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October 31, 2006
公取委が景表法違反の疑いでソフトバンク調査-----予想外割のギリギリ落とし穴
やはりきたかという感じである。
公取委がソフトバンク調査 景表法違反か
公正取引委員会が、ソフトバンクモバイルの携帯電話の広告内容が景品表示法などに違反している疑いがあるとして、調査を始めたことが31日、分かった。公取委は30日、ソフトバンクモバイルの担当者を呼んで説明を受けた。
ソフトバンクモバイルが顧客同士の通信料金を「通話0円、メール0円」と強調しているのが景品表示法の「有利誤認」に当たる可能性があると、KDDI(au)とNTTドコモが指摘。KDDIが公取委に相談を持ち掛けていた。ドコモとKDDIは、午後9時から翌日午前零時台までの無料通話時間に制限があることなど条件の表示が小さく、顧客に誤解を与える恐れがあると主張している。
また「通話0円、メール0円」を利用する際に新たに契約が必要となり、この契約に基づく基本使用料について「定価9600円」を2880円へと大幅に割り引くとしている点に対し「そもそも定価の意味が不明」などと指摘、「不当表示」に当たるとしていた。
ソフトバンクモバイルは「公取委に説明をしたのは事実だが、法律を守っていると考えている」(広報部)と反論している。(共同)
本ブログで指摘した通りの結果であるし、ここで調べなければどこで調べるのかという感じ。CMに加えて新聞広告の特記事項・注意書きも小さい、小さい。昨今では稀にみる小ささだった。
システム障害についても、やはり2万件の転出超が主原因と伝えられた他、店頭への情報不徹底による混乱に加えてこのニュース。
今回のキャンペーンの性急な決定による準備不足と脇の甘さが一気に吹き出てきたと思わざるを得ない。ボーダフォンを買収する際の天文学的な債務の件を思えば、ソフトバンクの危機と言ってもいいだろう。
通信インフラを担うキャリア企業として、格不足を言われても止む無しの場面。
【参考記事】
ソフトバンクのCMは今も「ボーダーフォン」-----予想外割のギリギリ落とし穴
2006 10 31 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
October 30, 2006
ソフトバンクのシステムトラブルは「解約殺到」が原因?-----予想外割のギリギリ落とし穴
僕の携帯はauだし、NTTドコモにそれほど親近感を抱いているわけではないが、今回は社長と「気があった」ようで。
NTTドコモの中村維夫社長は27日 都内で会見し、2006年9月中間期の連結決算を発表した。会見では、ソフトバンクモバイルの孫正義社長が26日に始めた新しい料金プランに質問が集中、 中村社長はソフトバンクの新聞広告を手に掲げながら、「孫社長は23日に会見したときから言いたい放題言いっぱなしだが、あまりにいい加減で怒りを覚え る」と苦言を呈した。主な一問一答は以下の通り。
(中略)
――23日以降のソフトバンクの発表の仕方はどうか。
(ソフトバンクが出した新聞広告を示しながら)ゼロ円、ゼロ円、2880円なんて大きく書いてある。それに対し て、かなり重要な条件が欄外にいっぱい書いてある。「ソフトバンク孫正義」と大きく書いてあるのに注釈の字は小さい。法律的にはよく分からないが、これを 見ただけで加入した顧客は請求書を見てびっくりするのではないか。
で、それよりも驚いたニュース。
ソフトバンクの携帯契約、また停止…総務省聴取へ (YOMIURI ONLINE)
ソフトバンクモバイルによると、28日に全面停止した契約業務を、29日午前9時にいったん再開した。ところが、契約変更の申し込みが平日の3倍以上に達し、システムの処理速度が再び遅れるようになった。 このため、携帯電話会社をドコモ、KDDIの2社との間で切り替える契約変更の受け付けを正午すぎに再停止した。新規加入と機種変更の手続きは通常通り受け付けた。
顧客が殺到したので、契約受付を一時休止したとのニュースだから、今の時節、ソフトバンクへの顧客の殺到かと思いきや、このシステムトラブルにauやドコモが怒っているというので何だか変だなと思っていたら、ドコモのサイトを見るとなんとこれ。
流出=解約なんじゃないの。「流入」じゃなくて・・・
ソフトバンクモバイルとのMNP新規受付停止について 2006年10月29日
平素は、弊社のサービス・商品をご利用いただき、誠にありがとうございます。昨日10月28日に引き続き、ソフトバンクモバイル社(以下、SBM社)から弊社へ移転されるお客様の増加に伴い、SBM社のシステム処理遅延障害が発生したため、弊社携帯電話へのMNP受付を停止しております。
また、弊社からSBM社へのMNP受付につきましても現在停止しております。現在弊社からSBM社へ厳重な抗議を行い、システム回復に向けた早期対策と、抜本的な対応を求めています。
今後につきましては、SBM社のシステム回復を確認のうえ、受付を再開することといたします。お客様に対しましては、再度ご迷惑をお掛けいたしましたことをお詫び申し上げます。
