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October 09, 2006

映画「ワールド・トレードセンター」が描けなかったもの-----未だ途上にあって

Wtc

いわば9・11は人類にとって不可知のブラックボックスであったのであり、そこに投げ込まれた「値」は至るところでエラーを起こして演算不能=コンフュージョンとなっており、その出力結果を知ろうとする我らの試みは、ことごとく拒絶されて現在に至っているように思う。

にも関わらず、それは確実に「起きた」ことなのであり、脳内造影でも妄想でもない。(おそらく)

ワールド・トレードセンターの惨劇を扱ったドキュメンタリーとしては、当ブログの「神が命じた場所に立った兄弟-9・11から3年」でも扱った、9.11 N.Y.~同時多発テロ衝撃の真実~がとにかく圧倒的な臨場感と恐怖に満ちており、凡百のレポートやノンフィクションなど寄せ付けないと今も尚思っている。

そんな中にあって、この映画を観に行ったのは、やはりオリバーストーンという表現者がいかにこの事件を描くか、あるいはアメリカ社会にあって、WTCを正面からタイトルに冠した最初の映画というところにあった。
だが、多くの映画評が触れているが、そうした観点からの期待は見事に裏切られる。

オリバーストーンは、ビル倒壊時に生き埋めになった2人の警察官(実話)を中心に、彼らの生への執念と友情、必死に彼らを救おうとする名もなき市民の隣人愛、そして彼らの家族たちとの、家族愛をテーマに据え、見事に政治的テーマは疎外した。
彼ら2名は事故直後に瓦礫に埋まってしまっているので、多くの殉死した消防士やフロアから脱出できず死んで行ったいった2000名以上の人々のこともほとんど出てこない。きわめて視点を絞った作品であるといえよう。

ある意味でオリバーストーン「らしく」、ないのであり、公開のためのリスクとなりうる、「テロ観」や政治的主張は、「配慮して」避けたのではないかと思えるような映画である。

もちろん、それでも元海兵隊員がテレビで報じられたニュースを見て、「抑えることのできない」衝動で現場に駆けつけ「非合法の活動」の中から彼らを発見することになるエピソードは、その後この海兵隊員がイラクに向かうことになるという逸話とともに、表現者のある種の「思い」は感じるし、また過去の不祥事で免許を停止されていた元看護士が、命の危険のある中で必死に彼ら二人を救おうと暗い瓦礫に潜り込んでいくことで「自己回復」を遂げる様子、さらには彼らの家族の痛いほどの思いなどを見れば、あらためて9・11という惨事が、どれほどの重い犯罪的行為であったかについてを含め、感動的に観ることはできる。

だが、テロについて、そしてその後のアフガニスタン、イラクと続く米国の報復行為を思えば、人間はもっとも崇高になることもできるが、その同じ人間の手が、もっとも残虐な行為をすることがあるのだという、いまさらの事実に震撼の思いを再確認せざるを得ない。

その矛盾した2つの方向の奔流に投げ込まれた感覚が、どうしても拭うことができないのである。

ではオリバーストーン自身は、そのあたりについてはどのように思っているのだろう。現ブッシュ政権と世界の距離感についてどのように考えているのか。映画ではそこはおぼろげな像しか結んでいない。

『ワールド・トレード・センター』オリバー・ストーン監督記者会見

■OS「3000名の方が生き埋めとなり、そこから救われたのはたった10名だった。私たちがその中の2名から話を聞けたことは、大変ラッキーだったと思うんだ。あの事件にまつわるいろいろな映像を私たちは繰り返し見てきたが、中に閉じこめられた人の肉声、つまりインサイド・ストーリーを聞く機会はなかった。そして彼らの家族から話を聞けたことも、とても幸せなことだったと思う。なぜ「ラッキー」なんて言い方をするのかって? たとえばフランス革命の起こった日に、バスチーユの前にいた人々の見たものを直接聞けるとしたら、それは値段の付けられない、大変貴重で素晴らしい証言となるだろう。あの日、事件から24時間の間に起こったこと、崩壊しつつあった家族が絆を取り戻し、地獄のような場所のなかでも人々は希望や光、信念を見つけたということを、この映画は語っている。あの日のもっとも素晴らしい<「記録」として、この作品を見てほしいんだ」

このインタビューを読む限り、オリバーストーンが何か意図的に抑えた表現をしたというのは、あるいは考えすぎかもしれない。素直にとれば彼にとって、到達できる段階が、ようやくここまで来たということであり、別のところでは、「テロ」をテーマにしたものはこれとは別個とらなければならないとも語っているようである。彼にとって、ひとつの通過点なのであり、思えばあれほどの大惨事を、仮に彼自身が整理しきれずにいたとしても、それを批判するのも性急に過ぎるとも言えるのではないか。

#そうした時間と歴史に対する一種の寛大さのような悠長さを心がけようとすればその矢先、まるでそれをあざ笑うかのように、隣国の愚か者が、また一発大きな死の花火を地に響かせたと伝えられた。


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