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August 31, 2006

「ことのは」・夏の終わりに

朝から日差しがきついが、気がつけば今日は8月31日だ。夏休みも今日で終わり・・と、東京にいる僕などは連想するが、もともと北の地方ではとっくに学校は始まっているのではないかな。東京でも最近公立の小学校が早めに始まる地域もあり、夏休みの終わりというのが正確にいつを指すのかはわからない。でもまあ、旧例に従えば9月1日はもう夏ではないのだろうな。

というわけで、久しぶりに「ことのは」のことを書く。で、「夏の宿題」だけに縛られると話が端的になるので、ちょっとまだ書いていない最近の話あたりから書くことにする。

7月の終わりに、psycho78氏からメールをもらった。ちょうど、例の誕生日問題の後で、こっちも血が上っていたときでもあり、また届いたメールのトーンが、(漢字交じりとはいえ 笑)まさにさいこたんだったので、コノヤロと思い正直あまりとりあわなかった。ところが、はてなを巻き込んでばたばたしている間に、psycho78がこのメールの内容に結構こだわっているように思えてきた。で、それはあまりはっきりとしたことは書いていなくて、謎掛けのような文章だったんだけれど、どうもある会社の登記を確認しろというようなことではないかと僕は受け取った。で、例の東山出版の会社の登記について、世田谷の法務局に確認に行ったんだが、それは宿題の記事に追記したとおり。

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「ゴミため」から投げつけられた毒饅頭----オーマイニュースは大丈夫なのか(2)

●堀江ライブドアと何が違うのか--自由の名のもとに

広告収入を確保するために、係累のアクセス数を確保する必要があり、そのために1人でも多くの市民記者を募っているに過ぎないと「オーマイニュース」を切って捨ててしまったらおそらく鳥越編集長からも、大株主の孫正義氏からも異論が出ることだろう。

孫正義氏は「Web2.0時代が呼んだ新メディア 自由のプラットホームづくりで意気投合」
という表題の記事の中で、このように語っている。

呉代表とお会いして早々、私たちは意気投合することができた。インターネットの将来性、そしてインターネットだからこそできる新しいメディアの形について議論し、あるべき理想像について語り合った。そして私は、呉代表の掲げるコンセプト、つまり「市民みんなが記者」、「21世紀における言論の自由のプラットホームをつくる」という考えに全面的に賛同し、オーマイニュース日本版の立ち上げに出資することを決めた。

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August 30, 2006

「ゴミため」から投げつけられた毒饅頭----オーマイニュースは大丈夫なのか(1)

オーマイニュースで起きた、アクセストップ記事への「釣り疑惑」は未だ真偽は確定していないが、個人的には洒落にならない印象を持っている。
ここまでの経緯が報道されている通りであれば、鳥越氏が「ゴミため」と評した2ちゃんねるから、典型的な「左」を装った記事が作為的に市民記者=2ちゃんねらーから意図的に投稿がされ、幼稚な内容であったにも限らず、それがそのまま編集部のチェックを通ってしまい、あろうことか初日のアクセストップをとってしまったことになる。
(※この事実を指摘した記事のほうが「釣り」であるという説もある)

これはオーマイニュースの運営の基本と信頼を崩壊させかねない。重大な事態であると思う。この週末には、ブロガーとの懇談会も開催されるというが、この問題を考えるにあたって、そもそもオーマイニュースとは何なのか、今更ではあるが、自分の確認も含めて、あらためて全体を総覧してみた。

【参考】
2ちゃんねらーに釣られたオーマイニュース編集部(オーマイニュース)

オーマイニュースとは一体何なのか。

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August 26, 2006

仔猫殺しに思う----自らの両手を血に染めて得られるものなどない

既にあらゆる場所で話題になっているところに、そう新たな視点は入れ難いが、この記事を読んで最初に思ったことは、「命に対する恣意」は、果たしてこの世に存在しうるのか、私たちはそれを「許されているのか」ということ。これは宗教でも何でもない。

問題の記事はこれ

こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。
世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。
動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。
そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、
そこに放り投げるのである。
タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。
草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、
野鼠などの死骸がころころしている。
子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。
自然に還るだけだ。
子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。

仔猫が可哀相だと言われればその通りだけれど、坂東眞砂子氏の論理はそれ以前に何箇所も論理破綻している。このあたりの破綻のほとんどはあちこちで指摘されているから触れないが、最大の論理破綻は、「命に対するコントロールは、一定基準の下では許容される」という彼女の思想にあるのではないだろうか。

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August 24, 2006

岡本太郎「明日の神話」が汐留の俗世から語っていた1969年など

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岡本太郎の壁画「明日の神話」が汐留の日テレブラザに、今月一杯展示されるていると、人づてに聞いたので、見に行ってきた。この汐留のエリアは、最近とんと見に行っていなかったのだけれど、一言で言うと、まあ新日テレのお膝元ということもあり、相当に俗っぽいエリアであったわけだが、そうした環境に「原爆炸裂後の希望」を描いたというこの壁画が収まっている様は、ミスマッチの如くでもあり、いやそれがマッチだという考え方もあるであろうとも思え、不思議な経験をした。

1969年、岡本太郎は万博の太陽の塔の製作をする傍らで、メキシコオリンピックを当て込んで建築されていたホテル「オデル・デ・メヒコ」に掲げるためにこの壁画「明日の神話」を製作していた。
ところが、その後ホテルは経営上の問題に接し、完成を見ることなく放置され、壁画も行方不明になっていたものを、2003年になって岡本太郎のパートナー岡本敏子によって発見され、公開されることになったという。

