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September 11, 2006

オーマイニュースの広報感覚はどうだったのか---シンポジウムに関してもう少し

さて、先日のオーマイニュースのシンポジウムは、事前の告知を見る限り、

4.主催・協力 オーマイニュース、早稲田大学GITI・境研究室、Future Planning Network(フューチャープランニングネットワーク)、ブロガー有志ほか

となっている。
まず、一体主催はどこであったのかという問題があって、ここに羅列された全ての団体が主催なのか、それとも主催は当然オーマイニュースであって他の団体は協力と言うことであったのか、シンポジウムに出席した私にも、そのへん定かではないのだが、ともあれオーマイニュースを主体としながらも、多分にボランティアードな運営がなされていたようである。

とはいえ、だ。

本来、広報コンサルのプロフェッショナルであるはずの平野日出木編集次長を擁しながらの仕切りの悪さについては、下記のエントリーでも触れられている。

いずれ消えゆく人 3(黒崎夜話)

編集次長の平野氏は、広報コンサルが得意であると言われるが
(#黒崎夜話:コメント欄参照:http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/22825303.html#comment)、
意図的かどうか、今回の早稲田でのシンポにおいてそれは全く機能していなかった。
意図的でないとすればその腕も問われよう。
佐々木氏の発言を抑えることもできず、ボスである鳥越氏に対しても公の場で一枚岩でないことを繰り返し暗示している。
実質的に冷笑を浴びせるような誘導もある。
果たしてこれが広報の重要な目的のひとつでもある「ブランド戦略」に沿うものか、私ははなはだ疑問であった。
通常の組織、ある程度お堅い会社であるならば、その責は後に問われても不思議ではない。

全く同意である。

実際聴衆の前での鳥越氏、佐々木氏、そして平野氏の方向性があまりにもバラバラであるのみならず、互いの感情的な行き違いも、如実にネガティブプレゼンすることになってしまった、企業広報の観点ではお粗末極まりない。

オーマイニュースに対しては、非常に大きな注目が集まっている時期であり、創刊直後の非常に大事な時期である。(その意味では理由はどうあれ、鳥越氏の途中退席というのもいただけなかった)

企画に尽力されたというガ島氏と佐々木氏、そして運営を支える中心になったFPNの徳力氏の努力を軽んじるわけではないが、このシンポジウムの重要性が果たして、正しくオーマイニュース側で認識されていたかどうか。実際のところ鳥越氏にしても、それほどこのシンポジウムを重視していなかったのではないか。
このシンポジウムでのオーマイニュースの足元の乱れがこのように広くネットに発信されて認識されるに至る構造を果たして事前に意識していたかどうか。

広報という点では、オーマイ側の核は平野氏なのだと思われるが、鳥越氏もメディアリレーションの重要性は経験の中で十分に認識されているはずである。(あるいは鳥越氏のメディア観にはネットは入っていないかもしれないが、それもまた頓珍漢なことになる)
これほどまでに重要なポイントとなるシンポジウムを、なぜ明らかに事前の互いの刷り合わせを欠いた状態で、しかも運営の根本を「素人仕事」に委ねた形で強行してしまったか。

会場となった早稲田大学の教室は狭く、100人の来場者で身動きもできない状態であり、また個々のパネラーの顔も、フラットで立ち上げのないステージのためろくに見ることもできなかった。韓国に始まり世界を「驚嘆させた」メディアの日本上陸、そして「読者」たるブロガーやネットワーカーとの最初の対面であると言う、緊張感、高揚感はまるで感じられなかった。外見的には、それこそどこかの学生サークルか何かの小じんまりとした、そして「混乱した」集まりにしか感じられなかった。そして、オーマイ側のあの足並みの乱れである。

