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December 31, 2006

年末にあたって----また矮小な時を積み重ねて

End_year


(このエントリーは年末ということで異例ですが、「BigBang」「AnotherB」両ブログにアップします)

正真正銘の年末である。にも関わらず、何か総括的なエントリーを書く気分になれないでいた。あまりにもいろんなことを解決しないで、来年に持ち越してしまいそうな気がする。私的な面でも、仕事の面でも。
こういうときには、日々は淡々と粛々と、テンションを変えずに続いていって欲しい。年の終わりだとか始まりだとか「メリハリ」もつけず、「ハレ」も挟まず、ただ粛々と昨日と同じ日々が流れるだけでいい。その流れの中で解決していきたいこと、けりをつけていきたいことが多すぎる。などと述懐するといかにもワタシらしい暗い展開であるが。

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「黄泉の犬」(藤原新也)を読んでいく(4)--麻原・水俣病説への疑問

このエントリーに滝本太郎弁護士からコメントをいただいた。「黄泉の犬」に関する見解が氏のブログに書かれているというご案内だったので、行ってみた。
麻原は「水俣病」を患って目を悪くしていたのではないかという、この書の中でも愁眉の部分に関しての見解である。

●「備忘録-黄泉の犬」(同上)

●「再び「黄泉の犬」について。」 (同上)

●「「黄泉の犬について-3」」(『日常生活を愛する人は?』-某弁護士日記)

滝本氏は麻原の「在日朝鮮人説」「被差別部落出身説」と並べて、藤原新也の「水俣病説」に強い疑問を提示されている。その根拠としては、麻原の長兄の証言全般に関する疑念である。

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December 30, 2006

オーマイニュースを巡る匿名性の問題について---小倉弁護士に答える

私の記事「朝日に報じられたオーマイニュース苦戦の深刻----問題はアクセス数激減だけではない」に小倉秀夫弁護士からコメントをいただき、さらにエントリーも立てていただいたので、それについて触れようと思う。

 しかし、オーマイニュース日本版のオピニオン会員によるコメントには、内部告発や危険水域からの匿名での発言なんてものはなかったわけです。むしろ、匿名性の高いコメントを可能とすることによって、自分とは相容れない思想傾向の記事を掲載する市民記者に対して執拗にネガティブな言葉を投げつけることによってその種の市民記者がさらなる記事を投稿する意欲を奪おうという一種の言論封じのためにコメント欄が活用されたとすらいいうる(bigbanさんの言い回しを借用するならば「最初から匿名が許容されることによって封じられる記事がありますが、言論機関の長であるが故にその点を斟酌せざるを得なくなったということでしょう。)。さらにいえば、オピニオン会員は、少なくとも編集部との関係で「どこの誰であるのか」が明らかにされていなければ、コメントにより市民記者または第三者との間に訴訟問題が起きた場合のリスクを負わなくて済むわけです。 (コメント欄もwikipediaも内部告発の場ではない(la_causette))

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December 22, 2006

「黄泉の犬」(藤原新也)を読んでいく(3)--あの年の記憶

地下鉄サリン事件(ちかてつサリンじけん)は、1995年3月20日に東京都の地下鉄でカルト新興宗教のオウム真理教が起こした無差別テロ事件である。毒ガスのサリンが散布されて死者を含む多数の被害者を出し、日本の社会に大きな衝撃を与えた。(Wikipedia)

あの年の記憶ははっきりしない。その年までの狂乱のバブルの記憶が思いのほかはっきりしているのに、1995年の記憶は、元旦の読売新聞のスクープ、燃える神戸、そしてカナリア。それから・・・それから?それから?

