« December 2006 | トップページ | February 2007 »
January 29, 2007
新宿シティハーフマラソンに出たぞ
新宿区民の皆さんの交通に多大なる影響を与えてすみません。横断歩道至るところで止めちゃったけど何か?やくざさんも怒ってました・・よ。知りません。
・・・の新宿シティハーフマラソンに、何と実は私も出場しました。
4,000名余りの出場者の中、スポンサーのうちの1社である、丸正さんの店前を通過すること3回。四谷三丁目と通い親しんだ国立競技場との距離って、こういう感じなのかと感慨を持つこと3回。給水所に来るたびに足を止めて水を飲みまくる素人は誰だよの視線にさらされること、およそ6回。
1時間くらいしか走ったことのない私にとっては、生まれて初めての長い長い道のりであったのですが、10Km近くまでは大変に好調。ところが14-15Kmあたりで、膝の痛みに襲われて、運命の東京国際・高橋尚子並の(嘘)大ペースダウン。いやもちろん遥かにひでー。
何とか競技場までたどり着きましたが、20.5Km付近で惜しくも制限時間に・・(以下略)あと500mじゃん、ゴールさせてくれよ、ケチ!
このままじゃあ引き下がれねーよなあ。
という「年何とかの何とか」な一日でした。
「ブロガーの皆さんも、パソコンの前ばかりにかじりついていないで、たまには外に出て遊ぶんだぞ!」(偉そう)
あーあ。じぐじょう。
2007 01 29 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック
January 27, 2007
IT's Big Bang! 更新
「IT's Big Bang!!」を更新しました。
●Second Lifeのビジネスモデル----CPUの作り出す「もう一つの地球」はハッピーか。(CNET Japan)
2007 01 27 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
January 24, 2007
「名もなき毒」を読んだ-----恐れるべき毒は我等の内に
「誰か」の続編となる宮部みゆきの作。巨大コンツェルン総帥の娘婿になり、グループの広報誌編集部に所属した元編集者杉村三郎を主人公にした第二作である。
読み進めば読み進むほど、幾度もカバーを眺め「名もなき毒」というタイトルを確認する。それほどに、この小説を的確に表現している秀逸な表題である。経済的安定に恵まれ、平凡日常な毎日をおくる主人公の孤独、空虚感だとか、喪失感は一作にも増してこの小説に彩を与えているが、だからこそ起きる事件の生々しさ、この世俗の毒々しさが鮮やかに浮かび上がってくる。
富と愛情、堅牢な地位。表面的には全てを持っている主人公、というおよそ小説にはまったく似つかわしくない「困難な」キャスティングを敢えて行い、にも関わらずドラマティック極まりなく人間群像を描いていく作者の手腕には、相変わらず舌を巻く。「理由」や「火車」で描いたような、特殊なプロットであれば、いかにも「小説になりそうな」のだが、そんな舞台仕立てを、敢えて全て捨てて、ある「くびき」のようなものを、自分に課して「挑戦的」に書かれた、という風に思える。
ストーリーのセッティングは、それら個性的な作品に比べ、遥かに「凡庸」にシフトしているのだが、並々ならぬ「力」でこのフラットな物語世界が後半、鮮やかに「揺れる」感覚を味わうことが出来る。読書の醍醐味といえるだろう。
異常な舞台仕立てで書くならば、どんな「まずい」書き手でも、素材に助けられて。ある一定の段階までは読者の関心を引っ張ることが出来ようが、この連作に用いられている舞台は、どこまでも飄々たる杉村三郎の性格そのもの通りに、平々としており、下手な書き手が迷い込んだなら、とんでもなく退屈な凡作になるはずである。
それを、まったく先を読みきれない、しかも雰囲気のある、一級の推理小説に仕上げる力は、並みの「小説家志望者」を打ちのめすだろう。本当のプロとはこういうものである。などと嫉妬する段階はもちろんとうに過ぎた距離感である。当たり前。
「毒」という言葉は、この小説ではダブルにもトリプルにも、多重な意を込めていられているが、一番恐れるべき「毒」は我らに内在する心の奥であろうし、その毒は、毒が撒かれる前の生活や人生が凡庸であればあるほど、その刃をもって、鋭利に襲い掛かってくるのである
文句無く第1級のストーリーテラーの技に酔いしれた後、そんなことを思ったのである。
2007 01 24 [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック
January 19, 2007
IT's BigBang! 更新
「IT's Big Bang!!(CNET Japan)」を更新しました。
●光と影は入れ替わるのか---Apple10億ドル利益の衝撃(CNET Japan)
2007 01 19 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
January 18, 2007
不二家の「ペコちゃん焼」についての、ちょっと風変わりな話
