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May 13, 2007

邯鄲の夢(4)-----消えた痕跡

江副浩正氏の「リクルートのDNA」という新書が売れている。まだ殆ど目を通していないが、リクルートという企業の「DNA」が現在も様々な企業に引き継がれ、その出身者がIT関連でも起業をして成功しているとか、そういう話のようである。実際、あれほどの事件の後でも、リクルートという企業のDNAが途絶えることはなかったという江副氏の自負は、間違っていないように思える。実際、あちこちの企業でお会いするアクティブな人材が、聞いてみるとリクルートの出身者であるという例は多い。

ところが、同じバブルの時代にあって、商業文化の中心に栄華を誇っていたはずの、西武セゾングループと、堤清二氏の存在感は、非常におぼろげになっている。もちろん西武百貨店はそごうと経営統合して、今でも池袋の「軍艦」のような店は健在であるし、セゾングループとしての統合は解体されたとは言え、渋谷に行けば今でも渋谷店やロフトにも、人は入っている。

しかし、何かが決定的に違う。西武セゾングループのDNAは消えてしまったのだろうか。

そう思える理由の一つに、あれほど多かった、西武セゾンや堤清二を語る書物が、書店からことごとく消えてしまっていることがある。先日、池袋のジュンク堂の本棚を隅から隅まで見て回ったが、セゾングループと堤清二(辻井喬としての活動は除く)氏について取り扱った資料は全く発見することができなかった。

同じ西武でも西武鉄道グループについては、事件の時代がまだ新しいこともあり、インターネットの時代に起きた出来事であることもあり(これが結構大きいと思っている。セゾングループ最隆盛の時には、インターネットもメールもまだ普及していない時代であった。痕跡を残す方法は、新聞や雑誌、書籍くらいしかなかったのである。そしてそれら紙の資料は消費され潰えて物理的に消えていく)ネットにもさしたる情報はほとんど残っていない。

Amazonで検索してみたけれど、以下の書籍が出てくるがことごとく在庫切れになっており、もはや入手するにはマーケットプレイスなどに頼らざるを得ない。

●セゾングループの成功・失敗・弱点―一見華やかなセゾン商法に見えだした綻びと危険な匂い  佐藤 洋平 (著) 在庫切れ

●西武セゾングループ 堤清二の壮大な野望 坂口 義弘 (著) 在庫切れ

●セゾングループはどこへ行くのか―堤清二・野望と危機の真相
辻 和成 (著) 在庫切れ

●堤清二 経営は永久革命だ―セゾングループの時代が来る 永川 幸樹 (著)
在庫切れ
   
●堤清二とセゾングループ 立石 泰則 (著)
在庫切れ

●西武流通グループのすべて―華麗なる流通集団 (1980年)  山下 剛 (著) 
在庫切れ

●SEEDレボリューション―西武セゾングループのファッション潮流への挑戦と実験
西武百貨店文化教育事業部 (編集)
在庫切れ

●有楽町「マリオン現象」を解く―エキサイティング空間の演出
西武百貨店池袋コミュニティ・カレッジ (著), 流通産業研究所 (著)
在庫切れ

●挑戦的経営の秘密―西武百貨店の発想 (1981年)
和田 繁明 (著)
在庫切れ

●先端商業の発想と戦略 (1982年)
西武百貨店 (著), 流通産業研究所 (編集)
在庫切れ


新刊はここ何年も出版されていないようである。

おそらく、「それがどうした」と思う人もあるだろうが、1980年代の西武絶頂期を知っている者にとって、その後企業経営が破綻に瀕したとは言え、この現状は俄かには信じがたい。

あの時代、西武セゾンと堤清二の語った夢は、幻だったのだろうか。我々は、そこからもう何もメッセージを継承していないのだろうか。「バブルの時代」と十羽一絡げに語られる中にあって、一つの企業が隆盛を極め、そして衰え、「普通の企業」になっていった。そして、その時代インターネットはなかった。記録はデジタルに残されることはなく、ただ紙に記され、そして古びていき、現在はそれらに目を通す者もいない。そういうことなのだろうか。

あの時代、セゾンの周囲には、全ての叡智が、全ての一線の文化人が集まっていた。確実に。しかしその後の総括を体系的に語った者を僕は知らない。


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Comments

パルコ出身の三浦展が「下流社会」を論じる今日この頃……
渋谷系、ストリート系、女子高生は金を使わなかったし、無印良品がヒットしちゃうし(無印良品は安くはなかったけれど)

パルコは森トラスト傘下だから、これは有る意味ちゃんと継承されたような気がするけれども。

シネマコンプレックスという言葉がなかった頃の出来た「キネカ大森」。
六本木ヒルズの場所にあった「ウェィヴ」、西部美術館などが懐かしいな。
でも、私はあんまり金は落とさなかったなぁ…。 アール・ヴィヴァンでは立ち読みばかりだったし。

そういえばサイドバーにあるレニ・リーフェンシュタールの「Nuba」などは石岡瑛子の仕事ですね。

アール・ヴィヴァン店長が堤清二について印象を語ってたを見つけました。
http://www.realtokyo.co.jp/japanese/redesign/003_2.htm
芦野:最初の印象は、写真通りの人だなあというもので、そんなに深く関わるつもりはなかったんです。アール・ヴィヴァンが始まってからのかなり初期ですが、池袋にサンシャインビルが出来たときに西武百貨店の本部があの中のワンフロアに入ったんです。そのとき、サンシャインへ西武の本部が移動したことが、多分西武の崩壊の始まりだろうという気がしたんです。堤さんのオフィスは48階でしたが、そこから西武デパートがつぶれて行くのを嬉々として眺めているような人だと周りの人には説明したのですが、今もその印象は間違っていなかっただろうと思います。

どうも。いいリンクをありがとうございます。

>堤さんのオフィスは48階でしたが、そこから西武デパートがつぶれて行くのを嬉々として眺めているような人だと周りの人には説明したのですが

これは、本当にそう思いますね。当時から、そういう人だと言われていたし、実際にそうだったのではないだろうか。堤清二に皆がどこかへ連れて行かれた。

WAVEもですが、僕はSEEDがすごかったと思っていますね。あれは店じゃない。パルコ→森トラストはどうだろう。商業文化史として、あるいは「資本史」的にはそうなるのでしょうけれどね。

いったん終わったような気がしていますが。最近の無印なんかも。

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