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July 29, 2007

「セカンドライフ創世記」を読んだ---仮想世界の結婚式が示していること

セカンドライフについて書かれた本は、ここ数カ月で「爆発的に」増えた。長く気を持たせていた日本語版のクライアントも、β版ながら今月リリースされた。にも関わらず、まだ日本人ユーザーは全体の2%しかいない。(これは日本語版リリース前の数字である。)また、パソコンに対してかなりのパフォーマンスを求めること、必ずしもわかりやすいソフト操作ではないこと、ゲームにありがちなストーリーもないことなどから、前途の苦戦を予測する声もある。SL内カジノに関しての徹底的規制を宣言する発表も最近行われ、これはSL内のマネーサプライに大きな影響を与えることになるかもしれない。

しかしながら、依然としてセカンドライフは、ユーザー数800万人以上でありながら、毎月100万人の割合でユーザーを増やし続けており、山手線の内側に匹敵する「土地」が毎月15%の勢いで拡張を続けており、実に週当たり150台のサーバを新たに増やし続けている、2007年における弩級のキラーサービスであることに間違いはない。

本書は、セカンドライフにゲーム的な感覚で夢中で参入してきた人が、あるいはこの広大な世界で自己発見をすることに疲れた頃に読んでみるといいかもしれない。セカンドライフについてあなたがどのような評価を下すかについての、貴重な情報を与えてくれる。特に、セカンドライフ内に50を超える島を所有するに到ったMagSL(ジップサービス)の代表の談話、harajukuのダンスクラブであるVitalを巡るエピソード、さらに日本人で初めてセカンドライフで結婚式をあげたカップルの話、さらにはリンデンラボを創業したフィリップ・ロズデールの幼少時代からの構想の経緯をたどる逸話は興味深い。MagSLの展開してきた数々の泥臭い、それでいてハイパーなイベントの数々についても詳しく触れられている。
以前

「Second Lifeのビジネスモデル----CPUの作り出す「もう一つの地球」はハッピーか。」

でも書いたが、セカンドライフのビジネスモデルは他のインターネット関連のビジネスモデルの多くが広告モデルであるのに対して、不動産を中心にしてRMT(リアルマネートレーディング)を仲介に価値付与していくモデルであるところに新しさがある。それは従来のIT関連のモデルのいずれもがとらなかった道である。。さらに、それはあのNetscapeの踏んだ蹉跌を乗り越えて登場してきたモデルであることも忘れてはならない。彼らの歩んだ道を歩まないであろう並々ならぬ覚悟がこのサービスにはある。

インターネットがはじめて発信し始めたころに浴びせかけられたあらゆる批判や懸念は、セカンドライフにおいてもまた形を変え、表現を変えて投げかけられているし、賛否両論がそれだけでも沸騰するのも、我々が容易なことではこのモデルを理解することの難しさを象徴しているだろう。

先にあげた日本人カップルが結婚式をあげたセカンドライフ内の島である、Cocololo islandにある教会は、今でも尚ライトアップされ、夜間には(つまり時制を夜間にすれば)美しくも幻想的な雰囲気がたちこめており、カップルたちの語らいの場所として、「この世のどこにもない場所」のオーラを醸し出し続けている。セカンドライフの将来を過度に悲観するのも、楽観するのも、おそらくは事実と違うのであろうが、このCocololoの闇の中で身を浸すならば、あなたに見えるものがあれば見えるだろう。見えないものがあれば、あるいはこれから見えてくるかもしれないし、永遠に見えないかもしれない。

ともすると企業の金銭的な欲望にのみフォーカスが当たり、一種のバブル的騒動として語られるセカンドライフであるが、この「不思議な世界」に身を浸し、その仮想の世界が自分の人生にどのようにtouchしてくるのか、おそらく「まだ残されている離陸の時間」の間に考えてみるのも悪くはないだろう。この本はそれに寄与するし、一般的には「創世記」にこそ、あらゆことが凝縮して起こるのだということを思い出させてくれる。

他の三次元仮想世界の動向もコンパクトにまとめられていて、これも興味深い。セカンドライフがもたらした最大の功績はおそらくサービスとしてのセカンドライフそれ自体の議論ではなく、メタバースであり、三次元の仮想空間の可能性であり、さらにこれら仮想空間に対峙する我々人類の意識と想像力を飛躍的に高めたことであるだろう。時にはビジネスのフィールドで、時には恋愛の領域で。先はもちろんまだ霧の中にあるのだが、我々がネット進化の歴史の上で、のっぴきならない大変革の時に直面していることだけは、おそらく120%確かであると私は思う。

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Comments

現実の場末のスナックが営業が成り立たないという話を聞いたことがない。
また、日本のこういったスナックの接客技術の高さは、外国の一流ホテルにも負けていないという話もある。
こういった、接客技術の高さをセカンドライフは必要としている。(ブログは接客能力ゼロでもできる)

そもそも、PCの発展は、ネットワークに支えられていたわけでない。現代のインターネットの方が異常な要素が多すぎると思うし、改善されていく気配もない。どちらかというと、広告バブルなので、いずれ効果が落ち込んでいくと予想できる。過大なネットワークは、ストレスが大きすぎるし、本来もっている個人の能力以上になってしまう。

話は変わってネクタイは細い方がいいのでは、別のところで、セカンドライフについて興味深い言葉の法則が書いてあったのは興味深い。ま、いずれにしても、本や活字は大衆的ではないし、テレビや映画の効果と等しいセカンドライフは、将来性は確実にある。ただ、カラーテレビがはじめてでたときの値段や、液晶大画面のテレビの値段と同じで、手軽にはじめられないだけの話だ。

ただ、戻って、接客技術の向上がないと広まらないし、セカンドライフに否定的な人は、接客技術をもっていない。それと、日本の場合、エリートを含めて、頭のいい人という人たちは、接客技術が低い。いろいろな技を持ち合わせている人はほとんどいない。個々の関係を充実できない分、モラルとか、政治性、宗教性、ネットワーク性で優位に立とうする。困ったものだ。

なので、ITで成功している人は、とりあえず近所のスナックで勉強するのが一番いいかも。そもそも、初めていった店でも、それなりに満足できるのだから、たいしたものだし、それに、トラブルも山のようにあるはずなのに、かわしているあたりもすごい。

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