何だか感情的な文面ですね。
auのサイトでもほぼ同文が掲げられている。ドコモとauが示し合わせて嘘をついていなければ、今回のシステムダウンがソフトバンクへの乗り換え客の殺到による・・というメディアの報道は違うようである。
さて、ソフトバンクを巡る混乱、収まるか。
2006 10 30 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック
October 29, 2006
ソフトバンクのCMは今も「ボーダーフォン」-----予想外割のギリギリ落とし穴
よく消費者金融や、生命保険のCMを見ていると、最終画面の下のほうに、米粒のように小さい文字が数秒映っていることがある。言うまでもなく、あそこには、契約関連で明記しなければならない条項や、例えば消費者金融であれば「借りすぎに注意しましょう」とか、告知する企業にとっては、余り言いたくないけれど、一応書いておかないと怒られるので、書いておきますよみたいなことが書いてある。
で、「通話料・メール代 \0」を繰り返し言っているソフトバンクの「予想外割」TVCMである。画面下のほうを見ると、米粒どころかノミかシラミくらいの大きさの文字が並んでいる。しかも5秒どころか3秒くらいでぱっと消える。およそ人類には全く読むことができない。絶対誰も読むことのできないものを、絶対読むことのできないような表示の仕方で表示して、あれで何かがクリアされるということ自体が不思議だが、ソフトバンクの「予想外割」の告知の仕方は、「ボーダーフォンボーダフォン」を引き継いだからでもないだろうが、それこそ「ボーダー」である。
実際には通話やメールが無料であるなどということは、ほとんどない。ということが、あの下の小さい文字にゴニュゴニょ書いてあるわけで、まあ詳しいことはここ↓
ソフトバンクの「予想外割」は本当に安いのか(ケイタイWatch)
あたりを読んでもらえればわかると思うが、要点をまとめてみる。
月額2,880円で音声通話無料、メールも無料というのが、「予想外割」のウリであるが、ざっと4箇所くらいはすぐに問題点が目につく。
(1)予想外割の核=「ゴールドプラン」は、本来、月額9,600円でソフトバンク携帯電話同士の通話が基本無料となる料金プラン。他の携帯電話会社に対しては適用されない。ソフトバンク同士のみで通話を行ない(一部時間帯を除く)、ソフトバンク同士のSMSと携帯電話番号を使ったMMSしか利用しない場合に限られる。
(2)ではなぜ月額9,600円のものが2,880円になるのかというと、2006年10月26日~2007年1月15日にかけて実施される「ソフトバンク大創業祭キャンペーン」の期間中に契約した場合の料金である。 その後はおそらく9,600円。(はっきりしない)
(3)メールが無料という言い方もおかしいのであって、正確にはSMSとMMSのみである。これをメールとひとまとめに言ってしまうのは、きわめて誤解が生じる可能性が高い。
(4)しかも時間帯にも問題がある。「無料」が適用されるのは、1日のうち約20時間。21時~24時59分の約4時間は完全な無料ではなく、この時間帯の1カ月間の累計通話時間が200分(3時間20分)を超える場合、30秒毎に21円の通話料金が発生する。
特に(4)の例外枠とされる、「高額時間帯」は、要注意である。1ケ月でたったの3時間20分。1日あたりに換算すれば、わずか7分程度でしかない。しかもこの時間帯は、若者であれば、ちょうど恋人同士だとか、友人同士で長話をしたい時間帯であろう。「安いはずの」ソフトバンクの携帯同士で長話を毎日30分程度したとすれば、オーバー分は月に700分。この700分には30秒で21円の通話料金が適用されるから、何の割引も他に使わなければ、28,000円以上もの通話料金が発生する。
『予想外割』、すべてのメール代を0円に!」というキャッチも、最初に聞くと非常にインパクトがあるけれども、実際には前述どおり、SMSやMMSのみ。「すべての」という表現は、適切であるとは言えない。
他社向け通話料は、今までの通常プランの一番安いバリューパックよりも高い設定。無料通話もない。ウィルコム定額プランと比較して、1.25倍(深夜2時~朝7時)~2.32倍(土日祝・昼間)(対固定の場合は、1.6倍~2.9倍)
(ソフトバンク・ゴールドプラン(予想外割)の落とし穴 )
まあ、その他にもスーパーボーナスプランの問題点とか、いろいろネットには出揃っているから参考にしてもらいたいけれど、ここで一言触れておきたいのは、広告表現として、誇大で不正確の部類に属さないだろうかということ。
例えば、社団法人日本広告審査機構は、広告のウソ、誇大、わかりにくいなどの苦情を受け付け、審査する機関。 (公正取引委員会の様に法的措置を取るのではなく、制作者に注意を呼びかける。とされている)今回のソフトバンクのメール0円CMあたりは、料金制度の例外規定の細かさを全くといっていいほど訴求できていないために、相当ボーダーラインであると感じるが、同審査機構たりで、何らかの働きかけをしてもいいのではないだろうか。
