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April 11, 2006

遺書もなく去る人を止めなければならない法はないが。---過剰なのか、鈍感なのか。

別に月曜日を越えたから書くわけではないが、そして当然のように今日は火曜日だし明日は水曜日であり、当然のように時間は過ぎていくのだから、だから今書くというわけでもないが

こういうトラックバックもいただいていたので、少し触れる。(しかしこれは引用先の筆者にのみ問うエントリーではない。念のために)

「ジャーナリズムの「評価」

一言で言うと、ついてゆけない。
どうして、そこまで熱くなれるのだろうか?

私も問おう。

どうして、そこまで醒めていられるのだろうか?

ある朝、新聞の片隅が黒く塗りつぶされて配達されてきたらどうするか。紙面には何の説明もない。噂ではその新聞社で何かがあったらしい。何かがあったらしいが、その「黒く塗りつぶされた部分」を読めなくても、その理由を知らなくても、うちの朝御飯に影響はない。きっとお父さんの給料にも子供の成績にも、あなたの住宅ローンにも影響はあるまい。

さて、大騒ぎして新聞社に電話する人間は過剰か。適切か。

例が大袈裟か?では変えよう。

テレビ番組のバラエティで、次長課長の台詞が5秒間にわたって削除されたまま放映された。おそらく放送不適切用語だろうと見当はつく。見当はつくのだが、その番組の終りには何のテロップも流れなかった。さて、どうなる?その理由を知らなくても、うちの朝御飯に影響はない。きっとお父さんの給料にも子供の成績にも、あなたの住宅ローンにも影響はあるまい。

さて、大騒ぎしてテレビ局に電話する人間は過剰か。適切か。

過剰と鈍感の差に個人差があることは認める。黒塗りどころか、新聞なんてとってねーよって?あるいは新聞が1日くらい来なくたってテレビガイドがあるからいーじゃねーかって?

是。是。

それはあなたの人生だ。好きにされるがよかろう。人生にはもっと楽しむべきことが沢山あろう。健康で美しい人生が。(あなたにとって)重箱の隅と思われるようなことに、何を苛ついて日をおくる?
あるいは世界には「もっと大切な」問題がある?それならあなたがその「もっと大切な」問題に拘ればいい。

OK。あなたの人生だ。あなたの人生はあなたのものだ。
だが「公共」はあなた1人のものではない。それは等しく私のものでもあるのだ。

公共にいるあなたは、聞かれれば答えなければならない。あなたの給料を聞いているのではないのだ。あなたの夫婦関係の不和を聞かれているわけではない。

あなたの出席した公党との会合に非合法者が悪意で紛れたと聞けばあなたはそれについて答えなければならない。そうだったのか?果たして違うのか。

あなたが受けたインタビューが、理由もわからず削除された。あなたの回答にあるいは、インタビュアーに問題があったのか?なかったのか。

あなたが書いたブログの原稿が「何者かの意図で」削除された。あなたに問題があったのか?なかったのか。

1つ1つに答えていくことを苦痛だと考えるなら、それらに関わるのがそれほど苦痛なら、答は簡単だ。公的空間に出ないことだ。
美しくつつましく(揶揄しているのではない)生きる方法はいくらでもある。よく考えて欲しい。公的空間に出てきたことは「あなたの意志」だ。誰かに強制されたわけでもあるまい。為すべきことが苦痛なら、為すべきことが重荷ならあなたの意志で、あなたの空間に戻ればいい。

それでも自らが去るときには遺書くらい書いていくのが当然であり、残された者への礼儀であろうと「私は」思うが、もちろん遺書もなく去っていく人たちも大勢いる。それならそれ以上言うべき言葉はない。

それも「あなたの」自由である。だが私は「そうしない」というだけである。

【参考記事】
湯川氏と時事通信社は一刻も早い説明を。------泉インタビューの削除に関して(Bigbang)

【参照】

渦中の時期に上がったことには何の意味もないのだろうか。意味があるのだろうか。先日絶妙かつ外した煽りで強烈に揺さぶっていただいた、その同じ人の筆によるとは信じられない。謹んで拝読しかつ共感した。

