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August 31, 2006
「ことのは」・夏の終わりに
朝から日差しがきついが、気がつけば今日は8月31日だ。夏休みも今日で終わり・・と、東京にいる僕などは連想するが、もともと北の地方ではとっくに学校は始まっているのではないかな。東京でも最近公立の小学校が早めに始まる地域もあり、夏休みの終わりというのが正確にいつを指すのかはわからない。でもまあ、旧例に従えば9月1日はもう夏ではないのだろうな。
というわけで、久しぶりに「ことのは」のことを書く。で、「夏の宿題」だけに縛られると話が端的になるので、ちょっとまだ書いていない最近の話あたりから書くことにする。
7月の終わりに、psycho78氏からメールをもらった。ちょうど、例の誕生日問題の後で、こっちも血が上っていたときでもあり、また届いたメールのトーンが、(漢字交じりとはいえ 笑)まさにさいこたんだったので、コノヤロと思い正直あまりとりあわなかった。ところが、はてなを巻き込んでばたばたしている間に、psycho78がこのメールの内容に結構こだわっているように思えてきた。で、それはあまりはっきりとしたことは書いていなくて、謎掛けのような文章だったんだけれど、どうもある会社の登記を確認しろというようなことではないかと僕は受け取った。で、例の東山出版の会社の登記について、世田谷の法務局に確認に行ったんだが、それは宿題の記事に追記したとおり。
で、どうしようかと迷ったんだが、psycho78ではなく、松永さんに初めてメールを書いた。そこで、登記を確認したということと、それがpsycho78の示唆であると考えていたということ、できればそれを松永さんの方から、いいタイミングで公表されたらいかがかと書いた。もっとも、ことのはのアドレスはすでに使えなくなっていたので、匿名アドレスから宛に書いた。これが彼にちゃんと届いているのかどうか、今でもわからない。入院中であれば尚のこと。1ケ月ほど待ったが返事がないので、宿題の隅に追記した。ここまではおおむね書いたような気もする。
そして、健康のこと、文筆活動の再開を願っていること、復帰を願っているがこれ以上押し付けがましいことは言わないので、今後は松永さんは松永さんの時間軸で動いてほしいことを書き添えた。それ以降、自分としては沈黙を続けている松永さんが、いつか自分から言葉を発しない限り、むやみな言及をすることは、控えようと思っている。これが実際のところであるし、彼にこう伝えたことは自分にとってある節目だったように思っている。psycho78が松永さんであるかどうか、それも今は僕はどうでもいいことのように思っている。
思えば「ことのは」の問題が、これほど長引くとは夢にも思わなかった。あの「Flash」が出たときの泉さんとのやり取りなどはもう何度も書いたが、せいぜい1ケ月もあれば、すでにアレフを脱会しているはずの松永さんの名誉も、悪意なく彼を懇談会に呼んだ泉さんの名誉も回復されると考えていた。彼らに言葉を発してもらえれば、もう少し、ほんの少しでもいいからもう少し言葉を発してもらえれば、という気持ちが高じ、彼らの煮え切れない(と思えた)態度に苛立ち、時に僕の言辞は確かにエスカレートした。不要なことも多く口にしたと思う。見通しは確かに甘かった。そのことに途中で気がついた。
「umeさんという名前で表象される人物」が全く存在していないなどとは、考えたことがないし、かつての泉さんのサイトを見ても、その後の彼女の口ぶりを見ても、その呼称に近い名前の人物が存在していないなどと思ったことはない。トリルさんがまさか幽霊を相手にしているとも思えない。ただ、僕は「umeさん」という名前の人物に起きたとされる一連の出来事が、本当に言われているところの「umeさん」の身の上に起きたのか、それとも起きていなかったのか、その一貫性が確認できないと思っているということであり、その考えは今でも変わっていない。「実在を確認していない」という表現は、「言われているような出来事が実際に発生した人物の存在」を確認しているわけではないということである。もとより、finalvent氏も今日言及しているが、umeさんに退職に追い込まれたという事実があるかないかも、「ことのは」全体からすれば本論ではないだろう。だが万一そうした事実があれば、自分も含めて彼の名誉回復に協力すべきであろうし、不当な解雇を行った会社は批判されて然るべきであると思うが、残念ながらその事実に関する確認はトリルさんの努力によってもできないようである。umeさんにしてもこれ以上このことを、長引かせたくないという意志であることは理解できるし、もとよりumeさんを糾弾する意図はない。あったことはあったこと、なかったことはなかったこと、それがはっきりすることが、出発点だと思ったのでこだわったのだが、この結果に関しては信頼関係を作れなかった自分にも非はあるだろうと思っている。深刻な被害が「umeさん」に生じていなかったことを、むしろ今は信じたいと思う。
僕は全般的に、泉さんとumeさんに関しては、直面している問題に関して、自力で解決ができるだろうと思っていた。umeさんは正直に話せばいいし、泉さんはジャーナリストとして真実を伝えればいい。仮に報道機関企画に、松永さんの助けが「多少」あったとしても、それが由々しきことであるわけはない。ただ、その「度合い」を明らかにすることから、やはりすべてが始まると考えた。話が終われば、援護もできる。話が終わらないうちは援護もできないと思った。
しかし松永さんに関しては泉さんやumeさんとはちょっと違う。松永さんに関しては僕は、本人の力だけではどうにもならないレベルなのではないかと思った。実際彼は健康を害していたし、仕事も次々と失いつつあった。入院直前の精神状態は相当悪かった。ほってはおけないと思った。
前半は松永さんの尻をたたいてでも、とにかく事実を吐き出してさえくれれば、今度は後半はこちらが譲歩していく番だと思っていた。つまりそのときにはこちらの事実誤認も明らかになるだろうから、ひとつひとつ確認しながらこちらの「思い違い」を訂正し、謝罪をするつもりだった。そのプロセスこそが、松永英明復帰のためになると僕は信じた。ご承知のとおり、この目算もこれまでのところ外れている。脱会に関しても予想外の事態もあった。およそ、人は人を助けることなどできないのかもしれないし、そうした「傲慢さ」や「思い込み」がかえって本人を追い詰めたかもしれない。それは松永さんへの手紙でも書いた。
松永さんや泉さんを取り巻いているのが、正しくデジャ研の人たちであるという見方も、また一面的であるだろうと思う。それはいつの間にか自分たちが「連邦軍」などと呼ばれてはやし立てられたことと、おそらく鏡のような相似形であるだろうから。そうした人たちとの歩み寄りが今日まで1人としてできていないことも、また残念なことだと思う。(まあ、まだあきらめる必要はないとは思うが。)表に出ないところでは幾たびかそうしたリーチもされていたが、成果が出ていないというところだろうか。
「ことのは」はいつの間にかBigBangが先頭に立って「追求している」ということになった。その過程で先に書いたように、僕は言辞がしばしばエスカレートし、ずいぶんコアな話も書いた。また意を近くした人たちとの間の関係も、言及された。一方でGripBlogは事実上立ち行かなくなり、「ことのは」も更新されなくなった。互いの心に深い不信感も作った。
「ことのは」問題に、実際の真実というのが、どこにあるのかはわからないが、もしも自分のとってきた行動と、「真実」との間に余りにも著しい落差があることがわかれば、そのときは僕は自分の行動に見合った責任をとるべきだろう。というか、それは僕に限らず、おおよそ人は当然そういうものであると思う。が、現実は、今日現在こういう状態である。その遥か遠くでとどまって8月31日を迎えている。その僕の目算の甘さや滑稽さを笑う人がいれば、笑えばいいと思う。
