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November 27, 2006
「ことのは騒動」と「オーマイニュース」(これは少し)について佐々木俊尚さんと話した。
今日、佐々木俊尚さんと新宿の某ホテルのラウンジで2時間ばかり話をすることができた。
オーマイニュースのシンポジウムの後にパネラーの佐々木さんに話しかけたことは以前に書いたのだけれど、当時の事情を言えば、松永さんの状況が僕の側では殆どわからなかったという事情があった。mixiには病院食の写真が「淡々と」上がっているということは聞いていたし、御堂岡氏のエントリーも確かあのころはあがり始めていたけれど、さいこたんのエントリーが松永さんのものではないかとすら思っていたような、遠い遠い昔の話である。
佐々木さんに、シンポジウムの後で、立ち話ではあったが聞いたところでは、まもなく松永さんが退院されるらしいということ。そしていつか落ち着いたところで、話をしたいと言ってくれた。こちらでも情報が欲しかったので、「では近いうちに」と言って別れた。
その後松永さんが退院したり、さいこたんの告白があったり、あんなことやこんなことがあって日が経ち、互いに連絡をとる機会を失していたのだけれど、10日ほど前に、思いがけず連絡をいただき、会いましょうと声を掛けていただいた。で、今日お会いすることにした次第。2時間ほどいろいろな話をした。
佐々木さんと言えば、今はオーマイのほうが相当なことになっていて、話の半分ほどはオーマイの現状とか、鳥越さん困りましたねみたいな話になってしまったのだが。
感心したのは、佐々木さんが、「オーマイ」だけではなくて、「ことのは騒動」のことも、非常に丹念にネットの情報を追っておられたことだ。直前に書いた私のオーマイのエントリーはもちろんのこと、ことのはに関する最近の細かい動きもほぼ把握しておられ、ぶくまもしっかり目を通しておられたのには、ほぼ同世代(大学も一緒だ。学科も)の私としても驚いた・・っていうのも変な話だが感心した。こういう性質というのは、「古いタイプのジャーナリスト」(苦笑)と仕事をしていくのは大変だろうなあと人事ながら思わされる。
で、話を戻す。
佐々木さんが来るまでの間、昔書いた佐々木氏に関する自分のエントリーをノートパソコンで読み返していたのだが、「俺はこんなことを書いていたのか」と改めて驚くような記事もあり、中には相当失礼なものもあったので、佐々木さんには失礼な箇所はお詫びした。
佐々木さんとしては、どうも「連邦軍」と呼ばれるメンバーの言い分というか、何を考えているのかとか、そういうあたりを私から聞くことに関心があったようだ。
元来、はっきり言って「連邦軍」などというものは、形而上学的には(?)存在しない。あれは鮫島氏のちょっとした遊び心から始まった言葉で、一人歩きしはじめたことの功罪は、おそらく鮫ちゃんも自覚されているだろう。大黒鮫などといわれるが、3人が相談したり、計画を立てて体系的に何かをしようとしているわけでもなんでもない。もちろんけろやん。やエレニさんもね。我々はみんな別の人間である。シンプルな話。
佐々木さんが気にしていたのは、それらのメンバーのあれこれもさることながら、正体がつかめない完全匿名の「ノイズ」(佐々木さんの表現)の存在だ。実際、誰ともわからぬ人間が、警察にスポンタさんや泉さん、佐々木さんのことをオウムの指名手配犯に重ねて「密告」し、実際にスポンタさんのところには刑事が現れ、佐々木さんの留守電には警察からメッセージが入った。
#このことは佐々木さんとの笑い話になったが。留守電以来、連絡はないそうだ。元々毎日新聞時代から氏をご存知の方は警察には沢山おられるので、とのこと。そりゃあそうだよね。
ともあれ、けろやん。がどうの、黒鮫がどうのと言っている次元を超えて、正体不明の「動き」=ノイズがあるのがネットの世界。それは今までのところ、「ことのは」に関わった双方にとって、あまり良い結果を生んでいない。というより不幸な結果になっている。私としては、「2ちゃんねらー」呼ばわりして、多くの言論を一絡げにした鳥越論には絶対反対だけれど、2ちゃんの構造的欠陥というのは確かにある。そのことが、余計に「把握できない悪意」の責任を難しくしているという話をした。
「ことのは」に関しては、佐々木さんも細部を把握しておられない部分も、私からみてあったので、経緯も説明した。初期のころ、早くに互いが顔を合わせていれば問題はもっと早く瓦解していたのではないかという見方がある一方、当時の自分としては「密室政治」に通じるようなことを、できるだけ廃したいという思いもあり、そのときの気持ちもお話した。
佐々木さんと一致したのは、今日のこの2人の対談ですら、どうやってネットに戻すかが難しいということ。最近のオーマイに関わる言論にも見られるように、彼は「集合知」を信じておられる。できる限り全てを公共に図っていこうという立場は私と近い。しかし、それでも尚、「リアル」と「ネット」を繋いでいく試みは難しい。全てを書けば、相手との信頼関係を損ねる。逆に作為を凝らせば、馴れ合い、密室談合の謗りを受ける。
#ちなみに、別れ際に佐々木さんに本日の会合について書いていいのか、場合によってはブログアップの前に原稿をお送りしようかと言ったところ、全く問題がないので、どうぞ書いてくださいという言葉をもらった。このあたりの思い切りの良さは、良くも悪くも現在の佐々木さんの言論の立ち位置を象徴していると思う。
たとえ合意してネットに戻した話に関しても、第三者から無責任で論外な中傷(事実と異なるデマ)が流された場合、現在のシステムではそれを担保できない。開示者請求も2ちゃんの場合、現実的には限界を迎えている。その担保できない「限界性」に配慮しすぎれば、何も発信できないということになる。そのジレンマの中で、「ことのは騒動」があったというのが、私の体感でもあるし、「オーマイ」での佐々木さんの立場でもあると思う。(と並列することはおこがましいかもしれないが)佐々木さんは私よりももっと構造的にこの問題に関心をもっているようだが。つまり1ケースとしての「ことのは」の有意性である。