「自分は要らない存在じゃないか」と悩んだ人と考えるトピック(切込隊長BLOG(ブログ)~俺様キングダム~)

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Comments

私もそのブログ読みましたが、かなり違和感がありました。

ここで私が感じたことを判りやすく書いてあって、感嘆しました。

この問題こそ、すり替えられては困る重要な問題だと私は理解しております。

ネット界の言論統制につながる恐れがあるという危機感を感じることが出来ないのであれば、結局既存のメディアと同じ
方向へ進むことになります。

「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを言う自由は命をかけて守る。」

を良くかみしめて欲しいものです


湯川氏がこれまで主張してきた「ジャーナリズムの定義と将来の姿」の
進行中の姿を、この対応を通して垣間見ることが出来るのだろう、
ということから盛り上がるのも致し方のないことです。

そして、取り巻きとされる方々が、それを見越し、又別件も絡むこともあり
本来はデリケートなテーマであるにも関わらず、興味半分でわいわい騒ぐのも
これまた止めるわけにはいかないでしょう。

だからこそ、それなりの社会経験をされている方なら、言及先のような
感想を抱き、生暖かく見守っている人たちがいることも想定の範囲内でしょうし、
周りの状況を見て、あえてトーンを落として書くことの重要性なども
重々承知であろうと思います。

テレビのワイドショー的なものをBigBangさんが批判されているのかは
分かりませんが、現状の表現方法やうねりの作り方を見ると、
所詮ブログ界(笑)のワイドショー的役回りなんだね、という印象を
抱くのも仕方のないことでしょう。
本当に核心がつきたいことがあるならば、軸を固定して、贅肉部分は
殺ぎ落としてみてはいかがでしょうか。

>所詮ブログ界(笑)のワイドショー的役回りなんだね、という印象を抱くのも仕方のないことでしょう。

それが悩ましいところです。言及先の方を「否定」する気はありません。その記事を借りて別方向にモノを言っているところがあります。

>本当に核心がつきたいことがあるならば、軸を固定して、贅肉部分は殺ぎ落としてみてはいかがでしょうか。

さあ、それも悩ましい。今回の「核心」は何なのか。軸を固定するための試行錯誤を、1つ1つつぶしながら試みているところ。

また煽るようなことを言うようですが、まだ確認できていないある重要な疑念が僕にはある。口に出した後で外しましたはでは許されないので、それについて考え続けているところです。

Bigbanさんも仰っていますが
松永、泉あい、オウム、きっこ、ume、湯川、民主党、自民党、黒崎、トリル 鮫島(順不同)
これらのキーワードがどう絡み合っているのか、どう関係がないのか、まだ誰も掴んでいない。
そんな時に当てずっぽで軸を固定してはいけない。
もしその軸が「核心」から外れていたら「真実」からは大きく離れてしまい、もう二度と知ることはないかもしれない。

今は関係のありそうなものを手当たり次第に突っ込んでいくというBigBanさん、そしてコメント欄で猛威を振るう陽動者達(*)
のやり方は間違っていない。

* αコメンテーター、と言う呼び名には違和感を禁じ得ない。彼らを蔑視しているわけではない。どんどんやれ、と思っている。

明日のことは自分の力では変えられないし、目の前のことも変えられないけど、沢山の人が思いを共有していれば、力をあわせることもできるし、明日は変えられないにしても、数ヵ月後、数年後は変えることができるかもしれない。

そういうことだと思う。明日を変えられると思えば、自分の力を過信しているし、誇大妄想狂かもしれない。でも、一年後や数年後を変えられないとあきらめてしまうのでは、生きている資格がない。

