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July 26, 2006

「空中ブランコ」-----伊良部が救う患者たち

Branco_1
同じ著者の「イン・ザ・プール」で、「驚異の精神科医・伊良部」にガツンと来てしまって読み進む。これが伊良部シリーズ2作目。伊良部ますます絶好調である。伊良部は、伊良部総合病院の薄汚い地下の精神科に勤務する。
僕的には「喪黒福造」をどーんと明るくしたような、しかしひどく人間離れした存在。この病院の跡取りとの噂もあるが勘当状態だとも。とにかく金はどんと持っているらしい。この伊良部の元に訪ねて来る様々な形で精神のバランスを崩した人物と、奇想天外な伊良部の対応が筋となる連作だが、表題の「空中ブランコ」はサーカスで空中ブランコが飛べなくなる男の話。これも良いが、尖端恐怖症になってしまったヤクザの話「ハリネズミ」も泣ける。

伊良部のところに来る人物は誰も、「昨日までできたこと」が突然出来なくなる。それぞれの社会的立場や職業は異なっても、出来ない理由はみなどこか「無理をしてしまっている」点が共通。真の自分を押し殺して、何かに囚われ、何かの強迫観念に囚われて、それぞれ何でもないことができなくなってしまっている。

おそらく現代の社会というのがそういう辛さを、人に強いる社会なのであり、いつの間にかどうにもこうにも、にっちもさっちもいかないところに人を追い込み、脅迫概念で固め尽くしてしまう。それはヤクザでも、作家でも、スポーツ選手でも。

通常の精神科医であれば、その患者の悩みにじっくりと向き合い、カウンセリングを長期間にわたって施していくのだろうが、この伊良部という男は一体何者なのか。とんでもない男である。

患者の話を聴くどころか、アドバイスはどれも破天荒でどうしようもない。法を犯すことも命の危険も平気。へらへらへらと一線を越える。

それなのになぜか患者たちが、伊良部に救われていくというところがとても面白いわけであるが、実は「どこにもいない伊良部」のような人間を、皆心の中で探しているのではないかとも思う。何しろ伊良部は何も悩まない。思ったことはすぐに実行する。人の評判どころか、ヤクザも命の危険も伊良部は恐れない。見かけはデブの醜い「喪黒」であるが、実態は現実離れしたスーパーマンなのである。

現実の世界の中で、私たちは決して「伊良部」に出会うことはないだろうが、その像を追いかけ、その「どこにもいない人間像」の中に、自分の「病」の解決への微かな「希望のあり方」のようなものを投影することは出来る。恐らく作者の奥田英朗自身が、自分の「病」をも投影し、普遍的に人が追い求めている、あるべき人のかたちを、このとんでもない精神科医に造形したのだろう。


「バカやってんじゃねーよ、イラブー!」
などと読んでいる間に何度も笑える小説だから苦しいときお奨め。

BBさんにも読ませたい。

(あオレか)

新作の「町長選挙」も早く読んでみたい。

2006 07 26 [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

July 24, 2006

富田メモ・昭和天皇発言をどう読むか

日経のスクープだが、毎日の後追記事を引きながら少し。

昭和天皇:A級戦犯の靖国合祀に不快感 元宮内庁長官メモ(毎日新聞)

遺族らによると、富田氏は、74年に宮内庁次長に就任し、88年6月に長官を退任するまでの間、昭和天皇との会話などを日記や手帳に残していた。
 靖国神社についての発言メモは88年4月で手帳に張り付けてあった。メモはまず、「私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取(原文のまま)までもが、 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記している。

(中略)

 「松岡」はA級戦犯で合祀されている日独伊三国同盟を締結した松岡洋右元外相(東京裁判の公判中に死亡)、「白取」は白鳥敏夫元駐伊大使(同裁判で終身 禁固刑、収監中に死亡)、「筑波」は66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった筑波藤麿・靖国神社宮司(故人)とみられる。

 メモはさらに「松平の子の今の宮司がどう考えたのか」「松平は 平和に強い考があったと思うのに」などとしたうえで、「だから 私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と記している。「松平」は終戦直後の最後の宮内相、松平慶民氏(故人)。「松平の子」は、長男で78年10月ににA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司、松平永芳氏(同)とみられる。昭和天皇は松平永芳氏が決断した合祀に不満だったことを示している。

このメモの肝は「「だから 私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」という昭和天皇の生の声と思われる発言が記録されている(と思われる)ことにあろう。しかしながら靖国参拝への昭和天皇のネガティブな判断はすでに知られており、それは実際に1975年以来、参拝を行っていない行為にも現出している。1978年に松平永芳氏がA級戦犯を合祀する前には、9回にわたって参拝を行っており、それを停止した心情に合致するということになる。

しかしまた一方で昭和天皇が「昭和天皇独白録」でA級戦犯である東條英機についてこう語っていたこともよく知られている。

日米開戦日の深夜、和平を熱望していた昭和天皇の期待に答えることができず、懺悔の念に耐えかねて号泣した逸話は有名で、『昭和天皇独白録』にも記載されている通り、昭和天皇から信任が非常に厚かった臣下であり、失脚後、昭和天皇からそれまで前例のない感謝の言葉(勅語)を贈られた。そして東京裁判時には親しい関係者に「戦犯の指定を受けたとは言え、国に忠義を尽くした国民の一人である。被告人として立たせるのは忍びない」と言い悲しんでいた。東條内閣が不人気であった理由について、天皇は「憲兵を用いすぎたことと、あまりに兼職をもち多忙すぎたため国民に東條の気持ちが通じなかった」と回想し、内閣の末期には田中隆吉などの評判の悪い部下や憲兵への押さえがきかなかったとも推察している。(Wikipedia 東條英機)

