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August 17, 2006

靖国神社はどうなのというかどうなんだ---常勤霊と非常勤霊とか

うーん。ネット外の私的出来事のストレスで、個人的には非常に調子が悪いのだが、というか最悪なのだけれど、このタイミングで書かないとまた1年になりそうなので、よっこらしょだけれど書いておこう。(貧家に火をつけないでもらいたいけれど、)首相の靖国参拝に関する見解は、すでに何度も書いていることもあり、もはや言うべき言葉もない。

一昨日の8月15日の小泉首相の参拝は、ここに至っては予想された事態であり、そのこと自体にそう新しい意味があるとは思えないし、中韓でも既に脱力と共に予想されていた範囲内の対応であったようで、小泉政権の末期に遭って、ほとほとこの首相の頑迷さには呆れ果てているのは不本意ながらこちらも同じであり、次政権に期待をつなぐしかないといったところ。

覚悟の中韓、視線はポスト小泉 靖国参拝
(前略) 首相参拝の前夜、韓国政府関係者の情報が、携帯メールで韓国の外交、メディア関係者に出回った。「朝7時 参拝。9時 外交通商省抗議声明。11時 駐韓大使招致 こんな段取りです」

 受けた一人は首をかしげた。「シナリオが決まっている外交摩擦とは、何とばかばかしい」

 韓国政府には14日までに「終戦の日の参拝決行濃厚」のサインが日本側から届いた。日本外務省幹部も15日、この日に首相が靖国を参拝する可能性があると中韓両国に事前に伝えていたことを明らかにした。 (後略)

(朝日新聞 2006年8月16日)

まあ、みんな疲れているわけで、中韓に決して同意するわけではないが、お疲れ様。(いかんなどうも今日は投げやりで)

それよりも、文芸春秋の上坂冬子氏と、靖国神社前宮司の湯澤貞氏の「禅問答」が愉快であったというか奇妙であった。湯澤氏に比べると上坂氏が、非常に「まともで現世的に」見えるからおかしい。

●上坂冬子連続対談「前宮司に問う「靖国神社の謎」(文芸春秋8月号)

【その1 イギリスとコソボ自治州】

(日露戦争で亡くなった常陸丸のイギリス人船長たちまで合祀しているのかという上坂氏の問いに対して)

湯澤「いえ、ジョン・キャンベル船長らは日本人ではありませんので、祀られてはおりません。乗船していた日本兵は本殿に祀られていますが。」

上坂「えっ。違うんですか。当時の新聞によれば、靖国に祀られたと報道されていましたよ」

湯澤「正確には、靖国神社の境内に、常陸丸の殉職記念碑があります。ご遺族が集まられると、記念碑の前に御霊をお招きしてお祀りし、その後にお帰りいただく・・・(後略)

上坂「その形式では、「靖国神社にお祀りされている」ことにはならないのですか。」

湯澤「イギリスの方の御霊が常に靖国におられるわけではないので、祀られているのとは異なります。」

上坂「では、同じ境内にある「鎮霊社」の場合はどうなります?(中略)さらに驚いたことには湾岸戦争やユーゴのコソボ自治州の紛争などで亡くなった、外国の犠牲者も鎮霊社に祀られている。(中略)コソボ自治州の方たちも、一時的に鎮霊社にお招きして、またお帰りいただくということですか」

湯澤「いえ、鎮霊社のお社にはずっとおられます。しかしこの場合も「靖国神社に祀られている」ということにはなりません。(後略)」

上坂「何が何だかわからなくなってきました(笑)(後略)」

【BigBangが学んだこと】

●靖国神社の境内にあるからといって、「靖国神社に祀られている」とは限らない。
●ジョン・キャンベル氏らイギリス人の霊は、必要なときだけ境内の殉職慰霊碑に「やってきて」「お招きして」「お帰りいただく」。
●コソボ自治州の被害者の霊などは「鎮霊社」に常駐しておられる。(コソボはイギリスよりも交通の便が悪いと見える。)
●BigBangも「何が何だかわからなくなってきました」

