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August 04, 2006

クソガキの覗き込んだ奈落-----亀田戦に想う

明らかにいつもと違った目つきになっていた。ラウンドを重ねるごとに、あのビッグマウスの面影は薄れ、自分のコーナーに戻ってくる目つきはうつろ。あるいは恐怖さえ浮かんでいた。今までの試合と決定的に何かが違う。
ファン・ランダエタの老練なテクニック。ガードしてもしてもその間を潜り抜けてくる確実なヒット。固めても固めても叩かれるボディ。一方で自分が時折繰り出すワンツーは、ことごとく相手にガードされて届かない。
亀田の目には明らかに恐怖が浮かんでいた。

とにかくビッグマウスでここまで注目を浴びてきたクソガキである。ボクシング素人の父親が、ヤンキーな子供たちに施した独自のトレーニングにマスコミが飛びついた。それに一家そろってのビッグマウスぶりが、話題を煽った。
どこかで皆、亀田の真の実力に不安を覚えていたのだが、それを言うのにはばかられる雰囲気があった。
それに、何といわれようと、あの一家は底抜けに自由に生きていたのである。

そう、このタイトルマッチに気持ちよく負けてしまえば、クソガキ一家の精神の自由は保たれた。いやそのはずだった。

ところが。

クソガキは世界チャンプの称号と引き換えに、汚い商業主義の奈落に堕ちた。
亀田一家のクソガキ伝説は終わったのだ。

クソガキが、クソガキとして社会に凛として立っていられるのは、社会に対する徹底した反逆と虚勢にある。人間が生きていく以上収入が必要であり、あるいはスポンサーが必要であり、吸い込む空気が必要であり、飲み下す水が必要だ。

それらがあたかも存在しないかのように振舞うこと。

つまり底抜けの、究極の虚勢と無責任だけが、人をクソガキとして世界に立たせてくれるのである。

畢竟、人は本来、社会の経済体制にどっぷり飲み込まれながら生きるのであり、それ以外の選択肢はないのだから。
どんなクソガキにも、終わりは来るのだ。

問題になるとすれば、その終わり方であろう。亀田は悲劇的なスキームでクソガキ伝説に終止符を打たされた。
自らの意思というよりも、周りを取り囲む汚い奴らが、二重三重に包囲して、亀田のクソガキ伝説を終焉に向かわせたのである。

ここでクソガキとしての命は終わろうと、亀田の前にはいよいよ、人間としての厳しい未来が開けている。疑惑の汚いチャンプで終わるか、真の英雄になるか。
少なくともはっきりしていることは、今までのような上っ面のタコツッパリで乗り切れるほどの甘い世界ではないということであり、その奈落に若干19歳の少年は確実に否応なく片足を突っ込んだということである。

亀田はそれを受けて立たなければならない。そこはおそらく虚勢が通用しない世界である。

で、我らは我らの仕事をしよう。
仕事とは何か。

当たり前のことが、当たり前に評価される世界を構築することである。
クソガキがクソガキのままで、いつか幸福な大人の時間を迎えることができる社会を作ることである。

あなたが少しでも、かつてのクソガキの記憶を持っているなら、その意味はわかるであろう。

【参考リンク】

19歳の亀田興毅さんが、その人生を賭けて、私たちに教えてくれたこと(切込隊長Blog)

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Comments

>あの一家は底抜けに自由に生きていたのである。

そうでしょうかね~?
実態は、コワイ連中のズブズブ底なし沼の中で身動きとれなくなってるんじゃないですか?w
もはや指詰めた位じゃあ抜け出せないのでは?w

SMさん、どうも。

>あの一家は底抜けに自由に生きていたのである。


「ある時点までは」と加えるべきかもしれませんね。

本件は、
biaslookさんが凄いよ。
もしも知りたければ、彼のトコを読むべきです。
(って、どこかの名無しさんみたいな言い方でゴメン(´・ω・`))

>けろめん。
行ってきました。確かにがーっと集積しているけれど、細かく読むのが怖くなるような情報も・・。隊長も言っているアノ筋方面というのは、どれほどの確度なんだろうねえ。

あ、それから今後はずっと「けろ麺」?

ども。隊長の記事をはてブした人のその他のはてブ先(って言い方で分かるかしらん)をちょっとチェックした程度ですが、僕が見た中では↓この辺が真に迫ってました、多分。
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20060803#1154577293
あとこっちもちょっとお薦め(パンツがどうとか、無駄に筆が滑っている所もありますが…orz)。
http://www.fujiwarashinya.com/talk/

katshiさん、どうも。前者はもう読んでいましたが、どうなんですかね。隊長の文も多分に、特に後半のシメの部分と、前列に座っていた人たち・・云々のところから先にはなかなか評価がしづらいところです。「何かがある」可能性を示唆していても、実際の情報が憶測で構成されているので。リンク先も同じですね。
後者は、なかなか面白かったです。確かに筆の滑り方があっちの方にいっちゃってますけれどね。
(おっとこれ、藤原新也のサイトなんですね。コメント書き終わってから気がついた・・・へえ。)

それはともかく、何か大きな事件や出来事があったときに、主要メディアを拾い読みするよりもブログの拾い読みをしたほうがはるかに雑多な情報が拾えることが当たり前になったということを今回も実感します。もちろん玉石混交の情報の中から選択していくメディアリテラシーが求められるわけであり、主体的に情報をとっていく場合、に限られますが。

試合後のランダエタの妙に悟りきったような、淡々とした態度も確かに気になるところではあります。

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