その頃のガールフレンドとは、よく高田馬場から新宿まで歩いた。ビッグボックスの横を通って、線路の下をくぐり、山手線の線路と付かず離れず、ずんずんと歩く。今だったら考えられないが、時間もあったし、体力もあった。何より、ずんずんと大学の帰りに歩くのが気に入っていたのだ。僕が、というより彼女がね。
で、ある日のこと。
いつものように山手線の下をくぐると、僕たちの前から歩いてきた、見知らぬ男。どちらかというと立派な身なりとは言えない彼が、「これあげる」と言うなり、すれ違いざまに茶色の紙袋を僕に押しつけた。
驚いて振り返ると、もう男はどんどん歩いていってしまっていた。
恐る恐る彼女と2人でその温かい茶色の紙袋を覗き込んだ。
「・・・・・・・・ペコちゃん?」
と彼女が言った。紙袋の中には、ほかほかのペコちゃん焼が3つばかり入っていた。ぺこちゃん焼きというものがあることを、僕たちは2人とも知らず、初めて実物を見たのだ。つまり見たこともない、ペコちゃんの顔が象られたお菓子としか見えない。
「なに?これ?・・・・・・」
「くれたんじゃない?」と僕。
「・・・・・どうしよう?」
その頃、確か道端に置いてあったコーラを飲んだ若者が死んだだか、病院に担ぎ込まれただかという事件が報道されたばかりで、僕たちはすぐにそれを思い出した。
「食べるわけにはいかないよね・・・やっぱり、これ。」
「そうだよね。怖いよなあ。」
で、僕たちはしばらく迷った挙句、勿体無いけれど、そのペコちゃん焼きを捨てることにした。そもそも、なぜ通りすがりの学生カップルに、ペコちゃん焼をあげなければならない?余ったのか?なぜ??自分が買って食べるつもりが、飽きたか多すぎた?3つも?
つまり総合的に考えてかなり怪しいペコちゃん焼きであったので(しかも見るのが始めてのペコちゃん焼はそのまま結構不気味であった)僕たちがそのまま、「いただきます」を避けたのは当然だったと思う。
僕たちは、そのペコちゃん焼をそっと路上に置いて・・・(いや、もうちょっとましな処理の方法もあったと思うけれど、とにかく逃げたかったんだな。この厄介なものから)立ち去ってしまった。
それでも、その後、そのペコちゃん焼を拾った誰かが食べてしまい、新聞に載るような「惨事」が起きなかったか、あるいは気の毒な犬がそれを食べて・・。僕たちはその日と翌日の新聞を隅から隅まで読んだ。どきどきしていたわけだ。自分たちのせいで、誰かがひどいことになったらどうしようとか思ったわけだが、何も起きなかった。
もしかしたら、あの男は純粋な親切心で、ちょっとばかり買いすぎたペコちゃん焼を、貧乏そうな学生男女にくれただけだったかもしれないと、今になったら思うけれど、まあそれでも食べるのは無理な状況だった。
あのとき食べ損なったペコちゃん焼を、もう一度食べるチャンスは来なかったのだが、この菓子が、不二家の神楽坂店でのみ売られていることを、今回初めて知った。
不二家の食品工場で作られているものではないため、この店ではしばらく販売を続けていたらしいが、ついに中止のやむなきに至ったらしい。
不二家飯田橋神楽坂店オリジナル商品のペコちゃん焼の販売を一時中止します
当店で製造販売している「ペコちゃん焼」は、飯田橋神楽坂店のオリジナル商品として、本社の原材料は一切使用せず、店内で製造販売してまいりましたが、不二家本体が社会的問題を引き起こした上は、不二家傘下のわたしたちの「ペコちゃん焼」も、製造販売を本日2007年1月15日より自粛することに決定しました。
何だか気の毒な気はする。
そういえば、僕は雪印の仕事を担当していたことがあって、あの雪印の惨事があったときに、こういうエントリーを書いたことがあった。ある種の「禍々しさ」についての、とりとめもない話であるが、ここでもペコちゃん焼にその禍々しさがあったなどと、因縁めいたことは言わない。言わないけれど、僕にとってはちょっと風変わりな思い出で、そして、何だかいろんな意味で、ちょっと印象深い菓子なのである。
それだけの話。
【加筆 1/26】
ここで作ったペコちゃん焼の画像追加。
2007 01 18 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
January 12, 2007
「IT's Big Bang! (CNET Japan読者ブログ)」開始のお知らせ
今日から「CNET Japan」に、読者ブロガーとして参加することになりました。
新しいブログのタイトルは
IT's Big Bang! ---ITビジネスの宇宙的観察誌
読者ブログとはいえ、ここで書いているような「頭の痛い」記事ばかりCNETさんで書いていると迷惑をかけますので、少し気を引き締めて書こうかと思っていますが、BigBangトーン(苦笑)はなくしたくないので、こういう名称にしました。テーマはサブタイトルにある通りであり、一応「経営一般」のジャンルでの採用ですが、実際にはITの幅広い側面をなるべく「変な切り口から」(笑)書いていこうかなと思っているところです。(クビにならないように書かなければならない。)どうぞよろしくです。
早速次の2本の記事がアップされていますので、ご案内しておきます。
●君臨すれども管理せず----「2ちゃんねる」はどこに行くのか(IT's Big Bang !)
