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September 15, 2006

Wに棲まう革命的な人々のこととオーマイニュース

この間教授の研究室に行った時にPCを見て、これではあまりに無防備であるからウィルス対策ソフトのパターンファイルの更新位してやろうとあれこれやっていたら、ふと彼が変なことを言う。

「俺のパソコンは時々誰かが覗いてるんだよな」

は?何を言っているんだろうこの人はと思ったら

「夜中に時々誰かが研究室に入ってきてさ、物の場所が変わっていることがあるし、ちょっと前だけれど。で合鍵を作られちゃってるらしいんだよな」

先生、ぼそぼそと恐ろしいことを言う。オカルトのような話だが、これはWに棲まう、あの革命的な人たちの仕業だという。何年か前、教授はちょっとしたことで彼らとの交渉の窓口にならなければならない羽目になり、徹底的に目をつけられた。何人かのプロメンバーが卒業したくないとへばりついていたのを、無理やり卒業させてしまったこともあるらしい。これが10年も前の話ではない。つい1-2年前のことである。

オーマイニュースがWからシンポジウムの実況中継に失敗したと聞いて、まず僕はこの話を思い出したのだ。ここに棲まう「革命的な人たち」のことは、誰でも知っている。だがそれは遠い過去の話だと思っていないか。

・・・は、長年にわたり早稲田大学を中心的な拠点校としてきたが、大学側は同派の影響力を排除するため、1995年7月に商学部自治会の公認を取り消し、2005年3月には社会科学部自治会の公認を取り消した。また、・・・派が主導する早稲田祭実行委員会が、長年にわたって早稲田祭の収入を同派系の偽装サークルに横流しするなどの行為を行っていたことから、大学側は1997年から2001年まで早稲田祭の開催を中止し、同派系の偽装サークルの公認も取り消した。このため、・・・派が教職員の自宅を盗聴する事件を起こすなど、大学側と・・・派との対立が激しくなっている。(Wikipediaより。一部自粛で伏字)

Wikipediaにもこのように記載されている。教職員の自宅を盗聴するくらいだから、教授の研究室の合鍵を作り、夜中に侵入するくらいは朝飯前。それをこともなげに僕に語る教授も一時は精神的にぎりぎぎりのところまで追い詰められたという。

大学には無数の教室があり無数のLANの取り口がある。それらは学内ネットワークにつながり、さらにインターネットへと出て行くのだが、オーマイニュースのシンポジウム運営班は、牧歌的にもそれらの差込口にケーブルさえ挿せば、インターネットに動画中継が可能だと思ったらしい。おそらく事前にテストもしなかったのだろう。

それは甘い。ここはW。泣く子も黙る革命的な人々の棲まう場所である。もしもそんなことがアドリブで可能なら、学内にあらゆるところに、外への盗聴カメラが仕掛けられるだろうし、おそらく教授の研究室も外部にこっそり実況中継されることだろう。夜中にあちこちのPCにカメラを仕掛けて歩けば、巨大な盗聴ネットワークの出来上がりであり、当然ながらWはそんなに甘い場所ではないのである。誰しもそのことに思い当たらなかったのだろうか。

Wの正門が常に開放されているのは有名な話で、あの広末涼子すら入ることが出来た・・・いやそうじゃなくて、開放されているかのように見える巨大な門は24時間カメラで中継されていて、「不審者」が近づけばすぐに警備員が飛んでくるのだが、この中継カメラですら外部には実況されていないのである。で、その解像度は・・(以下自粛)

僕が学生であった頃、革命的な人たちは当時、各門の横に恐ろしげな闘争の武器を積み上げながら、大学祭の前の夜に大学中を封鎖した。で、当日は幼い子供や赤ん坊の分まで、高いパンフレットを入場料代わりに売りつけて、巨万の利益を得ていた。お前らは恥ずかしくないか、愚劣なことをやるな、親はきっと泣いているぞと匿名で(さすがに怖いので)ミニコミ誌に書いたら(いいねこの響き)、どこから聞きつけたか、僕を探り当て、語学の授業のたびに出口で怖いお兄さんが待っているようになった。

記事を書いた理由を説明しろと。(いやー昔から同じ様なことをやってるな僕も)

さすがにまいってしまい、しばらく語学の授業に行かなくなって、その勢いでほかの授業にも行くのが面倒になり・・・って別に革命的な人たちのせいにするわけでもないが、後半2年はほとんど授業に出席しなくなってしまったのだった。

つまり革命的な人たちは、将来有望だった、僕の勉学のチャンスを部分的にではあるが奪うという重大な犯罪行為を行ったのである。
(いやそういう問題ではないという声もある)

実況中継に失敗したオーマイニュース編集部は、この際、当時から今に至るWの流れをよーく調べて見ると、結構面白い記事になったのになあ。70年代後半に学生をやっていて今尚このあたりをうろうろとしている私は思うのであった。


ころんでもただで起きちゃだめだめ。

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Comments

じゃぁ、どうする…。
それが市民参加型ジャーナリズムなんだと思う。

理想が瓦解しても集団が存続し続けるのはなぜか。…そこに人間の闇がある。

いままで私は批判的なことも書いてきたけど、あなたの経験を知れば、すべてに納得するし、すべてについて、いいんじゃないか。と納得します。

私もいまだ学生生活最後の長い春休みを過ごしている。
長い夏休みと宿題があってもいいんでしょうね。

どうも、スポンタさん。エントリーは読んでいますよー。(概ねですが)ところで

>いままで私は批判的なことも書いてきたけど、あなたの経験を知れば、すべてに納得するし、すべてについて、いいんじゃないか。と納得します。


すべてに?そんなに簡単に納得しないでください。


あ、w くらいな感じですから。あまり気にしないでくださいね。

虚構でしかない客観的正義を尺度として相手を指弾するのではなく、自らの主観性において相手を指弾しているという意味において納得したということです。

仔細については全貌を把握しているから納得などできるはずもなく…。

×把握しているから
○把握できるはずもなく

というとこでブログを御読みいただきありがとうございます。

黒田寛一元議長が今年の6月に亡くなられたそうですね。新左翼とは結局なんであったのかという総括がそろそろ出てきてもいいと思うのですが。

ご無沙汰しています。真魚さん。真魚さんのエントリー、なかなかコメントや呼応が出来ずにいるのですが、いつも読ませていただきつつ、考えさせられています。

>黒田寛一元議長が今年の6月に亡くなられたそうですね。

78歳だったそうですね。まあ、ご多分に漏れずこっち方面に惹かれていた時期が実はあったのですが、そういう幻想をきれいさっぱり大学時代に打ち砕かれました。

ただ、一時的な憧れと、さらに一時的な反発を越えて、考えてみたいとは思います。特に9.11以降ですが。

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