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May 05, 2006

「六本木ヒルズ×篠山紀信」と九龍城----イメージの不思議と支離滅裂

米国に住む知人に送る日本土産を探すことになったんだけれど、西海岸のIT通信企業に勤めておられるということから、今の日本を、そして東京を知ってもらうにあたって、やはりこの写真集が最適ではないかと思った訳である。

「六本木ヒルズ×篠山紀信」(篠山紀信)

6hills

8X10の大判カメラで、篠山紀信が正面から六本木ヒルズの空間をとらえた作品集。
今更言うまでもないことだが、篠山紀信という写真家の目を通した被写体は、本来その被写体が持っている以上の光を放ち始める。それは平らに言うと、「時代を切る目」だとか、そういう言葉になってしまうのだろうけれど、六本木ヒルズほどの「大物」を相手にして、いささかも力負けしない写真家ということでは、篠山紀信以外には、そう何人もいるものではない。

楽天の朝礼風景、広場での盆踊り、大集合しての太極拳、住民の田植えの風景、モダンな空間に佇む花嫁の情景など、ここで描かれる六本木ヒルズは、どこか21世紀のトンデモな日本の風景を切り取った映像群にも見え、本来ならこの写真集に欠かせなかった被写体であったろう、先日退場した「あの男」の残影のようなものまでも感じとれて、その上、これほどにポピュラーな対象を、あたかも異国人の目で切り取ったような作品に仕上がっている。さすがである。
もしも六本木ヒルズが、日本の富の集約と成功の碑としてそこに建っていると我らが思い込んでいても、ここに登場しているヒルズの空間は、非現実でリアリティのない、現代都市東京の楼閣のような、ざらつきを心に感じさせるのである。

果たして西海岸に住むIT関係者に、このトンデモな異色の空間を感じ取ってもらえるかどうかは未知数ではあるが。

いいじゃないか。これを贈ろうと思った。

ところがこの写真集を手に取った売り場で、もう1冊目についたのは、類を見ないもうひとつの20世紀の「楼閣」を撮影したもう1冊の写真集であった。今はなき香港の九龍城を題材にした

「九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 -City of Darkness-  」

9ron

1898年、イギリスが清朝から香港島や九龍に隣接する新界及び香港周辺200余りの島嶼部を99年間租借。九龍城砦は新界地区に所在していたが、例外として租借地から除外され清の飛び地となる。後にイギリスの圧力で清軍・官史等が排除されてしまい、以後事実上どこの国の法も及ばない不管理地帯となる。また1941年から1945年の旧日本軍による香港占領期間中に近隣の啓徳空港(Kai Tak Airport:現在の旧香港国際空港、1998年に移転のため廃止)拡張工事の材料とするため城壁が取り壊された。1940年代の中国内戦及び共産政権の樹立により、香港政庁の力が及ばないこの場所に中国大陸からの不法流民がなだれ込みバラックを建設、その後スラム街として肥大化する。

1960年代から70年代には高層RC構造建築に建て替わるものの、無計画な増築による複雑な建築構造と、どの国の主権も及ばずに半ば放置された暗澹たる環境から「アジアン・カオス」の象徴的存在となっていた。しかし1984年の英中共同声明により香港が1997年に中国に返還されることが確定すると1987年には香港政庁が九龍城砦を取り壊し、住民を強制移住させる方針を発表。
1993年から1994年にかけて取り壊し工事が行なわれ、再開発後に九龍寨城公(Kowloon Walled City Park)が造成された。(Wikipediaより)


九龍城の魔窟が消滅したのは1994年。配線と区画が無秩序に乱雑に入り組んだ、悪夢の中に出てくるようにも思える迷宮の中で暮らす人々の日々の生活を描いた写真集である。圧倒的な存在感とたぎるようなエネルギーがどの写真にもみなぎっていて、この空間が10年以上前にこの地上から消え失せてしまったことすら、信じられないほどである。いつかここを訪れて見たいと思っていたがそれはかなわなかった。

20世紀に消えていった九龍城と21世紀の六本木ヒルズ。似ても似つかぬこの2つのアジアの楼閣がクロスした時代が今とも言えるのか。そんな感覚が身をよぎる。

それにしても、六本木ヒルズほどの大規模都市開発の未来は、行く末はどのような姿を辿るのであろうか。いつかは老朽化し、スラム化するようなことが全くないとは言えないであろう。他の多くの建築物が辿った運命と同様にだ。
そのとき100年後の人々は、100年前にこのヒルズに覇を唱えた伝説上の人々の命について、ここを訪れて考えることがあるのだろうか。それともないのだろうか。

妄想するのである。100年後の六本木ヒルズの姿を。

そしてその姿に、九龍城の魔窟のイメージが重なる不思議と支離滅裂がどこから来るのか、自分でも正確には説明できないのであるが。

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Comments

100年後ですか?

100年後に未だアレがあるならスラム化してると思います。
これまでの日本100年を見れば、あの場所ならば100年待たずに立て替えではないでしょうか?

立て替えるほどの金もなく、スラム化するほど寂れてもいないならば・・・・雑居ビル化してオタクに支配されてると思います(笑)

『羅生門』でも読めば?

羅生門は読みましたが、????という感じです。どこが羅生門なのか解説いただければ幸い。

>それにしても、六本木ヒルズほどの大規模都市開発の未来は、行く末はどのような姿を辿るのであろうか。いつかは老朽化し、スラム化するようなことが全くないとは言えないであろう。他の多くの建築物が辿った運命と同様にだ。
>そのとき100年後の人々は、100年前にこのヒルズに覇を唱えた伝説上の人々の命について、ここを訪れて考えることがあるのだろうか。それともないのだろうか。

>妄想するのである。100年後の六本木ヒルズの姿を。

>そしてその姿に、九龍城の魔窟のイメージが重なる不思議と支離滅裂がどこから来るのか、自分でも正確には説明できないのであるが。


 大体このへんかと。

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