●バーチャルな地球と蜜蜂の巣(同上)
2007 01 12 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック
January 11, 2007
アップルのiPhone発表は「見切り発車」のようだが(2)----シスコシステムズ、アップルを提訴
昨日
アップルのiPhone発表は「見切り発車」のようだが----Apple Corps.とApple.Incの微妙な関係
のエントリーで、AppleがMacWorldの前夜まで行っていた、iPhoneの商標権使用に関するシスコとの調整を完遂できないままに発表に踏み切った件を書いたが、ついに、シスコシステムズが、Appleを提訴した。
シスコシステムズ、iPhoneの商標権侵害でアップルを提訴(CNET)
Cisco Systemsが、「iPhone」で商標を侵害されたとしてAppleを提訴したことを米国時間1月10日に明らかにした。Ciscoは、Appleが窓口会社を使ってiPhoneという名称の使用権を取得しようとしたことも、訴訟の対象としている。Ciscoはカリフォルニア州北部連邦地方裁判所に訴状を提出し、Macworld Conference & Expo 2007でiPhoneという名称の新商品を発表したAppleが、意図的にCiscoの商標を侵害したと主張している。
訴状によると、AppleはiPhoneという名称の使用権の取得を幾度か試みたが、Ciscoに拒否されたため窓口会社を設立し、別の方法を使って権利を取得しようとしたという。「
「窓口会社」はOcean Telecom Servicesというデラウェア州の会社。いわゆるダミーと考えていいだろうか。ダミーによる権利取得の試みがシスコの逆鱗に触れたらしい。
ま
たこの記事では、Ciscoのシニアバイスプレジデント兼ゼネラルカウンセルMark
Chandler氏はNews.comの取材に応じ、8日の夜まで両者が歩み寄りのための交渉を続けていたことを明らかにし、その中でCisco傘下の
Linksysが提供するインターネットテレフォニー製品とApple製携帯電話の技術的な相互運用性を確保するというものがあったことを明らかにしてい
る。
Chandler氏によると両社は検討事項を2、3点だけ残し、8日の20時に打ち合わせを終えたという。そして翌9日、Appleの最高経営責任者(CEO)Steve Jobs氏はMacworldで講演し、「iPhone」を発表した。
Chandler氏は「製品発表前に条件に合意してもらわなければならないことを示してきた」と述べ、「許可なく名称が使用されることはないと信じていた。大企業が、自分に権利のない名称を使って新製品を発表するなんて、驚くよりほかない」と続けた。
Ciscoは新製品の発表後のAppleに対し、ただちに合意に応じるよう連絡したが、Appleからの回答は得られていないと、Chandler氏は述べる
もっ とも、「Appleの広報担当Natalie Kerris氏は「Ciscoの商標権侵害訴訟はばかげている・・・Ciscoの商標は根拠に乏しいと考えている」と述べ」ているという。その根拠として は、既に複数の会社がVoIP製品でiPhoneという名称を使っていること、携帯電話でiPhoneという名称を使うのは、Appleが初めてであると いうことを根拠としてあげているという。
全世界的にこれほどインパクトのあった製品である。両者はいずれかの形で歩み寄りをせざるを得ないと思うが、これほどのキラープロダクトの発表にあ たって、商標権交渉が発表前夜まで続き、しかも決裂してしまったなどというスキャンダラスな展開は、Jobsの「昔の悪い癖」が出てしまったかと、 Appleの業績が今絶好調なだけに、非常に残念に思う。
Endpoint Technologies Associatesのアナリストで、長年Appleの動向を追ってきたRoger Kay氏は、歯に衣着せぬ物言いで今回の状況を次のように評価している。
「Steve(Jobs氏)がずぶといだけだ。彼はライセンスも支払わなければ、交渉もせず、商標を手に入れようとしている。ごう慢の極みだ。彼は基本的にうまく切り抜けられると考えている」(Kay氏)
2007 01 11 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
アップルのiPhone発表は「見切り発車」のようだが----Apple Corps.とApple.Incの微妙な関係
アップルのiPhone発表が大きな話題になっているが、気になったことを少し。
Macworld開幕--S・ジョブズがついに「iPhone」「Apple TV」を披露(CNET)
10:32 a.m.
