SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

« GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(4) | Main | GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(6) »

May 20, 2006

GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(5)

まあ、このシリーズを「妄想の暴露」ととる向きもあるようだが、これは「妄想」ではない。起きた事実を、時系列で客観的に記して、それに対する印象を添えているだけである。その印象が、「妄想」だと思いたければ、思うも良し。全てが公開されても何の意味もないものだと思えば、そうした人にはこのシリーズ全体が意味の無いものになるであろう。後は私への信用を消滅させればよい。それならきれいにどうぞ。

報道機関の設立計画と松永さん、あるいは泉さんの「背後」の力の関係について問うていたのは、あなたがたであり、私たちである。そしてそれに対して十分な釈明が今日までできなかったのは泉さんである。報道機関設立の計画ははっきりと頓挫しすでに泉さんによって放棄された。彼女は新しい活動の場を見つけた。その今だからこそ、経緯を出すことに意味があると私は信じる。

事実以外のことを書いていると思う場合、あるいは起きた事実から私が印象を添える過程が余りに不自然であり、偏見に満ちた誘導であると思えば、具体的に反論すればよい。あるいは尋ねればよい。

先のエントリーに書いたように、こうしたことは、私の今までの仕事の経験の中でもしたことはない。する必要もなかった。だが、今回はする必要があると判断した。事実の経緯を全て書いた後でその理由はもう一度確認する。

まあ、今押さえておきたいのは、人は何の必要もないと思えばこうしたことはしないということである。そして実際、ぎりぎりまでしたくなかったので、これまでしなかった。だがタイムリミットである。ご本人が自分で事実を構成できないのなら、先に私が構成する。それに対する本人の反論と、いくらかの私とのやりとりがあれば、事実はもう一段階さらに中立で真実に迫るものとして形成されるだろう。私のエントリーが全て結果的に妄想なら、ノープロブレム。世界はこともなし。で、まあその段階になって、私の信用が消滅しようと、そんなことは世界にとっても、私にとっても、大きな意味のあることではない。結構ではないか。

元々BigBangはそういうブログである。

●最終版企画書のPDFと「ユーザーカルマ」

年が明けて1月5日。泉さんからメールが来た。そして1通の企画書のPDFが添付されていた。これが最終版の(最終版であったということは先日の泉さんのコメントで知った)「Grip 報道メディア設立 企画書.pdf」である。作成日時は2005年の12月28日。

前回の年末の打ち合わせで、当面必要な費用が見えないことと、その回収の手法や時期が見えないことが、私との間で問題になった。泉さんの考え方は、どちらかというと企業に「浄財」を募るようなやり方であり、商業モデルではない。報道機関の設立が、社会にとって意義のあることだから、共感してお金を出してもらいたいという考え方である。

だが、私は商業主義的なアプローチをとるから(ここが実社会の「私」とブログ内のBigBangというキャラクターの違いである)、そうしたやり方では提案が構成できないと思った。企業がフィランソロフィーのような、回収を目的としない資金を出すことはまれにあるが、まだ日本社会でのパイとしては大きくない。それ以前に、泉さんの企画書では、必要な資金を特定の会社に投資するのか、人間泉と「その仲間たち」に出すのか、会社組織にするとしても資本構成はどうするのか等々に関して、出来上がっていなかった。彼女と会話してもそこははっきりしなかった。

1月5日に送られてきたものは、ある程度それに答えた形になっていた。事業の立ち上げまでに必要な資金の理由と明細が、曲がりなりにも明記されていた。だが相変わらず回収の方法や時期は不明確であった。

それ以前の企画書と大きく違う点は、「ユーザーカルマ(ネットユーザーの特性評価)」と呼ばれる考え方が導入されていたことだ。ニュースサイトや取材サイトでの投稿、評価行動から各ユーザーのカルマ(性向値)を計り、ユーザー特性を数値化、それに応じた報酬を企業から得ようというものだ。どのようなニュースが投稿され、どのような評価を読者から得られたか。それを「ユーザーカルマ」という数値に置き換えようとするものだ。それ以外にもユーザーカルマについての記述は及ぶが、若干の独自性を持つ部分については、この企画書の業務的機密保持の観点からここでは割愛する。

この「ユーザーカルマ」という用語は、松永さんのオウム信者問題発覚以後、長く私を悩ませた用語となった。なぜよりによって「カルマ」なのか?

後日、1月12日にもう一度泉さんに会い、その理由を尋ねたが、彼女の反応ははっきりしなかった。「開発者がこだわりを持っているんです」という回答だけだった。また、「もう少し明るい印象のものにできないか」と聞くと、「私は別に構いません」という答だった。また、このビジネスモデルが何か他のモデルに抵触する恐れはないのかと聞いたが、「わからない。それはどのように調べたらいいのか」というような回答だった。

#最近になって、「スラッシュドット」において、やはりほとんど同様に、ユーザー数値を「カルマ」と呼んでいることを知った。また、別の方からは、ある種のRPGでこうした用語を使っていることも教えてもらった。(若くないんでね。すまん)したがって、ビジネスモデルとしては先行事例があるので、この「カルマ」という仕組みに新規性はない。企画が実現しても、おそらくその名称は使えなかっただろう。
新規性がないので、ここに触れても構わないと思っていることがひとつ。そして、このバージョンより前の企画書には登場していない概念が、この版で急に登場したことに違和感を感じたことがひとつ。さらに、泉さん自身は(おそらく今でも)この「ユーザーカルマ」の由来が、スラッシュドットのことも含めてわかっていないであろうということである。