【その2 マンションと駐車場とビの字】

上坂「(靖国の敷地が3万坪と聞いて)たとえば隅の方にマンションを建てて、収入源とするのは禁止されているのでしょうか?(笑)」

湯澤「マンションは無理かと思いますが、駐車場は何箇所か経営しています。道路をはさんだ反対側の土地は、生命保険会社にお貸ししているので、その地代は蓄えています。」

上坂「じゃ、貧乏ではないんですね」

湯澤「貧乏のビの字くらいでしょうか。(笑)(後略)」

【BigBangが学んだこと】

●マンションは駄目だが駐車場で儲けるのは良い。
●生命保険料の一部が靖国神社の地代になっている。
●靖国神社は貧乏のビの字くらい。

【その3 立派な鳥居】

(上坂、靖国から神道色を外すことは考えられないかという問いに続けて)

上坂「せめて神社を象徴する鳥居だけ外すことは可能ですか。」

湯澤「それは無理ですね。あの大鳥居は先千年はもつといわれている立派なものですよ」
上坂「では鳥居はそのままで、靖国神社の敷地内に十字架や仏像を建てることは?」

湯澤「いや、敷地内は無理でしょう。お社の姿を変えてはなりませんから」

上坂「では隣の敷地をつなげるとか・・(後略)

湯澤「・・・(前略)ただ、現在の憲法下では難しいということはもう一度申し上げておきます」

【BigBangが学んだこと】

●靖国の大鳥居がもつかぎりは、鳥居は外せない。それはおそらくあと千年先。
●靖国の敷地内に十字架や仏像を建てることは「憲法違反」。(聞くほうも聞くほうだが)

結構面白いでしょ。

まあ、面白いところだけ抜粋したんだろうと言われればその傾向もあるが、関心のある向きは罰当たりなどと言わずお読みくだされ。

真面目に書くつもりでいたのだが、何だかネタ記事のようになってしまった。これも私的混乱の現われと看過されたし。真面目な記事(?)はむしろ以下を。↓ この件ほとほと疲れたよ。

【参考記事】(いずれもBigBang)

●ナショナリズムも合理的かつ未来志向で願いたい。--靖国神社参拝問題に関して
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2004/12/post_1.html

●横丁のオヤジの繰言は聞きたくない--靖国神社参拝問題に関して
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2005/05/post_a194.html

●靖国参拝は犬の散歩ではない----参拝私人論の不自然
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2005/10/post_3857.html

●ナベツネに何が起きているのか(1)----靖国で朝日と共闘宣言
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/01/post_75c7.html

●富田メモ・昭和天皇発言をどう読むか
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/07/post_e0a6.html

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Comments

 すみません。トラックバックがだぶってしまいました。ひとつ削除してください。
 それにしても、宗教家と「普通の人」との会話は常に落語になってしまうのに、それを笑い飛ばさないマスコミの姿勢も不気味に思えます。

こんにちは。5号館さん。そちらの記事も興味深く拝見しました。「お招きして」「お帰りいただく」のは本殿に祀られている英霊に関しては駄目なんでしょうね。(常駐も常駐ですから。240万体1体とか言ってますし)もっとも、A級戦犯だけ非常駐にされて、首相参拝の時だけは「お出かけになっています」などとやられても困りますが。

 こんにちは。

 リンクして引用させていただきました。

 このいろんな意味での「噛み合わなさ」は何なんでしょうね。どう解きほぐしていけばいいのか。

 明らかに国家的宗教であったものを、一私人だと言い張って、しかし総理大臣が半ば国家的行事であるかのように大事にしてしまう。あまりに突っ込みどころが多すぎて、「何かおかしいんじゃないか」って思う人の足並みが揃っていない感じを受けています。

 個人的には、政教分離以外の批判は必要なくて、むしろ他の批判は論理的に間違っているのではないかとさえ思うのですが、あまりにいろんな意味があの場所にはあって、そう言い切れるのかにも迷いがあるというところでしょうか。

たまたま、司馬遼太郎の「街道をゆく・芸備のみち」を読んでいて、靖国について触れた部分がありました。
「神道でまつった靖国神社を、民間の宗教法人であることから国家へうつそうとする暴挙が企てられている。近代というのはひとびとがもつさまざまな価値観を容認する社会のことで、明治国家神道というひとつの信仰形態にすぎないものを、ひとびとの税金で運営されている国家に移そうなどというのは、中世末期の封建領主の思想とかわらない」
神仏霊魂、こういうものが関わる限り、国家のマターとしては、相応しくないのだと思います。
霊魂が靖国にいるとかいないとか、信じている人は信じればいいですが、国家が関わる事業としては慰霊は相応しくありませんね(顕彰ならばともかく)。
いざ、靖国を国営化するとなれば、更に諸々の喜劇的な現象が生じるでしょう。喜劇が「まともなこと」として流通してしまうのは国民にとっては悲劇ですが。