「iPhone」という語の使用について、CNET News.com記者にCiscoから電話が入る。
Ciscoの担当者は次のように述べる。「Ciscoが所有するiPhoneの商標を向こう何年間か使わせて欲しいと、Appleからたびたび相談された。何度も話し合いを行ってきたが、本日のAppleの発表を見る限り、同社は、われわれがAppleに昨夜配信した最終ドキュメントに合意したようだ。もっとも、合意にいたっていない事項もいくつか残っている。それについても今日サインしてもらえるものと期待している」
昨夜? 今日サイン?
何とCisco所有のiPhoneの商標を使用する交渉は、Macworld前夜も続いていた模様。しかも「見切り発車」でJobsが発表にこぎつけてしまった可能性あり。久しぶりにJobsの強引プレーか。Ciscoの幹部の苦りきった顔が目に浮かぶ。
それよりも気になっているのは、レコード会社の「アップル」(Apple Corps.)との関係。「アップルコンピュータ」は「アップル」に対して、昨年の3月に形の上では勝訴を勝ち取っているが、さらに昨年11月にはこのような記事が出て雪解けが噂されていた。
アップルとビートルズが「雪解け」?--iTunesでの楽曲独占販売に向け、関係者が交渉か(CNET)
米国時間11月27日に雑誌Fortune(オンライン版)が報じたところによると、iTunes Storeを運営するApple ComputerとBeatlesの楽曲を管理するApple Corps.とが、同グループの楽曲のオンライン販売をめぐって話し合いを進めているという。この協議が成立した場合、Beatlesの楽曲が iTunes Storeにおいて期間限定で販売されるほか、iPodのコマーシャルへのBeatles曲の利用や、U2の前例にならってiPodのBeatlesモデルが発売される可能性もあると上記記事は伝えている。
(中略)
Apple ComputerとApple Corps.とは、リンゴのロゴやBeatlesの楽曲利用をめぐり、過去20年以上にわたって何度か法廷での争いを繰り返してきた間柄。そのため、上記のFortune誌記事は、両社の協議がまとまれば「ニクソン(元米大統領)-ブレジネフ(旧ソ連首相)による雪解け」に相当する出来事とのたとえを用いている。もっとも、両社の間では、楽曲の販売期間の長さや、Apple ComputerからApple Corps.へ支払うアドバンス(前払い金)の金額などについて、いまなお協議がつづいており、確実に結実すると決まったわけではないようだ。
なお、この話し合いにはApple ComputerのCEO、Steve Jobs氏も自ら関わっているということで、Apple Computer側も相当本気で交渉に望んでいるようだ。
今回のMacWorldでJobsはアップルコンピュータの社名を変更(Apple Inc.)することも発表している。Apple Corps.とApple Inc.。紛らわしい社名、同じ音楽業界への本格進出と来れば、今までの流れから、両者の間に社名についても、何らかの協議が事前になされていたと考えるのが自然だろうが、Ciscoの例を見ると、ここでも「見切り発車」の可能性もあるか。
いっそ合併したりして。
JobsはApple Corps.を買う気はないのだろうか。
マイケルじゃあるまいしって?
