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April 30, 2006

議会制民主主義こそ二者択一ではなかったのか----徳保隆夫論の矛盾

徳保氏の「コミュニケーションへの冷淡」(氏自身の言葉である)は以前より承知しているので、スルーしようかと思ったが、


# 火中の栗拾いツアー企画(R30 さん)
# GripBlogインタビューを読んで----松永英明氏に誤解を謝罪する(BigBang さん)
# GripBlogインタビューを読んで(2)----R30は何者なのか(BigBang さん)

私は R30 さんの主張に共感します。BigBang さんは、何でも個別に考えて、それぞれに全然違う結論を与えることを是とされるようですね。その非常に恣意的な判断の根拠は、素朴な「常識」即ち「場を支配する多数派の価値観」。直接民主主義が社会の理想像というわけか。
私は個別の事象に対する大衆の判断を信じていない。「常識」側に立つ連中は、すぐに「非常識」を脅迫するのだもの。「社会的に抹殺されるか、こちらの価値観を受け入れるか、二者択一だ」というわけ。議会制民主主義のいいところは、少数派も「国民に選ばれた存在」として尊重されることだと思う。(趣味のWebデザイン備忘録 議会制民主主義のいいところ

さて、「何でも個別に考えて、それぞれに全然違う結論」とは何のことであろうか。文脈からすると、私が2つのエントリー・「松永英明氏に誤解を謝罪する」 と、「 GripBlogインタビューを読んで(2)----R30は何者なのか」の相互で、どんな「全然違う結論」を導き出し、そしてその根拠のどれが、「場を支配する多数派の価値 観」ということにるのであろうか?
この「全然違う結論」として対比されているような結論が、それぞれ何を指すのかがまず不可解。さらに「場を支配する多数派の価値観」とは何を指すのかが不可解。そもそも「多数派」に認定を受ける覚えもない。真に精緻にこの問題を追っておられるか。情動的に自説を展開してはおられないか。

私の主張が、仮に何かを根拠に「多数派の価値観と一致した」と徳保氏が判断したとしても、

多数であるがゆえに正しいとは常に言えない

と同様に

少数であるがゆえに正しいとも言えない

のは等しく真であるからである。これらは同価値であり、「多」と「少」を根拠に価値批判を展開すること自体に限界がある。多が少を「多であるがゆえに」圧しているというなら、数以外の観点から、「多の過ちについて」論じることを試みなければならぬ。

その上それが「議会制民主主義は少数を尊重する制度である」という展開なのだから、摩訶不思議として首を傾げる。

「常識」側に立つ連中は、すぐに「非常識」を脅迫するのだもの。

「常識」とは何であろうか。そして「非常識」とは何であろうか。私がもしも「大量殺戮」を「非常識」であるとして「法の支配」を「常識」であるとして論を唱えたとしても、「常識」は「常識」であるという理由で、氏は「非常識を脅迫している」とするのだろうか。では法治国家とはなにか。それも「常識」の「非常識」への圧力であったのではなかったか。

もしも松永さんの問題で、「社会」=常識とし、「松永さん」=非常識とした場合、(これは氏の視点に沿った類型である)社会(常識)は、何をもって松永さん(非常識)を脅迫しているのだろうか?そしてそれが「議会制民主主義」を持ち出すことによって何か瓦解する要素でもあるのだろうか?
私は現在なされている氏と氏を取り巻く人たちとの対話の試みに対して、このような論拠を持ち出す自体が意味を持つとは思えない。つまり、少なくとも私の議論の中で「意味のわからないものへの不快感」による集団的ヒステリー状態を指す箇所は見当たらないと思うからである。
社会への「経済的融合」を求めているのは、こちらの側ではない。ほかならぬ松永氏の側である(あったはず)からである。(これは「思想的融合」ではない、と前に書いた)
融合の方策を探ることにこの問題の困難があるのである。そこを読まれておられるか。

さらに氏は、この問題における「法の支配」という概念を全く考慮していないのみならず、「議会制民主主義」についても明らかな誤解をしている。

「議会制民主主義」とは、紛れもなく「多数をもって正義とする」政治制度なのである。少数派の意見の表明は、「言論の自由」によって保障されるが、永遠の議論は許されない。制度は多数決により、「多数を正義とする」と定めた意志決定制度なのであり、「少数派も尊重される」と読むのは、それこそ「恣意的」である。

ネットの状況に「直接民主主義の危険」を見たとして、それを→ネット=衆愚政治の否定→議会制民主主義の賛美 と誘導したいのかもしれないが、議会制民主主義の概念を理解していないところで、記事全体が「集団の虐めは良くないので議会制民主主義がよい」という、歪んだ方向性に走ってしまっている。

何よりも、ことのは問題を「常識の圧制」として論じないとすれば、何を議論の基準にしたら良いのか、どこに議論の問題があるのか。氏はそれを具体的に提示しなければならない。そうでなければ、「多数が少数を苛めるのは俺は好かん」という、それまでの話であり、そうした正義感のみで、小学校の苛めですら解決できないのは、それこそ「社会の常識」というものである。