代表のオ・ヨンホ氏は会場の後方に窮屈気味に座り、横に座った通訳の逐次通訳の声は常に会場に響き、幾度か聴衆は怪訝な顔で後ろを振り返っていた。

佐々木氏は幾度か「編集部の論争をそのまま見せてしまうのがいいのではないか」という言葉を連発していた。ガ島氏にもそうした雰囲気が感じられた。おそらく事前の作為を嫌い、ことをありのままに見せることをむしろ重視したのであろう。それはわからぬでもないが、オーマイの企業広報と言う観点で考えた場合、相当まずい演出であったと言わざるを得ない。あるいはこれは広報ではなかったか。

一言で言えばこの規模の企業にしてみれば、貧弱な演出なのである。気を入れるなら然るべき会場、然るべき見せ方、然るべき運営があったのではないか。

再度、ここで誤解されないように願うが、ガ島氏や佐々木氏にケチをつけるものではない。彼らの発案があったからこそ実現した企画であろうし、その角度からは、明らかに「有益であった」。だが、企業としてのオーマイニュース側としては、これで良かったとはとても思えないということだ。7億からの資金がソフトバンクから注入された企業のプレゼンテーションとしては、極めてお粗末であったと言わざるを得ないといことなのである。これは、運営に尽力された方たちの問題ではなく、こういうスタイルを選択したオーマイ側の意識の問題であるように思う。

まあ、ガ島氏や佐々木氏は元々現状のオーマイに批判的な立場であるから、この人達に主導権を預けた時点で、ある意味予想された展開であったとも言える。

ついでに言ってしまえば、これがオーマイがネットを、そしてブロガーを、どれほど重視しているかの試金石だったように思う。つまり明らかにそれを軽く見ていたとしか思えない。
ここで見せ方を誤れば、決定的な悪評がまたたく間にネットに広がる。それは何としても防がなければならない。メディアのブランドイメージを著しく損なう危険がある。そのことの重要性に対して認識が無かったとすれば誠に残念なことである。

まあプロセスをそのまま見せてしまうことがブログ的ということであり、オーマイはここだけは非常に正しく2.0的だったという(苦笑)皮肉な見方もあろうが、結果的にオーマイのブランドイメージにいい効果をもたらしたとは思えない。

その中でも典型的な出来事が、当日のネット中継の突然の中止である。これについては早稲田の状況と合わせて、僕はちょっと別にいろいろ思うことがあるのであるが、その話は次のエントリーで書くことにする。

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Comments

オーマイニュース編集次長の平野日出木氏
「本日よりブログを書かせていただく事になりました。
よろしくお願いします。」

企業幹部向けにメッセージ作りや 危 機 管 理 広 報 などのトレーニングを行う。
http://www.me-ja.co.jp/blog/hira.php

コミュニケーションを全面解放しないブロガーと、コミュニケーションを全面解放しない市民記者媒体が、コミュニケーションを全面解放しないシンポジウムを開催しただけです。

コミュニケーションを全面解放することを謳いながら、そうでないことを指摘されなかったのだから、広報的には価値がある。イベントは大成功です。

コミュニケーションを閉じないことが、ネット時代のモラルなのに、それを実践していなブロガーや、メディア者たちが集まった。彼らは純粋ネット者ではない。ネット商人。

私は、コミュニケーションを全面解放したうえで、個別の問題をどのように解決していくか。そこにいまのネットの課題があると思っています。
コミュニケーションを一部閉じることで、全面解放していることの諸問題を避けてはならぬ。ということでしょう。

あれっすよ、オーマイはプロレス団体なんすよ。
だから内輪揉めは当たり前っつうか、パフォーマンスっすよ。

というのは、サテオキ。
普通に取引が主体の企業活動を行っている企業では考えられないですね。企業内がまとまっていない=企業外との取引がまともに行える訳がない、ですからね。
ただ、そういった企業で活動していた人たちがオーマイに居なさそうな感じも、ちらほら。

「多様な価値観を認めますよ」というアピールに使われた感じもしないではないですが、それをやるにも、もう少し「巧い」やり方があるだろうにと思いますね。

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