いやわからないよ。
2007 01 11 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
January 08, 2007
オーマイニュース----内部通報にあたって実名を推奨するのは時代の趨勢に反する
既にこのサイトでは何度か触れたが、オーマイニュースの鳥越編集長が、下記の発言をしておられる。
●僕らではわからない専門的な記事もありますから、そういう人が来てくれればしめたものかなぁと。中央官庁の役人が、実名で内部の腐敗を書いてもらえると活気付くと思いますね。(鳥越俊太郎に聞く(2) ネットでも実名文化がいい)
内部腐敗を告発する「実名」の公務員が出てくれると活気付くという氏独特の信条の吐露であるが、前のエントリーで指摘した、公務員の守秘義務との関連以外にも、内部告発の投稿を「実名」で行うように薦める流れは、明らかに時代の趨勢に反している非現実的な発言である。
それは「公益通報者保護法」との関連である。
参照:公益通報者保護制度ウェブサイト
公益通報者保護法(平成18年4月1日に施行)は「公益通報(内部告発)が一定の要件を満たして行われた場合、その通報者に解雇等の不利益な扱いが生じないように法律で保護をして、事業者の法令遵守を促進させるための法律」である。
つまり、「企業等が法令で定める義務に違反している場合、行政機関やマスコミ等へ公益通報(内部告発)されやすい仕組みであるが、企業だけではなく、行政機関等に従事する職員からの内部通報も対象にしている。
さらに、「公益通報者保護法」では、国の行政機関の内部通報のガイドラインとして匿名の通報者に関して明文化されている。
通報の受付にあたっては、
「通報者の秘密保持に配慮しつつ、通報者の氏名及び連絡先並びに通報の内容となる事実を把握するとともに、通報者に対する不利益扱いのないこと及び通報者の秘密は保持されることを、通報者に対して説明する。」
とされている。通報の中身の真偽を検証するためには、通報を受けた機関が通報者の所在を確認することは当然であるが、その秘密は細心の注意をもって扱われるとされている。
また通報を調査するプロセスにおいては
「利害関係人の秘密、信用、名誉及びプライバシー等に配慮し」て進めることが明記されている。
こうしたことが明文化されている理由は、言うまでも無く、通報したことにより通報者が当該所属機関から不利益な扱いをされることを防ぐ目的があるからである。通報をしようと思っても、その後で左遷や解雇、あるいは対抗訴訟といった、「報復」を恐れて通報者が尻込みをしないように配慮されたガイドラインである。
同サイト内のQ&Aでは
Q1 匿名の通報でも保護の対象になりますか?
匿名の通報であれば、通常は通報者本人が特定されず、不利益取扱いを受けないため保護する必要が生じません。
ただし、通報時には匿名でも、何らかの事情により、通報者本人が特定され、解雇その他の不利益取扱いを受けた場合には、保護の対象になります。
とされている。つまり、保護対象にするためには、通報者の身元が特定されていなければならない。しかしこれは当然のことであり、通報者の身分が不明確なところでは関係機関が保護処置をとることができないための但書であり、決して公共に対しての実名通報を推奨しているわけではない。事実、匿名の通報であっても「通報者が特定され不利益を受けた場合」には保護の対象になるとされている。
ガイドラインでは、この他にも「通報者の保護」に関して細かな規定を設けているので関心のある方はご覧になるといいと思う。
鳥越編集長や、一部の実名主義をとっておられる方は、内部通報が実名で投稿されることを、あたかも推奨するような論を張っておられるが、元来「公益通報者保護法」は、組織内からの匿名の通報をしやすくするために、整備された法律である。不正の検証や調査には、通報者の実在の確認を必要とするし、身分を明らかにする必要があるが、これは鳥越氏の言う「実名で内部の腐敗を書いてもらえると活気付くと思いますね。」という認識とは180度異なる。
むしろ、通報者に不利益が生じないように、実名で通報がなされた場合にも、通報者の機密が守られるよう、あらゆる努力を払うようにすべきであるとされているのである。要は実名匿名は、通報の内部的な処理のプロセスにおける
問題であり、「実名でメディアに投稿する」などという行為が推奨されているという理解は著しく現実に反する。
おそらくこのあたりは、旧メディア人独特の「スクープ感」を重視しての発言だと思われるが、個人情報の保護に関してあまりに鈍感であり無責任であると思う。