東條を「被告人として法廷に立たせるのは忍びない」と語ったのも同じく昭和天皇であり、天皇が所謂A級戦犯全般に対して、確としたマイナスの感情を持っていたわけではないというのもわかる話。このあたりも既出となるのだと思うけれど。

日経の初動の記事「昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ」と一言一句変えぬ見出しで毎日も後追いしているわけであるが、メモの前後が未だ明らかになっていないので、解釈も憶測を出ないが、引用した部分を見る限り、昭和天皇のA級戦犯への「反感」というより

「松平の子の今の宮司がどう考えたのか」
「松平は 平和に強い考があったと思うのに」

という箇所を見る限り、当時の靖国神社の合祀手続の不備というか処置の配慮のなさに、不快感を持っていたようにも思える。つまり「A級戦犯が合祀されたこと」よりむしろ「国民的(あるいは国家的)承認のプロセスを無視して合祀に踏み切った、一宮司への不満を訴えた性質が強いメモであるように思えるがどうか。

各紙をざっと拾い読みする限りは、そのニュアンスで報道しているものはちょっと見当たらなかったが。そういう観点で極東ブログが「昭和天皇靖国参拝発言、雑感」で触れている

 今回の富田長官メモもその系統にあり、であれば、A級戦犯がという問題より、昭和天皇の私人としてこの特定の人物に対する忌避の強い思いと読むほうが妥当に私には思われる。 そのあたりが二点目の違和感だった。

も、うーん、どうなのかなー・・・という感じである。

「松岡、白取(原文のまま)までもが」とあるとはいえ、この資料を「特定の人物」として、祀られた松岡に対する思いと読むのも、一定の読み方でしかないように思うからである。あるいはそうであったのかもしれないが、何ともいえない。
僕が強く印象を受けるのはむしろメモで繰り返し宮司、「松平の子」の名前が挙げられ、不満が述べられている点である。A級の中でも東條は良いが、松岡や白鳥は駄目であるという話でもないように思うのである。

そうした面で、「合祀が行われてしまった」プロセスに対する昭和天皇の当時(1988年当時)の不満として、靖国神社宮司の所作への不満を述べたものと限定的に解するのが正当である様に思う。(すなわち、それはA級戦犯全体(個別の人物も)への評価とはまた別の問題であると。)

で、とは言ってもこのあたり=合祀の事情も細かな経緯があり。

『現代史の対決』(秦郁彦著、2003年、㈱文藝春秋発行)より

● 一般の戦没者合祀が一段落した1959(昭和34)年、厚生省はBC級戦犯刑死者(約1000人)の祭神名票を送り、問題にする声が出なかったので、意を強くして1966(昭和41)年にA級戦犯(一二人、少しおくれて二人追加)の祭神名票を靖国神社へ送った。(P265)

平斉の日記 靖国問題の覚書

-------------------------------------------------------------------

●1966年引揚援護局はA級戦犯の「祭神名票」を靖国神社に送り付けました。

 しかしこの当時の宮司筑波藤麿は、山科宮家から臣籍降下した元皇族であり、東大国史学科に学び欧米にも留学した広い視野を持つ歴史家でした。筑波は、これまでの経緯と天皇家や宮内庁内の空気を熟知していたので、それに配慮し、合祀を差し止めていました。

 筑波宮司に対して強い介入を行っていたのが、宮司の選出権をもつ合祀諮問機関の「靖国崇敬者総代会」です。総代は10人でしたが、青木一男元大東亜相、賀屋興宣元蔵相などの、東条内閣の閣僚で、3~10年の拘置ないし服役の後釈放されたA級戦犯が加わっていました。

 青木氏は、「合祀しないと東京裁判の結果を認めることになる」「戦争責任者として合祀しないとなると神社の社会的責任は重いぞ」と迫りました。

 事態が急変したのは、その筑波宮司が急逝し、後任の宮司に東京裁判否定派の松平永芳が就いてからのことです。
(『侍従長の遺言』『現代史の対決』などに準拠)

(同上)

また

「昭和天皇発言メモ・福田氏不出馬宣言について」(エレニの日記)

が言うところの

このタイミングで日経が資料を出してきたことは、やはりあまりに恣意的だろう。日経が、日本の経済界が普段からどう発言をしているかを見れば、裏が見えすぎる。このメモが偽造ということはないだろうが、finalvent氏の言う通り考証も無しに使える資料でもない。

には賛同。

発言した昭和天皇の真意を、一とびにA級戦犯合祀への不快感としてのみ読み込むのは資料解釈として非常に早急であり、福田氏の自民党総裁選出馬断念のニュースのタイミングとあわせて考察すれば、ある種の「根回し」がメディアを巻き込んでなされようとして、それが失敗(=福田氏にかえって不利に働いた)したように思われても致し方がないようにも思える。

私個人としては、靖国神社への首相参拝に関しては一貫して反対の立場であり、国営墓地の建設を進めるべきであるという立場で、今までいくつかエントリーを書いてきたが(文末参考記事参照)、この天皇発言メモに間して、「大御心」を持ち出して靖国神社問題の世論形成に恣意的に利用しようと言う立場には、強い違和感を感じている。というか、どうもそのあたり、政局のタイミングから「もやもやとした霧」のようなものを感じ取っている。