とにかく、ここは彼女と話してもはっきりせず。またカルマを実現するためのシステム上の仕組み(これについても、具体的な言語やアーキテクチャーなどは、業務機密保持上の理由を認めるので割愛する)についても、質問してもはっきりしなかった。
彼女は要するに、取材がしたい、それで生計を営みたいのである。新しい報道機関の仕組みに、執着や自意識を重ね合わせているとは思えなかったし、企画についても自己同一性を持っているとも思えなかった。


●umeさんと大阪のこと、そしてこの段階での疑問点

とにかくシステム関連の質問や開発体制、人員もはっきりしないので、泉さんに、泉さんの「パートナー」であり、「開発担当」である、人物(umeさんのことである)に会えないかを尋ねた。
開発者は現在の職を辞める気はないとう。そうなると、運営が開始されたとき、誰がシステムを支えるのか。そのあたりも相談したいと思った。

彼女の答は

「開発者は大阪に住んでいるので、こっちへ来ることはできない。」

よって会えないという。

大阪まで行けば会えるのか聞くと、(このころ私は頻繁に大阪と行き来していた)、自分には大阪までの新幹線代を負担できないし、今は企業に勤めている人なので、無理であるということだった。電話なら可能だと言っていたように思うが、ここははっきりしない。

#この段階では、なんらかの形で泉さんと開発者の当面の活動費を何とか捻出しようと、私は関連会社の社長に相談を始めていたところだったので、その前にシステム面で主導権を持つ人物にはぜひ会っておきたいと思ったが、泉さんの口調でそれはあきらめた。まあ、交通費をこちらで持つからとでも言えば違ったのかもしれず、それだけのことだったのかもしれないが、はなから会わせる意志はないようなので、そこまでの話にはならなかった。システムがわかり、これほどの企画書が書ける人なら、ぜひ会ってみたいという気持ちがあったことも確かである。

#このume氏の点も、長く私に引っかかりを残すポイントとなった。なぜなら、後に離職問題が公になったとき、泉さんはGripBlogへの私の書き込みのひとつに偉く激昂して電話をかけてこられ、「umeさんが直接あなたと話したいと言っている。連絡先を教えてもいいか」と話され、またumeさんが会ってもいいようなことを言っているとも言われた。私は「教えたければ教えてもいい。但し会う気はない」と伝えたが、結局umeさんからのコンタクトはなかった。
仕事の詰めのさなかでは大阪にいるので会えないと言っていた人物が、すぐにでも会うようなことを、後には言う。では、離職騒動のさなかにはいったいどこにいたのであろうか?その物理的な場所が気になった。この、企画書作成過程で生じた疑念が、その後長く私の中では消えない結果となった。

#またこの前後、松永氏とume氏との間で電話もしくはチャットでの連絡網があったとも聞いた。開発関連のいくつかの疑問は、場合によってはこちらもチャットでおこなってもよかったかもしれなかったが、ここもそういう話にはならなかった。だが、私が執着してそれを主張したというわけでもない。松永さんがアイデアレベルを提供しただけで、企画書の作成に携わっていないとすれば、企画書はほとんど全部umeさんが書いたことになる。(泉さんはほとんど書いていないと思う。理由は後で述べる)松永さんの協力が、単なるアイデアレベルなら、なぜわざわざ、umeさんとチャットや電話などをする必要があったのだろうか?

#いずれにしても、「開発者」の身分については、とにかく明かせない姿勢が非常に強く感じられた。一度も氏名についても言及しないし、特定の所属する企業名も口にしない。それが泉さんのumeさんの立場を過剰に防衛しようとする生来の性質なのか、何か理由があったのか。それもあれ以来ずっと考えている。

#実際に「何の理由もないが」秘密主義だった彼女の性格が、全てであるかもしれない。その可能性はもちろんここでは完全に排除はできない。

#当面の資金が出る最短コースのひとつに私のルートがあったことは、泉さんも自覚しておられたと思う。それなのに、この段階で企画協力していた(はずの)松永さんのことを一度も言わなかったのも不思議である。私はこのころ、「絵文禄ことのは」の松永さんにむしろ、共感と尊敬の念を抱いていた。松永さんにはライターとしての実績も信頼もある。松永さんが企画に関わっていたとすれば、私に対しても、私が持っていく企業にとっても、当時は相当の信用力になったのではないかと思われる。なぜこの当時、知らない仲でもない松永さんの関わりを泉さんは伏せていたのか。それも後々まで私に引っかかりを残させる結果となった。

(もちろんこの当時、もしも松永さんの名前をテコにして自分がこの話を進めていたら、今頃「相当大変なこと」になっていただろうが)

この日は、運営体制や数字、開発体制など細かな話をして別れた。事業計画の収支をもっと詰めることと、私のほうではそろそろ出資者にアプローチを始めようということも話した。

« GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(4) | Main | GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(6) »

Comments

非常に感銘を受けました。
この覚悟。相変わらずデマだの同情だのの、チャチな「メソッド」を総動員して逃げまくる松永や、コメント拒否・削除しまくりのR30、そして何よりも、言葉は丁寧だが誠実な態度をかけらも見せない泉にほんの少しでも見習わせたいものです。
がんばって下さいね。

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28156/10155745

Listed below are links to weblogs that reference GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(5):

« GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(4) | Main | GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(6) »

-