オーマイニュースのようなメディアの長が、この流れを無視して実名主義を持ち上げ、不特定多数が閲覧する場所へ「実名投稿」することを推奨し、匿名の通報者があたかも実名通報者に比べて、信頼性が薄いかのような印象を与えることは、厳に慎まなければならないと言えるだろう。通報者の保護に関して配慮が足りないと考えるが、反論があれば伺いたいところである。
2007 01 08 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック
January 04, 2007
オーマイニュースを巡る匿名性の問題について(2)---小倉弁護士に答える/ 心苦しいが鳥越編集長には勇退をお奨めする。
この件に関して、小倉弁護士から再度の反対エントリーをいただいた。
オーマイニュースに2ちゃんねるの亜流になることを望んでどうなるのか。(la_causette)
誰もそんなことは言っていないし、望んでもいないわけで。
そういう意味では、「市民記者が望むならば対読者匿名性を保障すべきだ」という批判は、安易に取材源を秘匿する既存の日本のマスメディアの無責任さをオーマイニュースにも押し付けようとしているにすぎないものだということができます。ファクト系の記事に関していえば、「実名が重んじられ、匿名が軽んじられる」ことは、当然のことなのです。
対読者匿名性を保障する意味は、自己の安全性を保障しながらも、匿名で社会的に異議のある「ファクト」を提示しようという言論を保護するためのものである。なぜそれが自動的に「既存マスメディアの無責任さをオーマイに押し付けることになり」「実名が重んじられるのは当然のこと」となるのか。
氏は「安易に」と作為的に語を補足しておられるが、「安易な」措置に関する批判は両論に成立するのであって、「安易でない=熟考された匿名(実名)主義が相互の議論の基本となる。(それにも関わらず鳥越編集長の実名主義は「安易」であり、それは後に触れる)
このあたりは小倉弁護士の個人的立場が実名主義であるから、そこから導き出された意図的な論理であり、これを応用して私が「匿名保護」の反対言説を張った場合「水掛け論」になると思う。
「取材源を秘匿する」という約束は、そのような約束をしてでもその情報を報道する価値があるという例外的な場合以外にはすべきではないし、そのような約束をした場合にはこれによる不利益は記者や報道機関が負うというのが、アメリカン・スタンダードです。)。オーマイニュースは、韓国版からスタートし、英語版が日本語版に先行していますから、日本語版においてもこの「市民記者の実名原則」が採用されることは、鳥越編集長の意向にかかわらず、既定路線だったと思われます
「アメリカン・スタンダードがそうである」とか、「先行する韓国版がそうであるからとかいう理屈は、議論の本質を不明確にするだけであり、意味がないと考えられる。私は何も、韓国や米国のオーマイニュースの運営方針を日本では適用するべきではないと言っているのではない。この件に関する、乱雑で感情的な編集部の説明に関して批判している。
米国や韓国がそうであるから、ではなく、
・なぜオーマイニュースは実名を推奨するに至ったか
・実名の内部告発者や通報者がいた場合、どのように保護されるか
・善意の匿名の言論に対する考え方
について説明を明確にした上で、悪意の言論者への対抗措置をすればいいのであり、それを冷静に合理的に説くこともなく、「卑怯な匿名の2ちゃんねらー」などという発言で、オーマイニュースを「アンチ2ちゃんねらーの巣窟」レベルに堕したのは、他ならぬオーマイニュース編集部の責任である。
今になって、それも全く部外者の小倉弁護士がいくらオーマイニュースの立場を擁護しようとも、ナンバー2と目される平野日出木さんがようやく
OhmyNews:【極私的2006年回顧】 言われたら、言い返そうぜ Web2.0
言いたいことは言っていこうと元旦に決心された段階。このレベルでは、オーマイニュースの「匿名保護」の決意の真摯度を信じろというほうが無理である。
また
「見解の分かれる政治的な問題を論評した」からといって罵倒を浴びたり人格攻撃を受けたりすること甘受しなければならない理由はないわけです。また、揚げ足を取られる余地が全くないとまではない記事を書いたからといって罵倒を浴びたり人格攻撃を受けたりすること甘受しなければならない理由はないわけです。
「甘受しなければならない」のではなく、対応すべきは対応し、ひどいものはスルーするなり、削除なりすればいい話。ひどいものにはアクセス禁止や名誉毀損による対抗訴訟もありうるだろう。そういう「試練」の元に、論壇系ブロガーは皆日々発言を行っている。小倉さんもそうしているだろう。なぜ言論組織(この場合はオーマイニュース)に属した途端に保護されなければならないか。