いずれにしても、参拝可否論を左右する一級資料であると決めつけることは、現段階では危険ですらあるだろう。

【参考記事】

靖国問題関連エントリー(BigBang)

2006 07 24 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック

July 18, 2006

ギブ・コイズミ・チョコレート

何とも言い難い不快感を感じた映像であった。我らのコイズミは、米国大統領夫妻の前で、両手を挙げ、本人としてはプレスリーの真似であったらしいが、ゆらりと体を傾けて、ソーラン節のように不器用に体を揺らして見せた。
首相になる前、泡沫候補といわれながらも、総裁選に打って出て、頑強なまでに郵政民営化を主張した変人であるが、信念に満ちた男の姿は、もうどこにもなかった。

あっけにとられたような大統領の表情に、微かに、しかし明確な困惑が走ったのを、私達は確かに目撃した。

「・・・・・・・・・・・・・・」

いったいあれは、どんな悪夢だったのか。   

「あれ、気恥ずかしくて、どこか穴があったら入りたいという気持ちでしたよね」
小泉首相が米テネシー州メンフィスのプレスリー邸で、プレスリーの「猿まね」をしたテレビ報道を見た知り合いの主婦の感想である。今もアメリカの半植民地として位置づけられている一国の長が、アメリカの有名芸能人の猿まねをして、それを評価する国はどこにもないばかりか、軽蔑されるのは誰の目にも明らかだからだ。

(中略)

日本と犬猿の仲である中国、北朝鮮、かつてルックイースト(日本を見習え)の標語を掲げたアジア各国、アメリカ嫌いの南米諸国や欧州の人々に、この光景がどのように映ったかは想像に難くない。(朝日新聞 時流自論「エルビスの亡霊」藤原新也)

僕の幼い頃のアメリカは「ララミー牧場」であり、「ローハイド」であり、「コンバット」であり「奥様は魔女」であった。米国への圧倒的な憧れとまではいかない世代だが、それでもやはり、ホームドラマに映る米国一般家庭の食卓や台所のまぶしさは、今でも忘れない。

給食には臭い脱脂粉乳(GHQがかつて日本の栄養不良児童を救ったあの脱脂粉乳である)が並び、優勝するとJALパックの憧れのバッグが手渡されされる、クイズ番組のハワイ旅行はまるで月世界旅行のような扱いであった。

まして小泉首相である。 とは思う。

幼い頃、貧しい日本の社会から見上げた圧倒的豊かな米国の姿は、この人の脳裏を生涯去らないのであり、正直な人物であるだけにそれを隠そうともしない。決定的な貧しさと卑屈さ。それはある面では彼だけではなく、日本社会全体が未だに捨てることのできない、強烈な米国への従属意識であり、若者には単に「みっともない」「かっこ悪い」小泉首相のパフォーマンスも、年配になるほど見てはいけないものを見てしまったような、何ともいえない思いと共に目をそむけるのである。

日本が米国から離れて立つことの、困難さの深さを知った場面ではあった。
さらに

こういった極端なアメリカ化現象は、実際に進駐軍が入ってきた土地固有のものである。小泉首相の育ったあの横須賀もまったく同じ様相を呈していたであろうことは想像に難くない。同じ港町に育った私には、小泉首相のあの情景の”出自”が手に取るようにわかるのだ。

ただあの時と今回のそれとの違いは、助役の孫がプレスリーの猿まねをして見えを切っていたその周りには、ただの貧相なガキ達の羨望の眼差しがあっただけだが、プレスリー邸での小泉首相の周りにはブッシュ大統領以下世界各国のメディアが一歩引いた眼差しで見守っていた、ということである。(同上)

そして、心の中で静かにつぶやいたはずである。



Give  Koizumi chocolate!!   

と。

2006 07 18 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック

July 16, 2006

「みたままつり」とお化け屋敷と蛇女

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ココログのメンテナンスもどうにか無事に終わり、投稿がまたスムーズにできるようになった。何のかんの言っていてもほっとした気分なのは確かである。

システムの人、とりあえずGJ! お疲れ様でした。

それはともかく靖国神社の「みたままつり」に来ているお化け屋敷の写真を撮ってきてくれ、などと妙なことを僕に頼んだ人間がいる(謎)。で、正直気が進まなかったが、一昨日、行ってきた。(思想信条宗教と一切関係ないからね。)

「みたままつり」は、靖国神社がお盆にちなんで戦歿者246万6千余柱の「みたま」を慰めるため、戦後の昭和22年から始めたもので、今年で60回目。神社境内に飾られた29.000灯個を超す「懸雪洞(かけぼんぼり)」や大・小提灯の「献灯」は、東京九段の夜空を美しく彩り、今では東京はもとより、日本の゛夏の風物詩゛として、多くの人々に親しまれ、毎年30万人の人出で賑わっている。(靖国神社サイトより)

だそうである。


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鳥居に向かってずらりと夜店が並ぶ。物すごい数で驚いた。

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暑い日。ビールとカキ氷に目が行く。

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靖国神社と言えば、軍服と怖いお兄さん・・というようなことは今日に関しては全くなし。ごらんの通り。

あ、テーマはお化け屋敷ね。お化け屋敷。

これ。

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呼び込みのオバサン。口上は叩き売りのように「伝統芸」でしたが、結構やかましい。

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入り口横のコワイ装飾。お化け屋敷はやっぱり和風ですね。

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キャー!逃げ惑う観客とそれを脅すアルバイトのお兄さん・・はお約束。やっぱり脅かすなら浴衣ギャルが一番。というわけじゃないけれど、ヘタレな私は入場せず。外から写真専門。これも外から撮りました。

子供の頃からどうも「お化け屋敷」は生理的に好かん。ホラーハウスのほうなら入れるんだが・・(言い訳)

中に入ると

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こんな人や

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こんなものや(???)