そんな感じでしょうか。

私の文脈で、エントリーを欠きました。

http://www.doblog.com/weblog/myblog/12516/2470705#2470705

>今回の「核心」は何なのか。軸を固定するための試行錯誤を、
>1つ1つつぶしながら試みているところ。

>まだ確認できていないある重要な疑念が僕にはある。

その軸を作る基盤には「ジャーナリズム」というものが
あるはずですが、そこの基盤部分はぶっこわさず、ルールに
基づいて丁寧にお願いします。

通行人2さん

今回の事件を矮小化して何の得があるのでしょう。
表層的な見方で、当たり障りの無い見解を述べられても困ります。

耳障りのいい誰もがあいずちをうてるようなフレーズを綴るのがはやっています。

ほとんどがメディアの情報から先入観を植え付けられた
きれいごとです。

私は何十年もほとんどTVは見ていません。
理由はスポンサーがいるからです。

もしネットがTVと同じ状況になったら非常に困ります。
情報を取捨するのは、自分の責任においてしたいのです。

ワイドショーなる単語が出てくるだけでも、私は拒絶反応が
おきるぐらいです。

私の重要な情報源はここなのです。
TVが好きな人には判らないと思います。

子供のころに読んだ華氏491(?)がずっと記憶に残っています。


黒崎@男達の挽歌

中公新書に「ゲッベルス」という本があります(平井正著:1025)
その扉裏にこうあります。
「ゆがんだ逆行的モダニストが、宣伝の技術と感覚と行動力のみによって大衆を動員していった経緯を、公刊された膨大な日記によって辿る」
ゆがんだ逆行的モダニスト、という節で、なかなか感じ入るところがありました。
ゲッベルスは脚が悪く、ピル(薬)漬けでした。そして「なり損ねの文士」(同書)でもありました。文芸的才能が客観的にには今ひとつだった彼は、デマゴーグの方に活路を見出していきます。

閑話休題ですが、どうも本件、男達の「疵」やオトシマエ、仁義とかいうものが底流に薄く流れているような気がします。裏切りとね。卑屈さ。
BigBang氏が相当に疲れているだろうこと。また苦いものを見てしまったという感情。西へ向かう高速の上で、自分は何をしているのだろうと問いかけると。
ま、香港映画の「男達の挽歌」みたいなもんすわ。
時々そうも思っていないと、こうしたものは続けられない。じたじたいきましょう。

黒崎さん(ずうずうしいか)

いいんじゃないですか、男の世界があっても

リアル社会のバックが滲み出る事は必要だと思いますよ。
机上の空論だけがネット社会でもてはやされるはずはないですから

ブロガーの旬は終わったと思います。
インターネットは
実社会で通用しない人達だけのものではないはずです。

今度の事件でブロガーの質がよく判りました。
bigbangさんには敬意を表します。
スタンスがぶれないと言う事は大事です

これからも頑張ってください。

追伸

トリルさんも好きだな。
ホントにいい人ですね

何度も梯子外してすみませんw

又ヲッチャーに戻ります

それぞれ自分の占める所でできる事を役回りとしてやれば、そう世の中上手く行くんじゃね、と思う。
ま、皆それぞれ不満もあろうが。
湯川さんにしても、今の中間的な色を落としたらば、たぶん向こうの走狗かフリーランスしかないわけで(笑)

そういう訳で、黒崎さん、あんまり湯川さん苛めないでね。

>>黒崎さん

>西へ向かう高速の上で、自分は何をしているのだろうと問いかけると。ま、香港映画の「男達の挽歌」みたいなもんすわ。

あなたはあっちは読まなくていいんです。(笑)「じたじたいく」のには同意。

>>通行人さん

サンクス!