これから、公職選挙法上ネットが実質的な解禁を迎える中にあって、「ことのは騒動」の中に、問題は凝縮された形で表象されているのではないか、ともおっしゃったが、ここは同意である。また佐々木氏がおそらく「反対陣営」に属すると思われる私の話を「公平を期するために」多忙な中(笑・・)聞きにいらしたことは、有意義であるし率直に敬意を表したいと思う。
だが、やはり立場の違いも感じられた。氏は「ことのは騒動」を主として「脱会した信者に対する社会的視点」の問題として考えている。私に関しては、その視点を否定するものではないが、「社会の危機管理」を頭から外すことができない。そう思うに至った経緯のほんの一部は、お伝えした。つまりオウムに関する警戒心の深刻度(氏が楽観的だという意味ではないが)の違い。
「ことのは」において、なぜ「ジャーナリスト」への不信感があれほど強かったのかについても、率直な見方をお伝えした。佐々木さんが自覚しているよりも、あるいは佐々木さんや湯川さんが自覚しているよりも「ジャーナリスト」への期待は今尚大きい。もちろんその「期待」がジャーナリスト個人のキャパシティというか、取材の力の限界に抵触している矛盾は沢山ある。それは踏まえた上でも、松永インタビューの前に、佐々木さん自身が事実を事実としてもっと把握すべきであったという言葉もいただいた。
どうぞ書いてくださいという言葉をそのまま受け取って、概ねの雰囲気を記した。うまい文章ではないかもしれないが、「空気」を受け取ってもらえればと思う。私がいい加減なことをここに書いた場合、佐々木さんのことだから、その数十倍のパワーで反論をアップされるだろうから、心配ないですねと冗談交じりに話したが、ニュアンスが違うところがあれば、どうぞ佐々木さん、反論してください。そのやりとりを是認するところ。それがおそらくオーマイの編集部に満ちている「空気」とは違うのだろうし、その空気を是認している限り、ある種の共通基盤は持てるだろう。ネットがフラットな言論世界に近づいていくことに、氏は期待を持っておられると思うが、あのフラットな世界があるいは戦いに満ちていても、ごまかした平和よりは優れているのである。それを信じることができるのであれば、未来はあると思いたい。(安直な楽観主義は避けたいけれど。)
これくらいの年齢にありがちな「落としどころ」も互いに一致することはなく、また機会があればお会いしましょうという言葉で、ひとまずはお別れした。何事もまとまった成果が出たということはないが、おそらくこういうことの繰り返しなのだろう。何事も。
空気は満ちてきている。
付)「ことのは騒動」に関するコメントは、「AnotherB」でのみ受け付けると以前に書いたが、このエントリーはBigBangで行うほうが適切であると思ったので、こちらにアップする。「この記事=佐々木さんとの対話」に関するコメントについては、限定的にここで受け付けようと思う。何かあれば、こちらに書いてください。「ことのは」全体の問題であれば、AnotherBで行いたいので、ご理解いただきたい。
2006 11 27 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック
November 26, 2006
オーマイニュースの編集長講評に思う。---「2ちゃんねらーという輩」とは一体誰なのか。
オーマイニュースは、毎月1回「市民記者の記事の中から特に秀逸の記事を発表する「月間市民記者賞」」の発表を行っているが、先ごろ10月分の発表が行われた。そのうち、音羽理史記者の以下の記事を松本洋平記者と併せて「編集長賞」に選出した。
10月の「月間市民記者賞」発表 編集長賞は音羽記者と松本記者に
(オーマイニュース)
■音羽理史記者
「死ぬ死ぬ詐欺・まとめサイト」の卑劣さを考える
「死ぬ死ぬ詐欺」記事の反響に答える
「死ぬ死ぬ詐欺」問題で見えてきたこと
★受賞理由……3本を一連の記事として見ました。コメント欄での批判や雑言などにひるむことなく自分の主張を貫き、生命の尊厳を訴えた説得力ある内容を高く評価しました。
とあり、その後鳥越編集長が以下のコメントをつけている。
■音羽記者の受賞記事について
匿名の書き込み掲示板「2ちゃんねる」のいわゆる「2ちゃんねらー」と称する輩に敢然と正面から論戦を挑んだ音羽記者の「死ぬ死ぬ詐欺・まとめサイトの卑劣さを考える」が出色ですね。この記事のいいところは、感情的にならずに自分が分からないところは「分からない」と言いつつ、「2ちゃんねらー」の言い分の最大の卑劣さを「君たちは心臓病の恐怖を一度でも味わったことはあるのか?」というかたちで、間違いなく今病気に冒されている患者のことを推測と憶測だけで攻撃する「2ちゃんねらー」と称する連中の弱点をずばっと切っている点ですね。(■■鳥越俊太郎編集長・講評■■より)
鳥越編集長の反2ちゃんねらーぶりが遺憾なく発揮された講評であり、短い講評の中で「いわゆる2ちゃんねらーと称する輩」「2ちゃんねらーの言い分の最大の卑劣さ」「2ちゃんねらーと称する連中の弱点」など3度にわたって「2ちゃんねらー」への敵対的とも思える表現が使われている。編集長賞の理由は、この鳥越氏の「敵」2ちゃんねらーに対して果敢に戦いを挑んで一歩も引かなかった音羽記者を評価したというような趣旨であるといってよかろう。
僕は、いわゆる「死ぬ死ぬ詐欺」の件に関して、それほど仔細に追っているわけではない。「難病」に犯されたわが子を助けたい藁にもすがる家族の思いという「絶対の正義」の行為の裏で、「死ぬ死ぬ詐欺・まとめサイト」などというものが作られ、家族の私生活や年収、資産などといったプライバシーが槍玉にあげられて批判される風潮は、言いがたい抵抗を感じるし、音羽記者の記事の基本的な問題意識に大きな異議はない。