最近になって、松永さんがまだ入院している、あるいは再入院しているという話が出ている。見舞いに行けという人もいる。正直、思わなかったことはない。会って顔を見て話せばわかることもあるだろう。心配でもある。だが、今彼が僕の顔を見たいとはとても思えないし、病室まで「検証に」押しかけるなどということは、僕は到底できない。御堂岡氏の話によれば、取材のためかどうかはわからないが、関係した雑誌記者の皆さんが交互に訪問しているという。それが事実であれば、皮肉で言うわけではないが「プロは違う」なと思う。「他意はない」とことわって、病室まで行ったとしても、彼はそれを信じないだろうし誰もそう思わないだろう。で、それも当然だと思うので、やはり行かないことにする。退院された後で、そうした機会があればと今は願う。
「夏の宿題」のネーミングは、ちょっとした洒落のつもりもあり、「まあ、あんまり肩に力をいれず、自分たちのペースで少しでもやろうよ」というつもりだったのだが、予想外に各所に記憶されることになった。もとより、夏が終われば何かが終わるわけでもないし、何かがうやむやになるわけでもない。僕のこの文章も不十分な箇所だらけだろう。だが、本当にこの問題に関しては、書きすぎたし、言い過ぎたと思っている。今後は、明確に新たな事実が出ない限りは、僕は「ことのは」に関する新しいエントリーはあげないと思う。もちろんこれは何かを終わりにするという意味ではない。コメント欄は空けておくし、コメントもする。事実が明らかになった場合の記事の加筆や修正は続けていく。自分にできることは続ける。
最後になるが、以前ちょっと「月面」に書いたが、ジャーナリストの江川詔子さんは、誇るべき僕の旧友である。そして、彼女がまだ坂本弁護士の事件に直面する遥か以前に、この世界に受け入れられなくて苦闘されていたことも存じ上げている。僕は、あの坂本事件を機に彼女の人生が変わり、彼女の周囲のあらゆる人たちの態度が激変する様子を複雑な思いで見てきた。一家が全滅した坂本事件の楔は言うまでもなく、たとえようもなく重い。
こんなことはご本人にも面と向かって言ったことがないが、僕は彼女の今日の成功の過程で、あの一家の全滅という忘れられない出来事=影があることをどうしても忘れられないできた。一方、江川さん自身、自宅で襲われるなど命の危険にもさらされてきた。僕がオウムの問題に対するとき、彼女の存在なしには何も発想できなかったのは確かである。(ただし、僕の「ことのは」に関する活動と彼女とは一切何の関係もないのでそれはご承知願いたい)
最近になって、松本智津夫の四女の後見人を彼女が引き受けるというニュースに接した。並大抵の覚悟ではないと思う。テレビのニュースに映った記者会見の彼女の表情は、もはや僕が知っている若き時の彼女ではなく、ただならぬ強い表情をしていた。
見たこともない彼女の強い表情を見て、あらためてこの数ヶ月の自分の未熟と不遜に思いを抱いた。
#なお、psyco78氏に関する記事「あなたのために祈る 」を削除する。コメントも含めてとなるので関係者には申し訳ないが、意を汲んでご理解いただきたい。
2006 08 31 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック
「ゴミため」から投げつけられた毒饅頭----オーマイニュースは大丈夫なのか(2)
●堀江ライブドアと何が違うのか--自由の名のもとに
広告収入を確保するために、係累のアクセス数を確保する必要があり、そのために1人でも多くの市民記者を募っているに過ぎないと「オーマイニュース」を切って捨ててしまったらおそらく鳥越編集長からも、大株主の孫正義氏からも異論が出ることだろう。
孫正義氏は「Web2.0時代が呼んだ新メディア 自由のプラットホームづくりで意気投合」
という表題の記事の中で、このように語っている。
呉代表とお会いして早々、私たちは意気投合することができた。インターネットの将来性、そしてインターネットだからこそできる新しいメディアの形について議論し、あるべき理想像について語り合った。そして私は、呉代表の掲げるコンセプト、つまり「市民みんなが記者」、「21世紀における言論の自由のプラットホームをつくる」という考えに全面的に賛同し、オーマイニュース日本版の立ち上げに出資することを決めた。
Web2.0という言葉は大変に便利な言葉である。専門記者が独占していた言論や報道を、「全ての人」に開放し、相互に流通させさえすれば、Web2.0的であるということになり、何か特別な価値があるように見える。このように「特権」を一般に開放してしまうと、質はともかく、世に記事を書きたい人は ごまんといるから、表面上は活気が溢れ、あたかも何か新しい価値が実現化されている過程のように見える。社会をより活性化し、我々自身をも、よりよい方向に変えていってくれるようにも思える。だが、本当にそうなのだろうか。
かつてライブドアの堀江貴文氏は、ライブドアニュースの創設に当たって、こんなことを言っていた。
ライブドアは、「市民記者」を募集し、自らのサイトのニュースに自前の記事を載せ始めている。
その規模を拡大し、既存メディアの情報も取り込みつつ、ニュースサイトを充実させていくつもりだという。
そして、新聞を発行し、そこでアクセス数が多い記事を紙面に載せていく。
人気のある記事は大きく扱い、そうでないものは載らない。
その扱いは、もっぱらサイトの読者の人気ランキングにより、新聞社の価値判断は一切入れない。
(堀江氏)
「(新聞は)人気がなければ消えていく、人気が上がれば大きく扱われる。完全に市場原理。我々は、操作をせずに、読み手と書き手をマッチングさせるだけ。」(「江川昭子ジャーナル-「新聞・テレビを殺します」 ~ライブドアのメディア戦略」)
その後ライブドアニュースは、ライブドア自体の崩壊と言う、堀江が予想しなかった大カタストロフィに直面し、それなりの役割を果たしたとは思っている。だが、旧メディアに身を置き、限りなくノーリスクの十分な資本とバックを有するネット報道機関の編集長に就任した鳥越氏は、一体今何を考えているのだろうか。あの騒動のとき、鳥越氏はライブドアを拝金主義として厳しく批判していたように記憶しているが、鳥越氏と堀江氏の考え方の差異がどこにあるのか、あるいはオーマイニュースとライブドアニュースの差異はどこなのか、これを読む限り俄かにはわからない。
いずれも「人気に応じて」掲載順位や場所が変わる。編集部の持っている統制力は既存メディアに比べて著しく低く、市場原理という新しい「神」が報道の倫理よりも重視される。原稿料は押さえられ、記事は自由の名の下に放任される。それがWeb2.0時代の参加型ジャーナリズムの避けられない共通の実態なのだろうか。
「オーマイニュース」の特徴は敢えて言えば、これに加えて、鳥越氏が盛んに「実名性」を持ち上げていることぐらいである。
一体、「実名性」が本当に記事の質を担保できると鳥越編集長は思っているのだろうか。「釣り疑惑記事」に関しても、「お粗末な留学生記事」に関しても、初日以来の混乱に関して編集部からの適切なメッセージは今のところ何一つ出ていないために、こうした事態への反省がどの程度部内で起きているのかも、窺うことができない。
●記事は一体どのようにチェックされているのか。リスクを許す編集姿勢。
「オーマイニュース」編集長の鳥越俊太郎氏ら、報道陣と一問一答 「政治的・思想的に偏りが生じる心配はない」
――誰でも市民記者として登録できるということだが、特定の団体・企業に所属する人が、自らの利益につながるような記事を投稿する可能性はないのか?
