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May 28, 2007

第13回WebSig会議 「Second Lifeのポテンシャルを探る 企業から個人まで」---レポート

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SLネタが続いているが、昨日秋葉原のデジタルハリウッドで開催された「第13回WebSig会議 「Second Lifeのポテンシャルを探る 企業から個人まで」に参加してきた。その模様をちょっとレポート。

会場は、リアル会場のほか、SL内のイベン島、雷神、Minatomiraiの計4ケ所を使って行われた。リアル会場では、SL内会場の模様がモニタに映し出され、さらにリアル会場からスタッフが、「スタッフアバター」となって、各SL会場に散った。

リアル会場に出かける前に、イベン島を覗いてみた。

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まだ、観客は集まっていなかったが、本番時には各バーチャル会場は、様々な体裁のアバター観客で一杯になった。リアル会場も定員の100名をおそらく上回ったであろう人の入り。熱気がすごい。通路にまで椅子が並べられ、トイレに行くのも苦労したほどである。

まず三淵啓自氏(デジタルハリウッド大学大学院教授)。SLは右脳思考であり、それまでのセマンテックWeb(いわゆるWeb)の左脳思考とは根本 的に違う。究極のWeb2.0である。クリエイターにとって未曾有の3D制作環境として画期的であり、かつてない良質の環境が整備されていること、著作権 がすべてクリエイターに属しているほか、制作されたデータはすべて3Dネィティブのデータとして世界中に配布できること、リンデンラボがオープンソースで SLクライアントを含め開放したことが、世界に与える効果について講演した。

次は、先行して企業に対するSL内でのプロモーションコンサルに参入した、株式会社メルティングドッツの岡績氏。氏は、具体的事例で企業が実際に取り組んでいるSL内のマーケティング戦略について解説。

最後は、SL内のカリスマの1人。ASUKAグループオーナーのLINZOO Ring氏。氏はtokyo AGEHA Japanese Girls Collectionの主宰で、この上なく美しい日本人シェイプの制作者としても知られている。個人の立場からのプレゼンテーション。SL草創期の苦労や、住民の気質について語られる。

それぞれのSL内会場には、リアル会場の音声と映像がストリーミングされたが、かなり遅れて配信されていた。まさに実験的試みであると主催者の方が言われていたように、演出としてはリアル会場の質問に、SL会場のアバター達が赤白の旗を上げて回答するなどの、非常にシンプル、ある種稚拙なものであったが、(その上、リアル会場のマイクの調子は最悪だった!)私が遠く感慨を持って思い出していたのは、初期のテレビ会議システムが初めてイベントに持ち込まれた頃の記憶である。あのときも、音声はブツブツであったが、遠く海外の人々との質疑応答が、テレビ局の力を借りずに実現した瞬間として、感動を持って受け止めたものだった。
時は移り、今モニターの向こうにいるのは、バーチャル世界のメタバースに集った、形態も様々なアバター達である。時代の変化を思い知らされた。実際、各SL会場はアバター参加者で一杯になっていた。

SLに関しては、もちろん3名の講師はポジティブなのだが、ネトゲとの違いについて、より参加者が自分の時間を主体的に使うことができると説いた三淵氏、そして企業参入がいよいよ見え始めた時代にあって、先行して入った個人を「傷つけないで」もらいたいと説いたLINZOO氏のプレゼンが印象的だった。

実際、各SIMではクリエイターの奪い合いのようなことも始まっているという。先行して参入した企業がかなりアグレッシブな動きをメタバースで繰り広げているらしい。事実、驚いたのだが、この日のリアル会場参加者の9割が企業関係者だった。

LINZOO氏は、「ネットにいる人たちは、なぜだかわからないが企業によって傷つけられている。その傷を理解してほしい」と語った。

その「先天的なトラウマ」は、あるいは自分が実際に受けたものではなく、ネットの先駆者から受け継いだものかもしれない。実際、今のSL内の日本人コミュニティは、LINZOO氏の感覚では、せいぜいアクティブな200名程度が担っているという。(実際、友人の友人あたりで、概ねSL人間関係はつながるというのは、私の実感でもある)住民はまだ新参者に対して親切であり、無償のオブジェクトも気前よく分ち合う。いわばパソコン通信やインターネットの初期の牧歌的な雰囲気が、まだSLにはあるのだ。それが企業の「暴力的な」参入によって破壊されることを、LINZOO氏は恐れている。

