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June 14, 2006

後部座席(その2)

衝立一つ隔てた場所で、同時に調書をとられているのが、伯母を轢き殺した少年なのだ。何ということだろう。僕の心臓は高鳴り始めたが、もちろん伯父はそんなものではすまなかった。
先に調書が終わったのは、少年の方だった。彼が立ち上がった途端に、伯父の大声が響いた。

「ちょっと待て!!」

衝立はいつの間にか吹っ飛んでいた。怒鳴られた瞬間、少年は両膝を床について、何かを言おうとした。詫びの言葉だったのだろうが、言葉にならなかった。両手にかけられていた手錠の黒光りのする色と、比較的がっちりとした体格、ジーンズの色を今でも思い出す。

伯父は

「お前に、お前みたいなやつになあ、お前みたいなやつになあ、うちの女房はなあ」

と続けたが後は言葉にならなかった。警察官はただ立ちすくんでおり、僕もおろおろと無様に泣きながら、ただ必死に伯父を座らせようとするばかりで、馬鹿みたいに伯父さん、伯父さんと繰り返した。修羅場としか言い様がなかった。

結局何も言えず少年は警察官に促されて立ち上がって部屋を出て行った。

「すまなかったな、取り乱して」

と言うと伯父は黙りこくった。その日は警察を出てから、あちこちの役所を回って手続きをした。人が死ぬとこんなにいろんな手続きが必要なんだと、知ったのもあのときだ。

太陽がぎらぎらと照りつける中を、ただ2人で役所から役所へと、黙って歩いた。

夕方になって、僕は、その日サークルの集まりがあって、大学の友人の家に行く予定だったことを思い出した。

「行かれなくなった。伯母が亡くなって」

と電話をすると、電話の向こうの友人は、ただ快活に

「そうか。わかった、わかった」

とまるで気にしていないような声で答えた。電話の向こうではもう友人達が集まっている賑やかな雰囲気が伝わってきた。おそらく電話に出た友人は、とっさのことでよく事態が飲み込めなかったのだろう。誰か僕の遠い親戚にでも不幸があり、その葬式かなんかで来れなくなったのだろうと。よくあることだと。その程度の認識だったのだろう。電話のこちらで僕と伯父がどんな思いをしているか、彼に察しろというのは無理だった。

それは無理だ。それはよくわかる。

よくわかるが、僕はその瞬間その友人を心の底から憎んだ。あのときの強い憎しみは今でもはっきりと思い出すことができる。それは、普通の生活から遮断された者が、通常の生活を送る者に向けた理不尽な憎しみだ。

あの憎しみを言葉にしたことはこれが初めてだが、

あの憎しみの強さを、そして理不尽に人を憎む自分に対する、吐き気のするような自己嫌悪を、僕はこれからも決して忘れることはないだろう。

今ならはっきりとわかる。暴走して伯母を轢き殺し、命を奪ったあの少年よりも、僕は電話の向こうで快活な受け答えをした友人を憎んだのである。

何ということだろうか。

(この項続く)

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Comments

 3回、4回あたりで連載終了させると吉。
 天地人(3回時)、起承転結(4回時)の間合いをお忘れなく。
 
 文章の出来は非常に良いと思いますので、そちらに関して言うことはありません。

笑)アドバイスどうも。たぶんそんな近辺で。

>普通の生活から遮断された者が、通常の生活を送る者に向けた理不尽な憎しみだ。

これはよく分かります。家族が不治の病に冒されていると知ると、健康な人に対して理不尽な怒り-あんたらはそりゃ健康でいいけど、と言うような類のもの-を覚えることってありますからね。

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