鳥越氏:可能性としてはある。編集部が、そういった記事を見逃すこともあるかもしれないが、ある程度は判断できる。ある一定の方向を持った記事が大量に投稿されたら、おかしいとわかるからだ。その際は何らかの処置が必要になる。その判断ができないようでは、我々もプロではない。
という鳥越氏の自信を見事に裏切り「ためにする記事」は堂々と「プロの」チェックを潜り抜けた。「大量に」投稿されなくても、記事一つ一つをしっかりとしたプロが厳しく読んでいさえすれば、おそらく当該の記事にしても「何かがおかしい」ことには気がついたはずだと思う。一体誰がどのように読んでいるのか。
これに関して驚いたのは、初日の「釣り疑惑記事」よりも、むしろその後出た、その疑惑を指摘する記事のほうである。それは編集部の「良心」を示すものであるから、というわけではない。その掲載までのスピードである。
問題の記事「 インターネット上ではびこる浅はかなナショナリズム この国の未来を支える若者の論理は・・・」は2006-08-28 09:00に掲載され、その疑惑を指摘する「2ちゃんねらーに釣られたオーマイニュース編集部」は2006-08-29 16:24 に掲載されている。
最初の記事の掲載から1日半ほどで、それと全く反対の事実を主張する記事が掲載されているのである。で、いずれも編集部が掲載許可を与えたものであることはもちろん言うまでもないだろう。
「2ちゃんねるに釣られた・・」は先の記事の重大な問題を指摘する記事にも関わらず、これもいとも簡単に掲載された。
そもそも、この掲載許可のシステムはどうなっているのだろうか。
糾弾の記事を書いた本名 広男と思われる人物は、その告発の証拠として、ネットに市民記者のログイン画面を公開している。(現在は見る事ができないようだが、市民記者に登録した人であればよくご存知だろう)
市民記者の記事投稿は、おそらくこの管理画面から行われ、このままだと非公開の状態であり、それを編集部が別の管理画面で下読みをするのだろう。下読みで問題がなければ、承認の手続きを行い、あらかじめ決まっているカテゴリーに従って、毎日一定量の記事が公開されていくのであろうと予測される。
問題は、この「下読み」の時間と、それを行うスタッフの人数と質である。その具体的なプロセスは公開されていないが、(つまりどのような観点で、何重のチェックがなされるのか等)鳥越編集長は、 「異なる意見戦う場に~創刊にあたって」でこう言っている。
オーマイニュースの第一の合い言葉は「市民みんなが記者」です。とはいえ、これまで記事を書いた経験もなく果たして記者活動が出来るのだろうか? 先ずは皆がそう思いますよねぇ。何を書いたらいいのかしら?
確かに新聞記者は少しづつ経験を積んでプロの記者になって行きます。私も記者一年目は何をどう書いていいものやら頭を悩ましていました。書いた原稿をデスクに赤字を入れられる位ならまだいい方で、何度も破り捨てられてクズ籠行きもありました。でも、どうでしょうか、書くという行為は普通の市民なら何らかの形でやっている行為ですよね。
確かに同じ専門家といっても医者が手術をするように市民が手術をするというのはこりゃ、ちょっとありえませんがね。書くのなら別に事実関係がしっかりしていて文意が分かればいいんじゃないでしょうか?
「書くのなら別に事実関係がしっかりしていて文意が分かればいいんじゃないでしょうか?」
本当にそうだろうか?
こうしたフレンドリーだけれど大甘な編集長の姿勢が、オーマイニュースで次から次へと凡記事を量産する、編集部の下読みのチェック体制の甘さに繋がってきていないだろうか。
むしろ自分が市民記者であれば、素人扱いされて「何でもいいからユー書いちゃいな」などと言われるよりも、長年プロフェッショナルの世界で戦ってきた鳥越氏他編集部のキャリアある記者たちの「厳しいチェックの目」を、環境を求めるのではないだろうか。少しの嘘でも見抜かれるぞ、力を抜いた記事、何が言いたいのかわからない記事、個人ブログの隅に書いておけばいいような記事は「オーマイニュース」には通用しないぞ。そういう緊張感を持たせることが必要なのではないだろうか。
そう思われることが、紙面のレベル向上に繋がり、さらには今回のような問題記事をみすみすスルーさせるような体たらくからの脱却に繋がり、結果的にオーマイニュースの長期的な発展につながるのではないだろうか。
実名論議よりも重要なことはあるのではないか。
リスクに関する話をもう少し続けようと思う。
2006 08 31 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(10) | トラックバック
August 30, 2006
「ゴミため」から投げつけられた毒饅頭----オーマイニュースは大丈夫なのか(1)
オーマイニュースで起きた、アクセストップ記事への「釣り疑惑」は未だ真偽は確定していないが、個人的には洒落にならない印象を持っている。
ここまでの経緯が報道されている通りであれば、鳥越氏が「ゴミため」と評した2ちゃんねるから、典型的な「左」を装った記事が作為的に市民記者=2ちゃんねらーから意図的に投稿がされ、幼稚な内容であったにも限らず、それがそのまま編集部のチェックを通ってしまい、あろうことか初日のアクセストップをとってしまったことになる。
(※この事実を指摘した記事のほうが「釣り」であるという説もある)
これはオーマイニュースの運営の基本と信頼を崩壊させかねない。重大な事態であると思う。この週末には、ブロガーとの懇談会も開催されるというが、この問題を考えるにあたって、そもそもオーマイニュースとは何なのか、今更ではあるが、自分の確認も含めて、あらためて全体を総覧してみた。
【参考】
2ちゃんねらーに釣られたオーマイニュース編集部(オーマイニュース)
オーマイニュースとは一体何なのか。
●日本版オーマイニュースの運営主体について
国内で「オーマイニュース」を運営するのは「オーマイニュース・インターナショナル株式会社」である。
韓国「オーマイニュース」にソフトバンクが出資--3月には日本法人も設立(CNET JAPAN 2006/02/22 )
ソフトバンクは2月22日、韓国Ohmynewsと同社の日本法人に出資すると発表した。韓国Ohmynewsが実施する520万米ドル(約6億 1000万円)の第三者割当増資を、ソフトバンクが全額引き受けるとともに、Ohmynewsが3月に設立する予定の日本法人オーマイニュース・インターナショナルへ6億9300万円出資することに合意した。
Ohmynewsは2000年2月から、市民参加型ニュースサイト「OhmyNews(オーマイニュース)」のサービスを提供している。今回Ohmynewsが発行する新株数は5万1351株で、ソフトバンクの持分比率は12.95%となる。
日本法人のオーマイニュース・インターナショナルは、3月設立当初はOhmynewsの100%出資で、資本金は1050万円、資本準備金は 1050万円となる予定だ。そして、3月中にソフトバンクが普通株式で900万円、転換社債型新株予約権付社債で6億8400万円出資する予定になっている。ソフトバンク出資後の資本金は1500万円、資本準備金は1500万円となり、持分比率はOhmynewsが70%、ソフトバンクが30%となる。オーマイニュース・インターナショナルは、ソフトバンクの支援を受けつつ、日本での市民参加型ニュースサイトの立ち上げを目指す。
Ohmynewsでは、今回の増資で得た資金を、市民参加型インターネット放送である「OhmyTV(オーマイTV)」、現在世界65の国と地域の市民記者が参加する「OhmyNews International」の強化に投資する。
プレスリリース
韓国・Ohmynews Co., Ltd.および同社日本法人への出資について