全ての消費者が、商品をネット、ブログ等で十分比較研究してから購入するべきであるといえば、その通りなのだが、特に携帯電話は若年層がヘビーユーザーであるだけに、CMなどで何度も繰り返される「美味しい部分」だけに惹かれて購入する可能性は高い。誤解を誘いやすいわかりにくい広告であることには間違いはない。
携帯電話では、複雑な機能や料金体系が、一目では理解できないことが多くなってきているだけに、情緒や雰囲気で訴求することは、大変に危険である。高校生の子供を持つ家庭に聞いたところでは、最近の一般の高校生の1ケ月のパケット料金は、割引適用前(定額制の料金プランを適用しないとすれば)だと、数十万円にも及ぶことが普通にみられるという。
今回のソフトバンクに関してウソ広告とまでは言わないが、関連機関は、改善勧告なり警告なりをを出してもいいケースのようにさえ思う。
【加筆】
引継ぎ会社はXボーダーフォン→○ボーダフォンという指摘を受けましたので修正しました。記事タイトルは、記事の趣旨として書いたものなので変更しません。
2006 10 29 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック
October 25, 2006
BigBangは、なぜBigBangなのか
予告しておく。誰が読んでも愉快な話ではない。
本来こういうネタははてなの方でやるんだが、このブログの話なのでここでやる。久しぶりの自分語りだから、そんな話は聞きたくねえって人は、すぐにほかへ行っておくんな。石松。
概ね書いたけれど、人と「多少異なった」幼少時代をおくった。で、それはもういい。失ったものも膨大にあるが、得たものもあるだろう。おそらく。一直線のコンプレックスや、馬鹿のような優越感に溺れる年でもない。はっきりしていることは、膨大に失ったものがあること。そして、その半面で得たものも膨大にある。それだけである。
はっきり言えば、後ろに誰もいなかった。いたのは、祖父母のみ。で、一定の年齢になれば、「あるべき家庭」に戻るはずだった。temporaryな環境で、いつかは終わるtemporaryな感覚を持ち続けた。結果的には、temporaryではなかったのだが、おそらくそれはハプニングだ。
小さな頭脳で欠損感を埋め合わせるために考えたのは、そうした背景の欠如を埋めるというよりも、それをメリットとして活用できないかということだ。つまり露骨に言うと、途中で倒れても、自分の周囲に被害が及ぶ割合が人よりも多少少ない。少ないというのは、もちろん楽しい話ではないのだが、これはメリットにもなるのではないか。人生の選択肢が、人より遥かに自由に選択できるのではないか。
そう思った。いや、思うしかなかった。
で、それから話は飛んで数十年。その思い込みは正しかったか。間違いだったか。この点は40代の男として思うところはいろいろあり、一言では言えない。言えないが、他の多くの問題と同じように、100%間違いでもなければ、100%正しくもなかった。そういう平凡な結論であり、後何年生きるかわからないが、それは今のところそういうことだ。謝謝。
話を先に進める。
ブログを始めるときに、タイトルをどうしよう。テーマをどうしようと考えて、その心情を形にしようと思った。つまり後ろを振り返ったときに何も無いこと。そして、「世間的な前提」を欠いていることを、何とかネガティブではなく、ポジティブなものにできないかということ。
元々天文少年だったということもあり、ブログのタイトルをBigBangとした。(最初BigBan ※脇の下だろとか言われて変えた。笑)書き起こしたような、おそらく他人にとってうっとおしい心理背景があったことは確かだが、それにかぶせて言えば、あらゆる前提とか、しがらみとか、そういうものから自由になろうと思った。いや、なるしかないと、そう思った。
もしも自分が「しがらみ」だとか、「世の付き合い」とか、そういうことに囚われたら、存在価値がない。ネガティブな部分だけが突出する。そうやって生きていく方法ももちろんあるけれど、それでは余りに情けない。自分にできることは、「持っている人間」にできないことを少しでもやること。そう思った。
例えばブロガーと一緒の席に居合わせる。ビールを飲む。語り合う。相手の顔を見る。喜怒哀楽に接する。何を考えているかわかる。時には、苦しい顔に接する。情がわく。思い切り情がわく。不幸なことに情がわく力は強い。
だが
だが、少なくともブログ上では、BigBangは過酷でスタンドアロンであろうと思った。それは確かにそうだ。もしも、持っている人間が、何かに囚われて、幸福や不幸を手に入れるなら、自分がそれを手に入れるためには、囚われては駄目だ。全てを敵に回しても、少なくとも、少なくともネット世界においてはそう振舞おうと思った。と思う。できたかできなかったか。それはわからないが、そうあろうと思ったときがあるということだ。
今になって思うのだけれど、このタイトルは、結果的に思わぬ「効果」を呼んだように思う。何をするかわからない破壊者、常識が通じない喧嘩野郎。そう思われても上等だとも思った。現実の自分が、細かな相手の感情の揺れにいちいち反応して、何か大切なというか、肝心な部分に甘く振舞いがちであるだけに、BigBangはそうではない。そういう風であってはいけない。そう思い続けてきた。