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こんな人がいるらしい。

しかしそれにしても凄い夜店の数。今までに見たお祭りの中で一番多かったのではないだろうか。いったいいくらくらいの上がりになるんだろうと下世話なことを考えてしまう。ここが靖国神社であると思わなければ、普通の田舎の縁日のでっかいやつみたいなもん。

当該のお化け屋敷は、毎度恒例らしいが、その横にあった見世物小屋には「蛇(食い)女」なるもの(方)が出演していて、何ともアヤシイ雰囲気。外から舞台裏が見えるようなつくりになっていて、出演者のオネエサン方が、ストリップのように軽く着替えなどしてしまったりしている。昔のストリップ小屋の(知らんけど)雰囲気。エロチカ昭和のすたるじーという感じ。男性客が足を止める止める。でも誰も入ろうとしない。(苦笑)

じーっとオネエサンの怪しい振る舞いを見守っている。

※写真は気が弱くて撮れませんでした。この見世物小屋も有名なようでこんなところを見ると記事があります。

http://blogs.dion.ne.jp/zatugei/archives/1485400.html

ほんとに「くねくね」・・・・・・・・・・。汗

こんなのいーのかよ、靖国神社。
死してからも慰問されてしまうのか英霊。

冗談はともかく、アジアにおける壮大な国際ポリテックスの国家間の意地と意地のぶつかり合い、日本の戦後の一大問題ポイント・・などという言葉とはまるで関連性の見えない、お祭りでありました。

まあ、こんなもんか。

【追記】
見世物小屋くらい入ってみればよかったか・・しかし蛇食いはねえ・・・ちょっと・・。


2006 07 16 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック

July 09, 2006

ココログ48時間メンテナンス

システム屋さんに甘い私も、さすがに最近のココログにはどーよ?という感じでいる。実質的に記事の投稿が困難な状態になっているのだ。

と思っていたら来週派手なメンテナンス(48時間)。記事の更新のほか、コメント、トラバもできなくなるようですから、一応お知らせを。

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◇メンテナンス日時
2006年7月11日(火)14:00~7月13日(木)14:00の約48時間

◇メンテナンス目的

データベースソフトおよびオペレーティングシステムのバージョンアップ
を行うことで、ココログデータベースの大幅なレスポンス改善を図り、ご
迷惑をおかけしているココログ管理画面の操作が重いなどの状況を解消す
ることです。
大幅なレスポンス改善を実現できれば、各種不具合の原因となっている
キャッシュシステムを外すことができます。「他人の記事が表示される」
などのキャッシュシステム関連の不具合も一挙に解消することが可能です。

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http://info.cocolog-nifty.com/info/2006/07/711_1400713_140_a510_1.html

2006 07 09 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック

July 08, 2006

ことのはを巡る未解決の問題・備忘録---夏の宿題編

さてよっこらしょという感じである。最近、厳しい国際情勢の現実に耐えかねて(?)、何でもネタ化してしまう悪い傾向があるが、このエントリーはネタ化しないで、きっちりとやっておこう。

趣旨は、「ことのは問題」に関する残っている問題点について今一度確認し、記載を残しておこうと言う事である。もちろん記載するだけではなくて、一つ一つ消えていくことが、全ての関係者にとって望むべきことであると思うが、それが一挙になされる可能性は少ないので、この夏の間にいくつかでも消えること、さらには何ヶ月、何年かかかっても、少しずつでも減らしていければと思っている。

留意したのは下記の事項。

●ことのは問題に関する、いくつかのまとめサイト(こことかここ)が充実しつつあるので、その観点から経緯を時系列整理するのは他にまかせる。またこの4ケ月私が繰り返してきた同じ理屈を繰り返すのも疲れたので、ここでは、それぞれの人物が説明を求められていること、まだ説明を終えていない(と思われている)ことのみに絞って個人別に書き留めておこうと思う。

●これは備忘録である。書きとどめておかないと忘れてしまうので、自分のためにも作成しておこうと思ったのであり、それぞれの個人にさらに回答のプレッシャーをかけようというものではない。(但し継続的注意を喚起し、説明を推奨する目的は否まない)

●当然ながら、全ては私=BigBangというフィルターを通して整理したものである上、「ことのは問題」は広大な領域に及ぶ。漏れ、見落とし、追加すべき項目、削除すべき項目があったらコメント欄等でで指摘してもらいたい。

●一度に全部網羅するのはきついので、このエントリーはたぶん修正や加筆を重ねて書くと思うが、いずれにしても1ケ所にまとめて書いたほうがいいと思うので、項目提示は全て同一のエントリー(つまりこれ)に加えていこうと思う。私の体力と気力と知力(最近物忘れが多い)根気不足の事由であり、その都度pingを何度も飛ばしてやろうなどという姑息な理由ではないから、誤解なきよう。

●ここに取り上げる当該人物は以下の4名とした。

・松永英明さん
・泉あいさん
・umeさん
・BigBang(私ね)