つまりソフトバンクは、韓国のOhmynewsの増資を引き受け、12.95%の株式を持つと共に、その子会社である日本法人の30%の株式(6億9300万円)を所有することになったわけである。この日本法人が、オーマイニュース・インターナショナルである。
●オーマイニュースのビジネスモデルについて
ビジネスモデルとしては、広告モデルであることはもちろんだが、市民記者とその「係累」を中心にしてアクセスを稼ぐ構造であるため、市民記者の登録数が大きな鍵となる。韓国Ohmynewsでは登録数が4万人を超えている。日本法人が、当初から市民記者の登録数に過敏になっているのもこのためである。
その他に韓国では、日本法人ではまだ導入されていない、市民記者原稿料の“投げ銭(カンパ)”制度があって、1000ウォンから30000ウォン(116円~3495円/1ウォン=0.12円)を個人が寄付でき、その50%を手数料としてOhmynewsが取ることになっている。
原稿料は、韓国では基本的な原稿料は3段階に分かれていて、記事として採用された場合は2000ウォン(233円)、ある程度影響力があると判断した場合は10000ウォン(1165円)、トップ記事として掲載する場合は20000ウォン(2330円)を支払っている。。また海外からニュースを送信した場合は、プラスアルファーしている。
日本では、扱いの大小によって1本につき2,000円/1,000円/300円の3段階の原稿料となっている。(源泉引後)
要は単純化すればオーマイニュースのインカムは広告費であり、アウトは市民記者への原稿料、システム運用費、広告費等、その他事務所経費などであるが、常勤で抱える記者は既存のメディアに比べて相当少ないため、(韓国で現在40名程度とされている。常勤:非常勤(市民記者)の比率は1:1000にも達していることになる)固定費は相当少ないと予想される。また原稿料も、仮に試算として2,000円の原稿料を支払う記者が毎日50名発生したとしても、月額で300万円程度であるが、実際にはもっと少ないだろう。通常メディアで相当量を占めると思われる取材費は、市民記者の記事に関しては基本的に支払われないため、比重は少ない。かなり身軽な事業形態であることが予想される。
(登録する市民記者の立場からするとどうだろうか。採用率がどのくらいかはまだ不明だが、毎日熱心に投稿したとして、週に2本程度が採用されたとすれば、月額で僅か16,000円くらいにしかならない。ちなみに韓国ではどうかというと、報酬システムが違うので(投げ銭システムなど)何ともいえないが、最高で有名な大学の教授が書いたコラムに対して4000万ウォン(466万490円)が支払われたという記録があるというが、一般的にオーマイでは、「金銭よりも名誉」が重んじられるという。)
これも他でも言われていることだが、乱暴かつ単純に言ってしまえば、「オーマイニュース」とは、原稿を書いて掲載されることを「名誉」と考え、安い原稿料にめげずにせっせと投稿する市民記者と、それら市民記者の係累、友人などが生み出す膨大なアクセスに見合った広告料との差異を利益とするモデルであるということになる。市民参加型メディアなどと言われる一方で、こうしたある意味「調子のいい」利益構造を、オーマイニュースは根源的に持っている。
当初から鳥越編集長以下、編集部が「どんな記事でもいいですから市民記者になって書いてください」と呼びかけるのも必然であり、市民記者の投稿とそのアクセス数があってこそのオーマイニュースなのであり、質は置いておいても、とにかく市民記者の数が集まらない限りオーマイニュースは立ち行かない。
(そうして集まった市民記者でも公に通用する記事が書ける実力を持った者はごく少数であるのは明らかになっているが、その歩止まりを考えれば、なお一層数が必要になってくる)
ま、このあたりは復習の部類である。
今回大きな問題が発生したのは、投稿される原稿のレベルの管理に関わる件であると思われるが、そのリスクについて、次のエントリー以降で考察してみる。
参考資料:【特別企画】韓国市民記者ビジネスを追う――オーマイニュース( ASCII24)
2006 08 30 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック
August 26, 2006
仔猫殺しに思う----自らの両手を血に染めて得られるものなどない
既にあらゆる場所で話題になっているところに、そう新たな視点は入れ難いが、この記事を読んで最初に思ったことは、「命に対する恣意」は、果たしてこの世に存在しうるのか、私たちはそれを「許されているのか」ということ。これは宗教でも何でもない。
問題の記事はこれ。
こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。
世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。
動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。
そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、
そこに放り投げるのである。
タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。
草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、
野鼠などの死骸がころころしている。
子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。
自然に還るだけだ。
子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。
仔猫が可哀相だと言われればその通りだけれど、坂東眞砂子氏の論理はそれ以前に何箇所も論理破綻している。このあたりの破綻のほとんどはあちこちで指摘されているから触れないが、最大の論理破綻は、「命に対するコントロールは、一定基準の下では許容される」という彼女の思想にあるのではないだろうか。
平たく言うなら、ある一定の条件がそろえば、それが仔猫であれ、成犬であれ、人であれ、その命をコントロール=消滅させることが我らに許されるのかということ。で、僕はそれはできないと思っている。
では、なぜできないのか。
命を恣意的にコントロールすることが許されない理由を問うことは、だいぶ前に論じられた「なぜ人を殺してはいけないのか」に通じることだと思っている。で、この場合人と猫は、等しく「命」という次元に括られ、本質的な差はないと思う。
生き物が他の生をなぜ絶ってはいけないのか。その本当の理由は、おそらく生態系の必然にある。つまり、捕食を除いて、他の生き物の生をコントロールすることは、元来この世界は許されていない。この「許されていない行為」を強行すれば、かならずその反作用を引き受けなければならない。自分に帰ってくる。精神的、あるいは肉体的に、その本人を痛めつける。その痛みを選択するなら、それはマゾ的快感でしかない。
あるいは報復を受ける。その精神に対して内面的に。
あるいは権力によって暴力的に。
坂東眞砂子氏は、あたかも「あらゆる痛み」を引き受けるようなことを言っているが、そうしたことを口にすること自体が、氏の病を、氏自身の救いのために露悪していることであり、そうした追い詰められた心理(=公共のメディアで不要なことを敢えて発言し、その報いを引き受ける(ように振舞う)こと自体が既にある種の彼女の無残であり、破綻である。表現者としての奥のほうでの敗北でもあると思う。
こうした破綻=痛みを引き受けるなどと軽々しく言うが、元来彼女が猫を飼わなければ済む程度のことを、何かそこに人類にとって普遍の深い真実があるかのように思い込み、あるいは信じ込み、あるいは信じた風を装う。なぜこうしたことをご本人はしなければならないか。そもそも仔猫を殺す「くらい」のことを引き受けて一体この世の何が変わるのか、人心の何が変わるのか。自らが救われるか。