お初にお目にかかります。

所謂「社会的により重要な問題」を考えるとき、何が大切であるかと言えば、我々が正しくその問題を見据えているかであろうと思います。
我々一人一人が十分な調査能力を持ち得ない現状では、それを補完するジャーナリズムは必要であるわけです。そのジャーナリズムの信頼性はどう担保されるか?
ここでBigBangさん達が議論していることこそ必要とされるべきもの。重箱の隅をほじくるものではなく、本質であると私は思います。

すくなくとも通行人2氏はルールとやらがなにか示すべきでしょうに。

ちなみに通行人2氏程度の人が発言できてしまうことがインターネットの弊害だと私は考えておりますよ。

通行人2氏程度の人でも発言できるのがインターネット、ブログの利点です。

男達の挽歌@嘘

ある程度の事情は分かるけれども、言っていることは自分の都合のことだけなんですね。
大人というのは言葉の裏にあるものや、その綻びを見逃さないものです。
そして、組織というものを知っているから、戦い方もしぶといものになってゆくでしょう。
ま、そう旨くはゆかないよ。と、上海から眺めています。

>>Hermesさん

ども。

>ここでBigBangさん達が議論していることこそ必要とされるべきもの。重箱の隅をほじくるものではなく、本質であると私は思います。

そう言っていただければ光栄ですが、現実には常に「ワイドショーへの奈落」が口を空いています。
松永氏については、なにしろ相手があることなので、それも心身ともに病弱の相手(というとまたキレられそうだが)を向こうに回して、どこまで歩を詰められるのか。

ということですね・・。

ぜんぜん議論の輪に加わっていないスポンタです。
反省すべきなのかどうか分かりませんが…。(義理人情にかられて湯川擁護みえみえ…。(^^;))

それはさておき、ワイドショーの奈落といいますが、もし、それがオーソライズする機能を持つなら、受け入れるべきだと思います。

>通行人2氏程度の人でも発言できるのがインターネット、ブログの利点です。

そうですね。そして、雅子様の真似て、私の言葉で付け加えさせていただけるならば、そういう言論の参加にもくじけないのが本物。ということでしょうね。

>ブロガーの旬は終わったと思います。

ではなく、あきんどブロガーの時代は終わったのだと思います。それは、アルファなどというアレフと同じ言葉を冠した人たちの時代が終わったということでしょう。

これからは情報を主導する人たちは理系出身者ではなく、文系出身者になっていく。その大きなムーブメントに理系出身者たちが抵抗の祭りをしている。その祭りが「?」という会社かもしれない。

>スポンタさん

文化論的には面白いかもしんない。
が、今はもう少し議論を狭めよう。
人によっては怒るよ、今、そんな話をしてるんじゃないって。

通行人さん
>今回の事件を矮小化して何の得があるのでしょう。
前二つのコメントから、この件を矮小化するべきだ、と捉えるのは
少し違うのではないでしょうか。単純な対立軸でしか捉えることが
出来ないのであれば、ワイドショー(TV)、ブログ、αコメンテータ(笑)も
さほど違いがないのではないですか。

私は事実は正確に、ワイドショー化は避けることが出来るといい、
もし間違っていた場合の尻の拭き方は、ということに対して少し
懸念を示しただけです。
それに対するBigBangさんのコメントは、予想されたものですが、
極ノーマルに返して頂いたので、今のところは大丈夫じゃないか
という感触はあります。

スポンタさん
>これからは情報を主導する人たちは理系出身者ではなく、
>文系出身者になっていく。その大きなムーブメントに理系出身者たちが
>抵抗の祭りをしている。
これまたよくわからない認識ですが・・・・
あなたこそ「その程度」の人だとしか思えませんね、と煽っておきますw

通行人2さん
全く意味不明なのはあなたの方だと思いますよ。

私は、ワイドショーもブログもアルファコメンテーターも知らなかった世界の人間です。
私にとっては並列の単語でしかありませんし興味もありません。
そのレベルの話じゃないといっているつもりですが
あなたにとっては大事なことらしいようですね

私も人の知らない単語はかなり持っておりますけど
このような場所で、並べたりはしません


スポンタさんのコメントが理解できないだけでも
その程度以下ということでしょうね。

スポンタさん

そういう意味で書いたつもりです。
ご理解いただけて幸いです
ここは、現アルファブロガーさんの場所ですからw
節度は心得ております。

まず整理しておくと、私がBigBangさんに質問したことは、

- 事実を追求するための戦略と、受け手にどのようにとらえさせるかの戦略を
 どのように相互にすすめていくのか
- その過程で起きると予測されることに、どう対処するか