そもそも、市民記者は「ジャーナリスト」ではなかったのか?薄謝とは言え、報酬を受けるプロであろう。「ジャーナリスト」であれば取材の過程でそうした「攻撃」をされることへの、技術的・かつ精神的な修練と、対応能力を持つことは要求されるのではないか。「市民記者」だから、あるいは「アマチュアのようなものだから」過剰に攻撃するのはおかしいというのであれば、公的空間で論議を呼ぶ記事を投稿することを最初から編集部は市民記者に求めず、記者も身辺雑記にとどめればよい。
匿名の発言者を封じて、こうした「攻撃」を封じ込められたとして、そのような安全な水槽の中で発言を続けることにどれほどの意味があるのか。それを感受する「ネットジャーナリズム」とは何なのか。ネットで発信することへの覚悟が足りないのではないか。
※Wikiについては別次元の議論になるのでここでは割愛する。
つまるところ(小倉弁護士のサイトのコメント欄で触れてくれている方がいるが、)私の立場は、前回のエントリーで書いた
問題は記事やコメントの質であり、実名・匿名の問題ではない。匿名で口汚い投稿が増えるリスクを唱えるなら、それに対峙して実名では思い切った発言や記事が寄せられにくくなるという、市民メディアの理念の根本に関わる問題、そして記者や投稿者の立場保全の問題が同時に語られなければバランスを欠くが、これまでのところ鳥越編集長にはその姿勢が感じられないと思う。
に尽きるのである。一方的な匿名論に立っているわけではない。実名のメリットとデメリット、匿名のメリットとデメリットには、それぞれネット上でも行われた膨大な議論がある。
実名とハンドル名の狭間における確執纏め(適宜覚書はてな異本)
おそらくネット上の議論の流れなど全く追っていないと思われる、鳥越編集長が匿名言論に対して、不用心で配慮を欠く一方的な感情的不快感を表明した。それが問題の出発点であり、オーマイニュースに対して、匿名主義をとれなどと言うつもりもないし、それは無意味なことである。
そうではなく、実名主義をとるに至った思考の基盤を明らかにするべきであるということである。先行する韓国や米国の状況を事例として並べても、それは論理基盤とはなりえない。
小倉弁護士は、整然とした(少なくとも鳥越さんに比して、であるが)明らかな実名主義の言論を張っておられるが、これはこれでわかる。わかるが、これも一般的実名主義の言論の一隅でしかないのであり、オーマイニュースの編集部の主張ではない。小倉弁護士は、オーマイニュース側の考え方を代弁する当事者の立場にはないからである。
実名主義をとるならとるで、その理由をオーマイニュースはもっと明確に、しかもスマートに明らかにすべきであった。どうしても編集長の個人的資質に(ネットでの情報発信に関するリテラシーの致命的な欠如)因を求めてしまうが、時系列でざっとこの問題に関する鳥越編集長の発言を追ってみても、それは明確である。
●2chはネガティブ情報の方がどちらかというと多い。2ch見ていると罵詈雑言が多い。それはそれ で、人間の負の部分のはけ口だから、ごみためとしてそういう部分があっても仕方ない。ぼくらはごみためでは困るので、日本の社会を良くしたい、変えたい。 変えるための1つの場にしたいという気持ちがあると思う。(Itmedia岡田記者の起こした鳥越氏への取材テープから)
●「あそこまでヒステリックな対応があるとは思っていなかった。ゴミ溜めというのは・・・ここにITmediaの人いる・・・?いない?・・・僕は確か全部じゃなくて一部のって言ったと思うんだけどなあ。」
「人間が本来持っているネガティブなパッションが、匿名になったとたんに出てしまう。2ちゃんの女子アナサイトを見たら(スレのことか)ひどかった。レイプ寸前のことが書いてある。で、これは人間のゴミで捨てなければならない場所になっていると。決して全体をそう言ったわけではない。」(早大におけるブロガーとの対話シンポジウムでの発言(ITmediaはその後反論))
●匿名の書き込み掲示板「2ちゃんねる」のいわゆる「2ちゃんねらー」と称する輩に敢然と正面か ら論戦を挑んだ音羽記者の「死ぬ死ぬ詐欺・まとめサイトの卑劣さを考える」が出色ですね。この記事のいいところは、感情的にならずに自分が分からないとこ ろは「分からない」と言いつつ、「2ちゃんねらー」の言い分の最大の卑劣さを「君たちは心臓病の恐怖を一度でも味わったことはあるのか?」というかたち で、間違いなく今病気に冒されている患者のことを推測と憶測だけで攻撃する「2ちゃんねらー」と称する連中の弱点をずばっと切っている点ですね。(10月の月間市民記者賞に音羽記者を選出した時の発言)
●---編集長が自ら匿名の掲示板を批判する発言も反感を買いました。
「あそこに書かれていることは本当にひどい。彼らが反発してくるのは想定内で、僕の挑発に乗ったな、という感じだ」(12月17日朝日新聞)