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August 17, 2006

靖国神社はどうなのというかどうなんだ---常勤霊と非常勤霊とか

うーん。ネット外の私的出来事のストレスで、個人的には非常に調子が悪いのだが、というか最悪なのだけれど、このタイミングで書かないとまた1年になりそうなので、よっこらしょだけれど書いておこう。(貧家に火をつけないでもらいたいけれど、)首相の靖国参拝に関する見解は、すでに何度も書いていることもあり、もはや言うべき言葉もない。

一昨日の8月15日の小泉首相の参拝は、ここに至っては予想された事態であり、そのこと自体にそう新しい意味があるとは思えないし、中韓でも既に脱力と共に予想されていた範囲内の対応であったようで、小泉政権の末期に遭って、ほとほとこの首相の頑迷さには呆れ果てているのは不本意ながらこちらも同じであり、次政権に期待をつなぐしかないといったところ。

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August 12, 2006

「世田谷一家殺人事件」と11日の朝日報道の真意

【前記事】
「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について(BigBang)

11日の朝日新聞で「警視庁、異例の論評・世田谷一家殺人事件描いた本」とし、警視庁が7月19日に、警視庁が当該書の記述に関して異例のコメントをしたという記事が出たので、再度触れる。

問題を指摘したのは(1)侵入方法(2)殺害方法 (3)被害者の致命傷 (4)けがを負った被疑者の治療方法 (5)パソコン操作(6)残された指紋 (7)遺留品 (8)逃走方法 (9)被害者らの当日の行動 (10)被害者の親族 ----の計10点に関する記述。
本には、犯人が一家を殺害後、室内のパソコンを使って仲間とメールをやりとりした/侵入したのは男3人---などのくだりがある。これに対し、捜査一課は、犯人が「劇団四季」などのウェブサイトに接続した形跡はあるが、メールをやりとりした跡はなく、現場の状況から侵入は男1人と断定している。(2006年8月11日 朝日新聞)

ちなみにメールとネットの箇所は「世田谷一家殺人事件」書中ではこのように記されている。

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August 10, 2006

「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について

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「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」が出版されてから3ケ月ばかりがたったが、読了したのはつい最近のことである。この本のことがひどく気になっていたのは、事件があまりに有名で、凄惨過ぎるからだけではない。

殺された経営コンサルタントの宮澤みきおさんとは面識はなかったが、ある仕事の関連で自分に近い線に繋がるものがあったからであり、そのことは、事件後の一時、僕とその頃の仕事仲間にちょっとした騒ぎを引き起こした。その「つながり」については、おそらくここで具体的に書くことができない種類のことであり、詳細は避けるが、事件後犯人が宮澤さんの自宅の風呂場で撒き散らした大量の書類により、僕たちはそのことを知ることになり、一部の仲間が警察に聴取されるに及んで、僕たちの間の騒擾は極まった。

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August 04, 2006

クソガキの覗き込んだ奈落-----亀田戦に想う

明らかにいつもと違った目つきになっていた。ラウンドを重ねるごとに、あのビッグマウスの面影は薄れ、自分のコーナーに戻ってくる目つきはうつろ。あるいは恐怖さえ浮かんでいた。今までの試合と決定的に何かが違う。
ファン・ランダエタの老練なテクニック。ガードしてもしてもその間を潜り抜けてくる確実なヒット。固めても固めても叩かれるボディ。一方で自分が時折繰り出すワンツーは、ことごとく相手にガードされて届かない。
亀田の目には明らかに恐怖が浮かんでいた。

とにかくビッグマウスでここまで注目を浴びてきたクソガキである。ボクシング素人の父親が、ヤンキーな子供たちに施した独自のトレーニングにマスコミが飛びついた。それに一家そろってのビッグマウスぶりが、話題を煽った。
どこかで皆、亀田の真の実力に不安を覚えていたのだが、それを言うのにはばかられる雰囲気があった。
それに、何といわれようと、あの一家は底抜けに自由に生きていたのである。

そう、このタイトルマッチに気持ちよく負けてしまえば、クソガキ一家の精神の自由は保たれた。いやそのはずだった。

ところが。

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August 01, 2006

地平線近くの太陽--「歓びを歌にのせて」を観て

Yorokobi

あっち方向では考えていることも、迷っていることも多いのだけれど、なかなか言葉にしにくい。というわけで、関係のないことを書いてみる。

ストックフォルムに行ったのはもう15年くらい前になる。その頃の仕事は、今とは違ってあちこちに忙しく移動することも多かったので、その延長にたまたま、ストックフォルムがあった。ストックフォルムはぎりぎりで白夜にならないことは最近知ったが、そのとき太陽はやはり一晩中、地平線付近をさ迷う様に徘徊していたが決して沈まなかった。

で、夜中にホテルの窓を開け、夕方のようにしか思えない薄明の街並みを見たときには、それは想像するほど楽しい気分でもなかったのである。まさにその頃仕事にも、仕事の人間関係にも、ぎりぎりまで追い詰められていたこともあり、異国情緒を楽しむ余裕もなかったこともある。

その後こうして生きているということは、その仕事も、その仕事上の人間関係も、きっと「どうにかなった」のだろう。では「どうなった」のか、それはもう覚えていない。

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