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June 13, 2006

後部座席(その1)

この騒ぎが起きてから、いつか書こうとずっと思っていたことがある。伯母の話である。

大学2年のとき、交通事故で伯母が死んだ。

伯父と伯母(父の姉)には子供がいなかった。で、僕はこんな状況だったので、伯母はずいぶん僕のことを可愛がってくれていたのだが。伯母を轢き殺したのは19才の専門学校生だった。朝、学校に遅刻しそうだった彼は、反対車線に飛び出して対向車にぶつかりそうになり、慌ててハンドルを切り、バス停に突っ込んだ。

伯母はそこに立っていた。

その日の朝に限って、いつも利用するバス停を避けて、ひとつ先のバス停でバスを待っていたのである。いつも一緒に通勤する伯父は、一足先に出た後だった。体調が悪く、いつもより遅く家を出た伯母は時間を気にして、ひとつ駅よりのバス停を選んだ。いつもどこへ行くにも一緒だった夫婦が、稀に離れ離れになった瞬間だった。

それが永遠になった。
運命である。

伯母は即死し、他に2人が重症を負った。1人は高校の教師だったが両足を切断してようやく命をとりとめた。後のもうお一人は、どうなったかわからない。長い間夫婦だけで暮らしてきたのである。誰もがもう伯父は駄目だと思った。

同時に僕の祖父母は、娘を一瞬で失ったのである。

知らせを受けたとき、家には僕しかいなかった。伯母の会社の人から電話を受けたとき、すでに伯母は亡くなったという知らせだった。屋上で珍しく2人揃って植木を眺めていた祖父母の話し声が夢の中のように遠くに聞こえた。悲報を知らせに行った時、2人とも「え!!」と言ってそのまま立ち尽くした。

夏の暑い日だった。蝉が鳴いていたような気がする。

放心状態の伯父について警察に行ったのは、その日だったのか、次の日だったのかも覚えていない。誰かが一緒にいないと伯父は危なかった。僕しかいなかったのである。
警察で硬い粗末な椅子に座らされて、「被害者」としての調書を取られ、伯父がぽつりぽつりと答えているとき、ずっと僕は横に黙って座っていた。こういう立場でも取られるのは「調書」なのだと、初めて知った。

少し時間が経ったとき、伯父と僕は信じられないことに気づいた。

衝立をはさんで、やはり隣で調書を取られている若者。それが伯母を轢き殺した専門学校生だった。今考えても信じられない警察の杜撰な行為である。加害者と被害者を、同じ部屋で、衝立1枚はさんで同時に事情を聞いたのである。

警察官の質問に答えながらも、伯父の顔色は次第に変わった。

(この項続ける)

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Comments

 こういう話は、重要ですな。

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