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November 18, 2006

ジュンク堂で「アルファブロガー」をいつものように散策する

Alpha


前から言おう言おうと思っていたんですが、僕はfinalvent氏のことを「おじき」と呼んだ記憶はありません。たしか「爺」とはどこかで言ったかもしれない。だがこれも変な話であって、ほとんど同世代なので(笑)ある意味とんでもない失礼な言い方である。ま、いいか知能年齢も精神年齢も負けているし、僕のほうが全般的に幼稚(?)だし。

#もうひとつ前から絶対に公共の場で訂正したいと思っている点があるのだが、これはエレニさんにそんなことをしたら軽蔑すると固く止められているので、公表しない。

が、年齢は別としてどこのクラスにも一人はいるでしょう。妙に老けたことを言うやつが。例えば19歳のときから「爺」などと呼ばれる。氏がそういう範疇の方だとは言わないが、電磁的に綴られる文字から焦点を結ぶ映像は、やはり「爺」的ではある。

新宿のジュンク堂で、原爆の写真集のコーナーの横に、なぜか「最近のちゃらちゃらしているやつら」=ブロガーの書籍コーナーができていて、原爆写真集でそぞろ涙を流した後でそちらに移動すると、もう季節はずれのディズニーランドに迷い込んだようなのだが、ほとんどの書籍は既に買ったり、立ち読みしたりしたものばかりで新鮮味がないのだが、馴染みの方にお会いしに来る気分。

「お、湯川さんだ。その後お元気ですか?健康ですか?」
「お、佐々木さんだ。その後いかがですか?オーマイは」
「高田さん、ロンドンの空気にはなじみましたか?」
「わださん!稼いでますか?」

そしてちゃらちゃら中のちゃらちゃら「アルファブロガー」(翔泳社)を久しぶりに手に取る。もう何度も開いているはずの本だが、残念ながらお金を出して買う気にはならず、書いてあることも今となっては読む気もせず、巡回路のように同じようなページを、同じように辿っていき、結局買わずに時間が経っているのだが、まずダンディな「爺」ことfinalvent氏の尊影を拝む。ありがたや、ありがたや。(手は合わせなかった。)

#話はそれるがこの「ジュンク堂」という本屋は僕の世代にはなじみが薄い。待ち合わせというと三省堂とか、紀伊国屋、旭屋の定番。掴みはOKの渋谷大盛堂の地下軍事コーナー(!)(本店は閉店したらしい)、背伸びしてブックファーストetcetc。ジュンク堂のような新興勢力は、大人になってから出会った本屋であって、僕が若かったころのことを知らない。そのせいなのか、どことなく心を開くことができないのであるが、この生意気な本屋がなかなかできる奴だということは知っている。

次にR30氏へ。R30氏はいつもR30で死ぬまでR30。言ってることも全身R30。腐っても弾んでもR30。いや悪口ではありません。でもこの写真は何で後ろからなんだなどといつも同じことを考え、で、切り込み隊長は何度も写真を見ているのに、僕の中ではデブ恰幅のよい秋葉原系の男性像が刻み込まれており、痩身な姿に何度も驚く。何度も同じところで、同じことを忘れていて驚いている僕はやはりバカかもしれない。何でこんなに痩せているんだろう。何食ってるんだ。余計なお世話だ。

それからお約束のように松永さんを探しに行くが、実は松永さんはこの11名の中にはいっていなくて、絵文禄ことのはは、小さく画像で紹介されているだけである。これも何度も見てわかっていることであるが、毎回毎回探しに行っては「いないぞ」と驚く。やはりバカかもしれない。

よく「アルファブロガー」の仲間入りをしたかったBigBangなどと書かれるけれど、「アルファブロガー」になると何がどういいのかわからないというか回路が繋がらない。こういう本で紹介してもらえるのか、それはちっとかっこええかもしれんな、飲み屋の女の子にさらっと出したりできるのか?それはオヤジの発想だ。きっとここに紹介された皆さんはそんな下品なことはしないんだろう。名刺代わりに出すと場の空気が変わるのか?そんならええな。でも空気が変わっただけではメシ食えんなあ。(なんであやしい関西弁。他意はないねん)

こういうところで紹介されているブログのアクセス数というのが半端じゃないので、その桁外れの数に驚いた記憶はあるけれど、言葉としての「アルファブロガー」が消費されて消えていく言葉であることは、さすがにこれだけ生きてくると骨身に染みてわかっているので、いいとこ、この言葉も2年かななあどと思っていた。

言葉としての「アルファブロガー」が軽薄だとか意味がないとかディズニーランドであるとかそういうことではなく、おおよそ言葉というものは急速に消費されて消えていくものである。その言葉が、あたかも永遠に続く価値のようにこの身を寄り添えば、いつか自分も言葉とともに消費されて消えていく。おそらく僕も何度かいろんな言葉に寄り添っては消され、戻ってきては消され、その繰り返しの中で今の場所にたどり着いた。その根源的な不信感かもしれず。へそまがりなだけかもしれず。

この本が出版されたのは2005年の10月である。
まだ1年ほどしか経っていない。
どうですか皆さん。人生変わりましたか?

街はもうすっかりクリスマスの装いである。

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