ところが最近になって思うのだけれど、ネット世界も必ずしも別天地ではなかった。当たり前のことだ。人間が人間として、ちょっと媒体を変えたからといって、どんな桃源郷もそこにはないし、どんな並外れた「地獄」もそこにはないのだ。そんなことがやっとわかってきた。(Web2.0への不信感はこういうところにもある)
僕は、このやり方を続けようとする限り、おそらく早晩、何かを考え直したり、反面何かに固執し続けなければならなくなるのだろう。その「無理」というか、不自然さというか、是非はともかくそういうあり方なのだろうと思う。過剰に内的な部分に何かを求めることは危ういのはわかるけれど、その危うさに対して、何か危ういのだということを言えるかどうかは、実は重要なことであるのではないかとも思っている。
ブログ上の死については、確か一度エントリーを書いた。
永遠はない。どんな人にとっても永遠に続くどんなこともないのだ。もちろん命ですら。
心からそう思う。
今更ながらそう思うが、それを常に自覚することは誰にとっても途方もなく難しく、きついことだ。
そうじゃないかい?
2006 10 25 [自分のこと] | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック
October 20, 2006
ジェンダーを超えた孤独----中村中「友達の詩」
このところiPodで中村中(なかむらあたる)というシンガーの音楽をずっと聴き続けている。iPodがいいのは、同じ音楽を異なる風景やsituationの中で聴いて何かを「確認」できることであり、その音楽を聴いている自分の精神状態というか、気持ちというか、そういうものも何度も「確認」できることにあるように思う。
さて、中村中だけれど、ご存知の方も多いと思うが、「彼女」は性同一性障害というカテゴリーが当てはまる人である。戸籍上は男性として生を受けたが、心は女性である。その後、おそらく手術などをされたのだと思うが、現在は見かけ上も、声も本当に女性そのものであり、しかも美声である。
よく伸びる高音は言うに及ばず、元来「男性であった」ので女性にはなかなか出ない、低い声も持ち続けており、その両極が彼女の声と表現に深みと奥行きを与えていると思う。
声もさることながら、15歳の時に創ったという「友達の詩」などの楽曲で強く感じるのは、やはりその透明な「孤独感」のようなものだろうか。というよりはある種の奇跡を感じさせるとさえ思う。
本来、モテ非モテ論議にしろ、何にしろ、恋愛がもたらす孤独感は、言うまでもなく愛する相手とジェンダーが異なることで生じるという、我々にとっての「常識」がある。つまり相手と通じ合えない悲しみは、一人の人間と人間として通じ合えない悲しみでは、もちろんあるのであるが、前提として我々はある種のジェンダーの溝、男性と女性の物の感じ方、考え方、そして社会的な立場の違い(ジェンダーによって生じる区別)にもたらされることが多いと思う。
恋愛や愛情が行き詰っているときは、若いときには自分と相手のたった2人の「限界」のように思えることが多いと思うが、実はその背景はある。年を重ねるにつれて、その背景はジェンダーの差意が根源となって起きる、肉体的、社会的な差であるように思えてきた。しかしそれでも、その差異の源ははっきりしているのである。
ところが、おそらく中村中のような人にとっては、この厄介な差異ですら、超えてしまっていることの厄介さであり、孤独感があるだろう。精神的な性と肉体的な性が一致していない人の孤独を理解することは残念ながら僕には到底できないのであるが、おそらくその境界を漂うやるせなさは、確として虚空に引かれたジェンダーの壁にすら翻弄される我らに想像できない、苦悩に満ちているのだろうと思う。
それであるからこそ、彼女が「友達」という言葉に込めた思いは想像もできないほど深いし、重いと思う。揺らぐ心の危うさが見えている人だけに、なんとか長く歌い続けてほしいと願う。
【参考リンク】
中村中オフィシャルサイト
2006 10 20 [音楽] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
mixiの画像表示に関する脆弱性と、上場企業としての対応のあり方
これはちょっと驚いた。
この欠陥は、mixi内でアップロードされた画像が、mixiにログインしていなくても画像のURLを指定すれば誰にでも閲覧できてしまうというもの。もっとも、数百万人の会員がいるとされるmixiでは、いずれにせよ誰にでも見られるのに等しいのだから問題じゃないという考え方もあろう。しかし、「友人まで公開」に設定している日記の画像はどうだろうか。普通のユーザなら、写真画像も「友人まで公開」だと信じて貼り付けるのではなかろうか。(ミクシィ、画像に認可制御なしの欠陥を改修できず、ヘルプで弁解(スラッシュドットジャパン))