驚くべきは、おそらくリアル、SL両会場のほとんどすべての参加者が、SL内に企業が近く本格的侵攻を始めることを確信していると見えることだった。SLの盛り上がりを心配する者はおそらく殆ど皆無であり、むしろ加熱の行きすぎを心配している。

それはセッション終了後の、懇親会でも感じられた。幾人かの大企業の担当者と名刺交換したが、彼らの大半は、SLへの企業参入ピークをおよそ1-2年後と感じている。要は時期の問題だけであり、法的規制の問題やRMT(リアルマネートレーディング)における問題点の将来をそれほど悲観視していないこことが感じられた。

実際、野村総研は「複数世界が並存する「マルチバース」時代へ--2012年までの3D仮想世界をNRIが予測 」でみられるように

2009年から2010年にかけては、三次元仮想世界を活用したビジネスが本格化する見込み。グラフィックス性能が向上したPCが普及し、消費者による三次元仮想世界の利用が進むからだ。具体的には、電子商取引の基盤構築とマーケティング手法が確立が期待されるという。またNRIは、仮想世界に対する法整備の検討が必要になる時期でもあると予測している。

と予測している。「複数の世界の併存」とは。一人SLが孤立する世界ではないことを示唆しているのだが、風穴をあけるのがSLであることはおそらく間違いないだろう。

リアルで、SL内のクリエイターの方々と話をすることができたことも収穫だったが、私にとってラッキーだったのは、

社内にはビリヤード場、「週に1度はセカンドライフ」が社則

の記事を書いた遠竹智寿子さんと会場でお会いできたことだろう。そして「あの記事にあのタイトルはないでしょう。むしろリンデンの構想がたった一つのSF小説、『スノウ・クラッシュ』(ニール・スティーヴンスン著)に凝縮されていることを聞き出した彼女の記事には、もっとふさわしいタイトルがあったはず」という、私の戯言に共感していただいたこと。

#あの見出しは、編集部で勝手につけたんですって。何だよ、ビリヤード台って。そんなのきっとグーグルにも、MSにもあるだろさ。などと、遠竹さんに紹介された、アスキー関係者に絡む。

それはともかく。

「Second Life」をめぐる昨年から今年にかけての状況は、インターネットが日本に上陸した草創期、一気にブレークしていく前夜、1994年頃の状況に極めて類似していると思っている。
あの頃、日本のインターネットコミュニティはまだ小さく、皆がまだ情報に飢えていた。どこに行っても同じような会社と似たような人々が、極めてアグレッシブに未来を模索していたのである。

それから約10数余年。いま見ているような世界になってしまったわけだが、その間にNCSAモザイクであったり(!)、ネットスケープであったり、IEだったりのブラウザの変移があった。SLのクライアントが、次期ブラウザの地位をそのまま占めるかどうかはわからないが、これほどの3Dシステムが、オープンソースで、しかもRMTを保証して数百万人のユーザーを獲得したことは極めて意味が大きい。

よく、mixiの会員が既に800万人とか、あるいはネトゲのハンゲームのユーザー数がどうとか、あるいはクライアントソフトの使用感の悪さ、日本人のアクティブユーザーがまだほとんどいないこと、あるいは日本語版の「遅れ」などから、この世界の先行きを危惧する声もあるのだが、考えてみればインターネットの草創期にも同じような危惧は繰り返し語られたのである。

日本語版については、三淵教授はいったんリセットされたという見方だったが、先の遠竹さんにも会ったリンデン広報担当は、未だ遅くとも今年いっぱいにはリリースするという表明を捨てていない。外資系企業に日本総代理店をいったんはまかせようとしたが、見送ったとの説もあり、また彼らの言う「日本語版」の解釈について、当日様々な方たちにお話を伺ったが、十人十色であったところが興味深かった。このあたりはいろいろ深そうだ。

いずれにしてもこのエントリーは3年後にもう一度読み返してみたいところである。そう思える自分のエントリーは、実はほとんどないのであるし。

2007 05 28 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

May 23, 2007

電通も最大規模都市建設----Second Lifeの「東京タワー」見学記

4月予定だった日本語版が延期され、少々盛り上がりに冷水をかけられた格好の「Second Life」だが、最新号の日経ビジネスの記事が、ちょっとしたセンセーションになっている。

セカンドライフ、日本も乱舞 東京タワー開業、電通は最大級都市建設へ(日経ビジネス)

