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June 24, 2006

「人間のくず」とルービックキューブ

ルービックキューブをくるくるーっと回しても、青が赤に変わるわけではない。
赤は赤。青は青。
裏に行こうと側面に来ようと、それぞれのパーツの色は変わらない。「人間のくずの色」(というものがもしあれば)それはどこまで行っても「人間のくずの色」である。
裏に回しても、横に回しても。

はっきり言って、僕は小飼弾氏という人物を尊敬している。それは、その人物の持っている並外れた才能と知性に素直に尊敬の念を持っているからであり、それはどうしても否めない。で、たとえばそれはルービックキューブで言うなら「尊敬している部分の色」である。いくらルービックキューブをくるくる回しても、その色も消えることはない。
どこでどんな形の「弾キューブ」を見ても、僕はその部分を取り出してやはり尊敬の念を表すことができる。

これは件の松永さんに対しても同様であり、どんなくだらないことを彼がやろうとも、彼に対する「尊敬している部分の色」が穢れることはない。R30氏にも同様。
僕は元来そういう人間であり、相手を四方八方の小さなキューブに分けて、色を峻別して、自分の中で尊敬と「罵倒」を共存させていると思う。よほどのことがなければ、全人格に対して失望することはないし、その逆もない。

その割り切った覚醒は、自分でそう嫌いな部分でもないが、それだけに「尊敬していない部分」での言及はあるいは行き過ぎの場合があるかもしれない。

その前提の下に考えても、下記の記述は余りにもいただけない。
弾さんに「私もくずですか?」と聞かれれば、限定付ではあるが、「あなたもくずです」と言わざるを得ないし、その共犯関係に同意を求められても、私は簡単に付き合うわけにはいかない。

404 Blog Not Found:最低のおれたち

だとしたら、私も人間のくずかも知れない。少なくとも、四半世紀前の私は。
(中略)

ある朝目覚めてみると、どうも「おとなりさん」が息をしていないようだった。私は彼を放置してその場を去った。警察に通報しようものなら、私は間違いなく留置場行き。そんな私がこのことを警察に通報して何かいいことがあったのだろうか?

なぜ、通報すると留置場行きになる羽目になるのかが、そもそもわからないが、たとえ留置場に行くことになったからとて何であろうか。隣の人が息をしていなければ、何度生まれ変わっても僕は(その人物の命を奪ったのが自分であるというような特殊な状況でもない限り)迷わず通報すると思う。というか通報する。

ことほどさように、人の死というものは、ほとんどあらゆることに優先して対応されなければならないと、少なくとも僕は幼いころから何度も言われて育ってきたし、基本的な考えは今でも変わりない。
この「彼」も本当に息をしていなかったのか。もしかしたら通報すれば助かったかもしれないのであり、「不作為の殺人」であったかもしれぬではないか。

それをこう続ける心。

「なにかいいことがあったのだろうか?」

という言い方は、心底傷つけられる。さらに

しかし当時の私と今の私と、そしてあなたと私と一体何が違うというのだろう。

見知らぬところで誰にも救われずに傷ついたり死んだりしている事実を放置している、という点に関して、何が変わっているというのだろう。そう。あなたがこれを読んでいる瞬間にも、こうして我々に放置されて死んでいく人は後をたたない。

世界には80億人分の糧食があるのに、飢餓がなくならないのはなんでだろう?

少子高齢化といいながら、年間30万件も中絶があるのはなんでだろう?

我々は、どこまで隣人の心配をすれば「人間のくず」でなくなるのだろう?

「例の騒動」のとき、弾さんは、「オウム真理教」と「キリスト教」を同列に論じ、キリスト教も大量殺戮を繰り返してきたではないかと「遠景の評価」を行った。またオウムの信者ごとき少数を、社会は融合できるはずだというようなことも言った。

弾さんはそう論じる一方で、私達の「近景の戦い」に関しては見事なまでに「沈黙」を守ったわけで、こじつけではないが、やはり僕も松永さんも、あなたの横で「息が止まりそうになっている」「お隣さん」にしか過ぎなかったからかとさえ、思えてくる。

いわく

「なにかいいことがあったのだろうか?」

そういうことだったのか?