mixiのメインコンテンツは mixi.jp ドメインで提供されているけれど、画像は img1.mixi.jp ドメインで提供されているため、正常に Cookie が飛ばないといったあたりがネックになって、なかなか改善に至らないのではないかと思います…が、いろいろやり方はあるだろうにと思います。([SECURITY] mixi にアップロードした画像ファイルが認証なしに閲覧可能な件について(葉っぱ日記))
mixiをやっている人は実験してみればいいと思うけれど、確かに画像表示には認証がかかっていない。記事投稿サーバのドメインと画像投稿のサーバのホストドメインが異なることから、cookieの共有ができないために起きる現象のよう。これについて、mixiはいったん改善を試みたが、IE以外のブラウザで見たときに認証不能などの障害が発生しており、
mixiの仕様変更でN901iSのフルブラウザなどでパソコン向けページが閲覧不能
結局ヘルプページで以下の掲示をすることでIPAの対応は終了ということになったようだが、この処理にもそう簡単に納得がいくものではないし、そもそもどれほどmixiのユーザーに認知されているのだろうか。
「Q.掲載した画像のURL をログアウトした状態でクリックしても、画像
を見ることができる?」> A. mixi は会員のみが見ることの出来る招待制サイトですが、mixi にアップした画像は、
> そのURLからmixi の外でも画像を見ることが出来てしまいます。ブロック機能実装に向け改善と検証を重ねている状況ですが、他人と共有する可能性のある画像を、100%外部から保護することはできないというのがインターネットの現状とも言えます。
>
> ユーザーの皆さまにおかれましては、mixi にアップする画像につきましても、
> 上記の可能性を踏まえた上で掲載していただければ幸いです。
http://mixi.jp/help.pl#3gという文言を掲載させて頂いております。
友人だけに公開と思ってアップした顔写真などは、URLを特定されれば、友人どころかmixiに登録していない一般ネットユーザーにも全部晒されることになり、悪意によって、特定の個人の顔写真やプライベートな写真が流出する危険を招くことになる。
最近mixiで重大な個人画像情報の掲示がなされて問題になっているだけに、なぜこの欠陥を改善できないのか、IPAも及び腰過ぎだと思う。
ちなみに、以前gooブログで起きていた、「記事を削除しても、その記事はメイン画面から非表示になるだけで、絶対URLを指定されれば見えてしまう」現象が、mixiにも起きていないかと思って実験したが、さすがにそれはなかった。(つまり記事を削除すれば、別ドメイン上の画像も削除される)
他のコメンターも言っているが、なぜ画像を別ドメインに置いたのか。おそらく、急激に増加する会員数にシステムの拡張がついていかなかったために、ディスク容量不足を別ホスト名のサーバで補おうとしたものと思われるが、今からでも遅くないので、同一ホスト名の大容量サーバに移転することで、あるいは認証セッションを管理する別の仕組みを導入すること等で問題は解決できるはずではないか。
そのために一時的にサービスを停止したり、更なる不具合の呼び水になることを恐れているのかもしれないし、表面に出ない技術的事情があるのかもしれないが、ヘルプファイルへの注意事項掲示だけでは、とても上場企業としての責務を果たしているとは思えないが、どうだろうか。
2006 10 20 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
October 12, 2006
北朝鮮核実験に寄せて・電波な予測になればいいけど予測する今後の朝鮮半島
果たして、中国の動向が鍵になるのはその通りだと思う。国連の制裁決議に反対さえしていてくれれば、変な言い方だけれど落ち着くのだけれど、ここのところに来ての、ビミョーな立ち居振る舞いは、妙に気になる。
電波な予測だと言われることを覚悟して言えば、中国の南下=北朝鮮への侵攻は本当にあり得ないのだろうか。
北の核弾頭の限界は、予測によれば4.5トン。大陸間を通すためには、1.5トンまで下げることが必要で、そのために必要な時間は、たとえ今回の実験が失敗であったとしても、100年よりは短く、いや10年よりも短いだろう。
仮に10年としても、そしてその間に北が軟着陸崩壊する幸せな乙があるかもしれないにしても、西海岸を核が射程に納める事態を、果たして米国は看過できるか。
そういっている間に、ニッッポン核武装しました。ヨロピクなんて事態はとりあえずないとして論じれば、GoogleMapを見ながら(爆)ブッシュが先制攻撃を計画し始めたとしても、それほど異常な行為とは思えない。だってイラクより断然リスク高いもの。少なくともイラクは西海岸を核で狙ったりはしなかった。で、その場合爆撃機は一体どこから飛んでいくのかと考えれば、呑気なわが国民も寝付かれない。当然フツーに考えれば、沖縄だかグアムだかそのへんから、怖い飛行機が飛んでいくことになり、ドンパチやって、南朝鮮&米国主導の半島統一。中国、それはどうよ?と。
歴史を紐解けば、朝鮮半島にいつも決定的な影響を及ぼしてきたのは、1に中国2に中国、3,4がなくて5に蒙古、6にようやく日本かな?