の2点についてです。

一点目についてですが、BigBangさんから簡略な答えを頂いてまして、
いろいろ思うところはありますが、それ以上深入りはしませんし、
現時点では明かさないほうがいいのでしょう。
二点目については、お答えは頂いておりませんが、BigBangさんが
事実を追求する立場として、松永さんの関係を明らかにしていく過程で、
次第に「行動として」明らかになっていくのだろうと考えています。
(もしかしたら湯川氏のような対応を第三者に迫られるかもしれないのです)

ですから、なんらBigBangさんの行っていること「そのもの」を
非難しているわけでもありません。
(BigBangさんはカチンときたかもしれませんけどね)


通行人さんの2番目のコメント
>私の重要な情報源はここなのです。
>TVが好きな人には判らないと思います。
普通に解釈すれば、「通行人さんにとって貴重な情報源だと
信じているサイトの行動をじゃましないでくれ」ということと
ほぼ同意だと思われますが、そのような意志が毛頭ないことは、
上の質問からも読み取ることが出来ると思います。
この私の解釈が正しいのなら、通行人さんの2番目のコメントは誤読です。

通行人さんの3番目のコメント
>私にとっては並列の単語でしかありませんし
 (中略)
>あなたにとっては大事なことらしいようですね
えーと、αコメンテータは素浪人さんのおもしろい言葉を
そのままお借りしてきただけなので、今後どこまで流通する
ものかわかりませんw 
(Googleではここしか引っかかりませんな)

ワイドショーという下劣でゆがんだ情報しか吐き出さないものと、
それ以外の高尚なものを並べてしまったので、通行人さんの気分を害して
しまったのかもしれませんが、一応質問に答えておくと、私にとっては
それらの媒体の違い(ワイドショー、ブログなど)というのは「大事」な
ことではありません。
R30の「ネタをネタとして楽しむ」という範疇に放り込めば、テレビのワイドショーも
ネタ系ブログも私には同じものにしか見えませんし、それらの存在をとやかく
言うつもりもありません。
(BigBangさんのブログや今扱っていることがそうだというのではありません)

>スポンタさんのコメントが理解できないだけでも
近いところで「はてな」のことを念頭においてあるのかもしれませんが、
無駄な対立(理系文系)軸を先に出してしまうと話がこじれるのが目に
見えているので、ぼけてみたんですw


とりあえず、私の当初の質問が、BigBangさんの行動「そのもの」を
非難するものではなかったことだけは理解していただければ幸いです。
わかりやすく言えば、事実をひたむきに追うのはいいけど、ワイドショー化は
しないでねー、だけどみせ方も重要ですよーと。

男達の挽歌@泣く男

よくできた物語は、よくできているが故のうそ臭さがあります。
希望、夢、信じている、誠意。あなただったらどうするこうした時。
あたかも恋文を書くかのように、なにかひとつのストリーを作ります。それは緻密なほど良い。数日かかったりした。
大衆は女であると、誠心誠意話せば必ず分かってもらえると目に星などを浮かべたりする。ひとつふたつ、本当のことは交えます。すこしばかり不利なことも書いたりする。
ボカア自信がないんだ。気が弱いんだ。あれもこれも劣等感の塊なんだ。
君だったらこうした時にどうする、一緒に考えてくれないか。
でもその後ろに、一番肝心なことを隠している。

一度二度、人は騙されたりもする。大目に見ようかと考えたりもする。
が、背中から撃つのはいつもそういう男だった。
頭を下げながら、望むなら靴でも嘗めようか、何でもいうことを聞きますという顔をして、踵に隠した22口径をいつ取り出そうかまさぐっている。
社会的なもの、公的なものを私的な世界に閉じ込めてはいけない。
それはおまえの都合でしかない。
泣いても無駄。社会には掟というものがあって、おまえはそれだけのことをしてしまった。
弾は一発、残しておくもんなんですよ。

>弾は一発、残しておくもんなんですよ。

御意。

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