デジタルマーケットは現実の東京タワーを運営する日本電波塔の依頼を受けて仮想の東京タワーを作り、その周辺に娯楽関連施設を併設する形で、都市の完成を急いでいる。外観や内部構造はほぼ完成しており、5月21日に都市を一般公開する。

 東京タワーで集客し、周辺施設で企業のプロモーション活動をする新手の戦略。アイドルグループの「AKB48」と提携した施設では、セカンドライフ限定のビデオ映像や写真を展示して、ファンサービスを展開するという。

東京タワーは早速今夜見学してきたので、詳細は後で。これにも増して驚いたのは電通の動向。

娯楽だけではなく消費財メーカーから金融まで幅広い企業から成る巨大都市を建設しようとしているのは、広告最大手の電通だ。4月下旬、電通はセカンドライフで13の島を購入した。

 13島分の初期投資は約260万円、固定資産税代わりの維持費は月に約46万円。土地は30島程度まで拡張できるような形で押さえてあり、完成すればセカンドライフ内で最大と言われる米IBMの島の規模に匹敵する。東京ドームが40個以上も収まる広さだ。

 ここで電通は、土地や土地の上に建てた建造物を企業に提供する都市開発事業に乗り出す。まるで東京の六本木ヒルズを運営する森ビルや、東京ミッドタウンを運営する三井不動産さながらのデベロッパー事業である。

これで一気にSecond Life上に最大規模の仮想タウンがオープンすることになった。上記にあるようにとんでもない広さである。日経ビジネスでの扱いはそう大きくないが、かな りのニュースだと言えよう。実際、Second Lifeを知らない数人のビジネスマンにこのことを教えたところ、みんな食い入るように記事を見ていた。投下する金額に比して、ニュースのインパクトは大きい。巨大な「バーチャル東京」を作る予定というが、先行して東京23区を開発しようとしているMagSLとの関係はどうなるのか、気にかかる。

さて、「東京タワー」は21日から一般公開ということで、さっそく見学してきた。その模様を以下に報告しよう。場所はSecond Life上の都市「dejima」である。

※写真はクリックすると大きくなります。

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●外から全景を。めちゃでかい。少し雲がかかっている。

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●エレベーターが運行停止だったが、スタッフのEmiさんがたまたまいて、聞いてみたところ、見学を許可、案内してくれた。

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●一緒にエレベーターに乗って、上昇する。


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●展望台に着いた。まだ都市はダミー写真であるが、ここが開発される。


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●下の階の展望台。ここも忠実に再現してあるそうだ。


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●カフェが見える。

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●本物の東京タワーと同じパネル。

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●ここはShop。まだ商品はほとんどない。

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●下りはteleportで降りたが、このように景色が楽しめる。

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●どんどん降りる。

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●Emiさん、ありがとう。さようなら。

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●タワーの下には、遊園地もある。


親切に、無理を聞いて、案内してくれたEmiさんに感謝。(Emiさんについてはここを
(この記事はCNET Japan「IT's BigBang!」にも投稿します)

 

2007 05 23 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

May 19, 2007

世界の再構築を「3番目のもの」に関して考える

綴っていく立場、語っていく立場というものがある。語らなければならない立場というものもある。ここで、なぜ「なければならない」のかについて考えると、そこに至った内的な、あるいは外的な要因は必ずある。批判に対する反論、攻撃に対する防衛、反撃。釈明。あるいは外的なことではなく、自らの内的な要請に基づく他。

対して、この者に対して、継続して批判していく立場もある。

これらは両輪である。論は批判を経てこそ昇華される。論は批判されてこそ、その先を目指す。一方、批判は起点となる言論があってこそ成立する。声をあげるものがなければ、批判という行為は存在しない。そういう意味で批判は批判対象に依存し、論者も批判者に依存している。一方批判は批判として流通されたその段階から、今度は「言論」としての責務を負うことになる。新たな批判者の登場を招く。役割はダイナミックに変動し、スタティックではない。

このサーキュレーションをひとたび頭に描けば、1つの論を論じることも、批判を行うことも、同じくらいに意味があり、同じくらいに無意味である。世界のサーキュレーションの一部として消費されるという諦念がないのであれば、だ。それはSLで雲の高さまで舞い上がり、地上のアバターたちの銃撃戦をつぶやいて批判する、「私の孤独」と同じくらいに、意味がない。