>>ボクシングファンさん

>個人的には、政教分離以外の批判は必要なくて、むしろ他の批判は論理的に間違っているのではないかとさえ思うのですが、

私はあえて靖国のトンデモ部分を持ってきましたが、基本的には同感です。

参拝に関して首相が必ず持ち出すのが憲法19条に謳われている「思想及び良心の自由」です。ボクシングファンさんには釈迦に説法ですが、本来権力に対する国民の対抗権利であるはずのこの条文を、ほかならぬ最高権力者が、自らの行為を正当化するために利用しているという、とんでもない状況があります。

一方で、おっしゃるとおり憲法20上の政教分離原則があります。

法律家にとっての大きな責務は、靖国参拝に関して、この2つの条文の比較考量を的確に明確に、示すことだと思うのですが、いかがでしょうか。現在のところ、法律家がこの責務を十分に果たしているとはいえない。メディアも非常に混乱した報道をしているように思えます。

>>standpoint1989さん

>神仏霊魂、こういうものが関わる限り、国家のマターとしては、相応しくないのだと思います。
霊魂が靖国にいるとかいないとか、信じている人は信じればいいですが、国家が関わる事業としては慰霊は相応しくありませんね(顕彰ならばともかく)。

政教分離とは何であるのかを、最近よく考えています。今までは、特定の宗教への国家権力の庇護を廃する、ある種の平等原則と、当然戦前の国家神道=絶対権力としての天皇制批判への基盤であると理解していたのですが、このごろちょっと違うことを考えるようになりました。

それは、現代国家において、非合理的性=たとえば靖国のこのような信仰が権力と共に共存できるのか、というようなことです。

元来国家は祭祀と共にあり、天皇は日本国家における最高の祭司でありました。国家存立の基盤には、どの国でもある種の神話性、物語性があったことは言うまでもなく、そこに国家が宗教と共にある論理基盤があったわけですが、果たして現代国家におけるそれが、依然として必要なのでしょうか?

私は、現代国家がこのような非合理性の傍らに寄り添うことは、無意味なばかりか、害すらあると思えてならないのですね、

国家はむしろ国益に関して非常なまでに「合理的」であるべきであり、その国家の現代的な責務の前に、国家神道のような、前近代的な宗教が貢献できることはほとんどないのではないか。とすら思います。

こうした歴史的思考は、standpoint1989さんのほうがはるかに精緻に分析できると思いますけれど。

>ほとほとこの首相の頑迷さには呆れ果てているのは不本意ながらこちらも同じであり、次政権に期待をつなぐしかないといったところ。

 いやぁ、次期政権のほうが更に頑迷だと思いますけど。
 何を基準にどこをどう期待するのか知りませんけど、小泉路線じゃない系の期待をするなら、2,3世代後まで待ったほうがいいんでない?

 ただまあ、小泉たんと違って安倍たんは痛い爆弾抱えてらっしゃるでしょうから、そのへんをツンツンしたらあっさり黙っちゃうかもしれんですね。

 で。

 「期待」の中に「痛い爆弾をツンツンしてでも黙らせればいい」が入ってるとするなら・・・あんまりいい態度とは言えないかもしれませんね。そんな感じ。

 相変わらずというか、気に入らない発言や暴言があったとき「殴る」「黙れ」「人として失格」「BigBangさんは優しいから許すけど他のヤツだったら許さない」とか、そういう系統の発言がやたら出てますね。

 ここはそういう地区ですか?

>そういう系統の発言がやたら出てますね。

そうですか?どのあたりを指して、そう言われているのかちょっとわかりませんが、最近は落ち着いているほうかと思いますけれど。

↑とりああえずトップページから見られるところを見たら幾つか散見されたんで、そんな感じ。
 時間の問題で言えば、確かに最近落ち着いてるでしょうね。

 なんていうか、ノリノリで宜しいですね。そんな感じ。頑張って。

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