配剤---今更だけれど民主党ブロガー懇談会でのこと」で、期せずして松永氏の書かれたかつての議事録を引用させていただくと同時に、文末で「今後も天の意外な配剤は続くであろうから」と締めくくった。この言葉があまりにも当てはまるその後の経過に驚きを禁じえないでいる。

【3/12 加筆訂正】
アレフ→アーレフ
河上イチロー氏とされる近影(極東情報網録 the Far East News Net blog
http://usam.blogtribe.org/entry-a6ce3b5b3bbe53352e950d39dcf70d53.html


【3/13加筆修正
松永氏に関わる表現の一部を訂正

2006 03 12 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(11) | トラックバック

March 10, 2006

お断り

先ほどコメント欄にお問い合わせが入り始めましたが、民主党のブロガー懇談会について、最近週刊誌に掲載された問題との関連から、このサイトでも近々にそれについてコメントをしなければならないと考えています。私は入手しうる情報の範囲で、事態の経過をほぼ把握していると思っています。場合によっては、以前書いた記事の訂正をする場合が今後あるかと思いますが、その場合にも訂正の痕跡は全て残すつもりでおりますので、ご理解ください

http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/cat4884091/index.html


2006 03 10 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

March 08, 2006

頭の中がぐるぐる-----今週の世界は陰謀だらけである。

実は今週の週末に、某所で某党の再建戦略について(某党・・笑)パネルディスカッションに出ろという、お話をいただいている。こんな私が、この時期に某党についてとりあえず公共で語ること自体が、かなりあれこれ考えてしまうわけだが、追い討ちをかけるように今週になってからいろいろな、何と言うのかな・・その周辺で予想外の事態やリークが続いていて、その精神的負担に追い討ちをかけている。

世界や歴史が陰謀で出来上がっているというのは、多くの場合、人間の壮大な被害妄想の産物だと思ってきたけれど、少なくとも私にとって、「今週の」世界は、陰謀だらけである。

こんなときに人前で、何を語るのか。
頭の中がぐるぐるである。

2006 03 08 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック

March 07, 2006

finalvent氏を支持する(2)------無限の虐殺のリプレイス

■ルワンダ虐殺と関東大震災の朝鮮人虐殺とは異なる(finalventの日記)

私はこうした言及を安易に聞き流していいのだろうかと自問した。よくないと思う。
 そうでなくても旗幟のみが問われる問題になりそうなので、結論を先に書いておこう。それは、ルワンダの虐殺と関東大震災の朝鮮人虐殺はとても異なるものであり、その差異をどう理解するかが日本人に問われるということだ。「あなたの子をアウシュビッツに送らないと誰が保証してくれよう」という懸念を、もし可能なら、薄めておきたいのだ。


差異について無自覚であることを批判することは、発言者を侮辱することでも愚弄することでもない。そして、もしも将来の虐殺を我らが避けようと思うのなら、それは無限の過去の事例の分析の中にしか、おそらくないであろう。ないであろうが、それだけにその分析は慎重にも慎重でなければならない。1言で全てを納得できる筋合いのものではないであろう。一方で町山氏は朝鮮人虐殺の例を引かれることで、既に多大な役割を果たされている。それは氏の言うように、この事件を遠いアフリカの自分と関係の無い出来事と考える人々への警鐘という意味において、である。しかしこの「成果」はあくまでもその目的の達成という「意味以上の意味」を生成するには無理があると考える。二つの事件はどこまでも異なることであり、それを一言で同一視することは、やはり無理があるのだ。(無理の理由のいくつかはfinalvent氏も挙げている。僕も先のエントリーfinalvent氏を支持する(1)------ホテル・ルワンダを巡るカオスについてで触れた)

特に重要なのは、関東大震災の朝鮮人虐殺といっても、その部落襲撃もなければ、その所有物の盗み出しなどもないという点だ。(同上)

略奪があったかどうかなどとは、大したことではないと言う者もあるかもしれない。そうであれば、僕はその人に問いたい。

あなたは映画を見たのか、と。

ツチとフツの泥沼の復讐譚は、生易しいものではない。映画にはその恐怖が描かれる。主人公ポール・ルセバギナ氏は豊かなフツである。危機に瀕して金の力で何度もその修羅場を潜り抜ける。しかし、追い詰められる街の貧しい人々と民兵は、混乱に乗じてレイプと略奪に走る。警察までもが金を積まないと動いてくれない。社会はもはやその形を止めず、夜に紛れた略奪と暴力は国家を根本から破壊する。

その混乱が100万人の死者という人類史上に残る大惨事を生んだ。その恐怖を想像するに、我らは震災の件を思い出さないとそれを嫌悪し、それを憎み、それを繰り返さないと結審決心することはできないのであろうか?彼らに寄り添うことができないのであろうか?
我らの国に起きたことを考えることで、彼らの惨事を「引き寄せる」と称して、実はそこから先は我らと朝鮮人との不幸な歴史を考えることで、ルワンダについて考えることを放棄していないか?ここでも我らにとって「遠いアフリカ」を遠ざけることになっていないだろうか?

問う。あなたはその努力を本当にしたか?

 たぶん、現代の日本人でも、そういう襲撃や略奪のことは想定もできないことではないだろうか。しかし、他国の歴史に見られる虐殺には普通につきまとうことなのだ。
 この日本人のズレた内的な史的感覚――それは他国の歴史を知ればお人好しすぎる甘えちゃんとしか見えないような感覚――が、歴史の意識を無化し、人類の普遍的善意みたいな仮説をおびき出させ、誘導に頷かせようとする。(同上)


■洒落のわからんやつ
(finalventの日記)

※このエントリーにおいて「洒落」という言葉は不適切であり「アイロニー」とすべきではないかとコメントした。finalvent氏はそれを受け入れ、追記に応じてくれた。

僕は「非人道的とはどういうことか」という一連のエントリーを書いた。そこで一貫して問題にしたかったのは被害の視点と加害の視点の両方を考えないことには、真に他民族の不幸にも思いを寄せることができないのではないか、日本も責任ある立場を果たせないのではないかということであった。僕にとっては、今回の件もその延長線上にある。加害の視点からだけでは見えないものが必ずあるのである。(もちろんそれは被害の視点も単独では成り立たないということを意味している)

ここで言えば、朝鮮民族への虐殺を言うのであれば同等に、東京大空襲や原爆の体験はどうなのか。それは「近接する隣人」同士の殺し合いではないから、ここで言う「参照」にそぐわないのか。米国人が口にする、原爆へのあるいは9.11への、真珠湾攻撃の対比(リプレイス)はどうか?あるいは、国民党による台湾原住民への大虐殺「二・二八事件」はどうか。この例でも良いのか。それは我らの父祖が関係していないから不適切なのか。

finalvent氏が、

 町山さんは、虐殺の一般性・人間性に着目し、別に関東大震災の朝鮮人虐殺と特定されないと主張している。
 だから、それなら、通州事件でもいいわけだな、という洒落だよ。
 実際、町山さんの議論では、全ての虐殺は同じだから、そうなるでしょ。町山さんの議論を読んでいるか?
そこは町山さんが優れた見識を持つ点でもある。加害と被害を止揚する視点は評価に値する。
 しかし、追従者に私は疑念を持った。

と「通州事件」を論じている真意は、「アイロニー」なのである。つまり私なら「二・二八事件」を出すかもしれない。東京大空襲を出すかもしれない。もちろ