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February 03, 2007

ブログ世界はフラットではない---「アルファブロガー」の孤独なセクトが生まれるわけ。

ブログの登場により、言論世界が「フラット」になりつつあるという意見を良く見かけるけれど、ちょっと違うことを私は思っている。

これまでメディアが、プロフェッショナルが独占する高価なツールであり、そのメディアにアクセスできる特権的地位を持った人々=特にマスコミが、言論リソースの流れを自在にしていた頃に比べれば、確かにブログのようなツールが、ただ同然になり、プロアマ問わず多くの人々が自由に言論を交わすことが出来るようになった。この現象だけ見れば、確かに「フラットな言論世界」が登場したように見える。

しかし。

それではなぜ、しょこたんは、私の、あるいはあなたのブログにやってこないのか、コメント欄にコメントを残さないのか。藤原新也は、なぜ粘着するあなた(誰とは言わない)のブログを訪れて、一発「がつん」とはめったに言ってこないのか。なぜR30氏は一言コメントを残しては消して去るのか。(いや失礼。これはちょっと別の話だ)

そんなことは当たり前だと、あなたはいうかもしれない。彼らは有名人であり、多忙である。近づく全ての人の言うことに、いちいち反応する時間も気力も湧かない。それはその通りである。だが、この当たり前のことのように思える中に、「フラットになったはずの」言論世界に、一層微細な断片化、階層化が進行する構造が隠れているのではないか、と夢想してみた。

モデルを単純にするために、アクセス数で考えてみる。

ここに、AB2つのブログがある。Aブログのブロガーは少子さん。アクセス数は、日に100ビュー程度。Bブログのブロガーは多佳子さん。アクセス数は日に1万ビューである。さて、この両ブログの間に交流が生じ、やがて議論が起きたとする。アクセス数の少ない少子さんは、多佳子さんを手ひどい言葉で批判していて、多佳子さんもそれを知っているとする。さて、ひどい批判を受けた多佳子さんは、果たして少子ブログに乗り込んで反論をすべきだろうか?あるいは自サイトで少子ブログへの批判エントリーをあげるべきだろうか?

答は、否であろう。

多佳子さんの取るべき正しい道は、完全に少子さんをスルーすることである。なぜか。両者の立場がフラットではないからである。およそ少子さんブログに比べて100倍の読者のいる多佳子ブログに、少子ブログから流れ込む新たな読者は僅かしかいない。つまり少子ブログを読んで、その批判に共感し、多佳子ブログにやってくる読者は、非常に少ないはずであるから、心配するほどの話ではない。したがって、少々腹立たしい光景が少子ブログで繰り広げられていても、多佳子さんは無視しているのがもっとも「賢い」対処方法である。

ところがこの挑発に負けて、スルーできず、多佳子さんが自ブログで反論を書いてしまったとする。そうなると、元来多くの読者を抱える多佳子ブログである。エントリーを読んで、少子さんのブログを初めて知った多くの読者が、リンクや検索を辿って、少子ブログに流入する。そして、多佳子さんを批判する少子さんの記事にもそこで初めて触れることになってしまう。これは多佳子さんにとっては面白いことではない。一方少子さんは大量のアクセスを獲得でき、自分の意見も広めることが出来た。
つまり、多佳子さんが自記事で少子さんを取り上げるだけで、多佳子さんが不利になるという事態が起きるのである。これでは反論するだけ馬鹿馬鹿しい。相手への人の流入しか起こしえないのであれば、沈黙したほうが良い。

#このモデルの中では、どちらの言論が正しいかとか、説得力があるかということはひとまず考慮しない。

もちろん、この劇的な自サイトへのアクセス増にかまけていると、少子さんが炎上する可能性も出てくるのであるが、ともあれ、有名ブロガーの多佳子さんに絡んだおかげで、少子さんは自ブログを世間に知らしめることに成功したのである。

一方、有名ブロガーの多佳子さんにとっては、このことから得られるものはほとんど何もない。何の得もないから、少子さんのブログが弱小ブログであると知った段階で無視することになる。構っても得がないからだ。

つまり、本来フラットであるはずの言論環境は、この両者にとっては、最初から歪な構造を持っていたということになる。両者は、たとえ最初はこれを意識しないで触れ合ったとしても、この宿命的な構造をいつか知り、それぞれなりに相反する行動をとるようになる。

つまり「強者」が先に沈黙するケースが多いのであるが、「弱者」はそれに苛立ち、一層「強者」への怨嗟をエスカレートさせるかもしれない。

ブログはコメントやトラックバックなどの「触手」を互いに貼りながら、他への読者の流入を互いに助ける。この「触手」を通って、移動する読者の量が最初から均等でない者同士には、真のフラットな環境は出現しないのではないだろうか。あるいは均等であっても、やがて必ずどちらか一方に「力」が生まれ、公平ではない構造を生み出すのではないだろうか。

多佳子さんは、最初から少子さんの批判に対して「答えない」ことがもっとも有効な対応手段であるから、2人の議論への姿勢は最初からイーブンではない。このことに気がつかないと、少子さんは多佳子さんの、冷然とした態度にいらだつばかりだろう。

少子さんと多佳子さんの関係はモデル化したものであるしが、ブログ世界において陽子と中性子のように、自立した相互関係を至るところで築き上げることが予想される。そこにあるのは、大きなメディア=マスメディアの前で「均等な」無名の市民として佇立していた私たちではなく、なまじ個々が言論の表現手段を持ったがために、互いの間に立ち込めた関係性のエーテルによって作られた差異の孤独に、それぞれが陥って立ち尽くす姿である。

人は元々公平ではないなどと、ここでは言ってはならない。なぜなら、言論のフィールドにおいて、1万通りも、10万通りも明確なレイヤーがプレゼンテーションされている、ブロゴスフィアのような世界はこれまでになかったし、その「不公平」は、これまで人間が体験した「不公平」とは異質のものであるからだ。

つまり、ブログのような自由な表現手段は、均等な発言機会を、いっときは私たちに与えはしたが、次の瞬間には、かえって個々人を細分化し、絶え間ない「セクト」化へと追い込んでいく。それぞれの表現言語でのみしか交流しない、小宇宙が無限につくられ、その中でそれぞれが孤独に住まうところ。決して均等な舞台に立つことが出来なくなっているsolitudeに身悶えする----それが私たちの未来の立ち姿となるのである。

一方で、同じ程度のアクセス数や注目度を持ったブロガーたちは、比較的公平な意見の交換がしやすいので、近づきやすいといった傾向を持つ。両者は何も与えないし奪わない。あるいはこのコミュニティに異端者が侵入して災禍をもたらしたなら、コミュニティは閉じた平和なSNSへと移行するかもしれない。

多佳子さんの立場が、多くの「アルファブロガー」の立場である。と置き換えると、よりわかりやすいだろうか。

(一部の、と言わねばならないが)「アルファブロガー」が何かにつけて徒党を組み、あるいはSNSに自分たちだけのコミュニティを築き、ついにはセクト化しやすい原因を解明する何かのヒントが、この構造の中に隠れていないだろうか、などと考えた。つまりそれは特権意識だけでは説明しきれない、何かである。


それがどうしたって? うーん、どうしたんだろう。

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Comments

1get!
こんにちは。
ここにBigBangさんは、AnotherのBigBangさんとは、Anotherのようだ。

ということはおいて置いて。少子さんと多佳子さんの関係のくだりを読んで、私(kerodon)とfinalvent氏の関係を想起しました。いくら絡んでも徹底的にスルーでしたから(´・ω・`)・・・。たしか、kerodoning2の時に二回引用リンクされましたが、あのときのアクセス数には目が回りました(@-@)。

連投すみません。
×:ここに
○:ここの
×:おいて置いて
○:置いておいて
うーむ。cocologでは、R30氏戦法は使えず、恥ずかしい思いをしてしまいますね。

そういえば藤原新也の日記の更新が12月31日で止まってますね。
滝本弁護士がメール送ったらしいけれど、関係あるのかなぁ (´ー`)y─┛~~

私も最近某作家…田口ランディのblogで話題になってたらしいが、「ある人」という表記のみだった。 そもそもの元blogも凍結中だから、あそこの読者にはほとんど知られずにいるのだろう。

田口ランディは2ちゃんねるでは観察スレが有り、それをもとにした研究本も出た。
しかし、それが特に彼女の売り上げには関係したとも思えず、順調に作家生活を続けているみたい。
ネットでは、情報は自主的・積極的に探さなければ「見えない」から、影響力も限られたものでしかないのかも。

今、月刊プレイボーイ 3月号の森達也「A3」を読んだ感想を書こうしてるところです。
それで滝本さんのblogに「この間TBした者ですが、引っ越しました」という挨拶もかねて、TBかコメントでもしようかな。

ホントに頭のいい人はあんまりつるまずに、
自分の立ち位置を明確にして、意見ごとに批判しあっている気がしますね。
どっか社会との距離の取り方がおかしい人が徒党を組んで他の個人を罵倒などしていますね。
今のアルファブロガー界にセクト主義がはびこってるのは、現状に偶然サヨっぽい連中が多いだけのような気も。
そういった人は物事を「良い」か「悪い」かで決める、属人的に判断する、などの特徴を持っていますね。
そういった人の思考形態なんじゃないですかねえ。世界の捉え方の違いというか、頭の構造というか・・
僕らから見たら歪みというか・・イデオロギーを論理に優先させて頭が単に悪いように見えますが、彼らの中ではそうでもないのでしょう。
まあ迷惑な話ですし、議論空間としてはもちろん良い傾向でもないですが。

欧米ではどうなんですかね。

>>けろやん。
finalvent氏やコガイさんのところのアクセスはほんとにすごい。朝引用されただけで、結構その日一日すごいことになりますね。ただアクセス数の多いブロガー共通の「ある対応の仕方」が定型的にあるなあ。と。それでこの記事を書いてみた。

>>倫敦橋さん
ランディは、有名になる前っていうか本が出る前、ネットで書いていた頃はすごく好きだった。小説が出て、あらあら?という感じで、やっぱ盗作騒ぎとかで嫌になっちゃったかなあ。今回の件でも、藤原新也を「絶賛などはしていません」とか、ちょっと見苦しかったなあ。
ネットの影響というのは、どうなんでしょうねえ。甘く見ていたら怪我をするようにも思うけれど、確かにそれが原因で本の売れ行きが・・なんてことはないようにも思えますね。

>>ゆーすけさん
サヨが覆っている・・うーん。確かにはてなにはその傾向が強いと思うんだけど、アルファでもその傾向あるでしょうか。どうだろう。欧米のそうした例について書かれた本とかあるんでしょうかねっていうか、日本でもあまりないかも。

ネットで炎上・祭りになったからといっても、リアルに影響があったという人は少ないのじゃないかなぁ。 観察スレがある有名人は多いけれど、下手に反応した方が負けというのは学習されてきているのではないか、という印象は有りますね。
活躍の場がネットとリアルとの差は有るのだろうけれど。

私の場合、ネットの評判・書評を見て本を買うって事は少ないかな。 買わなくていい、読まなくてもいいなと思うことは有るかも。 Amazonもほとんど利用しないから、アフィリエイトなんかも紹介者に還元していない。
でも映画だと、ネットの評価はかなり影響してるかも…

ところで、初代blogの女王様はTBを解放されておられるけれど(なぜか敬語w)、徒党を組むという感じじゃないなぁ。 パンピーがTBしても、読まれているのか疑問。
いまだからこそと納豆を勧めているけれど、ブームを作れるかなぁ。
宮崎県出身アイドルグループが「東っ子クラブ」という名前になり、彼女が名付け親になったりするだろうか?

眞鍋かをりのココだけの話 powered by ココログ: 言いまつがい
http://manabekawori.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_21d4.html

世界はフラットになったんだと思いますよ。
世界がフラットになった所に共通に現れるキーワードが差別化なのでは。
つまり意識はそうそうフラットな世界に耐えられないのではなかろうかと。そしてよりセクト化するんです。
なんちゃって。

徒党を組んでいるアルファブロガーという存在の実例を知りませんので、たぶん前提となる事実関係の認定が違うと思います。

>>倫敦橋さん

>観察スレがある有名人は多いけれど、下手に反応した方が負けというのは学習されてきているのではないか、という印象は有りますね。

今、「Web人間論」を読んでいるんですが、このあたり、梅田さんが、まさにそのへんのアドバイスを平野さんに対してしています。平野さんはだいぶやられて悩んだようですね。真鍋女王様のブログは、一時結構見ていたんだけど、最近行かないなあ。

>>papersearcheさん

>世界がフラットになった所に共通に現れるキーワードが差別化なのでは。

ふむ。深いような。


>>松永さん
>徒党を組んでいるアルファブロガーという存在の実例を知りません

ほんとですかあ?笑 いや松永さんがそうだというのではありませんが。


鳥越俊太郎と寺澤有の件がどうなるか、ちょっと注目中。
寺澤氏の2000年FRIDAYの記事は何とか掲載にこぎ着けられたが、全く無視され、現在のオーマイ編集長辞任騒動も鳥越氏はスルー状態。
マスメディアでの構造が、そのままネットにも持ち込まれているのかなぁ?

「Web人間論」は、途中まで読んで積ん読状態w

久々に迷い無く一言で片付くなコイツは

考察の対象が狭いし浅いね
根本的に梅田望夫レベルの認識が限界だねここの主は
まあそのへんで満足なのかな

『それは、「無」のある一点で突然始まって、静寂を粉々にした。そこから、この世界の全てが始まった。つまり、この世のあらゆる物語は「無」から始まったのだ。恐れる理由は何もない。私にも、そしてあなたにもだ。』

こんなことぶち上げといてこのエントリはみみっちすぎるだろ視点が、って文脈無視してつっこまれますよw

>根本的に梅田望夫レベルの認識が限界

けなされている感じは持てない私は、その程度が限界かもしれませんね。

>このエントリはみみっちすぎるだろ視点が、って文脈無視してつっこまれますよw

うん、確かにみみっちい話ですから。(認めてばかり)

松永の現世を超越したユーモアに吹いたw

>マ儿コ
とかこういう池沼にマジレスするのが
BigBangさんのまずいとこ。

あんまりマジレスでもないですけれどね。特に「梅田並」と言われたあたりは、ドシタラヨカロとか書いておけばよかったかな。

マ儿コ
ってあのトニオらしいですよw

そうなの?へー。

 こんにちは。お久しぶりです。
 このエントリはちょっと腑に落ちませんでした。このようなことを論じるのに、どうして言論そのものの正しさを棚上げするのですか。また言論の正しさを棚上げにするなら、せめて前提条件は「どちらも正しい(あるいは悪い)」「それぞれの言い分がある」、にすべきでは。この場合は、アクセス数の少ない人のほうが、感情的な罵倒をした設定ですよね。これではとてもイーブンな条件とは言えませんよ。
#というか、そもそも言論そのものの正しさを棚上げしているとは言えないじゃないですか。「手ひどい言葉で批判」って。

 いや、すごく率直に言って、「アクセス稼ぐ得にならないから、反論しない」って、仮にも言論人たるブロガーが、そんな馬鹿なと思ったのですが。
 ただ、それが根も葉もない誹謗中傷であるならば、納得は出来ます。その際は、アクセス数が多くすでに多くの信頼を勝ち得ている人は、あえて無視する反論しないという方法も取れるでしょう。
 でもそれにしてからが、「あえて自らの正しさを証明する必要はない」からであって、「アクセス数稼ぐ」とかそんな理由とはとても思えないです。
 そんな見識の低い人がアルファブロガーになれるものでしょうか。

 他には、自分が安易に反論すると、大勢の読者が動くし、その中には感情的に相手を罵倒してしまう人(いわゆる信者と揶揄されるような人)もいるであろうから、別に害にならないなら放っておくとか。そのほうが、よっぽど想像しやすいです。

 何かまた、実際の事件があって、それに対する分析なのかなとも思ったんですけどね。
 それにしても、的外れだと思いますよ。

お久しぶりです。Aaさんには腑に落ちなかったようですが、私の周囲でこれと類似した状況を体験する機会があったのです。このようなものを書いた、私側の背景も想像していただければと思います。

元来「アルファブロガー」というのは、アクセス数が多い人だとしか、申し訳ありませんが私は考えていません。もちろん、アクセス数が多いのには「理由」があるわけです。ただ、その「理由」には様々な種類があると思います。

> そんな見識の低い人がアルファブロガーになれるものでしょうか。

という問いには、私は(私見ですよ)見識はアルファブロガーになる条件とは無関係だと思いますと答えるしかないですね。「正しい言論」も、その線では無意味な擁護であり、このエントリーでは、ある種の「ゲーム性」の部分を突出して扱いたかったのですが、確かに

>「手ひどい言葉で批判

あたりは、エントリーとして未熟な構成が露出してしまったかもしれません。

底にあるのは、アクセス数やアルファブロガーや、さらにはそれを取りざたす(自分を含めた)状況へのアイロニー・・っていうかそこまで言ってしまってどうするかと思いますが。

「的外れ」なのではなく、批判されるとすれば、表現の未熟にあると思います。本当に言いたいことを表現できなかったのだとご理解ください。

それにしても久しぶりに来ていただいてうれしく思っています。

おっしゃるような過程によって、フラットに向かっていく。ということ。

そして、フラットとは、コンテンツの妥当性によってジャストフィットした価値のタグがつくこと。

フラット化というのも、フラット化に向かっているベクトルをイメージすべきであって、フラットという状態をイメージすると、無理があると感じています。

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