果たしてこれが「バランスのとれた」発言といえるだろうか。いずれも匿名=悪であり無責任、実名=責任のとれる発言という先入観、自説のリピートでしかない。
「実名」で堂々とモノが言える時代は確かに素晴らしい。そうした社会がやってくれば、確かに理想的に「フラット化された世界」が実現されるのかもしれない。しかし、現状は違う。誰もが特権的に言説に伴うリスクを担保されるわけではない。その過渡的(かもしれない)社会において、リスクを背負えと人に言うなら、それを呼び掛ける側も然るべき体制を整えてから、あるいは少なくともその方向性を示してから、それを言うべきである。そうでなければ、それこそ「言いっぱなし」の既存メディアと変わらない。
直近のJ-CASTニュースのインタビューでは、鳥越編集長はこのように発言している。
●僕らではわからない専門的な記事もありますから、そういう人が来てくれればしめたものかなぁと。中央官庁の役人が、実名で内部の腐敗を書いてもらえると活気付くと思いますね。(鳥越俊太郎に聞く(2) ネットでも実名文化がいい)
中央官庁の役人は言うまでも無く、国家公務員である。国家公務員が実名でそのような行動に出た場合、おそらく公務員の守秘義務違反で国家から訴訟を受ける恐れがある。その場合、オーマイニュースは、どのような対処をとる覚悟があるのか。仮に裁判で負け、50万円を超える膨大な損害賠償請求をされた場合どうするのか。金銭の問題以外にも、メディアとしての姿勢が社会から厳しく問われることになろうが、そうした点についてはどう考えているのか。この部分については鳥越編集長は「実名」でと言っている。「ペンネームでもいいから」とも「場合によっては匿名でもいいから」とも言っていない。
鳥越俊太郎氏という一人の人間に特化して発言を批判的に追いすぎると、あるいは小倉さんは言うかもしれない。しかし、彼はオーマイニュースの編集長である。あなたは部外者である。また、オーマイニュース編集部でこの点に関して有効な言論を提出しているのは、「コンサルタント」の佐々木俊尚さん以外には見当たらない。
僕は「旧メディア」における鳥越俊太郎という「ジャーナリスト」の過去の功績には敬意を持っている。氏自身も誇りにしておられるようであるが、桶川ストーカー事件における、「ザ・スクープ」での鳥越さんの粘りは見事だったし、喝采を送ったほどである。
しかしながら、はっきり申し上げるが、過去のご薫陶にも関わらず、私は鳥越俊太郎氏には、一刻も早くオーマイニュースから勇退されるのが、ご本人のためにも、オーマイニュースのためにも有益であると思う。鳥越さんが病の中から、使命感を持って、参加型ジャーナリズムの未来に、あのご年齢からエネルギーを注がれようとされている姿勢は、後塵を拝す者としては最大限の敬意を感じるが、何しろネットリテラシーがなさすぎる。
ネットリテラシーがないということの意味は、単にぶくまのやり方がわからないとか、「たまたま」JanJanを見たことが無かったというだけにはとどまらない。つまりそれは、ここ数年ネット界において繰り広げられた主たるトピックや言論の流れ(例えば実名匿名論は専らネット内で展開されている)に、ほとんど無知のまま、ネット言論の中心的媒体となることが期待されている(いた)オーマイニュースの総司令を委ねられたということである。初期のトンデモ発言の数々は、鳥越さんのジャーナリストとしての全体的な資質から来たものではなく、ひとえにネットリテラシーの欠如と、それによって引き起こされている「無知」によるものである。
編集長はメディアの顔である。編集長が発言した内容は、個人的な意味を超えてそのメディアによるメッセージであるという受け止め方をされる。
どうか、後続の有能な人材に編集長の座を禅譲されて、経験豊かなアドバイザーか論説委員という立場から、ネットジャーナリズムの発展に尽力をされることを望む次第である。
【参考リンク】
●鳥越氏の無責任な「責任ある参加」論(木走日記)
●書評 - 怪文書(404 Blog Not Found)
2007 01 04 [経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック
January 02, 2007
新年おめでとうございます
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
#今年最初のエントリーは「AnotherB」で書きました。
■ジャーナリストとブロガーは、本当に対極にあるのか
2007 01 02 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(8) | トラックバック