である。他に入れるべき人物がいればご指摘願いたい。

※佐々木氏や歌田氏、湯川氏、R30氏の言動や発言に対しても批判があり、ご本人達が説明すべきことは多いと思うが、それらの多くは「ジャーナリスト」としての観点、あるいは「人」としての観点からの問題であり、説明責任という言葉の流れとは少々異なるように思う。また「ことのは問題」と呼ばれる問題の本質とは、いささか乖離する要素があると思ったので、ここでは取り上げなかった。しかし、だからと言ってその問題や批判が重要ではないという意味ではない。他に切り離して論じたほうがいいと考えている。

●4名の中で、BigBang=私を、私自身が取り上げることで公平さが欠け、混乱する恐れもあるが、BigBangに対しても、さらなる説明を求める声が一部あるのは事実であり、一方で「某所での状況」が一向に進まないので、私自身が把握している範囲でここに記載することにした。
(ただし、これは他の3人に比して、今後も私が優先的に説明を行っていくという意味ではない。4名の中で、事実の説明にもっとも多くの文言を費やしてきたのは明らかに私であり、そのバランスは、今後一定の考慮がなされるべきであると自分としては考えている。)

●読者が把握しやすいように、それぞれの事項に順にNOを付与した。松永英明氏をAとし、順に泉あい氏、ume氏、BigBangをB,C,Dと振っていき、さらにそれぞれの事項のコードをA-1,A-2,A-3,A-4等の要領で順に振ることにした。

● ●に比べて○は優先度が多少低いと思われる項目。

では始める。

A【松永英明さんが求められていること】

A-1)
●民主党と自民党のブロガー懇談会に出席したこと、特にFlash発売日に自民党のブロガー懇談会に出席したことの経緯、動機の詳細説明
※既に民主党に関しては若干の説明があったが不十分であると私は思う。また自民党に関してはコメントがされていない。

(A-2)
●オウム脱会届提出の意志の有無。もしくは未提出の理由
※本人が未だに提出したと明言していないので、未提出を前提にしている。

【加筆7/8】
もちろん「脱会の意志はない」も回答の1つである

【加筆 9/15】
備忘録ことのはインフォーマル(9/12)に松永さんの説明が掲載された。

----------------------------------------------------------------(ここから)
# 「退会処理作業」は完了しました。公安調査庁もその事実は確認済み。
# 退会届は、退会処理作業に入るための手続きの一つ、と考えてください。繰り返しますが、退会処理作業は完了しました。
# 退会であり、出家でも在家でもありません。グレーな教団外信者でもありません。
# 教団から公安調査庁への定例の報告は、1月31日時点の2月提出分の次は、4月30日現在の状況を報告する5月分がありました(その次は7月31日締めの8月分、以下3か月おきに更新)。この5月報告分で自分の名前はすべて削除されることを確認しましたが、それが提出され、確定する5月15日ごろまでは言及したくありませんでした。確定する前にいらんことを言ってポシャるのはいやだったので(加藤の乱を見よ)。
# この公安調査庁への報告に虚偽があると、それは活動停止処分や教団解散を招く不法行為となります。したがって、教団は、実際に信者として活動している人間をやめたと報告することはできません。また、教団に入っていなくても、非常に関係の深い元信者については別枠で報告しています。それくらい慎重になっているわけです。しかし、私はその報告のいずれにも含まれていません。
# したがって、2月1日に教団を離れ、5月15日ごろ退会を証明する報告がなされた、という次第です。


(ここまで)
----------------------------------------------------------------

この「公安調査庁への定例の報告」というのは、一般は見ることが出来るのでしょうか。いや、これはこの松永さんの声明を信頼しないということでは決してないのですが、当の松永さん自身は(正しく手続きがされているのか)確認ができるのだろうかと少々疑問に思った次第。何にしても、この項目からは削除します。


(A-3)
●GripBlogの報道機関構想に対して関与した範囲と作業内容、経緯の具体的開示と説明

【加筆 12/13】
12/9に「泉あいさんに渡した「みんなのニュース」案の全文と解説」(絵文録ことのは)が詳細にわたって、松永さんによってアップされた。ここでは、松永さんが泉さんの報道機関構想に関して提示したという「みんなのニュース」案が公開されたが、結局GripBlogの報道機関構想には、採用されなかった。とされている。
経緯と計画を公開していただいたことは有意義であり、松永さんの決断を支持するが、正直なところ、これが泉さんとの話し合いにより、もっと早くなされれば良かったのにと残念に思う。事情はあったのであろうが。
この件に関しては、他に思うこともあるが、私としてはこの場面で一字一句を捉えて端的なコメントをすることは差し控える。現在オウム/アレフの物語が、進行途中であり、引き続きその進展を見守りたいと思う。

(A-4)
●オウム反上祐派に対する松本家の関与に関する再説明
松永英明インタビューで語られた、オウム反代表派と松本家の関係性が最近の報道と異なる。そのため、ここに残した。


(A-5)
●教団系出版社・東山出版社の整理経緯と代表辞任の手続きの状況
※手続き方法がわかればすぐ着手したいとおっしゃっていたと思う。

【加筆8/24】約1ケ月ほど、ご本人自らご説明があるのを待っていたが、今日まで反応がないので。松永英明さんは、東山出版の代表職を既に辞任されていることを、登記上確認したので、この項目を削除する。

※【加筆 8/26】辞任日は登記上4月12日。また、「ご本人自ら説明があるのを待っていた」とは、この件を確認したことを7月にメールで知らせ、ご本人自身からネットに対して公表することを薦めていたため。但し、松永氏が入院中の可能性もあるため、このメールを確認しておられたかどうかは不明。