どうやっても、あなたに神の視線は与えられないのだ。当たり前のことなのだが、そういうことだ。

つまり、反する側は反すればよいし、語るべき側は、粛々と語っていけばいい。世界はそれで「なるように」なっていく。こう言うと、いかにも日和見な印象だが、全体世界の構成はそれによってこそ再構築されていくのであり、その蓄積にしかない。そのことに今更気がつかないわけもない。

そういえば。昔の偉い人の言葉だと、「止揚(アウフヘーベン)」というのがあった。

渦中にあれば、「敵」と自らの言説に血をたぎらせながらも、つまりアタマに血が昇りながらも、どこかでこの世界の再構築の作業の一部になっていることを意識すべきだろう。
鈴木宗男事件に連座した佐藤優は、「獄中記」でそれを「愛」と表現した。敵に対する「愛」と彼が読み込んだのは、彼のキリスト教への神学者としてのアプローチである。彼はもちろん、ヘーゲルも隅々まで読み込んでいるのだが、「止揚」と「愛」に関する解釈を聞いてみたい気がする。

それはともかく、凡夫たる私はここで、「3番目のものたち」を意識せざるを得ない。それは、あたかも私の大嫌いな納豆が、歯の間に挟まって腐臭を放っているかのごとき、存在である。「3番目のものたち」は、世界の再構築に、参加しない。というより、一見、益よりも害を及ぼすことしか頭にないと思われる者たちのことである。

彼らの興味は「オンリー破壊」であり「オンリー荒らし」であり、「オンリートラブル」であり、「オンリー自己愛」である。それら、歯の間に挟まっていることに人生を、存在をかけているような立場は、確かにある。稚拙で半端なロジックであなたをかく乱する。

私はそれでも考える。遠景から見れば、それらもまたこの世界を再構築していく過程に、何らかの寄与をしているのだろうか。それとも元々「本当に必要のない」ものなのだろうか、と。それらはおそらくゴルゴダの丘でイエスを挽きたてた兵士の中にはなく、もちろんイエス自体の中にもなかった。イエスから最後まで離れなかったのは、そして彼の悲惨な最期をどこまでも見届けたのは、ほとんどが女性だったそうだが、それらの女性の中にいるというわけでもない。

ではその時、それら「3番目の者たち」はどこに佇んでいたのだろうか。

類似の妄想は、映像でしか見たことのない、アウシュビッツに続く長い鉄路の風景にも思う。鉄路は延々と収容所に続く、ユダヤ人にとっては「死へのロード」だったわけだが、あの究極の世界の中で、「3番目の者たち」はどこに佇んでいたのだろうか。鉄路を取り巻く群衆の中にいたのだろうか、それともいなかったのだろうか。

こうして彼らの存在の不要を言いながら、一方でその存在に意味を見出そうとする私は、あるいはそうすることで、そこに自ら、何かの救いを求めようとしているのだろうか。その精神のマッピングがなかなか自分でも整理できない。

心を離れて一般化すれば、「止揚」される(であろう)世界の中で、あなたと私の立っている場所。彼と彼女の立っている場所。そして、それをとりまく「3番目のものたち」の場所に、何らかの意味づけをすることは可能なのだろうか。あるいは無意味なのだろうかと。

論者と批判者との間の、拭い去れない相互依存の関係を超えるものを、あるいはこの「非道な」3番目の者たちによって提示できるとすれば、彼らにも一定の「意味」がある。だが、そうでなければ、それは本当に意味のないものなのだ。

いったいどちらなのか、私には未だわからないでいる。

2007 05 19 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

May 17, 2007

更新

更新しました。

「そろそろ書いてもいいですか」---DoCoMo2.0のプロモーションに思うこと(CNET Japan  IT's Big Bang!)

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May 13, 2007

邯鄲の夢(4)-----消えた痕跡

江副浩正氏の「リクルートのDNA」という新書が売れている。まだ殆ど目を通していないが、リクルートという企業の「DNA」が現在も様々な企業に引き継がれ、その出身者がIT関連でも起業をして成功しているとか、そういう話のようである。実際、あれほどの事件の後でも、リクルートという企業のDNAが途絶えることはなかったという江副氏の自負は、間違っていないように思える。実際、あちこちの企業でお会いするアクティブな人材が、聞いてみるとリクルートの出身者であるという例は多い。

