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August 10, 2006

「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について

Seta_1 

「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」が出版されてから3ケ月ばかりがたったが、読了したのはつい最近のことである。この本のことがひどく気になっていたのは、事件があまりに有名で、凄惨過ぎるからだけではない。

殺された経営コンサルタントの宮澤みきおさんとは面識はなかったが、ある仕事の関連で自分に近い線に繋がるものがあったからであり、そのことは、事件後の一時、僕とその頃の仕事仲間にちょっとした騒ぎを引き起こした。その「つながり」については、おそらくここで具体的に書くことができない種類のことであり、詳細は避けるが、事件後犯人が宮澤さんの自宅の風呂場で撒き散らした大量の書類により、僕たちはそのことを知ることになり、一部の仲間が警察に聴取されるに及んで、僕たちの間の騒擾は極まった。

当時僕たちの前に現れた刑事が追っていた線は、この本に書かれていることとは全く別方向の調査であり、つまり彼の仕事上のトラブルが、この事件の原因となった可能性についての調べ。その延長方向に我々の存在があった。
宮澤さんの関わっていた、一部の大きな仕事の利権に関する疑義がその背景にあり、おそらく警察にしてみれば、何千、何万のつぶしていったルートの1つであったに過ぎなかったかも知れず、一般市民であるこちらの衝撃に比べれば、プロが平常心で触れていった約束事の可能性のチェックにしか過ぎなかったのであろう。この件はその後、際立った流れに繋がったという話は一切出ていない。おそらく、というか、見当はずれであったことを祈る。

しかしながら、しばらくの間、凄惨な現場の風呂場に自分の関わった書類が散乱しているイメージは、僕の心の一隅に確かに場所を占めていたことがあり、親しい仲間や知人が深く関わっていることがなければよいが、と祈ったことを思い出す。

それだけにこの書籍を、隅から隅まで読んだのもむべなるかな、というところであるが、著者は事件の主犯を日本に巣を張りつつある外国人シンジケートの犯行であることの決定的な証拠をつかんだとして、その解明の足跡を綴っている。最終的には彼らの写真と氏名までたどり着いているが、本人たちの現在の所在にタッチするところまではいっていない。取材の過程は非常にリアルで説得力があり、警察組織がどんな情報を、どのように割愛し、あるいは闇に埋もれさせていくかという描写は、スリリングで興味深い。警察機構の非合理的な理不尽さについて深く思いを沈殿させられるのである。

犯人が犯行後に長く宮澤さんの家に留まり、インターネットを使い、アイスクリームを食うという奇行に走ったことにも、おぼろげながらその理由が推測されている。インターネットを駆使し、大変な数の人間が闇の中で互いに名も知らぬまま、結びつき、凶悪な犯罪に手を染めるケースは、おそらく真実存在しているものであろうし、いきずりの金目当ての犯行であると断じる姿勢にも難はつけがたい。

だが、冒頭に書いたような、宮澤さんのあの頃抱えていた仕事の中に、死をも招きかねない可能性のある活動が、一方で存在していたこともまた事実であり、それがたとえ犯行の原因に実際には寄与していなかったとしても、彼の人生と死の裏にまつわる「背景」の一部であったことは間違いない。具体的なことを書けないので、一般的に言えば、日本における80年代から90年代の狂乱の時代と言うのは、心底日本人は皆狂っていたのであり、ひとかどの仕事をしようともがいていた人間であれば、みな金と死の傍らに生きていることから、逃れることは出来なかったということだ。この本にはその観点からの分析は少ない。

我々のちょっとしたパニックも、裏を返せばそうしたあの頃の仕事のやり方や、人と人の関わりの周辺に、こうしたひどい事件が起きた「かもしれない」ことの可能性を、頭から否定する者は誰もいなかったからである。つまり「もしかしたらありうる」と皆が思ったから、余計に皆の間に驚愕が走ったのである。

実際に自らの命を絶つ形では、何人も身近に死んでいったし、疲れて倒れていった。そうした「死」と「金」の匂いの側で踊る緊張感は邪悪極まりないとは言え、それが確実にあの頃の社会の様相の一つだったのであり、興奮の一環であった。浅ましかったといえばそれまでであるが、その「浅ましさの深さ」を知っている者はその後の人生でそれを長い時間かかって自覚していって、その延長に今日があるように思う。

思えば、外国人シンジケートも、狂おしいほどに金だけを根拠にする人間たちの悲しいつながりであることを思えば、事件の核が、仮に著者の言う通りの真実にあったとしても、僕たちの吸っていた空気から何千億光年も離れた世界の話ではない。

それはあの時代を生き抜いた僕の仲間であれば、皆口には出さないけれど心の奥で知っている世界であり、実に我々がボーダーを歩いていたことであると、思えてならない。

今でも、現場付近を通ると、夏でも冷え冷えとした感覚を味わうが、その感覚を僕やあなたが早く忘れることが出来るために、そして宮澤さん一家の魂が真に休まることができるために、事件の一日も早い解明を祈る。

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Comments

こんにちは。
事件の起きた場所の近くに、
昔、住んでいたことがあるので、
事件発生について大きく驚いたものです。

---

さておき、
>日本における80年代から90年代の狂乱の時代
私は幼い経験、
あるいは追体験でしか、
考えることはできないのですが、
小説なんかを読むと、おどろな時代を感じます。

ども。警察から修正情報が出ていますね。今日の朝日・・後からちょっと書きますが。

「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」
本をきっかけにいろんなブログで話題になってますね。 http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/1032.html
「主犯」と「実行犯」ネットで連絡か 世田谷一家惨殺事件 その書き込みはまず、事件直前の昨年12月26日午後3時39分に、 「J9」なる人物が「Hさんへ 今回の仕事では『残虐行為手当て』は 付与しますか?」 と書き込み。同日午後4時半ごろ「H」が「バナナは 果物のためオヤツに入りません」 と返答している。

初めまして。
考察の深い記事、いつも楽しく拝読しております。

この事件に関して、遺産相続絡みの噂があったと思うのですが、もうそちらの線はなくなったのでしょうか。
ふと、思い出したもので…。

>遺産相続絡みの噂

後からあげた「この悲しみの意味を知ることができるなら」を書かれた姉の方はそれを完全に否定しておられます。機会があればお読みいただければ。

お書きになっているのは、宮沢さんが社会に出て間もない頃のことでしょうか。
ごく最近になってこの事件のことをもっと知りたいと思うようになりました。
おすすめの入江さんの本を読んでみようかどうしようか、他の人の感想を求めて検索しているうちに、こちらにたどり着きました。読んでみます。v

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