この件は法律的処理がなされていたことには、もちろん一定の意味があるが、ご本人からの説明があって、初めて事実評価がなされるのがふさわしいと今でも思っている。そうした意味で、「誰でも確認できる情報」を私が確認したこと自体の意味は、ないとは言わないが「それだけのこと」とも思っているので、敢えてエントリーは立てない。宿題についてのリンクは可能な限りここにまとめるというのが初期の原則であったということもある。(もっとも、ちょうどココログの不調の時期であったこともあり、ユーザーカルマなどは記事が分散した。これについても一定のリンク整理を検討中。)

(A-6)
○現在の健康状態の状況とブログ再開の予定
※病気の状況などはプライバシーも伴うので必ず公開しなければならないという訳ではないと思う。ただ、健康状態が当初の予想よりも悪いのであれば、松永さんの今後のネットでの発言は制約されることが必至であり、その観点から無視できない事項であるため、ここに入れておく。

※尚、松永さんに関しては河上イチロー時代の活動に関しても多くの疑問が寄せられていると思うが、私自身が河上イチローの時代を直接「目撃」していないこと、また「ことのは問題」と一部離れる問題も多いと思うので除外した。


※【加筆7/8】松永さんについては未だに入院中の可能性もある。その場合にはここを読むこともできない状態であることも想定される。それについては解決のためのリスク要因の1つとして考慮すべきであろう。万一そういう事態であれば、一刻も早いご回復を祈る。(単に回答してもらうために、ではなく)

※【加筆9/8】退院されて、ブログが再開されたので削除。まあ、ここを見てやってんじゃねーよと言うだろけどね。一応。
 

B【泉あいさんが求められていること】

(B-1)
●松永さん及びumeさんがGripBlogの報道機関構想に対して関与した範囲と作業内容、経緯の具体的開示と説明

(B-2)
●(上に関連して)報道機関設立企画書の成立過程
※ファイルの管理の問題

(B-3)
○GripBlog及び報道機関構想におけるスポンサー、スポンサー候補について
※これは具体的に法人や個人名をあげる必要はないと思うが、資金源について関心を持たれているので、できれば詳細説明をしたほうがいいと思う。

(B-4)
○今後のGripBlogの運営方針の説明
※もしも本家のGripBlogを継続するのであれば、再度行った方がいいと思う。現在は「廃墟化」しつつあるので。

※その他、umeさんに関する説明があるかと思うが、これは次項でumeさん自身の要説明項目に入れた。


C【umeさんが求められていること】

(C-1)
●松永さん及びumeさんがGripBlogの報道機関構想に対して関与した範囲と作業内容、経緯の具体的開示と説明


(C-2)
●「退職勧告」と「警察訪問」及びその後の一連の「解雇騒動」に関する詳細説明
※一連の出来事が時系列的にはっきりしないこと、その後全く説明や報告がないことが、umeさん自身の存在と信用に関する疑念に繋がっているので。

(C-3)
●黒崎さんに対する「名誉毀損」の訴訟に関するその後の経緯の説明
※同上
※尚、ここで「umeさん」に質問を記載するのはumeさんが実在することを「前提に」した場合、という但書付である。後の私に関する課題で、ここの部分に関する表現が問われているが、条件分岐について理解をしてもらいたい。万一後にumeさんの「非実在」あるいは限りなく「無関係の人物による偽装」などが明らかになったとすれば、この質問は遡って無意味化する。詳しくはまた別に。

D【BigBang(私)が求められていること】


(D-1)
●報道機関設立に関して「関係者」でありながら、特に報道機関構想に関するネットへの説明が遅れ、そのために混乱を広げたのではないか?という指摘への説明。


【8/28 加筆】
指摘は主として現在GripBlogに長文コメントを連続掲載している通りすがり氏によるものであるが、現在までのところ、「遅れた時期の指摘」について明確になっていないと受け止めている。これについては、幾度かやりとりを重ねてきたが、単純に議論や互いの質疑によるもので解決できる性質のものでもないと考えている。

私のこれまでの議論の進めかたやエントリーについて、批判すべきと考える方は、批判エントリーをあげていただくしかない。その批判を甘んじて受けるべきと考えれば受けるし、また、反論すべきであると考えた場合には今後も反論する可能性があるが、批判者と私との考え方の、基本的考え方の相違であるとしか言いようがないものについては、これ以上議論の方法がないように思う。

つまり、私の「ことのは問題」への対応が、総体的乃至は根本的に適切でなかったと思う人には、「そうですか」としか言いようがなく、それ以上説得する言葉を捜すのは難しいということである。




(D-2)
●「ユーザーカルマ」という用語を使い、umeさんや泉さんに対する合理性なき疑惑を拡大したのではないか?という疑念に関する見解の表明。



【8/28加筆】
ユーザーカルマに関する議論は一定の段階に達したと考えている。この件に関する主要リンクを加筆する。

私の見解としては下記をお読みいただきたい。
■[夏の宿題]ユーザーカルマと「宗教性」(月も見えない夜に)


(この件に関するその他のリンク)
 

■ユーザーカルマについて(アレフブロガーの時代)

■BigBangブックマーク「売文日誌」
(売文氏との議論ブクマ)
■真夜中は別の人 -  「Grip 報道メディア」における「ユーザーカルマ」とは
■真夜中は別の人 -  Digg/Pliggにおける「カルマ」とは