ところが、同じバブルの時代にあって、商業文化の中心に栄華を誇っていたはずの、西武セゾングループと、堤清二氏の存在感は、非常におぼろげになっている。もちろん西武百貨店はそごうと経営統合して、今でも池袋の「軍艦」のような店は健在であるし、セゾングループとしての統合は解体されたとは言え、渋谷に行けば今でも渋谷店やロフトにも、人は入っている。

しかし、何かが決定的に違う。西武セゾングループのDNAは消えてしまったのだろうか。

そう思える理由の一つに、あれほど多かった、西武セゾンや堤清二を語る書物が、書店からことごとく消えてしまっていることがある。先日、池袋のジュンク堂の本棚を隅から隅まで見て回ったが、セゾングループと堤清二(辻井喬としての活動は除く)氏について取り扱った資料は全く発見することができなかった。

同じ西武でも西武鉄道グループについては、事件の時代がまだ新しいこともあり、インターネットの時代に起きた出来事であることもあり(これが結構大きいと思っている。セゾングループ最隆盛の時には、インターネットもメールもまだ普及していない時代であった。痕跡を残す方法は、新聞や雑誌、書籍くらいしかなかったのである。そしてそれら紙の資料は消費され潰えて物理的に消えていく)ネットにもさしたる情報はほとんど残っていない。

Amazonで検索してみたけれど、以下の書籍が出てくるがことごとく在庫切れになっており、もはや入手するにはマーケットプレイスなどに頼らざるを得ない。

●セゾングループの成功・失敗・弱点―一見華やかなセゾン商法に見えだした綻びと危険な匂い  佐藤 洋平 (著) 在庫切れ

●西武セゾングループ 堤清二の壮大な野望 坂口 義弘 (著) 在庫切れ

●セゾングループはどこへ行くのか―堤清二・野望と危機の真相
辻 和成 (著) 在庫切れ

●堤清二 経営は永久革命だ―セゾングループの時代が来る 永川 幸樹 (著)
在庫切れ
   
●堤清二とセゾングループ 立石 泰則 (著)
在庫切れ

●西武流通グループのすべて―華麗なる流通集団 (1980年)  山下 剛 (著) 
在庫切れ

●SEEDレボリューション―西武セゾングループのファッション潮流への挑戦と実験
西武百貨店文化教育事業部 (編集)
在庫切れ

●有楽町「マリオン現象」を解く―エキサイティング空間の演出
西武百貨店池袋コミュニティ・カレッジ (著), 流通産業研究所 (著)
在庫切れ

●挑戦的経営の秘密―西武百貨店の発想 (1981年)
和田 繁明 (著)
在庫切れ

●先端商業の発想と戦略 (1982年)
西武百貨店 (著), 流通産業研究所 (編集)
在庫切れ


新刊はここ何年も出版されていないようである。

おそらく、「それがどうした」と思う人もあるだろうが、1980年代の西武絶頂期を知っている者にとって、その後企業経営が破綻に瀕したとは言え、この現状は俄かには信じがたい。

あの時代、西武セゾンと堤清二の語った夢は、幻だったのだろうか。我々は、そこからもう何もメッセージを継承していないのだろうか。「バブルの時代」と十羽一絡げに語られる中にあって、一つの企業が隆盛を極め、そして衰え、「普通の企業」になっていった。そして、その時代インターネットはなかった。記録はデジタルに残されることはなく、ただ紙に記され、そして古びていき、現在はそれらに目を通す者もいない。そういうことなのだろうか。

あの時代、セゾンの周囲には、全ての叡智が、全ての一線の文化人が集まっていた。確実に。しかしその後の総括を体系的に語った者を僕は知らない。


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May 10, 2007

私に世界は変えられるのか。変えるべき世界を想っているのか。

「世界を変える」と、あなたが言うとき、その言葉の裏には「世界など変わらない」「変わるはずなどない」という意味が込められているはずだ。少なくとも日本では。

ところが

――日本語のブログが世界で最も多いというような調査があった。その一方、ブログ内容はテレビや新聞の受け売りである場合も多い。
 調査のブログの定義はかなり広く、SNSなども含めているようだ。

 そもそも、日本人は日記文化を持っていた。インターネットのホームページが流行った当初も、坂本龍一などの著名人を含めて、自分の日記を公開していた。米紙でも多くの日本人が、日記を公開していると報道された。

 米国のブログの傾向と違うのは、米のブロガーは本当に世の中を変えてやろうと思って、ブログに意見を書いている。ところが日本人は自分のブログで書いたことでは大して変わらないという意識がある。

(「ウェブ2.0はバブルの兆候」・デジタルガレージの伊藤穣一取締役に聞く

「米のブロガーは、本当に世の中を変えてやろうと思って、ブログに意見を書いている」とJoyは言う。少なくとも、「Web上の日記です」とブログが紹介されてきた日本において、それは変革の道具ではなかったろう。なぜって、「世界を変える」ことが日記に可能だと思うか?あるいは、「世界を変えるために」日記など書く奴がいるか?