なぜか記憶がすっぽりと抜けている。

ようやく意識に上がってくるのは、気がつけばテレビの映像の中に、見慣れた大学時代の同級生の女性がいつの間にか座っていたことである。彼女が卒業後、メディアの冷淡に、そして世間の冷淡にまみれていた頃、僕はやはり拭いようの無い冷淡の海の中でもがいていた。ようやく海面から頭を出した頃、目を疑う光景。通いなれた東銀座の駅の惨状。そして19歳の頃から大学で席を並べた女(ひと)の顔が、そこにあった。そしてその顔は、僕の知っているその人の表情ではなかった。別の心がそこに降りていた。

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December 17, 2006

朝日に報じられたオーマイニュース苦戦の深刻----問題はアクセス数激減だけではない

12月17日の朝日新聞に「オーマイニュース苦戦」という記事が掲載さされた。

詳細は、文中の引用を見てもらいたいが、鳥越編集長の「僕の挑発に・・」発言。この方は骨の髄から「匿名」が気に入らないのだろうなと思う。「匿名」からも様々なオピニオンが寄せられているという、正当な「峻別」がない。つまり「卑怯な発言」「低俗な発言」「誹謗中傷」は、実名でもなされる場合があり、「匿名」であっても、考慮に値する「批判」があるという、その場所まで降りてから、批判は緻密化されるべきであろう・・あるいは発言者の安全担保などということは今更言うまでもなく当然のことだと思われるのだが、気がつく限りその視点を包含した発言が何一つ見当たらない。このあたりは見事な程である。

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December 14, 2006

「黄泉の犬」(藤原新也)を読んでいく(2)--腐臭の隣に多くの死があった

Hujiwara2


藤原新也が「東京漂流」を書き溜めていた80年代後半・バブルの時代。彼が、凄まじい勢いでバブル経済の狂乱状態へと生き急いでいく東京の裏側に、ぽっかりと口を開けた不気味を撮影して歩いている頃、僕は東京で広告プロダクションにあり、折からの博覧会ブームの中で、血走った生活を送っていた。

1985年の「つくば博覧会」はそうしたバブルの喧騒の序曲として幕を揚げたような博覧会だった。入場者数は大阪万国博の6422万人には及ばなかったものの、実に2205万人を記録した。

毎週、金曜の夜には、僕は深夜の常磐道を同僚と一緒に筑波へと走る車中にいた。会社が某企業のパビリオンの運営を丸ごと請け負い、会社は沸きに沸いていた。金曜夕方になると僕たちは経理から1人50万くらいの札束を適当な名目で受け取り、各々がポケットに詰め込んだ。20代の若造がポケットにねじ込んだ大金を、きれいに1週間もしないうちに使って帰ってくる。それでも何億という仕事を受けているのである。会社もうるさくは言わなかった。使いすぎたときは次の給与を全部差し出して清算し、その代わりに次の仮払をもらった。都内の移動は全てタクシー。仕事では何ヶ月も電車にすら乗らないことがあった。

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December 12, 2006

「黄泉の犬」(藤原新也)を読んでいく(1)--心を屠られるということ

Yomid

午後、偏頭痛が酷くなって、たまらずオフィスを抜け出した。いろいろ書籍チェックもしなければという口実を自分に与えて、まず薬局で頭痛薬を買い、スターバックスが売り場の一隅にある新宿の本屋でしばらく気絶することにする。いろいろ頑張ったので、気絶するくらいはいいだろうと気絶を始めると、目に留まった本がある。

「黄泉の犬」

藤原新也が、「黄泉の犬」の読者からの手紙に対して、オウム真理教を擁護し、オウム真理教事件を「小市民が起こした犯罪」とまでの表現で日記に掲載したという話を耳にして以来、麻原の兄を取り上げたというこの本が、ずっと気になっていた。

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December 04, 2006

堀江貴文の「サンデープロジェクト」出演について

3日・日曜日の朝、テレビをつけたら「サンデープロジェクト」に堀江が映っている。あれ?事件前の録画かなと思ったら、生だった。この時期のテレビ出演はないと思っていたので驚いた。座りなおす。

発言の主要部分と思われる箇所を少し。

堀江:彼(宮内)は早く終わらせたいから。多分、否認できると思うんですよ。僕は強制捜査されたときから何でこんなんでやられてるのか分からなかったから、こんなの認めたらアホでしょみたいな話だったわけですよ。彼なんかはやられちゃったものはもう仕方ないからさっさと認めて早く終わらせて忘れられようと思ってるんだと思いますよ。頑張ろうと思えば頑張れたと思うんすけど、一番最初に落ちちゃったみたいですからね。

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