■真夜中は別の人-[ことのは騒動] スラッシュドットの「カルマ」とは
真夜中は別の人「カルマ」再考


(D-3)
●umeさんの実在/非実在に関する「曖昧な」態度に関する説明。


【8/28 加筆】
この件に関しては本日現在、トリルさんのumeさん(と思われる人物)への接触が継続している。現在のところ折衝は難航しているようだが、ここから数週間のうちに、umeさんより重要な情報が提供される可能性は消えていない。
トリルさんの「最終報告」をお待ちしてから、コメントしたいと思う。もちろんどのような結果が出ても、ここで再度コメントするつもり。



(D-4)
●関係者(泉さん、松永さん)と知己でありながら、直接彼らに会って問題の収拾を図ろうとしないこと、また初期の頃ume氏からの会見の提案を拒絶した理由の説明。

以上である。

全部とは言わない。「夏の宿題」と題したとおり、せめて各項目の半分くらいがクリアされて、気持ちのよい秋を迎えられることを期待する。

どうですか。残りのお三方。

2006 07 08 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(33) | トラックバック

July 06, 2006

天にノドンの唾を

彼の狂人が花火で遊ぶ深い夜。

あまりに恐ろしいと、へらへら笑ってしまうことがある。夢の中で廃墟と化したどこかの都市を見ながら、それでも薄ら笑いを浮かべている男に、ふざけるなこっちを向けと殴りかかったら、それは自分の顔であり、涙を流しながらうすら笑っていた。

かつてノストラダムスという男は、天から恐怖の大王が降ってくると言ったが、果たして7人同時に降ってくるとは思いつきもしなかっただろう。人はかくのごとく生きているぞ。汚泥の中でへらへらと呼吸しながら。ノストラダムスよ、何を思う。

「アンダーグラウンド」には62通りの恐怖が描かれているのだけれど、へらへら笑うとまでは行かなくても、サリンを吸った後で、いつもの習慣だからと一生懸命コンビニで牛乳を買おうとする人の話が出てくる。牛乳を買った後で入院ですよ笑 などとその方は頭をかいていたようである。被害を受ければ加害を恨む。それが当然と思い込んで暮らしているが、加害を恨んでいない人が、かくも多くいたことか。人は弱く善良だというのは間違いとは限らない。あなたに見えていないものはあるのである。それを何もかも見えているかのように、あなたは語り、私は応じ。かくて日々は狂騒の中に、疲弊を交えて。あなたの乗る車輪には、とうの昔に火炎が移っているのかもしれない。

訳もわからず死んでいく。


おそらく恐怖とは、不安とは、深刻な死神の顔をしてやってくるのではなく、お笑い番組の「次長課長」のような、とぼけた顔をしてやってくるのではないか、そして「アンガールズ」のように、士気のない、へなちょこな顔をした栄養不良の悪魔が、ふらふらと目の前に立ち、あの~などとあなたに声をかけるのか。そしてあなたは応じようとして振り返り、そこに自分の顔を見るのである。

あるいは、あるいは。暗いPuttyのターミナルの中に、刻み込まれるlogの、行間に舌を出して紛れ込む、薄汚い生意気な小僧の顔をして現れるのか。お前は何を知っているのか。何をそんなに怯えているのか。お前の知っている世界とは何か。終末とは何か。お前の目指した救いとは何であったのか。深夜に自分の打つタイプの音に紛れて、遠い世界の雷鳴のように、お前にはまだ救いが見えているのか。彼の国の、この国の慟哭に対して言う言葉はあるか。言う言葉は持っているか。

ある、ある。あるある。ある。
そんな地獄があるのである。

地獄は進化し、生態系に粘ったガムのようにへばりつき、鏡のようにあなたの顔を映し、轟音と共に天を駆ける。


何ができるのか。


神? いやお前には頼まない。
それよりも

狂人よ。お前に伝えることがある。

天を仰げ。

天を仰げ。

天を仰げ。

天を仰げ。

天にノドンの唾を吐け。

2006 07 06 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

July 03, 2006

残虐の北朝鮮政権に思う-----韓流スターと爆薬

金英男氏の会見は、予想されていたこととは言え、また深い失望を、横田めぐみさんの両親に強いるものであった。

このブログではかつて「平島筆子さんのこと----頭を上げよう。」で、こう書いた。

もちろん、この人の人生にどんなことがあったのか、真実はわからない。
だが少なくとも、脱北した後、中国から日本大使館に助けを求めたときの彼女の困窮は真実だったとしか思えない。日本人の多くが彼女に同情し、何とか助けてあげたいと思ったはずだ。自分もその1人だった。
何もできてはいない自分だけれど、それでも今回の彼女の「仕打ち」にはショックを受けたとしか言い様がない。どう考えても、彼女は「何らかの力」に負けて再び北へ戻った、あるいは戻らされたとしか思えず、その「何らかの力」が、平島さんと、平島さんの子供達などの安全を脅かす性質のものだったということは想像に難くない。

今、金英男氏の、明らかに北朝鮮に支配されたと思われる会見内容を聞くとき、平島さんのことが思い出される。人が自分の命であるとか、家族であるとか圧倒的な「担保」をとられた環境で心に背いた発言をさせることの無残さ、残酷さである。しかも、金氏の姉が、小さいころにめぐみさんの様子について「子供のころ、事故に遭って脳に深刻なけがをした記憶があると(本人が)語っていた」と明らかにしたことは、どれだけ深く横田夫妻の心を傷つけただろうと思う。親御さんとしての心情を思うと胸が詰まる。
言うまでもなく、めぐみさんが幼少時にもしもそのような怪我をしていたなら、当然両親が知っているはずである。調べれば簡単にわかる、明らかに虚言であるとわかるようなことを、なぜ言わせるのか。めぐみさんの自殺が事実であり、必然であったという誘導なのか、あるいは横田夫妻への人格攻撃なのか。めぐみさんの無事についても非常に憂慮される。