とすれば、豆満江を超えて、現キムさん何でもありよ政権とナシをつけて、北に一気に入り、朝鮮民族自治区を作り、キムさんに時間限定で自治支配を追認し、そのかわり核はなしよと。現状維持を20年続けた後に、気が向けば統一もありかな?みたいな中国方式。
これで、少なくとも韓国=米国の威が豆満江まで迫ることは避けられ、緊急対応として、国連もま、しょうがないかあ?ということで、朝鮮半島の発展的(ん?)分断継続。北朝鮮狂犬国家はXXナシで継続。キムさん、お命は保障しましょうと。
こうなれば全く朝鮮戦争の新しい形。朝鮮民族の分断の悲劇はさらに先延ばしされ、米国がしょうーがねーかな、ゆっくり考えるかあ?とソウルを火の海にするよりはましだろボケナスなんて言いはじめた日には・・・・
アリなのかい
ナシなのかい
ドッチなんだい!!
ああ・・これは電波かな?ならばなれ。電波であれと願う秋の夜。
少し酔ってはいたかもしれぬ。
2006 10 12 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック
October 09, 2006
映画「ワールド・トレードセンター」が描けなかったもの-----未だ途上にあって
いわば9・11は人類にとって不可知のブラックボックスであったのであり、そこに投げ込まれた「値」は至るところでエラーを起こして演算不能=コンフュージョンとなっており、その出力結果を知ろうとする我らの試みは、ことごとく拒絶されて現在に至っているように思う。
にも関わらず、それは確実に「起きた」ことなのであり、脳内造影でも妄想でもない。(おそらく)
ワールド・トレードセンターの惨劇を扱ったドキュメンタリーとしては、当ブログの「神が命じた場所に立った兄弟-9・11から3年」でも扱った、9.11 N.Y.~同時多発テロ衝撃の真実~がとにかく圧倒的な臨場感と恐怖に満ちており、凡百のレポートやノンフィクションなど寄せ付けないと今も尚思っている。
そんな中にあって、この映画を観に行ったのは、やはりオリバーストーンという表現者がいかにこの事件を描くか、あるいはアメリカ社会にあって、WTCを正面からタイトルに冠した最初の映画というところにあった。
だが、多くの映画評が触れているが、そうした観点からの期待は見事に裏切られる。
オリバーストーンは、ビル倒壊時に生き埋めになった2人の警察官(実話)を中心に、彼らの生への執念と友情、必死に彼らを救おうとする名もなき市民の隣人愛、そして彼らの家族たちとの、家族愛をテーマに据え、見事に政治的テーマは疎外した。
彼ら2名は事故直後に瓦礫に埋まってしまっているので、多くの殉死した消防士やフロアから脱出できず死んで行ったいった2000名以上の人々のこともほとんど出てこない。きわめて視点を絞った作品であるといえよう。
ある意味でオリバーストーン「らしく」、ないのであり、公開のためのリスクとなりうる、「テロ観」や政治的主張は、「配慮して」避けたのではないかと思えるような映画である。
もちろん、それでも元海兵隊員がテレビで報じられたニュースを見て、「抑えることのできない」衝動で現場に駆けつけ「非合法の活動」の中から彼らを発見することになるエピソードは、その後この海兵隊員がイラクに向かうことになるという逸話とともに、表現者のある種の「思い」は感じるし、また過去の不祥事で免許を停止されていた元看護士が、命の危険のある中で必死に彼ら二人を救おうと暗い瓦礫に潜り込んでいくことで「自己回復」を遂げる様子、さらには彼らの家族の痛いほどの思いなどを見れば、あらためて9・11という惨事が、どれほどの重い犯罪的行為であったかについてを含め、感動的に観ることはできる。
だが、テロについて、そしてその後のアフガニスタン、イラクと続く米国の報復行為を思えば、人間はもっとも崇高になることもできるが、その同じ人間の手が、もっとも残虐な行為をすることがあるのだという、いまさらの事実に震撼の思いを再確認せざるを得ない。
その矛盾した2つの方向の奔流に投げ込まれた感覚が、どうしても拭うことができないのである。
ではオリバーストーン自身は、そのあたりについてはどのように思っているのだろう。現ブッシュ政権と世界の距離感についてどのように考えているのか。映画ではそこはおぼろげな像しか結んでいない。