最初に戻れば、恣意的に、自分の勝手な判断で他の生命を絶つ自由は、その自らの生を、危うくするという意味において、あるいは簡潔に言えば、その生が幸福に生きるという至極自然な使命を全うする上で、障害以外の何者でもない。繰り返すが他の生命を絶つ理由は、この世のあらゆる生き物にとって(捕食以外)存在し得ないと思っている。
その猫を「飼うこと」が、=その命の生死与奪の全権を握ることではない。
にもかかわらず、その痛みを引き受けた、あるいは引き受けた(と称する)全ての試みは欺瞞であり、そもそもこの世に必要のないものである。不要なものの度合いとしては、かつてのオウム真理教の「ポア」と同じであるとも思う。
その大原則から出発するのが議論の筋であり、その大原則の前では、猫の避妊に関しても、無辜の仔猫の殺戮に何がしの正当性もない。
誰も自らの両手を血に染めて得られるものなどないのである。
2006 08 26 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(15) | トラックバック
August 24, 2006
岡本太郎「明日の神話」が汐留の俗世から語っていた1969年など
岡本太郎の壁画「明日の神話」が汐留の日テレブラザに、今月一杯展示されるていると、人づてに聞いたので、見に行ってきた。この汐留のエリアは、最近とんと見に行っていなかったのだけれど、一言で言うと、まあ新日テレのお膝元ということもあり、相当に俗っぽいエリアであったわけだが、そうした環境に「原爆炸裂後の希望」を描いたというこの壁画が収まっている様は、ミスマッチの如くでもあり、いやそれがマッチだという考え方もあるであろうとも思え、不思議な経験をした。
1969年、岡本太郎は万博の太陽の塔の製作をする傍らで、メキシコオリンピックを当て込んで建築されていたホテル「オデル・デ・メヒコ」に掲げるためにこの壁画「明日の神話」を製作していた。
ところが、その後ホテルは経営上の問題に接し、完成を見ることなく放置され、壁画も行方不明になっていたものを、2003年になって岡本太郎のパートナー岡本敏子によって発見され、公開されることになったという。
「明日の神話」は原爆の炸裂する瞬間を描いた、岡本太郎の最大・最高の傑作である。
猛烈な破壊力を持つ凶悪なきのこ雲はむくむくと増殖し、その下で骸骨が燃え上がっている。悲惨で残酷な瞬間。
逃げ惑う無辜の生きものたち、虫も魚も動物も、わらわらと画面の外に逃げ出そうと、健気に力をふりしぼっている。
第五福竜丸は何も知らずに、死の灰を浴びなが鮪を引っ張っている。
(中略)
タイトル「明日の神話」は象徴的だ。
その瞬間は、死と、破壊と、不毛だけをまきちらしたのではない。残酷な悲劇を内含しながら、その瞬間、誇らかに「明日の神話」が生まれるのだ。
岡本太郎はそう信じた。この絵は彼の痛切なメッセージだ。絵でなければ表現できない、伝えられない、純一・透明な叫びだ。
この純粋さ。リリカルと言いたいほど切々と激しい。
(後略)
----パンフレットより「岡本敏子の序文」
1969年、大阪万博の開催を目前にしてこの国は騒然としていた。70年安保闘争のさ中。東大安田講堂陥落、アポロ11号の月面着陸、新宿フォークゲリラなどの騒然とした世相、そしてその当時の革命前夜のような異常な状態が小学校の授業にまで及んでいたということなど、この頃の時代の私的経験については、おぼろげな記憶を元に以前
アポロが月に行ったことを含め、確かなことは何一つない。(BigBang)
で書いたが、「革命勢力」からすれば、日本万国博は「唾棄すべき」権力の象徴であり、反万博闘争というのがあり、その象徴として岡本の太陽の塔は、1970年4月26~5月3日の7日間、赤軍を名乗る男によって「左目」が占拠されるという事件が起きている。
そんな時代にあって岡本太郎は、同時期にメキシコで、こうした創作活動をしていたわけであるが、件のホテルもやはりメキシコオリンピックと言う近代商業主義を象徴する(と反万博勢力からすればみなしたであろう)行事に乗ろうとして破れ、その後壁画も放置されることになったあたり、何やら複雑な因縁を感じる。
思えば岡本太郎と言う人物の創作の姿勢には、いつもこうした国家的規模の開発や行事が見えており、滑稽なまでにエキセントリックな個性の捉え方もあり、当時の一般的な日本人の感覚からすれば、すぐれた芸術家ではあるが、いささかトンデモな言動をする人であるという捉え方がされていたことも事実である。
「芸術は爆発だ」
「グラスの底に顔があっても良いじゃないか」
などと、彼が目を剥いて迫ってくるTVCMの映像は、岡本太郎のこうしたトンデモな個性を過度に強調した嫌いはあり、それらを目撃してきた僕などからすれば、岡本太郎が生きていた頃にこの人物がほとんど見えておらず、死してその偉大さを社会も「再評価」しているようにも感じ取れるのであるが、どうだろう。もちろん岡本の影に岡本敏子という最大の理解者があったことは重要であり、この壁画も彼女の「再発見」無しには、ここにはなかった。
冒頭に書いたような「俗な空間」の中で、壁画は当然ながら異彩の存在感を持っていたわけであるが、展示のあり方としては、周りにカフェなども配置され、というよりもカフェや大道芸も演じられる広場に佇立し、ステージの上にあがって、壁画を鼻先に見つめることもできる。
ステージに上がって暫し作品を凝視するものがあれば、記念写真を撮るもの、黙って腕組みをして立ち尽くす若者など。
自分とこの壁画が、孤独に向かい合う夏の夕暮れ・・などというものが実現できればそれはそれであろうが、この俗な空間で人々が思い思いに壁画と向かい合っている様を見るのも、これはこれで興味深いものである。
果たして究極の絶望の中から生まれてくる希望とはどんなものなのだろうか。核の破裂などと言う究極の絶望から立ち上がれるなど言う岡本の「妄想」を信じていいのだろうか、その「究極の絶望」と、我らの今直面している「卑小な現実の絶望」とは、何が異なるのだろうか。
そんなことを考えながら、壁画前面に左から激しく走る赤と、中央にたぎる太陽のような骸骨を、そして画面下におもちゃのように配された第五福竜丸を、かれこれ1時間ほども見ていただろうか。
とは言っても、壁画と対峙する時間の半分ほどは、正面に向かい合うドーナツ屋の2Fの席に座っていた私なのであるから、ここで展示空間の俗を厭ういわれも資格もないのであるが。
展示は8月31日まで。
2006 08 24 [文化・芸術] | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック
August 17, 2006
靖国神社はどうなのというかどうなんだ---常勤霊と非常勤霊とか
うーん。ネット外の私的出来事のストレスで、個人的には非常に調子が悪いのだが、というか最悪なのだけれど、このタイミングで書かないとまた1年になりそうなので、よっこらしょだけれど書いておこう。(貧家に火をつけないでもらいたいけれど、)首相の靖国参拝に関する見解は、すでに何度も書いていることもあり、もはや言うべき言葉もない。
一昨日の8月15日の小泉首相の参拝は、ここに至っては予想された事態であり、そのこと自体にそう新しい意味があるとは思えないし、中韓でも既に脱力と共に予想されていた範囲内の対応であったようで、小泉政権の末期に遭って、ほとほとこの首相の頑迷さには呆れ果てているのは不本意ながらこちらも同じであり、次政権に期待をつなぐしかないといったところ。
覚悟の中韓、視線はポスト小泉 靖国参拝
(前略) 首相参拝の前夜、韓国政府関係者の情報が、携帯メールで韓国の外交、メディア関係者に出回った。「朝7時 参拝。9時 外交通商省抗議声明。11時 駐韓大使招致 こんな段取りです」受けた一人は首をかしげた。「シナリオが決まっている外交摩擦とは、何とばかばかしい」