むしろ日記は、世界と自分とを区切るために、世界から隔絶された自分を見つめ、遮蔽された時間や空間の中で、内心を見つめるためのものであったのではないか。「ネットで日記を書く奴の気が知れない。」などと、ここにいる当の私も5年ほど前には嘯いていたわけであるが、現在はこうしてブログを書いている。しかし、これで世界が変わる(笑)などとは思っていないし、変えるべき世界が仮にここにあるとしても、本気で世界を変えるなら別の手段を選ぶだろう。

もちろん、私のこっぱなブログが、日本人が最大数を占めるに到ったブログの一滴であることに変わりはなく、その累積の中で何かになることはあるかもしれない。が、その累積が世界を変えていくと言ったところで、それはそれだけのことである。

そもそも思うのだ。あなたは、あるいは私は、「変えたい世界」を心に持っているのか。仮に持っているとすれば、「変えていきたい世界」への方向性を持っていることになる。当然持っていると答える善男善女の前で何を誇れるか、何を語れるか。

JOYはその穏やかなたたずまいの中で、「世界を変える」ブログの力をずっと説いてきた。声高に声を張り上げるのではなく、彼はその小柄な体でそっとあなたの横に立ち、世界が変わること、そしておそらく変えなければならないことを説いてきた。そういう存在としてJOYが心の大半を米国に沿わせているのは、よくわかる。彼には、日本に立つべき場所はずっとなかったのだ。そのまばゆい名声にも関わらず。僕はそれを感じてきた。ずっと昔から。

ところが、何しろ米国のブロガーは、「世界が変えられると」信じて今日もブログを書いているのだ。

もちろん、そんな大きな「夢」を語ったところで、大部分のあなたや私に世界など激変させる力はない。日々は凡々と過ぎていき、あなたの主戦場はせいぜい「はてな」や「2ちゃんねる」であったろう。この国にあっては。

それでも一部の、より賢明な米国のブロガー達は、考えたのかもしれないのだ。「我々の思い込みにも関わらず、もしもブログが世界を変えられないとすれば、それはなぜだ?」と。あのとてつもない力を持つに到ったGoogleなど、何の言論も持っていないではないか。ただ日々鬱々とインデックスを作り続けている奴らが、人の作ったサービスをタダ同然に取り込んで、得意然としている奴らにできて、自分たちにできないことが、あるというのか?Googleでもない、しかも武器を持たない米国人に何ができるのだ?と。

あるいはその誰かは気がついたのかもしれない。ブログには本当の金の流れがないことを。日本の善男善女は気がついたのかもしれない。2ちゃんねるには憎しみと唾液と精液しか流れていないことを。あなたのブログには、車と住宅ローンの支払記録しか書かれていないことを。


世界を変えるとはどういうことなのか。


あるいは米国のブロガーも、薄く気がついていながら、沈黙していたのかもしれない。圧倒的なリアル世界にあって、我々の桃源郷にないものは何か。それは、息遣いでも恋愛でも博愛でもなく、ただ一つ。大動脈と大静脈が、あなたの心臓で真っ赤に交わるように、現実世界と、ネット世界の経済とを隔てる、壁を壊しさえすれば良かったのではないか。

それで世界は、変わると誰かが気がついたのかもしれない。

ブログが言論である限り、ブログが人の生きた営みである限り、それはどんなに血を沸き立たせたとしても、誰かの血でしかないのだ。21世紀にあっては、血では世界は変えられない。変えられるとすれば、この世界の隔壁を破壊することだ。それは経済であり、言論ではない。。。

と思ったかもしれない。

人生において、大変革の目撃者になる機会はそう多くない。ましてや、世界を揺るがす地を震わせる大変革を目の当たりにする機会は、普通の人間の人生にはめったに訪れない。
しかし、それは言葉を変えれば、こうも言えるのではないだろうか。

つまりあなたは「革命」に出会わなかったのではなく、革命があなたの足元で起きつつあることに気がついたか、そうでなかったのか、ということだ。

つまりだ。「世界を変える」人間とは、実際に世界を変える人間ではなく、一番最初に世界が変わり始めたことに気がついた人間のことではないのだろうか。


もちろん、あなたに、そして私に「変えるべき世界」があったとしての話だ。

2007 05 10 [パソコン・インターネット] | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック

May 06, 2007

更新

更新しました。

ノット・IBM、ノット・オラクル-----MicrosoftのYahoo!買収ニュースが伝えたもの(CNET Japan IT's Big Bang!)