『ワールド・トレード・センター』オリバー・ストーン監督記者会見
■OS「3000名の方が生き埋めとなり、そこから救われたのはたった10名だった。私たちがその中の2名から話を聞けたことは、大変ラッキーだったと思うんだ。あの事件にまつわるいろいろな映像を私たちは繰り返し見てきたが、中に閉じこめられた人の肉声、つまりインサイド・ストーリーを聞く機会はなかった。そして彼らの家族から話を聞けたことも、とても幸せなことだったと思う。なぜ「ラッキー」なんて言い方をするのかって? たとえばフランス革命の起こった日に、バスチーユの前にいた人々の見たものを直接聞けるとしたら、それは値段の付けられない、大変貴重で素晴らしい証言となるだろう。あの日、事件から24時間の間に起こったこと、崩壊しつつあった家族が絆を取り戻し、地獄のような場所のなかでも人々は希望や光、信念を見つけたということを、この映画は語っている。あの日のもっとも素晴らしい<「記録」として、この作品を見てほしいんだ」
このインタビューを読む限り、オリバーストーンが何か意図的に抑えた表現をしたというのは、あるいは考えすぎかもしれない。素直にとれば彼にとって、到達できる段階が、ようやくここまで来たということであり、別のところでは、「テロ」をテーマにしたものはこれとは別個とらなければならないとも語っているようである。彼にとって、ひとつの通過点なのであり、思えばあれほどの大惨事を、仮に彼自身が整理しきれずにいたとしても、それを批判するのも性急に過ぎるとも言えるのではないか。
#そうした時間と歴史に対する一種の寛大さのような悠長さを心がけようとすればその矢先、まるでそれをあざ笑うかのように、隣国の愚か者が、また一発大きな死の花火を地に響かせたと伝えられた。
2006 10 09 [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
October 05, 2006
三島VS東大全共闘の映像を見て---一夜の記憶は夢だったのか
あるいはこういう経験を与えてくれるのが今の時代の奥底に隠された力なのかも知れない。YouTubeをあてもなくザッピングしていて出会った、「三島 vs 東大全共闘」の映像。1969年5月13日。動く三島、話す三島がそこにいた。
どぎもを抜かれた。
もとより三島には間に合わなかった。気がつけばこの作家は市谷の自衛隊駐屯地で茶褐色の楯の会の軍服に身を包んで声を張り上げていたのであり、訳がわからないうちに割腹自殺を遂げていた。とりたてて小説を読み込んでいたわけでもなかったが、ただその日の衝撃は子供なりにも重く記憶に残っている。
1970年11月25日午前11時過ぎ、陸上自衛隊東部方面総監部(市ヶ谷駐屯地)の総監室を「楯の会」メンバー4人と共に訪問。名目は「優秀な隊員の表 彰」であった。益田総監と談話中、自慢の名刀「関の孫六」を益田兼利総監に見せた後、総監が刀を鞘に納めた瞬間を合図に総監に飛び掛って縛り、人質に取っ て籠城。様子を見に行った幕僚8名に対し、日本刀などで応戦、追い出した。その中には、手首に一生障害が残るほどの重傷を負わされた者もいた。
三島自身が自衛官と報道陣に向けて30分間演説することを要求してそれを認めさせた後、バルコニーで自衛隊決起を促す演説をしたが、自衛官たちからは総監を騙し討ちして人質に取った卑劣さへの反撥が強く、「三島ーっ、頭を冷やせー!!!」「なに考えてんだバカヤローっ!!!」といった野次や報道ヘリコプターの音にかき消されてわずか7分で切り上げる。そして森田必勝らと共に『天皇陛下万歳』を三唱したのち三島は総監室で割腹自殺した。
(Wikipediaより)
森田必勝は早大教育学部の学生にして、楯の会の学生長であった。三島と同行して市谷に向かった森田は、三島の切腹に際して介錯をするが果たせず、剣道居合の経験者であった古賀が介錯、続いて森田が切腹して果てた。25才4ケ月であったという。
早大に入った時、驚いた。楯の会は未だ健在であり、森田必勝忌なる催しが行われるときには、学内をあの楯の会の茶褐色の制服に身を包んだ学生たちが歩いた。70年代最後の数年は、未だそういう時代だったのである。