しかし、この騒動は「私」と「公共」に関する奥深い問題点を表象している面も否めない。つまり、私的な困難に遭遇したとき、我々一般市民はどこまで公共からの援助を期待できるか、それも手法として半私的な活動(募金など)によって手術資金を得ることが、絶対の是として社会的に受け入れられるのかという問題である。
ネットでは既に過去になったと言ってもよい騒動であり、追っていないといいながらこれ以上、この件の仔細に踏み込むのはやめるが、要は「死ぬ死ぬ詐欺」という一見野卑な言葉が表象しているところにも、一定の社会的議論の成立する余地はあると思うのである。
ところが、鳥越講評では、これらの公・私の境界領域における問題意識をとらえず、ただひたすら「罵倒する命を軽視する2ちゃんねらーという輩」と一言で切り捨ててしまっている。まあ、この件に関してこの人にいくら批判をしてもせんないことは、以前の「2ちゃんゴミ捨て場」発言で露呈しているのであるが、それにしても非常に違和感を感じるのは、鳥越氏に「輩」呼ばわりされている多くは、音羽記者の記事にコメントをつけた人たちであり、彼らが確かに「2ちゃんねらーという輩」に分類される共通の属性を所持し、時には論外の質の低いコメントを繰り返したとしても、一方で彼らはオーマイニュースの読者であり、また「オピニオン会員」というポジションを与えたのは編集部自身であるという点である。
また、音羽記者に寄せられたコメントの全てが、罵倒コメントではなく、中には先にあげたような議論に発展できる余地のあるものも含まれている。その人々を一刀両断に「2ちゃんねらーという輩」などといった紋切り型の表現で切って捨てていいものだろうか。
※オーマイニュースでは今、このコメントが許されるオピニオン会員を、市民記者に統合していこうという動きの中で大騒ぎになっており、ここでもオピニオン会員=匿名の卑怯な言論者(2ちゃんねらーに通じる)を封じていこうという動きが見られる。このあたりの動きは「非常勤編集委員」である佐々木氏の以下の記事に詳しいが、また別の機会に触れる。
CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:平野日出木さん、本当にそれでいいんですか?(上)(下)
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/11/post_8.html
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/11/post_9.html
2ちゃんねるで誰ともつかない匿名の言論者に罵倒を浴びることや、個人情報をばら撒かれる不快感は、僕自身も最近嫌というほど味わっており、これらの行為の温床となっている2ちゃんねるの根源的欠点については、非常に問題点を感じている者であるが、それでも私は2ちゃんねるで発言している人たちを十羽一絡げに「2ちゃんねらーという輩」などという乱暴な属性付与で表現しようとは思わない。
どのようなコミュニティにあっても、非難されるべき行動に出るのはごく一部の人々であり、それらをもって、あるいはそれらを許した制度的問題点が仮に2ちゃんねるというコミュニティにあったとしても、そこに集う全ての人々に同じレッテルを付与するがごとき言動が、公的なシーンで編集長の口から無防備に出てくるというのは、いかにもまずいしお粗末ですらある。
なぜこの機をとらえて、より公的領域に議論を止揚・昇華できないかと、そこが残念でたまらない。
おおよそ、国家や民族といったレイヤーに場面を変えて考えてみれば「ユダヤ人といった輩」とか「在日朝鮮人などという連中は」と語っているに等しく、そうしたレイヤーで語られれば、自分が如何に乱暴な思考停止を行っているか、鳥越編集長にもわかりそうなものであるが。
それがジャーナリストとしての想像力というものではないのか。
「輩」とは一体誰なのか。
2006 11 26 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック
November 23, 2006
赤いアルファロメオ
どかっとテーブルに置かれたド派手な大型の青いヴィトンの手帳を見たら、わっと思って、おーさすが業界だと思ったが、すぐに反射的に赤い車の映像が頭をよぎった。アルファロメオだ。
渋谷の桜丘の裏の裏のほう。昔一緒に仕事をしていた知り合いが転職した。しかも「その方面」の業界だというので、遊びに行った今日の夕方のことだ。「その手」というのは、・・・・・「その手」と言ってもわからないか。つまり「柔らかいビデオ」方面だ。「柔らかいほう」わかった?笑
業界独特の香りのようなものが会社中に立ちこめている。机の上には独身の男の子がお母さんに見つかったら大変なことになってしまいそうなDVDが乱雑に置かれているが、オフィス全体は妙な清涼感に包まれていて、地味とはいえない若い女の子も沢山働いている。香水の匂いがきつい。
この空気を「懐かしい」と思ったのは、20代の一時期、カメラマンの真似事をしていた時代に、自分がほんの少しだけその業界の空気を吸ったことがあるからだ。もちろんネットもない遠い昔だから、媒体は紙だった。当然ながら食えていなかったので、朝起きるとなんとなくその事務所に行って、一日仕事がなくてもそこのボスが食事だけは奢ってくれたので、暮らしていられた。
写真の仕事は「柔らかめのホテル」(笑)とか、撮ってくるもので、もちろん、ちゃんと事前に許可をとるんだが、客の手前があるので、ライターの女の子とペアを組んで、普通のカップルのようにしていくのだから、ちょっとドキドキしたものだ。とかじゃなくて凄くドキドキした。僕とよく組んでいた女の子のライターは、この間まで高校の国語教師をしていたと言っていた。最初の仕事は雪の日で、二人ともガチガチに緊張して押し黙って、写真を撮っていた。
それでも何件もそうした仕事をこなしているうちに、毒々しいラベルの写真に何があろうと、撮影した部屋のビデオにどんな映像が飛び出してこようと、驚かなくなった。粛々たる普通の仕事になっていったんだ。
不思議だったのは、その事務所のほとんどの社員が揃って赤の「アルファロメオ」に乗っていたことだ。それ以来僕にとってアルファロメオのイメージは「そうした業界のクルマ」になった。今目の前にどかっと置かれた青のヴィトンの手帳には、そのアルファロメオを久しぶりに思い出させる力があったのだ。なにか通じるものがあるのだろう。
知り合いは、4年ぶりに再会した僕を歓迎してくれて、まるでエイベックスみたいな別室へ通し、システム担当者を紹介してくれて、(彼が持ってきたのがヴィトン手帳だったんだが)その人と、しばらく最近のネット事情とか、彼らの仕事のこととか話をしたが、これは凄く面白かった。
その手の事務所としては、まあ「ちゃんとしている」というか大手である。刺激的ではあるが、目を背けるような抵抗感もない自分というのがいて、懐かしく思っている。そして何といってもネットの最先端は彼らの業界のものなのだ。Windowsサーバで展開しているライブチャットの苦労話とか、そして彼らの独自のビジネスモデル(これは書いちゃうと社名がわかっちゃうから書けない)の構築の話とか、そしてエンジニアがやはり不足している話、SQLサーバの話、まもなく登場するVISTAの話とか、はたまた女の子のマネージメントの苦労話など。
話の性格が性格だから、詳しく書けないのが残念だけれど、ああやっぱり今でもこの業界は、毎日がおもちゃ箱を引っくり返したみたいだ、変わらないなあと思った。蠢いている出演者達は、極彩色の孔雀のように、みんな派手で毒々しくとことんアヤシイのだけれど、とにかく途方もなくエネルギーに満ちていて、世の中のトレンドラインをゼロとすれば、常にそのラインから上のほうを見て、つんのめって仕事をしている。
一般のビジネスをしていると、そのゼロのラインの近辺で背伸びすると、「尖がりすぎている」などと言われて、知らず知らずに、そこよりもマイナス5ポイントか時には10ポイント差し引いたところで仕事をしてしまうことが多い。下がってしまうのね。
で、そのあまり気持ちの良くない状態に長い間のうちに慣らされてしまっている自分がいるわけだ。ところが、その手の業界だと、これはもうフルスロットルだ。
一歩でも他社に遅れることは死を意味する・・・という、ここのすさまじさというのは、ある意味IT業界以上であり、合法と非合法の際の部分で勝負している命知らずも沢山いる世界だから、その中で「安定して合法に勝っていく」ための、冷静な計算と知恵も必要になる。まあこのへんは、あまり肩入れしすぎるわけじゃないけれど、おおよそビジネスの基本が、ぐしゃっと変形されてはいるけれど、全部がおせち料理のように詰まっている世界なのだ。で、それは時にたまらなく魅力的である。
もちろん人間の欲望をナマで相手にする商売であるし、しかもその対象は多感な年頃の男女(苦笑)であるから、近い視点で見ればもちろんうざい部分は沢山あるのだが。
一緒に同行したS君が、たまたま転職先を探してる最中だったので、「あそこいいじゃん、入っちゃえば?」とけしかけたが、「来春結婚するんですよ僕。あそこに入ったなんて知れたら、ダメになっちゃいますよ」とオジけていた。いまどきそうかねえ?そうか?やっぱり?
僕は結局あの20代のころ、「その業界」を選ばなかった。それは体面とかそういうことではなく、何か「大事にしたい」(という言い方も変だが)人間にとって一番ディープな生理というか感応というか官能というか、そこを日常のビジネスとしてこなしていく自分の姿というのは、ちょっと詰まらないのではないか、きついなと思ったのが最大の原因である。
しかし21世紀の今、Web2.0なんぞと小ざかしい言葉が飛び交っている中で、彼らの作ろうとしているものは確実に、とっくの昔からその先を見ているわけでWeb3.0とかWeb4.0くらいぶっとばすぞみたいな勢いでやらないと、それこそ、はみ出してしまう。自分がその加速の中でどこかへ飛ばされてしまう。今あの業界に身を置いていたら、どんな人生が広がっていただろうか。今頃自分は何をしていただろうか。
そんなことを考えながら帰り道。
桜ヶ丘の坂道を降りながら、街灯を見上げたら、僕がついに選ばなかった赤のアルファロメオが、頭の中を全速力で駆け抜けていったのが見えたような気がしたのである。
2006 11 23 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
November 18, 2006
ジュンク堂で「アルファブロガー」をいつものように散策する
前から言おう言おうと思っていたんですが、僕はfinalvent氏のことを「おじき」と呼んだ記憶はありません。たしか「爺」とはどこかで言ったかもしれない。だがこれも変な話であって、ほとんど同世代なので(笑)ある意味とんでもない失礼な言い方である。ま、いいか知能年齢も精神年齢も負けているし、僕のほうが全般的に幼稚(?)だし。
#もうひとつ前から絶対に公共の場で訂正したいと思っている点があるのだが、これはエレニさんにそんなことをしたら軽蔑すると固く止められているので、公表しない。
が、年齢は別としてどこのクラスにも一人はいるでしょう。妙に老けたことを言うやつが。例えば19歳のときから「爺」などと呼ばれる。氏がそういう範疇の方だとは言わないが、電磁的に綴られる文字から焦点を結ぶ映像は、やはり「爺」的ではある。
新宿のジュンク堂で、原爆の写真集のコーナーの横に、なぜか「最近のちゃらちゃらしているやつら」=ブロガーの書籍コーナーができていて、原爆写真集でそぞろ涙を流した後でそちらに移動すると、もう季節はずれのディズニーランドに迷い込んだようなのだが、ほとんどの書籍は既に買ったり、立ち読みしたりしたものばかりで新鮮味がないのだが、馴染みの方にお会いしに来る気分。
「お、湯川さんだ。その後お元気ですか?健康ですか?」
「お、佐々木さんだ。その後いかがですか?オーマイは」
「高田さん、ロンドンの空気にはなじみましたか?」
「わださん!稼いでますか?」
そしてちゃらちゃら中のちゃらちゃら「アルファブロガー」(翔泳社)を久しぶりに手に取る。もう何度も開いているはずの本だが、残念ながらお金を出して買う気にはならず、書いてあることも今となっては読む気もせず、巡回路のように同じようなページを、同じように辿っていき、結局買わずに時間が経っているのだが、まずダンディな「爺」ことfinalvent氏の尊影を拝む。ありがたや、ありがたや。(手は合わせなかった。)
#話はそれるがこの「ジュンク堂」という本屋は僕の世代にはなじみが薄い。待ち合わせというと三省堂とか、紀伊国屋、旭屋の定番。掴みはOKの渋谷大盛堂の地下軍事コーナー(!)(本店は閉店したらしい)、背伸びしてブックファーストetcetc。ジュンク堂のような新興勢力は、大人になってから出会った本屋であって、僕が若かったころのことを知らない。そのせいなのか、どことなく心を開くことができないのであるが、この生意気な本屋がなかなかできる奴だということは知っている。
次にR30氏へ。R30氏はいつもR30で死ぬまでR30。言ってることも全身R30。腐っても弾んでもR30。いや悪口ではありません。でもこの写真は何で後ろからなんだなどといつも同じことを考え、で、切り込み隊長は何度も写真を見ているのに、僕の中ではデブ恰幅のよい秋葉原系の男性像が刻み込まれており、痩身な姿に何度も驚く。何度も同じところで、同じことを忘れていて驚いている僕はやはりバカかもしれない。何でこんなに痩せているんだろう。何食ってるんだ。余計なお世話だ。
それからお約束のように松永さんを探しに行くが、実は松永さんはこの11名の中にはいっていなくて、絵文禄ことのはは、小さく画像で紹介されているだけである。これも何度も見てわかっていることであるが、毎回毎回探しに行っては「いないぞ」と驚く。やはりバカかもしれない。
よく「アルファブロガー」の仲間入りをしたかったBigBangなどと書かれるけれど、「アルファブロガー」になると何がどういいのかわからないというか回路が繋がらない。こういう本で紹介してもらえるのか、それはちっとかっこええかもしれんな、飲み屋の女の子にさらっと出したりできるのか?それはオヤジの発想だ。きっとここに紹介された皆さんはそんな下品なことはしないんだろう。名刺代わりに出すと場の空気が変わるのか?そんならええな。でも空気が変わっただけではメシ食えんなあ。(なんであやしい関西弁。他意はないねん)
こういうところで紹介されているブログのアクセス数というのが半端じゃないので、その桁外れの数に驚いた記憶はあるけれど、言葉としての「アルファブロガー」が消費されて消えていく言葉であることは、さすがにこれだけ生きてくると骨身に染みてわかっているので、いいとこ、この言葉も2年かななあどと思っていた。
言葉としての「アルファブロガー」が軽薄だとか意味がないとかディズニーランドであるとかそういうことではなく、おおよそ言葉というものは急速に消費されて消えていくものである。その言葉が、あたかも永遠に続く価値のようにこの身を寄り添えば、いつか自分も言葉とともに消費されて消えていく。おそらく僕も何度かいろんな言葉に寄り添っては消され、戻ってきては消され、その繰り返しの中で今の場所にたどり着いた。その根源的な不信感かもしれず。へそまがりなだけかもしれず。
この本が出版されたのは2005年の10月である。
まだ1年ほどしか経っていない。
どうですか皆さん。人生変わりましたか?
街はもうすっかりクリスマスの装いである。
2006 11 18 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
November 15, 2006
公衆無線LANと携帯GPS
だいぶ前から公衆無線LANの愛用者であり、YahooBBの公衆無線LANが無料だった頃には、そのためだけにスターバックスに延々と粘ったりしていた。だって無料なんだからお金の払いようがないんだから仕方ないじゃん。とホクホク使っていたら、いつの間にか有料サービスに移行してしまった。
だから使わなくなったという訳でもないんだが、手続きが面倒でつい足が(手が?)遠のき、最近はもっぱら別の会社の公衆無線LANサービス(詳細略 笑)
そもそも携帯つないでパケット通信しても、ずいぶん最近は速いんだけれど、やはり公衆無線LANの快適さには及ばないし、携帯電話の電池切れも気にしないで、何時間か使っていられる。ただ問題は、出先でアクセスポイントを探そうとすると、なかなか見当たらないこと。
これに関しては、私の知り合い(女性)が1人でやっていた極めてディープでクールなサイトがあって、よくお世話になっていたのだ。
東京ホットスポット情報館
体験記なんかも出ていて、草創期にはほんとに便利だったのですが、外で急につなぎたくなったとき、このサイトにアクセスして調べる・・・うん?そら無理だろみたいな感じで、悩みの種。そのうちアクセスポイントが幾何級数的に増えたこともあり、最近はあまり更新されていないみたい。
それに代わって、もしも同じようなことで悩んでいる人がいるとお勧めしたいのがauのEZナビウォークのGPS機能。アクセスポイントをサービス名で検索して、GPSで現在地知らせてフィルタリングすると、現在地からもっとも近いアクセスポイントの名称と方向、距離を知らせてくれる。ああ、あと200m行けば、「XXXXX」(お店の名前)があるな、そこまで行けばネットが使えるとか、そこの地下鉄の駅にポイントがあるぞ。とかすぐにわかる。非常に便利。
(おそらくドコモにも似たようなサービスがあるんでしょう?よくわからんが)
予断だけれど、世の中には無線LANのポイントとその受信状況を簡単に調べてくれるWiFiファインダーという類のものがあって、英国のKensingtonのそれが(下写真)良さげでデザインもカッコイイということで、ネット通販で手に入れてしばらく使っていたこともあるんだけれど、そのうち受信しなくなってしまって、割とだめだった。今携帯GPSなんかが出ちゃうと、これもいかにもアナクロな感じがする。
↓
やっぱ今は携帯GPSが一番。で、どこの会社の無線LANを使っているかだって?
秘密。
2006 11 15 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック
November 11, 2006
「生演奏でもお布施を払え」というJASRACの生々しい主張について
かつて「JASRACブロガーBigBang」などと史上に残るメチャな呼び名で呼ばれた身としては、これはどうしても気になったニュース。
ビートルズ演奏で逮捕! 「なぜだ」という素朴な疑問
再三著作権を侵害して演奏
JASRACによれば、この男は81年にスナックを開業し、85年から著作権を侵害する行為に及んだ模様だ。JASRACは再三にわたり注意したが、男はそれに応じず、同協会との対話も拒んだという。同協会は01年に東京地裁に提訴し、同年には裁判所からJASRACが著作権を管理する曲の演奏を禁ずる仮処分が下された。その後しばらくは他の曲を演奏していたが、再び著作権を侵害する行為をしたため、協会は06年9月に警視庁石神井署に刑事告訴したという。
JASRAC広報部はJ-CASTニュースの取材に対し、
「本来ならばこうしたことはしたくなかったが、公平性の観点からもこれ(刑事告訴)以外に手段を取ることはできなかった。これほど悪質なケースは珍しく、JASRACとしてもやむを得なかった」
と答えた。
同協会によれば、1948年からこれまでに刑事告訴したのは146件だが、最近では極めて稀で、都内でもここ20年で4件ほどしかない。あきらかな著作権侵害が確認されても、そのほとんどが訴訟の段階でなんらかの解決に至るケースが多い。しかも、逮捕するか否かは警察の判断によるため、今回のケースは「よっぽど悪質」と判断された可能性が高い。(J-CASTニュース)
え。生演奏でもJASRACに金を取られるのか?と知らなかった私はぐぐってみたら、こういう記述が見つかった。
使用料規定では、演奏での音楽のご利用に2つの算定方法を設けています。
(1)1曲ごと(曲別)に算定する方法
算定基準: 平均入場料・会場の定員数・演奏作品ごとの演奏時間・ご利用形態
算定方法: 演奏時間に応じた1曲ごとの使用料の合計(2)入場料・定員数などから包括的に算定する方法
算定基準: 平均入場料・会場の定員数・公演時間・ご利用形態
算定方法: 上記の算定基準による公演1回ごとの使用料
はあ、そうなんですか。来週ライブハウスでビートルズをやろうと思ったら(いや別にビートルズではなくてもいいんだ。氷川きよしでもいい)、上記2つの基準のいずれかで収入見込み等を算出し、JASRACにお届けしなければならないんですか。そうですか。知らなかった。
単純に考えて、学園祭なんかで教室で演奏する学生コピーバンドはスルーだが、その学生コピーバンドが、少し規模を大きくしてやろうよなんてことになって、大学の近くのライブハウスを貸しきって、友達に入場料500円程度で券を売ったとすると、これはもうJASRACの「利益機会」になるわけですね。何だかなあ。まさか、それで「もぐりの学生コピーバンド大会」かなんかを告発はしないとは思うが、原則論はそういうこと。
もっと困るのが、路上ミュージシャンの皆さんで、路上でオリジナル曲をやるならいいが、コピー曲をやって、志程度のお金をギターケースか何かにチャりんと入れてもらった(古い?)場合はどうなるんでしょうね。お布施みたいなもんでしょう。これでもやはり商業利用だから事前にお届けしなければならないんでしょうか。貧乏な路上ミュージシャンから鬼畜の取立てか。知らんぞ。そんなの。僕も似たことを昔(たぶん)やったことがあって、サザンとか(恥)コピーとかしまくっていて、時には僅かなお金を頂いたような、頂かなかったような、頂いたような・・記憶がおぼろげにあるぞ。元学生コピーバンドドラマーBさん4?才は語る。(時効だろ、もう。っていうか小物過ぎて集めにも来ないだろうが)
ネタのような話ではあるが、笑ってばかりもいられないのは、先の男性に関しては「悪質」ということで(何が?)刑事告訴されてしまっているし、こんな凄い例もある。
生演奏でも楽曲無断使用はダメ JASRACが1600万円賠償請求
日本音楽著作権協会(JASRAC)は、音楽の使用料を払わずに生演奏を続け、著作権法違反罪で有罪が確定した名古屋市の元飲食店経営の女性社長に、使用料など約1600万円支払いを求める訴えを名古屋地裁に起こした。
協会によると、生演奏の使用料で賠償請求に発展するのは珍しい。
訴えでは女性社長は同市中区の繁華街にあった店で2月まで、音楽の使用料を支払わずにバンドで生演奏。使用料は1曲180円、1カ月約11万円の計算。協会が愛知県警に告訴し、女性社長は2月に逮捕された。<サンケイスポーツ>
ひえ。1600万円!?1ケ月11万円ということは、1年で132万円で・・10年で1320万・・12年くらい無断で生演奏をしていたと?それを遡って払えと?1日あたりだと(どうでもいい計算だが)3800円くらい、つまり20曲くらい毎日この「女性社長は生演奏をしていたわけだな。ずいぶん沢山・・いやまあそれはいい。
実際にプロの歌手が演奏したCDやDVDを、無断でイベント使用や番組使用などして、それで入場料や広告料を取ったと。あるいは不正にコピーしたと。それはないだろうというのはまあわかるが、どうなんでしょう。生演奏というのは。
人が自分の作った楽曲を覚えてくれるまでになり、コピーしてくれるまでになって、演奏してくれる。そこに人が集まる。無料ならいいけれど、そこでお金を取ったら俺にも還元しろと?その上JASRACにも落とせと?・・・思う?うーん。どうだろうか。ここの考え方。割り切れないものを感じざるを得ない。曲を創る立場の人からするとどうなんだろうか。
話が「生演奏」とかの次元でネット配信に比べてアナクロで、妙にそれが文字通り「生々しい」ニュースだったのですがどうですか。
2006 11 11 [文化・芸術] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック
November 10, 2006
ブログ構成変更のお知らせ
今までこのブログ「BigBang」と、はてなの「月も見えない夜に」の二部構成でやってきました。「BigBang」ではどっちかというと、社会や政治や、まあある程度ちゃんと書こうと。「月も・・」は散文とかネタとかネタとかネタとかになっていましたが、ここでちょっと構成コンセプトを変更します。
「BigBang」は基本的には今まで通りですが、変更点が1点あります。
今後このブログでは
「ことのは問題」「ことのはその後問題(?)」に関するコメントは一切受け付けません。
理由は、ご存知の方もおられるでしょうが、この問題に関連して私に対して、悪質な嫌がらせが横行していますので、それに対する対応措置とさせていただくということです。意見の立場がどうであれ、この問題に関連するコメントは全て削除させていただきますが、当然ながらコメント欄には格別の物理的制約は設けません。
そして、「月も見えない夜に」は、タイトルを変更して「AnotherB」としました。この「BigBang」の裏ブログ(ここで扱えないテーマを扱う)としての性格をもっと明確にもたせるようにしようと思います。結局はまたネタとかネタとかネタとかになってしまう可能性もありますけれどね。
で、「AnotherB」ではあらゆるテーマのコメントを歓迎します。好意的なものだけではなく批判的なコメントも歓迎しますから、p●さんや、御●さんもどうぞ投稿してください。もちろん「ことのは」関連もOKです。ウェルカム。私に一言、言ってやろうという方あればどうぞ。「AnotherB」でやってください。私も今後特別な事情ないときには、この問題は「AnotherB」でのみエントリーします。関連ブログあればそちらにも積極的に伺います。
ここも、コメント欄には制約は設けません。ただし、当然ながら目に余るような個人への誹謗中傷や、不要な実名記載、連続投稿など、その他こちらの判断で行き過ぎたものについては削除します。また、それが警告後もおさまらない場合には、投稿規制をさせていただくこともあります。
これは臨時的な措置で、動向を見まして、また変更する可能性がありますが、当面お知らせします。
それに加えて付加事項が2つほどあります。
●私に対してコメント欄を閉鎖しておられるにも関わらず、批判的な、あるいは事実に反する憶測のみを、連続してブログに書いておられる方がおられますが、それでは反論の機会も、対話の機会もありません。理解に苦しむ状況です。直ちにコメント欄を開放されるか、そうした憶測記事を停止するかどちらかにしていただきたいと希望します。サイトの名前を具体的にあげることはここでは差し控えますが、当該の方はおわかりになると思います。
●掲示板等に書かれた質問や意見については、私が仮にそれを目にしていても、ブログやコメントで、ご返事することは基本的にはありません。前述しましたように「AnotherB」を開放しますので、どうかそこにお書きください。
繰り返しますが、こうした運営方法は一時的な措置であり、早い将来にまた本来の形に復帰させたいと考えていますので、どうかご協力をお願いします。
2006 11 10 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
November 05, 2006
父親たちの星条旗(「Flag of Our Fathers」)と隣のサンドウィッチ
クリント・イーストウッドが監督した『父親たちの星条旗』+『硫黄島からの手紙』の二部作として公開される予定の映画の第一弾。米国の視点から見た硫黄島攻防戦を描く。第二次世界大戦でも屈指の激戦地とされた硫黄島の戦いは、戦死者計約26,000人(日20,000人:米6,000人)を出したとされる。圧倒的な兵力の差から、当初3日程度で終わると見られていた戦いは36日間に及んだという。
この硫黄島の戦いで撮られた、「擂鉢山に米国旗を掲げる兵士」の写真は、米国の戦勝ムードを盛り上げるための格好のプロパガンダとされたが、映画では英雄とされた6人の兵士のそれぞれの運命を描いている。あまりにも有名な写真の裏に隠された真実が、この映画のテーマである。
戦争における建前と現実の間のすさまじいギャップを、兵士たちの視線から描いている作品として秀逸な出来だと思うが、意外に思ったのは、当時の米国の戦争資金逼迫の深刻度である。「英雄」とされた兵士たちは、「戦時国債」のためのいわばプロモーションとして、米国各地を見世物のように引き回されるのである。戦争末期、日本が既に各家庭から強制徴用した貴金属などを戦時資金に当てるほど武器弾薬不足に逼迫していたことは知られているが、米国の切迫度について、リアルに描かれている映画は珍しいように思った。
プロモーションのパンダ役に疑問を呈する兵士に政治家が言う「行くなら石を持っていけ。持たせる弾丸はない」という一言は印象的。
「英雄」としての扱いは実に馬鹿ばかしさと欺瞞に満ちたものであり、兵士たちが、地獄の戦場での記憶に苛まれながら、次第に心の均衡を失っていく様子が淡々と描かれている。このあたりちょっと時間軸が行ったり来たりでわかりにくいところもあったが、紛れもなく「敗者」としての我らの立場から、「勝者」であったはずの米国のナーバスな痛点を見せられる奇異な感覚。
を味わいながらも、隣に座った国際カップル(男おそらく米国人:女おそらく日本人)の食べ散らすサンドイッチの音と匂いが、映画前半でやけに気になったのは、このストーリーのナイーブな部分が知らずに自分にも影響していたせいかもしれない。
硫黄島での圧倒的な兵力差は、地平線まで広がる米国の大艦隊と、我らが兵士の地に潜り、血にまみれて36日間の苦闘をなした、そのあまりにものすさまじい姿の対比で否応にも思い知らされる。
それにしてもよくぞ双方から描く手法を選んだ・・というよりも、第二部「硫黄島からの手紙」で日本側からの視点を再体験しないことには、何とも精神的におさまりのつかない映画であるし、この1作だけでは日本市場での公開は微妙であっただろう。
加えて、実際にはアイスランドで撮影されたという「硫黄島」の夢の中のような不思議と現実感のない荒々しい岩肌の輪郭が心に残り、今度は防御の側から描かれる次回作「硫黄島からの手紙」も観にいこうと思った。
つまり製作者側の思惑にまんまと乗せられているようなのだが。
2006 11 05 [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック
November 01, 2006
ソフトバンク問題・あれ、こんなところに阿多さんが-----携帯電話市場に住む魔物
今日になって、ソフトバンクからの転出がトラブルの主原因になっていたことを、ソフトバンクは正式に認め、その数が2万減であることを明らかにした。ドコモとKDDIの「剣幕」に推された形。やはり初動であたかも自社に転入顧客が殺到してきているような「印象操作」をしたのはよろしくなかった。
【続報】ソフトバンクのシステム障害,MNPの転出処理が原因(ITpro)
10月30日,ソフトバンクモバイルは28日,29日と続いたモバイル番号ポータビリティに関する申し込み業務の停止について,当初の原因は「ポートアウト」,つまりソフトバンクモバイルから他社への転出処理だったことを明らかにした。 ただし転入数と転出数については公表しなかった。孫正義・代表執行役社長(写真)は「24日と25日の2日間は事実上(新料金プランである)ゴールドプランの発売はしていない。26日以降の本格的な発売」であるとし,その後のMNPシステム停止などもあり「イレギュラーな形になっている」と説明。数値についての発表は控えた。なお,KDDIはMNP開始1週間で8万純増,ドコモは29日時点で6万純減であることを公表しており,ソフトバンクモバイルはおおよそ2万の純減と推定できる
ところでこの記事で懐かしい人のお名前を目にした。
阿多専務執行役は,MNPの転出処理が遅くなった原因として家族割引の契約者の例を挙げた。家族割引の「主回線」の契約者が解約した場合,「副回線」が「主回線」に“昇格”する。その後元々副回線だった契約者の解約処理が発生した場合,「副が主に変わっているので(自社の業務システムと実際に送られてくる契約者データの情報に異なる点があり),手間取った」(阿多専務執行役)。今後の対応として,「主副は,実際の請求時にステータスがはっきりすればよい」(同)とし,料金請求時に対応することとした。
おわかりになるだろうか。元マイクロソフト日本法人の代表取締役であった、阿多親市氏である(現ソフトバンク・専務執行役情報システム・CS統括本部長兼カスタマーサービス本部長)。
あれ。阿多さんはソフトバンクに行かれたのだったか。知らなかった。調べてみると、2003年の6月にマイクロソフト日本法人の社長を辞された後、すぐにソフトバンクBBに入社されていたのだった。ご存知でしたか。そうですか。
阿多元マイクロソフト社長が、ソフトバンクBB入り。「孫社長の大義に共鳴し」取締役に
阿多さんという人は、日本マイクロソフトの歴代経営者の中でも、古川さんや成毛さんに比べて地味な印象のある方だが、僕にとっては恩人である。確か阿多さんはまだマイクロソフトの販促部長をしておられたと記憶しているが、Windows95の上陸直前、1994年前後に販促の仕事でお世話になった。というか食わせてもらった。あちらはおそらく覚えておられないであろうが、独立したばかりの私には願ってもないクライアントだった。
マイクロソフトという会社がまだ一般的に日本では認知されていなかったころで、オフィスも笹塚の地味なビルだったのだが、阿多さんは確か販売促進のプロとしてアイワから入社され、Windows95上陸という大きな節目の中で、マイクロソフト日本法人の初期の足回りを支えた立役者である。
その功によりついに社長にまでなられたのだが、Windows95の上陸という一大マイクロソフトブームが吹く中で、次第にマイクロソフトとの縁は遠くなった。
気がつけば、恩をすっかり忘れ、それどころか立派なアンチマイクロソフト。おまけにソフトバンクのことも勝手なことを言って評しているが、この記事で阿多さんが「頭を下げて」おられる様子を見て何やら神妙な気持ちにもなった。
しかしそれはともかく、阿多さんほどの販促のプロ中のプロがおられながら、今回のソフトバンクの失態はどうしたことだったのだろうか。今日、公取委が調査を行ったというニュースが流れたが、通常であれば、販促の責任者のみならず、何よりも広告代理店が、あの訴求方法の危うさには本能的に気がつくはずである。それも素通ししてしまうほどの、孫CEOの独走だったのか、あるいは代理店サイドもそうした「本能」が弱くなっているのか。
マイクロソフトという会社も、周知の通り相当に強引な手法で成長してきた会社であるが、こうした類の「失態」を演じたことは記憶の限り、少なくとも日本市場においては、ない。強い商品を持つ会社の戒めとして、他社にも劣らぬほど、そうしたところに綻びを見せぬよう、早くから社内には隙がなかったように記憶している。
ソフトバンクが、今猛烈に「チャレンジャブル」であることは、孫氏の今までの戦略を見れば、理解できないことではないのだが、あるいは携帯電話という商品は、広告にしろ、販促にしろ、経営戦略にしろ、従来の蓄積が役に立たない「魔物」が住んでいるのかもしれない。あるいはその魔物が十分な経験を持つはずの人の心にも「魔」をもたらしたか。いや組織的カタストロフィか。
おそらく今苦悩しておられるであろう、阿多さんの姿を見ながらそんなことを思った。