この話はここに留まらず、「人間のくず」の色と「尊敬できる俊才」の色と混ざり合い、他の色も混沌としており、近くに行けばいろいろあるのが人間であり、目を凝らして一つ一つを解きほぐしていかなければならないのが人間であるはずなのに、遠くにそのキューブを放り投げて、「なんとなく赤いでしょう。これが人間だよ」などと一般化と陳腐化を繰り返しているジャーナリストの一団と、通じるものを弾さんのこの言葉に感じ、非常に残念である。

「となりで息をしていないかもしれない」人には、あなたは手を伸ばせば届くのである。ほんの少しのあなたのやる気と勇気があれば、である。

80億人や、30万件もの飢餓や中絶の問題に昇華して、一体なんの話だったっけ?と首を傾げさせてしまう、その論法は、ここ数ヶ月そこかしこで散々見せ付けられてきた「向こう側の」論理であり、弾さんの「人間のくずではない」部分の色が、そのことの危うさに、くるりと気がついてくれないかと、せめてもの期待をかける。

なお、元ネタの記事における山田太一の話だが

あんなこと、こんなこと。どんなこと?:最低の男
この本の中で彼はホテルの一室で助監督4人と真上の部屋で女性が複数の男に襲われ暴行される物音を聞き、外に飛び出たが、そのまま戻ったという話を書いている。1人でいたのじゃない。4人だ。しかも最初に真上の部屋だと現場を特定してある。

それはそれで衝撃的であり、ちょうどこの記事を携帯電話で読んだのが、新宿を歩いている途中であることもあり、早速本屋で山田太一の「原書」(「町への挨拶」 山田太一 中公文庫)にあたろうと思ったのだが、紀伊国屋でも南口のブックファーストでも見つけることができなかった。アマゾンで調べる限り、絶版になっている匂いがあり、マーケットプレイスで見つけるしかなさそうである。あるいは「絶版」(わからんが)になった理由がこのあたりの記述にあるのかどうか。それは憶測であり、確認はとれていない。いずれにしても、早くその部分を実際に読んでみたいと思っている。その記述が確認できない限り、この件への態度表明は保留。

【追記】

ほぼ同意見かとお見受けした。

正義感を大事に!というお話。(つらつらつづる~書きたいことだけ書いてます)

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Comments

まさに「走れ!メロス」ですな。

何をやるか、じゃないですかね。
何を語るかではなくて。
露悪的な嘘をつく人もいますし
偽善的な人もいますからね。

勿論本当に悪意を持ってやっちゃってる人もいるし
心底善意を持って立ち向かう人もいるし。
ブログだけではわからないですよね。

ただ歌田氏とかR30氏とかがいってる
「あなたがたの中で罪のない者が、最初にこの女に石を投げなさい」(ヨハネ8.7)
みたいな論法は少なくとも現時点でのオウムの件は当てはまらないことはBB氏と同意見です。

ただ一つの思考実験としては
自分がもし同じ立場に立たされた場合、どのように振舞うべきかを考えてみるのは悪くないかもしれませんね。
同じ事やっちゃうかもしれませんしね。

つか、思考実験も何も、そのものずばりそういう実験がありましたな。
アイヒマン・テストでしたっけ。

で多分R30氏とか歌田氏とか小飼氏の主張を拡大すれば
アイヒマン・テストに従えば、
人間誰しも環境によってはアイヒマンになる!!
だからアイヒマンに責任はない!!

ってことになっちゃう。
多分どちらも少しづつは正しくて
人間誰しもアイヒマンになる可能性はあるが
人間に自由意志の存在を認める限り、やっぱりアイヒマンに責任はある。

ってことなんじゃないかな。
あとナチの戦争責任については
アイヒマン・テストの結果を見てなのかどうかは
判らないけど
個人の資質よりもシステム全体についての考察が増えてきているような感じがする。

だから、これからのオウム研究も
個人のパーソナリティよりも
組織論やシステム論の立場にたつものが増えてきてほしい気がする。

勿論、自由意志の存在を認める限り、
個人には責任があるわけだけどね。

あとは責任の内容だよね。
首吊って氏ねというものから
常に自分の問題としてオウムのことを考えつづけろ、みたいに、
どっちが残酷かはおいといて
同じ責任と言う言葉にも幅がある。
ネット市民の選良たる諸君らは
松永が負うべき責任の内容について是非考えていただきたい。

俺としては、ただ一つ
ume氏はそっとしといてやれよ。

ume氏どうこうと言うのは半ば冗談で書いてますので真面目に受け取らないで下さい。連投すいません。

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