韓国政府には14日までに「終戦の日の参拝決行濃厚」のサインが日本側から届いた。日本外務省幹部も15日、この日に首相が靖国を参拝する可能性があると中韓両国に事前に伝えていたことを明らかにした。 (後略)
(朝日新聞 2006年8月16日)
まあ、みんな疲れているわけで、中韓に決して同意するわけではないが、お疲れ様。(いかんなどうも今日は投げやりで)
それよりも、文芸春秋の上坂冬子氏と、靖国神社前宮司の湯澤貞氏の「禅問答」が愉快であったというか奇妙であった。湯澤氏に比べると上坂氏が、非常に「まともで現世的に」見えるからおかしい。
●上坂冬子連続対談「前宮司に問う「靖国神社の謎」(文芸春秋8月号)
【その1 イギリスとコソボ自治州】
(日露戦争で亡くなった常陸丸のイギリス人船長たちまで合祀しているのかという上坂氏の問いに対して)
湯澤「いえ、ジョン・キャンベル船長らは日本人ではありませんので、祀られてはおりません。乗船していた日本兵は本殿に祀られていますが。」
上坂「えっ。違うんですか。当時の新聞によれば、靖国に祀られたと報道されていましたよ」
湯澤「正確には、靖国神社の境内に、常陸丸の殉職記念碑があります。ご遺族が集まられると、記念碑の前に御霊をお招きしてお祀りし、その後にお帰りいただく・・・(後略)
上坂「その形式では、「靖国神社にお祀りされている」ことにはならないのですか。」
湯澤「イギリスの方の御霊が常に靖国におられるわけではないので、祀られているのとは異なります。」
上坂「では、同じ境内にある「鎮霊社」の場合はどうなります?(中略)さらに驚いたことには湾岸戦争やユーゴのコソボ自治州の紛争などで亡くなった、外国の犠牲者も鎮霊社に祀られている。(中略)コソボ自治州の方たちも、一時的に鎮霊社にお招きして、またお帰りいただくということですか」
湯澤「いえ、鎮霊社のお社にはずっとおられます。しかしこの場合も「靖国神社に祀られている」ということにはなりません。(後略)」
上坂「何が何だかわからなくなってきました(笑)(後略)」
【BigBangが学んだこと】
●靖国神社の境内にあるからといって、「靖国神社に祀られている」とは限らない。
●ジョン・キャンベル氏らイギリス人の霊は、必要なときだけ境内の殉職慰霊碑に「やってきて」「お招きして」「お帰りいただく」。
●コソボ自治州の被害者の霊などは「鎮霊社」に常駐しておられる。(コソボはイギリスよりも交通の便が悪いと見える。)
●BigBangも「何が何だかわからなくなってきました」
【その2 マンションと駐車場とビの字】
上坂「(靖国の敷地が3万坪と聞いて)たとえば隅の方にマンションを建てて、収入源とするのは禁止されているのでしょうか?(笑)」
湯澤「マンションは無理かと思いますが、駐車場は何箇所か経営しています。道路をはさんだ反対側の土地は、生命保険会社にお貸ししているので、その地代は蓄えています。」
上坂「じゃ、貧乏ではないんですね」
湯澤「貧乏のビの字くらいでしょうか。(笑)(後略)」
【BigBangが学んだこと】
●マンションは駄目だが駐車場で儲けるのは良い。
●生命保険料の一部が靖国神社の地代になっている。
●靖国神社は貧乏のビの字くらい。
【その3 立派な鳥居】
(上坂、靖国から神道色を外すことは考えられないかという問いに続けて)
上坂「せめて神社を象徴する鳥居だけ外すことは可能ですか。」
湯澤「それは無理ですね。あの大鳥居は先千年はもつといわれている立派なものですよ」
上坂「では鳥居はそのままで、靖国神社の敷地内に十字架や仏像を建てることは?」
湯澤「いや、敷地内は無理でしょう。お社の姿を変えてはなりませんから」
上坂「では隣の敷地をつなげるとか・・(後略)
湯澤「・・・(前略)ただ、現在の憲法下では難しいということはもう一度申し上げておきます」
【BigBangが学んだこと】
●靖国の大鳥居がもつかぎりは、鳥居は外せない。それはおそらくあと千年先。
●靖国の敷地内に十字架や仏像を建てることは「憲法違反」。(聞くほうも聞くほうだが)
結構面白いでしょ。
まあ、面白いところだけ抜粋したんだろうと言われればその傾向もあるが、関心のある向きは罰当たりなどと言わずお読みくだされ。
真面目に書くつもりでいたのだが、何だかネタ記事のようになってしまった。これも私的混乱の現われと看過されたし。真面目な記事(?)はむしろ以下を。↓ この件ほとほと疲れたよ。
【参考記事】(いずれもBigBang)
●ナショナリズムも合理的かつ未来志向で願いたい。--靖国神社参拝問題に関して
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2004/12/post_1.html
●横丁のオヤジの繰言は聞きたくない--靖国神社参拝問題に関して
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2005/05/post_a194.html
●靖国参拝は犬の散歩ではない----参拝私人論の不自然
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2005/10/post_3857.html
●ナベツネに何が起きているのか(1)----靖国で朝日と共闘宣言
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/01/post_75c7.html
●富田メモ・昭和天皇発言をどう読むか
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/07/post_e0a6.html
2006 08 17 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(10) | トラックバック
August 12, 2006
「世田谷一家殺人事件」と11日の朝日報道の真意
【前記事】
「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について(BigBang)
11日の朝日新聞で「警視庁、異例の論評・世田谷一家殺人事件描いた本」とし、警視庁が7月19日に、警視庁が当該書の記述に関して異例のコメントをしたという記事が出たので、再度触れる。
問題を指摘したのは(1)侵入方法(2)殺害方法 (3)被害者の致命傷 (4)けがを負った被疑者の治療方法 (5)パソコン操作(6)残された指紋 (7)遺留品 (8)逃走方法 (9)被害者らの当日の行動 (10)被害者の親族 ----の計10点に関する記述。
本には、犯人が一家を殺害後、室内のパソコンを使って仲間とメールをやりとりした/侵入したのは男3人---などのくだりがある。これに対し、捜査一課は、犯人が「劇団四季」などのウェブサイトに接続した形跡はあるが、メールをやりとりした跡はなく、現場の状況から侵入は男1人と断定している。(2006年8月11日 朝日新聞)
ちなみにメールとネットの箇所は「世田谷一家殺人事件」書中ではこのように記されている。
Hは、そのパソコンからいくつかのサイトにアクセスした。ある研究所(埼玉県内)、ある化学工場(宮崎県内)、ある研修施設(被害者宅近く)、まずこの三ヶ所にアクセスした。
(中略)
カシャカシャカシャ・・・軽やかにキーボードを叩く音が続く。Hは報告と追求を交えてメールを打ち込んでいた。
(中略)
2人のどちらかが見つけ出してきたバニラのアイスクリームを、犬のように貪った。報告を済ますと、そのメールをアドレスごと削除した(BigBang注:おそらく匿名アドレスのアカウントを削除したという意味か)。・・・・・・・・そして面白半分にいくつかのサイトをサーフした。
(世田谷一家殺人事件)
また以下はWikipedia。
# 2階の浴室では、浴槽の中に書類などが散乱しており、このことから犯人が家の中を物色して不必要な物を浴槽に捨てたことが考えられる(浴室の中で仕分けしていた可能性もある)。また、2000年正月分の年賀状だけなくなっていた。
# 2階の居間では、ソファーにカード類、その近辺には手帳や運転免許証など生年月日の分かる書類などが仕分けされていた。
# 犯人が1階にある被害者のパソコンを操作した可能性がある。通信記録を解析した結果、犯行時刻以降から翌朝午前10時過ぎまで数回に渡りインターネットに接続されていたことが判明した。一方で、パソコンの電源ケーブルは発見時には抜け落ちており、マウスは被害者以外の人物によって触れられたような形跡があった。
* 犯人がパソコンを操作していたことが事実だとすると、犯行時刻の午後11時30分ごろから、義母が一家4人の遺体を発見する数十分前に当たる午前10時過ぎまで、犯人は半日近くもの間、被害者宅に潜んでいたことになる。
* 接続先は被害者の会社のサイトから、大学の研究室のサイトや科学技術庁のサイトなど専門色の強いサイトまで含まれていた。また、犯人は劇団四季(被害者があらかじめパソコンに登録していた)の舞台チケットを予約しようとして失敗した可能性がある。
* 当初はこれらの通信記録が犯人によるものではなく、インターネットのサイト情報を自動的に拾ってくる「巡回ソフト」によるものという見方もあった。(世田谷一家殺害事件(Wikipedia))
*前記事で私が触れた「書類」とは、この2階に捨てられていた書類である。
それはともかく、少々不可解なのは、今になって警視庁の見解を記事にした朝日新聞の意図である。
既に7月19日にこうした記事も出ている。(朝日新聞の当時の記事は確認していない)
世田谷一家殺人事件本に警視庁がコメント
東京都世田谷区の会社員宮沢みきおさん(当時44)ら一家4人が殺害された事件を題材にして、6月に出版された「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」(斉藤寅著、草思社)に対し、警視庁捜査1課は19日、「内容は全般にわたり根本的に事実と異なる」との異例のコメントを発表した。
同書は侵入や殺害方法、被害者の致命傷のほか、犯人が自分で行った治療行為やパソコン操作などを具体的に記述。遺留指紋や遺留品、逃走方法、被害者の当日の行動などについて「新事実」として記している。
捜査1課によると、同書に書かれた侵入から逃走に至る各場面はことごとく事実と異なり、誤解を生じさせる恐れが極めて高く、今後の捜査に悪影響を及ぼすことが懸念されるため、あえてコメントしたとしている。
草思社と斉藤氏は「本書は著者が取材の過程で知り得た情報をありのまままとめたもので、あくまで事件解決の一助となることを願って出版したものだ。捜査を妨げる意図はまったくない」とコメントした。(7月19日・日刊スポーツ)
今朝になって、なぜ朝日新聞が7月19日の発表に関して再度触れたのかは、記事を読む限りはっきりしない。
記事後半では、著者の斉藤寅さんが、以前は週刊新潮の記者をしており、草思社以前に雷韻出版に原稿を持ち込んでいたが、同社山田社長によれば報道内容と異なる点を指摘しているうち、連絡がとれなくなったとしている。山田社長は出版する約束を破られたので、斉藤氏を相手に民事訴訟の準備中だとか。また斉藤氏は朝日新聞の取材依頼に対しては「ノーコメント」を貫いているなどの情報が掲載されている。
あるいはこのあたりが新しい材料なのかとも思うが、この時期に再度後追いするほどの材料があるとも思えず、ちょっとこのあたり桜田門からのプッシュが再度あったのかなあ、とも思わせられるのであるが。
2006 08 12 [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
August 10, 2006
「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について
「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」が出版されてから3ケ月ばかりがたったが、読了したのはつい最近のことである。この本のことがひどく気になっていたのは、事件があまりに有名で、凄惨過ぎるからだけではない。
殺された経営コンサルタントの宮澤みきおさんとは面識はなかったが、ある仕事の関連で自分に近い線に繋がるものがあったからであり、そのことは、事件後の一時、僕とその頃の仕事仲間にちょっとした騒ぎを引き起こした。その「つながり」については、おそらくここで具体的に書くことができない種類のことであり、詳細は避けるが、事件後犯人が宮澤さんの自宅の風呂場で撒き散らした大量の書類により、僕たちはそのことを知ることになり、一部の仲間が警察に聴取されるに及んで、僕たちの間の騒擾は極まった。
当時僕たちの前に現れた刑事が追っていた線は、この本に書かれていることとは全く別方向の調査であり、つまり彼の仕事上のトラブルが、この事件の原因となった可能性についての調べ。その延長方向に我々の存在があった。
宮澤さんの関わっていた、一部の大きな仕事の利権に関する疑義がその背景にあり、おそらく警察にしてみれば、何千、何万のつぶしていったルートの1つであったに過ぎなかったかも知れず、一般市民であるこちらの衝撃に比べれば、プロが平常心で触れていった約束事の可能性のチェックにしか過ぎなかったのであろう。この件はその後、際立った流れに繋がったという話は一切出ていない。おそらく、というか、見当はずれであったことを祈る。
しかしながら、しばらくの間、凄惨な現場の風呂場に自分の関わった書類が散乱しているイメージは、僕の心の一隅に確かに場所を占めていたことがあり、親しい仲間や知人が深く関わっていることがなければよいが、と祈ったことを思い出す。
それだけにこの書籍を、隅から隅まで読んだのもむべなるかな、というところであるが、著者は事件の主犯を日本に巣を張りつつある外国人シンジケートの犯行であることの決定的な証拠をつかんだとして、その解明の足跡を綴っている。最終的には彼らの写真と氏名までたどり着いているが、本人たちの現在の所在にタッチするところまではいっていない。取材の過程は非常にリアルで説得力があり、警察組織がどんな情報を、どのように割愛し、あるいは闇に埋もれさせていくかという描写は、スリリングで興味深い。警察機構の非合理的な理不尽さについて深く思いを沈殿させられるのである。
犯人が犯行後に長く宮澤さんの家に留まり、インターネットを使い、アイスクリームを食うという奇行に走ったことにも、おぼろげながらその理由が推測されている。インターネットを駆使し、大変な数の人間が闇の中で互いに名も知らぬまま、結びつき、凶悪な犯罪に手を染めるケースは、おそらく真実存在しているものであろうし、いきずりの金目当ての犯行であると断じる姿勢にも難はつけがたい。
だが、冒頭に書いたような、宮澤さんのあの頃抱えていた仕事の中に、死をも招きかねない可能性のある活動が、一方で存在していたこともまた事実であり、それがたとえ犯行の原因に実際には寄与していなかったとしても、彼の人生と死の裏にまつわる「背景」の一部であったことは間違いない。具体的なことを書けないので、一般的に言えば、日本における80年代から90年代の狂乱の時代と言うのは、心底日本人は皆狂っていたのであり、ひとかどの仕事をしようともがいていた人間であれば、みな金と死の傍らに生きていることから、逃れることは出来なかったということだ。この本にはその観点からの分析は少ない。
我々のちょっとしたパニックも、裏を返せばそうしたあの頃の仕事のやり方や、人と人の関わりの周辺に、こうしたひどい事件が起きた「かもしれない」ことの可能性を、頭から否定する者は誰もいなかったからである。つまり「もしかしたらありうる」と皆が思ったから、余計に皆の間に驚愕が走ったのである。
実際に自らの命を絶つ形では、何人も身近に死んでいったし、疲れて倒れていった。そうした「死」と「金」の匂いの側で踊る緊張感は邪悪極まりないとは言え、それが確実にあの頃の社会の様相の一つだったのであり、興奮の一環であった。浅ましかったといえばそれまでであるが、その「浅ましさの深さ」を知っている者はその後の人生でそれを長い時間かかって自覚していって、その延長に今日があるように思う。
思えば、外国人シンジケートも、狂おしいほどに金だけを根拠にする人間たちの悲しいつながりであることを思えば、事件の核が、仮に著者の言う通りの真実にあったとしても、僕たちの吸っていた空気から何千億光年も離れた世界の話ではない。
それはあの時代を生き抜いた僕の仲間であれば、皆口には出さないけれど心の奥で知っている世界であり、実に我々がボーダーを歩いていたことであると、思えてならない。
今でも、現場付近を通ると、夏でも冷え冷えとした感覚を味わうが、その感覚を僕やあなたが早く忘れることが出来るために、そして宮澤さん一家の魂が真に休まることができるために、事件の一日も早い解明を祈る。
2006 08 10 [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック
August 04, 2006
クソガキの覗き込んだ奈落-----亀田戦に想う
明らかにいつもと違った目つきになっていた。ラウンドを重ねるごとに、あのビッグマウスの面影は薄れ、自分のコーナーに戻ってくる目つきはうつろ。あるいは恐怖さえ浮かんでいた。今までの試合と決定的に何かが違う。
ファン・ランダエタの老練なテクニック。ガードしてもしてもその間を潜り抜けてくる確実なヒット。固めても固めても叩かれるボディ。一方で自分が時折繰り出すワンツーは、ことごとく相手にガードされて届かない。
亀田の目には明らかに恐怖が浮かんでいた。
とにかくビッグマウスでここまで注目を浴びてきたクソガキである。ボクシング素人の父親が、ヤンキーな子供たちに施した独自のトレーニングにマスコミが飛びついた。それに一家そろってのビッグマウスぶりが、話題を煽った。
どこかで皆、亀田の真の実力に不安を覚えていたのだが、それを言うのにはばかられる雰囲気があった。
それに、何といわれようと、あの一家は底抜けに自由に生きていたのである。
そう、このタイトルマッチに気持ちよく負けてしまえば、クソガキ一家の精神の自由は保たれた。いやそのはずだった。
ところが。
クソガキは世界チャンプの称号と引き換えに、汚い商業主義の奈落に堕ちた。
亀田一家のクソガキ伝説は終わったのだ。
クソガキが、クソガキとして社会に凛として立っていられるのは、社会に対する徹底した反逆と虚勢にある。人間が生きていく以上収入が必要であり、あるいはスポンサーが必要であり、吸い込む空気が必要であり、飲み下す水が必要だ。
それらがあたかも存在しないかのように振舞うこと。
つまり底抜けの、究極の虚勢と無責任だけが、人をクソガキとして世界に立たせてくれるのである。
畢竟、人は本来、社会の経済体制にどっぷり飲み込まれながら生きるのであり、それ以外の選択肢はないのだから。
どんなクソガキにも、終わりは来るのだ。
問題になるとすれば、その終わり方であろう。亀田は悲劇的なスキームでクソガキ伝説に終止符を打たされた。
自らの意思というよりも、周りを取り囲む汚い奴らが、二重三重に包囲して、亀田のクソガキ伝説を終焉に向かわせたのである。
ここでクソガキとしての命は終わろうと、亀田の前にはいよいよ、人間としての厳しい未来が開けている。疑惑の汚いチャンプで終わるか、真の英雄になるか。
少なくともはっきりしていることは、今までのような上っ面のタコツッパリで乗り切れるほどの甘い世界ではないということであり、その奈落に若干19歳の少年は確実に否応なく片足を突っ込んだということである。
亀田はそれを受けて立たなければならない。そこはおそらく虚勢が通用しない世界である。
で、我らは我らの仕事をしよう。
仕事とは何か。
当たり前のことが、当たり前に評価される世界を構築することである。
クソガキがクソガキのままで、いつか幸福な大人の時間を迎えることができる社会を作ることである。
あなたが少しでも、かつてのクソガキの記憶を持っているなら、その意味はわかるであろう。
【参考リンク】
19歳の亀田興毅さんが、その人生を賭けて、私たちに教えてくれたこと(切込隊長Blog)
2006 08 04 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック
August 01, 2006
地平線近くの太陽--「歓びを歌にのせて」を観て
あっち方向では考えていることも、迷っていることも多いのだけれど、なかなか言葉にしにくい。というわけで、関係のないことを書いてみる。
ストックフォルムに行ったのはもう15年くらい前になる。その頃の仕事は、今とは違ってあちこちに忙しく移動することも多かったので、その延長にたまたま、ストックフォルムがあった。ストックフォルムはぎりぎりで白夜にならないことは最近知ったが、そのとき太陽はやはり一晩中、地平線付近をさ迷う様に徘徊していたが決して沈まなかった。
で、夜中にホテルの窓を開け、夕方のようにしか思えない薄明の街並みを見たときには、それは想像するほど楽しい気分でもなかったのである。まさにその頃仕事にも、仕事の人間関係にも、ぎりぎりまで追い詰められていたこともあり、異国情緒を楽しむ余裕もなかったこともある。
その後こうして生きているということは、その仕事も、その仕事上の人間関係も、きっと「どうにかなった」のだろう。では「どうなった」のか、それはもう覚えていない。
で本題。
最近ビデオで観た「歓びを歌にのせて」はスウェーデン映画である。(ストックフォルムの薄暗い街を思い出したのは、きっとそのせいだろう。)ある名を馳せた指揮者の心の再生の物語といっていいだろうか。いい思い出のない故郷に、疲弊し果てて帰ってくる主人公の造形は、「ニュー・シネマ・パラダイス」のトトを思い出す。もっとも本作品の主人公、ダニエルはおそらくトトよりも、深く傷ついており、そんな彼が故郷の村の聖歌隊の指揮者になり、かつて純然として音楽にかけていた心を取り戻していくという物語である。
と言う風に書くと、物語の組み立てとしては、あるパターンに添っていることは確かなのだが、ラストシーンの表現が何ともかんとも、収まりが悪いというか、落ち着かないというか個性的。関心のある向きは映画を見てください。
で、スウェーデンという国は一方で性的に解放されているとばかり思われているのであるが、その一方で大変に保守的な社会を持つ国でもある。訪れたときにも、よそ者に簡単に心を開かない国柄のようにも、思えた。フランスやイギリスで味わうような、黄色人種への差別意識とは違う。もっと彼らの側に深く内在する、他者を容易に寄せ付けない感覚のようなものがあり、それがこの映画の舞台である保守的な村、ユースオーケルの雰囲気にも色濃く反映されているように思ったのが、所詮旅行者。一定の期間住んだわけでもなく、話をしたスウェーデン人と言えば、僕がヤケになってかけた日本への国際電話代の破滅的な値段に、呆れ果てていた、ホテルのフロントの女性くらいしかいないのだから、これ以上賢しらぶることはできないのでスウェーデン論はこのくらいにする。
で、この映画を見て思ったことは結局のところ、人はどん底まで落ちたときには、自分を救うことばかり考えていては、もう一度浮かび上がることはできないのではないかということである。ただ浮かび上がったところところで、そこにあるのはパラダイスとは限らないのだが、そこで見るのが例え荒れ果てただけの世界であっても、やはり浮かび上がってみるべきなのである、と思った。
「歓びを歌にのせて」は2005年のアカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたという。肌触りは変わっているが見る価値はある映画であると思う。