金氏の発言を聞いていると、脅されて言ってというよりも、まるでそうした「虚」を信じているかのように振舞っているようにも見える。ヘギョンさんの存在を考えれば、一定の時期にめぐみさんと何らかの関わりを持ったのは、全くの虚言ではないのだろうが、どこかで「幼い頃に頭に怪我をした日本の少女」という虚構の存在を、意識の底で信じ込まされているのか。会見の場に恫喝目的で北の工作員が同席しているとも言われているが、長い年月の間に、精神的にかけられた呪縛=洗脳の力が圧倒的なのだろうか。そもそも、めぐみさんの「拉致」についてのコメントは、金氏からは全くないが、どこまでを「知って」いるのか。あるいは「意識的に」、あるいは「強制されて」いるのだろうか。金氏自身が対韓国の工作に関わっていたという情報もあり、このあたりのレイヤーを見極めるのは難しい。

人間性の根本にまで立ち入って、こうした操作を行う北朝鮮という政権の非道、残虐は今更言うまでもないことであり、日本は今後も毅然とした態度をとるべきであろうが、金英男さんの件を見ても、この問題で韓国の理解を得、また歩調を合わせていくのは、大変に困難なことだということを改めて思わされた。

今日の韓国と北朝鮮を理解するにあたって、軍事的な問題は言うまでもなく必須であると思われるが、少し朝鮮戦争の経緯を振り返る。

1950年6月の朝鮮戦争当時、ソウルは開戦後たった3日間で北朝鮮軍に占領されている。軍事境界線からソウルまでは60Km足らず。日本で言えば、渋谷-熊谷間ほどの距離に匹敵する。金政権が時折口にする「ソウルを火の海に」は決して脅しだけの言葉ではない。

開戦直前の南北の軍事バランスは、北の有利であった。韓国軍は全土で8個師団6万5000人程度で、米韓軍事協定によって重装備が全く施されていなかったのに対し、朝鮮人民軍は陸軍が歩兵2個軍団10個師団と、第二次世界大戦時最強のソ連製T-34/85戦車150両を配した第105戦車旅団で合計兵力18万3000人、海軍は艦艇30隻と兵力1万4000人、空軍は120機のソ連製戦闘機と兵力2万人で、総計すると約22万人に及ぶ軍隊に成長していた。(Wikipedia 朝鮮戦争 から)

特に北朝鮮のソ連製T-34/85戦車は、韓国軍総崩れの主因となった。軍事境界線から突入した戦車軍を、重装備に劣る韓国軍は全く止めることができなかった。この経験は今でも尾を引いている。

現在もソウルから軍事境界線に至る道路には、奇妙な形をした広告塔が幾つも配置されている。板門店を訪れたとき、広告塔に、現代の韓流スターのポスターや映画の宣伝などが配されているのを目にしたが、実はこの広告塔には爆薬が仕掛けられており、北からの戦車が通過しようとすると爆破されることになっているという。テポドンなどの長距離ミサイルが配置されようという時代に、何とも場違いな気もするが、これも南側の朝鮮戦争のトラウマの一つであろう。

南北同一の民族であり、相互に多くの親族、いわゆる離散家族を持つ。一方で首都から手を伸ばせば届くところに世界最大の軍事密集地域を抱えている国。
聞けば、離散家族と、軍事的な捕虜、そして「拉致された」と思われる親族の再会やあるいは引渡しが、相互に、敢えて峻別されずに行われているのが日常であるという。

韓国とはそういう国家なのである。

日本という国家が抱えている「拉致問題」とは全く位相の異なる世界がそこにあることは、やはり理解しなければならないのであり、また同時に韓国を北朝鮮と日本との間に過酷に板ばさみにしようと思えば、韓国は、日本との協調よりもむしろ同胞としての北朝鮮との「統一」を最優先して動くであろうということも、やはり理解すべきであろう。
ここから先、残虐たる政権、北に対して一歩の甘い姿勢も見せるべきではないと思うが、韓国に対してはそうした事情も織り込みながら、外交的に粘り強く働きかけることにより、日本の立場への理解を繰り返し辛抱強く求めていくしかあるまい。

以前も書いたが朝鮮半島は日本のトラウマである。しかしトラウマではあるが「厳しさ」も「英知」も、その傷のために見えなくなってはならない。

全ては我らのアジアから、非道かつ残虐なる政権を、あらゆる手段を用いて消滅させるために。

何とか我らの世代のうちにそれが成し遂げられることを願う。

【加筆】
横田めぐみさんの遺骨に関して、大変に重要な指摘が「5号館のつぶやき」さんによってなされて、大きな反響を呼んでいるということを、この記事を書き終わった後で知った。別エントリーにするかどうかは読み込んでからと思い検討中だが、大変に重要な指摘だと思うので、ここで急遽リンクを紹介しておく。

政治に翻弄される科学者 (横田めぐみさん遺骨事件)
日曜だというのに津波アクセス

【加筆2】

簡単にではあるが、これについて、はてな支店のほうで触れた。

■重大な見落とし---横田めぐみさんの遺骨を巡って


【参考記事】
板門店へ行った(BigBang)

2006 07 03 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(10) | トラックバック