もしも「それまでの話」だよというのであれば、私の「反論」(?)も「ここまでの話」である。

 

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Comments

常識とか非常識とか、常識を振りかざす輩に嫌悪感を抱くのは、まあ感情的に理解できますが、それを民主主義とかにまで話を広げるという論法が、私としてはもう思考停止状態に陥ったなと思ってしまうところですね。
社会規範だとか常識だとかと大上段に構えるとアレですが、誰でも「こんなことしたら拙いだろう」というような、そんなレベルの論理だと思うのです。
議会制民主主義の話にまで持っていくという、ある意味「トンデモ」レベルの手前味噌。だから論理的にも矛盾が生じるわけですね。
と、つらつら考える次第でした。

サイトポリシーに鑑みて、内容不適当と判断し「宅間守」氏のコメントを1件削除します。(BigBang)

常識・非常識というのは、意識の上での出来事なんじゃないかなぁ。私は、今回はそういうものではなくて、公序良俗という意志の底にある感覚について、違和感が起きていると感じている。だから、正しいとか、間違っているとかいうのではなく、なんとなく嫌な感じ。妙な感じがする。そういうこと。

そういうなんとなくなものを論理的に説明しようとすると、常識・非常識なんてものと同列と誤解されてしまうのだが、そういうものじゃない。

まっとうな日本人が現実の日本社会によって洗脳されている公序良俗と反しているそれだけのこと。

もちろん、宇宙人が吉野家で牛丼を食っている時代だから、そういう人が空間としての日本に存在しても仕方ないが、少なくとも日本の言論の場では、日本人のふりをして存在してはならぬ。(宇宙人としてなら存在しても仕方なし)。
な、感じ。

>直接民主主義が社会の理想像…。

なんてことも言ってますが、バカな話ですね。個にとっての理想像は自分が国家元首の政治体制に決まっている。それができないから、暫定的な理想像として直接民主主義があるだけっしょ。

あんまり、このテーゼでつきつめても不毛だと思うな。
なんて、コメントしている私も不毛なんだけどね。

この人実名でも色々発言なさっています。
ご本人のページで親切に実名の見つけ方(whois参照)まで教えている。
書いている内容は、ほとんどつまらないですが。

松永と同じ頭でっかちで読書少年。(元?)喘息もち。
映画の中のアメリカを現実だと勘違いしてしまっているので、「現実と物語」の区別があまりできない人かも。

ちなみに人権擁護法案に賛成してる青年です。
ただ、人権擁護法案を支持している割には、「みんな仲良く」という考え方には侮蔑的な態度をお持ちで「民族対立」にもこだわりがあるようですよ。
トリル的にあちこちに出没。

松永やR30と親和性が高い理由は、小倉周辺と同じなのかな?
そう言えば佐々木、小倉双方ともに「先月末に停止した」 http://hotwired.goo.ne.jp/ で書いてたし。
佐々木は「‘事件’から‘ビジネス’までITの行方を確実に捉える」のだそうです。 (笑笑笑笑笑笑)


宇宙人が来ましたよ。あっちこっちから(笑)

小政党の林立する余地の事かな?これって。
別にその事は、ハイそうですね、としか言えないナー。

R30さんの独演部分なんてどうでも良くて、すり替える前の論理の続きと行く末が気になるんだけどな。

umeさん、観てたらスポンタ通信にも遊びに来ませんか?
悪い話じゃないですよ。
待ってます。

湯川ブログ以外で、観念漫才をやるな。

BBさんや梅さん相手にそんな事しないよ(笑)たぶん。
お二人ともそんなに暇じゃないでしょう?
で、梅さんへは実利的な話がしたーいのよ。
私は全然儲けないんだけどね♪お化けだから。
でも少しだけ現状に怒っているのだ。ジャンジャン

>で、梅さんへは実利的な話がしたーいのよ。
>私は全然儲けないんだけどね♪お化けだから。

こ・り・ろ。
絡むな。出て来るな。回りくどい文章も書くな。あんたそれで湯川を地獄に叩き落しただろうが。学習しろよ。
だいたいumeも今回、確実にあんたは避けるはずだ。わからんか。いや、わからんのだろな、まじで。
さめ氏他複数の「出て来るな」つーセリフは、心からの叫びだ。もう出て来ないでくれ。お願いだから。な。

スポンタも、不毛とか言いながらコメントすな。あんたは今回の件では完全に部外者なの。
今回の自己満足コメ除いて、オウムに関しちゃ変なことは言ってないけど、ちょろちょろ出て来て、首突っ込んでいいようなことじゃないの。
誰も君のご高説は求めてないの。わかる?だから巣に帰れ。

http://kurosaki-yowa.seesaa.net/
しかし名誉毀損だ裁判だ、とume氏はうるさいことですな。誰か(湯川氏?)を罵倒して黒崎氏の本名を暴こうとしてるし。
いったいこの人どのへんの人で、何がしたいんですかね?
まあ裁判は国民の権利なんで勝手にされたらいいんですが、裁判で恫喝するやり方は某宗教団体を思い出しますな。

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