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April 09, 2007

スーダラ節の時代がようやくわかったように思った。---植木等の苦悩

車の中で、NHK教育の「植木等さんをしのんで スーダラ伝説~植木等・夢を食べつづけた男」を見ていた。あ、植木等の追悼番組だ、程度にしか思っていなかったのだが、内容に引き込まれてしまった。

植木等という人が、寺の息子で真面目一徹で、あの「スーダラ節」だの「無責任男」だのを苦痛を伴って演じ続けていたということは聞いていたけれど、実際ホンマかいなと思っていた。しかし番組では生前の植木のインタビューを3日間・6時間にわたって行い、そこに日本の戦後芸能史を重ねていくという作りだったのだけれど、驚きました。本当に悩んでいたんですねえ。あのイメージと自分の精神の乖離で。

ちょいと一杯のつもりで飲んで
いつの間にやら梯子酒
気がつきゃホームのベンチでごろり
これじゃ体にいいわけないよ。
わかっちゃいるけどやめられない。

という歌詞。そんなに悩むこたーないじゃないか、面白いじゃんと思うけれど、植木は本当に死ぬほど悩んで、こんなものを歌ったら、自分の人生は滅茶苦茶になってしまうと思ったそうだ。で、きっと反対されるだろうと思いながら、父親に相談に言ったら、この父親が言うことには

「それは親鸞聖人の生き方だ。素晴らしい仕事だ。ぜひやれ」

父親いわく、親鸞聖人も駅のベンチで寝てはいなかったけれど、「わかっちゃいるけどやめられない」と思いながらも罪に罪を重ねて生きていたのだそうな。確かに悪人正機説だもんね。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」というのはスーダラ節ですか。そうですか。凄いなあ。

戦後の進駐軍のクラブで、植木始めクレイジーキャッツのメンバーが育まれていくわけだが、クレイジーキャッツに来るまで一番稼いでいたのが桜井センリだったとか、植木が下手なギターでなぜ次々といい仕事に恵まれたかというと、生真面目な性格故、教則本でギターを学ぶという、およそ当時のミュージシャンにあるまじき「譜面が読める」という長所が評価されたからだとか、もう面白いエピソードが一杯。

進駐軍のクラブも戦後は最大で全国に500はあって、そのすべてがジャズをやっていたので、米国人のミュージシャンでは足りなくなって、下手でも何でもとにかく楽器をやる日本人がいたらジャズをやらせて舞台に上げたという当時の気風とか。すさまじい時代だったんだなあ。その中にあって、米軍将校と日本人の貧しいミュージシャン。どんな交流があったんだろう。勝者と敗者という型には納まらない関係があったんだろうな。

オヤジが生きていたら、話を向けてやれば得意になって長い話をしただろう。すでに鬼籍にあり残念。

で、「スーダラ節」だの「無責任男」だの、僕は今まで誤解していたんですね。あれは日本が高度経済成長に向かっていく時代の、BGMであり、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」を素で受け止めていた。ほんとにどんどん給料が上がったんだろ。どんどんアッパーな暮らしが出来るようになったんだろ。うらやましーみたいな。

ところがこの番組を観て気がついたのだが、彼らは実は隙間もない急成長に圧倒され巻き込まれ、疲弊していたことをあらためて思い起こさせられた。で、疲れている。疲れているから休みたい。ところが律儀な日本人の習性で、ぎりぎりまで働いてしまう。そのぎりぎりの生き方を、肯定して生きていくしかなかった当時にあって、植木の「スーダラ節」だったんですね。

あの歌のタブー性のようなものは、おそらく僕には正しく伝わっていなかったんだなあと、悩みまくったという植木の話で理解した。今さらだけれどね。

あと、クレイジーキャッツの映画30本が終わってしまって燃えカスのようになっていた時代に、「王将」の舞台に恵まれ、俳優として50歳から再生した話。人ごとじゃないです。はい。とにかく男にも女にも僕はもてましたねえ。一生もてました。と語っている爺、植木等。これはうらやましい。

生きているうちにこの人の話をもっと聞いておけばよかったという悔いは、何度も何度も繰り返されるのだけれど、それはそういうものなんでしょうね。死者となって初めて人は雄弁に語り始める。

そんなもんですね。

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Comments

藤山寛美が植木等を非常に意識していたという話を聞きました。格では寛美の方で上であっても、「素人」に全国区の人気を持っていかれるのにはなかなか、含むものがあったんでしょうね。
たたき上げの芸人と時代の流行りものの構図ですけれど、坂田三吉はたたき上げの代表ですからその意味でも「王将」は大きな転換点だったかなと。

植木の感じていた自分の役回りへの違和感と、ある方面からの植木への嫉妬は、意外と本質似ていたかなという気がします。

>植木の感じていた自分の役回りへの違和感と、ある方面からの植木への嫉妬は、意外と本質似ていたかなという気がします。

ふむ。っていうか話がずれますが、一生もてたというのはうらやましいです。嫉妬します。(現実はそんなに楽しくないかもしれないけど)

一生もてたと臆面もなく言える所が、もてる秘訣なんではないでしょうか。
よくわかりませんが。

タイトルは忘れましたが、ゴマスリ節みたいな作品があって、これも奥が深いと思います。梅田さんが、「褒めろ!」とアジっていましたが、「ごまをすれ!」ということなら、考えさせられます。

具体的な事例でいうと、BigBangさんに、常に「ナニクソ!」と思わしている方がいられるとしたら、これもゴマスリ節の流れではないかと思います。それに、たぶん、このまま一年でも二年でも続いたとしても、BigBangさんは、年々パワーアップされるのではと予感しています。それなりに傷ついてはいられるでしょうけど。

この具体例は極端で異端な説になりますが、ゴマスリしてもらえない、あるいはゴマスリされることは恥だと思われているじー様方が多数! 見られ、玉が光らないでいるようです。

ただし、ゴマスリ上手には高い報酬を与えないと、なかなか現れないと思います。

>>エレニさん
なるほど。しかしもてたと思えば僕も言うでしょうな。笑。思えば、ですが。

>>nonecoさん
いつもどうも。「日本一のゴマスリ男」のテーマ「ゴマスリ行進曲」ですね。現社会でのというか私周辺はどうでもいいっていう気がしますが、当時の世相的には、しっかり働く人間が報われないという怨嗟とやけっぱちの開き直りみたいなものもあったようですね。格差社会の遠い源流が動き始めていた時代かも。
ゴマなんかすっているやつは、ろくでもないと。いやこれは植木等の本音だったようです。

僕もBigBangさんと同じで、何気なくこの番組をみてたらいつの間にか引き込まれていってしまったクチです。
「スーダラ節」を歌いたくなかった、何回も録りなおしたあとテキトーに歌ったテイクがOKになり、ヒットしてしまった・・・。
今思えば、その苦悩こそが可笑しみと悲しみを与えて、人に伝わってったんじゃないかなーと。
演奏するほうも、笑っちゃう人がいたから朝から晩まで何回も録りなおしたっていうエピソード、最高ですね。

もし録画されてる方がいらしたら、ぜひ観たいです!

まめおさん、どうも。お互いにあれは観られてラッキーでしたね。僕も途中から見たので、最初のほうをちゃんと見てみたい。しかし、あれほどやりたくなかったって言ってるんだから、本当にやりたくなかったんでしょう。それでも歴史的大ヒットになってしまう。皮肉というか、なんというか、不思議なものですねえ。

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