だが、もっと驚いたのは、三島の死にあたって、その死体が保管されていたという市谷の駐屯地周辺を、あてどなくさまよったという級友が同じクラスにいたことだった。その話は、だいぶたってから僕が創刊したミニコミ誌に彼が寄せた一文で知った。三島と同じく、同性への執着、愛情にに止めようのない思いを抱いていた彼は、確かに早熟な学生であった。僕は自分では到底想像できないその彼の熱情に、ある種の畏怖すら抱いた。
しかし、果たしてその話は本当だったのだろうか。あるいは彼の心の中で繰り広げられた夢ではなかったか。僕は彼の暗い自叙伝的なその文を狂おしく読んだけれど、そのことを彼に伝える機会もなく、20数年が経過している。
しかし僕の心の中には未だ、割腹自殺の夜、まだ中学生の彼がその目を暗く輝かせながら、市谷駐屯地をさまようその夢のような光景が、まるで自分が目撃したかのように焼きついているのだが、事実は果たしてどうであったか。割腹自殺後の三島の遺骸が、駐屯地にしばらく置かれていたという事実はあるのだろうか。
そう思ってネットをあさっていると、このような記述に出会った。そこには、「川端康成氏が、事件後すぐに現場に駆けつけて三島氏の遺骸と出会った」と報じられたことが誤報である旨、編集者の伊吹和子氏が著しておられた。
「中央公論」十二月号が発売になった十一月十日から旬日を経て、正月号の校了が迫った二十五日、三島由紀夫氏が自衛隊本部で劇的な自決をとげられた。私にはその意味がよく理解出来ず、殊に石川淳氏との対談の直後のことで、驚愕と悲しみが大きいばかりであったが、川端先生はすぐに市ケ谷の現場に赴き、その足で三島邸に行かれたようであった。一部の新聞に、現場で三島氏の遺骸と対面されたと報じられ、やがてそれは誤報だと判ったが、先生なら動じることなく、冷静に見詰められたとしてもありうることだと思った。私が三島邸に駆けつけた時は、門前に報道陣が渦巻いていたが、邸内には、親族の他には川端先生だけが、傷心の瑶子夫人に付き添っておられるということであった。
三島氏の葬儀は、翌四十六年一月二十四日、築地本願寺で行われ、川端先生が葬儀委員長を勤められた。その日、文学者としての三島氏を送る葬儀であったのを不満とする過激な人達がいる、という噂が、何日か前から流れていた。三島氏を右翼的な思想家として崇拝するグループが、自分たちへの挨拶なしに、葬儀を行うのはけしからぬと憤慨し、最中に乱入して遺骨を奪う計画でいるらしい、と、噂は無責任にエスカレートしていたのである。『三島由紀夫葬儀あいさつ』は、先生の全集に活字化されているが、その日の先生の声は、亡き人の静謐(せいひつ)を乱すいかなる無礼も、自分が許しはしない、という気概にみちていた。
(伊吹 和子 川端康成 瞳の伝説)
しかし三島の葬儀では川端氏は葬儀委員長を務めたという。遺骨を巡っては、それを奪おうという思想的な計画もあったようで三島由紀夫の葬儀がただならぬ雰囲気の中で行われたことがわかる。確かに当時の文学者だけではなく、あらゆる知識人にただならぬ衝撃を与えたのだろう。その言いようのない夜、そして葬儀については、もはや僕は追体験する術もかすかにしか持たないが、真偽はともかく、友人が著した断章は今後も頭を去ることはあるまい。あるいはこうした時代の異様な雰囲気が彼に憑依して見させた一夜の夢であったか。
いつか彼に、その記述が真実であったのが聞いてみたいとも思うが、もはやそれは遠い昔、どちらでも構わないようにも思っている。
幾たびかの命日を経て、今YouTubeに全共闘の学生とともに蘇った三島は、割腹して果てるまで後5年。行動することができなかった多くの知識人の中にあって、果たして三島は5年後の自分の最期をすでに思っていたのであろうか。あるいは思っていなかったか。
思いばかり先走る全共闘の学生たちが三島に緊張しながらも挑みかかる様は、愛おしくも痛々しくさえあるが、それに時に冗談や笑顔さえ挟みながらも真摯に答えようとするこの作家の姿が、刻み込まれているこの映像を見て、あなたは何を思うだろうか。
残念ながら市谷で行った彼の演説の全映像がないかと思ったが、探し当てることが出来なかった。
三島が逝ってから、今年は36年目になる。
そういえば父はあの日どこにいたのだろうか。
【参考】
a case of Yukio Mishima(YouTube)
2006 10 05 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