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May 03, 2007

邯鄲の夢(3)-- 腐敗

文化戦略という、大風呂敷を広げる一方で、その頃の西武百貨店の、財務管理の酷さといったらなかった。取引会社として口座を開くと、そこは担当者のやりたい放題。毎月末近くになると、その月の取引の明細を送ってくるのだが、見たこともないような明細が延々と記載されている。あるときには、買ってもいない下駄が150足などと記載されていた。つまり売りと買い(仕入)の両方にわたって、架空の数字を打ち込むわけである。取引を開始した最初の頃こそ、いちいち西武の経理に電話を入れて確認していたが、経理の答は全く要領を得ない上に、担当に聞いてくれの一点張り。

実際に行った取引が記載されず、行ってもいない取引が勝手に記載されている。150足買ったはずの(買わされたはずの)下駄は、次の月には、西武側に買い戻されていたりする。それらの架空の数字に交じって、時折よくわからない金額が、請求書も出していないのに振り込まれてきたりする。とにかく数字そのものが複雑で、複数の担当が交互に数字を入れるから見ても訳がわからない。問い合わせの窓口もはっきりしない。

企業のコンプライアンスが厳しくなった昨今であれば、とんでもないことなのであるが、当時は百貨店との取引とはそういうものなのだと思って疑っていなかった。こんなものなのかなあという感じで。(150足の下駄を「売りつけた」担当者はその後別件の背任で懲戒解雇になった)

実際にこちらが損をすることはなかったし、業者としてあまり西武側にうるさく言いづらかったというのもある。何よりも取引を開始した当時は当時は僕も一介の勤め人であったから、社長にうるさく言うのも気がひけたというのもある。感覚が麻痺していった部分もあった。

しかし、ある朝、強烈なことがおきた。

朝会社に行くと、こわばった顔で経理の人間が通帳を持って近づいてくる。

「BBさん、ちょっといい?」

「はい?」

そのころ、経理の人間に何か言われるといえば、仮払いの清算をしろとかそんな話だから、反射的に謝ってしまう。

「すみません・・いまやります」

「そうじゃないよ。ちょっとこれ見てよ」

彼が差し出したのは会社の通帳である。怪訝な気持で覗くと、とてつもなく桁の大きい数字・・いちじゅうひゃくせん・・まん・・・え?・・何と8000万円がその日の朝、西武から振り込まれている。その頃僕の勤める広告プロダクションは、年商10億程度の企業であったが、それでも8000万円はとてつもない大金である。

「・・・・何ですか、これ」

「こっちが聞きたいよ、何?これ」

経理の人間の顔はこわばっている。慌てて西武に連絡すると、僕が担当しているある家電メーカーの展示会の運営費用を先払いしたという。先払いと言っても、まだ請求どころか、ろくな見積も作っていない企画段階のものである。とりあえず決算対策で払ったので、あとから調整して戻してくれという。

社長に相談に行ったが、

「困るねえ。BB君」

とか言いながら社長の目は全然困っていない。それはそのはずで、当時は会社の財政は火の車。資金繰りに右往左往していたから、この金がどれほどありがたかったかは、その後、自分も経営に苦労することになったから、想像に難くない。

「使わないでくださいよ、社長。これは清算用の金で、この仕事ほとんど利益出ないんですから」

「わかってるよお。はははは」

「・・・・・・」

厭な予感がした。

その予感は的中し、社長はその8000万円で一時的な債務を清算し(おそらく)会社の引っ越しをした。、我々のオフィスは面積が倍になり、はるかに奇麗なビルに動いた。

さらに数ヶ月後、この8000万円の清算が、会社にとって地獄の苦しみになったことは言うまでもない。

とにかくひどい実態で、それから間もなくして西武百貨店では、医療機器に関する巨額の架空取引事件が起きたのだが、さもありなんと納得したものである。1992年のことだった。

2007 05 03 [邯鄲の夢] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック