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April 23, 2007

邯鄲の夢(1)-- 闇に逃げた猫

中国の故事に「邯鄲の夢」と呼ばれる、よく知られた話がある。

「中国の青年廬生は、楚国の高僧に、人生の教えを乞いに行く途中、邯鄲の宿に泊まる。
 この宿の亭主は、不思議な枕を持っていた。この枕をして眠ると、瞬時に悟りが開けるという。亭主の薦めで、廬生も、その枕で、一眠りすることになった。
 枕に頭をつけると、たちまち勅使が現れ、楚国の帝が、廬生に位を譲ると言う。廬生は戸惑いながらも、輿に乗って宮殿に行き、王位に就く。やがて、五十年が経ち、廬生は、一千年の寿命を保つという仙家の酒を飲み、長寿を祝う酒宴を開いて舞を舞い、限りない栄耀栄華を尽くした日々を送るが、宿の亭主に、食事が出来たと起こされる。すると一瞬のうちに宮殿は、元の鄙びた旅宿に戻る。盧生があくびをして目を覚ますと、呂翁が相変わらず傍らにいる。宿の主人は、盧生が眠る前に 黍 ( きび ) を蒸していたが、それがまだ蒸しあがってもいない。
 廬生は、王位に就いての五十年の栄華も、人生そのものも、泡沫の夢だと悟り、枕に感謝し、故郷へと帰っていくのである。」

ざっとそんな話だ。

ちなみに、邯鄲は能楽の演目にも加えられており、そこで使われる男面は、「邯鄲男」と呼ばれる。「人生に迷った男、邯鄲。眉間に八の字皺が描かれ思索を廻らす哲学青年を表現。 また憂いがあるので若い神にも使用。」

とされているが、男、廬生は長い夢から目覚めた時、むしろ清々しい気持ちにさえなって、そこから去っていくのである。その清々しさも、能ではこの「邯鄲男」の面で、表現されるべきとされている。

邯鄲の物語を思い起こすたびに、あの時代がなぜか心の中で重なる。何かが心の奥で蠢くのを感じる。「邯鄲」で廬生が目覚めた時に、炊きあがってさえいなかった「黍」(きび)は、文献によっては「粟(あわ)の飯」と書かれてあり、あるいはそれが「泡」という言葉の音と結びついていたためかもしれない。儚さの象徴として、「粟」はあまりにも印象的な道具仕立てであった。それは「泡の時代」と呼ばれたあのころを戯画化するには、あまりにもふさわしい一致ではないか。

もっとも戯画化は、そのことだけではないのだ。自分の体の隅々にまで染みついている。


「今晩は・・」

扉を開けた途端に、足元を、小さな猫がすり抜けて夜の闇に飛び出していく。家の中から響く「追いかけろ!」という声に、あわてて追いかけようとするが、猫はすでに暗闇の中に消えている。声の主は、「ああ猫が!どうしよう!どうしよう!」と、ただただ狼狽している。何が何でもこの猫を探さなければならない。泣きたいのはこっちだ。

「すみません。すみません」

慌てて闇にはいつくばって目を凝らすが、そこに猫の姿はない。

時間はすでに夜半を回っている。夜明けまでは数時間しかない。何としても、この人物に、朝までにプレゼン用のパースを書き直してもらわなければならないのだ。それなのに、溺愛する飼い猫に遁走されたデザイナーは、絵を描くどころの騒ぎではない。明日の朝、パース図を見る人物は、他の人物ではない。

西武セゾングループの総帥である堤清二氏である。

何度もやり直しをさせられたパース図は三度目の書き直しに入っていた。ここでもう絶対に外すわけにはいかないのだ。明日は明日であって、それは絶対に伸ばすことはできない。あの人物に絶対と言われれば絶対なのだ。

「ああ、畜生」

と思いながら、暗がりを猫の名前を呼びながら捜し歩く。何時間皆で探しただろう。「畜生、畜生」と唱えながら。そのうち、東の空が薄らと明るくなってくる。絵描きは仕事どころではない。猫をそのままにして仕事を続けるなんて彼にはあり得ないのだ。もう駄目かと思い始めたころ、庭の暗がりでうずくまっている小さな生き物を見つける。

「よかった!」

と思い、猫のほうに手を伸ばすと目が覚める。気がつくとぐっしょりと全身が汗でぬれている。

あの夜のことを、僕は何度夢に見てうなされたことだろう。目が覚めるたびに同じ夢で毎回脂汗をかく自分を自嘲する。そして、猫が見つかったときの安堵感も幾度となく味わうのだが、またしばらくすると同じ夢を見て、また脂汗をかくのだ。あの時、あれほどまでして持って行った「パース画」は、確か有楽町マリオンのオープニングパーティのものだったはずだ。

そこに描かれた絵には、夢の中で鮮やかな色がついているようでもあり、モノトーンでもあるようでもある。はっきりとしないところが、夢であるところの由縁であるのだろうが、色さえはっきりしないが、禍々しさはくっきりとしていて、僕の心象の中で、あの時代そのものを象徴している。


それでも夢の中で、何度も猫は現れ、何度も闇の中へと逃げ出していくのだった。馬鹿げたループがそこにある。馬鹿げたことだ。目が覚めても、体のどこかが不快な感触を覚えている。一瞬に皇帝の一生を夢見た「邯鄲男」の清々しさすら、そこにはないのだ。

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